王書   作:につけ丸

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096:『旭の秘憶(メフレ=ガン)

 サトゥルヌスの権能を行使した刹那。広大無辺な海が水底を見失ったように地面へと飛び上がった。

 止むことのない豪雨と吸引力の力場に、特異点が生まれる。雨の暴君と暴食の悪魔の間へ、割って入るように重力の支配者が支配域を広げた。

 

「なんとか……。これだけは確保出来たか」

 

 地面に伏せった祐一がこぼす。

 

 小さい。三メートルほどの支配域。

 吸引と嵐の影響を断ち切った空間は、空と地上を縄張りにした先達の王から見ると猫の額ほどの狭さだ。

 が、その分支配的で強固だ。何人にも侵されはしない。

 

 サトゥルヌスから簒奪した権能──『朽ち褪せた黄金玉座(Schwarzschild radius)』は端的に言えば重力操作の権能だ。

 重力への支配権を授ける王権は、黒球。光さえ潰す重力球を生み出し、そこを中心に重力を支配する。

 アレクの『さまよう貪欲(Weird Greed)』と運用方法は違うものの系統は似通っているからこそ干渉可能だったのだ。

 

 しかし。

 

 

 『復讐』にズタズタにされた。そして大巨狼に骨という骨を砕かれ転がされた。『聖武帝の稜威(domination over the world)』で自壊を恐れることなく暴走(スタンピード)もした。

 相当無茶だった。四肢に力が行き渡らない。折れた骨が肉を突き破り、外気に触れている。内臓もいくつか破裂し、どれもこれも損傷している。

 

 吸引力を断ち切ったあとは、しばし動けなかった。

 

 それは他の二人にも言える。

 

《鋼》の軍神さえ轢殺できる一騎駆けを強かに浴び立ち上がれないアレク。

 

 それに"貪欲の魔球"に戒められたヴォバン。

 魔球はまつろわぬ神さえ、そしてカンピオーネでさえ振り切れない。最古参のヴォバンですらまだ強大な吸引力からは抜け出せていない。

 

 三者は一時的に停滞状態におちいった。しかし全員不撓不屈の戦士たちだ、一番早く再起動したのはヴォバン。

 この戦場で最も強力な彼は、まだ明確な傷を負っていない。その暴威はまだまだ健在だ。戦場を睥睨し、近づきつつある勝利に口を歪める。

 

 暴虐の巨人が、動く。

 

「好き勝手にやってくれたな小僧ども。だが充分時間はくれてやっただろう。数手は譲ってやった。くく、勝利への布石は打てたか? そろそろお遊びも終わりにしていいだろう──狩らせてもらうぞ」

 

 ヴォバンが人間体に戻り全力でカンピオーネ特有の抵抗力を発揮する。吸引力が僅かに鈍り、ついに地面を捉えた。

 ヴォバンは魔術に精通していない。剣や体術もそうだ。"武林の至尊"と呼ばれる魔術や武も極めた『王』とはまったく逆をいく。

 しかし老魔王は"武林の至尊"と同格なのだ。

 獣のごとき本能と、そして神から簒奪した権能を磨き上げ──三世紀という年月を生き残ってきた。

 

 両足が地上に降り立ち、鉤爪を立てて地面に食らいつく。歴戦の魔王はそれだけで魔球の吸引力に抗う余力が生まれた。

 魔球の吸引力を脇へ押しやり、権能を行使する。

 

「狼よ」

 

 下半身だけ狼になった毛皮から無数の群狼が溢れ出す。群狼は一直線に魔球へと向かい──びたびた。その身を呈して吸引力の源泉へと突っ込んでいく。

 

「従僕どもよ」

 

 地面からいくつもの手がぬうっと飛び出し、影から幽鬼のごとく青ざめた死者が這い出てきた。

死せる従僕の檻(Death Ring)』──ヴォバンがとある冥府神から簒奪したこの権能は、死者の従属。

 生前よりも()()は落ちるがその魔力や魔術は変わらない。掲げた無数の手から呪力が立ち上り、カンピオーネさえ無視しえない破魔の術が魔球へとすがりついていく。

 

