王書   作:につけ丸

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070:冥府を降るオルフェウスたち

 十二月、冬至である。

『白馬』争奪戦に敗れたサトゥルヌスはヒューペルボレアでも最大の陸地にあるという『冥府の谷』を目指していた。

 道連れは多い。妻たるオプスだけではなく、オプスの眷属と思わしき仔竜が、背に数多くの人間を乗せ、空を飛んでいた。自身もまた四輪の戦車(クアドリガ)を仔龍にひかせ空を征く。

 サトゥルヌスはただ『冥府の谷』に向かっているのではなく、遠周りと寄り道を繰り返しながらゆっくりと歩を進めていた。

 

 ヒューペルボレアという神話世界の地には不思議な法則が存在する。"海をながるる聖なる獣を殺さば、大地が広がる"という不可思議な現象が。

 

 サトゥルヌスは何を思ってかその行為を繰り返していた。空を征きながら行きがけに聖獣を見つけると、弓を構え、虚空より矢を抜いて、そうした海上をただよう獣どもを強弓による一矢で息の根を止めた。

 聖獣を殺し、その後には恵みにあふれた大地が広がる。すると、大地を広げ恵みをもたらしてくれる通りすがりの神をヒューペルボレアの人々は諸手をあげて迎合した。

 

「雄牛を殺し、大地を広げる者!」

「光を持ち帰る者!」

「みごとなる姿の御方!」

 

 龍を従え、民を従えたサトゥルヌスが降り立つと、人々は惜しみない讃美を言祝ぎ、彼もまた否定するでもなく鷹揚にうなずく。

 

「さぁ、ついてまいれ。遅れるでない。余の英雄譚はまだはじまったばかり。……最期まで見届け、詩に、絵に、子々孫々末代に至るまで語り継ぐのだ」

 

 その言葉を聞いた者たちは雪崩を打って、サトゥルヌスに追随した。オプスが一声鳴けば、地上から逞しい仔竜が続々と姿をあらわし、人々を背に乗せてた空へ飛びたった。

 

 この一連の流れをいくつもの島や街で繰り返せばヒューペルボレア中でサトゥルヌスを称える讃歌は止む事なく、尊敬と信仰を集める事となった。

 

「人の子らよ、時は満ちた! 余はこれより冥府にて聖なる『火』と聖なる『光』を持ち帰る!」

 

 そうして人の数が千を越える程になった頃。サトゥルヌスは民衆へ向けて雄々しく宣言し、わずかな興奮と色濃い不安が広がった。

 

「なに心配はいらぬ。余が死なぬ限り余の加護によっておぬしらは死ぬ事はない」

 

 優しげな声音で慈悲深い言葉を掛ければ、空に歓声が鳴り響いた。彼らの熱狂とサトゥルヌスの進撃は未だ翳りなく、英雄譚が止まることはない。

 

 ──ところでヒューペルボレアでは聖獣を殺し《大地を広げる者》という称号で讃えられる、神や英雄がしばしば現れる。

 この者たちはヘラクレスやイザナギに見られるような冥府下りの逸話をなぞるように冥府へ赴き、多くのものがそこで無残な死を遂げた。

 だが後に相応しい贄……民衆や聖遺物など……を捧げる事により死した英雄は『火と光』の神性を得て復活し、一度は敗れた相手に逆襲を遂げることで《光を持ち帰りし者》の称号を授かった。

 

 これは決して眉唾な話ではない。

 ヒューペルボレアという地はそう言う、所謂、ヒーローズジャーニーが繰り返される場所なのだ。

 サトゥルヌスの狙いはこれだった。冥府にて地母の龍たるオプスに殺される事によって死に至り、引き連れた民衆を贄とする。最後には冥府帰りを果たす事で《光を持ち帰りし者》となって光明神ミスラと至るための。

 

 余の宿願が果たされる時は近い……。仔竜の牽く四輪の戦車に乗ったサトゥルヌスは仮面の下でほくそ笑み、幾百幾千とも知れぬ民を引き連れて『闇』の中へ吸い込まれていった。

 

 

 ○◎●

 

 

「あれだな」

 

 サトゥルヌスが民衆を連れて闇のなかへ入り、一刻ほど。噂を聞きつけた祐一と護堂二人は『冥府の谷』に訪れた。

 谷底から溢れかえる瘴気は氷さながらで、生者を忌避させる風でありながら生者を招き寄せる()()()()がそこかしこに蔓延っていた。身にまとう服が重苦しい瘴気を吸ったかと錯覚するほど重さを感じ、知れず肩に力が入ってしまう。

