王書   作:につけ丸

98 / 102
098:清秋院(せいしゅういん) 恵那(えな)

 ──ぴぉーぴぉー!

 毎回お世話になってる『雄羊』にこづかれながら現世に戻ってくると、やけにやかましい鳥の鳴き声で目が覚めた。

 どうやら何処かの古民家に寝かされているらしい。鳥だけじゃなく木々のざわめきも賑やかだ、たぶん山奥なのだろう。

 見上げた天井は古いがしっかり手入れのなされた格天井、木製の柱は神社でよく見る舟肘木(ふなひじき)というやつ。 

 そして。

 懐かしい()()()の匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 懐かしい。

 

 この数ヶ月、ずっと嗅いでなかった匂い。

 海外を渡ってしまってから、ずっと嗅いでない匂い。

 目頭が熱くなった。

 

 (……そうか、俺は日本にいるのか)

 

 嗅覚を刺すような草木の匂いで少しスンとなる。

 万感の思いとはこのことだろう。ここは祐一の世界ではない。この世界にとって、祐一はあくまで異物だ。

 それでも。それでも、俺は日本に帰ってきたのだ。

 イランもドバイも王国もヒューペルボレアもベルゲンも悪くないところだった。でもやっぱり故国の地に勝る場所はない。

 

「感動するのはいいけど……ここドコ?」

 

 辺りを確認すると和室の一室で寝かされているようだ。

 神棚と障子に畳。書院に花が活けられ、風鈴が鳴る。

 それに白い布団に綺麗な黒髪があった。

 

「んあー、デヤン爺に向かって突撃したら妙な場所まで飛んじまったのか……。やりすぎたっぽいな……」

 

 戦傷はいくらか残っていたがもう動ける。

 破裂した内臓。飛び出ていた骨。黒曜石化していた腕もちゃんと治っている。

 ヴォバンの雷やらアレクの復讐やらでズタズタだったのに朝起きたらほぼ完治しているからデタラメだ。

 ……ただ完治しているのだが、傷があった場所に包帯が巻いてあって誰かが手当てしてくれたらしい。真新しい包帯が巻いてあった。

 うわー誰かに迷惑かけちゃったのか? 無茶しすぎたぁ。頭をかきながら反省しつつ──あ? 

 

黒髪……とは──?」

 

 ぎぎ、と首が錆びた真鍮のような動きで右隣を見ると──

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 同じ寝室に寝ている時点でアウトなのに──同じ布団。

 

「う……!」

 

 思わず目眩がした。

 

 男女七歳にして同衾してはいけません──! 

 

 吠えた。心の中で。

 異性に対してだけ風化したような価値観を誇る祐一は吠えた。

 これまでも強敵(とも)との絆……むくつけき《鋼》どもと血潮にまみれた友情は育んできた。が、しかしながら女性と付き合う作法は全く知らない。

 女神パンドラやアテナは異性には思えない幼さがあったし。神祖ニニアンは怖かったし。

 ラクシェは馬だったし。

 チェリーのやつは……うん。ゴルゴネイオンのゴタゴタで余裕なかったからな、うん。

 とにかく。

 これまで出会ったヒロインカテゴリーの方々は女性というより女傑であった。だからストレートに異性を意識することがなかったといえる。

 

 つまり祐一は”女”には滅法弱かった。 

 

 隣に眠る少女はまさしく──大和撫子。

 その一言に尽きる。まるでどこかの大名屋敷のお姫さまのような気品。

 障子から差し込む明かりに黒髪ががさらりと輝く。つややかな輝きは祐一の眼の前にまで広がり、端正な顔立ちまで全部見て取れた。

 女性が苦手だと公言して憚らない祐一ですら街ですれ違えば、立ち止まって振り向いてしまう。そんな花貌。

 しかし、隙の多い女の子らしい。同じ布団のなかで、図々しく手足を伸ばしている祐一と同じく黒髪美少女も好き勝手に布団のなかを占拠していた。

 そして、どうしたというのだ。

 布団のなかに伸び、隠れている右腕の細胞が──全力でなにかを語りかけてくる。

 

 

 ……むにゅむにゅ。

 

 

 ………………? ………………??? 

