王書   作:につけ丸

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040:祐一vs

「ほう。では君達はあの難所をくぐり抜けて、ここまで辿り着いたのか。……ふむ、あの土地は我が王国でも指折りの戦士しか超えられない試練の地でもある……。ハハ、なるほど。無傷とはいかなかったようだが、君達は若いながらも中々の器量を持った戦士なのだな」

 

 祐一達はささやかな歓待を受けていた。

 宴の主人は屋敷の主でもあるエイルという戦士だった。

 エイルの言った言葉に、うんうんと頷き豚肉のローストをかっ喰らい苦労話を愚痴る祐一。彼の右目のエイルが気を利かせて治療してくれたようで、今ではきれいな包帯が巻かれている。

 

「マジ大変だったんだぜ、あの道を通るの! おっちゃんはぶっ倒れるし、草原をやっと抜けたら魔物が沢山居るし、挙句の果てにはヤマト兄ちゃんが襲って来るしよー……。ラグナと権能無かったらあんな所いくら俺でも無理だったぜ。な、ラグナ?」

 ──ンモオオォォ! 

「聞けよ……」

 

 自分達の会話なんて知ったこっちゃないと飯に夢中なラグナに呆れを滲ませる祐一。そんな二人を苦笑しながら顔を見合わせる寿とエイル。そこではたと気付いたように寿が、

 

「あ、僕は何もやってませんよ? 彼の後ろに引っ付いてただけでしたから」

「いや、それでもだ。尋であれば只人がこの幽世で生き残る事こそ稀。それが隣の彼のお陰だと言うのなら、それも君の運だ。そして運も実力の内と言うだろう、君も己を卑下しなくても良いと思うぞ」

「そうそう、ホントに幽世に迷い込んで順応する人間なんて居ないんだから。はい、祐一くん。これ、おかわりね」

「あ、どうも! テスラおばさん!」

 

 そう言いながら彼らの会話に入って来た人物は銀髪の流線的な髪を持つ女性だった。エイルの妻であり祐一達が舌鼓を打つ食事を饗してくれた人物でもある。名を「テスラ」と言った。

 水晶の如き輝きを宿す紫水晶の瞳。風に靡きゆったりと揺れる銀髪。象牙を彫り上げたような瑞々しげな綺麗な肌。

 眼窩に収められた柴水晶の瞳は切れ長の眦と相まって、妖しい輝きを宿す刀剣にも思えるほど。時と場所が違えば、傾城傾国の美姫と賛辞を贈られるほど整った容姿を持った女性であった。

 

 ──と言うのは、過去の栄光である。

 嘗ては深窓の令嬢ないし汚れなき天女とも称された女性も、日々の家庭の仕事を一挙に請負い、今では人が手を一杯に広げてやっと抱え切れる丸太をブンブンと振り回せるほどの剛腕を持つ女傑へと至っていた。

 彼女のバストは豊満である。そしてウェストもヒップもまた豊満なのだ。

 昔は美人だったんだろーなぁ。とラグナのおかわりを貰いながらなかなか失礼な事を考えていた。

 と、そこでテスラが笑顔になった。目は全く笑って居ない笑顔で。カンカンカンッと祐一の心に最大級の警鐘が鳴った。

 

「祐一くん、私の事はテスラお・ね・え・さ・んで良いからね」

「Yes,ma'am!」

 

 即座に直立不動で敬礼を敢行し、許しを乞う祐一。

 寿は瞠目した。彼の余りの素早さと敬礼の見事さに。ラグナは我関せずで貪り食う。

 見兼ねたエイルが、テスラを嗜めようと口を開いた。

 

「テスラ、お前はもう『おねえさん』と言う歳でも……」

「───エイル?」

「なんでもないです。すみませんでした」

 

 即座に土下座を敢行し、許しを乞うエイル。

 寿は瞠目した。彼の余りの素早さと土下座の見事さに。ラグナは我関せずで貪り食う。

 この空間で誰が最強のなのか、一瞬で分かる光景であった。

 二人で許しを乞いテスラの裁定を待っている、その時だった。バンッとドアが勢い良く開かれ、二人の影が部屋へ入って来たのは。

 

