ファイアーエムブレム ヒーローズ ~異聞の『炎の紋章』~   作:femania

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序章 10節 王女が憧れる英雄(4)

「待って、そんな言い方まるで……!」

 

先ほどまで涙を流していた少女も今の言葉を聞いて、シャロンの方を見る。

 

「お嬢ちゃん。死に際の言葉ってのは大切だ。伝えたいことがあったら伝えておくといい」

 

「兄さまと同じです。私の役目は民を守ること。それが特務機関として戦う理由ですから。私1人の犠牲で誰かを守れるのなら、それで十分だと思います」

 

「シャロン! 何を言ってる!」

 

「エクラさん。その……私はエクラさんを巻き込んでしまったので、せめてあなただけでも逃げてほしいんです。もしも、終末世界の英雄に出会ってしまったら、最悪、こうすることは決めていました」

 

「シャロン、そんなこと言ってはいけない。この子は――」

 

これ以上、エクラは言葉をつづけられなかった。1人で逃がしても、この少女が別の英雄に在ってしまったら、今度は誰が守るというのだろう。逆に3人でここに残って、あの男と戦ったとしても、全滅は見えている。

 

エクラは自身の視野の狭さを恥じた。

 

シャロンは元より分かっていたのだ。もしも終末世界の英雄に出会ってしまったら誰か『戦える人間』が犠牲になって、他の人間を逃がすことが最善の道。

 

エクラはこれまで軍師として戦ってきたから分かる。多くの軍師の英雄から戦術や最善手を選ぶ決断の方法を学んできたから分かる。

 

終末世界のヨシュアと出会った時点で、この手を打つ以外に少女を生かす方法はない。

 

「……召喚士さん。最後まで、一緒に居てくれてありがとうございます」

 

「ダメだ、残るのは君じゃ」

 

「いいえ。私が残ります。私は約束を守ってくれたエクラさんのために、最後まであなたを守ります」

 

「どうしてそこまで! だって、今まで戦闘で役に立ったこともない。今だってこうして」

 

シャロンは首を振る。

 

「それを言うのなら、エクラさんは私たちにずっと力を貸してくれました。勝手にこの世界に飛ばされたって言ってたのに」

 

「それは、だって」

 

「エクラさんが私たちと一緒に戦ってくれると言ってくれてから、どんなに辛い時も、ずっと一緒に居てくれました。そのおかげで、たくさんの英雄さんともお友達になれました。エクラさんが来てくれてから、私の特務機関としての日々は楽しかったんですよ」

 

いつもと同じように、死ぬかもしれない間際であるにも関わらず、シャロンはいつも通りの笑顔で言葉を並べ続ける。

 

「どんなに無力でも諦めなかったエクラさんがいてくれたから、私もここまで諦めずに来れました。――その……私、英雄さんみたいに強くはないですけど、それでも、憧れた英雄さんのように戦うことができたのは、エクラさんが勇気をくれたからです。でも、まだ何もお返しできてないから。私は、せめて……あなたを守ります」

 

シャロンは槍を差し出す。暗に自分はもう使うことはないから、後を託すというかのように。

 

「エクラさん。どうか行ってください。その子を守ってください」

 

エクラは気持ちでは認められるはずもなかった。

 

だから、目の前のヨシュアらしき英雄に勝つ方法を何とか考えた。頭を無理やり回転させて何かないか模索した。

 

しかし、攻撃力78、速さ60、守備45、圧倒的な能力値を前に、いくら策を考えても勝ち筋は全く見えなかった。

 

「そんな……」

 

こんな時、自分が戦えたらと思う。しかし、その力は自分にはない。それは変えようのない事実だ。

 

「そんな、そんな……」

 

少女は顔を真っ赤にしながら、

 

「私が死ねば……」

 

と言い出すが、シャロンはそれを制止する。

 

「ダメですよ。私は貴女を守ります。そう言いました。きっと私じゃなくても、私が憧れる英雄さんはこうします。だから、私も、貴女に、エクラさんを、お兄様を信じてほしいから、貴女を守るという約束は破りません。……そういえば、お名前、聞いてませんでした」