 

 

 これまで鉄と《鋼》しか触って来なかった指の腹から伝達されるぷにぃと沈みこむ感触。

 世の中にはこんな染み入るように柔らかい代物があったのか。祐一は思わず舌を巻いた。

 

 指の隙間から豊かな感触がむっちりとはみ出し。

 絹に指を滑らせたようにきめ細かく。

 そしてずっしりとした感触があったのかと。

 

 指を上下に動かしてぷにぷにしてみた。手のひらにコリコリした肉感があって、ああこれが、()()部位の中枢なのだなと直感で理解した。ただ大きすぎてどこまでが突起で輪っかなのか理解できない。

()()の大きさは測定不可能。

 

 白玉。

 若い女の肌だ。張りがあって弾力に富んだ肉だ。

 肉置きは豊かなれど引き締まった矛盾の塊じみた肉だ。

 これは媚肉だ。上等な雌の美肉だ──!

 

 そう、祐一はとっくに理解していた。

 祐一の理性と本能が両肩を叩いて叫んでくる。「おいやべぇって!」っと両方が両方ともバンバン肩を叩いてくる。

 

 

「──んん……っ」

 

 しゅっ! 

 

 本能とやらを蹴っ飛ばし、掛け布団も蹴っ飛ばし。ネコがトランポリンに弾かれたように跳ね起きる。

 刹那に距離を取った。

 立つ鳥、跡を濁さずとはこのこと。鳥獣を超えた疾風の速さ。

 その姿はまるで強風に化身し、開祖ザラシュストラの前に現れた軍神のごとく──! 

 

「あ。生きてたんだね! 正直、もうダメかなーって──わぁぁ!?」

 

 さっきまで眠っていた黒髪の女の子。

 その子が寝ぼけて、上半身を起こした。

 

「わ、わ」

 

 小鳥の啼くような高い声が生まれた。

 声の主は残念ながら少女ではない。祐一である。すぐさま顔を手のひらで覆って”目”の権能の発動を防ぎ──しかし祐一の『輝く瞳(Mittron glaukopis)』は見逃さなかった。

 

 ──覆った手の隙間からしっかりと見た。少女の一糸まとわぬ姿を!

 

 思い起こしたのは昔見たインドだかのヤクシニー像。

 乳房、臀部、太ももあたりにはしっかり肉付きがあり、それなのに引き締まった奇跡の肢体。祐一から見ればちょっと年上らしいが、だが十代半ばの女の子が所持するにはあまりに凶悪で蠱惑的な身体だった。

 権能の悪用ここに極まれりである。

 

 肩から背中まで素っ裸というすぐに自分のあられもない姿を察してくれたようだ。

 女の子は慌てて掛け布団で身体を隠した。

 その羞恥の仕草すら艶めかしい。

 

「え、えへ……。拙いものをお見せしましたー……たはは、ちょっと……恥ずかしい……ね…………」

 

 高校生らしき上級生の女先輩は、頬をかいてそんな事を言う。

 祐一はそろ……と目を開いた。

 烈火に血走った瞳を。

「なっ……」と思わず声を漏らした。掛け布団で隠せていない部分からチラチラ見える肌色が海馬に灼き付いていく。

 

 へにゃっと困ったような笑み。

 血色の良い象牙色のうなじ。

 成熟した乳房の大きな谷間。

 ほっそりとした柳腰。

 肉感的な臀部。

 

 すげぇ。

 うん、ええもん見たわ。

 

「──さて、死ぬか……」

 

「わーっ! 待って待って!」

 

 命すてがまるは今ぞ。祐一はハイライトの失った目で本気で死を想った。

 

 

 それから。

 カンピオーネなどと呼ばれる神殺しの魔王 木下祐一は流れるような動作で畳に踞座し、拳を畳につけて頭を垂れてた。鎌倉か室町の武士のごとく。

 祐一は王国という蛮族で鍛え上げられた戦士。野卑な賊がお屋敷のお姫さまと謁見するような場違い感がある。

 

「えーとえーと……あ、あ、あ、ありがとう! ……あ、いや! そう意味じゃなくて助けてくれたんだよな! ありがとう!」

 

 すると御簾の奥から高貴な女人が直答するように、上から声が降ってきた。

 布団で身を隠しながらもじもじして、これまでの経緯を簡単に教えてくれた。

 

「う、うん。昨日の夕方に川の中に沈んでたキミを見つけてね。すっごく血が流れて、顔も青ざめてて、体温が低かったし、多分ダメだろなぁ……って思ってたんだけど。でも息はしてたから温めてみよって。服は濡れてたし脱がせて一緒のお布団に入ってたんだ!」