 

「あの中に入るんですか……? なんかくぐった途端、『しんでしまうとはなさけない! 』とか言ってパンドラ義母さん出てきそうですよ」

「お、当たりだ。あの中は黄泉とか冥府なんて呼ばれる場所だからな。死んでしまうのと同義で、死者になるんだよ」

「は?」

 

 茶化したら予想の上を行く言葉で肯定され、思わず間の抜けた声を漏らしてまった。だが護堂の言うとおり、あの中は冥府で、そこに入るという事は死ぬ事と同じなのは当然であった。思わずギョッとする祐一。

 

「何度か死にはしましたけど、そこに行ったら明確に死ぬって言われてんのに突っ込みたくないですよ俺……」

「俺だって死にたくないさ。ま、死ぬと言っても仮の死者になるだけさ」

「仮の死者?」

「そうだ。だから……祐一、ひとつ忠告しておく。あの中に入ったが最後、地上に戻ってくるまで決して()()()()んじゃないぞ。そうすれば生者のままで居られるからな」

「振り向くな……って振り向いたらどうにかなるんです?」

「今度こそ本当に死ぬ。つまりその禁忌を犯さない限り俺たちは地上にいるのと活動ができて、生者で居られるんだ」

「あー……ちょっと違いますけど、なんかそう言う話ありましたよね。オル……オル……オルフェンズ?」

「オルフェウスな」

 

 つまり見るなのタブーである。その類の話は古くからあり、それも世界各地にあった。祐一たちの言うオルフェウスの逸話やイザナギとイザナギの神話、聖書にも似た話はあった。

 

「そういやパンドラさんも似た逸話を持ってたな」

「あ、それ知ってます。パンドラの匣っていう話ですよね、開けちゃいけない箱を好奇心に負けて開けちゃうやつ」

 

 愚かな女とも称された我らが義母殿。彼女は祐一の言うように神に与えられた箱を開け、世に災厄を齎した……。

 と、そこまで言って寒々しい木枯らしが肺のなかに吹いた気がした。彼らの義母たるパンドラもまた見るなのタブーを犯した逸話を持っている……そして自分たちは義理とはいえ息子たち……。

 

「嫌な予感しかしねぇ……」

「言うなよ……」

 

 義母とはいえ親類がそんな逸話を持っている事に思わず渋面を作ってしまう二人。ボヤきながらもグズグズしてられないと結局、『冥府の谷』へ降りる事にした。

 

 変調は、すぐに襲ってきた。思わず呻いてしまいそうになるほど身体が重くなり、闊達だった精神すら低調になった。これでは本来の実力の半分も出せるか怪しい。

 仮の死者になるって、こういう事か! 

 よろけそうになりながら、だが、ちらりと隣にいる護堂に視線を送れば、彼の雰囲気にまったく翳りはなく、ならば「こなくそ」と祐一もやせ我慢で取り繕った。

 闇をくぐるとその先は急な坂道だった。気を付けなければどこでも転がって行きそうな坂だが、それに足を取られるような運動音痴はいない。坂を下りながら落ち着いて辺りを見まわすと森閑とした荒涼の地のみがあった。目にはいる色は灰だけ。聞こえるのはうるさいほどの耳鳴りと、自分たちの足音のみだった。岩や風すらも死んでいる無味無臭の無機質な場所であり、能動的なものはなにもない場所であった。

 

「こんな所に『火と光』があるんですか? 薪になるような物も、生き物も、何もないじゃないですか。そんなものあるなんて酷い眉唾ですよ」

「ある。というか此処でしか手に入らないんだよ。……ここに入る前、サトゥルヌスは聖獣を殺し回ってるって言ったろ」

「大地を広げるため、でしたよね」

「そうだ。動物……特に牛は古代の人々にとって最も神聖な生き物だったんだ。雄々しく、美しく、また多くの人の腹を満たせる捨てる所がないほど珍重された。だから牛は、他の動物たちよりも上位の存在だったのさ。

 地母神のみならず神には牛を聖獣としたり司る神が多いのはそこらに関係してるらしい」

「ふぅん」

「その聖なるものを焼く。その行為は当然、神事となる。牛を焼く焰と焼かれる牛を人々は崇めるようになった……いつしか聖獣を殺すものと火を御すものは合わせて考えられるようになる……そして崇めるならばその受け皿になった神もまたいる。

