王書   作:につけ丸

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今作で初めてカンピオーネという単語を使った瞬間である───(ここまで50万字超)


064:草薙護堂という先達

「俺がカンピオーネ……ですか?」

 

 サトゥルヌス急襲を経た祐一と草薙護堂と名乗った青年は、二人で乗るのが精一杯な小早舟で大海原に出ていた。

 波音と櫂がきしむ音ばかりが響く洋上に、小首をかしげながら祐一の不思議そうな声が重なる。

 

 あのあと祐一は、サトゥルヌスのせいであちらこちらに飛び散った権能を追うという護堂に連れられ、自己紹介や説明もそこそこに島を出た。

 世話をしてくれた老人には礼と言葉を残し、出て行く祐一にあの老人は何も言わず、護堂が兄弟ではないと見抜いている風だったが、やはり頷くだけだった。

 

 手漕ぎの小早舟でこの島まで来たらしい護堂は、祐一と一緒に舟へ乗り込み、海に出るとやっと詳しい説明を始めた。

 

 ──この世界には世に禍を齎す『まつろわぬ神』と言う存在がいて、海岸に現れたあのミイラ男も『まつろわぬ神』だと言う事。

 ただ、祐一の力を奪う前は『まつろわぬ神』未満の存在だったらしい。

 

 ──そして『まつろわぬ神』のライバル関係にある神を殺した人間……誕生の経緯によって必然的に神々と因縁を持つ『カンピオーネ』が居て、護堂も、そして祐一自身もまたカンピオーネである事。

 

 ──極め付けに祐一の持っていた"権能"と呼ばれる神々から簒奪した力が、灰色のミイラ男……サトゥルヌスの奸計によりこの世界の方々に飛び散ってしまった事を。

 

 正直、到底信じられる事ではなかったが、先刻の出来事や己の肉体の変調などを鑑みれば信じない訳にも行かなかった。

 俺がカンピオーネってやつに新生した、っていわれてもなぁ……記憶なんてないぞ? 一抹の疑問が降りかかった。

 記憶喪失になっている祐一にとって護堂の話はなんともチンプンカンプンで、正気を疑うような目を護堂を向けていた。

 

「俺が神を殺したなんて本当ですか? 俺、そんな事やった記憶なんかないっスよ」

 

 バスケ部を首になったとはいえ、にわか体育会系な祐一は、年上に見える護堂にはこんな調子だった。

 二十歳くらいに見える護堂だが彼曰く、結構おっさんだそうで、正確な年齢は知らないが年上なのは確実。助けてもらったらしいし礼儀として敬語で喋る祐一だったがどうにも喋り慣れないのか、たまに地が出ていたが。

 

「権能を持ってだろ。目をぴかぴかさせてたやつ、だったら間違いないんじゃないか」

「ふぅん……」

「まあ、カンピオーネの呼び方なんて場所や時代でまちまちだ。祐一でいいか? ……の世界じゃ呼び方が違うんじゃないか?」

「呼びかたスか」

「おう。俺が見聞きしたのは神殺しの『獣』とかエピメテウスの落とし子、ラークシャサ、堕天使、デイモン、混沌王、魔王、羅刹王あたりだなあ。一番メジャーなのは──"神殺し"か。……心当たりはあるか?」

 

「神殺しだの獣だの物騒なのしかないすね……。聞き覚えは……うーん、ないっス」

 

 護堂の口から飛び出て異称の数々に思春期特有の少年少女が罹患する病がチラついた祐一だったがとりあえず首を振る。特に気にするでもなく護堂は肩を竦めた。

 

「そうか。でも現にお前はカンピオーネになってしまっているからなぁ。カンピオーネってのは普通の人間がなんの奇跡も因果もなく成れる代物じゃない。必ずとんでもない事をやらかしてる筈だぞ」

 

 腕を組みながら小一時間唸っていた祐一だが、結局それらしい答えは出ないまま。

 櫂を漕ぎながら祐一の様子を見て、護堂は質問の切り口を変える事にした。

 

「そう言えば家出したって言ってたな。それまでは普通に暮らしてたのか?」

「そっスね。家出して船に乗ってたらすっごい嵐に巻き込まれて、海に放り出された所までは覚えてるんスけど……」

「気付いたらここに居たのか」

「ですです。あー、そう言えば俺が転覆したのは確かオマーン湾あたりだったはずで、翌日にはオマーン首都のマスカットに着くはずだったんですけど……ここって中東のどこかなんですか?」

 

