王書   作:につけ丸

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095:日本海抗争

 カンピオーネという界隈で、()()は弱者ではない。死に損ないでもない。

 あれは生き残りだ。まつろわぬ神との戦いで毎度命を削り散らしている祐一には尊敬に値する老人だ。まだ神の弑逆を生業としはじめて創業一年も経っていない祐一には、途方もない年月の老舗同業者に畏敬の念をおぼえたのだ。

 まあ、そんな尊敬など次の言葉で吹き飛んだが。

 

「どちらも来ぬならばこちらから動くぞ? ──我は告げる。生あるものはすべて平等であると。罪人も聖人も、凡愚も英雄も、無垢なる子供もその母も、我は等しく火の糧としよう」

 

 ヴォバンの言霊の後、ばち! っと夜空に火の玉が生まれた。遥か上空の火玉はゆっくりと、しかし、確実に迫ってくる。

 

「なんだ……?」

 

「牽制だろう。権能の名前は『劫火の断罪者(Red Punishment)』と言ったか」

 

「牽制……? ……って言うにはやりすぎだろうが!」

 

 ──劫。火の玉は十秒もしないうちに夜空を食い潰した。夜を駆逐し、闇を喰らい、天空を嬲った劫火は地上へと降ってきた。

 この近辺は海だから人はいない。いないが、飛行機は別だ。

 

「どう見ても範囲が数十キロはありそうなんだけど……おい爺さん! この飛行機には人が乗ってんだぞ! 分かってんのか!?」

 

「ク、クハハ! えらく甘い小僧が同族となったものだな! 君も魔王の末席に座ることとなったのならば人間の百や千の命なんぞ鼻で笑えるようになれ!」

 

「価値観が違いすぎる!」

 

 傲岸不遜というより歳を重ねて取り返しもなく偏屈と狷介さを抱えた厄介老人のようだ。

 

「くそっ! アレク兄は、……居ねぇ!? 逃げ足早えなぁもう!」

 

 雷の天使レミエルから簒奪した『電光石火(ブラック・ライトニング)』──アレクの代名詞とも言える神速の権能だ。どうやらこの場には問題児しかいないらしい。もう"児"と付けれる年ではないのだが。

 だったら俺だけか。ギリギリ"児"を付けられる若年の祐一は腹を括る。

 飛行機は初めてだけど……。黒煙をあげて絶賛墜落中のチャーター機に手を触れ、聖句を唱える。

 

「死魔の軍靴を鳴らせ」

 

聖武帝の稜威(domination over the world)』を行使すると、無機質なはずのチャーター機が脈動した。

 チャーター機が狼に変化した。主翼は翼になり、全長30mはある巨大な狼が空を疾駆する。まさに──天狼。

 火災と黒煙がなんでもなかったように立ち消え、蒼銀色の毛皮が生まれる。

 

「ほぉ。これが貴様の権能か? 霊眼とは違う代物のようだが……」

 

 船首には牙と目が生まれ、中にいる乗客を客席という胃へと運び出す。ヴォバンを乗せたまま神速へ。劫火の範囲から逃れ、離れ小島に乗客を()()()()

 安全地帯に下ろし、それから身を翻して戦場に戻った。その間、余裕すら見せて佇むヴォバンが不気味だった。

 

「あんた、なんで攻撃してこなかったんだ? 俺は背を向けていたんだぞ」

 

 火の海で『王』たちは対峙した。

 

 離れ小島から海に戻ると、劫火はすでに海面に燃え広がり、海が沸騰を繰り返していた。水温の上昇に耐えきれなかった魚介類が何匹も海面に浮上しては焼き尽くされていく。

 そんな夜の海上で、祐一は眼下の灯火に照らされながら恐るべき同族へと問い掛けた。

 

「くく、獲物が狩人である私に背を向けるのは当然のことではないかね? 獲物は逃げ、私が狩る。獲物は怯え、震えなければならないが……君はまだそうではないだろう」

 

