王書   作:につけ丸

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054:天叢雲剣離反と救世の一撃

 死ぬかと思った。

 と言うより生きているのが不思議だった。

 手を握っては開く。

 いつの間にか意識を引き裂きそうだった頭痛も鳴りを潜め『鳳』による痛みも消え、代わりに全身から思わず駆け回りたいほどの激痛が祐一を襲っていた。

 ───だが、そんな事をする訳にはいかなかった。すっくと立ち上がる。

 同時に……。

 目の前に倒れていたヤマトタケルも立ち上がった。

 

「───どう言う事です、我が半身? 数千年間黙り込んで居た貴方が今になって動くとは……。それも半身である私を裏切って?」

 

 祐一に負けず劣らずボロボロになったヤマトタケルが柳眉をひそめ、血を吐いたばかりの口を動かして低い声音で詰問した。今負った痛みなど、どうでもいいと言わんばかりに。

 問いを投げ掛けられた祐一の掌中には黒い刀が収まっていた。先刻までヤマトタケルが揮っていた剣に相違ない。

 不可解な事。……だと言うのに祐一はちっとも不思議だと驚きも、変だとも思わなかった。

 知っていたのだ。『彼』は共に戦ってくれると。

 あの日、あの時、『彼』と祐一は───約束したのだから。

 ヤマトタケルは問いかけた。それは祐一に、ではない。祐一の()()に向けそう言ったのだ。

 

『───我が半身よ……。もう、良い。もう、良いのだ。もう十分生きただろう……もう十分悲しんだだろう……もう十分悩み抜いただろう……。嘗ては清廉な戦士であったおぬしが、これ以上外道に墜ちていく様は見ていたくない……。なぁ、我が半身よ。もう我々は十分だ……もう生き飽きた。そうであろう?』

 

『共に終わろうではないか……』

 

 声が聞こえた。ひどく寂びそうな哀しげな声音で、問いかけて来たヤマトタケルへの返答とした。

 祐一は確信が確証へと変わった事を自覚した。

 今の声は『叢雲』だ。王国で友となった益荒男であった。霊視で手に入れた知識で、やっと思い至った。剣であり、ヤマトタケルの佩刀であった彼は、人の形を取って自分と語らっていたのかと祐一は今やっと気付いた。

 

「馬鹿な……───あり得ないッ!!!」

 

 愕然としてがなりたてるようにヤマトタケルが叫ぶ。顔を手で覆い、目を見開き前のめりになって、否定の言葉を吐き出す。

 

「生きた? まだまだ数千年ていどではありませんか! 

 悩んだ? そうでしょうとも! しかしまだ答えは見つけていない! 

 悲しんだ? ええ、だからこそ悲願を果たしたいのですよ!!!」

 

 激昂。口角泡を飛ばしヤマトタケルが初めて見せた取り繕う気のない、激しい激情に祐一は思わず後ずさりそうになった。

 

「巫山戯ないでくださいッ! 私はまだ答えを見つけて居ない! 生にしがみつかねばならない! ああ、そうですとも! 我が見失った本質、見つけ出さねば、死んでも死に切れませんよ!」

 

 秀麗な美貌を血化粧で彩り、ギリギリと音がなるほど歯を食いしばるヤマトタケル。

 

「我が苦悩の日々! 貴方も知っているでしょう!? 貴方も……貴方もまた、私を見限ると言うのですかッ!?」

 

 ヤマトタケルが虚空から剣を取り出した。反りのない長大な豪剣だ。

 ヤマトタケル自身が持つ『鋼』の権能により生み出したのだろう、あれにも莫大な呪力と鋭利さが秘められている。……しかし今、祐一の持つこの刀ほどではない。

 

「我が半身よ……。貴方がそちら側に着くと言うのならば────貴方ごと切って捨てましょう!」

 