「嘘だろ……! デヤンのじいさんはいくつ権能を使えるってんだ!」

 

 その逆襲劇を見ていた祐一は驚愕とともに瞠目した。

 抵抗力を振り絞りながら権能の同時行使どころか多重展開を果たす。権能は鍛錬ではほとんど習熟しない。

 人が手に入れられる技術とは根元が違うのだ。そういう埒外なものなのだ。

 どれだけ権能で練習しても意味がなく、使いこなそうとするなら実戦しかない。神々や同族との本気の殺し合いでこそ権能は本当の意味で自分のものになる。

 到底、戦歴の浅い自分では成し得ない暴挙。

 豪雨・暴風とカンピオーネの抵抗力。狼の捨て身の妨害。死者の魔術的な妨害。

 集団戦に秀でた魔王の威容を祐一は今こそ骨の髄から理解した。

 

「やはりあの老耄爺はそこらの連中とはレベルが違うな。数に任せた物量戦もここまで極まればどうにもできん」

 

 一手を差しきれなかったアレクの秀麗な顔が歪む。『迷宮』に引きずり込んだのは良かったが、あれでは先がない。

 そして死者たちの青ざめた顔をやっと視界に入れた祐一がハッとして声を荒らげた。

 

「あいつ……っ! 死体を動かしてんのか! どうやって!」

 

「死体だぞ。方法など知れているだろう」

 

「んなッ」

 

 祐一は絶句した。

 カンピオーネとは言えど元は人間だ。生まれた胎は違えど同朋たちの尊厳を凌辱できるものなのか。人が神に対抗するために力を合わせる……それもこういう形なのか? 疑問と衝撃がまだ青い少年王を一撃した。

 

「ふん。だとして、貴様に何が出来る?」

 

「……。……くそっ!」

 

 権能を詳らかにし神力を斬る『智慧の利剣』──黄金の『戦士』があれば違う未来もつかみ取れたかもしれない。あるいは彼の先達である草薙護堂にように。

 

 しかしそんな未来は訪れない。ヴォバンの鎖は絶対だ。

 

 

 だが──臍下丹田に撃鉄が落ちた。

 

 燻っていた熾火が延焼していく。瞳が烈火に熱を帯びる。

 

「ぐ、ぅ!」

 

 俊敏なはずの祐一の動きは今は鈍い。それでも、なんとか立ち上がる。

 

「ふん……。俺だけというのは気に食わん……っ!」

 

 すると一人だけ地についているなど絶対に容認できないアレクもよろよろと立ち上がった。

 傷は深いはずだが動けないレベルではないらしい。というか祐一の思ったような大きなダメージはない。

 思わず苦笑する。斜に構えて捉えどころがなく、狙いも定められない男だ。

 

 ボロボロでも二王は胸を張る。さすがにカンピオーネ、しぶとさは一級品だ。

 戦線に戻ってきた後輩たちにヴォバンは余裕の態度で迎え入れた。圧倒的優位。そして比類ないキャリアをもつ『王』はそれにとどまらない。

 

「さきほどの天空での戦い。思いがけず私も得るものがあった。簡単だ。"面"を収束させればそれは"点"だとな」

 

「チッ、馬鹿げているな。この期に及んで──"覚醒"だと?」

 

 祐一が見よう見まねにアレクの線を真似て、ヴォバンとアレクを一点突破しようとした。祐一は最初の(アレク)で豪快にすっ転んだが……ヴォバンも祐一の一点突破から得るものがあったらしい。

 

 空が真昼のように明るい。紳士服を雨に濡らし、獣の笑みを浮かべる魔王がよぉく見える。

 絶え間なく光を放つエネルギーが……稲光りが断続的に胎動している。

 数刻前まではこんな現象は起きなかった。否、起こせなかった。

 

