王書   作:につけ丸

61 / 92
鬼哭啾々

 一瞬だった。天使は割り込んできたジズを風圧で吹き飛ばすと一気に距離を詰め、祐一の四肢に秒間およそ六万五千五百三十六発の拳撃叩き込んだ。

 ……祐一はそれを余すことなくその身で受ける事となった。

 

「けはっ……」

 

 掘削機がコンクリートを割るような甲高い音が止んだあとには、抜け殻のようにグッタリと襤褸雑巾となった祐一が出来上がった。力を失った祐一をゴミでも捨てるように投げ、そのまま踏みつける天使。

 

「過程は気に食わないが、まあいい……。さあ仕上げだ」

 

 言葉が聞こえた瞬間、頭を掴まれた。

 

「ぐぁがっ、ガガガ!?」

 

 その瞬間、まるで幽世で無理やり霊視を行ったような、途方もない頭痛に呻吟をあげた。

 嗚咽によって血とともに歯がいくつか地面に転がった。

 どうやら頭へ直接、映像を流し込まれたらしい。……だが、おかしい。まぶたの裏に映し出されたものは全て既知のものであったのだから。

 その映像を視たのは祐一が"神殺し"となる前のこと……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と酷似したものだった。

 なぜ、これが……? 抵抗する力を奪われどうしようもなくなった祐一は、そんな疑問を浮かべるしかできなかった。

 

「それは幽世にたゆたう過去、現在、未来、あらゆる記録のうちでも"未来"の出来事。そして幽世に漂う未来の中でも、"最も確度の高い未来"のものだ。……そう、いま私が見せた記録は間違いなく起こりうる未来なのだ」

 

 否定の言葉を返すには、これまでの風聞が重石のように蓋をして口を動かす事ができなかった。

 苦悶の声を漏らしているのは祐一だけではなかった。その映像を……いや、"霊視"を見せられたのは祐一だけではなかったのだ。

 そこかしこに居た只人もまた、無理やり霊視を与えられのたうち回っていた。……敬虔な信徒であるジズでさえ。

 

「あ、うぁ……痛い痛い……。お、お助けください……天使様……」

 

 どろりと穴という穴から血を流し、足元で懇願するジズ。今気づいたと言わんばかりに視線を落とした天使。その視線は鬱陶しい小蝿でも見るかのようにひどく冷たい。

 これまで浮かべていた人々に安らぎを齎す笑みは、未開の地に教えを広めにきた宣教師さながらの笑みは、どこかへ消えていた。

 

「お前は本当に鬱陶しい奴だったよ。ただの()だと言うのに私の周りをうろちょろと……この聖戦にさえ首を突っ込んでくるのだから呆れる。まあそれはお前たち人間どもすべてに言えることだがな」

 

 呻吟ばかりがあたりを覆うこの場所で、通りの良い彼の声は誰の耳にも届いた。いっそ清々しいほどに。呻吟や苦悶に、悲痛な嘆きが加わったように思えた。

 

「お前たちに奇跡を与えたのは成り行きだ。招聘の儀の為には生け贄が必要だったが、贄に相応しい地母の裔たる乙女などこれまで『神に連なる者』には閉ざされていたこの世界では望むべくもなかったからな。仕方なく与えていたにすぎない」

「成り行き……贄……そんな……」

「"質"が駄目なら"数"で補うしかない。お前たちはその為に集められただけの存在だ。奇跡はそれを呼ぶ為の誘蛾灯に過ぎん」

「う、嘘でづ……!」

「嘘なものか、こうして百万を超えるほどお前たちは群がって来ただろう。……まったく鬱陶しい。お前たちに纏わり付かれ何度叩き潰そうとしたか分からない……だがそれも終わりだ……」

 

 紡ぐ言葉のひとことが重くのしかかる……。今までの能面がまったくの嘘であったかのように歯列をギラリと剥き出しにし、澄んだ湖面さながらであった気配も荒ぶる雷雲の如く。悪魔、と呼んでも違和感がないほどの凶相がそこには浮かんでいた。

 紅い二つの眼光が祐一を射抜く。祐一の烈火の眼差しとは似て非なる双眸。……そこで初めてコイツが己を見たのだと気付いた。今までの視線は、自分を見ているようで見ていない、祐一の大嫌いな目だったのだ。