「今帰ったぜー! 叔父貴、姐御!」

「あー、肩凝った」

 

 よく通る声でそう言ったのは長身で細見の青年二人だ。細見ではあるが痩せていると言う印象はなく、豹のような俊敏さを持っていると確信させる活力に溢れた四肢。

 その人物の闊達さと、軽薄さを表した様な赤毛の髪。

 鼻梁の整った容貌にニヤケ笑いを隠そうとせず貼り付けている。そして極め付けに彼らの容姿は瓜二つであった。

 現れた人物は双子だったのだ。

 二人の姿を見て取ったエイルが、土下座から一瞬で立ち上がり、詰問する様に声を張り上げた。

 

「エオ、ムイン! お前達、修行は終わったのか!? 私の見立てでは夜更け近くになる筈だったぞ!」

「俺達を甘くみんなよ、叔父貴!」

「そうそう、おもしろそうな客人が我が家に来てるって小耳に挟んでね。ソッコーで終わらせて来たぜ!」

「なに? 今日お前たちに課した量はかなりの時間が掛かるはず……まさかお前達今までの修行真面目にやってなかったな! ……なんて事だ! お前達が居れば必ず失礼な事をすると見越して修行場に放り込んだと言うのに!」

 

「ムイン」と呼ばれた青年は寿の横にどっかと腰を降ろしては手をヒラヒラ振りながらカラカラと笑い、ニヤついた表情でエイルに言い募った。

 

「そう言うなって叔父貴、俺たちは叔父貴と姐御だけじゃ饗すのに苦労するだろうと思って来たんだぜ? ちゃんと客人の前では、礼儀に適った態度を取るって」

「お前は自分の行動が! 今言った言葉を裏切っている事が判らんのか! その無礼な態度を改めろ!」

「へぇーへぇー」

 

 一頻りエイルを誂ったムインは姿勢を正した。辛い修行を課せられた意趣返しも多分にあったのだろう。彼の慌てぶりに溜飲が下がったのか素直に彼は従っていた。

 もう一人の青年エオは祐一の横に座り込むと値踏みする様に下から上までじぃっと見定めた。反射的に祐一も舐められて堪るかとガンを飛ばす。

 

「ふーん、アンタが客人か。……まだガキだな」

「なんだよ、お前……?」

 

 そうして睨み合う事、暫し。

 

「…………へぇ、良い眼してんじゃん」

 

 そう言って青年エオはニヤリと笑って顔に貼り付けていた軽薄さを収めると、グッと右の拳を差し出した。

 

「俺はエオ。誇り高きアルトの子にして、剣神ヌァザの愛し子エイルの義息エオだ。おもしろい客人が来てるって知ってな、見てみたかったんだ」

「あっ兄貴、ズルいぞ! 俺にも名乗らせろよ!」

 

 落ち着きのない声が聞こえた。エオから視線を外し、そちらを見遣れば、少し憮然としたエオと瓜二つの青年が祐一を見て声を張り上げた。

 

「俺はムイン! 誇り高きアルトの子にして、剣神ヌアザの愛し子エイルの義息ムイン! よし、俺達が名乗ったんだ。お前も名乗れよ!」

 

 これが此処の流儀らしい。郷に入っては郷に従え、イランでも学んだことだ。我が意を得たりと胸を張っては祐一も声高らかに名乗る。

 

「おう、俺は木下祐一! 何でこの世界に迷い込んだのかは知らないし、ココに辿り着いたかは判らないけど、それなりに修羅場は潜ってる! ま、よろしくな!」

「なに? それじゃあお前はあの試練の地を駆け抜けて来たって事か? ……ふーん。見かけによらず、すげぇ戦士なのかもな?」

「へぇ!おっしゃ、ならお前の武勇伝聞かせろよ! ……叔父貴! 一回仕切り直してくれよ! 俺たちも新しい戦士の来訪に祝福を贈りてぇ!」

 