「……俺が逃げるとでも?」

 

「そうだと先刻から言っているのだが。理解が遅いな」

 

「──天叢雲、抜刀」

 

 腕に佩いた叢雲を抜く。ヴォバンと視線を合わせると目がじくじく鈍痛が鳴り響く。

 しかし逸らさない。戦士の読み合いというより、不良同士の睨み合い。熊と目を合わせたから逸らしたくても逸らせない感覚だ。

 

「君のような小僧の相手となるなどこのヴォバンには役不足もいい所だが、あの捻くれ者も加わるとなれば多少味わい深くもなるか」

 

 不意にヴォバンがその白髪から連想させる老人のイメージとはかけ離れた敏捷さで、天狼から飛び降りた。

 ただ単に身を投げた訳ではない。

 自由落下した途端、ヴォバンが一気に大変身を遂げた。

 

 

 ──オオオオオォォォォオオオオオオオオオンッッッ!!! 

 

 

「うっそだろ……! チンギスハーン並じゃないか!」

 

 祐一のつぶやき通り、他を圧倒する巨大な化け物……全長50mはある銀の大巨狼が出現した。あれほどの大きさとなるとドバイで劫掠の限りを尽くしたチンギス・ハーン以来の巨体だ。

 チンギス・ハーンは蒼銀だったが、こちらはより銀が強い。灰銀だ。

 

「なんなんだよあの爺さん……海に立ってやがる」

 

 業火の夜景にまた異常な光景が追加された。二足歩行で直立し、腕を組んだ大巨狼が、海に立っている。

 いや、立っているというより海面を跳ねてぴょんぴょん飛んでいる。祐一のように空を踏みしめる能力はないらしいが、海に飲まれないくらいの馬鹿げた身体能力はあるようだ。

 

『さて小手調べだ。多少は楽しませてくれ』

 

 大巨狼の毛並みが揺れ、無数の蛆が動くように蠕動し、海面へと駆け下っていく。

 あれは狼。狼の群れ。

 数多の権能を持つヴォバンでも、その代名詞とも言える『貪る群狼(Legion of Hungry-wolves)』という魔狼を従える第一の権能だ。そして殺めた神の名を知るものはいない。三世紀以上のキャリアをもつヴォバン最初の権能となれば、もはや殺めた神の名すらこの世に存在しないのだ。

 

「狼比べかいいじゃねえか。おっし、そんじゃあやるか! ──来たれ奈落の軍勢ッ! 大地を震わせ、天より駆けよ。死魔の軍靴を鳴らせ。一切の智慧を捨て、狂奔へと落ちろ! 栄耀栄華を奪い尽くせ!」

 

「ほう、貴様も軍団を従えるか!」

 

 雲霞のごとく湧き出る群狼の前に、巨大な扉が現れる。黒ずんだ金属で出来た扉──地獄の門だ。ヴォバンの群狼に抗するように、人狼と狼で構成された軍勢が疾駆して飛び出してくる。

 ヴォバンが戦場を睥睨しながら、銀の毛並みから続々と狼を増産する。だが祐一の門から溢れる軍団も止まらない。

 

(私に伍する軍団召喚の権能とは……いや、私の狼と頭数は同じ? なるほど。数の優位を打ち消し、大将同士の決戦を強いる権能か。どこの軍神から奪ったかは知らぬが面倒だ)

 

 ヴォバンは口にせず冷静に考察した。圧殺するつもりだったが、上手くいかないものだ。あれは集団戦を好むものたちにとって天敵となり得る権能。

 

「掌中の珠も砕け散った。血まみれの肺腑は地に落ちた! 大帝の忠なるしもべよ、我が意に添いただ駆けよ。前肢にて盾を砕き、後肢で心臓を破壊せよ!」

 

 聖句のあとに戦術も戦略もへったくれもない単純明快な突撃が続く。魚鱗よりのさらに鋭角な蜂矢の鋭さでヴォバンの群狼へと直撃する。

 大軍勢の最前列は祐一。その姿はまさに『王』に相応しい。

 