 そこで櫂を漕ぐ手を止め、護堂は眉をひそめた。

 

「何言ってるんだ、ここはそもそも──()()()()()()()

「…………???」

「此処はな『ヒューペルボレア』っていう並行世界で、それも神話の世界だ。俺たちが生まれた地球よりも神話や幽世に近い世界だぞ?」

「ひゅー、ぺるぼれあ?」

 

 ざわりと耳元で風が唸り、今日何度目かの「今明かされる衝撃の真実」に思わず頭を抱えてしまう。

 確かにあの島は未開の地で、知っている文明とは隔絶した場所に居るとは思っていたが、それは絶海の孤島ならではだと思い込んでいたのだ。

 けれど眼の前の、その道に詳しい大先輩は此処が地球なんかではなくヒューペルボレアという異世界だという。

 此処が"並行世界"? 神話や幽世に近い世界? 意味分かんねぇ……てか並行世界とか神話世界ってなんだよ! 

 百面相をする祐一に護堂は得心がいったと少し微苦笑しながら頷き、

 

「祐一、お前はもしかして記憶喪失なんじゃないか?」

「え? 俺が記憶喪失?」

「ああ。まあ神を殺すなんてとんでもない事になるから記憶がぶっ飛んでも不思議じゃない。もしかしたら神殺しを幽世でやったのかもなぁ。ドニの阿呆もそんな感じだったらしいし、それでこんなとこまで流されたのも得心がいく」

「ドニ?」

「ん、知り合いの剣バカなカンピオーネさ。そいつは幽世って場所でカンピオーネになったらしくてな……そっち(幽世)の記憶がこっち(現世)に持って来れなかったか、単に忘れてただけなのか分からないが、最初は記憶喪失だったらしい。

 幽世からヒューペルボレアに来たって事なら十分可能性はあるんじゃないか?」

「はぁ……てか護堂さん以外にも居るんすねカンピオーネってやつ」

 

 そりゃあな、とどこか哀愁を漂わせながら護堂は肩を竦めた。

 

「でもただの人間が神を殺すなんていうハードルの高さだからけっこうレアなんだぞ? 一世紀に一人居れば良い方だそうだ」

「ほーん」

「でも俺がカンピオーネになった時は"当たり"の年でな、俺以外に六人も居たんだ。ドニって奴も同期の一人さ。

 ま、カンピオーネになる連中なんて大抵ろくな奴じゃないからなぁ……ドニってやつも出会った瞬間斬りかかって来るし、他のカンピオーネもそう変わらないくらい頭がおかしい奴らでな……」

 

 どんどん話が逸れていき苦虫を口いっぱいに入れて噛み潰したような渋面を作る護堂。ざぶん、と一際高い波が舟を揺らし、祐一はその異様な雰囲気にちょっと引き気味になった。

 

「え、てことは護堂さんもカンピオーネですしその人たちと同じくらい……なんでそこで目を逸らすんですか護堂さん?」

 

 カンピオーネの特徴を聞き、ふと気付いた事を指摘すれば対面の大先輩は、肯定も否定もせずただ目を逸らした。

 

「剣バカだけで判断するのは早計だ、あれは色々狂ってるからな。えぇと、あとは……偽悪家な皮肉屋とか、キザな仮面ヒーロー、無自覚な天災とか……適当で大雑把、行き当たりばったりな人格破綻者ばかりだな……」

「自分で弁明しながら結論付けた……? てかそれ、もしかしなくてもダメ人間なんじゃ……だからなんで更に目を逸らすんですかっ!?」

 

 この人も見かけに依らずヤバい人なんじゃ……てか俺もか!? 俺もなのか!? 

 薄っすらとだが知り得た同族とやらの人柄と悪行に自分もそういう括りなのかと戦々恐々とする祐一。

 大丈夫、お前も同じ穴の狢だ。

 

「ま、まぁ神と戦うんだし、普通の精神じゃやっていけないんだ。記憶も何かの拍子で思い出すかも知れないし、そのうち思い出すだろ」

「そ、そうですね!」

 

 深く追及してたら墓穴を掘りそうなので話の流れごとぶっちぎる二人。その大雑把さがまさにカンピオーネのそれである。

 話題を変えるのと同時に、櫂の漕ぎ手も交代。

 漕ぎ慣れない祐一は、一回転したり蛇行してしまって護堂の笑いを誘っていた。不貞腐れた祐一がぶっきらぼうに、一つ質問を投げた。

 

