次回の更新、年内にやれればいいですね(遠い目
【グリニッジの賢人議会から作成された、ベルゲンについての調書より抜粋】
──以上の可能性から、ノルウェーの都市ベルゲンにて"三柱のまつろわぬ神、もしくは、カンピオーネによる大戦"が行われたものと推測される。
しかし数多くの疑問が残るのも事実だ。
まず一つ目に、それほどの大戦が一週間という月日に及ぶ期間行われながら我々が察知出来なかったのか? という疑問である。
地上に現れたまつろわぬ神の動向は謎に包まれているとはいえ、その強大さゆえに身動き一つで嵐にも等しいのは周知の事実だろう。そして、いかに我々とて嵐を察知できないほど愚かでは無い。
翻ってベルゲンはどうだろう。
複数のまつろわぬ神が一堂に会したにも関わらず、我らの目を欺いて一切気取らせなかったのである。通常、一柱のまつろわぬ神でさえ見逃すことはない。
我らの怠慢と断じれば話は簡単だが、なぜ路傍の石に等しい我々の目すらくらまし、密儀的に大戦は行われたのか。
あるいは夜闇が真実を覆い隠すかのごとく秘さねばならなかった事情でもあるのかもしれない……。
二つ目にまつろわぬ神、ないしカンピオーネらが三つ巴の大戦を為したと仮定し、"なぜベルゲンが地図上から消滅していないのか"という疑問である。
事実であれば有史以来考えられない珍事だ。快挙と言ってもいい。しかし有り得ない。
この調書を手に取った貴方がたは例外なく、まつろわぬ神々への見識に優れた方々だと確信する。
だからこそ理解いただけるだろう。
まつろわぬ神とカンピオーネという超越者がいかに激しい抗争を繰り広げ、夥しいほどの被害を出してきたのかを。
確かに大戦の爪痕は確認されている。
ベルゲン全土を覆い尽くす石化の呪いの痕跡、ウルリケン山とフロイエン山の崩壊である。
確かに被害はあるが、しかし、これだけとも言える。
かつてのヴォバン侯爵の凶行を思い出していただきたい。サルバトーレ・ドニの乱行を。アレクサンドル・ガスコインの狼藉を。
そして先日起きたローマのコロッセオの破壊を。
それに比べればなんと軽微なことか。加えて、人命が一つ足りとも損なわれていない事は驚愕すべきだろう。
これが、我らの知るまつろわぬ神やカンピオーネのお歴々であれば大海嘯となり欧州全土を呑み込んだ事は疑う余地もない……。
そして最大の疑問である戦った三柱とは
事件発生直後から賢人議会はベルゲンへ趣き、調査を行っていた。
一柱はプリンセス・アリスの言によれば、古い歴史を持つ大地の女神と推測される。そして先日、ローマの魔術組織から何者かによって奪取されたゴルゴネイオンとも縁深い神であることがわかっている。
一柱は神具の強奪事件があった同地ローマのサトゥルヌス神殿に現れたまつろわぬ神であると断定される。
精神感応の最高権威であるプリンセス・アリスが霊視を断念するほど謎に包まれたまつろわぬ神であるが、強大な死の神であったことは間違いないと彼女は証言する。
そして最も不可解なのが最後の一柱だ。
そもそもまつろわぬ神と断定できない。ベルゲンにて調査と検証を行ったチームの報告によれば明らかに、上記の二柱と該当しない複数の神力が確認されている。
その上で神力も少なくとも3種に分類可能だ。
この性質はまつろわぬ神とは考えにくく、どちらかと言えばカンピオーネに近似している。
しかし、カンピオーネであるとすれば"7名の王の誰なのか? "という疑問に行き当たる。
当時、賢人議会はサルバトーレ・ドニ、アイーシャ夫人の両名を除きカンピオーネのお歴々の同行を補足できていた。
彼らは我々が把握したアリバイがあり、星辰や地脈の流れから鑑みてもベルゲンへの干渉はなかったと推測される。
また補足が不可能だったサルバトーレ・ドニやアイーシャ夫人も、
加えてその指摘は、"現在確認されている七名のカンピオーネも該当する"ということである。
この調査結果から鑑みても、やはりまつろわぬ神とカンピオーネの大戦の発生は間違いなく、被害が軽微であったのも事実なのだ。
カンピオーネの介入があったとしてもそれに当て嵌る王がいない。
謎が謎を呼ぶという意味からも
まつろわぬ神でも、現状のカンピオーネでもない、
