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「ハァッ! ハァッ!」
駆ける驅ける駈ける! もっと早く速く夙く! 走らなければ、足を動かさなければ、あの不可視の光弾に灼かれてしまうのだから!
どんなに祐一の身体が頑丈でも、あの攻撃の前には耐える事も許されず霞のごとく消え去るだろう。まさに必滅の奥義。英雄神ヤマトタケルが持つに相応しい秘技だ。
「羽持てる我を恐れよ……!」
言霊を唱えながら全力疾走し、時には岩肌を土台に跳躍し、逃げ回る。
来るぞ! 全身をふたたび焦燥感が穿き、鼓膜が心臓変わったかのような鼓動が響く。
背後で傲然と佇むヤマトタケルが剣を揮い、また一つ光球が放たれた。二度目の攻撃でかろうじて祐一に見えたのは、稲光のようなまばゆい光だけだった。
気付けばもう、大地は音も無く消失していた。剣先を向けた大地は綺麗な円を描き、塵も残さず消え去っていた。
もはや隠れる、なんて悠長なことをしていても地面ごと消滅するだけ。最善手は逃走。今の祐一は避けることしかできず直感だけが頼りだった。
ズキンッ! 心臓に強烈な痛みが走る。『鳳』の化身の副作用だ。如何に頑丈なこの身体とはいえ、稲妻と同等の速度で動いているのだ……身体への負荷は相当なものだろう。
残された時間は少ない。『鳳』の化身を使うのは二度目だが、確信とともにそう思った。
「ハァ! ハァ!」
だが足を止めるわけには行かない。息を付く暇なんてどこにもない。
祐一は思考を巡らせた。苦境を打破し活路を切り開き得る一手を探すように、己の持つカードを照らし合わせる。
祐一の使える手札はやはり少ない。今使っている『鳳』の化身には使用すると心臓に激しい痛みが走ると言うリスクを伴う。……有用であるが制限時間がある諸刃の剣に等しい。
しかし貴重な切り札である事に変わりなく、苦境を凌ぐ一手として祐一は惜しげもなく使っていた。
軍団を召喚する『
重症を負わなければならない『駱駝』も使えない。あの攻撃を受けた瞬間、耐えるどころか肉体ごと消滅するだろうから。
民衆には頼る『山羊』も言わずもがな、『雄牛』も先刻使ってしまい一日は待たねばならなかった。
切り札足り得る『白馬』も『猪』も使えない。これまでヤマトタケルが何をしてきたのかは知らないが初めて出会った当初から『白馬』の使用条件を満たしていた。……だが、前回防がれたのも事実。
『猪』の化身は……ラグナは寿とともに居る。
ふと、ここに居ない仲間の安否を想い、思わず歯を食いしばる。無事でいてくれ……祈りは一瞬。すぐに思考を切り替える。
残る手札は『戦士』だけだった。
だがあの化身を使うには知識が必要だ……。前回のように霊視を使い知識を得るには、ひどい頭痛と引き換えになる。
あれを伴って英雄神と正面切って戦うなんて以ての外。ましてやあのヤマトタケルなのだ。一瞬でも隙を見せれば先刻のように強かな一撃を浴び、今度は容易く生命を断ち切られるだろう
どうすればいい……!?
現状維持以外の選択肢が祐一には見えない。そしてジリ貧のこの状況の先に待っているのもは「死」だけだ。
空回りする思考に思わず苦り切った顔を作り、祐一はこの真綿で首を絞めるような状況に甘んじるしかなかった。
『フフ、よく避ける。閃電神速の領域に踏み込みましたか……ですが甘い。私がそれに対抗する術を持たないとでも?』
思考を断ち切るように声が響く。ヤマトタケルのぼやけた声が耳朶を震わせ、祐一の心臓が早鐘のように鳴った。
気付いた事がある。どうやらあの光弾は連射できるわけではないらしく、ある一定の溜めがなければ放てないようだ。
祐一が避けれている大きな理由だ。如何に祐一が神速と直感で避けようと、光速の速度は見切れない。連続で向けられれば、問答無用であの世行きが免れない。
そしてヤマトタケルの言葉に、今までの「どうにかなる」と言う感覚は遠いものとなった。こちらは神速で逃げ回っていると言うに欠片も安心など出来ない……拭いようのない焦燥感ばかりが募る。
判るのだ。……ヤマトタケルもまた己やエイルが持っている奥義を使ってくるのだろう、と。祐一が死と引き換えに開眼した奥義。そう『心眼』を……!
