王書   作:につけ丸

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068:狂騒の宴

 ヒューペルボレアの大地。常春の楽園とも貧困の蔓延る土地とも言われるそこで、尋常ならざる戦いの銅鑼が鳴った。

 先手は誰であろう木下祐一。おそらくこの四人の超越者の内、もっとも未熟で、しかしもっとも軽捷なのが彼だった。

 呼気で気を練って、大股に一歩を踏み出す──その時だった。ぐらりと身体が揺れ、無様に倒れ込みそうになった。

 なんだ、力が!? 異常はそれだけではない。なぜ気付かなかったのか……敵に視線を戻せば視界は何重にもブレ、ひどい酩酊感に襲われた。三角規範がミキサーでシェイクされたのかと錯覚するほどの不安定さ。

 

「ぐ!?」

「息をするな! あいつらが空気中に何かを撒いてる! それが原因だ!」

 

 護堂に言われあたりを見渡せば霧のように花粉じみたものがそこら中を漂っていた。それもただの粉ではない……目を凝らせば、それ一つひとつが極小の蝶のような姿をしている。

 眼前にたたずむオプスと酷く似た姿に、やっとこれは奴らの攻撃なのだと悟った。

 コイツが身体の中に入っちまってるのか……! 戦慄すると同時、己の不覚をひどく恥じる。そもそもこの舞台を用意したのはサトゥルヌスたちだ。用心して然るべきだった。現に備えていたらしき護堂にはなんの変調も起きていない。

 

「呪力を高め続けろ! それでどうにかなる!」

 

 膝を付きそうになっている祐一へ、護堂は厳しい視線をそのままに声を張り上げた。歴戦の戦士である護堂は対処方を知っているらしい。

 呪力……そうか! 祐一もまた悟った……いや、思い出した。断片的な記憶のなかで、己の肉体が呪力を無効化する特性を持っている事を。歯を食い縛り、臍下丹田から呪力を練り上げ……

 

「──愚かな。それをさせると思うか?」

 

 中断させられた。立ち止まって力を高めるなどこの戦いに於いては致命的な隙である。声の方向に振り向けば、銀龍の長大な尻尾が眼前に現れた。いち早く酩酊感から逃れていた護堂は脱することに成功したが、

 

「ガぁ!?」

 

 意識がいまだ朦朧としていた祐一だけはそのまま吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛ばされた祐一へ一瞥もくれる事なくオプスは『白馬』の方向へ飛び去っていく。それを看過できる訳もなく護堂が走り出そうとして……サトゥルヌスに阻まれた。

 

「行かせると思うか草薙護堂? ……しかし君の相方は未熟であるな。あの程度で脱落するとは。我が妻に討ち取られるのも時間の問題ではないか?」

「さて、それはどうだろうな」

 

 初手ではしてやられた、か。そう護堂は胸中で独り言ちる。

 だが悪くはない、とも思っていた。カンピオーネは良くも悪くも我が強い。それなりの時間を一緒に旅し上手く盟を結べた仲だが、共闘ができるかは疑問だった。

 分かれて戦えるならそうすべきだ、と護堂は睨み合いながらもそう思案する。それに……。護堂はこの戦いの要は祐一にあると直感していた。同時に彼が十全に動ける舞台を整えることこそが己の役目だとも理解していた。

 

「今日ばかりはあいつに華を持たせてやるか。……だからって訳じゃないが、付き合ってもらうぞサトゥルヌス」

 

 フッ、と。カンピオーネである己が己以外のカンピオーネに戦局を委ねるおかしさに大きく口角を吊り上げた。

 

 

 ○◎●

 

 

「あいってぇ……! クソッ、あの龍モドキめぇ……街までふっ飛ばしやがって!」

 

 ガラガラと瓦礫を持ち上げて、姿を現した祐一。オプスの尾から繰り出された攻撃で盛大に吹き飛ばされた彼は数キロは離れていた街まで舞い戻り、モニュメントに激突する事でやっと停止した。

