王書   作:につけ丸

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第五章 トルコの古城
058:刀光剣影


 ──"奇跡の国"があった。

 

  まるで地上に現れた楽園。人々は口々に噂した。これは我らが神の齎した奇跡に違いない。

 とは言っても"奇跡"の国が誕生したのは最近の事、七月の()()()()を境にしてからだった。

 

 ───始まりは盲目だった少年の快復。

 天からきらめく光球が降りそそいで、少年のまぶたの上で弾けたのだ。言葉にすれば、これだけの事。

 けれど少年ジズは次の瞬間から景色も、色も、何もかもを見ることが出来るようになっていた。

 

 奇跡の波は西から東へ、北へ南へ……あらゆる場所へ広がっていった。

 そうして幾ばくかの時が流れた頃。加熱する信仰が最高潮に達し、()()()は現れた。

 

 純白のゆったりとした衣と肩から伸びる赤いマントで着飾った者。並み居る大柄な人間でさえ歯牙にかけない二メートルを超す巨躯に、寸毫のたるみさえありはしない筋骨隆々とした身体。大柄だけれど賤しさや粗野な雰囲気は微塵もなく、顔には常に安らぎを与える柔和な笑みを浮かべた男が。

 

 オールバックの淡い黄金の御髪は金糸さながらで、騎士さながらの勇壮さと清廉な神父のごとき聖性を共在させた美丈夫でもあった。

 特筆すべきはその背中から見えるもの。赫々たる太陽の輝きかと見まがうばかりの光を放つ翼を何枚も背に背負っていた。

 

 ──天使。

 

 そう謳われる存在であることをすぐに悟った。

 それだけではない。彼の背に抱く羽根の数はなんと三十六対、彼らが信仰する宗教において最高位とされる天使のさらに上を行く者であった。

 

 我々は幸いである。天なる神に従い生きてゆけば間違いはない。我々は十分に愛を受けた……ならば今度は隣人に幸福を広めよう。

 そう誰かが歌えば多くのものが頷いて善行をなし、西へ南へ北へ南へ、幸福と奇跡の波は広がり止まるところを知らない。

 

 人々は讃える。"奇跡の国"の名を。

 

 トルコ南部からアルメニアを中心として絶頂を迎える"奇跡の国"

 それはこれまで騒乱や流血とは遠い場所にあった国であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 有為転変は世の習い。

 嵐と悲劇を誘う少年の来訪は、否応なく奇跡の国に変化をもたらす事となる。

 

 

 ○◎●

 

 

 ──コツ。

 

 ──コツ。

 

 一つの足音が聞こえる。

 雑踏のガヤガヤとしたざわめきを縫って、確かな足音がひとつ。

 足音の主は、いまだ若い少年である。幽鬼のごとく面貌を翳らせ陰鬱とした表情を前髪で覆い隠すのは、木下祐一。人類に残された一握りの希望(エルピス)と目された人であった。

 

 祐一はここ数日の間、たったひとりで何処とも知れぬ場所を歩いていた。独りで、だ。他には誰もいない。……眷属たるラグナも。相棒たる叢雲も。友人たる八田寿も。そばには居なかった。

 ヤマトタケルとの凄惨な死闘から一週間以上の時が流されていた。あの死闘の消耗は激しく、神殺しの祐一といえどすぐには目覚める事はなかった。それはラグナも同じで、異界に戻って以降それから姿を見せず、右手に居るはずの叢雲もまた冷えた鉄のように黙していた。寿は──

 

 おっちゃんは今ごろ飛行機に乗っているだろうか……。寿と別れて幾日か。虚ろな思考の中で、ポツリとそんな事を思う。

 

 ヤマトタケルとの戦いのあと、数日間、どことも知れぬ森の中で倒れていた二人だったが目を覚ませば異常な回復力を持つ神殺しである祐一はもとより寿もまた不思議な事に傷は癒えていた。

 理由は分からなかったが好都合だったのは確かで、目覚めてすぐに祐一は寿へ言い募ったのだ。足手まといだから帰れ、と。何か諍いがあった訳ではない……ただもう寿とは、只人である彼とは一緒に居られない。そう思った。

 

 エイルや救えなかったものたちの意志を受け継いだ。王として立たねばならなかった。

 

