月明かりに照らされた道中、祐一は一枚の手のひらサイズの紙を掲げニマニマと満足そうに笑っていた。
「何じゃ、小僧。さっきからニヤニヤしおって。それほど、その絵が気に入ったのか?」
パルヴェーズの言う通り祐一の手に収まっている物の正体は、写真だった。……というのもあのチャイハネで食事を取った二人は、程良い満腹感に浸りながら、何とはなしに動く気もなれず紅茶を飲みつつ穏やかに雑談に耽っていたのだ。
そんな二人に、シーシャーを吸っていた青年が、声を掛けて来たのだ。
写真を撮ってみないか、と。
「まあな。だってさ、旅に出て初めて撮った写真なんだぜ? 俺さ、今まで旅して来たけど、形に残ってる物なんて、これが初めてなんだよ。ずっと船の上に居たから、お土産なんて買えなかったし、パルヴェーズみたいな友達も居なかったからなぁ。だから、すっごい嬉しいんだー!」
「なるほどのう。まあ、我もおぬし達と輪になり、証を残すと言うのも悪い気はせぬ。ふふ、これまで数多の彫刻、レリーフに象られて来たが、この様に人々と共に象られるのは初めてじゃのう」
パルヴェーズは現像してらった写真を指の間に挟めヒラヒラと弄びながら微笑む。祐一も同じ様に笑っては飽きる事を知らない様に、写真を見ていた。
写真には、店に居た住民が「俺も! 俺も!」と押し掛けてきて、写真の枠一杯に、人々がギュウギュウに詰め込まれていた。
その写真の中心には、少年二人が仲良さ気に肩を組んでいる。
少年二人は当然の如く祐一とパルヴェーズで、祐一は左腕をパルヴェーズの首に回し右の拳を突き出ては親指を上に立てて、これ以上無いほどの笑顔で笑っている。
パルヴェーズはと言うと、どうやら隣の相棒に少し呆れ気味の様で苦笑を浮かべている。だが右腕はしっかりと祐一に回されていて、そこに嫌悪の感情など無い事ははっきりと伝わった。
上機嫌笑いながら、歩いて行く二人。
二人旅を始めて、この選択は間違いじゃなかった。どちらともなく、そう思った。
叔父さんの家に着いた。
渡したブレザーはどうやら洗濯が既に終わっている様で、庭先に祐一のブレザーが干してあのが見えた。少し小走りになって、干してあるブレザーの所へ向かう。
ちょっと気になって、臭いを嗅いでみる。
「臭くない!」
叔父さん……と言うか、伯母さんだろうが、どうやったのか、あの鼻を摘みたくなる悪臭と汚れを綺麗に落としてくれたようだ。
ありがたい……。祐一は素直にそう思った。
予兆は、無かった。
「ここの人たちって、親切な人たちばっかだよなぁ。まあ、日本人じゃ考えられないくらい話しかけてくるから、ちょっと疲れたけど……」
「……おぬしも随分と楽しんでいたように見えたんじゃがのう。まあ、良いわ」
少年は頬を歪めて苦笑し、
「まあ、ここら一帯に広まる教義には、弱者救済の教えがあるからの。我らは傍から見れば、貧しい漂浪者と変わらぬ。故、思いがけないほど懇篤な心遣いをもらったのじゃろう」
「ふーん。あれ? この辺りの宗教ってイスラム教だよな。それを知ってるって事は、パルヴェーズもムスリムだったりするのか?」
「……違う。まあ、かなり広く解釈すれば、そうであるとも言えなくは無いが……。今ここにいる我は、勝利の具現者。ここに広まる教義の神とは、相容れぬ者であり、相反する存在じゃ。さらに言えば、かつてこの地にて隆盛を誇った我らを貶めたと、言っても過言ではない……、忌まわしい存在でもある。まあ、その教義があってこそ我らは夕餉にありつけたとも言えるがの」
パルヴェーズにしては珍しくちょっと不愉快そうな、あるいは不貞腐れたような表情だった。こいつにも嫌いな物があるんだな。と祐一は驚いたようにパルヴェーズを見ていた。
異界の法則に長じる魔術師や、気候学の碩学泰斗であれば、あるいは気付けたかもしれない。
「……小僧。おぬしは……」
「えっ? なに?」
いきなりだった。
何か言いかけたパルヴェーズだったがすぐにハッとした仕草を取った。彼は首を左右に振り、「いや、忘れよ」と己の言葉を取り消した。
何時もの暗い夜道ならば分からなかったが、月明かりに明るく照らされ、映し出された彼の表情は寂しげな色をしていた。
