王書   作:につけ丸

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049:分水嶺

 時が過ぎた。王国にて明日には、サウィンが始まろうとしていた。サウィンとオイナハが行われると同時に部族内でも傑出したした者が武を争う武闘大会も行われる。

 闘技場も大会に向け模様替えを施され、中心に円を描いたリングが設置され、いつもより格段に華やかだ。

 エイルは王国代表で出場するとの事でエイル一家と祐一と寿、ラグナも観戦するつもりである。

 武に自信ありな祐一も参加したがったがヤマトタケルがストップを掛け、ゴネにゴネたが許可は下りず仕舞い。

 祐一は戦わないのでその前に行われる前夜祭で全力で飲むと固い決意を固めていた。いらない決意である。

 女人禁制の闘技場も今の時期ばかりは開放され、老若男女、貴賤問わず広く開放される。そのためか前夜祭も大いに盛り上がり、祐一はここがいつも通っていた闘技場なのか疑問に思うほどだった。

 まぁ、前夜祭と言っても真っ昼間に行われるので前夜祭なのかは怪しいものだが。

 ワハハ! ふふふっ、あはは! 闘技場の至るところから楽しげな声がひっきりなしに聞こえてくる。王国中から人を掻き集めたんじゃないかとすら思える賑わいに思わず目眩がしそうだ。

 そこら中に茣蓙を敷き車座に座っては歓談に耽り、酒の力も相まって宴もたけなわ時。

 どこかで喧嘩が起これば誰もが観客へ早変わりし賭け事を始める。誰も止めはしない、ひどく享楽的で、ひどく楽しげで。

 手を振り上げては声を張り、最後には喧嘩した者もお互いに健闘を讃え、そこには部族も種族も関係ない、誰もが笑顔だった。

 以前、祐一が訪れた『メロウ』と呼ばれる半魚半人の部族も、王国の戦士と酒を酌み交わし、偏屈なレプラコーンも今日ばかりは姿を現し、飲んだくれる。こうして見ていると人間の形をしていても純粋な人は少ないのではないかとすら思えてくる。

 どうやらこの前夜祭が予選の意味も兼ねているらしく、我こそはと言う戦士たちは進んで喧嘩を売っているようにも見えた。

 

「お、ユーイチ! やっと来たか!」

「ごめんごめん、遅れた!」

 

 ムインが手を振って盛大にアピールする。ラグナが一旦異界に戻り、再び現れるのを待っていたので祐一達は少し遅れての登場だ。

 ムインの大袈裟な姿に普段なら恥ずかしさを覚えるが、今日ばかりはそうでもしないと見失いそうだ。近くにはエイルもテスラもエオもいる。闘技場で女性であるテスラを見る事なんて皆無だったので新鮮だ。

 みんな酒がもう入っているのか赤ら顔で、表情もやわらかい。エイルは王国代表だからだろうか、ひっきりなしに客人が現れては酒を注がれ、いっそ盤外作戦なのでは? と思えるほどしこたま飲まされている。エオも珍しく酔っている様子で、早く来いよ! とどこかトロンとした目で朗らかに笑う。

 

「ふふっ、私が腕によりをかけたのよ! たんと召し上がれ!」

 

 テスラも陽気に笑って遅れてやって来た祐一達に料理をよそってくれる。ありがとう、いただきます! 即オチ2コマで祐一達は快楽の虜となった。

 

「───見ろ! ニニアン様だ!」

「なんだって!? ……おお、本当だ! なんと美しいお姿か……。しかし我らの前に姿をお見せになられるのは何年ぶりか?」

「気にすんじゃないよ、今のうちに崇めとくんだよ! はぁーニニアン様ー!」

「それもそうだな! ニニアン様ー!」

 