 そう言ってエオとムインは、勝手に青銅の盃を満たすと腕を高々掲げる。祐一も最初のピリピリとした感情を忘れて笑いながらそれに答え、寿も苦笑し倣った。

 そんな自由な振る舞いにエイルは終始眉を顰めていたが、テスラの視線を受け降参した様にため息一つ。自身も盃を高々と掲げ、

 

「わかった、わかった。よし、では新たな戦士の来訪を我らは喜んで迎え入れよう! 彼の来訪が凶兆ではなく福音である事を切に願う! さあ、酒を酌み交わそう。──乾杯!」

 

 宴が再び始まった。

 

 

 

 祐一達一行はとある場所に連れられ歩いていた。

 祐一と寿とラグナ、それとエオ。ムインとエイルが少し離れた場所でどこかへ向かっていた。

 先刻、エオとムインが現れ酒をカパカパと鯨飲していた彼らだが、その席で祐一がこの王国の勇者であるヤマトタケルと一戦交えた、と零してしまった事が発端だった。

 どうやらヤマトタケル……この王国ではフェルグスと呼ばれる『まつろわぬ神』は、彼らが住む王国に於いて最強であり、救国の英雄であり、憧れの存在らしかった。

 

 と言うのも嘗て、この王国は滅亡の窮地に陥ったらしい。

 綺羅星のごとく輝く屈強な兵たちを有する王国であっても、太刀打ち出来ない存在──『まつろわぬ神』が現れたのだ。

 その『まつろわぬ神』は王国に突然現れると、暴虐の限りをつくし槍の一振りで戦士達を塵殺した。遂には王国の最深部である王城にまで手を伸ばし、王国を統べる女王「ニニアン」を手篭めにしようとしたらしい。

 王国を未曾有の窮地に陥いれた狂虐の英雄神を行く手を阻んだのが、そのとき客将として迎え入れられていた、東方の勇者「ヤマトタケル」だったと言う。

 彼は正々堂々とした一騎打ちで『まつろわぬ英雄神』と戦い、三日三晩の激しい激戦の末『まつろわぬ英雄神』を下すと、王国に平穏を取り戻した。

 彼……「ヤマトタケル」が「フェルグス」と呼ばれているのも討ち果たされた『まつろわぬ神』の名に因んだ物で、一騎打ちのあと為した偉業の大きさと名声の大きさを誇る様に、王国の民は親愛と感謝を籠めて「フェルグス」と呼び始めたと言う。

 なお、本人は嫌がっている模様。

 

 そんな彼と一戦交え引き分けたと嘯いた祐一に、納得が行かなかったムインは「あり得ない!」と言い張り、祐一がどれだけ本当だと言っても聞かなかった。

 どうやらムインはヤマトタケルにかなり憧れているようで……厄介オタクと言い換えても良いかも知れない……祐一の言葉なんて聞く耳を持たないと言う様子だった。

 そうするとエオが「拳で確かめればいいだろ?」とニヤニヤ笑いながら使嗾し、睨み合っていた両者は一つ頷くと、

 

「──勝負だ!!」

 

 と、声を張り上げた。祐一とムインは男の子だった。もうお気付きだろうが、彼らの向かっている先は喧嘩が出来る場所。

 この王国において大っぴらに喧嘩できる場所とは戦士の集う修練場であった。

 エイルは義息達の暴走に「やっぱりか!」と呻き、テスラは見透かしていたように微苦笑を残した。

 

 ○◎●

 

 饗されていた屋敷から出ると、代り映えのしない真っ暗な空があった。体感的にはもう夜だから違和感はないのだが……。

 ただ、空には星々があった。

 

「常夜の空に星が瞬いている今が、俺達にとっての夜なのさ。そして一日の始まりでもある」

 

 不思議そうに夜空を見ていた祐一にエオが声を掛けた。少し首を傾げながら祐一が問いかける。

 

「夜が?」

「ああ。何でもドルイド達が言うには、外の世界は陽が登ってからが一日の始まりなんだろう? だけどここじゃ、日没が一日の始まりなのさ。……まぁ、それがなんでかなんて俺は知らねーけどな、興味ねぇし」

「ふーん。じゃあさ、この空が真っ暗なのは何でなんだ?」

「空が真っ暗なのは当たり前……いや、外じゃそうじゃないんだったな。なんだっけな、確かこの王国は地面の中にあるらしいぜ? だから真っ暗なんだとかなんとか」

 