「で、今どこに向かってるんでしたっけ。此処が神話世界ってのはとりあえず置いといて飛び散った権能? ての探すんですよね。場所分かるんですか?」

「さぁな。権能がどこに行ったかなんて分からないに決まってるだろ」

「は?」

「そんな顔すんなって。心配しなくても大丈夫さ、権能なんて物は爆弾なんだ。どうせすぐ大騒ぎになってるだろうし、街に向かえば噂を拾えるだろう」

「な、なるほど……!」

 

 こ、これが……カンピオーネか……! 考えてるようでほぼ何も考えていない行き当たりばったりな護堂に祐一はひたすら戦慄した。

 そんな祐一に護堂は手をひらひらと振った。そんな心配するなという風に。

 

「そう馬鹿にしたもんじゃないんだぞ。俺もカンピオーネになって長いけど、このやり方がけっこう嵌るんだ」

 

 懐疑的な視線を送る祐一をよそに、護堂は懐からとある物を取り出した。

 球体に見た事のない世界地図が描かれた地球儀で、地球儀の頂点に羅針盤の針じみたものが浮かんでは遥か遠くの一点を指していた。

 

「ほら。こいつはマーキングした方向を指しつづける代物でな、世界のどこに居ても……それこそ世界が違ってもその場所だけを指しつづけるんだ。近くの街をマーキングしてるから、この矢印の方向に進めばいい」

「それは分かるんですけど護堂さん、それ浮いてません……?」

 

 祐一の言うとおり護堂が取り出した代物は、置いたはずの船床から数十センチほど浮き上がっていた。

 揺れる船体とは関係なく磁力に浮くような姿はまるでおとぎ話にでも出来そうな魔法の道具そのもの。祐一は信じられないと目を剥いた。

 

「……それも護堂さんの権能ってやつなんですか?」

「いや。このヒューペルボレアって色んな並行世界と繋がったりすんだ。それに、海のそこに古代文明も沈んでるなんて噂もあって、だからたまにこういう妙な代物が流れてくるんだよ」

「ほーん……?」

「祐一は魔術師って訳でもないから、呪具の類についても知識はないんだったな」

「みたいですね?」

 

 イマイチ理解できず曖昧な答えを返してしまう。

 

「説明すると長くなるし面倒だから便利な道具って事にしておけばいい。……というかお前も持ってるんだぞ? その背嚢からもかすかに神力を感じるし、たぶん神具か呪具の類だ」

「え、こいつが?」

 

 護堂が祐一の腰に引っさげている背嚢を指差してそんな事を言い出した。

 驚いて背嚢を手にとって、しげしげと凝視する。全く気付かなかった。

 

「いつの間にか持ってて、確かに見た目以上に入るから便利だなーって思ってましたけど……そんな大層な代物だったんですか」

「なんだこの海から拾った訳じゃないのか。ん、背嚢だけじゃないな……お前の着てるそのブレザー自体相当高位な呪具になってるみたいだな……」

「えっ、このブレザーまで?」

「ああ。権能も一つだけじゃなさそうだし"なりたて"って訳じゃなさそうだ……祐一、お前なんで記憶無くしたんだ?」

 

 不思議そうにそんな事を聞いてくる護堂に、祐一としてもこっちが聞きたいですよと肩を竦めた。

 だよな、と護堂も苦笑する。遠い空で鳥が鳴いていた。

 

「そう言えば俺って呪具だけじゃなくてサトゥルヌスって奴に狙われるくらい"凄いもの"も持ってるんでしたっけ?」

「それか、すっかり忘れてたな。サトゥルヌスが欲するもの、か。それが権能なのか呪具なのか俺もまだ分かってないんだよな……アイツ、なにか言ってなかったか? ヒントが欲しい」

「えーと……あ、そう言えば太陽神に立ち返る事ができえる光明? ってのを手に入れられる。そんな事を言ってました」

 

 サトゥルヌスの台詞を反芻してみると、それらしい言葉が見つかった。

 

「太陽神に立ち返る事のできる光明、か。……もしかして、あの神に由来するものを? ならアイツが狙うのも分かるが……祐一、心当たりあるか?」

「全く」

「だよな……。じゃあ、このヒューペルボレアに来てからおかしな感覚はないか? 例えるなら、誰かに後押しされているような感覚とか」

 

 そう言われたらピンと来るものがあった。誰かから大きな後押しを受けているような感覚、それを感じて仕方がなかったのだ。

 

