地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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*共和国駐在連邦高等弁務官事務所、アデナウアー・パラヤ首席参事官代理の報告

・アステロイドベルトのジオン残党勢力(コードネーム:アクシズ)の指導者マハラジャ・カーン中将が死亡(死因は不明)
・新摂政には、マハラジャの次女。(以上2点について、共和国首相府が確認)
・アクシズの新指導層が発表されたとの未確認情報←新摂政は16歳。傀儡か?
・新摂政就任に反対する一部将校が反乱を起こしたが、鎮圧された模様(木星船団公社から情報提供あり)

*中央情報局長より発言

・ここ半年、摂政の動静は伝えられておらず、重症説が囁かれていた←病死?暗殺?
・現段階において、地球圏のジオン軍残党(デラーズ・フリート等)の反応は不明
・新摂政の政治手腕は未知数。地球圏への早期帰還を主張する急進派と、国力回復を優先する穏健派の主導権争いが本格化する可能性(パラヤ首席参事官代理も同意見)
・急進派と穏健派のどちらが主導権を握ったとしても、旧指導部が0081年に決定した地球圏への帰還と、共和国におけるザビ家再興を目指す方針に変化はないと思われる。
・急進派が勝利した場合、地球圏への帰還時期を前倒しにする可能性

- 連邦安全保障会議に出席した国防委員会副委員長のメモより抜粋 -


『空文化する文民統制-政治勢力化する連邦軍』同盟通信社の配信記事(0083年8月9日)

 人類の新たな歴史は、宇宙から始まった。

 

 前世紀末、初の人類統一政府として発足した地球連邦政府。初代の最高行政会議議長(連邦政府首相)に選出されたリカルド・マーセナスは、静止衛星軌道上の宇宙官邸「ラプラス」から、地球圏の全人類(すなわち全国民)に向け、宇宙世紀(ユニバーサル・センチュリー)の幕開けを、高らかに宣言する。

 

 普遍的(ユニバーサル)な新時代。その歓迎と祝福の声は、爆音と悲鳴により掻き消された。ラプラス事件のもたらした衝撃については、詳細を語るまでもないだろう。連邦政府の再建に着手したリカルドの後継者達は「リメンバー、ラプラス!」を合言葉に、旧来の国家主義者や分離独立主義者との政治闘争を開始した。

 

 0022年。長く続いた汚い戦争の末、連邦政府は「地球における紛争の消滅」を宣言するに至る。古代ローマ帝国やソビエト連邦をも凌ぐ強力な中央集権体制を確立した地球連邦は、リカルドの悲願であった宇宙開拓を再開する。

 

 無限の彼方に広がる空間(スペース)。人類最後のフロンティアである宇宙を舞台にした、未曽有の巨大公共投資による経済成長の促進と、地球上からの強制移民の実施。その結果、人類は種としての繁栄を手に入れた。

 

 地球圏の総人口は110億人を越え、月面都市やスペースコロニーで生まれ育った開拓第2世代や第3世代は、火星や木星へと人類の生存圏を拡大。人口増加と高度経済成長の好循環は、中世期の人種・民族・宗教による対立を、過去の遺物とした。

 

 少なくとも宇宙世紀0050年代までの地球連邦は、成功した統合政府であった。

 

 本題に入ろう。

 

 後世の歴史家達は、宇宙世紀0050年以降の人類社会を、一体どのように評価するだろうか。

 

 苦悶に満ちた表情で「新世紀の人類の道義心は、中世期はおろか旧世紀の野蛮人に回帰した」と、我が事として嘆くのだろうか?

 

 それともしたり顔で「何世紀経過しようとも人の本質は変わらない」と、他人事のように語るのだろうか?

 

 もっとも、過去を振り返る余裕がある人類が残っていればの話だが。

 

 

 地球連邦政府。

 

 それは、地球上の全国家による連邦政府であり、人類史上、初めてとなる統一政府である。

 

 前世紀末、連邦発足の中心となったのは先進国と呼ばれる国々、第2次世界大戦以降、世界の外交安全保障と経済を指導し続けたG8、G20諸国である。これらの国々は、東西冷戦の終結以降も続いた、度重なる民族紛争や宗教戦争、そして経済危機に共同で対処した経験から、国益のみを追求する国民国家の存在こそが、諸問題の根源であるという認識で一致をみる。欧州連合という成功体験を念頭に、既存の国民国家を、段階的かつ発展的に解消し、人類統一政府の発足を目指す政治潮流は、こうして生まれた。