 

 なんか凄まじいことを言われた。

 

「だ、だからごめんね! 妙なことになっちゃって! でも生きてるんだね! しかも傷も治ってるみたいだし良かった。もう、びっくりしたよー」

 

「──なるほど。左様に御座いますか」

 

(取るしかないだろうが。責任を)

 

 恩人であり女性である方の身体を見た上でまさぐった。つまり辱めたのである。事実を素早く列挙、否、陳列し、スッと冷えた頭で結論を出す。

 一瞬で祐一は覚悟は決まった。何の覚悟か。それは決まっている。

 

「……申し開きもお詫びのしようも御座いません。この首かっさばいてこの御首級を以て詫びとしますッ」

 

 古風だと言われようが、時代錯誤だと言われようが、女に恥をかかせたら死ね! 

 そういう強めの思想を持っていた祐一は愛刀の素晴らしい切れ味で首を切り落とそうし──

 

「──あれ、叢雲は!?」

 

 手元というか腕の中に相棒がいないことに今更気づく。そういえばさっきから叢雲の気配がない。わりと気安く話しかけてくる奴なのでおかしい。

 というか普段あれだけ沢山ある呪力すら一滴も感じない。

 乾坤一擲は本当に乾坤一擲の一撃だったらしい。それで結局、狼翁を落としていないのだからコスパが最悪すぎる。

 

 そんな事は知ったこっちゃない祐一は、オラァ! 大阪や叢雲出てこんかい! と腕を振ったり叫んだりしていた。

 

「あは」

 

 右往左往している祐一の奇行がおかしかったのか。

 掛け布団で裸体を隠した黒髪の女の子が笑い声を漏らした。たまらなくなったように肩を揺らしている。

 

「あははっ! もう変なこと言わないでよ。せっかく助けたんだから、生きてもらわないとだよっ」

 

「え、あ、そう? やー、そう言ってくれると助かるよ。俺もまだやる事あったからさ」

 

 使命とか。

 約束とか。

 故郷とか。

 

 そう。

 なんか色々背負ってきた祐一は倒れるわけにはいかなかった──! 

 

「……というか、キミも隠してくれないと困るかなーって」

 

「え?」

 

 あははと頬から首元まで赤くしながら、全裸のまま踊ってない夜を知らずに踊っている祐一から目を逸らしながらはにかんでいた。

 年頃の女の子に見せてはいけない物を見せびらかしながら、である。

 

「──さて、死ぬか……」

 

「わーっ! 待って待って!」

 

 命すてがまるは今ぞ。祐一はハイライトの失った目で本気で死を想った。天丼。

 

 

 

 

 ○◎●

 

 

 

「”お下がり”したものでごめんねー」

 

 黒髪の女先輩は恵那と名乗った。

 いきなり下の名前? 

 ……なわけないか、江名さんか江永さんだろ。

 それは自惚れだよ──祐一は腕を組んで頷いた。

 

 どうも高校生らしくて校章入りの白いシャツにベージュ色のベスト。

 それに丈が短いスカート……二ーソックは履いてない。ちらちら見える白い脚が祐一を苛んだ。

 

 とりあえず服を着ることに成功したブレザーの中坊は、ご飯を出してくれる高校生の先輩を眺めた。制服の上に割烹着を着て、調理場のある土間で忙しなく動いている。

 しかし姿勢正しく菜箸を使うすがたには大人の上品さが感じ取れた。

 

(恵那……さん、ちゃん、……さま? んー先輩? ……はやっぱどこかイイトコのお嬢さんなのか?)

 

 ベルゲンで出会ったチェリーも凄まじくゴーイングマイウェイだったが、そういえば少なからず気品というものがあった。あれで名家の出だった。

 チェリーは深い積雪を割って咲く赤のアネモネ。

 恵那は夏の涼風に揺れる桔梗だろうか。

 方向性が違うが、奔放闊達という点では似ているかもしれない。

 器量良し。性格良し。料理が上手い。そして──生命の恩人。パーフェクトだ。ブラボー。

 単純極まる祐一は腕を組んでうなづき──折りたたみのちゃぶ台に料理が並べられる。

 神饌をお下がりしたものなので足の早いものは無いが、白米に味噌汁、しいたけや人参を和え物など出してくれた。

 