周辺の異常なほどの神力の高まりに、尋常ではない気圧の乱れに。
そうこうしている内に二人の気配に気付いた叔父さんが家から出てきた。手招きしては己の家へ招き入れてくれる。
叔父さんは、二人に別々の部屋を用意してくれたようでパルヴェーズとはそこで別れた。
「夜はわるーい悪魔の時間だから、良い子はもう早く寝なさい」と叔父さんに促され、まだ早い時間だったがどうやら今日はここまでの様だ。色々と今日も濃い一日だったな、と振り返りながらも、祐一は床に就いた。
大地に根を張る草木、空を飛翔する鳥、佇む山、澄んだ夜空。その全てが異変を感じ取り、動ける者は少しでも遠くへ逃げ、動けない者はただのひたすらに身体を震えさせていた。
……気付かなかったのは人間だけであった。
相容れぬ者、相反する存在、か……。
どうしてもその言葉が頭にこびり付いては離れない。祐一の脳内を鬱陶しいほど何度もその言葉がリフレインする。最後に見た寂しげなパルヴェーズの顔が、何故か目蓋にこびりついて離れなかった。
……だが、一人だけ気付いた人間が居た。類稀な運と鋭い洞察力を持った少年、木下祐一だった。
草木も眠る丑三つ時。
誰もが寝静まる「深夜」と言う言葉がこれ以上無いほど当て嵌まる時間に、祐一は大きな違和感と小さな物音を聴き、ふと目が醒めた。
パルヴェーズ……か?
物音はパルヴェーズのいる隣室からだった。
耳を澄ませば聞き逃しそうなほど微かに、コツ、コツ、と言う足音が聞こえる。
パルヴェーズほどでは無いが祐一もまた耳が良い。その彼が聞き逃しそうなほど小さな足音。
トイレかな?
じゃあ……いっか。そう思い、寝直そうとした祐一だったがパタリ……。とドアが閉まる音が聞こえた。それから土を踏む音が聞こえてくる。
……どうやらパルヴェーズは誰にも内緒で外出したようだ。
──違和感が、膨らむ……
居ても立っても居られずはね起きる。
サッとブレザーを羽織って部屋を出る。
ドアを閉めた時バタンッ! と、思いの外大きな音出てしまった。思わず肩をすくめビクリッと過剰に反応してしまう。
バレた、かな……? だが幸い、誰も起きた気配は無かった。
コツコツ。
パルヴェーズを追って祐一も静かに、しかし足早に外へ向かう。窓にはカーテンが掛けられてあり、外の様子は窺えない。でも分厚いカーテンでさえ遮れない月光が、祐一の歩く道を照らしてくれた。
慎重に音を立てないようして家の出口を、静かに開けた。
「……雨?」
外は、雨が降っていた。風も無く、ただ、水滴が止めどなく落ちて来る。
町に建ち並ぶ家々に激しく打ち掛かり、「豪雨」と言ってもいいほどだ。しかし、祐一は、雨が降っていることに全く気付けなかった。
当然だ。
──雨音が、無いのだから。
祐一は瞠目して、辺りを見渡す。
雨水が、地面に打ちかかり、四散する。
──地面は濡れてはいなかった。
満月が輝く夜空から、涙のような雫が滴り落ちてははじけ飛ぶ。
──雲は何処にも無かった
頭上に幾条もの雷光が生まれ、空を駆けた。
──雷鳴は聞こえなかった。
…………なんだ、これ。
背に、いや全身に怖気が走った。明らかな異常事態。何が起きているのか理解出来ない。祐一の楽観的な心が『夢だ』と喚いて認めようとしない。
そんな、訳が無かった。
祐一は一度、似たような異常現象に遭遇している。それもごくごく最近の事。
───あれは二日前。アラビア海洋上での出来事。
戦慄。そしてそう思い至った瞬間、息を呑み周囲を刮目する。ああ……人が、誰も、居ない。
そうだ。この明らかな異常事態の中……例え誰もが寝静まる深夜であっても……誰も目を醒まさない筈が無かった。
そもそも、生き物の気配がなかった。
夜の街を闊歩する猫。月に向けて鳴く虫。羽を休める小鳥。そんな……いつもなら、何処にでも感じられる気配が一切ない。
ただ静寂だけが流れる町。
立ち並ぶ家々を見やる。雨水打ち付ける窓には、明かりがあるものは、一つもなかった。
叔父さん達の家。……あれは、本当は起きた気配がしなかったんじゃなく、本当は……「居なかった」からでは……?
