王書   作:につけ丸

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047:剣と盃

 ───ラミアっ子いやぁぁあああああ!!! 

 

 王国の喧騒を縫うように甲高い悲鳴が響いた。奇声を上げたのは少年。しかし今ではその光も萎え、ラグナを抱えて必死に守りを固めていた。

 ──るぉぉ……。抱えられながら盟友の変わり果てた姿に、ラグナは物悲しい声を上げた。

 あれから数日が流れ、祐一はすっかり女性恐怖症が悪化していた。ここ数ヶ月一緒に暮らしていたテスラですら近付き過ぎれば飛び退く始末。全く知らない女性であれば鳥肌と目眩すら起き、前後不覚となっていた。

 それほどまでにあの謁見の間での出来事は衝撃的だったらしい。

 見かねたエイル一家がなんとしようと立ち上がり、今もこうして街中を歩かせる荒療治を行っていた。

 いやぁぁぁ! 雑踏の喧騒を引き裂くに、訝しげな視線を送る者は少ない。街の人々にとって祐一の奇声はここ数日、聞き慣れたものなのだ。

 まさに、当たって砕けろ。彼ら王国の戦士と言うバリバリの体育会系に、繊細さなど皆無だ。

 

「はぁー、まだダメなのかよ。ユーイチ? いい加減直せよなー」

「う、うるさい! 馬鹿ムイン!」

 

 呆れた様に、無責任な事を言うムイン。

 それに犬歯を剥き出しにして、エオの背中に隠れ威嚇する祐一。その視線は道行く人々に向けられ、必死に異性を避けていた。

 

「つーか、こんなんじゃ闘技場にもまともに行けないぜ? 早いトコ治してくれよ」

「うっ……わかってるよぅ……」

 

 こっちだって好きでこうなったんじゃない。その言葉を飲み込んで、ムインの呆れた様子の言葉に、意気消沈した様にため息をついた。

 

「てか、そんなに恐ろしかったのかよ? ニニアン様は?」

「エオとムインは会った事あんのかよ?」

「ない!」

「こ、こんにゃろ……」

 

 拳を握って、青筋を立てる。

 エオが落ち着け落ち着け、と肩を揺らす。

 

「まー、あるっちゃあるらしいけど、俺達が赤子だった頃に一度だけあったみたいだぜ? 全然覚えてねーケド」

「二人も会ったら絶対ビビる……俺が保証する……」

「そうかよ。ま、何にせよ良かったじゃないか。何の沙汰もなかったんだから」

「そうだぜ、王国の民だったら捕らえられて生贄にされてるって。忘れ掛けてたけど、まだユーイチは王国の民じゃないしなー」

「……そう、だな」

 

 王国の民じゃない。その言葉今までの怯えを忘れ、思わず目を逸してしまった。

 

「ユーイチ。お前、王国に根を下ろすんだろ? てか、居ろよ。もう俺たち家族みたいなもんだしよ? ヒサシもなんだかんだ馴染んできてるし、二人とも此処に住めばいい」

「なんだよ兄貴、ユーイチを口説いてんのか? ……ま、でも良いかもな。ユーイチ達が居なくなったら寂しいし」

 

 その言葉はまさに暴風そのものだった。心が柳のように揺れ、心臓が強く脈動しているのが判る。鼓膜が心臓に変わったかと思えるほどに。

 

「あ、いや、俺は……」

 

 ──どうしたいんだろう? 

 今さっきまでからかわれて逆立っていた気持ちとは別の、とても冷たい波が現れ心をさらっていくようだった。選ばなければならない。決定的な間違いを犯す前に……でも答えは見つからない。ただ俯いて、視線を彷徨わせるだけ。かえりたい、……のだろうか? 

 一月半……友人も出来た、家族と呼んでもいい人達も出来た、師も出来た、兄と思える人も出来た。全て王国に訪れてから出来た事。でも故郷には、必ず帰ららなければ……ならない。──帰りたい。そうだ、そのはずだ。望郷の理由を一つ一つ反芻していく。

 掘り返した記憶はそれだけに留まらなかった。思い出してしまう。……あの時だってそうだった、旅の終わりなんてある訳ないって信じ切っていて、ただある幸福を享受するだけだった。また、あんな思いを……そうして行き場のない焦燥感が胸を焦がす。

 でも、このまま帰れば必ずなにか胸に大きなしこりが出来そうな気がして……。留まっていてもそれは自分とは決定的に違っている気がして……。出口のない袋小路に迷い込んだように、たった一つの疑問に心は千々に乱れて、自問する言葉に誰も答えてはくれなくて……。