 

「私の持つ『剣』と君の持つ『松明』があれば、全知全能たる"かの御方"を招聘出来る! 招聘を願う『私』と『人柱』、『剣と松明』があれば、後は全能たる御方が自ら、お出向きになられるだろう!」

「や、やめろ……──やめろぉ!!!」 

「───ありがとぉぉうッ! 君がおかげですべての鍵が揃った!!! 礼を言わないといけないなァ"神殺し"ィ!」

「お前はッ悪魔だッ!」

 

 血を吐きながら言葉をぶつける。ボロボロの身体に鞭打ってがむしゃらに暴れ、天使の拘束から逃れようとする。

 

「違うなァ!」

 

 だが暴れる祐一に一切構うことなく天使は彼の顔面を強かに殴り飛ばした。

 もはや人類側にとって状況は絶望を越え、暗澹という惨状だった。豹変した清廉な天使は哄笑を上げ、地面を這っていたジズを掴んでは空に放り投げた……天まで届けと。

 

「『救世主』だよ……───人類のォォォッ!!!!!」

 

 ───同時、人間はすべて赤い花となった。

 同時に、渦中である祐一たちを中心に莫大な呪力の爆発。変化は顕著だった。発生したエネルギーは寄り集まって卵と同化するとと大きく胎動し、たたずむ卵は揺らいで「蒼」から中天に輝く太陽さながらの「白」へと変遷する。

 

「ぐ、……ぐっぐぁ……ぐぅうう、ぉぉおおおおおおおおおお───!!」

 

 その惨劇を見ながら、ただただ無念の声を上げるしかなかった。

 また! また! 悲劇を止められなかった祐一は自意識が揺らぐほどの無力感に苛まれた。

 まるで刻む時が永遠になったかに思えるほどゆっくりした時間。走馬燈を見ている時だって、もっと時の流れは早かった……そう思えるほど拷問じみた時間。 

 

 声が聞こえたのは、そんな時だった。

 

 ──力を貸そう木下祐一──

 

「その声は……カズハズ……!? なんでお前が……」

 

 朦朧とした意識の中で、既知の声を聞いた。カズハズの真意が分からない祐一は覇気のない口調で問い返した。

 

 ──今こそ先日の約束を果たそうと言うのだ。やつがれもあの者による『救世』は本意ではないゆえ……──

 

「……! まさかあいつを倒してみんなを救う方法があるのか!?」

 

 ──それは叶わぬ。それが出来るのは全能の神のみ。やつがれはただこの招聘の儀を搔き乱す事のみ──

 

「クソっ! だったら、なあ、この招聘の儀って何なんだよッ!」

 

 ──招聘の儀は『まつろわぬ神』を地上へ降ろす秘儀にして、およそ三つのものからなる儀式……狂信的に『まつろわぬ神』の招来を請う"司祭"と、神に"所縁のあるもの"、そして才能のある"巫覡"……これらを揃える事でこの儀式は成る──

 

 ──司祭は当然、あの最も神に近しい黄金の天使。そして最も近しい天使であるが故に、所縁のあるものもまた天使なのだ。

 最も神に近しいがゆえに、原初の彼奴が生誕した逸話でもあるあの(岩石)からでも彼の神は孵える事が出来る──

 

 ややこしいがつまり、まつろわぬ『天使』も招聘する『神』も、ひどく近しい存在なのだという。あの天使が生誕した逸話……それをなぞれば招聘が可能なほどに。そして。

 

「最後の巫女、ってのは……まさか……」

 

 ──そう、この都市に住む人間全てだ。彼奴はこの一帯の人間全てに啓示を行き渡らせ観せる事で一時的に巫覡としての位階を引き上げたのだ──

 

「ふざけんな……。そんな無茶苦茶な事、なんでできる……」

 

 ──無茶苦茶、そう、この無茶苦茶で穴だらけの儀式だからこそ介入の余地がある──

 

「介入……?」

 

 ──この儀式の要は狂気的に願うあの天使。ゆえにそこを突けば、砂上の楼閣のごとくに儀式はまたたく間に瓦解する。

『ミスラの松明』はあの天使が原初の光に立ち返るための道標……そして『ミスラの松明』を内包する者として組み込まれたおぬしは搔き乱す事のできる唯一の存在──

 