 攻撃の豪快さや建造物破壊などの被害に比して、祐一はわりと元気だった。距離が離れたのもあるだろうが、護堂の言うとおり呪力を高めてみると痛みが引いていく。

 深く息を吸って、吐く。ここには鱗粉は届いておらず、気にする事なく肺に空気を満たせた。呼吸は気を練るにあたって重要な動作だ、それを示すように臍下丹田に気が満ちて行くのを感じる。呼吸は戦いと生命活動の基礎であり要、精神を落ち着かせる作用もある。

 

「よし」

 

 立ち上がると、祐一は戦士の顔に戻っていた。それと同時に、文字通り、突然ふって湧いてきた祐一に驚愕する人々の視線が突き刺さった。

 どーもどーも、と手を振り、空を見る。視力がすこぶる良い祐一の視界には、悠然と空を滑空しながら『白馬』を追う竜……オプスの姿がハッキリと見えた。

 野郎ォ……。だが走ってても間に合わねぇどうする? 走ってては間に合わないが『鳳』を使っても制限時間が発生してしまう……だがここで手をこまねいている訳にもいかない。

 そうして思案する彼の目に飛び込んできたのは御者のいない一台の()()であった。一頭の馬がひく、小さな馬車。それを見て取った途端、あれだ! と祐一はモニュメントから飛び降りた。

 馬車へ乗り移って手綱を握る。その瞬間、さながらスイッチが切り替わったように手付きと眼光とが鋭いものとなった。

 馬車をひく馬の思考や吐息にコンディション、馬車の性能から空気の流れに、目標への最短ルート……あらゆる知識や情報、経験さえ降ってきた。祐一は権能と行使したのだ、第二の権能『 聖武帝の稜威(domination over the world)』を。

 手綱を打つと意を得た馬が大きく嘶き、そのまま疾走を開始した。

 

「すまねぇ! これ借りるな!」

「あっ! ちょ、ちょっと!?」

「いつか返すからー!」

 

 持ち主らしき人物に手を振って、言葉が帰ってくる時には馬車の影も形もなく、ただ二本の黒焦げた轍のみがあった。

 

 

 祐一の『 聖武帝の稜威(domination over the world)』は『鳳』のように瞬間的に神速には到れぬものの、アクセルを上げていく事で神速に到達する権能である。

 彼のひく馬車は権能の加護のままに音速の壁を超え、そのまま一気に神速下へ到達した。神速は稲妻の速度と同等。ならば当然、視界に入る距離にいたオプスに到達するのは容易く……馬車と祐一は勢いをそのままにオプスの横っ腹に激突した。

 

「どっせぇぇぇぇい!!!!!!!!!!!」

 

 ───KULUAAAAAAAAAAAN!!! 

 

 神速にはいくつか種類があると言われている。一つはAの地点からBの地点までに掛かる時間と短縮したり、距離を縮めたりする方法。

 祐一のもつ『鳳』はこの部類に入り、エイル、祐一がたびたび使っている縮地法も歩法で距離を縮めるもので応用の部類に入るだろう。

 だが『 聖武帝の稜威(domination over the world)』は違った。前者のように何かを技術や魔術で操作するようなお行儀の良いものではなく、ただひたすらに呪力と気合を叩き込んで速度をブーストしていく、とても頭のわる……もとい、凄まじく実直なで男らしいやり方なのである! 

 また、時間や距離を操作するのではなくそのままスピードを上げていくので祐一+騎乗する物体が神速の弾丸になるという事に等しい。

 それは神といえど咄嗟に避けれるものではなく……オプスはその莫大なエネルギーを余す事なく受ける事となった。これにはいかに頑丈な『まつろわぬ神』であろうと堪らず、力を失ったように墜落していく。

 ズズん……大地に巨大な質量が激突した鈍重な音がビリビリと馬車を揺らす。

 

「これでお返したぜオプス! ──次はお前だ『白馬』!」

 

 再び手綱をひいて今度は本命である化身の方向へ駆け出す。祐一はふたたび高速で車輪を回しはじめた。『白馬』も神獣とはいえ神速で移動している訳ではない。

 ならば今、神速に準ずる速度を出せる祐一であれば追いつくのは赤子の手をひねるように簡単な事。

 獲った! 

