王書   作:につけ丸

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065:"神殺し"二人

「生きてる……! 俺生きてる……!」

「死ぬかと思ったけど、壊れた舟の木片使ってなんとか辿り着けたな」

 

 海から紅い双眸を涙に潤ませる少年とどこか慣れた雰囲気を漂わせる濡れ鼠が二匹が這い上がってきた。

 言わずもがな木下祐一と草薙護堂である。『鳳』の戦いから二日ほど、彼らは舟が大波で完膚なきまでに破壊された後、はぐれたり合流したりまた流されたりサメに襲われたりしながらも、どうにか舟の破片を拾って陸まで流れ着いたらしい。

 

 祐一たちが辿り着いた島はどうやら護堂の目指していた目的地のようであった。さすがの悪運である。どうやら今度の島はグァムや沖縄本島ほどの大きさはあるようで、祐一の最初にいた島の数百倍はありそうだ。

 土地が大きく豊かであれば人も多く住むもの、そして人が多ければ当然町が存在する。おだやかな内湾に面した町はもと居た世界とは比べるのもおこがましいが、世帯数百戸前後、人口五、六千人のささやかながらも港のある町だ。

 波止場には丸太を結んだ筏、獣皮を使った皮船、そして原始的ながら帆船も係留されていた。それらの船をまとめると、優に四、五十隻はあり、それだけでも街の発展具合を察せられるというものだ。

 

「この世界にもあんなに人が居たんですね……」

 

 そう呟く祐一の視線の先には数十人の人間が往来する街のメインストリートを向いており、一月ほど賑わいとは隔絶されていた祐一にはひどく新鮮に映った。

 行き交う者は男女とも、しっかり衣服を着こんだ人々ばかりで羊毛の織物とおぼしき外套、毛皮の外套。男はその下に貫頭衣や長ズボン、サンダル姿がほとんどで、女は少し華やかなものだ。

 

「そりゃあな、ここ以外にもいくつかデカい街はあるんだ。……ん。そんな話は置いといて、とりあえず飯にしよう」

「め、し……?」

「この町は姉え……知り合いの勢力圏でな、飯くらいなら出してくれるんだ。戦ったり漂流したりで腹が減った」

「飯が食べれるんですか!? ヒャッホウッ! さすがッス護堂さんんっ!!!」

 

 二日も碌なものを食べていない二人。どうやらこのヒューペルボレアという地にはおかしな法則があるらしく、美しい動物が海を漂っていて、それを殺すとなんと島になったり食料になったりするのだ。

 護堂が言うには『犠牲の獣』なんて言う神話の再現なんだといっていた。神話世界、なんて場所ゆえに地球にはありえない法則が成り立ってしまうらしい。

 驚きはしたがそういうものなのだとすぐに諦め食いつないできたのだ。

 ともあれ久々の料理だ。護堂の提案に祐一が飛び跳ねて賛同し、衆目を集めてしまった。

 

 メインストリートの脇にある家々は木造の掘っ立て小屋で、港町よろしく無秩序に軒をつらねていた。

 その中には露天商もあって、地べたに布を敷き品々を広げる商人が少しでも高く売ろうとや舌鋒を振るっていた。

 護堂が案内した食事場所もそんな一角にあった。木造の掘っ立て小屋に比してそこだけは何故か二階建ての柱や外壁にはどこか動物を思わせる模様さえ施されてあった。

 護堂が家主らしき人物に何事か伝えると、祐一たちは二階に通された。

 その一室は十畳ほどのそこそこ広い部屋で、左の窓際に机と椅子が、反対側には硬そうなではあるがベッドが置かれ、さすがの祐一でもかなり良い部屋なのだと察していた。

 椅子に腰掛け、程なくして料理が運ばれてきた。

 漁港ゆえかメインはやはり魚で、焼き魚はもちろん、他にも野菜や貝類を煮込んだスープに葡萄を使ったらしい酒まであった。どこか中華料理の風情で、祐一の食欲を大いに刺激した。町の雰囲気や発展具合に見合わないので違和感はあったが、そんな細かい事よりも今は空腹が勝る。出されたそばから、祐一と護堂はさながら馬か鯨のごとく料理を平らげていった。

 

「はは、いい食いっぷりじゃないか」

「あったり前ですよ! 腹減ってたのもあるんですけど、此処に来てからずっと料理っぽい料理食べてませんでたしたから」

 