「ッやれるんだな! 俺が! あのクソ野郎の目的をぶっ壊せるんだな! 教えてくれカズハズその方法をッ!」

 

 ──猛れ。祈れ。激情のままに。それだけでいい……己しか見ていない神に()()を届かせるのだ──

 

 そこでカズハズの声は終わった。

 

 残ったのは俯き、黙して瞑目する祐一だけだった。小さく、小さく震えていた。つまりこれは凪、嵐を起こすための。津波を起こすための、引きの波。

 

「もうこれ以上…………」

 

 フツフツと、胸中にわだかまる灼熱のマグマがとぐろを巻いていくのが分かる。

 自身の中にある固い殻を食い破って粉々にして掻っ攫うように。己を繋ぎ合わせる大事なくびきを蹴飛ばすように。

 ──祐一は後先も考えず、盛大にブチ切れた。

 

「俺とパルウェーズが守りたかった物を、奪ってんじゃねぇぇええええええええ!!!!!」

 

 まるで火山の大噴火。咆哮とともに鋭く巨大な意志が渦巻き、瞬間、自我すら押し流しかねない感情の昂ぶりが司祭たる天使の狂気的な祈りに影響を及ぼす。

 その奔流を受け、卵が大きく胎動する。中天に輝く太陽さながらの「白」から、アネモネが花開いたようなへ「緋色」へ変遷していく。

 

「な、なんだこれは!? ……貴様の仕業か神殺し! 一体なにをしたァ!」

 

 異変にやっと気付いた天使が言葉を投げかけて来るが時はすでに遅く、盆から溢れた水のようにを一度起きたものは覆らない。……その変化は卵の頂点から瞬く間に広がっていき。

 

「よせ! やめろォ! ──それに触るんじゃなぁい!!!」

 

 あの天使が狼狽え、色を失って飛んでいく。変化の源は祐一自身なのだ、彼を止めればいい……それなのに平常心を失った天使は翼を広げて、卵の方へ直進する。

 滑稽だった。傍から見ていた祐一が憐憫の情さえ覚えるほどには。

 地面に打ち付けられながらも、呆然と祐一は呟いた。

 

「や、やった……のか……?」

「──ああ、()()()()()

「え?」

 

 現れたのは、カズハズだった。……だが祐一はすぐに分からなくなった。なぜならその身に纏う雰囲気はまったく別のものだったから。

 ……瞳に迸る強烈な意志はまるで、祐一を上回るかと見紛うほどで。以前の草枯た雰囲気はかけらもなく、己の決めた道をどこまでも突き進む「求道者」さながらであった。

 そう、外観は枯木じみた老人だというのに、()()()()()()()()ように強烈な意志を横溢させている……それこそ『まつろわぬ神』にも匹敵しうるほどに。

 ゆえに祐一は真っ先にこれはカズハズではないと確信を抱いた。

 

「お前、誰だ……?」

 

 カズハズの姿をした何者かは、その問いに答える事はなかった。

 

 カズハズの異様な雰囲気に圧倒され気付かなかったが、彼は一人の見た事もない『まつろわぬ神』を伴っていた。

 その神もまた傑出していた。

 一目で判る、コイツは『鋼』だ……それもとびっきりの『最源流』。

『まつろわぬ神』は見事な白髪を結わえて簡素な鎧を身に纏う、これまた齢を重ねた老人であった。カズハズとは違って武人のようで、しかし、その身はどうしようもなく憔悴に塗れていた。

 いの一番に目に付くのは巨大すぎて余りある片手に握った大剣だろう。大剣の刀身は目算ではあるが祐一より背があった。長く、太く、鋭く、一刀のもとに大海ですら縦に割って斬れそうな大剣。

 彼の体軀は大きい、だが衰えている。かつては容貌魁偉、巨象のような体格にして獅子さながらの雄々しさを兼ね備えた、世に二つとなき肉体であったであろう名残を残すのみだ。

 彼もまたカズハズと同じく疲労しきった肉体を、類稀な意志で支えていた。表情には拭いようのない憔悴の跡、だがそんなもの歯牙にもかけぬ強烈な自我。

 彼は間違いなく『鋼』である……だが錆び切っている。それが祐一の第一印象で、目だけは、その眼光だけは、こちらを呑み込まんばかりに爛々と輝いていた。

 例えるなら、自我の怪物。それが二柱も現れたのだ。

 年経た老英雄神が件の「卵」を見やりながら口を開く。

 