 剣把を握りつぶしそうなほど力を込め、満腔から強烈な威圧が吹き荒れる。

 その姿、まさに修羅の如し。

 

「どうして?」

 

 それに備えながら祐一は叢雲に問い掛けていた。何故、と。

 

『過日の戦いで(オレ)は確信した。神々を討つほどの武勇を持った人間の戦士……それだけでも稀だと言うのにその者は神格を斬り裂く『智慧の剣』すら持っていた。

 (オレ)はその時確信したのだ。あの者となら……祐一、おぬしとなら必ずあやつを討ち果たせると』

「そっか」

『今更、取り繕う事はせん。(オレ)はあやつに引導を渡す為……己が私情の為……おぬしを利用する。そして(オレ)は決して謝りはせぬ』

 

 その言葉に祐一は首を振った。

 何故だろうか。さっきまで激情に呑まれていた筈の自分の心が、ひどく凪いでいる事に祐一は驚いた。

 

「構わねぇよ。手を貸してくれるなら、何でもいいさ」

 

 祐一の持つ智慧の剣は神格を斬り裂く、言霊の剣だ。智慧の剣によって斬り裂かれた神格は、悉くその神性を失う。

 ──叢雲はそこに光明を見た。そうして神格を斬り裂かれ『草薙剣』としての己を捨てた叢雲はかつての神格……『天叢雲剣』へと回帰した叢雲は祐一へと宿ったのだ。

 叢雲を握る手から、そんな知識が流れ込んできた。

 まぁ、なんでもいいさ。

 フッと頬を吊り上げ不敵に笑う。漆黒の神刀……『天叢雲剣』を構え、烈火の如き眼光を灯す。

 凪いでいた心に波紋を呼び起こす。今度は憎悪でも怒りでもなく、純粋な闘志で。

 

「俺は、あいつをブッ殺せるなら、それで───!!!」

「ッハ! 甘いですよ! 貴方達が合力すれば私を倒せるなどと思い上がらないことです!!!」

 

 祐一の叫びを聞いたヤマトタケルが嘲笑し、同時にその美々しい肉体から雷光が弾けた。

 ───神速か! 

 瞬時に悟り、心眼を最大限に高めて迎え討つ。次の瞬間には刀身が眼前に迫っていた。

 大丈夫、視えてる! 

 心眼で見切り、さらに幾度となく剣を合わせヤマトタケルの剣筋を朧気ながら理解し始めていた祐一は焦ることなく天叢雲剣で受け止めた。

 激しい剣戟音があたりを駆け巡り、次いで烈風が吹き荒れる。鍔迫り合いの格好となった両者は一歩も譲らぬとばかりにせめぎ合う。

 なんて力だ……! 臍下丹田から湧き出る力を四肢に籠めても、ギリギリと押されてしまうほどの膂力に驚嘆する。

 

『我が半身よ……いやヤマトタケル。おぬしの命運はここで尽きている』

 

 拮抗する両者の間で、叢雲がポツリと呟いた。

 

「まだ言いますか!」

『応とも何度でも言う。(オレ)を佩刀とした、おぬしは無敵の英雄神と定められ、常道の手段では討つ事は敵わなかった! ……故に策を講じねばならなかった。無敵の貴様を確実に斬り伏せられる策を……!」

「……貴方も私も、策を弄する様になりましたか。───フッ、もう『最源流』の看板はお互い降ろした方が賢明かもしれませんね!」

 

 殺気がこれまでの比ではない程、膨れ上がる。祐一もまた闘志を漲らせて迎え討つ。

 

『霊視による弊害は(オレ)が引き受ける! 思う存分に戦え、祐一!』

「ああ!」

 