 先に進むどころか、何歩も後ろに下がっている気がして……それが───情けなくって、しょうがなかった。

 

「───来たか」

 

 ふと見れば、エイルが鉄剣の一振りと共に立っていた 。もう闘技場に着いたのか。隣にいたエオもムインもいない。

 暗い感情が胸を覆いそうになるのを必死に振り払う。意識が切り替わる。

 そうだ。今は剣を握ろう。……それが正解だろうから。答えは必ず出す。

 祐一は無理矢理にでも前を向いた。

 

 ○◎●

 

 勝つ。

 刀身を額に当て、冷たく硬い感触が感覚野に広がった。額から離し、上段に構えた鉄剣が寒光を放つ。

 踏み出す。疾駆する少年の手から伸びる一本の鉄剣が殷々と鳴り響き、袈裟斬りに振るう。相対する剣士の肩口に一直線に向かう刃は、そんじょそこらの盾など叩き割るだろう。

 キィンッと、剣士を斬り裂くはずだった刃が肉体と触れる寸前に、剣士を放つ刃が差し込まれた。阻まれた己の剣が全てを物語っていた。止められたのだ……剣士の持つ長剣によって。

 心は揺らがなかった。ここで手傷を負うほど剣士を舐めてはいない。

 剣士が構えた。あれこそ必殺の型……まるでミサイルが発射されるかのように滑らかに、鋭く、速い、必殺の突き。とても目で追い切れる速度ではない……だが、少年は認識し思考するよりも速く、脊椎が反射的に反応した。

 此れこそ少年の真骨頂。戦いにおいて他の追随を許さない、正に『獣』の如き嗅覚。だが、それだけではない。

 一直線に放たれた剣が、中空を疾走る。 

 剣士の放つ刃のなんと恐ろしい事か。陽炎の如く曖昧でありながら、獲物を追う蛇の如く執拗に、一撃に命を賭ける蜂の如く鋭い。あれこそ剣士の誇る必殺の剣技。あの突きを己は何度受け、何度敗北を喫しただろうか? 

 ちらりとそんな思考が過ぎって、最大限に力んだ五指が白む。

 何度も何度も負けては、屈辱と共に身体に、海馬に、霊魂に刻みこんだ動きを踏襲する。冷静に……だが、熱く! ──心眼。視界の全てがモノクロに変わり、まるで映写機のコマ送りになる。武術の奥義を使い、迎え討つ。どうすれば良いのか、その最適解はふっと頭の中に降りてくる。

 キィンッ! 再び乾いた音が、響く。鍔迫り合いの格好となった少年と剣士。思わず口角を吊り上げる。

 臍下丹田から湧き出る呪力を踏ん張っている足と腕に集中させる。膂力無双にも及ぶ大力でもって剣士を押し潰そうと、少年は猛った。

 ……だが青年は相手にしない。裂帛の気合を放つ少年に付き合うほど素直ではないのだ。身体を左に大きく傾けるやいなや、右足を地面から離し、左足を回転軸へと変えた。ぐるり、そんな音が聞こえてきそうなほど剣士は身体を捩って逃れきった。態勢を立て直したのは、意外にも少年の方が先だった。

 己の力があらぬ方向へ逃れた瞬間、無様にも地面を蹴り、身体を放り投げたのだ。だが、それこそ唯一の正解だった。あのまま手をこまねいていれば確実に、敗北していただろうから。

 勝ちたい勝ちたい勝ちたい。激情を糧に、渇望と言う起爆剤を燃やす。

 少年がまたも疾駆する。交錯する眼光に揺るぎはない。

 強くなって、剣士を……エイルを倒す。シンプルに、だが信念を貫き通す。諦めるなんて、以ての外。

 何度も経験した敗北が、燃え盛るほど激情を灯しながらも、強靭で冷静沈着な闘争心を作り上げたのだ。

 近い。剣士は笑う。

 だが、まだだ。剣士に構えていた剣を、解く。まだまだ教えなければいけない事はたくさんある。強くなって貰わねば困るのだ。いつか合間見える、対等な戦士の登場に胸を踊らせる。

 ああ、そうだ。今日は技を捨てる事も技なのだと教えなければ。剣士は笑う。

 鉄と鉄は絶え間なく打ち合わさり、未だ鳴り止む事はない。戦士達の演舞はまだまだ終演には程遠い。

 

 

 ───カン。カン。

 快音が響く。

 

「良い調子だな 」

 

 振り上げ、下ろす。

 

「そうかな?」

 

 迎え打ち、払う。

 

「ああ、前より断然打ち合えるようになった」

 