 地面の、中? 祐一はその言葉を咀嚼して嚥下するのに、酷く苦労した。理解した瞬間、泡を食った様にエオに問い詰めた。

 

「は、地下に!? でも海とか草原とかあったぞ! あり得ないだろ!」

「俺が知るか。あるんだから、あるんだろ?」

 

 投げやりなエオの態度に閉口し、祐一は空を見上げ「まじかよ」と呟く。確かに空は真っ暗でまるで洞窟に居るみたいだ、とはチラリと思ったが本当に地下だとは思わなかった。

 そこでポンと後ろから、肩を叩かれた。どこか遠い目をした青年、八田寿だった。

 

「彼の話は間違いないんじゃないかな。昔、ヨーロッパで此処と同じ様な文化を持ってた民族が居たんだけど、その民族の伝説に地下には神が住まう世界があるとか、井戸や湖から関連付けられて地下には水界が広がっているって考えれていたらしいからね」

「お、おう。そうだったのか」

「へー、詳しいじゃん」

 

 遠い目で語る寿に気圧され引き気味に頷く。軽い態度でそうじゃねーのと頷くエオ。寿はここがとある文明を基軸にした世界だと察しが付いている様だった。

 後で聞かなきゃな。でも先ずは……祐一は一つ頷いて視線をずらす。

 視線の先には丁度ムインがコチラを見ていた。どこか威嚇する様に犬歯を剝き出し唸っている。祐一も左手の親指を立て、首で横一直線に引き、そのまま下に向ける。

 火花を散らし合う二人に、どうしてこうなったとエイルがため息をついた。

 

 ○◎●

 

 まるでローマのコロッセオだな……。

 辿り着いた場所は篝火がいくつも焚かれた、広い場所だった。ぐるりと大きな円を描き、石造りの堅固な壁で覆われている大きな広場だ。

 広場の中には鍛え上げられた肉体を持つ戦士がたむろし、ひどく騒がしい。酒を飲んでいたり、フィドヘル……チェスの様なボードゲームやフィールドホッケーの様なスポーツに興じていたり、中心では二人の勇ましい男達が干戈を交え武を競い合っている。

 競い合う戦士の観客も何やら盛んに声援を送っているかと思えば、痛烈な罵声を浴びせている。一番人が多く賑やかなのはソコだろう。

 ここは王国の戦士たちが集い、武を競い合う「大闘技場」。女人禁制、むくつけき男共の楽園だ。

 中心で戦う男達を見る観客が興が乗ったのか、朗々と野太い声で歌を唄う。

 それを皮切りに闘技場の男達が示し合わせたように続く。野太く、勇ましい声が闘技場を震わせる。

 

 我等は歌う 戦士の歌を

 意気揚々と奮い立つ歌声

 燃え立つ炎を囲みながら

 頭上には満天の星

 来るべき戦いを待ちきれず

 夜明けの光を待ちながら

 夜の静けさの中 我等は歌う

 戦士の歌を

 

「──すげぇ……」他の語彙が無くなってしまった様に呆然と呟く。寿も目を見開いて驚きを露わにしていた。ニヤリと笑い、眼前に立ったムインが自慢げに胸を反らし、

 

「へへ、すげぇだろ! 此処が俺達の王国が誇る大闘技場さ! ……さぁ、やり合おうぜ!!!」

 

 自信満々に叫んだ。

 

 

 

