王書   作:につけ丸

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008:定められた者

 

 さらば、エクスカリバー……。今日一日、手に持っていた木の棒を火に焚べる。この荒涼とした大地から、何とか薪になりそうな物を掻き集め二人は火を起こしていた。

 夜は冷えるのだ。 

 名前を付ける程には気に入っていたが、薪になる物が見つからない状況で贅沢は言っていられず、泣く泣く手放した。

 南無南無……。両手を合わせ、冥福を祈る祐一。彼はかなりのアホである。パルヴェーズはそんな祐一の不可解な行動に小首を傾げていた。さもありなん。

 火を囲みながら二人は町の叔父さんから、別れ際にもらった食料を食べ終えごろりと横になって星空を見あげていた。

 ふと祐一が脈絡もなくパルヴェーズの方を見て、

 

「なあ、パルヴェーズ。星座って判る?」

 

 そんな疑問を投げ掛けた。パルヴェーズは、そんな質問に「うむ」と深く頷き、

 

「無論じゃ。そもそも星空とは、尊崇尽きぬ神聖な存在が悪神を滅する為に作った、数ある武器の一つ。武に明るき我が知らぬはず無かろう」

「へー。じゃあさ、教えてくれよ星座! 俺、星座って言や、オリオン座くらいしか知らないんだよね。こんなにたくさんあってさ、めちゃくちゃ綺麗なんだ。知らないのって損だろ?」

「ふふ、己の無知をさらけ出し、この我に教えを乞うとは……なんとも度し難いやつじゃ! ふっ、しかし許そう。我もおぬしと、語らいたい故な」

 

 祐一はパルヴェーズの返答に頷き、嬉々として彼の隣に移動してねっ転がった。

 そこからはパルヴェーズの星座講義が始まった。

 ペルセウス座、アンドロメダ座、カシオペア座、蠍座、ペガソス座、牡牛座、双子座、獅子座等など。

 季節ではなく見つけられない星座もあったがパルヴェーズは多くの星座を指差しては語った。

 祐一はどの星座も同じ星の集まりにしか見えず、何を描いているのかよく分からなかった。でも饒舌に語る友をこのまま眺めていたくて不粋な行為は最初から選択肢に無かった。

 

 古代の星座を名付けた遊牧民達も、こうして友と語らいながら星空を見上げたのだろうか。

 ふとそんな事を思う。祐一は何だか可笑しくなって笑顔でパルヴェーズの話を頷き聞いていた。

 

 ○◎●

 

 いつの間にか眠っていたようだ。薪をかき集めて燃やしていた焚き火は消え、しかしそれが必要ないほど辺りは明るくなっていた。

 まだ朝露が少し残っているようで、手に伝わる地面の感触は湿り気を帯びている。

 柔らかだが少し埃っぽい風が頬を撫でていく。

 

「あー、朝かぁ……」

 

 祐一は昨晩パルヴェーズと星座について語らいながら夜を迎えた事を記憶の箱から取り出していた。

 

 やっぱり、記憶喪失には思えないよな……顎に手をあて沈思黙考する。パルヴェーズは星座について、その星の来歴、特徴、神話、司る神、まるでその道の碩学であるような造詣の深さを見せ、祐一を驚嘆させていた。

 そして祐一はそんな知識を詳らかに開張して見せたパルヴェーズをもう記憶喪失だとは思えなかった。だが、

 

(……パルヴェーズが話してくれるまで、待とう)

 

 彼には以前から察していたが、複雑な事情がある様だった。それを無理やり聞くのは、違うと祐一は考えていた。

 友を信じて、話してくれるのを待つ。そう、固く心に決める祐一。

 だけど……面白くないな。どうやら自分はまだ三日間程度しか共に過ごしていない、この友人に随分とろうらくされたようだった。

 彼の全てを知りたいとは思わないが? 莫逆の友と言っても良い友人の事は他人よりか何か一つでも多く知っておきたかった。

 パルヴェーズに出会うまでに祐一の旅は孤独なものだった。故郷を後にし、旅に出て一ヶ月。よく話す間柄になった者はいたが、ここまで心を許した者は居なかった。

 そしてまた、力になりたいとも思った。友の力に成ろうとして失敗した苦い過去もあったが、それでも少しなりとも彼の助力のなれば本望だった。

 

 なーんてな……。そんな事を考えていて恥ずかしくなったのか、祐一はごろりと天を仰いでいた顔と体を横に倒すと───

 

 

 

 ───壮絶な美貌があった。

 

 

 ───ピッキィーンッ! 