 それから一時の間無言で食に走った。一段落して護堂が懐からとあるものを取り出して、イジりはじめたのはそんな時だった。

 

「海に浸かって完全にお釈迦になってるな……。まぁ、ここの所充電する手段もなかったから必要ない事はないんだが……」

「なんすかそれ」

「ん? ああ……スマホだよ。見た事あるだろ」

 

 護堂が当然の物として語るスマホの説明は、祐一とって怪訝な顔をより濃くする結果となった。

 

「スマホ……? うーん、田舎だからかも知んないっすけど俺は見た事ないですねそんなの」

「そうなのか? ふぅん……俺とお前とじゃ、たぶん時代の進みがちょっと違うのかもな。俺の世界の方がスマホが普及している分、少し発展してるのかも知れない」

 

 おとがいに手をあてて呟く護堂に、対面の少年がキラキラと目を輝かせて反応した。

 

「じゃあ、これ未来の道具って事ですか!? すげぇな、よく見せてくださいよ!」

「別にいいけど充電のない電子機器なんてただの鈍器だぞ? ……祐一と俺の世界はわりかし近そうだとは睨んでいたけど、近い世界でもたまにこういう所で差異が出るんだよなぁ」

「ちょっと未来の世界かぁ……てか、世界ってのはそんなにあるもんなんですね」

「まぁな、それこそ星の数ほどあるぞ。ヒューペルボレアや俺の世界にも、たぶんの祐一の世界も、『まつろわぬ神』が当然のように居たんだろうが……逆に『まつろわぬ神』や俺たちカンピオーネが居ないなんて世界もザラにあるしな」

「へぇ。でも護堂さんと会うまで『まつろわぬ神』やカンピオーネなんかが居るなんて知らなかったですし、元の世界に神様なんて居なかったかも知れないっすね」

 

 護堂から受け取ったスマホを弄くり回しながら、感慨深げに別の世界に思いを馳せる祐一。

 

「SFチックで宇宙にも自由に出掛けれる世界もあるって事か……ワクワクするなあ」

 

 夢想するように天井を仰ぐ祐一に微苦笑する護堂。数多の世界を渡り歩いてきた彼が反芻する記憶の中には祐一がいったように荒唐無稽な世界が無きにしもあらずだったからだ。

 

「並行世界ってのは存在すれば存在するだけ形があるからな、どこかにあるんじゃないか? 俺はまだ行った事はないけどな」

「いいなぁ、楽しそうで」

「波乱万丈だけどな。世界を渡る気ならこの言葉覚えておけ。『この世は因果律がご覧になる夢に他ならない』……世界なんて所詮泡沫のようなもの、一期一会で億千万の世界が生まれて結んで消えていくんだってな」

「? どういう事です?」

「ま、世界なんて星の数ほどにあるから一々どうなっていようと気にするなって事さ。滅びを迎えそうな世界もいれば、滅んじまって風と砂だけの世界もあるんだ。このヒューペルボレアも大洪水で流された後の世界、なんて言われてるしな」

「え、そうなんすか」

「ああ、だからその度に足を止めてたら如何に俺たちの寿命でも終わっちまうからな。気の向くまま旅をしろって事さ」

「ふーん。でも因果律、ですか? なんか聞き覚えがあるようなないような……。そいつも『まつろわぬ神』なんですか?」

「ん。まあ《運命神》の大元、或いは、兄弟神みたいなやつさ。因果律はそのまま因果を司ってる神で、とにかく強大で巨大なのさ……世界があるから因果律が存在して、因果律いるからこの世界は存在する、といった風にな」

 

 どこか聞き覚えのある単語を問えば、壮大で巨大な神の話に思わず祐一は目を剥いた。

 

「『まつろわぬ神』ってそんな奴までいるんですか!?」

「いるっちゃいるが、そいつは破格らしいぞ。出会う事も出来ない、どんなに歩いても辿り着けない遠い場所にいて、伝承にも少ししか残ってないような概念みたいな奴さ」

「話のスケールがデカすぎてよく分かんねぇ……」

「さっきも言ったが出会う事なんてないだろうしな。気にしなくていいと思うぞ?」

 

 ふぅん、とよく分からず頷いた祐一だったが、どうにもその因果律という単語が無視しえない何かのように引っかかって仕方なかった。頭を振る。護堂も気にすることはないといっている、とりあえず忘れる事にした。

 