次の攻撃は避けられねぇっ!
祐一には確信があった。故にそれは、逡巡もなく、咄嗟の事だった。
粘つくように追い縋る眼光、計り知れない悪意を煮詰めた殺意。それを感じた瞬間、まるで身体が反射したかのように動いていた。
カツンッと地面に落ちていた拳大の石を蹴り上げる。サッと掴み、振り向きざまにヤマトタケルへ───ぶん投げた!
いま権能を使った状態ならば、祐一の膂力も加味し神速に限りなく近くなる。
ヤマトタケルの黒刀を振り下ろす腕はたしかに速い。だが、その速さは剣と剣で切り結ぶ戦いでの事。光速で動いてる訳でも、神速で動いてる訳でもなかった。
「クッ……!」
投擲され神速の領域へと至った石が一直線に進み、ヤマトタケルの腕に直撃した! ヤマトタケルが一瞬だけうめき、切っ先が───ブレた。
瞬間、光球が放たれた。
だがそれは全くの見当違いの方向! 祐一にはカスリもせず、あらぬ方向へと飛んでいった。
よし! なんとかなった事に祐一は無意識にガッツポーズを決め、束の間、無邪気に喜んだ。
そして、それが悪手だと気付いたのは……すぐの事だった。
祐一は見た。光球の狙いが逸れ、進んで行った軌跡を。瞼を瞬き、目を開けた瞬間には───屹立していた王国の城壁が……消滅していた。
ゾッと、全身が泡立った。
祐一から逸れていった光球は、なんの慈悲もなく王国を消し飛ばしたのだ。迷い込み暖かく迎え入れてくれたあの場所を……それも他でもない祐一自身が。
また……俺は……!
ジワジワと心が黒く変色していく錯覚を覚え、ガタガタと身を震わせる。
意識が削がれた瞬間だった。
背を灼かれる感触が、痛覚から伝わってきた。足の止まりかけた祐一に光芒が降り注いだ。
『ッハハハハハハハッ!!! これを避けますか! そのしぶとさ獣のそれですね!』
なんとか避けきれた。ヤマトタケルの不快な声が聞こえるのが何よりの証拠。
そして心に安堵が広がったから、という理由も多分にあった。破壊された王国をよく見れば消えたのは城壁だけ。街並みは無傷で残って居る事に気付いたのだ。
王国は無事だ! と泣き出しそうな程の安堵が胸中を占める。背に疼く痛みを振り払うように、グッと四肢に力を込めて祐一はさらに前進した。
『フフ、どうやら王国の状況が見えた様ですね? 城壁でも壊せば貴方の足は鈍ると思いましたが……ハハ、あの城壁には貴方が言葉を交わした戦士もいたはず、どうやら貴方にとってその程度だったようですね』
挑発だ! 挑発だ! 爆発しそうな激情を抑え付け、祐一は疾走する。
悔しげな祐一を見遣りながら、愉快で愉快でたまらない、そんな哄笑を響かせ、
『───では趣向を変えてみましょうか』
鷹狩に興じる貴人めいた雰囲気でそうヤマトタケルは嘯いた。糸をひくように唇を裂いては、剣を空へ掲げる。
『───』
言霊を言祝ぎ、同時に天の紅玉が赫々たる光芒を極めた。
なんだ……!? ゾクリ、と祐一はふと既視感を覚えた。以前これと同じ様な攻撃を受けた事がある……そう思い至ったのだ。
煌めく。
ハッとした。記憶野に納められていた記憶が蘇る。あれは三ヶ月前、チンギス・ハーンが用いた光線と同じ物だと!