 誰かの声を皮切りに闘技場全体がざわめく。どうやら王国の女主人たるニニアンが姿を現したようだ。祐一も過去の記憶に怯えながらおそるおそる視線を向ける。

 良かった。今回は霊視が働かなかった。そのことに安堵し、ニニアンを見ればふと視線があった気がした。

 だがその感覚もすぐになくなり、ニニアンの姿もどこかに隠れ見えなくなっていた。

 気のせいかな? しかしすぐに忘れて、談笑に戻った。

 ニニアン様が見れたぜ! と無邪気に笑うムインが食後の運動とばかりにエイルに決闘を吹っ掛け、肩慣らしとばかりにエイルも刃を潰した剣を握った。

 誰もが笑っている、そんなもうありふれたと表しても良い光景。

 

「……楽しそうだな」

 

 そんな脈絡もない言葉が口をつく。

 

 楽しい、本当に楽しい。終わってほしくない、そう思ってしまうほどに。

 祐一はいまがお祭りだと言うのに、楽しめそうもなかった。どこか遠くで喧騒を眺めている感覚。

 それもこれもとある悩みが原因だった。王国に辿り着いて一、二週間くらいならなんとも思わなかった……笑顔で手を振って、後腐れなく別れられた筈だった。

 ……いや、それは今でも変わらない。彼らならば別れを惜しみながらも笑顔で見送るのだろう。それくらい判っていた。……自分が、自分だけが、揺れている。じめじめと心の底で澱のような昏い感情が蟠っているのだ。

 

「ユーイチは楽しくないのか?」

「え?」

 

 声を掛けてきたのは隣に座っていたエオだった。

 

「あ……違うんだ。そうじゃないんだ」

 

 頭にぽんと手を置かれた。グシグシと撫でられ、吊られるように身体が揺れ動く。顔を上げれば、エイルがいた。

 

「まだ一ヶ月はある。そう悩むな」

 

 エイルは笑い、それだけ言ってまた人の輪に戻っていった。かぁ、と頬が赤くなるのを自覚する。

 

「何言ってんだ、まぁーたくだらねぇ事で悩んでんのかよ? お前はもう仲間だろ!」

 

 そう言ってエオが祐一の肩に腕を回し、闊達に笑う。どうやらここ最近の悩みはエオにもお見通しだったらしい。

 

「俺たちはなお前が貶されたなら俺は報復するし、お前が戦うなら共に鉾をとる! お前が悲しむなら俺は涙を流そう、お前が喜ぶなら共に酒を酌み交わそう!」

 

 いつものエオらしくない熱い言葉に驚く。いつもはクールでどこか斜に構えているエオが酒精もあるのだろう……それでも積極的に絡んで来るのは予想外だったのだ。

 酔っているのが笑い続けて、愉快気なエオが酒盃を突き上げ、声を張り上げる。

 

「名誉ある友に!!! 誇りある同胞に!!!」

 

 ズン、と。心の芯を揺さぶり、赤熱させる言葉だった。たった一言二言だと言うのに呪術なんかよりもよっぽど強力で、強い耐性があるはずの身体を穿いてその言霊は自分の奥深くへ辿り着いて染み渡っていった。

 

「そうとも! ユーイチは俺達の友! そして同胞さ! ───なぁ、みんな!! そうだろ!!!」

 

 ムインが叫んで呼びかける。答えは地面を揺るがす咆哮と甲高い金属音だった。叫んでいる誰もが筋骨逞しく、勇ましい者たちばかり。王国に滞在し初めてからこれまで、共に武を競い笑い合い酒を酌み交わした者たちばかりであった。

 

「みんな、ホント──だな……」

 

 俯いて、呟く。そして思う。決めたよ。……おっちゃんごめん。

 結局前夜祭が終わるまで、祐一はまともに顔を上げることができなかった。いつまでも隣に居てくれたラグナの体温が、ありがたくって仕方がなかった。

 

 

 ○◎●

 

 