 反りの入った湾刀が閃く──黒色一閃。

 

 漆黒の刃が群狼と接触した途端、数十の首が飛ぶ。刀から鎌鼬でも飛び出しているのか、距離や方向は関係なく振るう度に瞠目するほど狼の首が飛ぶ。

 祐一の突っ込んだ軍勢の穴をこじ開けて、蒼銀が続く。

 

「ほう。鎧袖一触の権能か! くく、烈しい走りで神域に至る軍神は何度か戦ったことがあるが貴様のその武威に並ぶかッ!」

 

 戦場を蹴散らす無双の王による一騎懸け。速い。天井知らずに速度が上がっていく。突破力だけでも目を見張るものがあるが、騎乗する『王』も拭いがたい脅威だ。

 恐ろしく切れ味の鋭い神剣の類を振り回しながら、ヴォバンの狙うのは首筋一つ。

 

「受けてみなデヤン爺! 俺の征路にある障害はすべて踏み潰すッ」

 

「抜かせ!」

 

 あのシンプルかつ強力な権能は、逆に言えば対策しやすい。一直線に向かってくる祐一を爆風と稲妻で妨害する。

 わずかだが祐一の進撃が鈍る。

 

「なっ──クソっ、"目"がやられたから消し飛ばせねぇ!」

 

「多少はやるようだが、まだまだ青い!」

 

 手数が違いすぎる。

 祐一は歯噛みし、遙か高みに登っている先達の厚みを思い知らされた。

『ソドムの瞳』を殺してもヴォバンは健在。逆に祐一の『輝く瞳(Mittron glaukopis)』が潰れたことで暴風と雷という遠間での攻撃に対処がしづらくなった。

 カンピオーネ特有の魔術や権能への抵抗力を高めようとするが、遅い。大巨狼の前爪が目の前にあった。

 

「──くっ!?」

 

 ガキン! 明らかに生物から発してはいけないような鉄と鉄が打ち合わさった快音が静かな海に響く。足の止まったところを爪で抉るように振り下ろされ、刀身で防いだのはいいがフィジカルの差は圧倒的。

 

「叢雲ォ!」

 

『承知ッ』

 

 風を従えて助力を得た刀を一閃させる。

 鋭い音ともにヴォバンの力強い爪を弾き飛ばし、元飛行機だった天狼にバックステップを指示する。

 

「ほう、棒きれの振り方は悪くない。サルバトーレめと競わせればもう少し()()になりそうではあるな」

 

「サルバトーレって人は知らないけど……。最近気付いたんだ、変に考えるより何も考えないで剣振ってた方がいいって。ほら、なんか考えると剣が鈍るだろ?」

 

「貴様も奴と変わらん馬鹿ものか……」

 

 ヴォバンが本質の一端を評し、呆れたような息を吐いた。

 

『警戒せよ祐一。あれは戦争屋だ』

 

 対して叢雲もヴォバンを端的に評した。

 

「戦争屋?」

 

『見ればわかるだろう。数での圧殺と、数で対抗しようとした敵を自身で食いちぎる。"面"での戦いを得意とする手合いだ。老練ゆえに権能と手数は当然多く、おぬしと相性の悪い手札も必ずあるはずだ』

 

「ふーん……"面"ねぇ……」

 

 確かに集団で攻め掛かられると厄介なのは骨身に染みている。カンピオーネとまつろわぬ神は同格と言われるがチンギス・ハーンの来襲にはやすやすとドバイを焼かれた。

 まあそれから『聖武帝の稜威(domination over the world)』を得て数に対抗出来るようになり気にしなくなったが。

 ヴォバンの『ソドムの瞳』を殺し、数の暴力という手は殺せた。

 二手を潰してもヴォバンは崩れない。もしくは今はない『戦士』の智慧の利剣があればもう一手は潰せたかもしれない。

 だがないもの強請りだ。

 現実は『輝く瞳(Mittron glaukopis)』を潰され、それほど優位は取れていない。

 どうするか……。祐一が思案しはじめた時だ。ヴォバンが口を開いたのは。

 