 

 人類統一政体が発足すれば、国家間による戦争は再起せず、貧富と地域格差の是正は、国境の壁に隔てられることはない。同じ連邦市民として団結した人類は、異なる人種や宗教、そして思想の相克を乗り越えることが出来る……

 

 この理念は、地球連邦政府の発足を決定した先進国首脳会議、および国際連合安全保障理事会決議、国連総会決議においても確認された。そして現在も、人類統一政府が人類に繁栄をもたらしたという歴史的事実から、連邦議会のリベラル系会派を中心に根強い支持を受けている。

 

 この政治潮流に対する批判としては、「気高い理想ではあっても、実現不可能な目標」「人間の理性を重んじるあまり、人間の本質を踏まえない政治的な空想」という主張がなされてきた。しかし、連邦政府への移行が現実の政治日程に組み込まれると、政治的な少数派に転落した国家主義者の遠吠えでしかなかった。

 

 人類の総人口を半分以下に減少させた、あの凄惨な戦禍が、すべてを変えた。100年近く続いてきた「政治的な常識」を疑う声は、もはや少数の過激派ではない。それを裏付けるように、来る連邦議会総選挙において支持を集めているのは、これま異端視されていた急進派勢力ばかりだ。

 

 誤解の無いように付け加えておくが、筆者を含めた多くの連邦市民は、現政権を支持してはいないが、人類統一政府を否定したいわけではない。ただ、伝統的な政治不和を解消した先にあったのは、新たな政治対立であったという「現実」を、身をもって経験したからこそ、これまでの「常識」に対する疑念が生じているのである。

 

 

 リカルド・マーセナスの言葉を引用しよう。

 

『運命の女神達(モイラ)。彼女達は、いかなる環境に置かれようとも、自身の運命を自ら切り開こうとする個々の人の意志の象徴である』

 

 建国の父を否定するわけではないが、あえて反論するような言い回しをお許し願いたい。

 

 0050年代。人の増えすぎた細胞が運命づけ(プログラム)された死を迎えるように、人類に繁栄をもたらした経済成長は、突如として停滞する。

 

 その原因を、強制移民の条件緩和に代表される、連邦政府の保守化に求める社会学者がいれば、コロニー自治政府の独立運動に対処するための軍事費拡大が、経済成長率の障害になったと説明する経済学者もいる。

 

 確かなのは、経済成長率の低迷が、潜在的に存在していた宇宙市民(スペースノイド)地球市民(アースノイド)の対立を激化させたことだ。

 

 社会構造や経済環境を伴う対立の萌芽は、宇宙開拓初期から存在していた。

 

 地球環境の悪化を理由に、安全性が確認されていないコロニーに強制移住されられた住民は、地球在住者への不満を募らせた。強制移住を免れた地球市民の間でも、宇宙移民者の多くが、旧開発途上国や先進国のなかで、経済的に困窮していた世帯であったことから、二級市民として見下す風潮が存在したのも事実である。

 

 両者の軋轢が深刻な政治対立に発展しなかったのは、0020年代以降の高度経済成長の恩恵を、双方が享受していたこと、最終的には連邦市民全員が宇宙移住するという、政治的な前提が維持されていたためである。

 

 この前提は、経済成長率の鈍化と、50年代の強制的な宇宙移民政策の緩和により否定されてしまう。

 

 運命か必然かはさておき、経済成長の恩恵を受けられなくなったことで、両者の軋轢は深刻化した。コロニーの自治権拡大を飛び越え、連邦からの分離独立を求める急進派の「独立派」は、瞬く間に無視出来ない政治勢力に台頭する。

 

 人類統一政府の基本理念に反する「独立派」の登場に、連邦議会の保守派とリベラル派は手を組む。両者は連邦政府を突き上げ、独立派に対する圧迫を強めた。これに、独立派は無論、独立派を支持しない宇宙市民も反発。連邦政府の更なる経済制裁と軍事圧力の強化に繋がるという悪循環が繰り返された。

 

 60年代と70年代の連邦政治は、この不毛な緊張の緩和に費やされた言ってもよい。歯止めのない軍拡競争が、停滞していた地球圏経済を再活性化させるという皮肉な現象とは裏腹に、双方の市民は現状に対する苛立ちを強め、政治に対して、更なる強硬姿勢を求めた。

 

 かくして、旧世紀の冷戦(コールドウォー)のように果てしなく続くかと思われていた政治対立は、武力衝突(ホットウォー)という最悪の結末を迎えた。

 