 朝が来た。

 空はどこか空虚さが蔓延り寒々しい雲が漂う。もうすっかり冬となり吐く息も凍りそうなほど冷たく、手にも霜焼けが出来そうだ。否応なく季節の……時間の流れを感じ取ってしまう。森を抜けた所にある人の気配が薄い場所へ祐一と寿、ラグナは散策に来ていた。

 ここは王国の城壁は見えるものの、それなりに離れた場所ではあるのだが、お祭り特有のごった返していた喧騒がここまでこだまして聞こえてきそうだった。……だけど、そんなものは鼓膜にこびりついたまやかしでしかない。

 耳をすませば、それこそ耳鳴りすら聞こえてくる静寂が辺りを覆っている事に気付く。

 霜が降りてぬかるんだ道を、祐一と寿、ラグナは言葉もなく歩いていく。祐一の歩調は早いわけでも遅いわけでもないのに、寿とラグナは付かず離れず彼の後ろを歩いていた。

 朝早くここに来たのも寿にとある事を切り出す為だった。おっちゃんとも付き合い長くなったよな……。ふとそんな事を思う。なんだかんだでもう彼とはパルヴェーズ以上に共に居る友人となっていた。転覆した船の生き残りと言う括りでしかなかった祐一達も、今では深い友情を結んでいると言っても過言ではなかった。……だからこそ、祐一はここに来たのだ。

 今日の昼には武闘大会が始まり、それが終わればもう日没となりサウィンの始まりだ。──切り出すには今しかなかった。

 

「ここまで来るまで大変だったよなぁ……。おっちゃんは倒れるし、俺は片眼潰したし、ヤマトの兄ちゃんには襲われるし……」

 

 空を見上げ、独り言のように呟く。

 

「うん」

 

 だけどその言葉は寿に向けられた言葉に他ならなかった。それに寿は穏やかな笑顔で、耳を傾けるだけだった。

 

「意味分かんないよな。いきなり斬り掛かってきて、邪魔入ったら今度は、はいやめましょうだ。普通、突っぱねてるぜ。……でも今はどうでも良くなってるんだ……おっかしいよな……」

「……うん」

「王国についても大変なのは変わらなかったし……。エイルはめっちゃ扱いてくるし、テスラの授業は頭痛くなるし……」

「あはは、そうだったねぇ」

「ちぇ、笑うなよ……。でも剣の扱いはスゲー上手くなった。テスラのお蔭で世界の裏側の事、家事だって、色んな事学べた。感謝してもしたりないよ」

「そうだね」

「エオもムインも最初はいけ好かない奴等だって思ったけど、そんな事全然なかった。……良い奴らだった」

「うん」

「王国のニニアンって人にも会った。めっちゃ怖くてまともに挨拶すら出来なかったけど……いつか詫び入れに行かなきゃなんないなぁ」

「ははっ確かに。それがいいよ」

 

 二人は穏やかに笑う。二ヶ月近く同じ屋根の下に居た仲間なのだ。もう次に出てくる言葉なんて分かりきっていた。

 悩む時間はまだ一ヶ月近くある筈だった。でも、祐一の肚は決まっていた。……立ち止まる。

 

「なあ、おっちゃん。此処に……」

 

 

 

 

 

 

 

 ───()()()()()()()()()

 

 

 空がおかしい。雲の流れが、変わった。

 ケタケタと声が聞こえた。耳障りでどこから聴こえてくるのか、大きいの小さいのかすら曖昧な、不気味な笑い声。

 直感がけたたましく叫ぶ。眼光に剣呑な光が宿り、歯をギチギチと食い縛る。寿の傍に駆け寄り、油断なく辺りを見渡す。

 あまりにも突然の事に理解が追い付かない。だがそれでも混乱してはならない、冷静であらねばならない、思考を巡らせろ、世界をつぶさに見渡せ。

 来るぞ。何かが……! 

 以前、サウィンとは寿がお盆と言い表したが、違う。正しくはそう、それは彼らの故郷の言葉で表すとすれば───()()()()

 ハッとする。足元に広がる大地……近くの水たまりに波紋が出来ている。驟雨の飛沫でも寒風が揺らした訳でもない───大地が震えているのだ……! 