「目を潰し、数を潰されたか。一当てしただけだが……このヴォバンが認めよう」

 

「あん?」

 

「君との──貴様との真っ向勝負が長引けば……私は避けようもない大きな一撃を受けることになるだろう。貴様と私とでは──()()()()()

 

「……さいで。…………アンタ、同族だろ? えらく殊勝だな」

 

 己の不利を飲み込んだ言葉。

 もとより清濁併せ呑むのがヴォバンや祐一をはじめとするエピメテウスの落し子たちの特徴だが……それと同じようにプライドの高さも天井知らず。

 さすがは数百年を生きるカンピオーネ。それくらいの度量はあるということか。

 

「せっかく似たような権能を持っているのだ。貴様と()()()()で狼比べといきたいところだが……貴様よりも捨ておけんやつが私に頭上で小賢しい策を並べているのは許し難い」

 

 発光と風雨を生みだし続ける雷雲を見上げながらヴォバンは牙を剥き出して笑う。笑うというよりも威嚇だ、雷雲にひそむもう一人の『王』へ向けた威嚇。

 

「"あれ"にこれ以上時間を与えてやるのは不味い」

 

 ヴォバンの言葉と昂りに従い、黒雲が不自然な挙動で、流動を繰り返す。それは天つ神にかき混ぜられ、渦を巻いた混沌のようだ。

 黒雲が強烈な乱気流を生みだし、その摩擦で膨大な数の稲妻が乱れ飛ぶ。

 

『ちっ』

 

 弾き出された一条の稲妻が舌打ちした。

 

「あ、そっか。アレク兄は雷になれるから雲の中は庭なのか」

 

 アレクサンドル・ガスコインは抜け目ない『王』だ。

 今もヴォバンが集めていた雨雲から稲妻の制御を奪い取り、勝手に蓄えていたようだ。なんというか、自分は消耗せず相手に手札を切らせる戦い方なのだ。

 基本《鋼》専門でやってきた祐一にはあまり経験のない手合いだ。

 

「今度は貴様だアレクサンドル・ガスコイン!」

 

 海上から戦場は天空へと移った。

 大巨狼が空気を踏みつけ凄まじい速度で空へ駆け上がっていく。

 朝鮮半島の神々、雨師・雷公・風伯から簒奪した嵐を操り、風雨と雷霆を下僕とする権能『疾風怒濤(Sturm und Drang)』……祐一の日本晴れを遮っているのもこの権能だ。

 やはり戦いのイニシアティブは最も強大なヴォバンががっちりと握っている。

 

 今もアレクが落とす雷をなんの苦もなく弾き、狼の口から稲妻を放っている。

 とはいえ空に登っていくヴォバンは背中ががら空きだ。

 今ならやれるが……。

 

「むむ。背中から斬りかかるのは趣味じゃないからなぁ……。どうすっか」

 

 それにチャーター機で見逃された借りがある。

 ここで斬りかかるのはフェア、というより祐一の流儀ではない。

 三つ巴状態、というのをベルゲンで経験した祐一としてはアレクのように他の二人を争わせて消耗させた方が賢いのだろうが……。

 

「うーん、でも仲間外れは寂しいぞ。俺も混ぜてもらうか」

 

『ん? なんだ。結局、背中から切りかかるのか?』

 

「いやいやなんでだよ! 認めるのは癪だけどさっきちょっとだけ見逃して貰ったしそんな廉恥なマネはできねぇよ。ちょっとデヤン爺に加勢するだけだっての!」

 

『本当か? なんだか分からぬが……。おぬしの顔を見ていると猛烈に嫌な予感がしてきたな……』

 

「そうか?」

 

 ニヤ〜っと笑いながら肩に叢雲を担ぎ、稲妻の乱れ飛ぶ空を見上げる。

 