 この老魔王、アレクが言うようにこの期に及んで"覚醒"したらしい。

 夜空を覆い隠さんばかりだった雷雲が急速に一箇所に集まっていく。日本海を覆い尽くすほどの莫大な面積の雲が、100メートル以下に圧縮し密集したのだ。

 

 雨が止む。

 

 風が止む。

 

 夜空に一点、満月さながらの"雷霆玉"が生まれる。

 

「雷公堕──木下祐一、億千万の瞳メタトロンを屠った小僧よ……貴様からあやかって"億千万の雷"とでも名付けて見ようか」

 

 ヴォバンが自ら生み出した雷霆の矛を見上げながら満足気に笑っている。

 エネルギーは強大無比。あるいは──ヤマトタケルの揮った"世に救世をもたらす剣"の"白刃"に匹敵するかもしれない。

 

「くくっ! ははは! はーーーーーっはははは!!! 感謝するぞ木下祐一、アレクサンドル・ガスコイン! 貴様らの献身によって、ヴォバンは今こそ更なる高みへと踏み入る!」

 

 勝利を確信したヴォバンの哄笑が轟く。

 権能を掌握しきったなどと誰が決めた? 限界なぞ自分が決めた甘えでしかない。

 雷光の王子と猪突猛進の少年王の眼前で、暴虐なる魔王は雷霆の帝王へとさらなる飛翔を遂げた。

 

 祐一は窮地に追い込まれた。

 

 『目』を無理やり使う? ダメだ。傷を負った今じゃ結果は変わらない。

 

 世界大帝の『稜威』もあれの前には霞む。

 

 最大威力の『ラグナ』でさえ蒸発しかねない。『山羊』は民衆がいないから行使不可能。

 

 『白馬』は……。なぜか一番使ってはいけないと化身たちが囁く。

 

 どうする。

 毎度のことながら絶体絶命だ。諦めて撤退を選ぶべきだが足は動かないし『迷宮』に囚われた身。なんとなく逃走失敗の予感を感じるし、そうすると敗北すると『瞳』が訴えかけてくる。

 

 なら……。

 

「このまま、突き進むッそれしかねぇだろっ!」

 

 ヴォバンは面から点へと選択の幅を広げた。だが祐一はそんなに小器用な真似はできない。

 のろのろと遅い足取り。亀よりも()()()、貪欲の魔球よりも遅い。

 

「貴様、まだ戦うつもりか?」

 

 アレクの言葉は純粋な疑問だった。

 

「見ただけでわかる。全身打撲、複雑骨折どころか粉砕骨折もしている。内臓もいくつかやられ、脳挫傷もあるようだが? ここは撤退を選ぶべき場面だ。たとえカンピオーネだとしてもな」

 

「知らねーよ……。俺は、家に帰るために歩いてるだけさ……それを邪魔するやつは……全員ぶっ倒す!そんだけだ……」

 

「……馬鹿げているな。出会った時から思っていたが、鉄砲玉のようなやつだ」

 

 歩き出した祐一を眺めながら呆れを込めてこぼした。

 

「まあ、俺は……アレク兄ほど寄り道をしないだけさ」

 

「……その兄呼びをやめろ。しかし……ふん。『王』よりマフィアの下っ端がお似合いなお前だが、今はその性分に()()()()()。せいぜい感謝するがいい──大地と等しき巨獣は暴食。全知の神の贄となるため万色の珍味を食い散らかす。讃え、捧げるがいい。豊潤なる食材にて我が最期の晩餐を彩るがいい」

 

 アレクの言霊によって威力を上昇させた吸引力の力場が砂浜を崩壊させ、堰を切った海水が満ちて、うずしおを形成する。大気と海のうずしおに揉まれヴォバンの呼び出した大量の狼や死者がひしゃげて圧壊していく。

 

「クハハハハッッッ!!! 悪あがきかガスコインッ、貴様がその()()()()()魔球で妨害しようとも無意味だ! 我が億千万は貴様も魔球も呑み込むぞ!」

 