「……! あります! なんて言えば分かんないですけど、すっごい調子が良くて、でも自分のものだと思えないような……他に誰かの意思があるような変な感覚が!」

「なら、決まりだな。お前の持っているそれは太陽神に関連するもので、そして、このヒューペルボレアにおいて大きな意味を持つ代物なんだ。サトゥルヌスが襲ってきたのもそれが原因だろう」

「そんなものが? でもどこに?」

 

 思い当たるような持ち物といえば、あとは腕時計しか思い当たらず、どこかに引っ付いてたりするのか? と身体を隈なく探す素振りをしてみる。当然そんなものはなかった。

 

「もしかしたら身体の中にあるのかもな。物は見えないが、あるのは確実だろう。お前が感じてる身体の変調だけじゃなく……あの島にも分かりやすい影響が出てたぞ? お前に呼応するように島はデカくなってたみたいだし、春や秋みたいに絶え間ない実りに満ちてただろ?」

「え! じゃあまずいじゃないですか!」

 

 島の恵みは己によるもの。そう言われて思い浮かぶのは島唯一の住民である老人だった。

 祐一が、いの一番の思い至ったのは自分が居なくなった影響で枯れ果てる木々と飢える老人の姿。放っておけなかった。

 

「いいのか、お前に釣られる形でサトゥルヌスのやつが現れたんだぞ? あの島に戻ればまたサトゥルヌスの奴がまたお前を狙って来るかもしれない。それに別の『まつろわぬ神』が現れないとも限らない」

「…………」

「数多の神々が欲するほど、このヒューペルボレアにおいて()()は重大な意味を持つんだ。なんせ持ってるだけで、今お前が感じている世界の後押しってのを無条件で獲られるんだからな」

 

 そんな代物を持っているなんて到底信じられなかった。でも現に『まつろわぬ神』であるサトゥルヌスは現れた。

 それに到底信じられはしないが、祐一は不思議と疑う事はなかった。だってその通りだったから。あの神はヒューペルボレアの主とも言うべき神で、不滅の火で。

 祐一は知っていた。神殺しになる以前から……会ったことはないが盟友が神具を託され、間接的に神を殺す遠因になったのだから。そう、神の名を──

 

「──ミスラ」

 

 右腕に、熱が生まれ、火が灯った気がした。

 

「ミスラ、やっぱりか」

 

 祐一のつぶやきに護堂が得心したように頷いた。

 詳しくは分からないがミスラに関連する何かが厄介事の種らしかった。でも手放そうとは全く思わず、祐一はこのおかしな状況をどう切り抜けるかを考えていた。

 結局、考えても答えが出ることはなかったが、はたと何か思い出したように祐一が手を打った。

 

「あ、忘れてた。他にも記憶にないもんがあるんですよ」

「そうなのか? でもお前からはもう呪具の類の感じはしないぞ」

「たぶん呪具とかじゃないんだと思います。いつ撮ったかも分からない写真で……なのに俺は写ってるし、何かの手がかりにならないですかね」

「写真? 見せてくれ」

 

 内ポケットから件の写真を取り出すと、護堂に手渡す。

 

「! これは……」

 

 受け取った写真を見て取った瞬間、護堂は息を呑み、小さく言葉を漏らすとすぐに黙り込んだ。

 穏やかな波と共に揺れる舟は、口のなかで溶けていく飴玉のようにゆったりとした静寂を紡いでいた。

 そう長い間、自分の映った写真を見られると気恥ずかしい。祐一はたまらず問いかけた。

 

「あの、なにか分かったんですか?」

「いや。でも、そうだな……お前はきっと。……まあ、なんだ、これもなにかの縁だろう。ちょっとだけ手を貸すだけのつもりだったけど、最後まで付き合ってやるよ」

 

 護堂は写真を返しながら愉快そうに笑っていて、何かを悟った風に零した。その間、なにがなんだかといった風に祐一は目を白黒させていた。

 誤魔化すようにひとつの質問を投げかけた。

 

「えーと、護堂さんはなんであのサートルヌスを追ってたんですか? なにか因縁もありそうでしたけど」

「ああ、その事か。サトゥルヌスって奴とは一度やり合って倒してもいるんだ。あいつとの因縁を遡ると俺の姐さん……が居るんだけど……まぁ、今はいいや」

「はぁ」

 

 ……姐さん? どうも同族らしい固有名詞に一瞬興味をそそられたが、護堂の「聞くな」と言っているような雰囲気をビンビンと感じて口を閉ざす他なかった。

 