そう気付いた時には肩が灼熱していた。
「ガッ、ァァアアアアアアアアアッッッ!!?」
いや、肩だけで収まっている。光線が来る瞬間、咄嗟に半身をずらす事に成功したのだ。しかし異常なほどの熱を伴った光刃に痛覚が絶叫を上げた。
それでも祐一は脱兎の如く逃げ出した。それこそなりふり構わない全力疾走。振動するほどに肩の痛みが増すがきにするものか。
『神速程度の速さで逃げ切れるとは思わないことです!』
ヤマトタケルの鋭い声が祐一の耳朶を叩く。早鐘を打つ心臓がひどく鬱陶しい。息も思考も全てが乱れに乱れ、落ち着くことも纏まることも無い。
ヤマトタケルが剣をふたたび空へ掲げる。空の光芒が強く煌めく。
死ぬ。空を仰ぎ見つつ、そう結論付けていた。
答えは出ない。絶体絶命だった。
一挙手一投足がとてもスローだった。心眼とは違う、まるで走馬灯が身体を包み込み、過去と現在を行ったり来たりしている不思議な感覚だった。
脳裏に描かれるのはいつの日かイランの名もなき街でパルヴェーズとカメラに写った記憶。内ポケットに収まった一枚の写真を強く意識した。──死にたくない。
次に描かれたのはラクシェとともに挑んだ試練で受け取った不思議な羽根。同じく内ポケットに収まったパルヴェーズの忘れ形見を強く意識する。──諦めたくない。
そして思い出すのは最後の記憶。二人の少年が倒れ、絶対不可侵の尊い誓いを樹てた記憶! 四肢に、心に、権能に、滾るほどの力が湧く。──死んでたまるか!
ふと、懐に熱を感じた。
───半歩右へ。同時にそんなイメージが頭に流れ込んできた……直感などよりよほどハッキリとした力強いイメージが。
イメージ通りに右へ半歩ずらせば、光線が先刻まで祐一がいた場所を通り抜けていく。
「え?」
『なに……?』
両者の口からは驚愕が漏れていた。ヤマトタケルは必中と信じていた物が避けられた事に、祐一はその一撃を難なく避けられた事に、驚きを隠せなかった。
ぼう、と懐の熱がさらに熱くなるのを感じた。
なんだ!? そうやって熱を感じる物を探ってみれば、それは嘗ての友が遺した一枚の羽根。
ああ、そうか……。
祐一はやっと判った。祐一の進むべき道を指し示してくれるこの羽根が、友の遺した意志が、力を貸してくれるのだ。……例え祖となる神が滅びようと、恩寵を齎す羽根は祐一に力を貸してくれる。
友は逝ってしまっても、ここに居る。それが堪らなく嬉しくって仕方がない。
光線はさらに数を増していく。世界が明滅し、それと同時に祐一の生命を刈り取る鎌が揮われる。
だがそのを悉くを躱していく。身をかがめ、時には跳躍し、三次元的な動きで、そこに華麗さなどなくとも泥臭くとも確実に躱していく。
『ちょこまかとっ……』
ヤマトタケルの少し苛立った声が祐一の鼓膜を揺らす。攻撃が鈍るわけでも、和らぐわけでもないが、あの黒幕気取りの性悪野郎に余裕を取り払えたことは祐一にはひどく愉快だった。
口角を吊り上げる。少しだけ心に余裕ができた気がした。
無数の光線が祐一を貫こうと殺到し、それを全て予見した挙動で祐一は躱し切る。
戦況はふたたび膠着状態に陥っていた……だが、それでもジリ貧だった。
どうする! 祐一は未だ『戦士』の化身を使う決心がつかない。その時だった……
──抜け。
声が聞こえたのは。それは、どこかで聞いた声。心の裡の芯まで沁みわたる心地よい声。とても、とても力強い声だった。
「アンタは……いや」
何者なんだ? そう問いかけるより祐一は、勝つための思考を巡らせた。
判っていた。声に促されるまでもなく、あの英雄神に持久戦など以ての外で、もはやリスクを背負ってでも首を切り取る短期決戦で臨まなければならない事は。
今聞こえた声の通り、動かなければ、立ち向かわなければ、先には進めないのだ!
ああ、そうだ! そんなの俺の戦い方じゃない!
ウジウジ悩んでいた自分がひどく情けなくって仕方がない!