「すげぇ……白米だ……!」

 

「ええっ? 泣ちゃうくらい!?」

 

 饗さえた日本食の数々に放浪者たる祐一は思わず落涙した。

 男泣きである。 

 右隣りに座った恵那がお茶を沸かしながら目蓋を瞬かせた。出されたお茶の苦さでまた泣いた。

 

「く、食っていいのか!? いや、良いんですか本当に!?」

 

「いいよ~。というかせっかく作ったんだし食べてもらわないと!」

 

「そっか! じゃ、いただきます! う゛お゛ぉ゛〜〜〜っ!」

 

 歓喜とともに凄まじい勢いで腹に吸引されていく。食事ではなく吸引である。

 イランにも米はあった。

 ベルゲンから中央アジアにわたるまでに米はあった。

 だがビリヤニのような炒めたり混ぜご飯にするのが最適そうなタイ米ばかり。美味しくはあったが祐一の満足いくものではなかった。

 

 しかし、今、その欲求は満たされた。

 

「満足、したぜ……!」

 

 親指についた米粒を行儀悪く食べながらこぼした。サムズアップしてサティスファクションを全身で表現する。

 

「お粗末さまでしたー。健啖家なんだね! というか怪啖家かなぁ」

 

「おう! メシうまかったし! 久しぶりと椎茸の出汁は効いたなぁ~……生き返ったみたいだ!」 

 

「あはは。大げさ大げさ」

 

 右隣りで正座しながら照れたように両手を胸の前でひらひらさせ、恵那は興味深そうな目でもう元気一杯な祐一を見た。

 

「ホントに傷の治りが早いんだねー」

 

 酷い火傷痕があったはずなのにもう赤銅色に輝いている。古い傷以外はもう綺麗サッパリ治癒している。

 異常な快復力だ。

 

「恵那も頑丈なほうだけどそれ以上だね。右腕なんて火傷が特に酷くて箸なんて持てないんじゃないかって気にしてたんだァ」

 

「あ、それで隣に来てたんだ。ありがとな先輩!」

 

「えー、恵那でいいのに」

 

 恵那は食事が終わって慣れたように正座した。祐一もすぐさま改めてブレザーを着込んで胡座をかいた。

 王国だとこれが正しい座り方だった。

 大切な集会でも車座になって茣蓙(ござ)を敷き、あぐらをかく。

 それが戦士の習いだ。

 

 向かい合った女子高校生と男子中学生。似たような色のブレザーとベストを着て……こうして見ると同じ学校に通う男女のように思えるから不思議である。

 

 でっ……。

 

 祐一は息を呑んだ。

 恵那が背筋を伸ばす、のはいいのだが。

 

 そのぶん乳房が張ってベストに縛められ、乳テントを作る部分がまた大きく見える。 

 恵那のあられもない姿が強烈の脳に焼き付いているから、服を着てるのにポロリを見たような気分になってしまい頬が熱くなる。

 

 そんな祐一に気づかず、恵那がたまらなくなったように切り出した。

 ずいずいと近づいて、祐一の腕を取って太ももをパシパシ叩いてくる。

 

「ひょえ」と情けない声を出したところで……恵那が不可解なことを叫んだ。

 

 

「ね、ね──"祐一くん"、だよねっ! "木下"の!」

 

 

「おー……? 先輩って、俺の名前知ってるんだ?」

 

「あたりまえだよー。恵那が小学三年生のころ、九歳くらいかな? 祐一くんが七歳くらいまで一緒に遊んでたじゃん」

 

 そのあとは恵那の修行が始まちゃったしね。親しみやすい雰囲気にはんなりとした笑みで親しげに笑った。

 

「え?」

 

 祐一が困惑を瞳に宿し、その時、祐一に溢れ出した──()()()()()()()! 

