王書   作:につけ丸

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038:見習い魔王と『鋼』の勇者

「来ましたね、神殺し! では、──小手調べと行きましょう!」

 

 ラグナから飛び下りた祐一を見ながら、薄く獰猛に笑ってそう言うや否や『まつろわぬ神』は黒刀を揮い山肌に突き刺した。

 針峰が揺らめいた。

 その振動の強さは増し、針峰に亀裂が走る。一つ、二つ、三つ、四つ……大きな亀裂が増え、無数の亀裂となった。

 次の瞬間、巨大な山一つが一気に弾けた! 無数の破片があらゆえ方向へ飛び散る。

 

 あのデカい山を爆発させたのか!? 祐一が予想したと同時に、すぐに間違いに気付いた。

 渓谷の破片に変化が起きたのだ。

 破片の一つ一つが形を成し、無数の破片は人型となった。

 その肉体は鍛造された金属の様に妖しく光る鋼鉄の四肢。手には『まつろわぬ神』が持つ"刀"と同じ物と四角い"盾"、身体には弥生時代に使われた"短甲"と呼ばれる甲冑を身に着けていた。

 鋼の軍団だ。

 あの『鋼のまつろわぬ神』は、渓谷ひとつを軍団へ変貌させたのだ。

 

「この嚆矢を打ち、戦の始まりとしましょう! さぁ兵どもよ、攻め懸かりなさい!」

 

 『まつろわぬ神』が虚空より矢を放つ。

 つんざく音を奏でて迫るそれを避け、視線を『まつろわぬ神』の方向へ戻した時には鋼の軍団が矢を放たんと構えていた。

 飛び降りた祐一は止まらない。そのまま重力に身を任せ、余裕すら持ったままだ。

 『まつろわぬ神』が鋼の軍団を生み出して直ぐに一つの権能が使えると確信した。あの程度の軍勢ならば容易く蹴散らせる権能を。

 

「来たれ奈落の軍勢。大地を震わせ、天より駆けよ。死魔の軍靴を鳴らせ。一切の智慧を捨て、狂奔へと落ちろ! 栄耀栄華を奪い尽くせ!」

 

 祐一のすぐ背後が黒く歪み、巨大で寒気が奔る"扉"が現れた。

 黒ずんだ金属で出来た扉だ。しかし野晒しに放置され、雨風に晒された銅像のようなみすぼらしさは微塵もない。生きとし生けるもの全てに恐れを感じさせる忌まわしい気配。……死の気配だ。

 

 ───地獄の門。

 

 その威容を見ればそう例えるだろう。地獄の扉がゆっくりと開いていく。

 地獄の門から這い出る者共。それは、やはり──地獄の軍勢である。

 

 それはドバイにて猛威を振るった群狼のすがたをしていた。

 門から続々と姿を現す。おそらく『まつろわぬ神』が生み出した軍団と同数。

 馬ほどの大きさの蒼き狼……剣、斧、矛、弓、多種多様な武具を持ち現れる銀の人狼……そして狼に騎乗する人狼……嘗て人に災いを齎した者共が忠実な下僕となり付き従っている。

 "類稀な騎乗技術"と"軍勢の召喚"。それが祐一のチンギス・ハーンから簒奪した権能の全貌であった。

 

 狼が祐一へ近づく。祐一は狼に飛び乗ると、今度は一体の人狼が一間ほどはある槍を差し出した。使えと言っているのだ。

 受け取って鋼の軍団と『まつろわぬ神』を見据えた。槍を天へ掲げる。

 

「───駆けよ!!!」

 

 蒼と銀の入り交じる津波が雄叫びを上げ、鋼の軍団へと切り込む。先頭を駆ける者は軍団の首領たる、神殺し木下祐一である。

 オオオォォァァッ────ッ!!! 猿叫を上げ、獣の如く猛る。

 隻眼による遠近感の違いに戸惑いながらも戦場で研ぎ澄まされて行く直感に任せた。

 縦横無尽に駆ける祐一の勢いは凄まじい。流れ込む知識を頼りに騎乗方法で巧みに狼を操り、手に持った槍で阻む軍勢を薙ぎ払う。

 祐一に付き従う狼の軍勢も負けてはいない。まるで一つの集合体となったかのように暴れ回る。

 初めは同数であったがもはや勝敗は一目瞭然であった。

 