 今の二人はとても奇妙だ。とてもゆっくりとした動作で剣を打ち合っている。例えるならば中国武術の太極拳に近いだろうか。

 ゆっくりとした動作とは対照的に、一呼吸一呼吸に神経を巡らせ一挙手一投足に全霊を込める修行。現にスタミナ自慢の祐一でさえその額には汗が滲んでいるほど。大振りになりがちな祐一に、繊細な動きを促す為に必要な修練でもあった。

 

「あ、確かに!」

 

 袈裟斬りに振り下ろした剣先が、ブレた。

 

「喜ぶのは早いぞ祐一。おまえはまだ何も為していないだろう?」

 

 隙を突くように、剣が絡み付く。

 

「むっ」

 

 ぐるりと手首を捻って、振りほどく。

 

「それに少しだけ、迷いが見えた」

 

 甘かった。振り払った力を利用し、切っ先がこちらへ迫る。

 

「…………」

 

 風を切る音が耳を掠める。

 

「なんとなく察しは付く」

 

 今度はこちらから。唐竹割りに振り下ろす。

 

「うん」

 

 半歩引いて、エイルは避けた。

 

「まだ一月半ある。答えを出すのはその時でいい」

 

 カウンターが怖い。直ぐさま飛び退く。

 

「……うん」

 

 仕切り直しだ。

 

「あとは……アレも治さなければな」

 

 胸元で水平に構える。八相の構えで迎え討つ。

 

「うっ……女の人とはちょっと……」

 

 視線が彷徨い、剣先がぶれる。

 

「はは。だが、意外だった」

 

 エイルが踏み出して来た。早くは、ない。

 

「え?」

 

 だが、いつの間にか目の前に居た。

 

「女の一人や二人、引かっけている物とばかり思っていた……わからないものだ」

 

 飛び退きそうになるのを堪え、前に出る。

 

「うるさいなぁ……」

 

 快音。打ち合わさって空気を震わせる。

 ふっとエイルが笑い、祐一が苦笑で返す。

 かなわないな……そんな思考の後に、また答えの出ない問が心に巣食った。

 ───ヒュッ! 振り払う様に剣を薙ぐ。そうだ、今はこれでいい。

 

 

 ○◎●

 

 小走りで目的の場所へ走って行く。はっはっ、と息を吐くごとに白い吐息が闇に溶けては消える。

 もう十月末で故郷で言えば霜降に当たるだろうか? 故郷でも霜が降りる時期ならば、どうやら故郷よりも季節の巡りが早いこの王国は晩秋に当たるのだろう。

 サウィンももうすぐだ。街の雰囲気も賑やかなものにいつの間にか衣替えしている。

 お祭りが近いからか、もう日の入りして久しいと言うのに街の明かりは消える事なく、ここが彼の故郷なら盆提灯の灯りに照らされちんどんと音が聞こえてきそうだ。

 そんな事に無頓着な祐一は、最近冷えてきたなぁとそんな風情もない感想を抱きながら夜道を進んでいた。

 ちょっと遅くなったかな? 

 そんな事を呟く祐一。なにやら誰かとの待ち合わせがある様子。頭に乗っているラグナが振り下ろされないか少し不安になるほど、その足取りは忙しない。

 別に詳しい時間を決めたわけでもない軽い口約束。でも、その待ち人は必ず待っているだろうと確信があって、祐一もテスラに頭を下げて夕飯を断るくらいには反故にしたくない約束だった。

 

「よ、叢雲! えーと、何日ぶりだっけ?」

 

 やっと着いた。一息入れることなく笑顔で大きく手を振って、声を掛ける。待ち人来たれり、と言った風にのっそりとその人物は立ち上がって、祐一の方を向くとふっと男臭く笑った。

 

「おう、祐一。……ふむ、確か五日ぶりだったか?」

 

 叢雲。約束の相手とは彼だった。

 ヤマトタケルと兄弟だと言う彼は、何時も一緒に居るらしいヤマトタケルの目を盗んではこうして祐一の前に現れていた。以前、叢雲と祐一……それにラグナは酒盃を上げてからと言うもの、週に一度程度だが暇を見つけては宴の席を囲んでいたのだ。

 やっと落ち合えて、一息つく祐一。叢雲もそんな祐一に肩を揺らす。

 

「ふぅ……、そだっけ?」

「ふはは。まぁ立ち話もなんだ。中に入ろう」

 

 おう! ルォン! そう言うと二人と一匹は、静かな店主が待つ酒場へと歩き始めた。

 