 その時だった。

 轟、と後方から烈風にも似た威圧に襲われたのは。後ろを振り向き、来た道を見返して……嘘だろう? そんな言葉が口から漏れそうになる。今さっき通り抜けて来た森が、青々と繁り無数の木々が生える森が───蠢いている。

 生命の息吹香る森は過去の姿、今では陰々滅々としたおどろおどろしい影が蔓延るばかり。

 不意に何かの気配が風に乗って届いた。ざく、ざく、と地面と木々を踏みしめる音が聞こえるのが何よりの証拠。

 寿は恐ろしい予感に震えていた。戦慄が走る、脂汗が滲む、震えが止まらない。膝をついて、逃げ出せればどれほど楽になれるだろう。奥歯をカチカチと鳴らし寿は恐怖に呑まれ、近づく人影を待った。

 ああ……。地獄の門が開いたのだろうか……。魑魅魍魎が跋扈する異界に迷い込んだのだろうか……。災いの詰まった箱を開けてしまったのだろうか……。

 だがこれだけは理解していた。その足音はここに居る誰にも、福音などでは決してない事を。

 ──現れたのは牛頭の人だった。黒い毛皮に覆われた体軀は筋骨隆々とし見上げるほどの長身で、猛々しい蛮族が如き威容。

 手には一本の巨大な鉄剣が一つ。頭部から左右に伸びる角は長大で力強かった。剣から迸る剣気は冷たく、鋭く、死を匂わせた。

 なんなんだい、アレ……。忘我した寿が至極当然の疑問を漏らす。眼球から脳に送られた映像が理解の範疇を超えていた。同時に己がその魔手から振るわれる剣戟に首を断ち切られるまで映像は止まらなかった。

 ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく────。

 百鬼夜行の歩武がさざめきの如く鼓膜を揺らす。魔物の奏でる雅楽は終わらない。

 牛頭の魔人を先頭に、雪崩を打ったかのように魔物の大群が姿を現す。どこにこれほどの数が潜んでいたのか……おぞましい魔物共が犇めき合っている。まさにワイルドハント。

 王国に辿り着く前に見た、峡谷の底に蠢く魔物達……二頭一身の黒い犬、一つ目の斧持つ巨人、石で出来た人型の鬼、手足が無い蛙の身体を持つ美女……。奴らが今目の前に姿を現し、まるで奈落の門が開いたかのように溢れていた。

 牛頭の魔人と並ぶように三体の人型の魔物が姿を現した。おそらくこの四体こそがこの魔物の軍勢の中でも最強と確信できた。

 闇から這い出て来た様な四本脚の獣に乗る銀の翼人に長槍を携えた赤い鱗持つ蜥蜴人……それが二匹。

 

 ■■■■■■■■■────!!! 

 

 居並ぶ魔物を他所に一匹の蜥蜴人が前に出て罅割れた奇っ怪な声を上げ、威嚇する……。蜥蜴の魔人が石突で地面を叩き、鈍い音が大気ごと揺らす。

 奴らは人と交わらない、交わってはならない、間違いなく───敵だ! 祐一は確信と共に眼光に剣呑な光を灯す。

 それは敵に伝わったのだろう……牛頭の魔人が剣把を握り締め、剣をこちらへ向ける。───それが合図だった。魔の軍勢がさざなみの如く動き出したのだ! 

「ああ……」諦観に呑まれた声を出したのは寿。膝をついて迫りくる死を受け入れようとしていたのだ……。

 だが思考が停止した寿とは打って変わり、祐一の判断は早かった。「バカ!」諦め切っていた寿の首根っこを引っ掴んで走り出す。

 

「何やってんだ、ふざけんなっ! 俺の目の前でもう友達は殺させねぇ!!! 今は逃げるしかねぇだろ……! ──ラグナ!!!」

 ───ルオォォォオオオッ!!! 