───バタンッ。
突然の突風で、ついさっき出てきた扉が閉まる。
すぐさま駆け寄りドアを引く。ガチャガチャと動かしても扉は、まるで開くと言う事を知らないように微動だにしなかった。
「……なんだよこれ!」
降り注ぐ雨の中、薄暗い夜空に輝く星々がどこか不気味だった。アイボリーカラーの雑多な町が、色素の抜けた灰色の、無機質な町にしか見えなかった。
恐怖、不安、戸惑い、諦め、嫌悪、悲しみ……あらゆる負の感情が祐一を苛む。
ただ、ただ怖かった。
───だからこそ、祐一は走った。
恐怖で脚が震えて覚束ない。いつ失禁しても、不思議じゃないくらいだ。
いつもの意志の強そうな眼は無く、忙しなくキョロキョロと動いていてひどく頼り無さ気で。心が萎んだ風船みたいに、萎えているのが分かる。
今すぐ、逃げ出したかった。
だがそれでも祐一は逃げる訳にはいかなかった。そう、彼は逃げるために駆け出したわけでは無かった。
(───こんな時に、あいつは一人で居るんだぞ!)
異境の地で出会った、ちょっと変わった友人。
いつも偉そうでどこで習ったのか使っている日本語もおかしい少年。───あの少年がこの町のどこかに居る筈なのだ。
ほっとける訳がなかった。
返し切れないほどの恩を、受けた。そして、まだほんの少しも、返せていない。
(早いとこ見つけて、腕引っ掴んで、一緒に逃げる!)
叔父さんの家には戻れない。それでも、俺達は元から、根無し草のさすらい人。何処にでも行けるはずだった。
パルヴェーズを探す為、祐一は無人の町を走り続けた。
走って、走って、探して、探して。
それでも一向にパルヴェーズの姿は、見つから無い。
土砂降りの雨が止まない。だが、静寂が流れる町を、ひたすらに走り回る。
町のそこかしこにある窓や扉は、どこも締め切られていて、開きそうになかった。
ただ暗い影から、何かが、こちらを覗いている様な、視線を感じて仕方が無い。
立ち止まる。
ふと、気配を感じて振り向く。……何も居ない。
少しの安堵と共に、前を向こうとする。
だが、前を向けば今度こそ何か居るんじゃないか……。そんな薄ら寒さが、背筋を通り過ぎ去っていく。
何かが、居るかも知れない……。そんな恐怖に、俯きそうになる。
大丈夫、大丈夫! 何も居ない! 心を叱咤して、顔を上げ様とする。
パルヴェーズ……! 震えて折れそうな心に友の顔を思い描く。グッと、胸のあたりで拳を握る。胸ポケットにある友と撮った写真に勇気を貰う。
───いくぞ。
顔を上げ祐一は、また走り出した。
──タッタッタッ!