 

「ぁ、その……ルフィア……」

 

「いい名前ですね。では私も改めて自己紹介を。目指すはお兄様やみんなを守れる強い人。あなたの味方、シャロンです」

 

「王女様でしょ、しんじゃだめ、死ぬのは、私でしょ!」

 

しかし、シャロンはそれ以上ルフィアの言葉に耳を傾けることはなかった。自分より少し年下の少女の頭を、優しくなでる。

 

「エクラさん。本当に、最後まで一緒に居てくれてありがとうございました。フェンサリル、どこかで役に立つかもしれません。どうか持って行ってください」

 

それだけ言うと、シャロンは今まで自分が使っていた槍を地面に落とし、ヨシュアのいる方へと歩き出す。

 

シャロンは本気だった。

 

エクラはこれほどまでに自分の無力を呪ったことはなかったかもしれない。

 

自分が戦えれば、活路は見えたかもしれない。そもそも、この少女を助けようとするのではなく、アルフォンスと逃げていればこんなことにはならなかったかもしれない。もしも――。

 

様々な思考が巡り、最終的たどり着いた結論。シャロンを死に至らしめたのは、自分の過失だったのではと言う疑念だった。

 

無力。無様。無能。英雄を召喚できないエクラは、本当に役立たずだと自覚するしかなかった。

 

もはやどうすることもできない。この場の最善手は、ルフィアを連れて逃げることだけ。

 

「なんで……王女さまが……」

 

唖然として彼女の背中を見ているラフィネの手を、エクラは彼女から託された槍を背負った後、しっかりと握りしめる。

 

「行こう」

 

たった一言だけ伝えると、シャロンに何か言おうと思った。

 

語りたい事は多かったが、エクラが彼女に言うべき言葉はこの1つしかない。

 

「ありがとう、シャロン!」

 

それは今だけではなく、長い長い戦いの間に多くの思い出をくれたことに対して。最期くらいは悲しい別れにしたくないから、精一杯の明るい声を出した。

 

シャロンは最後に振り向き、最高の笑顔を見せる。

 

見慣れたはずの輝かしい笑顔をエクラは胸に焼き付ける。

 

そしてシャロンは、もう二度とこちら側を向くことはなかった。

 

エクラは少女の手を引いて逃げる。もう後ろを振り向かず、シャロンを見捨てて。

 

「なんで、だって、私、かってに」

 

根はいい子なのだろうと、少女の独り言を聞いてエクラは思う。こうなったのは自分の生なのにどうして自分を助けるのだ、と彼女の言いたいことを的確に予想した。

 

「行こう。それを望んでいる」

 

エクラは彼女の手を引いて、その場から逃げ出した。

 

シャロンを置いていった。

 

ただ、悔し涙を浮かべながら、それでもそれを少女にもシャロンにも見せることなく、ただ走り出した。その手にルフィアを連れて。

 

これが本当の戦争だ。エクラは思い知った。

 

今までは、ただうまくいっていただけなのだ。自分の知る誰かが死ななかったのはただの幸運だ。こうやって大切な人を何人も失うのは当たり前なのだ。

 

英雄たちとて尊い犠牲を出してようやく平和を勝ち取ったのに、自分たちの世界だけが誰も失わないということはあり得ないだろう。

 

「シャロン……」

 

この犠牲は絶対忘れない。エクラはそう心に誓った。

 

 

 

 

 

 

「行ったか?」

 

「はい。もしかして待っててくれたんですか?」

 

「俺は勝負に嘘はつかない。賭けで2回勝った分の報酬はあるべきだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

「怖いか?」

 

「もちろん……怖いです」

 

「それでいい。それが正しい。だから俺も後腐れなく殺せる。安心しろ、この剣は相手に痛みを与えない。そういう剣だ。目を閉じれば、眠るようにして意識を失う」

 

「……」

 

「よく覚悟した。俺はあんたを忘れないぜ。シャロン」

 