 居るのさ。牛を殺す逸話を持ち、光と火を司る神が」

「そいつが光明神ミスラ、ですね」

「そうだ。そしてサトゥルヌスもミスラとは無視できない関係があるのは以前も言ったよな? 殺した聖獣が向かうのは当然、冥府。

 殺された聖獣は冥府でも贄となって冥府下りを行う神や英雄へ、焔とともに捧げられる。火と光は不滅の象徴であり、捧げられた彼らは《光を持ち帰る者》となる。それをもとにアイツは太陽神としてのミスラやミトラスではなく、『火と光』を司るミスラへ至ろうとしているのさ」

 

 なんて執念深さ、幾度の敗北や恥辱に塗れようと宿願を果たそうとするサトゥルヌスの姿に、思わず敵であるはずなのに称賛を贈りたくなった。

 護堂も祐一と同じことを思っていたのか小さく笑みを浮かべていた。猛っているのだ。しかし、すぐに笑みを引っ込めた護堂は訝しげな表情を作った。

 

「……だが妙だな」

「え、なにがです?」

「サトゥルヌスの奴が太陽神に回帰する事を諦めたのがさ。神の強さ……というかしぶとさは権能の多さでもないのは知ってるだろ」

「自我の強さ……アイデンティティでしたっけ?」

「そうだ。神格や権能の数なんかじゃない。どれだけ強力で、神王とすら怖れられていても確固たる意志がなければ宝の持ち腐れに等しいからな。俺たちの脅威にはならない」

「まあ、確かに」

「でもおかしいんだ。これまでのサトゥルヌスの目的は一貫していたはずだろ? 太陽神へ回帰する事と、俺を倒す事。だからこそサトゥルヌスは不完全な上に復活仕立てでも従属神を従えるほど強力な神として振る舞えたんだ。

 でも今回のアイツの動きは妙だ。確かにミスラという同じ神には回帰できるとはいえ、神具や由来する権能なんていう道標がなければ、太陽神としての相は薄くなってしまう筈」

「じゃあそれを曲げたアイツは弱くなってる?」

「……どうだろうな。もしかすれば───」

 

「ん──護堂さん?」

 

 声が唐突に途切れた。驚いて辺りを見回したが護堂の姿はどこにもなかった。ポツリと自分の問いかけた声がだだっ広い暗闇に落ちた。

 

 

 ○◎●

 

 

「見失った訳でも、居なくなった訳でもない、か……」

 

 姿が見えなくなった護堂を探し、歩き回っていた祐一だがやはり見つからず諦めたように息を吐いた。探してもいいが先に進もうが先決だろうな、祐一は思考を切り替えた。向こうも探さなくても勝手にやるだろうし、殺しても死ななそうなあの人だ。心配は無用である。

 

 それに逸れようと自分たちの目的が変わることない。サトゥルヌスの野望を阻む事、それのみ。

 そう考え、とりあえず辺りを進んで見るが、歩けど歩けど景色が変わることはなかった。縹渺たる灰色の無機質な土地は、生き物である祐一にとって酷く疎外感を刺激する場所だった。

 地理も目的地も分からない場所に放り出され、少しだけ心細い。

 

「こんな時に叢雲だけでも居てくれたらな」

 

 いつも内にあって、物知りで以外と多弁な相棒を思い出す。堅く古臭い口調とは裏腹に面倒見がよくて、今ではすっかり相談役となっていた相棒がいない事実が寂しい。

 叢雲ってもう人の姿にはならないのかなぁ、たまには呑みたいけどなー。などとつらつらと益体もない事を考えながら……後ろから声が聞こえたのは、そんな時だった。

 

 ──久しいのう小僧──

 

 声。どこかで聞いた声。短い間だったけれど出会ってから聞かない日はなくて、耳によく馴染んでいた声……友の声だった。思わず顔を上げ、瞠目する。

 

「ッ! そ、その声は……!」

 

 声とともに後ろへ振り返ろうとして、そこでハッとした。思い出したのだ……この場所での禁忌を。

 それに少し冷静なれば、この声の主はいるはずがないと……友はもう逝ってしまったのだと、歩んだ過去を思い出す。

 顔も名前も思い出せない、かつての友は死んだのだ……他でもない俺自身の手によって。

 

「お前は、俺の知ってる誰かじゃない! お前は誰だ! 姿を見せろッ!」

 

 どこか自分に言い聞かせる声音だった。祐一の叫び。しかし、後ろの声はクスクスとおかしそうに笑うだけだった。

 