 一年戦争(0079-80)である。

 

 ジオン公国を自称したサイド3(ムンゾ)自治政府が連邦政府に対して仕掛けた、文字通り1年近くに及んだ戦争(内戦)。一年戦争という呼称は、あくまで非公式なものだ。

 

 連邦政府は、連邦政府加盟国の分離主義派が引き起こした「内戦」であると定義している。政府答弁や公式文書においても示された、政府と議会多数派の統一見解である。

 

 一方、サイド3(共和国)や、各地の反連邦政府勢力は、あくまで「独立戦争」と呼称する。被支配者である宇宙市民の、支配者に対する闘争という認識である。

 

 そして、一般で最も幅広く使用されているのは、「先の大戦」であろう。

 

 

 人類の総人口110億人、その半分近くを死に追いやった大戦から、早くも3年が経過しようとしている。旧ジオン公国による想像を絶する蛮行と、地球圏全域を巻き込んだ戦禍は、中世期の第1次世界大戦後のような、ヒトラーの台頭を許した平和思想の流行をもたらさなかった。

 

 アースノイドとスペースノイドの対立は、開戦前よりも深刻化しつつある。それまでは地球に住むもの(アースノイド)宇宙に住むもの(スペースノイド)という程度の意味合いでしかなかった2つの単語が、きわめて急進的な政治的スローガンを含むものへと変容したのだ。

 

 前者は後者を「テロリストの野蛮人」と罵り、後者は前者を「義務を果たそうとしない、打倒されるべき特権階級」と批判している。

 

 何故、こうした状況が生じたのか?

 

 スペースノイド-大戦を生き残った数少ないコロニーの住民は、戦時中を通じた政治的・経済的な苦境と、戦後処理の枠組みから排除されたことから、ジオン共和国への憎悪を強めると同時に、連邦政府に対する不信と絶望を深めた。

 

 スペースノイドの多くは、50年代からムンゾ自治政府首班を務めたジオン・ズム・ダイクンの、あまりにも行き過ぎたエレズム思想*1を冷笑していた。それと同時に、かつて連邦議会議員であったダイクンが、コロニー自治権の確立を掲げ、連邦政府に公然と反旗を翻した行為に喝采を送ったものである。ダイクンの死後に行われたザビ家による公国制移行を、古色蒼然とした懐古主義と嘲笑しつつも、独立派勢力としてのダイクン政権と同様に、一定の期待を持ち続けていた。それは親連邦派のコロニー住民にも見受けられた傾向である。

 

 一部の人間を除けば、公国軍の銃口が自分達に向けられるとは、予想だにしていなかったのだ。

 

 開戦後まもなく、ジオン軍は親連邦派とみなしたコロニーの住民に対する、組織的な大量虐殺を行った。駐留の連邦艦隊が撃破されると、毒ガスを注入する、あるいは物理的な破壊を行うジオン軍の無差別攻撃に、各サイドの自治政府や警備隊には、なす術がなかった。

 

 開戦前から親ジオン姿勢を鮮明にしていた、当時の政治基準からすれば極右政権が成立していた幾つかのコロニーこそ、なんとか攻撃を免れたものの、彼らは自分たちの先見の明を誇るよりも、自分達の同胞を、まるで虫けらのごとく虐殺したジオンに恐怖し、そして憎悪した。

 

 ところが戦後、地球連邦政府がジオンに課した戦後処理は、あまりにも寛大なものであった。

 

 グラナダ条約により、サイド3(ジオン)は、大戦前からの悲願である「高度な自治」を認められた。ザビ家の放逐や戦犯引渡しと引き換えに、組織的虐殺を行った公国軍も、国防軍に看板をかけ替えることで存続が了承された。公国時代から行政府を率いていたダルシア・バハロ政権は「戦争責任なし」と続投を許されたし、「ジオン共和国」という国名の使用も黙認されたのだ。

 

 連邦政府は、中世期の第一次世界大戦の戦後処理の失敗、大戦前の対ジオン強硬外交が大戦を招いた反省から学んだと主張するだろう。それでも、このグラナダ体制はサイド3以外のスペースノイドに、連邦政府-特に連邦宇宙軍への不信感を決定的なものとした。

 

 開戦前、親連邦派であったコロニー政府の頼みの綱であり、住民からは「重税をむしり取る無駄遣いの温床」と批判された連邦艦隊は、いざ戦闘となると、ジオンの新兵器とまともに戦うことも出来ずに玉砕。残存兵力はコロニー住民を見捨てて、後方のルナツー要塞へと逃げ込んだ。