 それなのに、そうあらねばならないのに。思えば思うほど、死者を生み出した『まつろわぬ神』と力のない自分に憤って前が見えなくなった。

 かつては強靭な意志と無邪気さを介在させた陽とした瞳は、どろりと澱の沈殿した水底のように濁り、自責と仇敵への憎悪で身を焦がす復讐者と化した。今にも崩れそうな累卵のような危うさを抱き、少年は歩き出した。

 戦場に残ったのは、ただ独り……一匹の羅刹だけだった。

 

 ──コツ。

 

 ──コツ。

 

 ──…………ドサッ。

 

 とある裏路地で祐一は腰を降ろした。寿と別れから一週間以上の時がすぎ、その間休むことなく歩き回っていた彼はついに立ち止まった。

 

 トルコ……トルコか……。だから、なんだよ。

 

 俯いた顔を押さえながら胸中で吐き捨てる。

 旅をはじめてからずっと行きたいと言っていた熱は消え去っていた。喜ぶべき出来事は彼の心にさざなみすら起こす事なく空虚に溶けては消えた。

 彼の心には罅が入っている。砕けた筈の破片を集めて蒐めて塗って貼り付けて、やっと治した心はやはり壊れていて大きな亀裂が走っていた。

 罅は入れども心は不感症。もう日常のなかで彼の心に変化をもたらせる物はない。

 

 あるとすれば、世界の変化……『まつろわぬ神』による災厄と悲劇が蔓延した世界の悲報だけが、ギリギリと彼の心を万力のごとく締めつけ壊れそうな心を抑えつけていた。

 

 戻ってきた世界は壊れていた。

 

 他でもない『まつろわぬ神』が本格的に動き出した事によって。アフリカ最大の火山、フォゴ山の大噴火に日照りによる黒海の渇水……目に付いたものを掬っただけだがこれらは氷山の一角にすぎなかった。

 あらゆる国家や都市で『まつろわぬ神』によるものであろう事件が頻発していた。大陸の国家もひどいが、それよりもひどいのは島嶼の国家だ。

 

 オセアニア諸国や東南アジアの国々の五分の一は海に還った。ハワイはその逆で海面が次々と上昇し、かつても数十倍の広さになっており、なおも隆起は収まっていないという。日本やニュージーランドは目立った被害はないがそれも時間の問題だった。

 

 この未曾有の非常事態に各国は必死の対策に走ったが、世界に名だたる覇権国家ですら何の対策も打てず、この三ヶ月の間に四度も首脳陣がゴッソリと入れ替わったという。

 

 

 そしてトドメ。──ヤマトタケルが放った星を砕く一撃。

 

 

 あれは人類の終焉を象徴するものだと誰もが悟った。ラグエルのラッパが鳴らされ黙示録の訪れたのだ、地獄の釜が開いたのだ、と真の意味で理解した。誰もが神に縋って許しを乞うて逃避した。……ただ一人を除いて。

 

 俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだッ! 

 

 拳を握った。歯を食いしばった。目をきつく瞑って全身の筋肉を強張らせる。昂ぶる感情が戦意を研ぎ澄ませ精錬し、臍下丹田より力が漏れ出す。

 逃げる事も、畏れる事も、縋る事も、許しを乞う事も、そのどれも祐一は選択しなかった。両耳から無造作に入り込む情報に、ただひたすら己を責立てた。

 

 俺があそこで……! エイルたちの所で遊び呆けて現世に戻ろうとしなかったから……! 

 

 居ても立っても居られなかった。何かしていなければ気が狂いそうだった。

 今、祐一を突き動かすのは焦燥感と怒りだけ。償いをしなければならないという焦燥感と、人類に害をなす者たちへの怒りだけだった。『まつろわぬ神』をこの世からすべて討滅する……それを動力源に今の今まで動いていた祐一であったが、『まつろわぬ神』に関しての情報は何も得ることができず、元々擦り減っていた精神と肉体が強い休息を求めたのだ。

 

「──誰だ……出てこい!」

 

 虚空へ叫んだ祐一が即座に立ち上がって、存在感の増したその昏い場所へ視線を向ける。声に反響したように震えた影は……人影をゆっくりと形作って、暗闇から這い出てきた。

 