 元チャーター機の天狼へ呪力を叩きつけ、一気に亜音速に駆け抜ける。

 空を目指しているヴォバンに追いついた。天狼から駆け下りて、ヴォバンの背後を取る。さすがに歴戦の魔王。

 背をやすやすとは取らせてくれない。が──轟! ちょうどアレクの放った稲妻に気を取られたのが仇となった。

 

「小僧、背後から襲うとはいい度胸だなッ! 己が分を弁えろ小僧! 今は貴様の相手ではなく、あの捻くれ者を──」

 

 ヴォバンが背中に張り付いた祐一へ口角泡を飛ばす。

 

「や、そういうんじゃないって。ちょっと助けに来ただけでよ──オラァ! 死魔の軍靴を鳴らせッ! 

 

「なっ貴様ッ──ぐぉぉおおおおおお!?!?!?!?」

 

 背中に飛び乗った祐一から膨大な呪力が溢れ出し、聖句が称揚される。さきほど耳にしたチャーター機を狼に変化させる言霊だ。

 老練なヴォバンを以てして久しぶりに悪寒がした。

 銀の大巨狼の毛並みの異変が起きた。

 灰と銀の毛皮が祐一の触れた場所から変色していく。銀に蒼が混ざり、大巨狼のコントロールが老人の手から離れ、少年の手に渡る。

 

「こ、このヴォバンで"乗馬"するかッ!」

 

「アンタは"狼"だろッ──いけ!」

 

 それは神速の権能を保有していないヴォバンにとって見たことの無い景色だった。あらゆる物が後ろに流れ、気付いた時にはアレクが目の前にいた。

 

『な、なにっ』

 

 雷光状態だったがさしものアレクですら驚愕した。巨体が一瞬で目の前に現れたのも驚くべきことだが……何より少年王が騎乗しているのがあの大敵たるヴォバンとは。

 思考を止めぬ明晰な『王』とて、思考停止状態に陥った。

 

「叢雲ォ! さっき言ってたやつ!」

 

『やはりろくな事になってないではないか!』

 

 愚痴る叢雲だが仕事はやってくれた。プラズマとなったアレクの身体がほぐれ、人の身になった。

 そのまま切りかかる。

 

「く──よくよくチャンバラ遊びが好きらしいな貴様は! 俺に二度も切り傷をつけるか!」

 

「また逃げられた!?」

 

「ふん、まだまだ甘いということだ。しかし……あのヴォバンを輓馬扱いとは。さすがの俺も賛辞の念を禁じ得ないな……とはいえ……」

 

 アレクが安全圏に移動し、祐一も追いついて来た天狼へと着地する。その視線が向かう先はやはりひとつ。狼の毛皮を脱ぎ捨てた老人が、中空に制止していた。優れた風使いである老人はこれくらい些事である。

 心の中でどれほど怒り狂っていようと感情を切り離して風雨を操作出来る。

 

 ただ。

 

 ──その日。

 気象庁の観測記録にないほどの”極大の嵐”が、なんの予告もなく日本海の海上に出現した。

 

 

「見くびっていたのは認めよう……」

 

 

 ヴォバンがぽつりとつぶやく。

 その言霊の奥底には隠しようもない憤怒と屈辱がある。カンピオーネはプライドが高い。それが偏屈さと狷介さを数百年も積み重ねたカンピオーネならとんでもない傲慢さとなる。

 そんな彼が他の同族の、それも神を殺めて一年も経たないような若造の"下"に置かれたのだ。

 

「だ、だが。こ、この数百年の間……このヴォバンをここまでコケにした者は存在しなかった……。居なかったぞ……!」

 

 その激情を受け止め、壮絶に笑いながら祐一も戦意をたぎらせる。この程度、ヤマトタケルやメタトロン、サトゥルヌスに比べれば目くそ鼻くそだ。

 

「許さん……許さんぞ小僧ォオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

「くそ! なんて悪夢だッ!」

 

「はははッ! いいなぁお仲間との戦いってのは! 久しぶりに楽しいぜ!」

 

 

──オオオオオォォォォオオオオオオオオオンッッッ!!! 