「チッ! 俺の魔球も食い意地が相当悪いが……侯爵ほどでは無いな」

 

 嵐を飲み干したヴォバンは今度はこの小島を呑み込まんとしていた。

 100mとない雷霆玉はたしかに面積こそ小さいがその秘めたるエネルギーは圧倒的だ。迷宮化している小島は簡単に消し飛ぶだろう。

 かの老魔王が北欧に伝わる魔狼フェンリルを殺めていないのが不思議でならない。いや、あの侯爵こそフェンリルなのか。

 

 大口を開けて戦場のすべてを呑みこまんとする狼王を睨みつけアレクは──目眩しの成功を悟った。

 でなければヴォバンは吸引の渦のなか弱々しくも小動ぎせずに寄ってくる祐一に何かしらのアクションを起こしたはずだ。

 

 

「鉄砲玉か」

 

 祐一は独り語ちる

 アレクは皮肉で評したが当の祐一は妙に納得してしまった。結局、己は己でしかないのだ、と。

 

「そうだな。欲張るのはやめだ。ひとつに絞る……デヤン爺──あんたに一太刀馳走仕る、ってね」

 

 快復していない腕で黒剣をダラりと下げて、刀身をずりずり地面に擦りながらヴォバンへと向かう。握力が入っていない。およそ剣士の振る舞いではない。

 

 それでも。情けなく不格好でも。

 

 剣を持って、大敵のもとへ。

 

 

 ずん。ずん。

 浮遊する黒球を引き連れながら、歩武を鳴らす。全身の骨を粉砕され勇壮とはかけ離れた姿だが、重く、たしかに歩みを進める。

 咆哮するがごとく稲光りが猛り狂い、何人も逃れ得ぬ吸引力が飲み込んでいく。そんな異常な景色の中に一点、凪があった。

 

「む」

 

 権能を多重行使するヴォバンもさすがに気付いた。

 

「小僧か。姿を見せぬと思えば、私の背中をふたたび取るつもりだったか? だがこのヴォバンがそう何度も……──ん?」

 

 彼我の距離約十メートル。カンピオーネにとって殺害圏内に入って……祐一の異常な姿に気付いた。満身創痍。なぜ立って、こちらを睨んで来れるのか不思議な姿。

 そんなおぞましい姿に顔を顰めた。

 確実に距離を詰めてくる戦士は脅威だ。というかホラーだった。

 ヴォバンの何十年と仕事をしていなかった汗腺がふき出し、冷や汗が流れた。

 

「従僕どもよ!」

 

 あれはまずい。

 雷霆の制御を手放すわけにはいかないヴォバンは死者をさらに召喚して祐一の進路を阻む。意志を感じない冷たい白刃が舞い、祐一に突き刺さる。

 

 が。

 

 歩みは止まらない

 

 身体に埋まった刃ごと前進する。ヴォバンの奴隷たちを踏み躙ってでも魔王へと。

 

「なんなのだ貴様は──フ、だがもう遅い! 私の準備は整ったぞ、これで幕引きだ小僧ども!」

 

 ──ついに億千万の雷が落下する。

 

 ズ、ズ、ズ……! 

 大気を焦がすほどのエネルギーが祐一たちへと迫る。稲妻のような速さはない。しかし音速を遥かに超えた速度で天墜する。

 

「……!」

 

「──ッ」

 

 カンピオーネはその身にあらゆる魔術を弾く鎧を備える。今はそれを活用することが最高の一手。

 思考の一致した二人が期せずして息を合わせたように身体の外皮へと呪力を叩き込む。ヴォバンの雷霆を押し込んでいく。

 

 まだ足りない。雷霆の帝王となったヴォバンに届かせるにはまだ手が足りない。アレクはそこでダメ押しした。

 

「迷いを歌え、風よ。光を隠せ、夜よ。全ての旅人よ、寄る辺なき茨の旅路を──深き憂いと共にただ進み、希望を捨てよ!」

 