つまり──まつろわぬ神でも、現在君臨するカンピオーネでもない
【焼失した邸宅から発見された魔術師ダヴィド・ビアンキが師ルクレチア・ゾラに遺したと思われる報告書】
地の位を極めし当世において並ぶものなき我が師ルクレチア・ゾラへ、絶縁を言い渡された身とはいえ恥を忍んででもお伝えしなければならない事実があり不肖な弟子が筆を取らせていただきます。
……と言いますのも草薙王の勘気に触れ故地イタリアを追われた私は、彷徨い果てに北欧の街ベルゲンへ辿り着いたのです。
師もお耳に入っているとは思われます……巷では
そしてこの身は……幸か不幸か……。驚天動地の戦争に巻き込まれ、紙一重で生き残り、災厄の一端を知るに至りました。
──断言しましょう。
冥府の神と大地母神、そして──カンピオーネが三つ巴を為した大戦は本当にあったのです。
そして世に謳われる七名のカンピオーネとも違う
彼の王には恩義があり王にとって不利な言葉となるため、記せない至らなさをお許しください。
ですが我が師ルクレチア・ゾラ。
あなたには八番目の王の存在、その公表をお願いしたいのです。
我が愚かしい行いによって王の勘気に触れ、流浪の身となった私から僭越ながらお願い申し上げる。人類の叡智にして砦たる我々の魔術師の本分を果たしていただきたいのです。
彼の王は髪は黒く、肌色は赤銅。
東洋人と近似した顔立ちながら、しかし、瞳は獣の鋭さを備えておりました。
年のころは"草薙護堂"よりも年若い少年王……ですが、その見た目に反し、戦いぶりは歴戦と言っても過言ではありません。
私は垣間見たのです。彼の王が冥府の神と対峙し───
(書類はここから焼き焦げていて解読不能)
「はぁーーー………………。まったく、僕にこんな小細工をさせて首に縄でもつけたつもりかい? だから……」
長い長いため息をついてビアンキは偽装した報告書を後部座席へ放り投げた。
愚痴と文句の嵐を「はいはい」と適当に受け流しつつ、銀の少女はまだまだ雪の残る景観へと視線をそらす。
「いいかい?僕はね、はっきり歯に衣着せずに言うならカンピオーネという輩が嫌いなんだ! いや……僕の窮地を救い出してくれた"彼"にならついて行ってもいいが……どうして僕は君の面倒を見ているんだ? 全く不可解で堪らないよ」
嘆き続けるビアンキにチェリーはうんざりした感情を堪えきれず、眉根を寄せて頬杖をついた。
「うっさいわねー。アンタの力が必要だったんだからしょうがないでしょ」
「
チェリーだって最悪の出会い方をした目の前の魔術師と活動をともにするなど真っ平御免なのだが、世界の裏事情に精通し、且つ面識があって、それでいて協力してくれそうな相手がビアンキしかいなかったのだから
そう、しょうがないのだ。
小細工させるためにビアンキを頼ったも、彼の隠れ家に嬉々として火をつけたのも、その過程でビアンキがなし崩しでチェリーの手足となったのも、すべてはしょうがないことなのだ。
ビアンキが聞けば激昂して車内から叩き出されそうな思考をしつつ──ガンッ! 突然の衝撃にビアンキが泡をくってブレーキを踏んだ。
何かを轢いてしまったらしい。
停車した車内でビアンキと目を合わせ、諦めたように外に出た。
周囲を見渡せば道路に横たわった野兎がいた。でも何事もなかったように元気に起き上がり、チェリーたちが近付くと驚いて逃げていった。
「あーあ、ホントまつろわぬ神って……」
──今にも引きちぎれそうな下半身を引きづって。
まるで怪我や痛みなど存在しないような挙動だった。
周囲を見渡せばその異変はそこかしこに満ちていて……あれらは死を奪われた生き物たちの末路だ。
まつろわぬ神による怪奇現象。
チェリーの故郷ベルゲンも呑み込まれたまつろわぬ神の暴威であった。
少し歩くと山の山頂に雄大な湖が鎮座していた。霧に覆われ全容は見渡せない。しかし充足感に満たされた身体は、何度か経験がある。
力加減を間違えれば車を簡単にひしゃげさせてしまうほどの怪力を発揮するだろう。
しかし超上の神と戦うのであれば、少し心もとない。
そんな変わりきってしまった自分に苦笑を漏らし、死地まで運んでくれたビアンキに礼を言う。