「そういや護堂さんってずっと一人で旅をしてたんですか? 俺みたいに流れ着いたって訳じゃないんでしょ?」

「まあな。今でこそ"神域の旅人"なんて呼ばれてるけど、昔は嫁さんたちと戦ったりしてたんだぞ。今は一人だけどな」

「…………YOME………………???」

「あれ、言ってなかったか? 俺はもう結婚もしてるし子供も居るぞ」

「マ、マジかよ……」

 

 見かけに似合わずかなりの年上だ、とは思っていたが……よもや結婚していて、さらに子持ちであるなんて予測しておらず慄く。

 持っていた肉がボトリと落ちるまで、放心してしまった。

 

「失礼な奴だな。俺もいい年だし嫁さんくらいいるさ」

「あはは……てか、カンピオーネって子供できるんですね。漫画とかでよくあるじゃないすか、長命種は子供が出来難かったり、そもそも出来なかったりとか」

「実際その通りだぞ。俺も子供が出来るまでかなりの年月が必要だったし、ウルディンっていうカンピオーネもハーレムを作ってたみたいだけど子供がいる気配、なかったからな」

「えっ、護堂さんってまさか普通のハーレムでは為し得なった事を為し遂げた、ただのハーレムじゃ及びも付かないハーレムを超えた超ハーレムを築いた──ドン・ファン!?」

「わけわからん! あと、その言い方はやめろ!」

 

 何やら異世界から電波を受信したらしい祐一がハッとして立ち上がり、邂逅以来初めて護堂が声を荒げた。

 その後すぐに腕を組んでだんまりを決め込み肯定も否定もしない彼に、下卑た笑みを浮かべながら祐一は確信を抱いた。

 

「男の夢ですもんね、ハーレム」

「うるさいぞ。というかそう言う祐一はどうなんだ? 見てくれは悪くないし、モテない訳じゃないんだろう?」

「や、俺は生まれてこの方男やもめで色恋はさっぱりっす。へへ」

「ふぅん……まあ、どうせ今だけだと思うぞ。お前がカンピオーネだって知られれば魔術組織やらが放っておかないだろうからな」

「えぇ……?」

 

 やけに実感の籠もった言葉に、困惑する祐一。普段の日常生活程度なら問題ない彼がだが、色恋となるとほぼ経験皆無な祐一はいつか訪れる未来に及び腰だ。

 そんな風に四方山話に花を咲かせていると、

 

「お休みのところすいやせん」

 

 ドアの外から声が掛かり、男が入ってきた。料理を運んできた者たちとは、些か出で立ちを異とした白い頭巾をかぶるガタイの良い男だった。

 男は護堂のもとへ来ると何事か囁いて、見掛けによらず慇懃な態度で退室していった。

 

「いまの誰です?」

「前にも言ったろ姐さんがいるって。その部下の人さ」

「はぁ、なんでまた」

「この街に来た目的さ、お前の権能がここらに飛んできてないかと噂でもいいから聞いてたんだよ」

「あーなるほど。で、どうだったんです?」

「どうやら空振りみたいだな、異常気象や神獣が現れたなんていう変わった事はないらしい」

「神獣?」

「前の『鳳』みたいなこの世ならざる神の眷属さ。まあ早々ないんだが権能が形になった時、象徴となる物の形を得やすいんだ」

「ふぅん……」

 

 神獣、その言葉に考えを巡らせた瞬間、まるで記憶の蓋が開いたようにいくつかの単語と情景が飛び出てきた。

 方々に散らばった恐るべき神獣……イラン……化身……。

 脳の奥深くに埋まっている記憶が、なにかを声高に叫ぶ。けれど祐一にはノイズ掛かったラジオを聞いているようで、未だ秘された記憶はようとして知る事はなかった。

 

「ここら一帯を版図にしている姐さんも今は留守らしいし、こりゃ参ったな。また別の島に行って、地道に探すしかないか」

「姐さんって、その人に聞けば分かるもんなんです?」

「ああ、武術の達人だけど魔導も極めてるからなあの人。神獣の所在くらい知ってるだろ……簡単に教えてはくれなさそうだけどな。俺も旅して長いが、俺が知る限りで最強のカンピオーネさ」

「最強のカンピオーネ! へぇー! そそる響きじゃないですかー! 会ってみたいなー」

「ははは、やめといた方がいい。冗談抜きで命がいくつあっても足りないからな」

 

 と、そこで外がやにわに騒がしくなった。護堂と顔を見合わせ窓から外を覗き込めば町の外で人集りができていた。

 どうも妙だ。突如現れたらしい集団は皆例外なく武装しており剣呑な雰囲気を隠そうともしていない。人数もそこそこで五十人は超えそうだ。

 