「はは。なかなかどうして、勇ましい。やはり若い身の上とは言え、神を殺しただけはありますね。──いえ、そうでなければ困ります」

 

 自軍が崩壊寸前にも関わらず、誰もが見惚れる笑みを浮かべる『まつろわぬ神』。そうして誰に言うともなく独り言ち、

 

「さあ、合戦ごっこも飽きてきた頃です。全て水に流して仕舞いましょうか! ──あらゆる竜蛇も水も、我が下僕であると知りなさい!」

 

 高らかに宣言する。そして今度は小さく短く悲しげに、しかし透き通る強い声で、力ある言の葉を編む。

 

 祐一は『まつろわぬ神』の背後に、目を伏せ愛おしげに『まつろわぬ神』を見る女性を幻視した。

 青を基調とした色とりどりの十二単。艷やかな黒髪は光源の少ないこの場所であっても光をよく反射し、天使の輪の如く輝いている。顔の造詣は『まつろわぬ神』と同じく日本人のそれだが瞳は大海を思わせる紺碧の色を宿していた。

 

「──吾妻はや」

 

 呪言と共に大地の到る所から間欠泉の如く水が湧き出す。大地だけではなく大気からも。大地と大気から現れた水が巨大な群れとなり、見上げるほどの大津波へ。

 現世に現れたならば関東一円全てを呑み込むだろう。

 

「クソッ!」

 

 その余りの巨大さに唖然とする祐一。『まつろわぬ神』のデタラメさに冷や汗をかいて、自軍が次々と津波に呑まれる姿に悪態をつく。

 津波は勢いを減らさず祐一へと……それでも諦めない。

 この大津波に対抗するにはあの化身しかない。あの『まつろわぬ神』に出会った瞬間から、一つの化身がずっと語り掛けて居たのだ。

 あの大罪人に鉄槌を下そう! と。

 化身の名は『白馬』。ウルスラグナが誇る十の化身、その中でも最高峰の火力を持つ化身であった。

 

「──我がもとに来たれ、勝利のために! 不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 太陽の白き劫火が煌めき『まつろわぬ神』が呼び出した大津波を一瞬で蒸発させ消し飛ばす。肌を焼くような熱気が伝わって来るが気にする余裕は無かった。

 太陽の箭は大津波を消し飛ばして『まつろわぬ神』へ。

 

「おお! 外道覆滅の日輪を呼び出しましたか! その箭を受ければ、如何に『最源流の鋼』たる私でも抗し得ないでしょう──ですが……!」

 

 マズイッ……何かが、来る! 

 その時、最大の悪寒が走った。いま放った『白馬』を使った攻撃が、取り返しの付かない間違いであった様に思えてならない! 

 

「如何なる火も光も、私を討つ事能わずと知りなさい! そして無用心にもそれを放った己を恨みなさい。──その因果、貴方に返して上げましょう!」

 

 祐一を嘲弄する言葉を吐きながら、『まつろわぬ神』が右手に持つ黒刀を振るう。それと同時に、流麗な滑らかさで歌を……聖句を誦する。

 

「王の所佩せる剣、叢雲。自ら抽けて、王の傍の草を薙ぎ攘ふ。是に因りて兔るることを得たまふ。故、其の剣を号けて草薙といふ」

 

 『まつろわぬ神』の眼前にまで迫っていた『白馬』の光が、見えない何かに阻まれ動きを止めた。どう足掻いても『まつろわぬ神』の守りを突破する事は出来なかった。

 相性が絶望的に悪い。焦りに表情を歪める。

 その間にも『まつろわぬ神』が、黒刀を収め虚空から手のひらサイズの石を取り出し、打ち合わせた。『まつろわぬ神』はその動作に合わせ再び呪言を口遊む。

 