 ──何を言っておる? 我こそ正義と民衆の守護者にして常勝不敗の軍神。そしておぬしの友である──

 

「違う!」

 

 ──何も、違わぬ。相変わらず仕方のない奴じゃ、この声を聞いてわからぬか? そら、振り向いて我の顔を確かめてみるがいい──

 

「違う……違う! あいつはそんな事は言わない!」

 

 ──違わぬ。我は変わらぬよ……そして小僧、おぬしはあの頃から()()()()。神へ回帰する我をただただ見ていたあの時から、のう──

 

 違う、違う。

 これはきっと幻聴に違いない。

 

 そう自分に言い聞かせても、振り向いて、後ろにいる誰かの顔を確かめたい欲求は拭えなかった。

 淡い期待を捨て去るにはあまりにも甘やかな幻だった。

 

 あの声の言うとおりだった。自分はまつろわぬ性に呑まれていく友をただ見ていた時から何も変わっていなかった。

 ……だってこうして有り得ないと、別人であると、脳が結論を出して声高に叫んでいるというのに、心は諦めきれずにいるのだから。

 

「そうだな……。俺は変わらないよ……弱いままだ……」

 

 ──そうであろう。我から勝利を掴み取り、常勝不敗の名を我が物としたというのに、おぬしは未だこのような所で燻っておる──

 

「ああ、そうだな。俺もそう思うよ……"神殺し"になって流浪する間にもっと弱くなった気がする。俺の通った道で起きた惨劇の中には、因果律以上に、俺が弱かったせいもあるんだろうな……」

 

 祐一は気付けば奥底にわだかまる引っかかりを吐露していた。

 語る相手は、友なはずがない。けれども声があまりにも懐かしくして、厳しくも優しくて。話していた……自分の弱音を。

 

「俺はいつも誰かを追い駆けてた。誰かの背中を見てた。お前の時もそう……ヤマトタケルの時も、エイルの時も。今でもそれは変わらないよ……護堂さんを追い駆けてる」

 

 言葉は返ってこなかった。

 

「きっと、それは楽なんだろうな。誰かの敷いた道を迷いなく我武者羅に進む。だって、その先には必ず正解があるんだから」

 

 言葉はまた返ってこなかった。

 

「──でもそれじゃあダメだ」

 

 言葉が返って来なくても構わなかった。

 傍から見ればただのひとり語り。それでも祐一はよかった。

 

「俺は誰よりも前を行かなくちゃならない」

 

 俯いていた顔を上げる。胸を張って、天を見上げた。

 

「だって、神様が現れるあの世界で、みんなが頼れるのは俺という"神殺し"しかいないんだから。……強く、ならなくちゃ。

 誰も彼も救う事ができて、並居る敵を薙ぎ倒してみんなが進む道を作れるくらい、強い人類の希望(エルピス)に…………」

 

 ──その先で、おぬしは再び道を誤るかも知れぬ、或いは、さらなる惨劇がおぬしを打ちのめすかも知れぬ。よしんばおぬし自身が打ちのめされるのは良かろうとも……無辜の民が、父が、母が、兄弟が……我らの同族によって、或いは、おぬしの手によって無惨にも死に絶えるかも知れぬのだぞ? ──

 

「それでも……。それでも、俺はこれが正解だと思うから。俺はやっぱり突っ走るだけだよ」

 

 ──おぬしはそれで納得できるのか──

 

「ああ、できるさ。納得してやるさ。俺の信念は変えられない。

 ──俺は思うままに生きるよ。そして今度は俺が誰かを導く。()()()()()()、お前がそうしてくれたように!」

 

 ──進むか。修羅の道を──

 

「そうだ、俺は行くよ。お前とまた再会した時、恥ずかしくないように……胸を張って、語り合えるように──そしてお前にまた、勝ちたいから!」

 

 ──……まったく。馬鹿者が──

 

 かつて友がいた。誓いも、約束もあった。残ったのはそれだけだった。でも、だからこそ、それが何より大切なのだ。

 

 パルヴェーズの幻と言葉を交わすなかで、まだ人だった頃の自分を見れた気がした。

 見えた自分と今の自分は、笑ってしまうほど変わっていなくて。でも背負っているものだけは、体積と重量を増していて。

 これじゃあ、潰れてしまうのも仕方ないよな。思わず苦笑が浮かんで、すぐに消えた。

 

 先へ、進まなければならない。なら、どうする。

 変化を、望め。……いや、変化するのではない()()するのだ。

 もうこんな思いをしないでいいように。俺はさらに一歩、踏み出さねばならない。

 

 変化する──もう誰かに利用されないように。

 進化する──もう誰かを取り零す事のないように。

 新生する──もう誰もかもを己の剣で守れるように! 