「ん、賊か?」

 

 護堂が怪訝な顔を作ると同時、さきほどの白い頭巾をかぶった男が入室してきて事情を説明してきた。なんでも護堂の義姉がこの町を勢力下においた時に追い出された者たちが、たびたび町を取り戻そうと町に現れるらしい。

 ただこちら側の人数は十人にも届いていない、数の上では圧倒的に不利だろう。

 

「数の利は向こうにありそうだな……」

「手貸します? 護堂さんなら蹴散らせるでしょ」

「さあ、どうかな。俺の力は前も行ったけどピーキーだからな。ああ言う手合いには弱いんだ。楽勝はできないさ」

「……へー」

「面倒な事になりそうだな。飯も食ったしさっさと町から離れて……って、あれ?」

 

 特にも縁もゆかりもない土地、面倒事はごめんだと声を掛ければすでに祐一の姿は影も形もなかった。

 

「───待て待てぇい!」

 

 どうやら窓を飛び降りたらしい祐一がメインストリートを疾走し、一色触発だった二つの集団の眼前へ踊りでいた。

 

「なにやってんだあいつ……」

 

 道連れの独断行動に、頭が痛いと思わず眉間を揉んでしまった。

 

 跳躍し人垣のど真ん中に着地した祐一が躍り出た時は、先鋒の槍と槍が繰り出される瞬間だった。普通ならば槍の両手が生えて終わりだろう……けれど祐一にはなんてことはない。

 優れた反射神経に物を言わせて二本の槍を掴むと、あらん限りの力で引き、明後日の方向へ槍を放り投げる。

 誰もが動けなった。水を打ったような凪が、戦場へと変わるはずだった場を支配する。

 おかしな事が起きていた。戦闘に慣れている筈の男どもが、まだ年若い少年一人に釘付けとなってしまったのだから。

 祐一の紅い烈火さながらの眼光に射すくめられると、皆一様にたじろぎ、後退った。だが町を取り戻そうと武装集団を率いていたらしい男だけは、祐一の鋭い眼光に怯まず前に出た。

 

「なんだお前は? どうやらその恰好、ここらの人間じゃなさそうだが……」

 

 男の問い掛けに、よく聞いてくださいましたと腕を組んで胸を張る祐一。

 

「おう、俺は木下祐一! ついさっきまで漂流してたんだけど、この町で飯を食わせてもらって世話になったんでな、加勢しに来た! あと私情! この街を攻めるってんなら俺を倒して行きな!」

 

 眼前の集団だけでなく、白い頭巾をかぶった男たちにも叫ぶ。祐一の口上に理解できないと男が首を振る。

 

「要はよそ者だろう。そこそこ腕に覚えがあるようだが、青臭い感情で関係ない奴がでしゃばるんじゃない! 退きな!」

 

 たしかに祐一は部外者で、関わり合いになる道理なんてない。護堂のように町からさっさと離れた方がこの場合何倍も正しいだろう。

 だがそれでも祐一は前に出た。今は記憶をなくし命のやり取りなんてやった事もないただの少年であるはずだが、彼は前に出た。

 それは祐一自身の性根が純で放っておけないのもあったし、護堂への対抗心という感情も大いに後押しした。

 

「言ってるだろ、そんなに争いたいなら俺を倒せばいい。その後でなら好きに争えばいいさ」

「テメェ、命が惜しくないのか? ……ふん、だがいいだろう。死ぬ覚悟は出来てるんだろうからな」

 

 雲が晴れ中天に輝く陽光をうけて、刃が波打つ水面さながらに煌めいた。

 男は間違いなく巨漢の部類に入る。齢十四で一七五㎝と年齢にしては背の高い祐一をして見上げるほどに高い。得物も振るうに相応しい鉄斧で、膂力に任せて振るえば大木でさえたやすく唐竹割りにしてしまうだろう。

 尋常の男ではなかった。いや、間違いなく尋常ではない。なにせこの男には神の血が混ざっているのだから。

 此処は神話世界、つまり神と人が近しい世界なのだ。神の血を引く者がゴロゴロいても不思議ではなかった。

「坊主! お前武器は!」と白い頭巾をかぶった男が剣を掲げて問いかけてきたが、ニヤッと笑って拳を突き上げた。

 

「無手か?」

「おう! 武器の振り方なんて知らないしな!」

 

 そう言って酷い違和感に襲われた。俺は武器を振るえない……本当にそうか? 