 以前と変わらず勇壮な姿をした白き神馬へ手を伸ばし──その瞬間、悪寒が走った。

 直感に任せ、一気に左へ旋回する。結果的にその判断は大正解だったらしい。何かが後方を駆け抜けた感覚……すぐさま振り向き、驚愕した。

 

「空に、爪痕!?」

 

 見ればさっきまでいた場所が大気ごと綺麗に削られている。それだけではない……まるで真空を埋めるように周囲の大気が穴の開いた箇所へ吹いていく。

 地上を見ればオプスが爪を振り降ろした体勢で、祐一を見上げていた。誰の仕業かは一目瞭然。

 これは権能なのだ……そして紛うことなき攻撃! まとも命中すれば間違いなく馬車は粉々になり、よしんば掠ってもそこから真っ二つに引き裂かれて居ただろう。

 どんな権能なんだ、と考える暇もなくふたたび悪寒が背筋を舐めた。

 ガリガリ、幾重もの爪痕が生み出され疾走しても無視できない突風が吹き荒れる。

 ちくしょうッ『白馬』は今は手が出せない──先にオプスを! 

 そう考えてオプスに目標を切り替えるが……いない。先ほどまで虎視眈々と祐一の命を狙っていたオプスが消えていた。

 目を凝らして地上を俯瞰すらと、オプスらしき者の背が地上へ浮き出ていた。まるで海を悠々と泳ぎ、海面に突き出るサメの背ビレだ。

 厄介なことに奴は地中を高速移動して攻撃しているらしい。大地を司る者としてこんな事は些事のようだ。いや、大地の神を司る……? 

 

「そうか! オプスは地母神と言っていたな」

 

 そこではっとする物があった。あの攻撃は風でも爪でもない。

 大地の神が空に唯一影響を及ぼせる力──()()。地母神とは地球という大地そのものの神……ならば重力を自在に操っても不思議ではない。

 そして重力の本質は空間を歪ませる事ならば、オプスの攻撃にも筋は通る。

 

「って、んなもんどうやって防ぐんだよ!」

 

 攻撃の正体に気付いたはいいが、それを知ってもどうしようもなく鉄槌の豪雨は降り止まない。

 どうすっか。鉄槌を避けながら、窮状とまではいかないが難しい局面に思案する。

 オプスの速度はそれほどでもないはずだ。神速が出せるなら既にこの戦いの決着は着いている。ならば神速を引き出せる祐一が圧倒的に有利なはず……この場の勝利条件は──ッ。

 しかし相対する敵は、考える時間を与えてくれるほど優しくはない。オプスの莫大な重力の爪に阻まれ思うように走れない。

 そして。

 またか! あの特有の酩酊感に襲われた。周囲を見なくても分かる、狡猾なあの竜は鱗粉をいつの間に散布していたのだ。

 だが祐一もまた"神殺し"の戦士。同じ手を二度は食わない。呪力を横溢させ、祐一は脱した……が、馬は抗う術がない。鱗粉を吸い込み肺をはじめとした内蔵がズタズタになった馬は、力なく頽れた。

 

「しまっ──ぐッ! 掴まったか!」

 

 重力の爪が馬車の荷台を掠った。ただそれだけでブラックホールに吸引される星のごとくバラバラになってひも状に吸い込まれていく。

 今にも命脈の尽きそうな馬に加護を与えてつなぎ止め叱咤するが……。

 

 

 無類の自由度と即応性を誇る『 聖武帝の稜威(domination over the world)』。

 騎乗するものを選ばない自由さはあるが、性能差は如実に現れた。眷属でも神獣でもないただの馬では思うように出力が上がらない。

 

 ここで終わるのか? ……いいや、まだだ! 祐一は両眼を眇め、決意を固めた。

 加護はあれどただの生き物には神話の戦いは厳しい……なら──十全に揮える力を与えてやればいい! 