「でも倒したんでしょ? なんでまた現れたんです?」

「それはな『まつろわぬ神』ってのは基本不滅なんだ。例え死んで、肉体が滅んでも、神話の世界に帰るだけで本当の所じゃ死んでないのさ。本当に滅そうとするとするなら神話ごとか人間ごと抹消しなくちゃならないかもな」

「はえー、不滅……。うーむ、流石神様というかなんというか……」

「はは、神様の出鱈目さと理不尽さには驚かされるぞ。それ以外にも『サトゥルナリアの冠』なんていう神具があったり、農耕神で死も司ったりしてるから、なんて理由もあるんだけどな」

「ほーん」

 

 まるで実感がないのでふわっとした理解のまま曖昧な返事をする祐一。とりあえず神様は不滅、祐一はそれだけを頭に叩き込んだ。

 

「護堂さんって本当に神様とやり合ってるんすね。神を殺すってあんまりイメージ付かないっすけど、でも、どうやって戦ってるんですか? 殴り合いで殺せるもんなんです? それとも、神話を攻撃したりとか?」

「死なない神様でも死ぬくらい殴れば死ぬには死ぬな」

 

 酷い話だった。

 

「そんな顔するなって。さっきのは冗談にしても基本的に神様から簒奪した権能で戦うんだぞ。お前だって無意識だろうけど権能を使ってただろ」

「え……?」

「サトゥルヌスに襲われた時も、それを行使して凌いでたじゃないか。でも制御出来てなさそうな上に無自覚みたいだし……いわば枷の外れた核爆弾みたいな状態だな」

「えぇ……?」

 

 櫂を漕ぐ手を止めてなんとなく自分の右手を見る。自分を「核爆弾」と形容されてムッとする気持ちもあったが、己の中にある"モノ"が先刻邂逅した『まつろわぬ神』と伍するならばそう言われても仕方がないのか……? と、納得できる部分もあった。

 

「ま、兎にも角にもまずは権能を掌握するんだな」

「へーい」

 

 祐一に反論の余地はなかった。

 鳥の鳴き声が耳朶を打つ。時を追うごとにその叫声は大きくなっていく。身を切るような突風が船体ごと祐一を揺らしていた。

 

「権能の掌握かぁ……護堂さんも持ってるんですよね、その権能ってやつ」

「ああ……。ま、俺のは使い勝手が悪いんだ」

 

 どうか自嘲気味に答える護堂だったが、視線は祐一を見てはいなかった。だんだんと風の密度が増してきた空をながめて雲の動きを──いや、違う。

 たしかに護堂は天を仰いでいる。けれども空や雲、そんなものを視界に収めてはいない。

 本当に視ているもの、それは……

 

「俺の権能は日常の中じゃまず使えない。使えるのは──こんな時さ」

「え?」

 

 言い終わるが早いか護堂は舟を飛び出した。それも羽根があるのかと見紛うほど大跳躍! 

 空を見据えていた護堂の目、あれは空や天気をうかがう様な、そんな腑抜けたなものじゃない。あれは──戦士の眼光。 

 

「なんだ、あれ……。黄金の、鳥……?」

 

 地平線の彼方から一筋の光明が見えた。祐一は護堂を目で追う事でやっと気付く事ができた。

 なぜ気付かなかったのか。元から良い視力と異常なまで高まった動体視力が()()を捉えた。

 あれは神速で空を駆る、金色の『鳳』! 長大な翼を広げて蒼天を滑空する、金色の羽毛を持つ猛禽だ! 

 その翼長は羽の端から端までを測れば五、六十メートルはあるだろう。

 あのサトゥルヌスと同じく人知を超えた怪物。それも人型ではなく判りやすい姿をして現れたのだ。

 ……けれど不思議と怖れる気持ちは微塵も湧かず、それどころか親近感すら抱いていた。

 

「まさかあれって俺の権能……ってやつなのか……?」

 

 呆けたように呟いた言葉が、枯れ葉が落ちるように大気に溶けた。だが、内なるものが執拗なほどに囁いていた。あれは己がものなのだと。

 戦いはやはり尋常ではなかった。そこかしこで海が裂かれ、津波が起き、天が割れた。疾風を纏った護堂と『鳳』の颶風に舟がそれバラバラにならないよう祈りながら、天空の闘争を見据えた。

 

「なんだよあれ……すっげぇ……!」

 