パルヴェーズは見つからない。
もう随分と走り続けている気がする。
はぁっ……! はぁっ……! 体力自慢の祐一でも、流石に数時間も走り続けるのは、息が切れた。
何の手掛かりも無く、同じ様な場所をグルグル周っている。そんな袋小路に居る様な感覚に、心がどんどん冷えていく。
胸に手をあて握り締める。綺麗になったブレザーにくしゃりと皺が寄る。胸ポケットにある、写真の存在を強く意識した。祐一はもうこの写真が無いと走れそうになかった。
走る。走る。
走り回っても走り回っても、それでも町に人っ子一人居ない。それどころか生き物の気配すら感じなかった灰色の町並みは、酷く陰気で、不気味だ。どこを走っても、どこを見ても景色は、全てが同じに見える。
ただ、中央に佇む礼拝堂だけが、唯一の目印だった。
どれくらい走っただろうか?
走り回っていた祐一は、やがて町を抜けた。パルヴェーズは、町に居ない。そう決め付け、祐一は町を出た。
ただ怖かったのだ。あの町が。
何か居るのではないか? 誰も居ないのか? パルヴェーズはどこ? 俺は何処を走っているんだ?
そんな問いが不安を掻き立て、恐怖を呼び込んで行く。心が震え摩耗していく。
───もう此処に、居たくなかった。
背を向けている町は星明かりに照らされて居ると言うのにおどろおどろしい。
何か恐ろしい魔物が矮小な己を覗き込んでいる気がしてならない。今にも無数の手が伸びていて、己を絡め取り引きずり込まんとしているかの様だ。
町の外に出ても、変わらず雨は降り続けていた。
───ざぁ。ざぁ。そんな音が聞こえてきそうな程の豪雨。いや聞こえてこなければおかしいのだ
絶え間なく不気味な雨が、地面を打ち付けて行く。降りしきる雨が、祐一の頬を打つ。
なんて不気味さだ。祐一は思った。雨に打たれた場所は確かに祐一の肌に触れたと言うのに、四散し直ぐに露と消える。何の足跡も残さず、それこそ亡霊の如く。
降り掛かる雨を、打ち払うように首を振る。
祐一は空を見上げた。降り注ぐ雨を睨むように。
怖くなんて、無い……! そう自分に、言い聞かせる様に。
見上げる空は、依然として澄んでいた。
それに空を見て、思い出した事がある。
どうやら今日は満月だったな。ふと、そんな事を思い出す。
夜空は月の独壇場だった。大地には船に乗ったあの港町の様な月明かりを掻き消す光源は無い。雲だって一つもない。
月明かりを遮る物は何も無かった。そんな、常あれば美しいと思える光景。
この不気味な雨が降っていなければ……。祐一は、そう思わざるを得なかった。
「え?」──瞠目する。
ただ、一つ。町の中からは見えなかったものが、はっきりと視えた。
───黒雲だ。
暴風と豪雨に包まれ、止めどなく雷光が胎動する雲。球体の形をした……不気味な黒い雲が見えた。
雲一つない夜空で、まるで周囲を闇で染め上げて行くかのような黒雲は……祐一にはよく見えた。
ぶるり、と全身が震える。身体の穴と言う穴に槍を突き入れられる感覚。
祐一はこの感覚に覚えがあった。これは───アラビア海洋上で突風に襲われた時と同じもの!
───ゾクリッ!
気付いた瞬間だった。何かに見られているような感覚が襲いかかったのは!