 ……などは特になく普通に知らなかった。

 

「ぉん? 俺多分、先輩とは初対面だよな」

 

「昔は恵那お姉ちゃん! って呼んでくれたんだよ? えーっ、本当に憶えてないの!?」

 

「さっぱり」

 

「でもでも名前は祐一くんなんでしょ?」

 

「え、あ、うん。たしかに木下祐一だけど……」

 

「だったら間違いないよっ! 最後に遊んだ時は恵那のほうが背高かったんだよっ!? 男の子と女の子とじゃ女の子の方が身長が高いし、二歳も年上だったからねー。ま、いまは……身長抜かされちゃってるけど」

 

 若鮎みたく元気に「やっぱり男の子なんだね」と敬礼するような動作で自分のおでこと祐一のおでこを当てて、にこやかに、そしてちょっと悔しそうに笑っている。

 

 こんな先輩と遊ぶ仲だったら忘れなさそうだが。というか友人関係には偏執的と評していいくらい激重な祐一は友達の顔を忘れない。

 

 それでも思い出せなかった。

 

 うーん……と首をひねる。

 

(そもそも俺異世界から来たし、会ってなくて当然じゃないか?) 

 

 と思うのだがまさかそんな事は言えば頭のおかしい奴に思われるため言えない。

 

「──あ、もしかして記憶喪失だったりとか!?」

 

「あ、そのネタはもういいです」

 

「へ?」

 

 イランで、ヒューペルボレアで。

 一年も経たずに数回ほど記憶喪失になった少年の目は死んでいた。

 恵那はまだ食い下がって聞いてきた。

 ガックンガックン揺らされる。

 

「えー!? じゃあじゃあ恵那が女の子って分からなかったとか? 同門の甘粕さんが『子供の頃に遊んでた子と再会して"お前女だったのか"! ってシチュエーションはたまらないですからねえ』とか言ってたし!」

 

「誰? 甘粕さん? ……というか俺は子供のころ遊ぶ相手はメンバー決まってたからなぁ。地元から離れるっつても九州くらいだったからなぁ」

 

 父が九州の人だったからたまに里帰りに付き合うくらいであとはほぼ故郷で過ごしていた。

 遊ぶ、といってもカンピオーネ視点からの遊び、というわけで女の子なら裸足で逃げ出すような川遊び、木登り、チャンバラ、崖登り、弓当て、黒曜石を棒の先につけて槍にして殴り合う……などといった産業革命が失敗して石器時代じみた遊びばかりしていた。

 

「じゃあ恵那のことは憶えてない? 清秋院! 清秋院恵那!」

 

 どうやら恵那の苗字は清秋院と言うらしい。

 ぬぬ……と小首を傾げ──あ。

 

 ついに思い当たる節があった。

 

「せーしゅーいん? あっ! ……なんか聞いたことある!」

 

「ほんとっ!?」

 

 [思い出したぜ! 京都だかにある神祇院ってとこで、そんな名前のお偉いさんの一族がいるとかなんとか勇気が言ってた気がする!」

 

 今の今まで忘れていたが故郷の情報通で通っている友人の森勇気の話を思い出す。神社庁の親戚みたいな政府組織で、そこで活躍するなんか物凄い名家だとか。

 親友の話だから忘れはしないが細かな部分までは記憶が霞んで思い出せない。

 

「神祇院は恵那も知らないかなァ……」

 

「え、違うの」

 

「んー……正史編纂委員会とか知らない?」

 

「知らにゃい……」

 

 ま、世界には同じ人間が三人くらいいるらしいし……。祐一はそう結論付けて思考を放棄した。

 

「ダメかー。えっとね木下家はね……むかーしむかーし清秋院が清秋院って名前がつく前からうちと別れて野に下った一族なんだって。うちのばあちゃんが言ってたんだー」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。木下の人達って権力争いと面倒事嫌いが多くてー、政争とかから身を引いたって言ってたよ」

 

 それ、多分全然違う木下じゃないか? 祐一は思った。

 

 木下なんて苗字はゴロゴロいるし、実際全国に20万人くらい居るらしい。

 祐一も自分のルーツが気になって、子どものころ親戚中に聞いて回ったが由緒正しい農民の出身だった。

 噂に聞く清秋院とでは天と地ほどの差がある。

 というかそんな名家と所縁があるなら田舎で親父は工場員、母はパートなんかやってない訳で。

 なにかしらの間違いでカンピオーネを排出*1してしまっただけで平々凡々の家系である。

 

「うーん。せーしゅーいん先輩が言ってる俺と俺はたぶん別人だと思うけど」

 

「恵那でいいからね! ……うーん、そうかなあ? でも祐一くん、おへその上にホクロあったよね」

 

「ある。……けど……」

 

「だったら違いないよ。あと、顔立ちなんかも恵那とちょっと似てるしね」

 