「火打もちて火を打ち出で、向火を著けて焼き退けて、還り出でまして、その国の造どもを皆切り滅し、すなわち火著けて、焼きたまひき」

 

 打ち合わせた石から火花が飛び散り、停滞していた太陽の箭へ入り込んだ。

 火花と言う一滴の水によって、湖である太陽の箭に巨大な波紋が生まれた。停滞していた太陽の箭が揺らめき鏃を翻し、祐一へと向かった。

 己が権能を掻っ攫われた!? 祐一は驚愕するよりも先に逃げの一手を打った。 

 

 化身は『鳳』。シーラーズ郊外で『戦士』と共に襲撃して来た化身である。目にも止まらぬ速さを手に入れた。神速で現れた『鳳』だ、権能となってもそれは変わらない。

 全ての物が停滞し、自分は加速していく。心眼の時とはまた違う感覚。

 しかも駆け出した瞬間にすぐさまトップスピードへ……"神速"の領域へ突入する。

チンギス・ハーンの騎乗の権能では、ある程度の時間が必要だった神速の領域に『鳳』は一瞬で至って見せた。

 

 そしてこの身体に羽根が生えた様な解放感が祐一を包み、元々身軽な祐一でさえ驚くほどの超跳躍を可能としていた。一瞬にして『白馬』の射程範囲より逃れた。

 何とかなった……。

 安堵しそうになったのも束の間、心臓にズキリッと痛みが走った。

 痛みに脂汗が滲み、膝を付きそうな身体を叱咤する。おそらく『鳳』の代償か、一瞬で神速へ至る行為は神殺しの肉体であっても厳しい物なのかも知れない。

 

 祐一はそんな事を考えながら『まつろわぬ神』を見据える。『まつろわぬ神』はその眼差しに、微笑みを返すのみ。『まつろわぬ神』が剣を中段に構え、祐一もそれに応える様に飛び掛かる獣の如く身を低くする。

 祐一の表情は険しかった。

 いつもの不敵な笑みはない。対峙する『まつろわぬ神』が気に入らない事もあるが、神速下で行う……しかも不慣れな隻眼での近接戦闘に不安が拭い切れないのだ。

 今まで軍勢や大技を用いて戦っていたが、遂にこの時が来てしまった。負ける気も諦める気も更々ないが、己の直感も内なる化身達が激しく警鐘を鳴らして仕方がない。

 

 その時、静かな両者の対峙を打ち破る声が響いた。

 

「あの和歌に、あの装束。そして極め付けに蕨手刀と火打ち石……もう間違いない! ──祐一くん! 判ったぞ、その神様の名前が!」

 

 超常の戦いを歯噛みしながら見ていた寿が叫んだ。寿は『まつろわぬ神』が誦した唄を聞いた事があったから検討がついた。

 いや日本人ならばどこかで聞いたことがあるかもしれない。

 あの『まつろわぬ神』は祐一と寿と()()()()()なのだ。それも織田信長や坂本龍馬にも匹敵する、呆れるほどビックネームの! 

 

「──()()()()()()だ! 僕らの故郷で知らぬ者は居ないほどの大英雄! 数多の夷狄を調伏した倭の勇者で、並ぶもの無しの英雄神だ!」

 

 ヤマトタケル……? その名を聞いて頭痛が起きた。それと同時に膨大な知識が溢れ出す。余りの痛みに持っていた槍を地面に突き刺す。

 

 倭健命──。

 出雲、尾張、豊後など地方の豪族や大和朝廷の皇子らが混在し一つの英雄像となった姿。スサノオの神話との類似も多くスサノオを投射した姿ともされる。朝敵を征服する折に蛇殺しの剣にして王権の象徴たる鉄剣を受け取る。この鉄剣は倭健命の一側面であり、彼を『鋼』の征服神としアマテラスに奉納され王権の象徴でもある事から朝廷の威光と言う側面も持っていた。

 また、倭健命は印欧語族に普遍的に見られる伝承、ギリシャの豪傑ヘラクレスやインドの武神インドラなどの戦士と同じく、輝かしい栄光を三つの重大な罪にて汚す「戦士の三つの罪」型と呼び獲る神格に当て嵌める事ができる英雄である……。