 一気呵成に攻め起てる両者が、示し合わせたように身を引き、すぐさま跳躍。彼らの歩武が大地を震わせ、剣戟が大気を鳴動させる。

 人類最高峰の戦士であり軽功卓越である祐一と、およそ武の頂点と称して良いほどの武勇を持つヤマトタケルであれば電柱やビルなど軽々と飛び越えそうなほど跳躍できるのだ。

 祐一が光球を足場に、ヤマトタケルが大気を蹴って、三次元的な動作で跳躍し、そして交錯。本当に剣一本なのか、疑いたくなるほどの激しい剣戟の応酬が放たれた。

 何度、死を覚悟したか判らないほどの絶技。それを受けながらに、祐一はこれまでの戦った神々の誰よりも強い、と確信していた。

 ……だがこうも思っていた。先刻ほどではない、と。

 そうだ。……ヤマトタケルは明らかに精彩を欠いている。

 漠然と、敵の力量を測ることが可能な神殺しとしての能力がそうささやくのだ。

 鋭敏な直感がヤマトタケルの放つ剣戟の気配を捉え、半身をずらす。ちり、と髪先を掠め豪剣が通りすぎた。

 以前なら紙一重、ともすれば斬られていただろう。だと言うのに余裕を以て躱すことすら出来た。

 小さく、小さく。一滴の水が湖面に落ち波紋ができるように。しかし確実に、一つ、またひとつ、と祐一の揮う剣がヤマトタケルへ近づいて行く。

 閃光が煌めき、ヤマトタケルの頬に裂傷が走る。はらりと美豆良が解け、錦糸の如き艷やかな黒髪が踊る。

 さしものヤマトタケルと言えど、今の祐一からの攻撃から逃れる事は困難だった。じわり、じわりと小さな傷が増えていく。

 私が押し負ける……? ヤマトタケルである、この私が……っ!? 

 彼の胸中に確かな驚愕が芽生え、小さくはない波紋が広がった。

 

 ───おぬしの命運はここで尽きている。

 その言霊が、鎖の如く身体に絡みつき、蚯蚓が這うような悪寒がヤマトタケルの全身を駆け巡る。

 

 ───黙りなさい!私は、私はヤマトタケルだ───ッ!!! 

 胸中で極大の叫びを上げる。……だが、その驚愕と焦りは切っ先を鈍らせた。

 そして祐一は間隙を逃すことはなかった。

 

 斬。───ついに祐一の剣が肩を斬り裂かれた。

 先刻、手首を斬られたお遊びの時とは違う、本気の剣だったと言うに! 

 

「グッ! いいや……有り得ないッ! 認める訳にはいかないッ! 倭の勇者たるこの私が、弱者に屈するなどと───ッ!」

 

 苦悶の声を上げ、否定の言葉を叫ぶ。剣を掲げ、一息に地面へ突き刺す。その動作に祐一は既視感を覚えた。

 ───ズン! 

 同時に大地が鳴動し、天地を逆さまにしたようにひっくり返った。前回の戦いでもヤマトタケルが用いた鋼の軍団創造の権能だ、祐一は既視感の正体に気付いた。

 

「不屈の勇士達よ、いざ号令を掛けましょう! 朝敵を悉く滅ぼせ! 雄敵の首を掲げよ! 華々しく錦を飾れ!」

 

 短甲を纏った兵団が現れ、祐一に喰らいつく。その数は千はくだらないだろう。恐れ知らず……いや、死ぬ事を知らぬ鋼の軍団が祐一へと迫った。

 だが祐一もまた死を恐れぬ戦士。

 怯む様子など欠片も見せず前へ進む。前回はチンギス・ハーンの権能は使って殲滅した。ならば今度は……

 周囲に漂う黄金の光球に念じる。集まれ、と。あの軍団を一撃で葬る姿になれ、と。

 黄金の光球がより合わさり、容貌魁偉な巨大な体軀を、勇ましく長大な牙を、黄金の毛皮を、そう、『猪』を形作っていく。

 あらゆる障碍を一撃で破壊するラグナこそ、祐一の思い描く最強の姿。祐一の創り出した黄金に耀く猪は、北欧神話に登場する『グリンブルスティ』の如き偉容! 