「え……──そうかなぁ!? 似てるかなぁ!? せーしゅーいんの先輩みたいな美人さんじゃないよ!?」

 

 容姿にそこまで自信が無い祐一は顔立ちの件は待ったをかけた。

 ほぼ異性と関わらない人生を送って来た祐一はその言葉に懐疑的だった。

 親しくなった異性はチェリーくらいだが結局、カンピオーネ同士がそういう仲になるはずもなく二人ともおのが道を往くことを選び、恋仲には発展しなかった。

 祐一の顔面評価の謎は迷宮入りしたままであった。

 

「び、美人? わ、ありがと! えっへっへ」

 

 恵那が鼻をこすって得意げに胸を張るとシャツとベスト越しなのに揺れた。

 スッと目線を上に向けた。大和撫子な端正な顔立ちがあった。

 祐一の整ってはいるが平凡で退屈な顔とは全然違う。

 

「いやぁやっぱ似てないよ」

 

「えー? 鼻梁はスッとしているし、目も切長だし。磨けば光るよ、磨けば」

 

「磨かなかったら一生輝かない……ってコト!?」

 

「あー……ほら。黒髪は同じじゃん?」

 

「今話逸らさなかった? ……てか、そりゃ日本人だもの。先輩のめちゃくちゃ綺麗な黒髪とは全然違うよ。俺、癖っ毛だもんよ」

 

「え、あはは……そっかな?」

 

 なぜか肩に流した髪を高速で梳きはじめた恵那を見る。

 シャンプーでもリンスでもない香りが漂ってくる。木の皮を思わせる匂い。香木を髪に晒してるのだろうかと邪推してしまいそうな匂いだった。

 

 そしてもうひとつ共通点を見つけた。

 恵那の瞳はよく見れば冗談みたいな赤色だった。

 瞳の色は澄んでいて撫子の花のような色彩が垣間見えた。

 対して祐一の目も赤色だ。

 といっても太陽を思わせる茜色に辰砂とか真紅とかが入り交じり赤色というには少し濃すぎて黒に近しい。

 というか祐一の場合、もともと普通だったのが権能の影響で赤になっただけである。

 恵那の純正品とは違うのである。

 

「んあー、謎だな」

 

 ちゃぶ台の上ではなく畳の隅に置いてあった瓢箪をきゅぽん、と開ける。

 いい感じに熟成された甘酒のような匂いだ。

 濁酒らしく(もろみ)とともに久しぶりの酒精の香りを楽しむ。酒も獨酒も王国以来だろうか、あっちは蜂蜜酒が主だったが。

 これも飲んでいいだろ。祐一がぐぃっと酒瓶をあおった。

 甘い。

 白米の甘みと隠し味に入れてあるのだろうか山野に生えた木の実の味わいがじんわりと舌に伝う。

 ぷちぷちとした(もろみ)を噛み潰しながら甘みと酸味のある風味を味わう。故郷の神社で飲んだ甘酒を思い出す。

 懐かしい風雅な味わいだった。

 

「あ、あはは……それ飲んじゃったんだ。お酒だよ?」

 

 すると恵那が大きな目をぱちくりさせてしまった。

 じぃ~っと咎めるように口を拭った祐一のひょうたんと、口元を見つめる。

 よくわからないが、とりあえず祐一はサムズアップした。

 

「おう! でも美味しかったぜ、甘酒みたいで! 濁酒だよな!」

 

「あ……そ、そっか!」

 

「飲んじゃだめなやつだったか? てかこれ、なんて酒なんだ?」

 

「え!? ……あー、うん、飲んではいいけど……! まあ、いっかァ……そのお酒の名前は八塩折酒(やしおりざけ)って言って記紀にも載ってる昔ながらの御酒なんだ」

 

 お酒の正体は、お神酒だった。

 祐一はハッとした。神様へのお供え物なのだから神を殺めたような魔王が飲んではいけない代物なのでは!? 

 今更である。

 

「それ、飲んだら不味いやつじゃん」

 

「やっぱり不味かった!?」

 

「え? 美味かったって!」

 

「ほ、ほんと? えへ……あ、そうじゃなくて。ちょっと出てって出てってっ!」

 

 謎のやり取りの後。

 ひどく慌てた様子の恵那に促され、片付けもそこそこだったが祐一は手を引っ張られて古民家を出ることになった。

 なんだったのだろうか。

*1
誤字にあらず

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告