 アレクのミノスから簒奪した『迷宮』の聖句を謳う。『迷宮』の支配域は広く、地面だけでなく空だって掌握している。

 落下する雷霆の目標地点を多少──()()()()のは容易い。

 

「くっ! 邪魔をさせれば一流だと認めてやるっアレクサンドル・ガスコイン……!」

 

 ヴォバンの苛立った言葉が轟音のなかに消える。

 最終落下地点がズレた。カンピオーネ二人分の抵抗力が稲妻のエネルギーを押し込み、祐一が十メートルの距離を埋めて歩み寄った。

 気づけばヴォバンの眼前に祐一がたどり着いていた。ダラりと下げた腕と剣に力が宿り──

 

「いかん! 避けきれ……」

 

 ──漆黒の刃がきらめく。胸元に引き絞って、放つ。

 

 

「おりゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 どシンプルな突き。

 頭上から落下してきた核融合すら引き起こす極大の稲妻を切り払う。だがそれはオマケだ。

 本命はヴォバンの胸元。意外と肉厚だった胸板へと神刀の刀身をめり込ませていく。

 

「ぐ、ガァァァァァァアアアアアア!!!」

 

 雷霆を切って電撃をまとった刃が、ヴォバンの意識が白むほどの衝撃を生み出す。刃の侵入したそばから血液が沸騰し、内部破壊が起きる。

 制御不能になった雷が頭上で爆裂四散し、三王の意識を刈り取った。

 

 

 

 

「ぜぃ、ぜぃ……ぐ、ふ……ぜぇ、ぜぇ……」

 

「はぁはぁ……っ!」

 

「ふーっ、ふーっ……! こひゅー、こひゅー……!」

 

 離れ小島の海岸に三人の男が倒れ込んでいた。だがゴキブリ並みの生命力と生き汚さを誇るカンピオーネ。息はある。

 三者三様、数時間前の小綺麗な姿が思い出せないほど満身創痍もいい所だ。

 挨拶程度のつもりだったがいつの間にか死力を尽くして殺しあっていた。まあ様子見の戦いで死にかけるくらいがカンピオーネ(大魔王)らしい。

 

 若い二人の『王』は立ち上がれない。消耗が激しすぎる。

 

 しかし。

 

「く、くくく」

 

 最も古き『王』は、幽鬼の如く、立ち上がった。

 

「ククク……! クァーーーーーーハハハハハハハハハハハ!!!!!!感謝しよう我が敵手どもよ、よくぞ我が倦怠と無聊の念を吹き飛ばしてくれたッ!」

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン──未だ健在。

 神剣で突き刺したのだ。ダメージは間違いなく入ってるはず。だがまだまだ底ではないらしい。権能というより根性で戦意をたぎらせている。デタラメすぎる。

 

「貴様らの喉元に我が牙を食い込ませ、華々しき祝宴の餞としてやる!」

 

 ──ォォオオオオオオオオオオン! 

 

 ふたたび大巨狼へと変貌した大魔王は、人としての品性すらかなぐり捨てていた。

 涎を垂らしながら、どちらの『王』の喉元を噛みちぎろうか品定めしている。

 

 

「くっ、状況は悪化するばかりだな……!」

 

 アレクは悪態を止められなかった。

 もともと彼の目的はカンピオーネの日本上陸阻止だ。ここまで殺し合う気は毛頭なかった。

 まだ余力はあるアレクだが、ヴォバンに比べれば数段落ちる。

 少ない呪力と傷付いた身体で可能な妙手を素早く思案し始めた。

 

 

「……こひゅ、こひゅ……! はは。む、無茶しすぎた、な」

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。アレクサンドル・ガスコイン。

 両王と干戈を交えるのははじめてだが、改めて思い知る。難敵だった。蓋を開ければと言うが、蓋を開けずとも臭ってくる獣臭の強さで分かりきった事。

 

 アレクサンドル・ガスコインはどうにも相性の悪く、ヴォバンの底知れなさは少々異様だ。今も剣を突き刺したのに大して気分害した様子がない。むしろ喜んでいる風情すらある。