そうだ! それに! それに、だ!
ふところで強く熱を発する羽根を強く意識する。
友が見守っているのだ! ならば無様な戦いなど、何故できようか!
───迷うな! 戦え! 前進しろ!!!
祐一は決断した。
「我は最強して全ての障害を打ち砕くものなり───」
バチバチと視界が明滅し、脳内で致死量の電流が流れた錯覚に陥った。世界が白み、次いで頭蓋を引き裂かれる程の頭痛が襲う。何度か経験した、イヤな感覚。
以前の戦いでも起こったように霊視が働き脳に異常な負荷が掛かっているのだ。
……だが祐一は止まらない。
勝つ。そう覚悟を決めたのだから!
「この言霊は雄弁にして強力なり───」
光球が燦く! 天空に鎮座する巨大な光球とは違う、黄金の光。空に瞬く星雲のごとく、そこかしこに光球が舞う。されどこれは剣なのだ。
ヤマトタケルを討つ為だけの───!
「ヤマトタケル! お前は数多の神々を征服し朝廷に安寧を齎す、輝ける栄光を誇った戦士だった!」
『昔日の戦いで用いた智慧の剣! フフ……やはり抜いてきましたね!』
光球が瞬き、空の太陽すら負けない光を放つ。それは太陽に輝く空に星雲が現れた異様な光景に外ならなかった。
「世界の神話体系……特に印欧語族の神話の中には輝ける栄光を手にした類まれな武勇を誇る武神……インドラやヘラクレスのように強力な戦士がいる。そして、その戦士の多くが己の英雄譚を汚すような三つの罪を犯していた!」
次々と言霊を編んで、中空を漂わせる。神速を失った祐一は光線を十分に躱す事は不可能だ。臍下丹田の力を全身にみなぎらせても、精々が音速の数倍程度の速さしか出せない。
「一つ目は宗教や王権への反逆や冒瀆行為!
インドラは神族であり祭司であったヴィシュヴァルーパの殺害という大罪を犯し、その結果、王として不可欠な威光を喪った!」
……しかし、祐一は以前と変わらず紙一重で避ける事ができていた。なんとなく判るのだ。
「二つ目は戦士として恥ずべき卑怯な振舞いだ!
インドラは不戦の誓いを立てたはずの悪竜ヴリトラを騙し討ちし、今度は戦闘に必要な膂力を喪ったとされている!」
今、ヤマトタケルと言う神格の知識を得て、ヤマトタケルを深く理解して……故に奴がどう動くのか、何をするのか、何を考えているのか、未来予知にも似た動作が可能だった。
これこそ『戦士』の化身が切り札足り得る要素の一つだった。
「三つ目は美女への陵辱行為!
ガウタマという祭司に姿を偽ったインドラは彼の妻であったアハリヤーに不貞を働き、インドラにあった肉体の美しさを喪失したとされている。
この戦士が罪を侵すと言う神話はインド神話だけではじゃない! 北欧神話やギリシャ神話にもまた類似する神話が散見できる逸話なんだ!」
『…………』
「ヤマトタケルもまた三つの大罪を犯した戦士だった! 一つ目の罪こそ、天皇の子であり双子の兄である大碓命を惨殺した事にある! ヤマトタケルはこの罪によって果てなき戦いの旅に出なければならなかった!」
『フフ……よく学んだようですね』
可笑しそうに笑い、それをヤマトタケルは祐一への返答とした。
ヤマトタケルの輝かしい記録と、それとは裏腹に悲哀と嘆きに包まれた屈辱の記録。そして最期は運命に導かれるようについには死へと至った。
ヤマトタケルの来歴、栄光、屈辱、その全ての知識が祐一には手にとるように判るのだ──だからこそ判らない。
何故、ヤマトタケルが自分に拘るのか。知識ならそこかしこに落ちているのに、そこだけが薄靄のごとく不明瞭で見透かせない。
いや、判るのだ。霊視はヤマトタケルの執着の深い部分まで教えてくれた。しかし森羅万象あらゆる知識が蓄えられたこの場所で、ヤマトタケルの追い求める本質……そこだけがポツンと穴が空いたように抜け落ちている。
それがどうしようもなく不気味だった