 トクトクと叢雲が酒盃を満たしていく。彼から注がれた酒は、何故かどぶろくか日本酒にも思えるから不思議だ。祐一の酒盃が満たされ、今度は早くしろと言わんばかりに酒盃を咥えているラグナに酒を注ぐ。

 カン、と乾いた音と共に乾杯し、同時に呷る。宴の始まりだった。

 

「そう言えば、おぬし『神祖』と会ったと聞いたが……」

 

 そう言えば、と言わんばかりに叢雲が口を開き、しげしげと祐一を見遣り「うむ」と頷き一つ、

 

「何もなかったようだな。僥倖僥倖」

「────いやいやいやいや!!! あったよ! すごかったよ! トラウマだよ!」

「ふははっ! なに、『神祖』に『不死者』、そして『まつろわぬ神』がいる四面楚歌で生きて帰れたのだ。それを幸運と呼ばずしてなんと呼ぶ? 運も実力と言うだろう、甘んじて受け入れよ」

「は・な・し・を・き・け! 俺と叢雲が考えてる事、全然違うからな!」

 

 ちくしょう! 何も知らない叢雲は、俺が気絶した事もその経緯も知らないんだ。妙に納得した風の叢雲が、少し腹立たしかった、

 苦虫を噛み潰したような顔の祐一に、叢雲は呵々大笑して相手にしていない。味方を探すようにラグナを見れば、いつの間にか三杯目に突入している盟友。自分勝手な盟友にため息を付いた。

 そうしてヤンヤヤンヤと騒ぎ飲み食いを繰り返し、もう半刻が過ぎた頃だろうか。まだまだ足りないとばかりに祐一も叢雲も浴びる様に酒をかっ喰らい、呵々大笑する。

 やっぱり違うなぁ。いま豪快に笑っている叢雲がヤマトタケルと兄弟だと言っていた事を思い出しそんな事を思った。

 ヤマトタケルの笑顔がウルスラグナと同じく美しすぎる造形を、まるで糸を引く様に『綺麗』に笑う事なのだとすれば、叢雲は真反対。チンギス・ハーンと同じく粗削りで豪快な笑み。清廉さと荒々しさがまるで羽を持つ鳥の如く、彼らは対を成している。

 方向性違い過ぎない? 決して口には出さないが祐一はそう感じて仕方がなかった。

 

「ふはは。中々の健啖ぶりだな、善哉善哉」

 

 叢雲は何が楽しいのか鯨飲馬食する祐一を見ながら笑うと、もっと食えと言わんばかりに小皿に料理を見繕って差し出して来た。ありがとう、と受け取ってせっせと口に運ぶ。

 

「ああそうだ、修行はどうだ祐一?」

「ん。まぁまぁ……かな? もう、王国の戦士には大体勝ち越してるからなー」

 

 そうか。叢雲はどこか愉快気に笑う。食べる手を止め、酒盃を片手にとる。

 

「エイルにも打ち合える様にはなったし……。それに少しくらいなら剣も届く様になった。……もしかしたら届くかも知れない!」

 

 記憶をなぞる様に口の中で転がす。少し熱の籠もった言葉が、口内から漏れる。そんな祐一を叢雲は穏やかな表情で眺め、耳を傾けていた。

 

「ふはは、それは重畳だな。それに……初めてあった時からすれば、確かにおぬしの手も少し厚くなったのではないか?」

 

 言われて手を開く。自分ではよく分からなかった。

 

「そうかな?」

「うむ、それこそ修練の証。それだけではない。背丈は変わっておらぬが、少し離れていた間に、お前は大きくなった。まさに『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』と言ったところか。……案ずるな、おぬしは日進月歩で歩みを進めておる」

 

 そうかなぁ……この人は何時も自分を褒め殺ししてくる。いつか殺されそうだな……。頭を掻いて笑いながら、じんわりとした暖かい感覚が身体の底へ広がっている事に気付いた。酒精が周り始めたのだろうかと考えて、新生してから酔った事など皆無だった事を思い出す。

 ……じゃぁ、叢雲かな? 祐一はラグナを撫でている友人に目を向ける。なんと言うか、目の前の人物と共に居ると不思議と落ち着くのだ。居心地が良い、……のだろう。

 ふと……前を見れば対面に座った叢雲が真剣な眼差しでこちらを見ていた。酒盃を傾け、顔の下半分は見透す事はできない。しかし、その黒曜の眼光は鋭かった。

 

「おぬしは、───何故戦う?」

 