 その影はまるで影法師そのものの様に捉えどころがなく虚ろで、ひどく陰気で、虚も実もない不透明で不気味な影……それは老人であった。矍鑠とした風情はない。ひたすらに陰鬱で沈んでおり生気を奪い取る雰囲気だけがあった。

 黒い貧相な服、皺だらけの顔、うち窪んだ眼窩から覗く双眸。

 

 祐一はその老人に見覚えがあった。

 

「テメェ! あの女の……ニニアンの腰巾着じゃねぇか!」

 

「布袋、という。覚えておくが、いい……」

 

 そう。いま眼前に居るのは幽世に存在する影の王国……それを統べる女王ニニアンに侍っていた老人だった。

 なぜこの老翁が現れたのか祐一にはとんと心当たりがなかった。しかしただ一点、わかる事がある。いまの影はこの老人が差し向けたもの……祐一にとっての吉兆ではない事は明らかであった。

 

「なんでテメェが此処にいる? 事と次第によっちゃあテメェの首、落ちるぜ」

 

 祐一は最大限の警戒と戦意をもって言葉を放った。前屈みとなり、犬歯を剥き出しにする姿はまさに手負いの獣。餓狼さながらであった。

 その様子を見ながらしかし、いや、やはりと言うべきか、布袋は腹を揺らすだけだった。分厚い影が一歩伸びる。人の姿を取ってはいるが、この者も人などよりはるか高みに居る。

 

「私は王国を離れた……役目が終わった、ゆえな……。ヤマト、タケル、が、現れて、より……」

 

 ヤマトタケル。その単語が耳に届いた瞬間、祐一は殺意ばかりを横溢させた。気付けば布袋の首を掴んでいた。

 

「その名前を言うんじゃねぇ……不快だ」

「そう! 不快、なの、だ! おぬしもやつがれも思う所は同じ……!」

 

 ぜい、ぜい。と首を絞められた上に語気が荒くなり始めた布袋は酷く息苦しそうに喘ぎ、外見も相まって今にも召されてしまいそうだ。実際、彼が幾年月を生き永らえているのは執念が大部分を占めるのは真実だった。

 

 そう右腕にはと禍々しく紫に色付いた腕環が嵌められていた。その腕輪は休むことなく胎動し、宿主を害しているのが初見の祐一でさえ見て取れた。おそらく病的な白さであっただろう枯木じみた腕は、まっさらな用紙に墨を叩きつけたかの如く、毒々しい紫へ変わり果ていた。

 

「これはあの者に掛けられた"鎖"よ」

 

 言葉短く言う……これはヤマトタケルの仕業なのだと。欺瞞は感じ取れない、少なくともあの腕輪とそれを嵌める彼からは。直感で判る。

 

「木下、祐一よ……神、殺しよ……恐る、べき、クロム・クルアハよ……」

 

「おぬしもあの者、を恨んで、おるの、だろう? 消し、去り、たいと。願って、おる、の、だろう。やつがれ、も、なのだ……」

 

 真偽はともかく眼の前の妖老の口から出ることは、祐一の利害を犯してはおらず、それどころか合致さえしていた。

 

「信じられると思うのか? 俺が、お前を! 王国の外道を!」

 

 殺意の濃密に入り混じった怒声を叩き付ける。

 

「そんなにも手ぇ貸したいってんなら王国へ連れて行きな! あの外道共が何を企んでいるのかも吐いていけ! それを知った上でテメェ等の目論見全部ぶっ壊してやる!」

 

 その姿、まさに悪鬼羅刹。だが布袋もさるもの、飄々とした姿勢を崩さず肯んじることもなかった。

 

「それ、は 難しい」

 

 掠れ声の言葉がせまい裏路地でいやに響く。祐一は無言で手の力を強めた。

 

「逸、るな……。だが『まつろわぬ神』、の居場所を教えよう。今のおぬし、は『まつろわぬ神』、を探して、おったで、あろう? やつがれ心当たり、が、ある」

「なんだと?」

 

 確かにそうかも知れない。冷静な部分が囁いた。数日間歩き続け、体力の消耗と比例して頭が冷えていく自覚は祐一自身にもあった。だからだろう、彼はむやみやたらに声を荒げず、舌打ちするにとどめたのは。