『我が動きを見切っていますね……その権能由来のものですか!』
ハッとする。余計なことに思考を削がれすぎだ。一瞬抜け落ちていた霊視による頭痛をふたたび思い出し、祐一は思考を目の前の戦いに切り替えた。
頭痛により意識が狭窄し、それでも戦意を尖らせる。
『──────』
ヤマトタケルが何か言っている。だが祐一には気にする余裕なんてなかった。我武者羅にイメージを研ぎ澄ませる……鋭い刃、頭上の太陽も鋼の肉体をも斬り裂く剣へ。
「二つ目の罪は朝敵だった出雲建を己の偽物の剣と、本物の剣を入れ替えることで騙し討ちした罪!」
光球が渦を巻くように集合し、一本の大剣を形作っていく。
祐一の頭上で黄金の大剣と化した剣の全長は、嘗てイランで現れた巨大な化身達をも超え、その刀身は天に輝く紅玉にまで及んだ。
「三つ目の罪を犯し、草薙剣を愛人の元へ置いて旅立ったヤマトタケルはその旅の後に死に至る。そのことはあんたの死の遠因になったんだ!」
そのまま一気に振り降ろした。
「だぁぁああああああああああッッッ!!!!」
───金光一閃。
天空に鎮座する光輝を、黄金の刃が斬り裂いていく。……だが、巨大な太陽は霞を斬ったように、手応えの無いものだった
『無駄です、先程も申したでしょう! その太陽は私を庇護する神から借り受けた物! 私を斬り裂く智慧の剣では斬れるものではありません!』
ヤマトタケルが叫ぶ。頭痛に苛まれていた祐一は、先刻聞き取れなかったヤマトタケルの言葉を今更になって理解した。
判断を誤った! 鉛にも思える唾を嚥下し、全身に氷柱を突っ込まれたような怖気が疾走る。
刹那、無数の光線が祐一へ迫った。逡巡もなくイメージを切り替える。剣から盾へ。大剣がバラけ、祐一を中心にしてドーム状に光球を展開した。
キンッ! キンッ!
甲高い音がいくつも響く。なんとか間に合った……。今、祐一が無傷で生きているのが何よりの証拠である。
無数の光線を弾く音と、弾いた摩擦によってドーム内が加熱しはじめる。太陽光線の塊が幾万と降り注いでいるのだから当然だ。
『防ぎましたか、面倒な。……ですが征服してこそ我が本懐』
言葉とは裏腹に、ヤマトタケルは獲物を見つけた獅子の如く傲岸に笑っていた。その眼光は鋭く、祐一と言う牙城攻略の糸口を探し求めていた。
手を開いては握るを繰り返す祐一。死と隣合わせの劣悪な環境で豪胆な祐一といえど些かもストレスを感じないと言う訳にはいかないようだ。
だがその中であっても祐一は冷静に思考を巡らせ、肚を決めていた。
太陽は斬れない。それは今ので判った。
なら、太陽の大元のヤマトタケル。……あいつを狙えばいいだけだろ! 烈火の如き眼光と、不敵な笑いが祐一の面貌に浮かぶ。
その時だった。
爆───ッ! 突如、地面が爆発し、祐一の思考が強制的に打ち切られた。
地中からの……意識外からの攻撃。ヤマトタケルは無数に降り注ぐ光線を地面に潜ませ、祐一の立つ場所の真下で収束させると、一気に爆発させたのだ。
確かに祐一の守りは堅固であった。しかしそれは空からの攻撃に対応するように展開された表面上だけの事。
地中からの攻撃には脆いものだった。
「ぐっ、ぁぁああああああッ!!!」
『脆い守りでしたね。その程度、虚を突けばいくらでも崩せます』
ヤマトタケルが嘲弄し、いびつに笑みを刻む。お前の武勇などそんなものだと嘲笑しているのだ。
大地が噴火したかに思えるほどの衝撃に光球の守りが崩れ、祐一もまた為す術もなく枯れ木のごとく吹き飛ばされた。
全身がバラバラになりそうな痛みと、幾つもの傷から間欠泉のように血が吹き出る。
───だが、祐一はそれを寄貨とした。
刮目し、ズタボロの身体に鞭を打つ。前へ、前へ、前進する。祐一はもう決めていたのだ。
仇であるヤマトタケルに一太刀浴びせてやる、と!