ヨシュアは今度こそ、コインではなく赤黒い水晶の剣を構える。

 

剣の通る軌道、向きは水平に、首を確実に撥ねるつもりだとみて分かる。

 

シャロンは目を閉じようとした。

 

――その時だった。

 

上空から、炎の球がヨシュア目掛けて飛んでくる。

 

「な……!」

 

これはヨシュアも予想していなかったらしく、ヨシュアは跳躍してその場を離れざるを得なかった。

 

一方、その場から動かなかったシャロンも、この場に割り込んだ何者かに抱えられ、場を察出する。

 

炎は着弾した。炎の下級魔法だったが、その爆発はボルガノンに匹敵する爆発であり、それを9回。着弾地点は一瞬で溶解する。

 

そしてそこに降り立つ一人の女性。まだ若く、シャロンの少し年上程度の年齢に見える彼女は、しなやかな藍色の長い髪をたなびかせ、賢者のローブに身を包んで、その場に舞い降りる。

 

「大丈夫?」

 

「あなたは……」

 

シャロンが知るよりは、少し大人になっているが、特徴はつかみやすく誰かは間違えない。

 

「リリーナさん……?」

 

「ああ、無事でよかった。異界の私がお世話になりました。彼女とは違うけれど、今、この世界に来れない彼女の代わりに、貴女にここで恩返しをします」

 

後ろを見ると、こちらもまた、シャロンが知るよりはとても凛々しい大人の姿になり、エリウッドによく似ていながらも、やはり別人の青年がいた。

 

「ロイさん……?」

 

「初めまして……なんだけど。君は異界の僕を知ってるんだね。多分子供の頃の僕を」

 

「はい……」

 

「ああ、やっぱり。この世界の記憶を読んでいたけれど、こちらの世界の僕はとても楽しそうだった」

 

「記憶を読む……?」

 

「すまない、それは後で教えるよ。今は君を助けにここに来た。頼りにしてほしい」

 

絶望しか残っていなかったシャロンには頼もしすぎる援軍2人。いつもと雰囲気が違うとしても、シャロンは2人を信用し、身をゆだねることにした。

 

「まじか……」

 

「あら……どうしたの、剣士さん?」

 

「俺達とは違う世界の人間ってとこか」

 

「自己紹介はいる?」

 

「いいや、エフラム王子にも言われているんだ。敵と会ったら殺し合うように。だから俺はあんたを斬るぜ。約束破ったら殺されるからな」

 

「そう……話し合いの余地はないのね」

 

リリーナはロイを見る。

 

「いいよ、リリーナ。久しぶりに君の魔法の輝きを見せてほしい」

 

「……嫌いにならないでね」

 

「まさか。そんなはずないだろう?」

 

それを聞いて安心したのか、リリーナは一瞬笑みを浮かべる。

 

シャロンは、背筋が凍った感覚を得た。嬉しそうな笑みだったそれを見て。

 

リリーナは魔導書を開く。それは特務機関の任務でも使っていた魔導書『フォルブレイズ』。

 

しかし、ここから先は違った。本を開いただけで、込められた魔力の放出により、リリーナを中心に、竜巻に近い風の激流が起こる。

 

絶句だった。シャロンも、そして終末世界の英雄であるヨシュアも。

 

ただ1人、ロイはその光景を笑顔で見守る。

 

「やべ――」

 

リリーナの魔法の発動の瞬間、赤い水晶の剣を持ったその剣士は『逃げればよかった』と後悔する。

 

 

次の瞬間。アスク城下街は、その半分が、炎の激流により焦土と化した。

 

リリーナの目の前から綺麗に街が一瞬でなくなった。

 

そのいたはずの剣士は、跡形も残っていない。

 

シャロンはその光景を見て混乱する。かつての特務機関の城で出会ったリリーナも、すさまじい魔力を秘めていたが、成長するとこれほどになるとはシャロンも思っていなかった。

 

「あ……」

 

リリーナは申し訳なさそうな顔でロイとシャロンの様子をうかがう。

 