 手に汗が滲む、冷たい汗が頬を伝う。目を皿にして相対する相手の隙を探る。勝ち筋を探る。

 刹那、──閃光が疾走った。

 篝火の光を弾いて橙の色が煌く。槍だ。青年の手から身長より長い柄と銀に輝く刃が一閃され、相対する少年へ一直線に飛ぶ。

 その狙いは喉。その速度、疾風迅雷。

 鋭く止まる事を知らない矢のように少年へ迫る。致命の一撃たるその槍を阻まなければ、少年の絶命は免れないだろう。しかし少年は緊張も焦りも一切見せず、槍を見据えた。

 当たる! その瞬間になって少年は初めて動いた。彼の目に強烈な光が疾走る。満腔から吹き出る闘気が右手に収束し、雷光の如く跳ね上がる。

 ───カンッ! 甲高い音が、響く。

 跳ね上がった手が穂先を潜り抜け、槍の柄を弾いて狙いを反したのだ。少年は確実に己の手が届く制空圏まで引き付け槍を弾いたのだ。

 何という胆力だ! 青年の首筋に冷たい感触が伝う。だが構うものか、青年は弾かれた槍を閃電の如き素早さで引き、またも刺突が繰り出された。左足で地面を踏み抜き、内功を巡らせた俊速の一突き。

 彼は真摯だ。歩に関してだけはいつもの剽軽な態度は鳴りを潜め、戦地にあっては枯淡自然の境地を心掛ける。若いながらも一廉の戦士であった。

 少年の元に再び、致命の一撃が迫る。

 だが、もう少年は動いていた。放たれた槍に蛇が絡みつく動きで少年の腕が柄に伸びグッと握り込む。踏み込んだ足から伝わる内功で豪腕を振るう。

 青年は堪らず槍を離しそうになるが寸での所で堪え、不安定ながらも勢いに乗った右の足で少年の足を強かに踏みつける。

 硬い! まるで金属を素足で蹴り付けた鈍い感触に青年の表情が歪む。一瞬の隙。それを逃す狡猾な少年ではなかった。

 電光石火! 俊足をさらけ出し、瞬く間に青年の懐に潜り込むと、掌底を強かに打ち付けた。ぐっ、青年の肺腑から鉛のように重い呼気が漏れ、ゆっくりとくずおれる。

 ―──おおおおおおおおおお!!! 

 少年と観衆の雄叫びが、闘技場を震わせる。

 

 勝敗は決した。

 

 

 ○◎●

 

 

 ムインから勝利をもぎ取った祐一。勝者のを称える歓声に応え、右手を上げる。そこには嘗て勝鬨を上げる事すら躊躇った初々しさはなかった。

 ムインが槍を杖の様にして立ち上がる。祐一がサッと駆け寄って手を貸す。ムインも拒む事はなかった。

 

「ヘヘ……、俺の勝ちだな!」

「やるじゃねぇか、お前。フン、まぁ……少しはお前の話を信じてもいいかもな」

 

 肩を貸していたムインが目を逸らし、そんな事を言うので思わず笑ってしまった。

 それに気付いたムインがてめぇ! とヘッドロックを仕掛けもう一戦やるぞ! と憤懣やるかたないと言う風で祐一に再戦申し出た。

 ギブギブ! と腕をタップしながら「応!」と祐一が笑顔で答え……

 待て待て、次は俺だぁ! 何を、俺が先だ! 

 ウホッ、これは良い戦士! ───イイ……。

 そう叫びながら筋骨隆々の素晴らしい漢気溢れる益荒男達が一斉に前に出て、祐一に勝負(交際)を願い出た! 男達も突然現れた異邦の戦士と、武を競いたくて仕方が無い! とばかりに駆け寄った。その姿はアイドルの追っかけ染みていて、イケメンでモテモテの祐一くんは一瞬でハーレムを作ってしまったのだ! 

 

 そんなこんなでムインと再び矛を交えたあと、ちぎっては投げちぎっては投げ。

 なんと今では十連勝目。祐一は波に乗りに乗っていた。まあ、歯に着せずに言うなら、調子に乗っていた。

 うおおおおっ! と祐一が叫べば、おおおおおっ! と観衆が応える。

 

「遂に、遂に、俺の時代の到来だぁー!!」

 安心しろ、もう来てる。

「俺が、俺が、主人公だぁああああああ!!」

 そうだよ。

「ムハハハハ!! 我、敗北を求めたり……!」

 大丈夫、もうすぐ手に入る。

 

 こんな感じで猛っているのか、調子に乗っているのか分からない謎テンションに身を任せ、エンドレスで向かってくる戦士たちを相手に存分に暴れ回っていた。

 

「──ふふ。何やら面白い事になって居ますね?」

 