「ヤマト、タケル!!! オオオオオオオオオオオオッッッ!!」
粉塵を切り裂き、祐一が飛び出す。吹き飛んだ石くれを足場に疾走し、まるでパルクールをするような要領でヤマトタケルへ一直線に迫った。
石くれがない場所は黄金の光球を前面に展開し、足場を形成して三次元的に進む。
『おお、見事! ですが───』
それを座視するヤマトタケルではない。
フ───ッ! 気合一閃。剣を振りかぶって横一文字に薙ぐ。
尋常ではない膂力と黒刀が内包する莫大な呪力と相まって、彼の目の前の大地から根こそぎ弾け飛び、土砂を巻き込んだ衝撃が祐一を襲う。
───轟!
迫りくる衝撃と祐一の操る光球がぶつかり合い、大音声を轟かせ、大量の粉塵が空中を覆う。
押しつぶされましたか。ふたたび粉塵が舞いヤマトタケルの視界が奪われた。
いえ、これは……。
直後、ヤマトタケルは己の失策を悟った。
バンッ! と轟音が響き、祐一が粉塵から飛び出しきたのだ。光球で形成した足場を尋常ではない脚力で踏み込み、弾丸のごとく向かってきたのだ。
彼我の距離は五十メートルはある。しかし祐一はまったく頓着しなかった。直感が、心が、化身が叫ぶのだ。
これくらい一息で詰められる、と!
チャンスは今しかない、と!
攻撃するのは今しかない、と!
右手に収まった黄金の大剣がさらに先鋭化し一つの長大な剣と化す。振り下ろされたギロチンのごとく、ヤマトタケルのみを断つ刃が揮われる。
「ク、オォォォォオオオオオオオオオ!!!」
「ぬぅぅ……! 甘い──────ッ!」
ヤマトタケルは黒刀を頭上で構え、寸でのところで防ぐ。全力の一撃がむなしく弾き返された。
だが攻撃の手は緩めない。
今度は一つだけではない。空中に停滞していた光球を集めいくつもの剣を創造し、一気に地表を疾走らせる。
「クッ、なるほど……やはり厄介だ。それに触れれば私の神格もただでは済まないでしょう……──ですが触れられなければ問題はありません!」
だがそれも軽快に跳躍し、逃げ果せるヤマトタケル。武神としての面目躍如と言わんばかりに縦横無尽に振るわれる無数の剣を悉く躱していく。祐一もまた手中に数十メートルにも及ぶ長剣を作り、捉えようとするが標的が遠く離れ、狙いが大振りになっている。かすりもしない。
前と同じじゃねぇか……! 頭蓋を砕きそうな頭痛が響く脳内で祐一はそう考え歯噛みした。
だったらもう! 進むしか、ねぇだろ!
俺は───決めたんだ!
止まぬ頭痛、右眼に疾走る痛み、傷めつけられた肉体。祐一を構成するあらゆる細胞が『否』と答えるのを無視し、祐一は眼光に烈火の意志を灯し前に進んだ。
それに、また声が聞こえたのだ。────『この言霊で斬り裂け』と!