 

 最も手酷く傷つき、そして打つ手もない。一番不利なのは祐一に間違いなかった。

 

「叢雲」

 

 まだやれるか? という言葉は必要なかった。相棒はすぐに察してくれた。

 

『偸盗を一度使った。あれは疲れる。やれるとしても一手と心得よ……手を貸せば(オレ)はすぐさま眠りに入るだろう』

 

「そうか」

 

 一度、目を瞑る。

 

 息は吐いて、肚を決める。

 

「叢雲。ヒューペルボレアで見た護堂さんの()()、試せないか」

 

 《黒の剱》──天地開闢の権能。

 天叢雲と祐一が垣間見た先達の御業。いくつもの神力や権能が混ざりあった比類なき破壊にて天地開闢を引き起こす権能。

 今までは保有する権能を掌握しきっておらず、そして"パーツ"も足りなかった。

 だから不可能だった。

 

 「でも今なら。必要なものはすべて揃ったんじゃないか?そして絶体絶命のピンチ……権能を磨くには今しかねぇ」

 

 試すならここだろう。

 

『……厳しいな。あれを即席で再現するとなるとあまりに複雑すぎる』

 

「あんな馬鹿みたいなやり方じゃなくていい。同じやり方じゃなくてもいいんだ。俺もそうだし、デヤン爺もだけど。……どうせ同じ物を見たって"俺たち"は勝手に自分流にアレンジしちまう性分なんだよ」

 

 祐一は静かに宣言した。

 

「俺は──()()。いつもの乾坤一擲ってやつだ」

 

『………………』

 

 叢雲は黙り込んだが、すぐに長いため息を吐いた。

 

『…………はぁーーー。やれやれだな……どうせ妥協はせんのだろう? ここまで来たのだ。良いだろう付き合ってやる』

 

「さんきゅ。愛してるぜ」

 

 

 神を弑逆して、これまで。

 

 色んな事があった。

 

 ウルスラグナを殺め、簒奪したはずの第一の権能『常勝への旅路(Parviz)』は欠損している。ヤマトタケルとの戦いで黄金の利剣を奪われ……今はない。

 

 そして常勝不敗の軍神を弑逆するきっかけもなった『聖枝(バレスマ)』も、彼の地ヒューペルボレアから『光』を持ち帰り不滅を與える神具『ミスラの松明』へ進化を遂げ……そのあとチェリーの延命のため手放した。

 

 それでも獲たものはある。

 

 ラグナをはじめとした化身たち。叢雲だって。

 ヒューペルボレアで出会った草薙護堂という先達。彼から得たものは大きい。

 殺し合って来たまつろわぬ神との逆縁だって今は糧となった。

 

 喪った物もあった。獲た物もあった。

 これだけは言える。歩んで来た道に間違いはなかったのだと。

 

 これまでの道程──その集大成を見せてやる。

 

 

「我が身こそ死ぬべき因果の巨人を葬る──巨人殺し(ジャイアント・キリング)の石。弱々しく頼りない不滅の曙光は、やがて新たなる夜明けをもたらす……」

 

 

 ──夜曙(よあけ)色の言霊。

 

 夜の海に光が明滅する。

 ウルスラグナ、メタトロン、サトゥルヌス……いにしえの光明神の神力が体内で巡る。渦巻き、逆巻く。天叢雲剣とチンギス・ハーンの神力も折り重なっていく。

 

 ウルスラグナの《牙》──『常勝への旅路(Parviz)』の障害を打ち砕く突破力。

 

 チンギス・ハーンの『脚』──『聖武帝の稜威(domination over the world)』の踏破力。

 

 メタトロンの『瞳』──『輝く瞳(Mittron glaukopis)』の霊眼の見通す力。

 

 サトゥルヌスの『重力』──『朽ち褪せた黄金玉座(Schwarzschild radius)』の重力を自在に操作する力。

 