 身体能力はともかく平凡な日常を送ってきた祐一にとって埒外の戦い。けれど祐一はまるで特撮ヒーローを見る幼子さながらに目を輝かせていた。

 疾風だけでは捉えきれないと察したのか、護堂がもう一つの武器を抜いた。掌中に現れたのは──黄金の剣。

 

「ぐっ……!?」

 

 直後、凄まじい頭痛が脳を構成するあらゆる細胞全てに大電圧の負荷を掛けられたかの如く。まるで脳内の血管が弾け飛ぶような激痛に、たまらず膝を付いてしまった。

 

「クソっ、護堂さんはっ!?」

 

 空を見渡せばもう戦闘は、幕を迎えていた。

 護堂が黄金に燦めく剣を揮うと、『鳳』と両翼が泣き別れし、きりもみ回転しながら墜落していく。

 

 不思議が起こったのは同時だった。

『鳳』の身体は余さず、光の粒になると一塊となって鳥を模した(イコン)となると祐一目指して一直線に向かって来た。

 祐一はそれを拒否する事なく、さながら水が高い所から低い所へ流れるが如くその球体を受け入れた。

 身体に衝撃とが疾走る。全身に張り巡らされた経絡が脈動した。

 

 黄金の剣を見たときに似た頭痛が襲い……まぶたの裏に見知らぬ誰かの後ろ姿が浮かんでは、薄靄のなかへ消えていった。知らない誰か……でもなぜか見慣れているようで、自然で、滑らかに、スッと心の奥底へ入ってきた。

 これが喪っている記憶の断片だってのか? 権能と記憶が一緒くたに降って湧いたからか、ひどくふらつく。

 ……けれど膝をつく無様しなかった。

 

 なにせ──。

 顔を上げると『鳳』を斬り捨て、疾風を完全にコントロールした護堂が、舟に降り立った。

 

「大丈夫か祐一、今のがお前から飛び散った権能のカケラだ。力が戻って辛いなら横になっても良いんだぞ?」

「冗談……!」

 

 口角を吊り上げて容姿の平凡さなど露とも感じさせないニヒルな笑みを刻んだ。

 ──これが、"神殺し"。カンピオーネってやつなのか。

 震えていた、知らず知らずのうちに手が。小刻みに。緊張でも不安でも、況してや、恐怖なんかでもない。そうだ……これは武者震い。

 見せつけられた。魅せつけられた。魅せられてしまった。どうしようもなく。

 なにせ彼はまるで空想のヒーローかなにかの様に突然現れては、奔放に自在に己の"力"を繰り、迫りくる敵を倒したのだから。

 そして同等の力が自分自身にも宿っているのだという。──これで燃えなきゃ、男じゃない。

 身体に流れる血のざわめきが、やけに耳に届いた。

 

 草薙護堂はカンピオーネである。それも熟練の紛う事なき強者だろう。だがカンピオーネのキャリアや倒した『まつろわぬ神』の数なんて関係なかった。

 護堂と祐一の間に埋められない溝があろうとも、生来の負けず嫌いな祐一には、それを覆してやると言わんばかりの負けん気という武器があった。

 笑いかけて来る……いや、挑発してくる護堂に祐一も負けず犬歯を剥き出して、笑った。

 

 ……と、その時だった。

 

 

 ──ピシぃ! 

 

 

「ん?」

 

 護堂が降りた場所を起点に船体を別つ特大の亀裂が疾走った──。

 どうやら戦闘の衝撃はこの小さな小早舟では受け止め切れなかったらしく、護堂が降り立った負荷がトドメとなったようだ。

 

 ──ザザーンっ! 

 

「おぉ、津波だ」

「津波ぃ……ですねぇ……」

 

 さざめく音に視線を向ければ、そこには大津波が……! さっきの戦闘によって出来た大津波が遅れて祐一たちの場所に馳せ参じたらしい。

 

「ちょちょちょっちょっと護堂さん! これどうにかする手立てがあるんですよね! ね!? てかおい黙ってないで早く無敵の権能パワーでなんとかしてくださいよォ──ッ!!」

 

 狼狽える祐一に対し、護堂はひどく泰然としていた。

 

「言ったろ、俺の権能はピーキーで使い所が限定されるんだ。だからこんな時はどうしようもない。ま、俺たちは大雑把で適当だからこういう事はしょっちゅうなんだ。諦めと慣れが肝心だぞ?」

「ちくしょーっ! やっぱカンピオーネなんてダメ人間じゃねぇか──っ!!!」

 

 祐一の断末魔を最後に人類代表の戦士たるカンピオーネ二人は海の藻くずと消えた──!

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