「善哉、善哉、いい塩梅じゃ。──うんじゃ、始めるかのう」

 

 言い終わるが先か、老神を中心にして神力と闘気が爆発した。同時に、老神は剣を振り上げて名乗りを上げた。

 

「呵呵ッ! いざ参る、我が名はロスタム! 白髪のザールの息子にして蛇王ザッハークの玄孫なり! ゆえあって……一太刀馳走仕る──!!! 

 

 横一文字の一閃。

 素晴らしい剣筋であった。多少剣に通じる祐一が状況を忘れて見惚れてしまうほどには。今まで斬り結んできたエイルやチンギス・ハーンにヤマトタケルでさえも未だ辿り着けていない剣の極地がそこにはあった。

 祐一の激情剣など子どものチャンバラにしか思えなくなるほど極まった剣の冴えに怖気が走る。それをあの老神はドアノブをひねって開けたかのように難なく繰り出していた。剣の一撃は、刀身がとどく範囲を当然のように超えて眼前に鎮座していた卵へ直撃──煌めく白刃によって横一文字にきれいに両断されてしまった。

 太陽エネルギーと大量の人間を贄として形作られていた卵は力の塊だ。些細な外因でも弾け飛ぶのは危うさを秘めていた。

 その上、老神の斬ったものは目に見える物体だけではなく天使と卵の繋がりさえも綺麗サッパリ両断してしまっていた。制御できるものは誰もいない。

 一瞬の静寂を挟んで起きたのは、人類史でも類を見ないような強烈な爆発。ゆえに……

 

 その日──「奇跡の国」は滅亡した。

 

 

「……ああ、また俺は………………」

 

 白痴が根差した無音の世界がどこまでも横たわっていた。

 祐一はそれをどこか遠くの出来事のように認識しながら、自分がまだ生きていて、さっき起こった出来事にさめざめと悲しんでいる自分がいることに気付いた。

 悲しみの源泉は、いまは起きた惨劇にではなく。止められなかった悲劇に、手から滑り落ちていくものに……まったくココロ動かされない自分に、悲しんでいたのだ。

 まるで自分が冷めた鉄のように温度の無い人間になったようで、それが酷くかなしい。

 己が生き延びた理由はすぐに判った。ラグナが封じられていた権能を無理やり動かして異界から出現し、祐一を守ってくれたのだ。身体の半分が損壊した黒い獣皮は見覚えがあってすぐに悟った。

 後ろを振り返れば緋色に染まった瓦礫の都。

 前を向けば大きく体積を減じた卵と、自失した天使が倒れていた。

 そして……ロスタムと名乗った剣の老神と、カズハズだけが何も変わらず立っていた。

 あまりの惨状に祐一は何度も地面を殴打した。

 

「何なんだよこれ……! 神様ってのは何なんだよ……! 人間を殺してそれで満足なのかよ! 神様ってのは人の願いを叶えてくれるんじゃないのかよっ!」

「お前が言ったんだろう。()()()()()()()()()()

 

 答えたのはカズハズの姿をした何者か。一国を滅びへ導いた者であった。犬歯を剥き出しにして堪らず祐一は詰問した。

 

「お前だなッ! お前がこんな事になった原因なんだなッ!? 人間を、俺たちを、そんなに滅ぼしたいのかよ! お前はなんなんだ……なにが目的なんだよ! 何者なんだよッ!」

「──救世主

 

 は、と声が漏れてしまった。あまりにも埒外な言葉に巡っていた思考が事故を起こしたらしい。二の句が継げず、冷厳な眼差しを向けてくるものへ視線を返す事しかできなかった。

 

「信じられんようじゃが真の事ぞ、"神殺し"。まあー、儂はこやつほど真面目ではないゆえ、勝手気ままに物見遊山で来ただけよ。"ロスタム"と波斯の地で称えられた戦士がいると聞き及んで一目見ておきたかったのもあるがの」

「ロスタム……?」

「応、自身の名で称えられた戦士がいると聞けば興味が湧くのは尤もなことじゃろう?」

 