 

 ラグナに乗って駆け出す。王国とは真反対の方向へ全力疾走する。今は後ろを振り向く余裕もない、逡巡する猶予もない! 早く逃げねば。速く、捷く、疾く! 

 幾つもの雑音が鳴り響く。何かが動き出した音……そして音源なんて分かり切っている。迫りくる者共の他に何がある? 

 いくら権能の補助があるとはいえ未だに忘我した寿を掴んだまま、不安な姿勢での全力疾走はなかなか堪えた。地面を駆けるラグナも速度が上がらない。おそらく自分たちを慮っているのだ。

 

「───おっちゃん!」

 

 背でやっと正気に戻った寿が、倒れ込むようにラグナへ全力でしがみつく。一言だけ「バカ」と悪態をついて後ろを見遣る。「ごめん」か細い声と、寿の白んだ手の甲が見えた気がした。

 振り向いた瞬間、直感がけたたましく叫んだ! この感覚は何度も感じている、生きたいと言う本能そのもの! 

 思考よりも本能が身体を動く。ヒュン、風を劈く音が鼓膜を穿つ。紙一重で襲来した『ナニカ』を避ける。

 もはや慣れ親しんだとも言ってもいい、チンギス・ハーンと戦った時も自分が使っていた武器。矢だ。まるで豪雨の如く飛来し、気付いた時には何十、何百という夥しい数が降り注いでいた。

 目を眇め奥を見遣れば、魔の軍勢も奇声を上げ止まることなく迫って来ている。奴らは決して楽になどさせてくれないのだろう。奴らが齎す安寧は唯一つ……「死」だけなのだから。

 地面を踏みしめ進むラグナの目となり、迫りくる矢を悉く振り払う。だが、ジリ貧だ。ヒュン! また耳朶を叩く劈く音。時間を追うごとに狙いが正確になっていく、そして寸鉄帯びぬ自分にはラグナを手繰る事しか手立てがない。

 ちくしょうっ! 思わず汚い言葉が口をついてしまう。抗う武器! 矢を防ぐ武器! 軍勢を止める武器が欲しい! 

 全霊を以って全身へ闘志を叩きつける。

 臍下丹田へ! 心の臓へ! 己が宿すものへ! 撃鉄を臍下丹田へ、反抗の意志を己が宿すものものへ、神をも討ち果たす意志を心の臓へ! ──全力で以って叩きつけた! 

 ───果たして答えは、あった。

 眼に鋭い光が宿る。──戦え! その瞬間、祐一は跳躍した。唐突な行動。だが盟友は、ラグナは止まらなかった。ただ視線だけが交叉する。まるで鏡合わせの様な鋭い眼光が交錯し、小さく頷きどちらも前を向く。

 言葉など要らない。権能や契約を抜きにした……共に戦場を駆け抜けた戦友としての絆が彼らをそうさせたのだ。ならば構うことはない、憂いは友が打ち砕く。俺は俺の戦いへ向かう──それだけでいい! 

 

「祐一くんっ!」

「──いいから行け! 今はとにかく逃げろ!! そんで王国へこの事を伝えてくれ!!!」

 

 振り向きもせず言い募る。答えを求めていない一方通行な言葉。だが寿が頷いたのは見なくても、判った。友人で、同じ境遇で、そして共に過ごしてきたのだ。それくらい察する事は訳なかった。

 彼らが走り去っていくのを背で見送り、刻一刻と迫る軍勢を睨む。もう彼我の差は百Mもないだろう。だが、それでも……不敵に口角を吊り上げ、鋭い眼光を宿し前を見据える。

 ああ……これだ。祐一は思う。──帰ってきたと。

 ごめんな、祐一はふたたび笑う。

 自分ひとり剣の修行にかまけ、ほっといてしまっていた者達へ謝意を送る。

 ああ、いつも非日常は唐突に姿を現し、平穏な日々を瞬く間に駆逐していく。祐一は少しだけ肺腑に一陣の木枯らしが吹くような寂寥感に囚われ──しかしそれもすぐに終わる。……それは内なる者たちも同じ事。