 

 

 狂乱怒濤の宴が開幕した。

 

 前哨戦のような探り合いはもはやとうの向こうに投げ捨て、最も古く最も理性的であるべき『王』が怒りに任せ狂奔に猛っている。

 だが祐一もアレクもどこか余裕がある。

 この戦場にいるカンピオーネは全員が全員やはり歴戦の『王』たち。

 三者三様、己の戦い方と勝つ方を弁えている。

 

 アレクは線──電光石火の速さで縦横無尽に駆け抜ける。

 

 ヴォバンは面──疾風怒濤の激しさで猛威をふるい蹂躙する。

 

 祐一は点──疾風迅雷の猛々しさで一点突破で破壊を試みる。

 

 明らかにヴォバンとの地力の差がある祐一とアレクは共に手を取り合い立ち向かうのが筋だろうが……残念ながら彼らは愚者の申し子。

 そんな素直な選択肢を取るなら神など殺めてはいない。

 

 というよりこの三つ巴のなかで最も鈍足なのはヴォバンだ。神速という手札は強力なのは前述した。これでアレクと祐一は老魔王の手から逃れていた。今だって神速となり祐一は怒りの化身となったヴォバンをいなしつつ──祐一はアレクを追った。

 あの黒い『王』は目を離すとすぐ見失う。某魔法界のスポーツに出てくる金色のボールじみている。

 

 同じ戦場に神速使いがいるなら神速使い同士真っ先に潰し合う。

 後塵を拝する者を相手にしないというわけではない──最も優位に立つためだ。

 

 一条の閃電が何度も視界を横切る。たまに追ってくる祐一に牽制行為なのか雷撃も放ってくるのが相当厄介だ。

 祐一だってヴォバンとやり合いたいのが本音だ。あの翁は地力だけでみれば間違いなく最強だ。しかしヴォバンが判断したようにアレクを落として置かないと漁夫の利を取られそうな怖さがある。祐一も獣の戦感がそう囁く。

 

 迅──やっと捉えた。

 祐一の『鳳』や『騎乗』よりはるかに流麗で洗練された一条の閃電。卓越した技術に思わず口笛を吹きたくなる。

 

「しっかし線……線か……。なるほど」

 

『今度はなんだ……』

 

「いや、あんま知ってる人は少ねぇけどよ……実は二つの点を結ぶと線になるんだよ」

 

『…………』

 

 何故か叢雲から返事が返ってこない。まあいいや、一条の稲妻と化したアレクをしっかり目で追う。

 天狼を神速状態にして突破力をはね上げる。

 

『さきほどの老いぼれとのやり取りで分かったが、やはり貴様も神速に到れるようだな。ならば……振り切るにも、相応の代償は必要か」

 

 アレクがつぶやいて、()()()()()()神速から速度を落とす。明らかにおかしな挙動だが、まだ切れるか? アレクを何度の切りつけ、欲張ったのが仇となった。

 神速状態で一点突破の位置を定める。ここだ。

 祐一の目線はアレクとヴォバン。

 

「これで線だろ!」

 

 重なり合った今こそがチャンス! その二点をかけ抜ければ──

 

「──ふん。単純なバカが相手だと楽でいい。こちらの策になんの警戒もなく突っ込んで来てくれるからな」

 

 アレクが余裕綽々に鼻を鳴らした。

 傲岸な態度に壮絶な悪寒を感じ取ったが、もう遅い。始まった突撃はそう簡単には止められない。

 祐一とヴォバンが戦っている間、アレクには時間があった。そして賢い王はその与えられた猶予で最大限のパフォーマンスをやってみせた。

 同族ですら害せる陣地の構築。騎兵の俊足を絡め取る罠を仕掛けたのだ!