 そこへ突然ヤマトタケルが現れた。その事にギョッとする戦士達だったが、直ぐにあの若者と英雄であるフェルグス様が戦うかも知れないと口々に囁き合う。

 突然現れたヤマトタケルに、エイルが駆け寄った。

 

「フェルグス殿! この様な仕儀となり申し訳ない、全ては私の不徳と致す所……!」

 

 そのまま腹を掻っ捌いて、死んで侘びる! と言い出しそうな雰囲気の彼をヤマトタケルが苦笑しながら止めた。

 

「まぁまぁエイル。彼も楽しんで居るようですし、そう早まらないで下さい」

 

 そう言って笑うヤマトタケル。そして神殺し特有の嗅覚で彼が現れた事を察知し、腰に手を当て指を指しながら祐一が叫んだ。

 

「ヘイヘイヘイッそこのヤマトの兄ちゃん! 昼の決着付けようぜっ! フッフッフッ……今の俺は無敵だァ──ッ!!」

「ははは。それはおもしろい事この上ないですが……先刻戦ってすぐさま再戦では余りに風情がないとは思いませんか? 我らの戦いはそう軽々に行うものではありません」

「ほーん、じゃあどうすんだよ?」

 

 ヤマトタケルは形の良いおとがいに手を当て、少し考える仕草をとって、

 

「そうですね……。ではエイル、お願いできますか?」

「──えぇ、お任せあれ。フェルグス殿」

 

 エイルに声を掛け、エイルもまた即座に頷いた。

 

「祐一殿。王国でも最上位の戦士であるエイルを降す事が出来れば、再び私と戦う権利を勝ち取れる。と言うのはどうですかな?」

「へぇ……面白そうじゃん……」

 

 人間と気安く会話し飄々としていても、やはり『神』。自分の安売りは絶対にしない様だ。祐一はそう思い至りそれならば障碍を打ち破り必ず自分の元に引き摺り下ろしてやる、と不敵に笑う。

 ヤマトタケルと祐一が火花を散らしていると、厳しく表情を整えたエイルがゆっくりとした動作で前に出る。

 

「君の相手は私だぞ、祐一殿? あまり他の相手を見るな、妬いてしまうだろう?」

 

 エイルが薄く笑う。今さっきまでのエオとムインに振り回されていた気配は微塵もない。それどころか祐一が幼い頃から切磋琢磨してきた故郷の幼馴染みですら持ち得ない、膨大な戦意と鋭い剣気が漏れ頬をなぜた。ゾクリ……と祐一の背筋に冷たい物が疾走る。

 

 祐一は悟った。この眼の前の戦士は只者じゃない。決して楽な相手では無い。全身全霊でもって迎え討たねばならない、と。だが祐一は構う事なく、不遜に、不敵に、傲岸に、ふてぶてしく笑う。

 山が……山が動いたぞッ……! 

 おお……遂にあの剣聖が動くのか……! 

 あの異邦の若き戦士と、戦士長エイルとのカードか……! うぅむ、これはわからん! 

 戦士たちが彗星の如く現れた若い戦士と、王国に於いて最上位に立つ古強者の戦いに、興奮した様に囁き合う。

 観衆がゾロゾロと動いて二人の為に円を描いてリングを作る。両者が同時にリングへ上がる。

 若い戦士は不敵に笑う。己の勝利を一切疑って居ない傲慢なまでの姿で仁王立ちする。迎え討つ青年は巌の様に表情を引き締めている。彼の肉体は最盛期を迎え威風堂々とし、その内側から溢れる闘気も畏敬の念が絶えない者の名代として、豪、豪、と燃え盛っていた。

 若い戦士が、ニヤリと笑って口を開く。

 

「へへ、エイルさん。アンタには悪いが、ここでアンタを降してヤマトの兄ちゃんに再戦願うぜ!」

「フッ……そう簡単にキングは取れないものだぞ、祐一殿?」

 

 軽く若い戦士の言葉を躱し、古強者の青年がとある提案をした。

 