 

「じゃあ早く教えな。テメェが持って情報ってやつをな」

「この国の、都……・そのとある、教会に天使、が、いる、のだ」

「天使? 神じゃねぇだろ。まさか、そんな奴らもまつろわぬ神になるのか?」

「左様。そなたは、チンギス・ハーンも、殺めたで、あろう」

 

 そうかよ、と吐き捨てた。 血を吐くかのごとく。

 

「いいぜ。俺が動いてアンタの利になるってんなら勝手にしな。だけど──俺はただ『まつろわぬ神』どもを殺す! 全て! この手でな……ッ!」

 

 強烈な意志が、吹き荒れる。一面に広がっていた黒が、鮮血じみた赤へ変わったかと見紛うほどの。

 

「だが、よいのか?」

「なにがだ?」

「この神は、人々に奇跡、を齎す神。この累卵、さながらの、世界に降り立った『救世主』やも、知れぬ。それでも、行く、のか?」

「……『まつろわぬ神』は殺す」

 

 もはや嘗ての祐一ではなかった。旅立ったばかりの純粋な少年は、数多の死地を乗り越え、しかしその先で失意と憎悪に塗れてしまった。

 話は終わった、そう思った祐一は布袋の首を放り捨てて歩き出した。まだ疲労の抜け切っていない足取りは、まるで幾重にも絡まった糸を強引に引き摺るよう。

 振り向く事なく後ろにいまだ佇む布袋へ声を投げた。

 

「俺がその天使とやらを倒すのを見てればいい。……俺はお前を信用していない」

 

 不穏な言葉に憐憫と期待をかすかに滲ませ、影法師じみた布袋の姿は闇に溶けて消えた。

 祐一は最後まで振り向く事なく、最後まで耳を貸す事はなかった。無人の裏路地から人気のまばらになった街道へ躍りでる。

 

「行かなくちゃ……」

 

 そうして一歩を歩き出した瞬間だった。声を掛けられたのは。

 

「そこのお兄ちゃん大丈夫!? 酷い顔してるよ!?」

 

 祐一よりも少し幼い……十二、三歳ほどだろうか。焦げ茶色の髪を持った少年が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 平凡な少年だ。闘争だとか、運命だとか、因縁だとか、そんな言葉からは程遠い、日々を懸命に生きるただの少年にしか見えなかった。だから祐一も剣呑な態度を取ることはせず、振り払うように手を振った。

 

「邪魔すんな……」

「そう言われたって放っておけないよ……ね、これ食べなよ。お腹が膨らめば元気になるもん。お水だってあるよ」

「お、おい」

 

 生来の気性なのか初対面にも関わらず少年はにっこりと笑うとこぶし大のパンとペットボトルに入った水を差し出してきた。

 思わず面食らう。

 これまで流浪者じみた祐一におっかなびっくりに声を掛けるものはいたが、ここまで直球ではなかった。笑顔が眩しくて視線を逸してしまう。

 

「この国は神様のご加護がどこよりも厚い場所。だから飢えはないし、飢えちゃいけないんだよ。それはお兄ちゃんも例外じゃないよ」

「…………。…………、俺はこの国の人間じゃない……」

「あはは、気にしないでよ。お兄ちゃんみたいな人は沢山来るんだ。そういう人には食べ物を分けて上げてるんだ"汝、隣人を愛せよ"ってね」

 

 絶える事のない実りに湧くこの国はどうやらこう言った()()が常識となっているらしい。用意が良い、と思ったらそういう事か。この国の素晴らしさを語る少年をぼんやりと見やりながらそう思い至る。

 

「ボクはジズってんだ! お兄ちゃんは?」

「……祐一」

「へぇ! ユーイチ……って東アジアの人だよね? どこの国なの?」

「さぁな」

 

 いまだに食べ物を受け取らないぶっきらぼうな祐一に、ジズと名乗った少年は嫌な顔一つ零す事はなかった。それどころか興味津々といった体で質問を投げかけてくる。祐一はそのすべてを無視して一つの質問を返した。

 