「ではミスタ、行ってくるわ。生きて帰れたら珈琲のひとつでも淹れてあげるわ? あなたの働きに見合うかは分からないけれど」
「……あなたの淹れる珈琲は格別でしょうな。それこそ同量の金にも勝るほどに。そのためにも、ご武運を──
ビアンキは難儀な男だが、チェリーは嫌いではなかったし、やはり彼の家に火をつけてでも手元に置いたのは正解だったと思った。
そんな思考も千々に消え、肌色に焼きつく冷えきった北欧の風と吹雪くまつろわぬ神の威風に口角を吊り上げた。その手には長大な爪。東方にて王権や権威の象徴とされた扇子や笏さながらに鋭利な爪を掲げる。
「私に微笑む事を許しましょう。勝利の戦女神よ──」
少女は研ぐ。
王は掲げる。
矜恃を、武器を、智慧を──鱗を。
「うお、寒……」
急に寒気が体表を舐めた……気がした。
二の腕あたり擦りながら、なんだなんだ、とあたりを見渡すが何処ともしれない寂れた街並みしか目に入ってこなかった。
最近妙に見られている気がする。確信はないし気配もないので、今みたいにキョロキョロ当たりを見回すだけなのだが。
『──女難の相だな』
叢雲が断じるように宣った。
「は? てかなんだよいきなり」
『
「おっさんギャグじゃねぇか……」
『は?』
「いえ、多芸なことで……」
最近だる絡みしてくる愛刀をぞんざいに振りつつ、問い返す。
「そんで、女難の相ってか?」
『応。
「勘弁してくれよ……」
女、と言えば数日前まで行動を共にしたチェリーや鎬を削ったアテナが思い浮かぶ。どんな女傑ですら霞む烈女ばかりであった。この界隈で生き残る連中なんてまあ当たり前のように濃いやつばっかだから仕方ないのかもしれない。
ただ、正直彼女たちで十分お腹いっぱいだ。
「んで──ここ何処だろうな……」
ルォ。知るか、ラグナが慣れた雰囲気で返してくれた。
ジリリリリリッ!!!
「……鳴ってるな」
『……鳴っておるな』
──……ルオ。
男、もといオス3匹が雁首揃えて公衆電話を警戒している姿は滑稽だった。だがそこは戦士たる祐一、意を決した受話器を取った。
「……え、と、もしもし?」
『よう、久しぶりだな。どうやら首尾は上々らしい』
「その声……護堂さん!?」
祐一は飛び上がった。
「ホント久しぶりですねヒューペルボレアからもう1か月半くらい経ちましたっけ! でもこうして喋れてるってことはあの時の約束を守れたってことですよね、というか護堂さんは俺とサトゥルヌスの関係をどこまで見抜いてたんですか?
なんにも言ってくれなかったから俺ビックリしちゃって。しかもゴルゴネイオン奪ったからアテナっていう糞強い女神までやってきて大変だったんスよ!」
『わかった、少し落ち着いてくれ』
「うす!」
ゴリゴリの体育会系、木下祐一である。先輩の言葉は絶対である。
まあ現在帰宅部だが。
『そっちに電話が掛かったってことは、今の俺とそっちの俺は別人だと思う。平行世界って言えばわかるか? 時間の流れも違ってるっぽいし ……なんせ四月って言ったら俺はアテナとやり合ってた時期だしな。アテナが討たれたって言うんなら俺との連続性は皆無だろ』
「……はぁ」
『まだ何かやりたい事があるんだろ? お前、前言ってたなボーナスステージだとか言ってたじゃないか』
「お見通しでしたか。ええ、俺はここで因果律の道化どもの秘密ってやつを探してみたい。因果や運命なんてものがどんな力持ってるのか知りたい。そんなところですね」
『だったら。何度もいうようだがそこと俺に時間の連続性はない。どんなに暴れ回っても俺には関係ない。……だからって訳じゃないが──
ゾクッと護堂さんの言葉に身震いが走った。恐怖でも戦慄でもない。もう何時ぶりだろう。
武者震いだった。
『そこが俺の居た次元から別れた次元だって言うなら、お前の遊び相手には事欠かないはずだ──お前がやりたいようにやればいい』
思うままに生きなさい!
ああ、いつの間にか忘れていた。放任主義極まる義母の言葉を思い出す。
「ありがとうございます。護堂さん、俺もうちょっとだけ頑張ってみますよ」
受話器を置いて、晴天を見上げる。
今度はどこへ行こうか。どこへでも行ける気がする。ああ、やはり異国でも東から臭ってくるこの鉄臭さ。
やはり日本に帰って見るとしようか。