 天叢雲の『智慧』──権能たちの力を抽出し、増大させ、先鋭化する。天叢雲剣が盗み見た《黒の剱》と『暁の秘録』の設計図をもとに再構成していく。

 

 イメージと不可解な単語がいくつも乱れ飛ぶ。

 このイメージの羅列こそ祐一自身を、()()とする雷管となる。

 

 ──緑の髪。遠き湖畔。古き城。蛇の王。

 ──身体はすべて宇宙。宇宙が身体。まつろわぬ大神。死ぬべき巨人。

 ──金の黑鉄。黒曜石の刃。始まりの王。破壊。障害。征路。

 ──石は飛ぶ。止まらぬ放物線。加速。加速。牙。天征。

 

 絶対不変の〝決意〟を掲げる。今こそ撃鉄を落とす時!

 

 

『行くぞ祐一、我が同胞(はらから)よ! これより有為転変の儀を執行する! 旭日昇天はここに成るッ』

 

 

 叢雲の思念が飛んでくる。祐一は大きく頷いた。

 

 

「おぉおおっ、まだこれほどの力を隠し持っていたかッ! くく、えらく気前がいいっ! 楽しませてくれる! もっとだもっとッ喰らわせよ!! 我が腹を満たすが──む?」

 

「これほどの力は『魔道の聖杯』以来の……。ふ、おもしろ──いや、なんだこれは?」

 

 アレクとヴォバンが異常事態を素早く察知した。

 祐一よりも遥かに戦いに精通している彼らは対応しようとして……ヴォバンの哄笑もアレクの考察もたちまち消えた。それどころではない背筋に悪寒が迸ったのだ。

 

 

「………………」

 

 祐一はキャリアは短い。だが、アドバンテージがある。

 

『救世の神刀』

 

『盟約の大法』

 

『最期の王』

 

《黒の剱》

 

 それらの存在を垣間見て、その身に受けたというアドバンテージ。神やカンピオーネの権能は、望めば世を消し飛ばすほどの遥かな高みにまで到れるという可能性を知っている。

 だから祐一の力は天井知らずに跳ね上がる。

 

 右も左も分からなかったあの時、ヤマトタケルの暴威は止められなかった。

 でも。

 一度は訪れた絶望はもう繰り返させない。

 一度は零してしまった希望を今度は絶対に離しはしない。

 

 〝決意〟の烈しさに──ゾクリと魔狼の王が震えた。震える腕を、握り潰しかねない握力で抑える。

 

「ば、バカな、震えている!? このヴォバンが……! 凡愚のごとく恐怖に震えているというのか!」

 

 先刻放った億千万の雷よりさらに先鋭化し、収束されている。戦いに明け暮れた三世紀の間ですら心当たりのない力。

 

 その猛威に武者震いではなく、明確に恐怖している! 

 

 

「巫山戯るなぁあああ!!!」

 

 ──ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ!!! 

 

 この戦いのなかで最大級の大音声を叫び、ヴォバンの巨体がうねる。獣の咆哮とともに俊敏な巨体が風となった。

 異様な気配をみせる祐一を鋭爪が喉元へと閃く。

 

 

 ヴォバンの接近にも祐一は焦らなかった。

 朝が近い。曙光が降る。東雲の空に向き合いながら不退転の覚悟でヴォバンを仕留める。それしか考えていなかったからだ。

 

 薔薇色の曙光が祝福するように祐一を照らしていく。

 

 

「我が銘は黒曜石の戦士。この世で最初に神を殺めた"はじまりの神殺し"……」

 

 

 淡い光に反して、剣傷を負い流血していた頬の一部が……硬化し、変色する。"黑"へと染まっていく。

 その変異は頬にとどまらず傷付いた鎖骨や腕、下腹に脛。ランダムに変異していく。皮膚を突き破った骨すら例外ではない。

 

 "黑"はどこか艶やさを帯びていた。

 黒光りする漆黒のラグナや、鉄分を含んだ橡色に近い漆黒の叢雲とはどれも違う。

 