 

「……我は言霊の技を以て、世に義を顕す。これらの呪文は強力にして雄弁なり。強力にして勝利をもたらし、強力にして癒しをもたらす」

 

 ──燦めく。

 光の無い薄暗い空間を切り裂いて星光がまたたく。空だけではない。祐一の周囲を中心として地上にも中空にも、数えるのも億劫になるほどの膨大な光球の数々が生まれた。天に煌めきを宿す星々の如く満々と、蒼穹に日輪を宿す恒星の如く力強い光球が現れ出でる。

 

 これは武器なのだ。

 祐一が掌握した化身……『戦士』が持つ言霊の剣。仇敵たる神々の来歴を暴き否定し、その玉座から引き摺り下ろし、言霊で鍛えた智慧の剣で切り裂く事こそ『戦士』の化身、その本領なのだ。

 そしてこの上なく頼もしい存在の気配が祐一を包み込み、剣を教える師が手解きする様に気配が乗り移って意識が重なり合う。力強い気配にこれほど頼もしい存在は居ないと頬を緩め、獰猛に笑う。

 

「は! 我が名を見破りましたか! 良き智者を連れている様ですね。ふふ、それと同時に新しい武器まで……! どこまでも楽しませてくれる!」

「そうだ、俺は武器を手に入れた! そして、武器と言えばやはり"鉄"! 『鋼』の神格であるアンタとも関わりの深い物だ!」

「む……これは……?」

 

 一目見てこの光球の危険性を察知したヤマトタケルが、眉を顰め飛び退り、迫る光球を寸での所で回避する。

 言霊を紡ぎながら千の刃となった光球を操り、ヤマトタケルを切り裂かんとする祐一。取り囲むようにして光球を殺到させ押し潰す。

しかしヤマトタケルもさるもの。高速で縦横無尽に迫る剣の言霊を掠りもせず、捌き切って見せた。

 やはり日本最大の英雄神だ。一筋縄では行かない。

 頭痛に苛まれ視界に涙に滲むが、気にする余裕はない。祐一は更に刃を鋭くする為、言霊を紡ぎ敵を切り裂くイメージを変えていく。

 

「そもそも神話とは古代、文字を持たなかった人々が次世代に知識を伝える方法の一つだった。世界の仕組みから、人や動物が誕生した経緯、技術に至るまで幅広く扱われた。そして、子供や後継者にそれらの知識や技術を伝える時にも物語として伝えられた。農耕、機織り……そして金属の技術も例外では無かった」

 

 金属の伝承……特に鉄を鍛える伝承は世界各地に存在している。

 ヤマタノオロチの草薙の剣、オセットのバトラズ、金屋子神の伝承……象徴的な物を扱った暗喩的な者から、具体的な技術方法まで鉄を扱う神話は世界各地に見る事ができる。

 鉄剣や鉄を使った道具。古代の世界でこれらがあるのとないのとでは雲泥の差があった。古代では鉄剣と言う強力な武器を得なければ容易く滅ぼされだろうし、農耕具で鉄を使っているのと使っていないのとでは効率が段違いだった。丁度、鉄砲が日本に伝来した時に半世紀で全国へ広まっていったのが好例だろうか。

 優れた技術を得る事は自勢力の発展と存亡に直結し、その技術の習得は急務であり瞬く間に伝播して行ったのだ。

 そして習得した技術の継承は、昔も今も変わらず重要な事であったのだ。

 

「鉱石を溶かす猛火、火を煽り強める風、赤熱した鉱石を冷やす水は、古代では鉄を鍛える上で欠かせない物だった!」

「なるほど、この幽世に漂う記録から我が来歴盗み見ましたね! それを糧とした剣の言霊……『智慧の剣』ですか! 厄介な武器を持っている!」

 

 ヤマトタケルを押し潰せなかった光球をバラけさせ、再び刃を向ける。今度は球体ではない矢のように細く鋭利な鏃となって、ヤマトタケルへ向ける。

 それを寸毫の逡巡も見せず射出する。それも絶え間なく連続で。

丁度、機関銃でも打っているかの様な様相を呈している。休む事なく光球と言う銃弾を一直線に怒涛の勢いで打ち出していく。

 