 

「弱者はテメェだ! ヤマトタケル───ッ!」

 

 黄金の『猪』がヤマトタケルへ猛然と突き進む。

 鋼の軍団? 千の軍勢? 不死身の勇士? 

 そんなものは、知らねぇ! と、ばかりに黄金の『猪』が猛進し、鋼の軍団を粉砕し蹂躪していく。

 ヤマトタケルは既視感を覚えた。それは古い、とても古い記憶。己が草薙剣を手放し、討伐に出た伊吹山で邂逅した白い猪を。

 黄金の『猪』と白い『猪』……全く違うと言うのにヤマトタケルは凶兆の顕現であるそれを想起した。

 思わず足が止まる。

 

「クハッ──!!?」

 

 気付けば眼前に迫っていた『猪』が、その長大な牙が腹部を刺し貫いていた。

 だが浅い。深手になる前に、牙を掴み押さえつけたのだ。しかしその衝撃は抑えきれず、吹き飛ばされる。

 ヤマトタケルの流血は激しいが、止めを刺すまでには至らなかったようだ。

 酷使しすぎたからか? なんとなくだがこの『戦士』の化身は使えば使うほど刃の切れ味が落ちていき……それは刀が斬れば斬るほど刃こぼれする刀のように、この『智慧の剣』もまた切れ味が鈍っていくのだろう。

 そんな確信が祐一にはあった。

 戦いが始まりどれほどの時間が過ぎたのだろうか? 現状は確かに祐一の方が優勢だ。しかし、

 

「ハァ……ハァ……」

「くっ……」

 

 祐一が荒い息を吐きながら、天叢雲剣を構えた。無尽蔵の体力と莫大な呪力が底を尽きかけている自覚があった。限界が近い。

『猪』に吹き飛ばされ、なんとか着地したヤマトタケルが片膝をついた。彼もまた限界が近いのだ。

 

「思ってもみませんでしたよ……」

「…………あ?」

 

 ヤマトタケルが俯き、呟いた。祐一は動き出そうとした足を思わず止めてしまった。

 

『気を付けろ祐一。今奴が何をしてくるか(オレ)にも予想がつかん』

 

 ……ああ。祐一は静かに、油断なく頷く。

 窮鼠猫を噛むと言う故事があるように、それと同じく手負いの虎ほど怖ろしいものはない。今のヤマトタケルが何をして来るのか、一切判らない。

 

「侮っていた心算はありませんでしたが、やはり貴方は「人間」……。どこかで侮っていたのかも知れません……私がここまで追い詰められているのが何よりの証拠……」

「お前、何を言ってるんだ……?」

 

 なにか不味い気がする。祐一は『智慧の剣』を集め、中空で剣を作った。

 

「フフ……あまり使いたくはありませんでしたが……これを使えば卑怯者の謗りは免れませんので……。ですが仕方ありません。祐一殿、誇って良いですよ───」

 

 ヤマトタケルが顔を上げた。そこに刻まれたのは、歪み切った狂笑……! 

 

「────貴方が私にコレを使わせた事を!!!」

 

『いかん祐一! 『智慧の剣』を戻せ───ッ!!!』

 

 ヤマトタケルと叢雲が叫んだのは同時だった。言われ、咄嗟に化身を消そうとして……

 

「貴方が我が剣を奪ったのは、好都合でした──!」

 

 祐一より早く、ヤマトタケルが動いた。

 息もつかせぬ動作で豪剣を投擲する。神速かと見紛うかの速度に、反射的に空中の『智慧の剣』で防いでいた。

 ……それが間違いだと気付くいたのは、それからすぐの事だった。

 不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い俺はなぜ剣を戻さなかった───ッ!!? 