 陽気な雰囲気から一転し、ロスタムと名乗った老神に酷薄に笑った。虎が牙を剥き出しにしたような。

 

「しっかし情けないのう……そぉーら、気張れよ若造ぉ? "ロスタム"という《廻る天輪》に操られた戦士の名を冠したのじゃ。おぬしに降りかかる苦難はまだまだ始まったばかりぞ? それ、景気付けにもういっちょ足してやろう」

 

 言い切るが早いか、ロスタムはいつの間にか目の前に立っていた。いつ足を動かしたのかも、どう動いたのかも、全く見えやしなかった。

 ロスタムは満身創痍で動けない祐一の懐に手を突っ込むと、ある物を取り出した。

 それは、一枚の羽根。とある軍神が少年のために遺した二つとなき(よすが)であった。

 

「お、おい……なに、を……」

「呵呵」

 

 ロスタムは軽く笑うと、巨大な剣を軽快な動作で振って羽根を真っ二つに切り落とした。ゆらり、と。半分になった友の遺品が落ちて来た。

 

「あ?」

 

 茫然自失とはこの事だった。あまりにも唐突で起きた出来事をうまく理解できない。

 忘我する祐一の事などすぐに興味を無くしたらしいロスタムは羽根を掲げて、灰へと変えた。それは狼煙、玄妙なる霊鳥を呼び出す天に届く狼煙。

 

「さぁってと。あれ()を運ばねばならぬでな、この羽根貰い受けるぞ。ま、真の羽根ではないゆえ完全にとは行かんじゃろうが……──そうれ、来ませいシィムルグよ!!!」

 

 ロスタムの呼び声に応えたのは一羽の巨鳥。イランで語られる心に平成をもたらす美しさをもった堂々たる霊鳥が天空の何処かより現れ出でた。

 

「我が願いを聞きとどけ給えスィームルグよ! 勇ましき鉤爪をもって全能者にしてあらゆる崇高の上に在す者を疾く運ぶのだ!」

 

 ロスタムに請われた霊鳥がけたたましくも美しい鳴き声を上げ、あの灼熱の球体を掴むとそのたくましい両翼にて持ち上げた。

 残骸といえどもとは鋼で巨大なだったのだ。それを重さを感じさせず持ち上げたスィームルグと呼ばれた神獣。さらに象の体軀をもったロスタムと枯木じみたカズハズも、悠然とした動作でスィームルグの背に乗ると霊鳥はなめらかな挙動で飛び上がった。

 その間、祐一はその背を見詰める事すらせず、ただただ、目の前に落ちて来た羽根を穴が空くほど見詰めているだけだった。

 爆発が直撃し、いまの今まで気絶していた天使が目を覚ましたはそんな時。

 ……目が醒めた彼は驚愕するより他になかった。自分が手塩にかけて創り出した卵を何者かが攫っているのだから。

 

「貴様ら! なにを!」

「呵呵、決まっとろうが。おぬしと同じ、この先に続く『救世』じゃよ」

「待てっ!」

 

 天使の言葉を一顧だにする事なく『まつろわぬ神』を乗せた霊鳥は凄まじい速さで飛び去った。速い。神速には届かずとも音速は軽く超えている。

 

「くっ、このままでは我が大願成就を為すことができん! そんな結末認めるものか!」

 

 それを良しとするはずもない。天使もまた両翼を広げ、空に飛翔し──

 

「どこへ、行く気だァ……ッ!」

 

 悪鬼が、覚醒した。

 いまだ祐一は傷付きうごけない。大地に四肢を投げ出したまま、しかし、その眼光は餓狼さながらに爛々と仇敵を睨み据えていた。必ず殺す。怨敵滅殺の激情を湛えて。

 

「カズハズもロスタムって奴も絶対に殺す……『まつろわぬ神』はみんな殺す……でも今は、今この時は……──テメェを真っ先にブッ殺してやるッ!!!」

 

 叢雲を握りしめて踏ん張り、杖にして立ち上がる。心は焔となって激していた。

 例え傷付いて膝を付こうと、心擦り切れ滅びに近づこうと、そして《廻る天輪》に奈落の淵へ落とされようとも、挫ける事のない黒曜の刃がそこには在った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。