「一つ提案がある。祐一殿、君は無手だな? そして私は剣を使う。それでは少し不公平だろう、私もそれが気に掛かって全力を振るえないかも知れない……。どうだろうか、君も剣を取って戦うと言うのは?」

「エイルさん。舐めて貰っちゃあ、困るな……。アンタのソレが安い挑発だって事はよく分かるぜ……。でもなその見え透いた罠を破ってこそ「真の戦士」なんだ! ───誰か剣を!」

 

 祐一が観衆に向け、叫ぶ。

 

「──これを使え、ユーイチ!」

 

 応えたのは、初戦の相手……啀み合っていたムインだった。装飾の無い無骨な鉄剣が祐一の足元に、突き刺さる。

 祐一は鉄剣を取って大きく掲げる。ムインは不敵に笑って言葉もなく「行って来い」と示す。隣のエオも興味深そうに見据えていた。

 

 エイルが腰の長剣を抜き放ち、胸元で水平に構える。

 祐一が肩に担ぐ様に、目一杯に引き絞って迎え討つ。

 

 ──静寂が二人を撫でた。

 やはり、我流か。それもおそろしく荒々しく大雑把な。

 エイルは祐一の構えを間近で目にし、剣の流派など収めていない、と看破した。

 確かに祐一は剣の振り方なんて知らない。故郷で棒を振り回していた事か、パルヴェーズとの旅で少し師事を受けたくらいだ。だが……

 

 ──見えない。

 一切、勝てる道筋が見通せない。あんなにも隙だらけだと言うのに、まるで底知れない恐ろしい罠が仕掛けられている様な恐ろしい気配。

 嘗て若かりし頃、エイルは『まつろわぬ神』であるヤマトタケルに、戦いを申し込んだ事があった。やはり武の道を行く者として武の極致とも呼べる境地を見てみたかったのだ。

 その時は結局、数合打ち合い容易く剣を打ち払われたのだが。

 その苦い記憶を思わず思い出してしまった。そんな若い頃の無鉄砲な記憶を呼び起こす、ヤマトタケルにも匹敵する戦士に知れず冷たい物が頬を伝う。

 だが、それでも───

 

 なんて剣気だ……。祐一は相対するエイルから伝わる気配に汗が滲んだ。隻眼で見える景色はなかなかに距離感が掴み難く、曖昧だ。だがそんな事は先刻承知。

 だが今注視している筈のエイルの剣が伸び、己の喉元に突き付けられている様に感じるのは、幻覚なのか真実なのかひどく曖昧だった。

 これは彼が放つ剣気が見せる幻覚だ。そう脳に言い聞かせても、喉元に冷たい感触を感じて仕方がない。神、と行かずとも上位の神獣と対峙している感覚に怖気が身体を包む。

 だが、それでも──

 

 ──勝つ! 相対する両者は瞳を戦意で燃やし、勝利への宣誓を心で誓い、咆哮する。

 先に動いたのは祐一だった。

 策も技もなく、ただ愚直に剣を振り下ろす。ただ、それだけ。だが速い。臍下丹田から湧き出る内功を両の腕、十の指に籠め、閃電の煌めきのごとく揮う! 

 膂力無双にして、電光石火! 常人では見切る事叶わず、叩き斬られる必殺の一撃。

 だがエイルは常人ではなかった。兵どもが綺羅星のごとく輝く王国の中にあって最上位に位置する、剣神の愛し子。 早いだけでは彼は倒せない。彼もまた奥義を習得しているのだ。──心眼を! 

 

「ハッ──!」

 

 振り下ろされた鉄剣を、視る。避け切れない、とエイルは冷徹に一瞬で悟った。

 だが……。算段を一瞬で整えたエイルが剣を垂直に跳ね上げ、迫る剛剣の側面を狙い剣を揮った。触れた瞬間に、剣が弾け飛ぶ様な衝撃と、地面に足を縫い付けられた様な重圧が襲う。

 だがエイルは恐れ知らずの胆力と気合で持ち堪え、祐一の剛剣を己の刃の側面を滑らせ軌道をずらそうとする。祐一もエイルの思惑に気付き、思い通りにさせて溜まるか、と豪腕を振るい、一息に押し切ろうと力を込める。