 光を透過するガラスのような──黒曜石に似た漆黒。

 

 

「旭日昇天……太陽が昇り夜を引き裂いて、世は朝となる。朝の訪れは世の進み。黎明を告げる鶏は高らかに鳴き、人は目覚めを得る……」

 

 

 祐一の聖句は止まらない。

 時間が歩むからこそ万物は流転する。誰もが流れ続ける時のなかで歩き出せる。

 そんななんて事のない言葉を祝詞にして謳いあげる。

 

「我がそばに侍る犬も、我が身に宿る蛇も、喝采とともに御覧じろ。時の動かぬ者へ──引導を渡すのが我が責務」

 

 

 りぃん、りぃん、りぃん。

 

 りぃんりぃんりぃんりぃんりぃん!!! 

 

 祐一とヴォバンの空間にいくつもの土星の輪っかを思わせる幾重もの円が伸びる。いや、あれは土星ではない。もっと馴染み深いもの。

 

 ──日輪。

 

 人間大の小さな日輪が、いくつも積み重なっていく。御仏の背負う光輪が連なり、前方のみならず後ろにも伸びていく。

 一直線にヴォバンの胸元へと伸びていく! 

 

 旭日の煌めきが黒曜石に反照した。

 ゴールデンオブシディアン。黑と金に彩られた戦士が産声をあげる。黒曜の戦士は──彼自身が《牙》となる。

 

 

「今という時刻はやがて過去の埃がつもり、人々の記憶から消え去るもの。それが運命。世の本質。あるべき姿……されど」

 

「戸惑い、彷徨い、立ち止まっても。我が足跡を残して来たのは朽ちぬ鋼の石碑たち。友が去り、いつか忘却しようと、その黒鉄は憶えている」

 

「だから。俺と《鋼》の友と紡いだ絆は──永久不変」

 

 

 これが旅の集大成。

 木下祐一はこの《牙》を手に入れるために歩き続けてきた! 

 

 ──チンギス・ハーンの神力がサーキットとなる。

 ──メタトロンの神力がターゲットを捕捉する。

 ──サトゥルヌスの神力がベクトルを指向する。

 ──天叢雲剣が祈念する祐一の望みへと近づけていく。

 

 さあ──『常勝への旅路(Parviz)』の化身たちよ! 今こそ乾坤一擲のために力を貸してくれ! 猪の牙に一極集中せよ!

 速度を突き詰めれば神域へと至る。猪突猛進も突き詰めれば神域へと辿り着き、天を征する。

 天元突破し──『天征』をなす!

 

 

「始まりの神殺しの『王』は、神を殺してはじまりを為す……」

 

「──蛇の王よ!」

 

「"(シャー)"の名のもとに、八百万の一切を打ち砕く《牙》を!」

 

 

 ──黒曜一閃。

 

 

「おのれぇッ! 路傍の石ごときがッーーーーー!!!」

 

 

 そうだ! 俺は石だ! 巨人を殺すのは投げられた石と相場は決まっている!

 

 超硬化した肉体が──亜光速の閃きとなる。

 

 "神殺し"木下祐一の全身全霊の一撃。己を弾丸とする単純明快なる攻撃。

 刹那。

 ヴォバンの体が爆裂する。狼王の神剣すら歯牙にかけない強靭な鋭爪を砕き、大力の神すら伍する逞しい腕を粉砕し──嵐の王に()()が開く。

 

「「オオオオオオオオオォォォォォッッッッ!!!」」

 

 万物流転は世の必定。不死のまつろわぬ神すらいつかは死ぬ。

 木下祐一と神々との繋がりも断ち消えていくだろう。

 

 けれどこの歩みは不朽不滅。誰にも犯せぬ聖なる進撃。

 我が身はいつか故郷へと辿り着く。

 

 なら、あらゆる障害は打ち破られるが必定。

 

 

「──旭の秘憶(メフレ=ガン)!」

 

 

 ならば。

 この《牙》に砕けぬものなし──ッ!

 

 

 

 

 

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