 

「聞け、永遠の夜の娘たちよ。地と影の娘たちよ──」

 

 一閃となった祐一の耳元にアレクの聖句が奏られた。

 これはアレクサンドル・ガスコインの第二の権能、三位一体のエリーニュスから簒奪した『復讐の女神(ジャッジ・オブ・フューリーズ)』! アレクの指定したフィールドでならどんな繰り出された攻撃でも相手に返す報復の権能。

 

 不味いッ! だが急制動は叶わない。

『鳳』なら可能だろうが、急なスピードコントロールは『聖武帝の稜威(domination over the world)』では不可能。

 

「く、ぉ! これで! 俺が! ……止まるかよおぉぉぉおおおおおおオオオオオオオ!!! ──掌中の珠も砕け散った! 血まみれの肺腑は地に落ちた、万物万象は四散し、世界の箍は弛んだ! さあ、無秩序を齎そう!!!」

 

「くそっ馬鹿げた突進だな! ぐっ……!」

 

 アレクの背後にひそむ黒い三女神が翼を翻し、祐一の突撃を阻んだ。凄まじい突進力に、完全には受け流しきれなかったのかアレクの口端から血が流れる。

 

 だが、その痛みは刃となる。三女神がアレクを害そうとした祐一に狂乱し、身体をズタズタに引き裂いていく。

 

「ぐぁっ、ガァァァアアアアアアアア!?!?!?!??」

 

 天狼に乗った祐一の身体が割れた風船のように張り裂ける。全身から夥しいほどの血が噴出し、髪が千切れ、肺も傷付く。上手く息が吸えない。不用意に突っ込んだのは失敗だった。やはりもっと思案すべきだったか。そんな乱れた思考が生まれるが、祐一は振り切った。

 

 それでも。

 

 歩みを止める理由にはならない! 剣を落とすことは無い! 

 

「……人を呪わば……穴二つってねっ──叢雲ォ、偸盗だ!」

 

「同系統の権能、ではない? くっ──コピーの権能か!?」

 

 アレクが冷や汗を流すのを見た。叢雲の偸盗の権能をつかい、アレクの『復讐の女神(ジャッジ・オブ・フューリーズ)』をコピーし、復讐に復讐を返す。

 余裕の微笑みを浮かべていた三女神が、叢雲の神力を帯びた刃のひらめきによって驚愕が彩られ、漆黒の羽をむしられ散っていく。

 

「ダブルアップは俺の勝ちだアレク兄ぃ!」

 

「なにが兄だ、クソッタレめ!」

 

 叢雲に呪力を供給し、狼の脚で呪力を燃焼させる。深手を負い、莫大な量の呪力を消費する。それでも縦横無尽に戦場を駆け回るアレクを捉えたのだ。今はアレクの顔がよく見える。額になにかおぞましい王冠を思わせる痣が見える。

 だが。

 

「このチャンスは逃すわけねェ!!!」

 

「くっ! 考えなしの直上馬鹿め! ……鬼女メガイラよ、復讐者ティシポネーよ、時を止めぬ名状しがたきアレクトーよ! 疾く呪詛を返し、報復を成せ! ──今こそ復讐の時!」

 

「ぐぅぅぅっっ……ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!! 

 

 復讐のダメ押しがやってくるが猛然と駆け抜ける。

 

 そうだ。一歩でもいい。ただ駆けよ! 

 

復讐の女神(ジャッジ・オブ・フューリーズ)』のコピー。そして『聖武帝の稜威(domination over the world)』の突撃を強かに浴びたアレク。

 それに後先考えない無茶苦茶な突撃を敢行した祐一。

 

 二人は相打ちの格好で空から地面まで落ち、無人島近くの海面へ叩きつけられた。

 

 

 

 

 ○◎●

 

 

 

 

「クハハハハハァハハハハッ! この小僧はともかくアレクサンドル・ガスコイン、貴様はもう少し賢いと思っていたのだがな」

 

「……ぐ、心外だな……!」

 

 三つ巴の戦いは前評判通りの決着に傾きそうだった。無人島の浅瀬で大巨狼が、両手に若い同胞二人を掴み首の骨を砕かんとしていた。消耗もへったくれもなく殺しあった二人が悪い訳だが。

 

「少々、喰い足りんが貴様らの共倒れする姿はなかなか見物だったぞ。褒美に我が手ずから骨を砕き、頭を()()()()()にしてやろう」

 

 ゴリ、ゴリ! 