 この時、両者の見解は奇しくも一致していた。この一瞬の攻防で勝敗が決まる、と。

 故に、この攻防を制そうと瞬きにも等しい時間の中で、激しいせめぎ合いが起きていた。両者とも臍下丹田より溢れる内功にて豪腕を、修練の果てに会得した心眼で剣を、重ねた技量と経験とで相手をねじ伏せようとしているのだ。祐一が斬り伏せようと剣を振り下ろし、エイルが卓越した技量で受け流そうとする。

 

「ウォオオァァァァァ!!!」

 

 祐一が猿叫を上げる。裂帛の気合で小賢しい策を打ち破ろうとする。

 

「───ッ!」

 

 エイルが堪えきれず剛剣の進撃を許した。そのまま刃を通り抜け、鍔を砕き、エイルの腕へ……そこで祐一は勝利を確信した。──してしまった。

 そこで、エイルは動いた。

 大胆にも己が右腕を突き出し、祐一の剛剣を受け止めようとしたのだ。祐一が目を剥くより早く、エイルの皮が突き破られた。鮮血が舞う。……だがそこが限界だった。

 その右腕は正に鉄腕の如き堅固さ。エイルは己の腕を剣に見立て、身体ごと捻り受け流した。これには祐一も声もなく驚愕し、剣が空振ったことすら頭から消えていた。

 そしてそれこそ、最大の隙! 

 エイルは弾かれた剣を握り、スッと祐一の首元に当てた。

 ここに勝敗は決した。文句の付けようもないエイルの勝利であった。

 

 

 もう一回! もう一回! 

 駄々をこねて子供の様に癇癪を起こす祐一だったが、それを気にしているどころではない。

 あのとき果たした約束を破ってしまったのだ。

 何人にも負けぬ身であれという約束を! 

 余りのショックに、涙が滲み、怒りと哀しみと絶望とやるせ無さで地団駄を踏む。己の不甲斐なさに吐き気すら催していた。 

 まだだ! まだリベンジすれば、どうにか出来る! そう己に言い聞かせふたたびエイルに再戦を願った。

 

「ははは、何度でも受けて立とう、祐一殿」

 

 勝者の余裕で悠然と立つエイルは鷹揚に頷いた。

 そして……木下祐一、()()()()()()──! 余りの無残さに意識が飛びかけた。

 な、な、な、なんだコレは!?? 俺は今まで負け知らず、勝利に愛されている筈なのに!? 祐一は嘆きに嘆き、その時だった。

 

「──ハッ!?」

 

 その時、祐一に電流走る──!

 これまで武器を持って戦った時の戦歴が、走馬灯の如く脳裏を過った! 

 

 パルヴェーズ戦➡最後は勝ったが、あとは全敗

 

 チンギス・ハーン戦➡最初にガッツリ一太刀貰う、槍でブッ叩いて決着

 

 ヤマトタケル戦➡『戦士』が本体

 

 ───なんてこった……! まともな武技で勝利を獲たことがなかった祐一は愕然と膝を付いた。

 突き付けられた現実に、思わず白目剥いて膝をガクガク震わせ、頽れた。そんな祐一へヤマトタケルがニコリと笑い、とある提案を持ちかけた。

 

「どうでしょう、祐一殿。ニニアン殿に聞いた所、貴方方がこの世界から出るには些かの時間と労力が掛かる様です。その間、剣の修行をしてみると言うのは?」

「───マジで!? お願いします、ヤマトのおにぃちゃん!!」

 

 恥も外聞もなく飛び付いた。勝つ為なら安いプライドなんて捨ててやる。若干、本末転倒気味の男の名を木下祐一と言った。

 これにはマズイと思った寿がストップを掛けようと口を開こうとした時、くるりとヤマトタケルが寿の方を向き、

 

「八田殿も、我が王国に伝わるドルイドの秘伝……興味はありませんか?」

「───ありますあります! スゴイあります!」

 

 ウッヒャー! ヒャッホー! と叫ぶ主従を傍から、我関せずと見ていたラグナが、呆れた様にため息をついた。

 

 ───彼らの王国への逗留が決定した瞬間だった! 

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