 ……そんな音が聴こえてきそうなほど祐一は一瞬で硬直した。声が出なかったのが奇跡だった。向かい合わせになった状態で、固まったまま動けない。

 どうやら祐一とパルヴェーズは添い寝するようにして寝ていたようだ。

 自然と祐一の視線はパルヴェーズの顔へ吸い寄せられて行く。まじまじとみるパルヴェーズの顔は下手な見目麗しい少女たちよりも妖艶で美々しい顔立ちをしていた。

 例えその少女たちにどんな美辞麗句を捧げても、彼の前にたったならば、すぐさま陳腐なものへと変わるだろう。

 この容姿とあの陽だまりのような性根を持ってすれば例えどんな老若男女であれ堕ちない者は居ない。……それほどだった。

 あっ、まつ毛長ーい。祐一は現実逃避気味に思った。

 別に男同士だから問題は無いがこうしてパルヴェーズの美々しい顔を見ていると、何だか背徳的な気持ちに陥ってしまう。

 視線を外す事が出来ずじぃっと見詰める。何か強い引力でも作用して居るんじゃないか? そう疑ってしまうほど祐一の目線は頑として動かなかった。

 その引力は、視線だけでは無い様だった。

 

「…………」

 

 少しずつ……少しずつ……パルヴェーズのその凄絶な顔に祐一の顔が近づいて行く。

 最初は顔だけ近づけて行ったが、だんだん体勢が維持出来なくなり、手を付き、そろり……そろり……と、近づく。

 手に、ざらりとした砂礫の感触が伝ってくる。だが、曇ったような、どこか朦朧とした思考は、目の前の少年しか認識してくれない。

 この少年の唇を奪えば、どんな快感が待っているのだろう……。

 祐一の心にそんな好奇心と情欲が混ざり合った感情が、どろり……と、もたげた。

 なんでこんな事になってんだ? と言う疑問も沸き上がったが、彼はもう止まれなかった。

 もはや祐一の自制心は、パルヴェーズの艶やかさに完全に魅了され、粉々に破壊されている様だった。

 ただ、自分本位の感情の侭に……祐一は、動いた。

 この女子と見紛うばかりの、恩人で、友人で、相棒の彼に不貞を働こうとしている……。

 嘗て無い興奮と、例えようも無い嗜虐感。

 それは彼の未成熟な心を、どうしよもなく攪乱させた。

 

 身体を更に前屈みに動かし近づく。地面に付いていた手を離し、砂を払って、パルヴェーズのほっぺに優しく触れる。

 それでもパルヴェーズは、目を覚まさなかった。ただくすぐったそうに、頬を緩めるだけだった。

 ───理性が飛んだ。

 

「はぁっ……はぁっ……っ!」

 

 パルヴェーズの、その珊瑚色の唇へ、祐一のそれが近づいて行く……。

 近づいて行く……。

 

 あと、少し…………。

 

 あと……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

 

 ───ぱちり。

 パルヴェーズの双眸が開く。どうやら目を覚ましたようだ。起き上がり一つ伸びをすると、

 

「おお、もう朝か。小僧、おぬしはよく眠れたかの? ……うん? ……何をしておるんじゃ、おぬし?」

 

 パルヴェーズからおよそ5mほど離れた場所で胸を抑えて蹲り、性犯罪者一歩手前の表情をした祐一の姿があった。

 

「き、聞かないで下さい……」

 

 変なやつじゃの。パルヴェーズは、己の唇に手を当て、小首傾げて呟くと東方より出る太陽を見ては目を細めた。

 

 さあ、今日も一日が始まるゾ! 

 

 

 ○◎●

 

 

 そんな和気藹々とした旅が始まり、今は正午。真昼の暴君たる太陽がさらに本領を発揮する時刻だ。日本と比べるとその存在感は別格で、大きさが数倍に見えそうなほどだ。

 今、見える景色は広大で果てしない。

 町を出た時はなだらかな丘陵地帯だった道も、いつの間にか逸れに逸れて行き、それに伴って険しさも増して行った。

 二人は類稀なその身のこなしをもって険しい山道や切り立った崖を踏破して行く。

 

 故郷の山で崖上りをしていなければ即死だった。そうさらりとかき上げる祐一。癖っ毛だが。

 幼い頃に踏破して来た山々や崖を思い出し、駆け登っていく姿は猫や猿などの野生動物顔負けだ。さしものパルヴェーズすらほうと感嘆の声を上げるほど。

 しかし祐一はパルヴェーズの方が自分よりも優れていると思い知らされていた。確かにパルヴェーズの身軽さは祐一のそれよりも数段上だ。それはいい。今更だ。

 だが彼の何よりの稀有な才は、道の選定の確実さにあった。彼の選ぶ道はこの不安定な渓谷であっても安全な道であり、それを彼の明敏な頭脳は逡巡も無く選びとって進んで行くのだ。