「ヤマトタケルの輝かしい栄光。それにはお前の持つ剣……ヤマトタケルが佩刀する草薙剣に秘密があった!」
激しく全身を動かしヤマトタケルに肉薄しようとしながらも、決して休むことなく朗々と言霊を紡ぐ。
「嘗ては天叢雲剣としてスサノオの佩刀であったその神刀は、最高神であるアマテラスに贈られ王権の象徴となった! そしてそれを受け取ったからこそアンタはあの太陽を操れたんだ!」
掌中の剣が輝きを増す。強く靭やかで鋭利に。空からの光線をすべて見切り光球で弾く。祐一が怒涛の剣技で攻め込み、無数の光球がヤマトタケルへ四方八方から斬り裂こうとする。
「祐一殿、私の動揺を狙っていますね! ですが無駄です! 我が来歴をひけらかそうと私は私の歩んできた道に一片の後悔はない!」
しかし英雄神ヤマトタケルの武勇は並ではない。たった一本の刀で一切の間隙なく迫りくる攻撃を防ぎ切る。
なんという技量だ! これも何度目の感嘆だろうか。しかし祐一は感嘆もそこそこに頭痛を忘れるほどの極限状態で剣を揮った。
何十、何百、何千───。剣戟が鳴り止まない。
「天叢雲剣から名を変え草薙剣となった剣はアンタの佩刀となり、たとえ神々であっても張り合えるほどの力を手に入れた。それは朝廷の威光そのものだったからだ。故に行く先々で剣を振るい調伏していくアンタは征服者としての相を濃くしていく」
祐一が言霊を紡げば紡ぐほど剣は早く鋭くなっていく。切っ先が少しずつ、少しずつ、ヤマトタケルへ近づく。
「故に、草薙剣はアンタの栄光の象徴であり、アンタの死の遠因となった! 『身に帯ばせる剣を桑の木に掛け、避れて殿に入りましき』これは「尾張国風土記」に記された草薙剣を手放すときの一節だ! そうだ、草薙剣とはヤマトタケルと言う英雄が持つ武の象徴であり、立て掛けられた剣とは、直立する鉄剣……剣神アレスにも見られる剣神の示現なんだ!」
「なるほど、私が甘かった! あなたのその権能、そこまで恐ろしいものだったとは! しかし───!」
振り払うように、或いは己に喝を入れるように、ヤマトタケルが叫ぶ。
それは前回の焼き増しだった。対峙する両者が、息の根を止めんと、頸を絶ち切らんと、剣を握る。
数多の神敵をまつろわした黄金に輝く智慧の剣と、数多の朝敵をまつろわした漆黒の神刀が対を成すように輝きを放つ。
ヤマトタケルの意志に呼応し黒刀……草薙剣が烈風を纏う。そして祐一もまた最後の言霊を紡ぎ、智慧の剣を完成させる。
「草薙剣とは征服神であり剣神ヤマトタケルの
故に草薙剣を失ったヤマトタケルは、ブリテンのアーサー王と同じく加護を失い───死ななければならなかった!」
ついに祐一が剣を完成させた。両者が示し合わせたように、一度刃を引き、構えをとる。互いに最大最強の剣技を開帳するための。
「オオオォォオオ!!!」
「ッハァ────!!!」
祐一が大上段からの袈裟斬りを放ち、ヤマトタケルが下段から逆袈裟斬りに剣を揮う。
───その時だった。一つの光球が独りでに動き草薙の剣に触れたのは。
ぷつり、と何か糸が斬れるような感覚を祐一は覚えた。…………変化は顕著だった。
「……な、に? 我が神力が……!?」
ヤマトタケルの神力が堰を切ったように目減りしていく。潤沢に神力を収めていた器に大穴でもできたようだ。
突然の事。
正直、祐一には何が何だか分からなかった。だがどうでも良いとも思った。祐一には確固たる信念がある。
───必ず奴に一太刀浴びせ、報いを受けさせてやると! 裂帛の気合を迸らせ咆哮をあげ、強烈な一撃を放つ。
ヤマトタケルを狙うだけではダメだ。奴を確実に斬り伏せるには───!
拮抗する瞬間、イメージを切り替えた。ヤマトタケルの守りである草薙剣もまた斬り裂くために。
あの剣もまたヤマトタケルの一側面。今の智慧の剣ならば斬り裂く事は容易なのだから。
剣の守りごと斬り裂く! これこそ必中必殺の一撃!
「ッオオオオオォォォォオオオ───ッ!」
───ッ斬。
祐一の『智慧の剣』が、驚愕に染まったヤマトタケルを強かに斬り裂いた。
瞬間、世界が白に染まった。
打ち合わさった知恵の剣と漆黒の神刀。その莫大な呪力を内包していた二対の剣の均衡が崩れ、凄まじい爆発が起きたのだ。
直後、無防備だった祐一とヤマトタケルは爆発の衝撃に、為す術もなく吹き飛ばされた。