「あ、もしかして天使様にお会いしに来たの? わぁー! やっぱりあの御方はすごい! ボクたちのような只人を救って下さっただけじゃなく、遠いアジアまでその名を轟かせているなんて!天使様のいらっしゃる教会ならバスで行けば半日も要らないよ!」

「なら……今すぐ行き方を教えろ、それで縁切りにしよう。……あんま俺に関わんな」

「何言ってるのさ! 天使様のいらっしゃる所まで道案内するに決まってるじゃないか! でも今日は遅いし明日にしようよ、ボクの家に来なよ! ちょっとオンボロだけど雨風はしのげるよ!」

「はあ? いや……」

「それに多くはないけど食べ物もまだまだあるんだ! 身体も清めよう! 飢えてみすぼらしいまま天使様に会せたら、ボクは一生天使様に顔向けできないよ!」

「気持ちはありがたいがな……だけど」

 

 と、そこでグルルルゥ……と誰かの腹の虫が盛大に鳴った。その誰かは火を見るより明らかで……思わぬ味方の裏切りに劣勢となった祐一は、結局ジズの説得に折れるしかなかった

 

 到着したジズの家は確かに本人が言うようにオンボロだった。外観はすわ台風か地震にでも遭ったのかと見紛うほど、外壁は崩れ、建物そのものが傾いていた。たしかに雨風は凌げるがそれだけといった建物だった。それに……

 

「ここ教会じゃないのか。お前、家は?」

「何言ってるのさ、ここがお家なんだ。誰も使ってないから掃除するなら使っていいって特別に許可を貰ってるんだ」

 

 祐一はすぐに己の失言を悟った。教会を見た時点で気付くべきだったのだ、彼に家族が居ない事に。

 

「気にしないでよ」

 

 ジズはにっこりと変わらぬ笑顔を浮かべた。枯れ枝を揺らすようなひどく透明な笑みだった。

 目をそらして、気のない返事をする事しかできなかった。

 中に入ると見掛けよりずっと手が行き届いているのが分かった。蜘蛛の巣なんてどこにもなく、埃やゴミもほとんどない、建物自体が酷く傷んではいるものの拙いながらも修繕の跡が散見できた。

 声に出さず驚いていたが、表情から読み取られたらしくジズは自慢気に胸を張っていた。

 その後は多くはない食べ物で腹を満たし、井戸の水で身を清めた。寝室は教会の礼拝堂にある長椅子で、そこにゴワゴワの毛布を掛けて横になった。まぁ雨風凌げるだけでも上等か、これまでの旅路を思えばそう思えた。

 

「明日、楽しみだね」

「そうか? まぁ、お前はそうかもな」

「そうだよ。天使様はね、目の見えなかったボクを癒して頂いて、とても慈悲深い方なんだよ! ……ボクだけじゃない! この国のみんながその奇跡に大小にかかわらず恩恵を受けてるんだ!」

「…………」

「慈悲深く、尊敬の尽きない、いと高き御方。だから少しでも報いなくちゃいけない! 天使様を見習ってボクも君みたいに行き倒れている人を助けてるんだ」

 

 あまり体力がないのに勢い込んで言葉を並べたジズは頬が上気させ少し肩で息をしているのが容易に想像できた。

 

「あはは、でもちょっとだけ下心もあるんだ。お兄ちゃんが天使様に会いに行くから、ボクも久しぶりに御姿を見れるかも知れない……って。ダメだよね、もっと清い心をもたなくちゃ」

 

 祐一は目を瞑って、結局返事を返す事はなかった。恩返し、それに私欲か……そうだよな。風が窓ガラスを叩いていた。砂漠に描かれた風韻は形を定める事はない。ジズの言葉に最後まで耳を貸さず、耳を塞ぐように毛布に包まった。

 

 何が幸福だ……奴らは……『まつろわぬ神』は……──災厄しか運び込まねぇ! 

 その激情を最後に死んだ様に深い眠りに就いて、翌日の朝早くに崩れそうな教会を出た。

 

 少年の先導で、石畳の敷き詰められた道を歩く。

 

 ああ……()()

 

 此処は『まつろわぬ神』……天使が坐する領域だ。神殺したる祐一は、色濃く残る不倶戴天の仇敵たる気配を確かに感じ取っていた。空は雲ひとつない晴天。

 

 騒乱の時は近い。

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