 

 ヴォバンの手から常人が耳にすれば青ざめる骨の壊音が鳴った──片方からだけ。

 

「む」

 

 祐一はまだ掌中にあるが、アレクがいない。抜け目ない『王』はするりとヴォバンの束縛から逃れてみせた。

 しかも、神速ではない方法で。

 

「思ったよりも身を切る羽目になったが──」

 

 アレクはいつの間にか背後にいた。ヴォバンの知らない移動方法……瞬間移動だ。

 確かにアレクは神速以外にも厄介な移動術が使える。しかし発動には範囲が限定される。アレクが配置した『迷宮』内でないと使えないという制約がある。

 

大迷宮(ザ・ラビリンス)』──アレクが牛頭人身の王ミノスから簒奪した迷宮を作り出す陣地作成の権能だ。アレクが作り出した迷宮内なら、瞬間移動や異常気象の能力が扱えるようになる。

 

「言っただろう。貴様たちを日本に踏み入れさせる訳にはいかないと──()()()()()ッ」

 

 もともとアレクはヴォバンと一戦交える予定だった。なにか変なおまけは付いてきたが、それはともかくアレクなりの勝算があって戦いを挑んだのだ。

 その裏には偏執的なほどの準備があった。

 

『迷宮』、『復讐』、それだけではない。アレクは更なるカードを切った。

 浅瀬の砂浜に不自然な盛り上がりがある。砂の隙間から見えるのは──暗黒。

 

「甘く、辛く、苦く、玲瓏なる味にて主の舌根を喜ばせよ。貪欲の魔球よ。神の贄となるべき巨獣に言い知れぬ妙味を授けたまえ」

 

さまよう貪欲(Weird Greed)』──怪物ベヘモットから簒奪した擬似的なブラックホールを生み出す吸引の権能だ。

 

 ごうん、ごうん。

 強大な吸引力が周囲のあらゆるものを飲み込んでいく。それはカンピオーネだって例外ではない。

 祐一を放り投げ、大巨狼が四つん這いになって離脱しようとするが、もう遅い。前肢が地面を引っ掻くが、空振りに終わり、それどころか後退していく有様だ。

 

「い、痛ってぇ……あの爺さんやりすぎだっての……。クソ、骨が砕けてやがる……動けねぇ……このままじゃ……」

 

 祐一も身体がバラバラになったような痛みで動けない。金属より硬い骨なのに至る所が砕けている。筋肉で止血するが飛び出たり、米粒みたいに細かく粉砕された部位はどうしようもない。

 弱々しい抵抗では吸引力にずりずりと引っ張られていく。

 

「吸引? そうか……だったらまだ手の出しようがある! 使わせてもらうぞ──()()()()()()!」

 

 呪力を燃焼させる。

 ベルゲンで討ち取った我が宿業の大敵の力を見せてやる。祐一の手元にアレクの"貪欲の魔球"に似た暗黒球が現れた。

 

「なんだ!」

 

「これは……」

 

 アレクとヴォバンの視界が黑に染まる。光が明滅し、掻き消えていく。シュバルツシルトの闇が虚空に現れ、吸引を阻む。

 

 呪力の咆哮とともに言霊が鳴り響く。

 

「汝、泥濘のなかで輝く一等星。我、星の狭間に澱なす帳。冥府より深き……深淵に下った敗者の闇」

 

 ここに口訣が結ばれた。

 

「祖は──黄金時代(ゴールデンエイジ)の落とす昏い影!」

 

 重力が、裏返った。

 





活動報告のほうに木下祐一の権能まとめてます。お暇でしたら
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