 だが、『鋼』の英雄神は向かって来る光球を捌き、そうでない物は手中に収めた黒刀で切り裂いて行く。

 甲高い金属が擦り合わせた音が周囲を叩く。ヤマトタケルの手はもはや常人では見きれないほどの速度だ。祐一が瞬きの間に百の光球を打ち込み、ヤマトタケルが顔に微笑を張り付かせ躍動し防ぎ切る。

 攻め切れない。祐一はヤマトタケルと対象的に苦々しい顔を作る。それと同時に頭痛の酷さに膝をつく。荒い息が肺腑より吐き出される。

 

「どうしました? 貴方の攻め手に勢いが欠け始めましたよ!?」

「うるせぇ! 潔く切り裂かれろよ!」

「はは! それは御免蒙りたい所ですね!」

 

 ただの一つとして当たらない。まるで霞か柳を相手に相手にしているように力押しが通じない。祐一の不調や初めて使う化身と言うのもあるが、何よりヤマトタケルが圧倒的に巧みなのだ。

 そして、かの英雄神は弾幕を物ともせず一歩一歩近づいて来る。

 これじゃダメだ。祐一は悟った。

 そして何を思ったか、彼は残る隻眼の瞼を閉じ視界を塞いだ。そのまま言葉を紡ぐ。ヤマトタケルが祐一に接近しながらも、その不可解な行動に柳眉をはね上げ警戒も露わに祐一を注視する。

 

「ヤマトタケル! アンタも火や水には関わりが深い英雄だ! 嘗て叔母である倭姫命から天叢雲剣と火打ち石を受け取ったアンタは迫りくる業火を防ぎ、逆にその火を持って敵を倒した! 怒り狂う海神の怒りを鎮める為、妻である弟橘姫を人身御供に水を克服した! そして己と言う「剣」を持って朝廷に楯突く数多の夷狄をまつろわしたんだ!」

「神殺し! 何を企んでいるかは知りませんが、両の目を塞いだ状態で相手が出来るほど、私は甘くはありませんよ!」

 

 ヤマトタケルに祐一は焦る事なく傍に立てていた槍を手に取る。それと同時に槍へ光球が殺到し覆い尽くす。手に持った槍を基盤として光り輝く槍へと。

 ヤマトタケルと言う『鋼』の英雄神を貫く必滅の槍を創造したのだ。

 

 そして祐一自身も己が内に宿る『戦士』に耳を傾ける。

 視界は塞がれていると言うのに祐一にはヤマトタケルの気配や動きがハッキリ分かった。

 『戦士』の化身の発動条件である、神への知識と神を深く理解したことにより分かるのだ。どう動くのか、どう立ち回るのか。

 何という威か……! 眩い輝きと己の根幹たる物を尽く滅する刃の気配に、知れず倭の勇者は冷や汗を流す。しかし己のお眼鏡に適う戦士の登場にいびつに唇を裂き獰猛に笑う。

 

「行くぞヤマトタケル!」

「ここで勝負に出ますか! よろしい、私も比類なき武勇を貴方に示しましょう!!!」

 

 祐一の瞼がカッと開かれ強烈な意志を宿した瞳がヤマトタケルを射貫く、ヤマトタケルもまた激戦の中でも涼し気な瞳で祐一を見返す。

 祐一が仇敵を討つ言霊を完成させる為、言の葉を編む。

 

「支援者や妻である者達から助けを受け、苦境や試練を乗り越え、鉄を鍛える火や水を克服し数多の敵を征服する。それがアンタを『鋼』足らしめる要素なんだ!」

「──来なさい"神殺し"ッ!」

 

 紫電すら迸らせ数多の神敵をまつろわした黄金に輝く智慧の槍と、烈風を纏い数多の朝敵をまつろわした漆黒の神刀を振りかぶり……

 

 

『───そこまでです、フェルグス。それに"神殺し"』

 