 

 名前も知らない天使さんよ。アンタがどんな経緯や思惑があって俺のもとに戻ってきたのかは知らない。

 でも、感謝するよ。アンタが世界のために命を賭してくれたように……幾星霜の果てに俺へ言葉を遺してくれた事に……俺は報いるよ。

 俺は、俺の信念を貫いて、世界を救う! 勝って、勝って、勝ち続けて! 俺は、──常勝不敗の『救世主』になってやる! 

 

「その為にはサトゥルヌス! お前が邪魔だッ! 俺が征く道を塞ぐっていうんなら……俺はお前を斃して──先へ征く!!!」

 

 冥府が鳴動するほどの咆哮……いや、産声なのだ。

 戦士から王へと。少年が殻を破り青年へと。新生した木下祐一という益荒男の産声なのだ。

 己の内に存在する化身をはじめとした、あらゆるものが己を認め、惜しみなく言祝いでいる。清々しく、誇らしい。

 だけど、まだだ。まだ足りない。それを埋めるには……

 

「すまない……お前はずっとそこにいたんだな! 俺が気付かなかっただけで! 

 鋭く近寄り者よ、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ──来い、ラグナ!」

 

 ──ォォォオオオオンンンンッ!!! 

 荒ぶる大音声とともに地底を砕いて勢いよく光球が飛び出してきた。光球の内に宿るは容貌魁偉なる黒い巨神。

 祐一がうなずくと光球はそのまま彼のもとへ直進し、そのまま溶けて同化した。やっと帰ってきた盟友に笑いかければ、獰猛に笑い返された感覚を覚えた。

 そして……

 

「お前もだ──叢雲ォ!」

『応!』

 

 虚空に手を掲げれば、冥府の彼方から漆黒の神刀が姿を現す。弾丸さながらの速度で向かってきた相棒を掴み取った。

 もう離してなるものか。ああ、そうだ。距離なんて関係なかった友は……だって友は最初っからそこに居たのだから。ただ、自分が気付かなかっただけ。

 

 失われたピースがはまっていく。記憶も、友も、化身も揃っていく。あとに残ったのは『雄羊』と『風』の二つの化身、それらを取り戻すだけだった。

 手のひらに、火を灯したような光が宿ったのは、そんな時だった。

 

「『ミスラの松明』が……」

 

 気付けば右腕を起点として燃え上がるように熱かった……それに冥府に入った時から伸し掛かっていた身体の重さも綺麗サッパリ消えている。

 この感覚には三度ほど、覚えがあった。どちらも記憶に焼き付くほど印象深い出来事。

 一度目はウルスラグナとの最終決戦の折、光明神の力で彼の神に綻びを入れた際に。

 二度目はチンギス・ハーンとの決戦の折、『山羊』を行使した際に。

 三度目はヤマトタケルへ最後の一撃を放つ折、『白馬』と『山羊』、叢雲が合力した際に。

 けれど、今まで感じたどの熱よりも、熱く、激しい。かの光明神の気配厚き神具が、ここぞという時に祐一を助けてくれた物が、大きく変貌を遂げている。

 

「へぇ、興味深いな。神具が活性化……いや、進化したなんてな」

「うわ、護堂さんいつの間に」

 

 思わずのけぞる祐一。いつの間にやら護堂が隣に立って、興味深げな視線を送っていたのだから仕方がない。

 

「ちょっと前にな。一人でブツブツ呟いてたあたりだっけ……でも、見つけたあとに傍観しといて正解だったな」

「見てたんなら声掛けてくださいよ」

 

 呆れても護堂は微苦笑するだけだった。

 

「声掛けてたらお前は変わらないままだったかも知れないだろ。それに俺の助けなんか邪魔になるだけだって」

「そりゃあ……そうかも知れませんけどぉー」

「はは。……でもお前は運が良い」

「運が良い?」

「ああ、お前やサトゥルヌスはヒューペルボレアの《運命》の繰り糸ってやつに選ばれてたんだよ。どっちも“力ある者”だし、ミスラにも縁を持ってるしな」

「へー。で、選ばれたらどうにかなるので?」

「まあなんだ。そいつらは冥府に下ると本来の力を発揮できなくなる上に、必ず苦難に見舞われて、よほどの僥倖に恵まれない限り敗北して死ぬ、って言われてるんだが……どうやらお前はそのよほどの幸運ってのを持ってたらしいな」