「ごめんなさい……手を抜いたのだけれど。どうしても神将器では加減が効かなくて。この街を、壊してしまいました」

 

シャロンからは言葉は出てこない。

 

対してロイはその光景をさも当たり前のように受け止め、

 

「綺麗だったよリリーナ。気に病むことはない。もうこの街に生きている人は残っていないだろう。死した肉体を火葬した、と考えた方がいい」

 

「……ごめんなさい、領主たるあなたにこのような些事を心配させて」

 

「構わない。僕はいつだって君の味方だ」

 

ロイはリリーナに笑いかけた。そしてシャロンにも話かける。

 

「大丈夫だった?」

 

「はい……。ありがとうございます……」

 

大人になった姿のロイ。そしてリリーナ。姿だけを見れば安心できるが、先ほどの龍の火炎放射のような激しい魔法を見せられた後ではとても安心はできない。

 

シャロンはもう分かっている。このロイもリリーナも、終末世界という異界から現れた英雄であることを。

 

「なんで……私を?」

 

シャロンはロイに尋ねる。

 

答えはすぐに返ってきた。

 

「この異変。エンブラ帝国の仕業であることは心得ている。だが、僕らは、彼らに反抗しようと思ってね」

 

「え……」

 

敵の敵は即ち味方というべきか。もしそれが本当なら、シャロンにとってだけでなく、ヴァイスブレイヴにとっても吉報だった。

 

「本当ですか……!」

 

「ああ、それで、この世界の特務機関と交渉をすべく誰かと合流しようと思ってたんだけど……よかった。君がシャロンか」

 

「私の名前をご存じなのですか?」

 

「僕らは少し特例だ。飛んだ世界のことを、龍魔法を使って記録として『視る』ことができる。この世界では幼い僕やリリーナがお世話になったみたいだ。君たちなら信用できる」

 

「では、お兄様も助けてくれるんですね。エクラさんも……!」

 

「もちろん。助けた後は、僕の楽園においで。民たちは僕らで預かろう」

 

たった1人、心細かったシャロンにとっては願ってもない幸運だと言えるだろう。終末世界の英雄にも味方になってくれる英雄はいる。その可能性があると、シャロンは希望を持った。

 

「ねえ、ロイ。せっかくだからシャロンさんだけ、先に私たちの世界に案内しない? ソフィーヤやファも心配しているし、一度、『切れ目』まで戻りましょう?」

 

「そうか。確かに、先に見てもらった方がいいな。僕らの故郷を」

 

「ええ。それが良いわ。それに、もしシャロンさんが、――を使えたら、私たちと特務機関の他の皆様を繋ぐ架け橋になるかも」

 

「それはいい考えだ。なら、すぐに行動しようか」

 

ロイはシャロンに尋ねる。

 

「一緒に来てもらえないだろうか?」

 

「でも、お兄様とも合流しなくちゃ」

 

「大丈夫。ここにはすぐに戻ってこれる。君のお兄様が連れている国民みんなを入れるには、君の協力が少し必要なんだ。不安だろうけど……協力してくれるかい?」

 

「そう……なんですか?」

 

「ああ。できれば、合流した時に、すぐに、君の仲間全員を迎え入れたい。僕らがこの世界に来れるのは、もしかすると、今回しかないかもしれない。チャンスを逃したくない。お願いだ」

 

「……わかりました」

 

シャロンは、ロイの言葉に従い2人について行くことにした。

 

 

 

 

 

 

エクラと共に逃げるルフィア。しかし、彼らもまた最悪の事態を前にしていた。

 

「お2人とも、お待ちください」

 

イーリス王国の王女にして、絶望の未来を生きた藍色の剣士と言われる、聖王女ルキナが自身の身長程に大きな槍を持って、目の前に立ちはだかった。

 

「君は……」

 

「終末世界の英雄の中にあなた達の味方は1人もいません。しかしあえてこう言わざるを得ないでしょう。どうか、私を信じ、ついてきてください」

 

エクラに新たな選択が迫る。

 

 




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