 突然、声が響いた。

 それも脳内に響く声だ。耳にスッと入り聞き惚れてしまうほど玲瓏で、しかし一本の強い意志を感じさせる凛とした声。

 その声に霧が晴れた様に視界が広がる。今さっきまで祐一を苛んでいた酷い頭痛が綺麗サッパリなくなった。

 

 毒気を抜かれたように思わず手を止めてしまった。それは相対する神も同様で、黒刀を下ろしていた。ただ眉を顰め少し不満そうだった。

 

「……ふむ。我らの戦いに水を差すとは興のない事をしますね……。それに、その名で呼ぶのは辞めて欲しいと何度申し上げればよろしいですかな、ニニアン殿?」

『黙りなさい。そもそもフェルグス、貴方が来訪する"神殺し"を見極める、と申したのです。それを信じ静観していれば、あれよあれよと死合にまで持ち込むなど……些か思慮が浅すぎる、と言わざるを得ませんね。

 誉れ高きフェルグスとあろうものが己の言葉を違えるとは、我が王国で英雄と名高い貴方の名声に傷が入る事と知りなさい』

 

 丁寧ではあるが言葉の節々に棘がある物言い。慇懃無礼とも言い表せる言葉使いと物怖じせず痛烈に批判する言葉に、傍から聞いていた祐一も顔を引き攣らせた。

 その冷たい言葉にヤマトタケルは困っているのかそれとも何とも思っていないのか、判断が付かない器用な表情を顔に貼り付け、顎をなで上げていた。そして小さく笑いを零すと観念したかの様な雰囲気を漂わせた。

 

「はは、これは手厳しいですな。それに貴方の言い分もごもっとも。仕方ありません、──若き"神殺し"。すみませんが、そういう訳です。ここは一先ず矛を収めてもらえませんか? ……この通りです」

 

 そう言うと、なんと鋼の英雄神は頭を深々と下げたのだ! 

 これには祐一は目を剥いた。どうにもこの神は丁寧な物腰でどこか人間臭いと思っていたが、頭まで下げるとは思っても見なかったのだ。

 出会って来た神々は例外なく自尊心が天元突破している者達ばかりで、己の非を認める様な奴らじゃないと思っていただけに、その驚愕は一入であった。

 

 奇襲を仕掛けて来た敵からの突然の申し出。

 正直な所、この申し出は祐一にとって願ってもないものであった。

 疲弊し右目の事もある。考えなしに継戦すれば破滅は必定だろう、と感じ取っていた。

 そしてこの眼の前の神は、間違いなく強大で強力だ。直観だがヤマトタケルは余力を残している。万全の状態で死力を尽くし、やっと一割から二割の勝率が生まれるか、あるいは、もっと悪いかもしれない。

 間違っても疲弊し隻眼の状態で戦っていい甘い相手ではない。

 

「……テメェから仕掛けて来てそれかよ。ちぇっ、まあいいや。アンタは頭下げた。俺も理解出来ない状況でイライラしてた。……それで、良いよ」

「ふふ。貴方が理知的な人物で僥倖でした」

「──ただし! アンタが俺の命を狙った事はそれだけじゃ許せねぇ。仲間を危険に晒されたんだ。やっぱ許せねぇよ……! だから……──アンタが持ってるこの世界の情報、それと俺達がこの世界を出る手伝いをしろ。それが手打ちの条件だ」

 

 祐一が、己の心境を一切悟らせない声音で声を張り上げた。これにはヤマトタケルも少し呆れた様子で、

 

「はは、この状況でその条件を提示しますか。非がある私が言う事ではありませんが、それは些か欲張り過ぎと言う物ではありませんか?」

「思わないね。俺達には後がないんだ。ここでアンタからその条件を引き出せなきゃ、どっちかが倒れるまで殺し合っても良い。この状況が打破出来ないなら、それくらいやってやる! 