 なにを思ったか祐一は、崩れゆく馬車を捨て、馬へ乗り移った。

 

「死魔の軍靴を鳴らせ!」

 

 口訣に呼応し、騎乗していた馬の姿形が変化する。首は縮み、顎は伸び、果てには長大な牙さえ生える。体毛が銀へと変わり、鬣の長さへとあふれるほどに。その姿は勇壮なる銀の毛並み持つ"狼"。

 

「すまねぇ、もうちょい付き合ってくれ! ──駆けよ!」

 

 オプスと祐一の競り合いは佳境となり、『白馬』への距離はもう幾ばくか。この戦いの趨勢が決まろうとしていた。

 

 

 ○◎●

 

 

 接近戦に持ち込まれた、か。

 サトゥルヌスから放たれる連撃を、持ち前の直感で躱しながら護堂は胸中で独り言ちた。サトゥルヌスは農耕神という前評判に対して、意外にも優れた戦士であった。舗装のされていない泥濘んだ地面で軽快にステップを踏み、拳を縦横無尽に振るう。その上、揮われる拳も危険な代物だ。

 地面の触れたならば途端にあたりが芽吹き、花開き、実を落として枯れていく。動物ならば成長し、老いていき、死を迎える。

 まさに生と死の循環を早める拳だった。生もまた突き詰めれば死を早める事になる……過剰な生命活動を促す「生」の拳であると同時に「死」をもたらす拳でもあるのだ。

 それを直感と経験に任せてひたすらに躱す。

 

「逃げてばかりだな草薙護堂? 余の武技に手も足も出ぬか」

「まあな、それにアンタがステゴロも出来たことに驚いてるんだよ」

「愚昧な。己が祖は武威を鳴らす光の英雄たるミトラスぞ? ならば余の武技も遅れをとるものではないと自負している」

「そういやローマの人たちって寛容で適当だったな……」

 

 過去の戦いで知り得た知識を思いだしたのか、呆れたように苦笑する護堂。古代のローマ人はよその神話をそのまま持ってきて自分たちの神話に当て嵌めるほど寛容で、適当だったらしく、サトゥルヌスもその影響を受けているらしい。

 というか、それがなければサトゥルヌスもただの農耕神で終わっていたかも知れないな……と遠い目になった。

 

「嘗て此処とは違う世界にて神ならぬ身の余がそなたと争った時には無碍にも袖にされてしまったが……今度ばかりはそうはさせん。必ずや太陽神として復活を果たし、そなたを打ち砕いては、この幾星霜も続く因縁に決着を付けるとしよう」

「させると思うか?」

「フフフ……そなたには幾度も余の思惑を阻まれた。が、今度ばかりは上手く運ぶと思わぬことだ……」

 

 サトゥルヌスの瞳は獅子の意匠の刻まれた黄金の仮面に覆われ、見透す事はできない。けれど鉛とコールタールの入り混じった重苦しく鋭い眼光と、視線が交錯する感覚を覚えた。視線の重さと同等の重い拳が放たれる。

 

「ああ、憶えているぞ……昔日の敗北を。君もまた持っていただろう? あの若き"神殺し"と同じく日輪を運ぶ神馬を」

「…………」

「なんと数奇な事だろうか? 余が欲する太陽を携える者が二人も現れるとは」

 

 サトゥルヌスの言葉によれば、護堂のもつとある権能と祐一の権能は似通っているらしい……日輪を運ぶ神馬、『白馬』と酷く似た権能があるほどに。

 護堂は無言を貫いた。右腕を軽く振るう。

 

「更に言えば、此処にはあの麗しき神殺しの気配も感じ取れる……そなたをここで討ちあの神馬も手に入れれば我が宿願は此処で終わる!」

「そういうのを取らぬ狸の皮算用って言うんだぞ」

 

 無言だった護堂がそこで言葉を返した。風が吹き、護堂の髪とサトゥルヌスの外套を静かに揺らす。

 そこで痺れるような酩酊感が、全身を駆け抜けた……護堂ではなく()()()()()()に。サトゥルヌスは驚愕に目を剥いた。

 