 まさに才気縦横。

 少し身体能力が良い祐一なんぞ歯牙にも掛けない、正に神童だ。その姿に密かに背筋を震わせ、そして強い畏怖と共に思う。

 そんな彼にだからこそ、勝ちたいと。

 謎多きこの少年を、いつかは降してみせ、己の名を刻みつけてやるのだ。祐一の最近できた、何としても成し遂げたい目標だった。

 

 その目標を成就する為にも暇さえあればパルヴェーズに勝負を挑み、……返り討ちに会っていた。

 今では無策に挑んでも勝ち目は無いと悟り、時機が来るその時まで鍛錬をしようと決心していた。

 パルヴェーズとしても祐一の飽くなき勝利への探求心は好ましい物で、時には手ほどきををしながらも祐一の成長を楽しんでいる様だった。

 

 ○◎●

 

「クソ熱い……。てか、ここどこなんだ……?」

 

 辺りを見渡し一面に岩山が連なる辺境の地で呟く。

 暑さに負けて、ぐっと水筒の水を呷る。

 正午を過ぎ一日の気温も最高潮と言った具合になり、温度計があれば37℃を指していただろう、この暑さ。

 その上、なかなか湿度が高い。そのため汗の量は常では有り得ないほどで、袖口やローファー辺りから淋漓と滴り落ちていた。

 ついでに言えば、水筒の水は今さっき飲んだ水で最後だった。さしもの祐一ですら何時もの騒がしさは鳴りを潜め、少し覇気が無い様にも感じられた。

 

「ふむ。ここいらで、少し休むとするかのう」

 

 そう言ったパルヴェーズだが、汗だくの祐一とは対象的に汗一つ掻いていない。

 祐一は、むっと顔を顰め、

 

「まだまだ余裕だっての! 先に進もうぜ!」

 

 そう言う彼の膝は子鹿のように震えていた。

 拳を握りバシっと膝を叩いて、無理矢理立たせる祐一。

 パルヴェーズは、半眼になって祐一の脚を小突いた。

 

「のわぁっ」

 

 情けない声を上げてバランスを崩した祐一は、耐えきれず倒れ伏す。

 パルヴェーズは一つため息を零して、祐一に説教を開始した。

 

「戦う時に戦い、食べる時に食べ、休める時に休むのは、戦士の務め。それは、なにも恥じる事では無いぞ小僧。充分な休息を取らず、弱り切って失意の内に朽ち果てる事こそ、恥なのじゃ」

「……うっ。……わぁーたよ! 俺が悪かった!」

 

 パルヴェーズは、そう喚きながら地面に腰をおろす祐一を見ていた。

 遥か天上から見下ろすかの様な姿。その様子は、どこか寂しそうで、あるいは悲しそうでもあった。

 

「そもそも、人は弱い。たった、これほどの道を歩んだだけでも、倒れ伏す。傷も、病も、疲れも、苦しみも、一つでも過ぎれば直ぐに死に至る、脆弱な存在じゃ。我々の様に造られし存在とは、比較にもならぬ。故、永遠に交わる筈も無い」

 

 パルヴェーズはそこで一度、言葉を切り、

 

「小僧。己をもっと、重んじよ。無茶をするな、とは言わぬが、己の使い所を見誤るでは無い。己が使命、果たせる時に……果たせずじまいでは、死んでも死に切れぬぞ」

「……分かったよ。……でも、何処で休むんだ? この周辺は野ざらしになってるとこばっかで、日陰なんて見当たらないし、水なんて以ての外だぞ」

 

 祐一の言葉にパルヴェーズは、少し前方を指差す事で答えた。

 彼の指差した先には、いくつもの丸い石造りの井戸が、まるで並べられたかのように敷き詰められていた。

 パルヴェーズが指差すまで、渓谷の陰になって気付かなかったが確かに井戸がそこにはあった。

 どうやらパルヴェーズはそれも見越してここまで祐一を先導していた様だった。

 

「あそこで、一休みと行こうかの」

 

 完敗だ。祐一は頷くしか無かった。

 

 

「これ、勝手に使って良いのかな? まあ、もう使ってるから意味無いんだけどさ」

 

 井戸に着いた二人は置いてあった桶を使い水を汲みあげ、喉を潤しては空になった水筒に水を注いだ。祐一がそんな疑問を零したのは、一連の動作が終わった後の事だった。

 歩きながら、汲んだ水を日に翳す。陽光を浴びて、反照する光が眩しい。祐一は、キラキラ輝く清水に目を細めながら、無断で使っている事に、ちょっと罪悪感が湧いてきたのだ。