 ……それにアンタは初め、俺を見極めるとか言ってたな。それは俺が居なくなれば困るって事じゃないのか?」

「……ふむ、これは少し喋り過ぎましたか。確かに貴方が居なくなれば困ると言うのは真実。必ずと言う程ではありませんが、しかしこの機を逃す手はない……ふむ……」

 

『──フェルグス。私は此度の、貴方の行動を認めましたが、責を取るつもりも、問うつもりも、ありません。故に貴方が判断なさい。私はそれに従う事としましょう』

 

 再びあの声が響いた。脳内に響く不思議な声は、神であるヤマトタケルであっても対等な言葉遣いで、それでいてヤマトタケル自身も己より上に置いている節がある。

 祐一は、「ニニアン」と言う人物が神に連なる者であろう……と推測し始めていた。そしてヤマトタケルと同格かも知れない、とも。

 

「おや、よろしいので?」

『構いません。そもそも彼の来訪は以前より"判っていた"事でした。そして、それがどのような結果になるにせよ"大きな波紋となる"と言う事も』

「なるほど。判りました……では私としては、彼の提案を受け、契約履行のため貴方の王国へ招待させて頂きたい。如何か?」

『よろしい。食客とは言え、救国の英雄たる貴方が客人と認めたのならば王国を統べる者の義務として、どのような素性の者であれ歓待せねばなりません。客人を王国まで道案内なさい、フェルグス』

「判りました。感謝します、ニニアン殿」

 

 会話を打ち切った彼はくるりと祐一へ向かい合い、笑顔を向けた。

 

「"神殺し"殿、そういう訳です。私の愚挙を貴方の望みを叶える事で水に流させて頂きます。そして、貴方の望みを叶える為にも貴方を王国に招待させて頂きたいのです。勿論、そこな仲間の方々も同じく歓待させて貰いますよ」

「ぼ、僕たちもかい?」

「ええ、ご迷惑おかけしたのは私です。喜んで歓待させて頂きますよ」

 

 寿が戸惑う様に問い掛け、『まつろわぬヤマトタケル』が気分を害した様子もなく返していた。ラグナは警戒を一切解かず、いつでも戦える臨戦態勢でヤマトタケルを睨み付けていたが。

 祐一は訝しんだ。神と言う存在は人と言う存在を、蟻や路傍の石程度にしか思っていない節がある。シーラーズに滞在した折の、復活に王手を掛けたウルスラグナを診れば顕著だろう。

 

 どうして不安が拭い切れない。祐一は今になって、己で案を提示しておきながら浅慮だったかも知れない、と思い始めた。

 だが罠かも知れない場所であっても飛び込まなければならなかった。この一寸先は闇とも言える暗澹たる状況で、彼らに選択肢と言う贅沢な物はなかったのだ。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。

 祐一は、口数が少く頼りになる幼馴染が、好んで使っていた言葉を思い出す。頑固で絶対に意志を曲げない、懐かしい友を思い出し勇気を貰う。

 ただ一つだけ、確かめねばならない事があった。それは……

 

「──一つだけ聞いておくぞ。アンタ達は俺達がここに来るのを知っていた様だが、どうやって知ったんだ? まさか、アンタらがココに連れ込んだんじゃねぇだろうな?」

 

 祐一の詰問に対し、涼やかな『鋼』の英雄神は気障ったらしくフッと笑い、ゆっくりと首を振る。

 

「確かに貴方達の来訪は予見していました。しかし、それは予言の力を行使したニニアン殿によって齎された物。貴方達が何の因果でこの地に現れたのかは、私であっても預かり知らぬ所なのです」

 

 一点の曇りもない瞳で、淀みなく答えるヤマトタケル。その言葉に頷くでもなく、祐一は強い意志の籠もった目でヤマトタケルを強く見据えた。ヤマトタケルもまた微笑を浮かべながらも、しっかりと見つめ返した。

 どれほど時間が経っただろうか。遂に祐一が口火を切った。

 

「……分かった。アンタを信じる事にする」

「ありがとう御座います"神殺し"。ここに契約は成りました。全力を持って契約の履行に務めるとしましょう。……おや、そう言えば我が名は看破されたとは言え、名乗って居ませんでしたね。私はヤマトタケル。小碓……男具那……私には多くの名がありますが、ヤマトタケルと呼ん貰えると嬉しいですね」