 

 ふぅん……。祐一は良く分からないと言ったような答えを返した。ただ、あのままでは死んでいたらしい事は分かった。

 まあ過ぎた事だしいいか……と気持ちを切り替わる祐一。目下の興味は『ミスラの松明』に向かっていた。

 

「でも進化ってなんでまた」

「さぁな。要因は分からないが心当たりはあるんじゃないか?」

「まあ、なくはない……か?」

 

 先刻、起こった自分の精神の変調……そのあとに何か、内に秘めた者たちに認められた感覚を覚えた。

『ミスラの松明』もその一つだったのかも知れない。祐一が成長したように、"神殺し"となった折に己と溶けあい同化した、この神具も進化したのだろう。

 

「神具ってのも色々でな、神がかつての姿に回帰する標榜としたり、意思を持つものもある。サトゥルヌスが何度も復活する原因も、『サトゥルナリアの冠』っていう神具のせいだしな。

 神具は不朽不滅なものも多いし、権能みたいに強大な力を持ってるのも少なくない……『ミスラの松明』も、もともとは制約の大部分を取り払うくらいには強力な神具だったんだろ? なら"一つの権能"ってほど、昇華されてても不思議じゃないと思うぞ」

「一つの権能……って、また大きく出ましたね」

「お前の持ってるその神刀も、大別すれば神具なんだぞ?」

「え、叢雲が? へぇー」

「他に考えられるのは神具ってのも結局、神様由来のものなんだ。持ってる権能に似通った神様のものがあれば引っ張られて少なからず影響を受けてもそれほど無理筋って事にはならないんじゃないか」

「うーん、なんか適当っすね」

「はは、長くこっちに身を投じてれば分かるけどそんなもんさ。神様の元になってる神話も、地域や時代によってまちまちだし、同じ神でも全く別の性格を持った神様に出会うことだってある。

 それに俺たちの持ってる権能だってアバウトなものじゃないか。できると思ったら大概の事はできるし、神様から奪って俺たち用にチューニングするし、何でもありだぞ」

「はぁ、そんなもんですか」

「どんな変化をしたかは分からないが、お前から発せられるミスラの気配がより濃くなった気がするなぁ……。過去に一度だけ邂逅した事があるから、覚えがある」

「ミスラ……俺は会った事ないですけど、確かにこの光と熱はまるで太陽みたいだ。生命力、ってやつですかね、それが溢れて止まらない」

 

 これまでが地下から染み出た泉とすれば、今は瀑布が満たす湖だ。

 冥府特有の身体への負担がなくなり、意気軒昂なのがその証拠だろう。手を握っては開く。すると手のひらにちらりと赤い火がのぞいた。

 

「精神の変調はいいとして権能の影響があるとすればウルスラグナの『白馬』に、おそらくお前のその瞳もだろう」

「瞳? ……って、そういえば今まで隻眼だったのに復活してるし紅くなってる!?」

「いま気づいたのか……。まあ、いいや。今まで『ミスラの松明』と混ざって曖昧だったから気付かなかったが、細分化された事で分かったよ。

 お前が戦ったっていう天使はミスラと関わりの深い天使だったんだろうな。ミカエル、メタトロン、もしかすればゾロアスター教のヤザタのどれかだったかも知れない……とにかく、それらのどれかから簒奪したに違いない」

「…………」

「そしてその二つに呼応して『ミスラの松明』は変容したんじゃないか? ミスラ、或いはミトラスは『不滅の太陽神』とすら言われたんだ……冥府の神にとっては天敵。不死性の象徴とも言えるその光があるから冥府でも問題なく活動できてるだと思うぞ」

 

 護堂は静かに結論づけて、語り終えた。新生の時も講釈の時間も終わり、次なる局面へと。

 

「さてとりあえずは……」

 

 脇道に反れてしまったが本来の目的を果たす時が来た。『冥府の谷』を訪れ、それなりの時間が経つ。時が熟すには十分な時間だ。戦いの気運が満ちている。

 

「居ますね」

「ああ」

 

 短く意思疎通する。新生した戦士にとって、第一の障害が現れたのだ。

 肉体が戦いへ向け最適化されると同時、地を砕く轟音をともなって冥府の巨竜が彼らの前に立ちはだかった。

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