誰かのヒーロー 作:誰かのための
ほう、と寒空のもと、ため息をつく。
ようやく、見つけられた。ようやく。
大切な物の仇を取れる。
生まれたときから、俺は何不自由なく生きてきた。
親に愛され、友にも恵まれ、そして、心の底から好きになれた人もできた。
そんな幸福と平穏は、簡単に壊れてしまうもので。だから、守らなければならなかったはずなのに。
手を、伸ばしても、届かなかった。
この超常の溢れた社会で、国家権力なんて、あてにならない世界で。弱いものは大切なものすら守れない。そんな、当たり前のことを、思い知らされた。
目の前で、家族を、大切な人を殺された。大切な人を、辱められた彼女を、助けることもできず。
その時の俺は、弱かった。甘い世界に、骨の髄まで堕とされていた。ようやく世界の真理に気づいた時にはもう、取り返しのつかないところまで来てしまった。
今だって、強くなれたわけじゃない。
プロヒーローたちのように、卓越した技術もない。見上げるような自己犠牲の精神も、正義もない。強い個性、なんてものもない。
ただ、復讐のため、身も心も、魂さえも、悪魔に売り渡した。
右の掌に握る、注射器を見つめる。
個性強化薬。
名前の通り、個性の力を限界まで引き上げる代わりに、一度使えば、依存性が残り、最悪、中毒で死ぬ。いわば麻薬のようなもの。
それを、強く握りしめた。
目の前にそびえるビルを睨む。
ようやく見つけた仇。
そいつは、ただのヴィランではない。ヤクザの幹部だった。クスリに溺れ、何かを壊すことで快楽を得る、畜生以下のゴミ屑であった。
許すわけがない。許せるわけがない。
注射器を腕に突き刺し、個性を発揮する。
周囲の世界が灼け爛れ、体からは噴煙のごとく、焔がほとばしる。
いつもより、数千倍の熱量。
本物に比べれば随分と小さいが、その温度、圧倒的エネルギーは太陽に匹敵する。
本来は、自らを燃やし尽くすほどであった。
今は、そんなものに気を向けている暇はない。
『殺す。』
その意思だけで、その殺意だけで、身を焦がし、身を融かす熱は、一切気にならなくなる。
一歩、一歩踏み出すたびに、アスファルトは溶け、ドロドロの黒い沼になる。
「!!んだテメェ━━━
お前じゃない。
腕を軽く払えば、灼熱が溢れ出す。
そこに立っていた人影は、跡形もなく消えた。
たった一薙ぎ、それだけで、人の形をしていた何かは、地を覆う真っ黒な重油の沼に消えていく。
「……」
どこだ。
「あ、兄貴!テメェ!!死n━━━
ジュッと音を立ててまた消える。
邪魔だ。
「ヒッァァ!!しねぇぇええええッッ!!ひ、あ、ぎ━━━
飛びかかってきた坊主頭を太陽が掴む。
苦痛の表情を浮かべる間も無く、白目をむいた頭ごと解けた。
どこだ。
意味のない殺戮を繰り返す姿は、ヴィランと何の変わりもしない、彼が最も嫌う、それ以下のゴミ屑と同じ、理不尽な暴虐を振りまく害意そのものであった。
「どこだァァァア!!!!!!!」
激昂。
その心を表すかのように爆ぜた焔が、嵐を起こす。
彼の体表を、プロミネンスが迸る。
そのときだった。
揺らめく陽炎を搔き消し、男が姿を現したのは。
「…手前、人の家荒らしてなに吠えてんだパンピーがァ…!」
そいつこそが、彼が追い求め、悪魔に、悪に魂を売ってでも殺したかった相手。
あぁ、やっと見つけた、この目で、やっと、確かめられた。
「ぁぁ……はは……ひひひ…はっはっは…ハッハハハハハハハ!!!!」
「ぁ?」
「死ね……ぇえぇえええええええ!!!!!!!」
真紅の殺意が溢れ出す。
隠す気なんてない、ここで殺す、なんとしてでも。
そうさ、今、ここで殺す。
引き絞った拳に太陽が篭る。
炉心のように灯る心臓が、暴れまわる。
「ッァァア"!!」
憎しみが、雄叫びをあげながら燃え盛る。
放たれた拳が、箒星のように軌跡を残す。
「フン!!ッォォ!!!??!?」
男が、同じように拳を振るう。
拳頭が触れる瞬間。
街が爆ぜた。
本当はわかっていた。
君が、こんな醜い復讐なんて望んでいないこと。
わかっていたんだ。
でも、頭ではわかっていても、心では、許すことができなかった。
大切な人を、君を、目の前で辱められて、殺された。
それを、どうして抑えることができようか。
心に灯った昏い焔に、気づいた時には、もう遅かった。
抑えられなかったんだ。
俺は、いつも君のヒーローでいたかったから。
その為に、誰かのヴィランになろうと構わない。
僕の正義は、貴方のために。
そう、誓ったんだ。