 居並ぶ戦士たち……男たちのむくつけき匂い……吹き抜ける戦意……冴えわたる剣……。

 まただ。

 なにかの拍子で奇跡的に電波を拾ったテレビのように見知らぬ情景が……いやそれだけでなく匂いや歓声までが瞼の裏に広がる。

 突如姿を見せた記憶のカケラに、思考を巡らせる事を強いられる。ここが戦場である事すら忘れてしまうほどに。

 そして一廉の戦士はその隙を見逃しはしない。

 

「──祐一!」

 

 護堂の叱咤がひびき、意識が現実に足を着けた時には男はすでに動いていた。鉄斧が大気を裂いて唸り、祐一を両断しようと迫る。鈍重そうな見た目からは想像できない速さ。

 銀光一閃。

 だが結局、鉄斧は獲物を捉える事はなかった。祐一は寸での所で躱す事に成功していたのだ、カンピオーネとなる以前から持ち得ていた比類なき軽捷さをもって。

 

「やるな」

 

 男の小さな称賛が風に溶けた。風は祐一の意識を研ぎ澄ますヤスリとなって、頬を緩めさせた。

 不思議だった。自分は喧嘩はしょっちゅうだったが鉄火場や死線など経験皆無だったはず。

 けれどどうだ、これは。まるで恐れる事はないと言わんばかりに恐怖心は生まれず、意識は戦いへ先鋭化し、心は熱を上げていた。

 躱す、躱す、躱す。

 都合八度の風刃がわななき、しかし祐一は悉くを避ける事に成功していた。祐一自身驚くほど研ぎ澄まされた反射神経と直感がそれを可能としていた。

 

「あいつもカンピオーネ、って事か」

 

 祐一の戦いぶりを遠目に見ながらカンピオーネとしての一端を視た。同時に気付く。どちらの集団も、いや、いつの間にか集まっていた町の人々も二人の戦いを注視している事に。

 戦いは佳境へと向かっていた。

 体力が無尽蔵の祐一はいいが相手の男は重い鎧に鉄斧を振り回して息切れしはじめている。長い戦いには向かず、勝負に出るはずだった。

 祐一の足が止まる。人垣の作る円陣で逃げ回っていた祐一だったが、相手の狡猾さに嵌められたらしい。

 後ろには人垣、もう退く訳にはいかない。ついに逃げ場をなくしてしまった。

 

「ハ! 往生しなガキ!」

 

 口角泡を飛ばしながら、これまでで最高の冴えを見せた鉄風が振り落とされた。大上段から真下へ稲妻さながらの一撃! 

 少年の最期を幻視した人々が、そこかしこで悲鳴を上げる。

 

「ごめん、やっぱ借りる!」

 

 男が祐一を嵌めたように、だがこの位置もまた祐一としては都合のいい場所だった。祐一の闊達な声が響くと、真後ろにいた白い頭巾の男から鉄剣を引き抜いたのだ。

 

「へぇ……」

 

 祐一が剣を握った。

 その瞬間、護堂は感嘆の声が喉を越える事を禁じ得なかった。まるで今まで相対した武を極めた同族や『鋼』の剣神武神にも似た()()を感じたから。

 祐一自身、驚嘆していた。剣を握った瞬間、剣把が掌に癒着したかと錯覚するほど手に馴染んだのだから。

 まるで身体が剣の分だけ拡張されたかと思うほど。

 あとはもう身体が動くに任せるだけだった。

 

「おおおっ!!!」

 

 振り下ろされる鉄斧が、瞬きの内に八つに泣き別れする。

 歴戦の魔王たる草薙護堂は知っていた。祐一の揮った剣、あれは無情の剣ではない。……あれは激情の剣。歴戦の"神殺し"たる護堂でさえ怖気を走らせる神を屠る刃。

 

「あいつ、やっぱり"なりたて"なんかじゃないな」

 

 確信とともに呟く。サルバトーレ・ドニが振るう無情剣と同じく神さえ斬り伏せる剣に、自称平和主義者は知れず口が弧を描いていた。

 神の喉元に届きうる剣。そんなものを神の血を引き、戦い慣れているとはいえ抗し得る訳もなく……

 

「ま、参った」

 

 得物と闘志を完膚なきまでに叩き折られた男は、手を上げて負けを認め、敵味方関係はなく魅せられた者たちの歓声が町に轟いた。

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