 まあ……船に侵入し、国外逃亡を計った男の言葉では無いが、それでも祐一は気になった。

 少し先にあった岩陰に二人は腰を降ろし、涼を取りながらパルヴェーズが、

 

「構わぬじゃろう。例え看過されぬ事であっても、多くの教義、多くの禁忌よりも、限りある生命こそ、何よりも優先されるべきじゃ。おぬし達、定命の者どもは力弱く、儚く、そして脆い。故、禁忌破りを無法を犯そうとする事は致し方無い事なのじゃ」

 

 祐一の質問に、パルヴェーズは滔々と語った。

 正直、半分も理解出来なかったが、彼はどうやら気にしなくても良いと、言ってくれている様だった。

 

 パルヴェーズはいつも判りにくい言葉を使うよな……そう思いながら、けれども祐一にはパルヴェーズの様子がいつもと違って見えた。

 何処か寂しな視線は、祐一と祐一を通して何かを見ている風ですらあった。

 

「小僧、おぬしは只人である事に変わりはない。こうして、疲れ果て憔悴し、汗や泥に塗れる事もあろう。定められた規律や法に縛られ憂悶する事もあろう。おぬし達、人は移ろいやすい。それ故、審判の時、善の道へ進む事を許された者達は、抜きん出て尊いのじゃがな」

 

 パルヴェーズの言葉は、説教臭く、遠回しで分かりにくく、だがどこか温かみのある言葉だと祐一は感じていた。

 迂遠で気宇壮大な言葉だったが、そんなパルヴェーズの言葉だからこそ、祐一の心に波紋となって良く響いた。

 しかし、

 

「造られた時より、善も、悪も、名も、姿形も、権能も、己の運命さえも、総て定められた、我らとは、根底から異なるのじゃ」

 

 ───ふふ。なんとも羨ましい事じゃ。

 

 そう呟く彼の横顔には、隠し切れない寂しさがあった。祐一は彼と出会ってよりこれまでで、最大の驚愕に包まれた。

 常に上から目線で、謙ると言う事を知らない……不遜な少年。だがそれが赦される全てを兼ね備えた少年が……遥かに劣った自分達を羨ましいと言ったのだ。

 そんな様子が信じられない祐一だったが、それよりも花貌を寂しげに曇らせる相棒を見たくなくて咄嗟に口を動かしていた。

 

「そんなに羨ましいならさ、もっと旅しようぜ?」

「……なに?」

「ほら、朱に交われば赤くなるって言うだろ? パルヴェーズの悩みが、俺にはどうにも出来ないのは、分かるぜ。悔しいけどな……。でも、何か……少しでも、変えられるかもしれない。……少なくとも、俺はそう信じるぞ」

 

 パルヴェーズの少し呆けたような視線と祐一の意志の強そうな目が、交わる。だが祐一はすぐに恥ずかしくなったのか、目を逸らし頬を掻きながら、

 

「ええと……何が言いたいかって言うと……ちょっと前に見た映画にさ”バタフライ・エフェクト”って映画があってさ、それ見て言葉の意味も知ったんだけど……ほんのちょっとした変化でも、別の時間や場所じゃ、嵐みたいにドでかい変化になる話でさ……」

 

 祐一はそこで一旦言葉を切り、今日一番の笑顔になって、

 

「パルヴェーズだって旅を続けてればさ、小さな変化がでっかくなって行って……そんで何時かは、羨ましいって思ってた自分に成れるかも知れないだろ?」

 

 パルヴェーズは昨日チャンバラをした時と同じように目を瞠り、そして人をひいたように笑う。

 

「はは。何じゃ、小僧。おぬし、不遜にも我を慰めておるのか? なんとも度し難いやつじゃのう。ふふ。おぬしが、我に説教するなど百年早いわ!」

「な、なんやとー!? こっちが、心配して小っ恥ずかしい事言ってのに! そんなんなら、今言った言葉、ぜんぶ忘れろよ! 恥ずいんだぞっ!」

「はははっ。残念じゃが、我は物覚えが頗る良くての。一度聞いた事は、何があっても忘れぬのじゃ!」

「嘘つけ! それなら、記憶喪失なんて、なる筈ないだろうが!」

 

 ついさっきまでの陰気さは何処へやら、二人は何時もの調子を取り戻し笑い合っていた。祐一とパルヴェーズ、共通点は皆無と言ってい両者だったが、不思議と馬が合うようだ。

 静のパルヴェーズに、動の祐一。

 正に、好一対のコンビだ。

 祐一は、今日、初めて見た友の笑顔に安堵し、パルヴェーズもまた、得難き友に胸の裡で感謝を捧げた。

 

(故にこそ……この友とは、いつか袂を分かたたねばなるまい……)

 

 パルヴェーズは、静かに決心した。

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