本能的に、向けられた視線を辿る。
ああ。よせばいいのに……。
彼は、辿ってしまったのだ。
彼は、覗いてしまったのだ。
彼は、知ってしまったのだ。
───深淵を。
その視線は空からだ。
そう。町からは見えなかったあの「黒雲」からだった……。
黒雲を視る。黒雲は依然として荒れ狂っていた。
カッ……カッ……。
地面から見上げていても黒雲の中で絶え間無く、雷光が弾けている光景はよく見えた。
そして稲光りに照らされ、映し出されたモノを……祐一は視た。
───『目』だ。
賢しげな目。人間の目ではあり得ない平べったい瞳孔。そして金色の虹彩。
それを祐一は見た事があった。あれは動物園での事。まだ幼い頃親に連れられて来た動物園に居た動物の目。
祐一の子供心に、珍しさと恐怖を混ぜ合わせた記憶を植え付けた動物。
───「山羊」だ。祐一を見下す目は、「山羊」の目だった。
西洋では悪魔の眼にも例えられる『山羊』の目が、遥か高みから矮小な人間を見下ろしている。
地べたから見上げる、人間を嘲笑っている。
なんなんだよ、これ!? 脚が竦んだ。理解が出来なかった。
───突然の出来事だった。
ぞわり……と黒雲が蠢く。その悍ましい動きは、祐一には『山羊』が身体をこちらへ向けた様にも見えた。
煌ッ!!! 刹那、黒雲から雷光が弾けた。
紫電を煌めかせた稲妻が一直線に迫る。
その軌道はテレビや画像で見たようなジグザクではなかった。祐一に向かって矢の如く一直線に向かって突き進む。
祐一には稲妻の軌道が、ひどく、とてもひどく、ゆっくりに見えた。稲妻以外の全ての物が消えさり、視界には稲妻しか映っていなかった。音速すら抜き去るほど速い稲妻が、コマ送りのようにカク、カク、と見えたのだ。
絶体絶命の危機に瀕した祐一はここに至って、今朝やってのけた武術の奥義「心眼」発動させてのけたのだ。 祐一の潜在能力と生存本能の強さが、窮地に陥り一気に開花した結果だった。
避けろ! 今なら間に合う! 動け動け動け!!! 身体になりふり構わまわない全力の指令を叩き込む。
───それでも、脚は動いてはくれなかった。
大気を裂き、祐一に迫る必殺の雷槌。 あんな物を受けてしまえば死は避けられない。如何に身体能力に優れた祐一であろうと、その結果は常人と変わらない。
避けなければ───死ぬ。
そんなことは判っていた。判っているはずなのに……! ───それでも、身体は動いてはくれなかった。
ただ猛り狂う理不尽の猛威に、身を縮め震えるしか出来なかった。
もうダメだ。身体が……動かない。心が萎えていく。あの突風と、同じ気配のする存在に、彼の足は竦み、全身は震え上がった。
知らず流していた涙と鼻水で、彼の顔は醜悪そのものだ。ただ震えて死を待つ哀れな仔羊。今の祐一の姿は、そんな言葉がスッと当て嵌まった。
走馬灯が射影機のフィルムを回すように移り変わっては駆け巡る。故郷の幼馴染とバカをやって親にしこたま怒られて、そんな今まで歩んできた半生の記憶が蘇る。家出してパルヴェーズと出会って、それで───。
そうして胸に去来した思いは一つだった。
───まだ、生きたい……!
そう思った瞬間だった。堰を切ったように感情が烈火のごとく噴き出した。
まだだ。まだだ。 まだ満足していない。まだ何も成していない。
まだ、故郷のみんなに謝れていない。まだ、みんなにありがとうを言ってない。
まだ、恩を返せていない。まだ、あいつと旅をしたい。
また、みんなに会いたい! また、あいつと笑い合いたい!
感情が火山のごとく爆発する。自分の胸の内から驚くほど巨大な感情の波が溢れ、その奔流に拐われそうになる。だが祐一はその奔流に負けず、心を強く持った。
それでも、鉄槌の如き雷撃は止まらない。祐一は、しっかと涙に濡れた目を見開き、刮目する。
いつの間にか涙と震えは止まっていた。心で世界に向けて咆哮する。
俺は! まだ生きたい!
だから絶対に───諦めたくない!
────劫ッ!!!!!
静寂を引き裂き、轟音が世界を鳴動させる。今までの静寂が嘘のような轟音に瞠目してしまう。
轟音の発生源は、祐一へ放たれた雷撃と何処からか放たれた鎌鼬だった。彼を死に至らしめる筈の稲妻は、横殴りの鎌鼬によって相殺されたのだ!
「うっわぁぁあああっ!!?」
相殺の余波で祐一は為すすべもなく、吹き呼ばされた。何十メートルもクルクルと独楽になったように廻る。
砂塵が舞う。視界が狂う。死にたく無い。
舞い上がった土砂を縫うように、風のような存在が疾走する。
見覚えのある、薄茶色の外套が視界を掠めた。……手を、伸ばす。
「──
そこで意識は暗転した。