 次の瞬間にはもう彼は、戦士となっていた。

 瞳に宿すは烈火の眼光。四肢には充溢する闘気をまとわせ、陽炎のごとく揺らめくオーラが九つの姿を形作る───。

 

「我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり!」

 

 聖句を謳う。もう一月は使って来なかったというのになんの違和感もなく権能は発動した。迫る軍勢との彼我の差はもう幾許もない。だが祐一は全く焦る事はなかった。

 信じているのだ──己の権能を、己の勝利を! 

 踵を振り上げ、───地面へ突き刺す。たったそれだけの動作だと言うのにズン、と大地に波紋の様な波が疾走った。

 祐一が選んだ化身は、常勝不敗に軍神ウルスラグナが誇る第二の『雄牛』! 黄金の角持つ猛々しい雄牛が祐一へ助力する。大地から途方もなく力強い何かが流れ込む。異常な膂力が身体に備わった事を自覚する。それこそ神域の、と表しても良いほどの。

 いつの日かエオが言っていた言葉を思い出す。此処は地下だ、と言う言葉を。

 ドバイでの戦いを思い出す。地中に埋まってしまった時、まるで母の胎内に居るかのごとく安らかで、恐ろしいほど力が充溢したではないか。

 ならば使わない手はない。───行くぞ。

 猛然と突き進んでくる軍勢を見据え、気合一閃! 

 

「────だりゃぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 轟────ッッッ! 祐一はそのまま大地をひっくり返した! 

 そして引き起こされた土砂の津波。地中に埋まった巨大な岩盤すら意に介さず、大気を引き裂いて敵へ雪崩こむ! 奴らにとっての死神の鎌。魂を掠奪する武器にほかならない。

 さしもの異形の軍勢も足が止まった。信じられないとばかりに茫然と見上げている者すらいる始末。だが土砂の雪崩は一切構う事なく進む。───轟! 

 数多いた魔物を一息に呑み込み殲滅する。ただの権能一つで、ただの腕の一振りで、なんのドラマもなく百鬼夜行は露の如くこの世から姿を消した。

『圧倒的』……その一言に尽きた。神から簒奪した権能はそれほどに強力なのだ。虐殺を齎した怒涛の波浪が歓喜したようにズン、と揺れ動きを止めた。

 ぶるり、身体が震え、己の持つ力の巨大さとそれによって齎される破壊と快楽に呑まれそうになる。

 それは一瞬の油断だった。

 ──来る! 神経を焼き尽くすかの如き速さと強さで直感が叫んだ。

 咄嗟に後方へバックステップで離脱する。だが右の太腿に鋭く冷たい感触とそれに遅れて焦がすような灼熱する感覚が疾走った。

 斬、右の後方から地面に何かが突き刺さった音が聞こえた。見れば、地面を縦一直線に亀裂が走っている。──殺気。

 咄嗟に左へ飛ぶ、ごろごろと無様だが確実に飛んできた何かを避ける事が出来た。

 今のは見えた。今度は槍。おそらく祐一の身長よりも長いだろう長槍が飛来したのだ。どんな膂力で揮えばあれほどの質量を安々と、それも異常な威力で投げる事が出来るのか。

 祐一はそのとき始めて眉間を伝う汗を自覚した。

 がらり、何かが崩れた音が聞こえ、そちらへ振り向く。──思わず生唾を嚥下する。

 百鬼夜行を呑み込んだはずの土砂に大穴が開いている。そして、そこから見えた───四つの影が……。

 牛頭の魔人と四本脚の獣に乗った翼人、二体の蜥蜴の魔人。四つの影が、祐一へ向け蠢く。

 …………戦いはまだ終わりそうになかった。

 

 

 




怒涛の展開へなだれ込みます
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