「おう、ヤマトタケルだな。ま、アンタかなり有名だしな。あんま神話とか知らない俺でも知ってるぜ!」

「ほう、我が故地を離れ幾星霜の月日が流れましたが、まだ私の名が知られているとは驚きです」

 

 そこで寿が苦笑しながら訂正した。

 

「知られていると言うか、鳴り響いているって例えた方が妥当だと思いますよ、ヤマトタケル殿」

「おや、それほどまでに我が名が広まっていますか。ふふ。喜ばしい事、と言っていいのでしょうね」

 

 ヤマトタケルは東の方角を見遣り、目を細めていた。

 郷愁を覚えているのだろうか。そう言えばコイツは同郷の者と会うのは久しぶり、とも言っていた。

 そんな事を思い、祐一は彼の姿が何だかイランにいた頃の自分と……酷く重なって見えてしまった。

 コイツは仲間諸共殺そうとした怨敵に違いは無い。しかし時代も種族も違うとは言え同郷の、それも自分と同じく郷愁の念を抱く者だと祐一は確信してしまった。

 だからだろう。気が付けば祐一は自然と話し掛けていた。

 

「なあ、アンタ。戦って思ったけど、半端なく強えぇな! まさか、俺の『白馬』が打ち返されるとは思わなかったぜ! おっと、名乗り忘れる所だった。俺は木下祐一だ、よろしく」

「おや、これは気を遣わせてしまいましたかな?」

「ん? なんの事だ?」

「ふふ。……そうですね、あの戦いは久々に心躍る物でした。ニニアン殿が割って入らねば……と思わずには居られないほどに。木下祐一殿、またいつか再戦願えますかな?」

「おう、またやろうぜ! でも、勝ちは俺が貰うけどな! あ、あと祐一で良いぜ、ヤマトの兄ちゃん!」

「ヤマトの兄ちゃん……? ……ハッハッハ! なかなか面白い呼び方をしますね祐一殿。ですがフェルグスと言う名よりもそちらの方が好ましい。……それに私も、貴方との再戦で勝ちを譲る気はありませんよ」

 

 不敵に笑う祐一と、薄く微笑するヤマトタケル。和解し、そこに蟠るは取り払われたとはいえ、やはり彼らは戦士なのだ。己が武を競い合うとするのは本能と言えた。河川敷で夕日を背に拳で語り合う奴ら。強敵と書いて友と読む類の人種であった。

 

「……あの、それでその王国へはどう行けば良いのかな……? もう、かなりの時間ここに留まっているし、そろそろ移動しないかい?」

 

 言葉もなく語り合っていた祐一とヤマトタケルに、寿がおずおずと声を掛けて来た。これには己の雄敵に気を取られ、失念していたヤマトタケルは微苦笑した。

 

「おや、これは失敬。ふふ、どうも私は戦と言う物に目がない性質でして。それに久方ぶりの戦いに些か昂って居ました」

 

 悪びれず嘯く姿に祐一はパルヴェーズを思い起こしてしまった。整った容姿と勝負事を好む気性がどうも似ている気がしたのだ。

『鋼』って奴らは、そんな奴ばっかな気がして来た……。三柱の『鋼』と矛を交え『鋼』の神格の傾向と言うか気性と言うか、そんな物が見えて来た気がした。

 ヤマトタケルは微苦笑を収めると、後ろの方向を指差した。

 

「それに、王国へは移動せずとも良いのです。もう、眼の前にあるのですから」

「え?」

 

 

 ──―ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……!!! 

 

 

 大地が鳴動し渓谷が迫り上がって行く。いや、渓谷だと思っていた物の正体は壁だった。

 天を貫かんばかりの壁が円形を描き「郭」の形を成していた。いや、事実これは郭……城壁なのだ。石塊を気の遠くなるほど積み上げ、エジプトのピラミッドや日本の石垣すら凌駕する人造の建造物。

 その人知を超えた偉容を目の当たりにした祐一たち一行は言葉を失い、ニヤリとヤマトタケルが笑った。

 

「──貴方の来訪を歓迎しますよ"神殺し"木下祐一殿」

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