「馬鹿なッ! これは我が妻のもの……ではないな!?」

「当たり前だろ。同じものを使ってアンタに効く保証はないし、それそれじゃあ芸がないからな」

「憶えがあるぞ! まつろわす鋼の具現を示す神刀! おのれ忌まわしい!」

 

 護堂はとある権能を保有している……一度受けた権能を模倣するという権能を。

 最源流の鋼に由来したその権能を介することによって、草花を枯らす鉄粉として現出させたのだ。金剋木。鉄の斧が大木を切り倒す事ができるように、地母神に『鋼』の英雄が天敵であるように、木にとって鉄は天敵。

 ゆえにサトゥルヌスもたまらず跪いていた。

 

「おのれ草薙護堂! 抜け目のない!」

「……なぁサトゥルヌス、アンタさっき俺から『白馬』を奪うのもいいって言ってたよな?」

「む……!?」

「──なら、奪ってみるか?」

 

 護堂の嘲弄する言葉。しかしサトゥルヌスは、そこに憤慨する余裕をたやすく奪われた。……なぜなら目の前に、いま己が一等欲する『白馬』が突如として現れたのだから。東の空より天下る薔薇色の曙光に、思わず瞠目する。

 

「こ、これは!?」

 

 サトゥルヌスにとって到底無視しえない出来事……悲願達成の最後の鍵へ、手を出さない訳には行かなかった。

 なぜなら手を伸ばさなければ、そうしなければ、己がアイデンティティが崩れ去ってしまう。

 

 現在のサトゥルヌスは『まつろわぬ神』の域にいるとはいえ、不完全な身の上だ。まともに他の神や"神殺し"とぶつかれば善戦しつつも敗北するだろう。

 だがそれを仮にも従属神を従え、"神殺し"二人を相手取るほど押し上げているのは、偏に自我の強さであった。

 太陽神へ回帰する。"神殺し"へ復讐を果たす。不動にして絶対の目的があったからこそ、強者で居られたのだ。

 しかし、だからこその陥穽……本願へ一途に真摯に突き進むなかで、目の前に欲するものが現れたならば、例え罠であろうと手を伸ばさずには居られなかった。

 

 サトゥルヌスが手を掲げ、『白馬』の光に触れる。触れた指先から、手へ、そして腕へ……太陽さながらに光り輝いていく。ささくれだった皮膚やむき出しだった筋肉が、瑞々しく力強いものへと変わる。

 

「おぉお……ッ!」

 

 思わず歓喜の声を漏らす。

 

「ハッ……ハハハッ! ハハハハハハハハッ! つ、掴んだぞッ! 悲願の夢をここに掴んだッ! 我が野望、ここになれり!!!」

「──ああ、掴んだな?」

「な、に!?」

 

 変化が、止まった。『白馬』を掌中に手に入れ、太陽神と化していたサトゥルヌスの両手が、『白馬』の光明ごと悉く夜のような晦冥の黒に染まっていく! 

 それだけではない……この影は、蠢いている。光り輝くものの存在を許さじ、と言わんばかりに光をもつ場所を片っ端に押さえつけ拘束していく。『太陽を喰らう者(Sun Stealer)』──かつての大戦で風神ハヌマーンから簒奪した権能。護堂の数多ある権能の一つであった。

 

「俺とアンタ、一回休みだ。ま、後輩がせっかく張り切ってんだ。ここで観戦してようぜ?」

「草薙ッ……護堂ォ!!!」

 

 両腕を影にて縄打たれ、大願成就の寸前でお預けをくらったサトゥルヌスの絶叫が空を揺るがした。

 

 

 ○◎●

 