 祐一の胸中に今までないほどの警鐘が鳴る。心臓が狂ったように早鐘を打つ。全身が氷で覆われたと錯覚するほどの悪寒が駆け巡った。

 

「───やつめさす 出雲建が 佩ける刀

 つづら多巻き さ見なしにあはれ───」

 

 ヤマトタケルが言霊を紡いだ。ヤマトタケルの権能が神殺しとしての呪力の守りなど知らぬとばかりに突き抜け…………その瞬間、祐一の奥底で何かが蠢いた。

 

「ああっ! あ、ぁぁあああああああ!!?」

 

 それは唐突に起きた。祐一の中からとても大事な何かが引き剥がされる感覚。視線を走らせればそこには『戦士』を模した紋章が漂っていた。

 

 待てっ! 

 そう言葉にするより早く、紋章が『智慧の剣』と合わさりヤマトタケルの掌中へ収まった。紋章がヤマトタケルの四肢へ溶けては消えていく。

 

 一瞬の、あまりにも衝撃的な出来事。

 奪われたのだ。祐一の宿した化身が。パルヴェーズが遺した物が。

 祐一と友との絆、そのものが───。

 

 あまりの怒りに意識が白濁し、明滅する。

 

「ヤマト、タケルッ! テメェェェェェェェ───!!!」

 

 大地がひび割れ鳴動する。それほどの叫びを上げ、激昂を顕にする祐一。

 地面が爆発したかと見紛うほどに、大地を踏みしめヤマトタケルへ跳躍する。

 ヤマトタケルが行使した権能。……あれこそヤマトタケルが持つ偸盗の権能であった。

 嘗てイチイの木で出来た偽の刀をイズモタケルの持つ刀とすり替え、ヤマトタケルが本物の刀で討ち殺したと言う伝承を基にした権能であり、本来ならばただ物をすり替えるだけの権能。

 神殺しの強力な呪力の守りを破るほどの強制力はなく、権能を奪うという荒業は出来ないはずだった。

 ……しかし祐一は『天叢雲剣』と言う英雄神ヤマトタケルの一部と言っても良いそれを奪っていた。

 特価交換は世の習い。故に祐一の持つ呪力の守りすら突き抜け、彼の一部である化身を奪うことが出来たのだ。

 そのことを遅れて悟った祐一は激昂した。それもこれ以上ないほどに。

 祐一だけではない。彼に残る全ての化身が猛り、怒り狂った。

 あの怨敵を斃せ! 完膚無きまでに! 塵も残さず討ち滅ぼせ、と! 

 

『──────』

 

 叢雲が何か言っている。だが認識できるほどの冷静さなど遥か彼方へ捨て去っていた。

 

「『戦士』を、返しやがれ────ッ!!!」

 

「ッハハハハハハッ! やはり勝つのは私だ!」

 

そうです。私が負けることなど有り得ない! 

 迫りくる祐一を嗤いながら胸中で、ヤマトタケルはそう確信する。

 

「貴方が剣を奪ったその瞬間、あなた方が勝機を見出したように、私の勝利は揺るぎないものとなっていたのですよッ!!!」

 

 武神とはいえ無手のヤマトタケルが神とすら打ち合える技量を持ち、神刀すら携えたいまの祐一に相対するには厳しいものがあった。しかしヤマトタケルの胸中に一切の波紋は生まれなかった。

 なぜなら己が勝利を一心不乱に信じているからだ。

 

「私に剣が無いというのならば!」 

 

「──私自身が""となれば良いことッ!!!」

 

 剣を失ったヤマトタケルが見出した答えこそ、これだった。己を剣とし『剣神』としての原点に立ち戻ること。

 それこそ木下祐一と言う神殺しを斃す唯一にして絶対の策であった。

 

 

 我が討つのは魔王! 

 

 我が切り裂くは羅刹!

 

 ヤマトの勇者ヤマトタケルノミコトこれより修羅へ入り破邪顕正の御劔とならん───! 