 酒盃を飲み干し、野太い腕で口を拭う。彼は脈絡のない質問と共に、祐一を見定めた。

 今まで呵々大笑としていた雰囲気もなければ、穏やかな雰囲気もない。虚偽は決して許さない……いや、心の奥底を見透そうとしている……そんな鋭さ。

 まるで研ぎ澄まされた太刀だ。叢雲の黒曜石を想起させる眼と相まって、祐一はそう思わざるを得なかった。

 

「おぬしのその貪欲な強さへの欲求にも理由があるのだろう。負けず嫌いなのもよく分かる。おぬしの情の深さもよく分かる。無駄に永く生きていないのでな、聞かずとも分かる。

 だがな、(オレ)はお前の口から戦う理由を聞きたいのだ」

 

 言われ沈思黙考する。帰るため───本当か? 咄嗟に口から出そうになった言葉を飲み込む。そうさ……そうに決まっているじゃないか。ヤマトの兄ちゃんと話した時もそう言っていただろ? ……だけど、心の底でぐるぐるマグマの如く蟠るものがあった。

 帰る為……? 違う。やっぱりなにかが、……何かが違う気がする。

 くそっ、思わず悪態を付きたくなる衝動を抑える。ついさっきまで感じていた、酒精を浴びた様な感覚は何処かへ消え、粘ついた沼に拘泥しているどうしようもない感覚を覚えた。

 叢雲はただじっと答えを待っているだけ。ラグナも叢雲の隣で静かに佇んていた。だけど、それが今はありがたい。

 こんがらがりそうな頭を振って、記憶を紐解く。走馬灯の様に情景が浮かび上がっては消えていく。

 パルヴェーズと旅をしていた時の記憶が呼び起こされる。何故俺はあんなにも勝ちに拘ったんだろう。いや、そんなの考えなくても判るじゃないか……俺はあいつに名前を読んでもらいたかったから……ただそれだけだったんだ。

 今、我武者羅にエイルに挑んでいる理由とは違うけれど、根っこのところじゃ一緒なんだ……。そうだ、一緒なんだ。俺が求めている物……それはあいつと出会った時から変わらない。

 名前を呼んでくれた友人に……俺との約束を果たしてくれた友人……報いる為には。

 もう一度、胸張って会う為には。

 ───勝利。勝利を! ただ勝利を希求せよ! 心が、信念が叫ぶ。

 そうだ、だから勝ちたいんだ……俺は。あははと笑いが漏れる。

 簡単な事だった。今まで悩んでいたのが馬鹿らしい。最初から分かっていたのに、どうして回り道をしてしまったのだろう。

 

「約束が、あるんだ……。勝って、勝って勝って勝ちまくって。エイルにもリベンジしなくちゃ、どんな敵にも……因果律にも勝って。『常勝不敗』でなくちゃ、駄目なんだ。胸張ってアイツに会えないから……。それにさ、故郷にも胸張って帰れないから」

 

 今になって……敗北を味わったからこそ、『常勝不敗』の言葉の重さが判った。友が遺した約束を、義母が贈った言葉を、故郷で誓った誓約を覆す為には、俺は決して負けてはならなかったのだ。

 祐一の言葉を聞いた叢雲が堪らなくなったように、ふはは! 莞爾と笑う。ラグナがやっと思い出したかとばかりに首を振る。

 

「ならば約束しよう。お前がその信念を持つ限り友であろうと! ───木下祐一、お前はその信念を違えるなよ! 今日この日を忘れるな! (オレ)達は今この場で真の『友』となる! お主が窮地の時には必ず(オレ)が駆け付ける! おぬしは(オレ)が助太刀するに値する益荒男でおれ!」

「当然!」

 

 口の端を吊り上げて白い歯を見せる叢雲に向け、深く頷く。

 

「此処に誓いを樹てよう! はるかな昔、騎馬の民の誓約を保証する物は盃と剣だった! ならば我らもそれに倣い誓約を樹てようぞ!」

「でも剣なんて無いぞ? 盃ならあるけど」

「心配無用! 戦士は此処にこそ剣を持っている!」

 

 ドンッとその勇ましい胸板を叩く。

 はっと現実に映る景色とは別の景色が視界に入り込む。風に靡く黒い髪を揺らし紅い目を宿した少年がひとり佇む草原で、殷々と鳴り響く剣を掲げる姿を幻視する。

 瞑目し、直ぐに目を開けて満面の笑みを作る。

 違いない! そう言って叢雲と酒盃を突き出し、乾杯する。ラグナも呆れを滲ませながらも、酒盃を突き出す。ここに誓いは成った。

 

 それから彼らは酔った。自分に。友に。未来に。

 今はそれだけで十分だった。

 

 

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