 祐一たちが滞在していた街。その住民は超常の戦いが始まり、それなりの時が流れようと、誰一人として危険だから逃げようとした者はいなかった。

 それは"神殺し"たる白蓮王が治める地ゆえ、という訳でもすべての者の肝が座ってる、という訳でもない。強いて挙げるとすれば土地柄か。

 此処はヒューペルボレアという神話世界で、人と神の距離が限りなく近い世界なのだ……それこそ現代人では考えられないほどに。

 超常の者たちが街に訪れては、時たま覇を競う。

 そういったのは慣れっこで、だから彼らは遥か天上で織り成される神話の戦いを、かつてローマのコロッセオで開かれた催し物のように観戦する事ができた。

 戦いは激化し、地を割り、天を裂く。同じ日に三つもの太陽が現れては紫電が舞い、竜と戦士の咆哮が万物を揺るがし、人々は熱狂した──

 

 

 なにか……あと一手……あと一手が欲しい! 

『白馬』を追いつつもオプスの執拗と形容していいほどの重力の弾雨から逃げ回る祐一、けれど現状を打破する一手が足りず苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。

 祐一も必死だがそれはオプスも同じ事。地中を征き重力を従えるオプスと空を翔ける祐一は絶妙な綱引きの間で、一進一退の攻防が繰り広げていた。

 負けたくない。

 祐一の胸中に偽りない声が木霊した。

 何歩も先を行く先達に追いつく為、心も奥底で声高に叫んでいる常勝不敗を成し遂げる為、こんな所で足踏みしてられない。

 そう祐一が意識を切り替えた瞬間、試してみるか? 今まで気付かなかったのが不思議なほどハッキリと内なる者が囁いているのを聞いた。

 言葉もなく頷く。

 最後のピースがはまった気がした。

 

 

 ──恐怖でも、不安でもなく……神とそれに匹敵する戦士の戦いに、人々は魅せられていた。安全圏で覗き見える超常の戦いは、娯楽の少ない彼らにとって一大イベントだったのだ。

 人々は正直なところ、正確な事はまるでわかっていない。当然だ、人知を超えた戦いなのだから。戦っているのがなんの神なのかも、そもそも何故戦っているのかも知るところではない。ただ二つの強大な勢力が相争っている、ただそれだけしか理解できなかった。

 であれば。

 

「我は最強にしてすべての勝利を掴む者なり───」

 

 ──みんな、力を貸してくれ。二つの勢力のうち、声を上げた方へ味方するのは必定であった。

 祐一の行使した化身は『山羊』。民衆を導き、民衆の支持を力と変える権能であった。

 頑張れよ、もっと派手にやってくれ、毎日やって欲しいなぁ……なんとも身勝手な声援と力が、興奮と少しの恐怖を携えて、祐一の手元へやってきた。

 権能の同時併用の障害で、凄まじい頭痛に襲われながらも、可笑しくなって笑みが浮かぶ。

 ──勝つぞ。ふたたび声にすれば、また一際大きな力が祐一のもとへ訪れた。

 

 

 同時にその声は、護堂にも聞こえていた。サトゥルヌスを抑えるために身動きの取れない彼だったが、遠くで起こった戦況の変化に目敏く気付き、ニヤリと笑った。

 

「へぇ。祐一のやつ、『山羊』を掌握してたのか。……なら、力を貸してやるか。──言霊の技を以て不義なる者、邪なる者を征す。声なき者よ、義なる者を救けよ。民衆に仇なす悪意を挫く一助となれ」

 

 護堂は語りかけた。祐一のいる街の人々ではない、すでにあの街には祐一の声が届いている。いまさら護堂が声を上げても仕方がない。

 ……ならば誰に? 

 それは、声なきもの。そこら中に広がる緑の一つひとつに、自然界に生きるすべての者たちに、護堂は語りかけたのだ。

 草花も風も大地も、護堂の言葉に耳を貸した。

 草木にこれと言った意思があるわけではない。けれど『まつろわぬ神』と"神殺し"が闘うというのは、それだけでも十分な脅威なのだ。

 だから彼らは本能のままに力を貸した。一つだけ見れば塵芥に等しい力、けれど億を超える命の奔流は祐一のかき集めた力とは比較できないほど膨大なものとなった。

 それが幾年月を掛け、完全掌握した『山羊』の真髄である。

 サトゥルヌスという神を抑えながら『白馬』と『山羊』そして『太陽を喰らう者(Sun Stealer)』の行使という三つの権能の同時行使以上の難業だ。未熟な祐一では到底なし得ない離れ業であった。