 

 

 剣神の宿星へ祈願する。

 全身が赤熱しているのが判る。地面に散らばる砂鉄が蠢き、ヤマトタケルを中心に渦を描いていく。これこそ己が『鋼』の原点に立ち帰っていることの証左に他ならない。

 

 嘗て、太古の遥か昔にエピメテウスとプロメテウス……そしてパンドラは矮小な人間が神を弑逆したときに初めて行われる大秘儀『簒奪の秘儀』を生み出した。

 

 そしてそれに対抗するように生み出された古の盟約があった。しかしこの古の盟約は、()()()()()()()()()()()()()()()と言う制約があった。

 

 

この世に神殺しは……少なくともこの幽世に神殺しは木下祐一、ただ一人だけ。

 

 ──故にそれだけでは、古の盟約は応えない。

 

 そんな事は百も承知。故にヤマトタケルはさらに数節の口訣を結ぶ。

 

 

 因果の王よ。

 

 因果の道化共よ。

 

 最も古き盟約をいざ果たそう。

 

 因果破断を宿した凶児を討ち果たす刃を今ここに!!! 

 

 

 幾星霜の時を越えて、世界が軋みを上げる。

 まるで錆び付いた歯車が永い時を経てふたたび動き出したかのように。

 大いなる力が、彼の心身を満たしていく。尋常ではない……それこそ莫大な呪力を持つとされる神や神殺しの何倍もの量! 

 ヤマトタケルは剣神としての使命を再確認し、古き盟約への批准を表明しただけではない。……木下祐一と言う『因果破断の因子』を滅却する事を表明する一節を加え、《因果》の後押しを受け、ついに古の盟約を発動させたのだ。

 

 ───それこそ魔王殲滅の大呪法。

 

 《盟約の大法》! 

 

 ハハハ、天明地祇の誰が見抜けたでしょう? この神無き世界で、神殺しが生まれる事などないとされた世界で、古の盟約……《盟約の大法》が行使される時が来る事を。

 ───そして魔王殺しの偉業を為し、このヤマトタケルこそが勝鬨を上げる事を!!! 

 いつの間にか、ヤマトタケルの手には剣が収められていた。忽然と顕われた白金の刃。《盟約の大法》の発動とともに深い深い眠りに就いていた神剣が目を醒ましたのだ。

 その刃の銘を───『救世の神刀』と人は呼ぶ。

 それは異様な光景であった。尋常の神の何十倍もの神力を内包した神が、星さえ断ち切る刃を持っているのだから。《因果》と《運命》の後押しを受けた魔王殲滅の勇者。それこそが今のヤマトタケルであった。

 しかし、そんな異常事態だと言うのに祐一は足を止めることはなかった。止まることすら欠片も頭になかった。ただ只管にヤマトタケルを斃すことだけしか眼中になかったのだ。 

 そして──。

 

 

「哈ッ!」

 

 

 気合一閃。

 

 

 

 ───世界が両断した。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 一条の黄金の煌めきが世界を疾走し、蹂躙していく。数多の神々ですらこれほどの破壊は不可能とさえ思えるほどの破壊と衝撃に祐一は言葉もなく呑み込まれた。

 

 

 ──ズゥゥゥウウウンンンゥゥゥウウウウッ! 

 

 

 怨敵たる祐一を呑み込もうと、破壊は留まるところを知らない。王国が、幽世が、三千世界が鳴動している。

 幽世のいやはての地まで情け容赦なく両断されるほどの破壊が起きた。両断された断面には無明の闇が広がり、底を見通す事など不可能だ。

 それは正に神話の再現であった。

 ヤマトタケルが揮った刃は文字通り、世界を斬り裂いたのだ。

 

 たった剣の一振りで。

 

 有り得ないほどの破壊を────! 

 

「クアァーーーーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 破壊され静寂のみが支配する筈の世界で、ヤマトタケルの哄笑がどこまでも響きわたった。

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