 

 

「こいつは……──護堂さんか!」

 

 護堂から手渡された力の奔流は、余す事なく祐一のもとへ雪崩込んできた。当然の過剰な負荷にぶわりと汗腺が開いて、苦悶に顔を歪める。

 

「ぐおおォ……! スパルタだなッあの人ッ……でも!」

 

 だが、それでも、操作を乱す事だけはしない。高速下で鉄槌の弾雨を躱しながら、手元に呪力を凝縮させる。

 莫大な呪力の高まりに本能的に危険だと察知したのだろうオプスがさらに苛烈な重力雨を起こす。その様相はもはや嵐と言っても過言ではなく、抜け道はひどく小さい。けれど祐一は至る所に細かい傷を作りながらも躱し切った。

 時は祐一の味方だった。膨大なエネルギーを祐一が掌握しはじめている。焦ったオプスは本領である大地から飛び出し、天空へ駆け昇った。

 己を脅かす元凶たる祐一を、己が手ずから引導を渡すのか……そう思われた。しかしオプスは、予想に反し祐一に向かってくる事はなかった。

 当然だ、オプスの目標は最初っから『白馬』に他ならない。だが。

 

「──我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり! 最も尊く尊崇尽きぬ者よ! 義によりて立つ我に、勝利を與え給え!」

 

 オプスが『白馬』へ手を下すより先に、祐一の掌握が完了した。祐一の手のひらに集まる莫大な「力」が収束し、形を成していく。それは一張と一本の弓矢だった……何の装飾も無く、無骨で実直な弓と、一本の矢。それが、祐一の望んだ武器。

 流れる動作で弦に矢を番え、限界まで引く。その姿はさながら伝統的な演武の一つである流鏑馬を思わせるほど堂々としていた。両の目を炯と変え、瞬きのうちに『心眼』へと到らしめる。気付けばもう矢を放っていた。気負いのない軽い動作、しかし放ったそばから極大の稲妻へと変貌していた。

 

「往生しろオプスッ!」

 

 大気の壁を無理くりこじ開けながら晴天の霹靂がオプスを強襲する。例え『神』であろうと必ず屠る、必滅の一矢は獲物を呑み込まんと迫った。──しかし従属神とはいえオプスもまたさるもの。大地も天空も変わらぬとばかりに変幻自在に空を舞い、祐一渾身の雷撃を回避する事に成功し……いや、違う。

 そもそも祐一の雷撃はオプスを狙ったものではなかったもだ。稲妻はオプスの脇を駆け抜けると、そのまま先にいた『()()』へ直撃した。有り余る熱量をその身に受け、白き化身は光の粒子へと姿を窶した。稲妻は見せ札だったのだ。真の狙いは『白馬』のみ。オプスと祐一、見ている物は同じだったのだ。

 光芒が祐一の身体へ取り込まれると、態勢を一気に反転。神速に至ると護堂を拾った。

 

「護堂さん! 『白馬』手に入れました!」

「よし。じゃあ逃げるか」

 

 仇敵二柱を振り向きすらせず、二人の王はそのまま疾走した。祐一と護堂、鮮やかな撤退である。

 

「逃したか……。まぁいい」

 

 閃光と化した宿敵を見送りながら短くサトゥルヌスが零す。その声色は色が欠片もなく、彼の胸中を鑑みる事はできなかった。

 

 ───KURUAAAAAAAAAAAN!!!!!!!! 

 

 ただ、オプスの大音声だけがヒューペルボレアを揺るがしていた……まるでサトゥルヌスの激情を読み取ったかの如く。

 

 

 ○◎●

 

 

「護堂さん、俺思い出しましたよ。俺が何者なのか……」

「……そうか」

 

 残る化身は一柱。……二人の旅も終わりが近づいていた。




残り三話でヒューペルボレア編は終わりですわ。
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