 

 それが戦争末期に宇宙に戻ってくるやいなや、生き残った各コロニーに、対ジオン参戦の軍事圧力を強いる始末。挙句、停戦という政治的成果を急ぐために、サイド3に自治を認めたのだ。

 

 戦争中、ザビ家と連邦軍の間で綱渡り的な外交政策を強いられたサイド6(ムーア)、フォン・ブラウンやグラナダを始めとする月面都市郡、そして生き残ったサイド住民は、グラナダ条約のジオン優遇措置とも言うべき内容に、猛反発した。

 

 ところが「戦争犯罪者を処罰せよ!」*2に代表される、サイド6や月面都市の表向きの強硬姿勢は、連邦政府との交渉材料のひとつでしかなかった。彼らは連邦政府に経済的な特権を認めさせると、ジオン共和国の承認に踏み切った-サイド3以外の、少数派とも呼べない存在に転落したスペースノイドの感情を無視して。

 

 共和国優遇政策について、連邦政府のある高官は「夷を以て夷を制す」、すなわち旧ジオン残党の分断を図る意図を明らかにしている。しかし、実際には旧ジオン残党を団結させているだけだ。その為、仮想敵を失うことを恐れる連邦軍首脳による陰謀を疑う向きもある。

 

 結果論であるが、サイド3は連邦政府と組んで「不穏分子」を一掃したことになる。他のサイド住民をほとんど抹殺したことで、サイド3はあらゆるスペースノイド自治体の中で、最大の人口を有する自治体となった。大した賠償金を課されず、直接的な戦禍を免れたことは、戦後の爆発的な経済成長に繋がった。今やサイド3は、月面都市の経済的なライバルとなりつつあるつつある。

 

「連邦政府を信じて死んだ何十億というコロニー市民に、どう言い訳が立つというのだ!」

 

 サイド3の「成功」は、他のスペースノイドの感情を逆なでするには十分すぎた。ザビ家と連邦の間で、現実主義的で穏健な対応を選択した政党に率いられたコロニーの多くは、真っ先にジオンの餌食となったのだ。親連邦派であった旧サイド政府の指導者や住民ほど、連邦政府の変節を厳しく批判したのは当然であり、各自治政府の「良識的」な政策は「空想主義者の葬列歌」と揶揄され、新たな政府に引き継がれることはなかった。

 

 各コロニー社会が物理的に消滅したことは、旧宗主国や地球の旧出身地域との経済的、あるいは人的な繋がりといった政治的な伝統や文化も、月面都市やサイド6を除いて消滅する結果をもたらした。

 

 現在のコロニー住民は、大戦を生き残ったコロニー住民が中核を占めているわけではない。仮に旧来の住民が多数派であれば、コロニー世論は、より過激なものとなっていただろう。現在のコロニー住民のほとんどは、地球戦後復興の遅れにより、新たな生活基盤や職業を求めて宇宙に上がった新興のスペースノイドである。

 

 かくして過激派を支持した旧コロニー住民や、地球から移民せざるを得なかった人々の間では、コロニー在住者(スペースノイド)こそが、地球圏の主導権を握るべきだとする「新独立派」が台頭しつつある。

 

 「新独立派」のスローガンは「犠牲なくして発言権なし」。いわずと知れた、アメリカ独立戦争のスローガンである「代表なくして課税なし」を引用したものであり、彼らの主張がなんであるか、雄弁に物語っている。

 

 大戦後も地球に残ることが出来た地球在住者(アースノイド)からすれば、こうした「新独立派」の主張は、ヒトラーの尻尾と揶揄されたギレン・ザビの優性思想の出来の悪い焼き直しであり、有司専制を正当化するものとしか映らない。

 

 親連邦派の月面都市やサイド3を加えれば、彼らの主張する「スペースノイド」は圧倒的な少数派である。統一政府の存続を支持する多数派を苦労なく形成出来る連邦議会の地球選出議員や連邦最高行政会議から、「新独立派」は完全に無視されている。グラナダ体制に代表される、連邦政府の理解ある対応が、むしろ「新独立派」の急進化をもたらしている側面もある。

 

 

 敗者がスペースノイドだとすれば、勝者であるアースノイドはどうか?

 

 少なくとも地球在住の連邦市民は、史上最大の「内戦」における勝利の果実を与えられることはなかった。政治闘争に勝利した連邦最高行政会議や連邦議会の各会派も、否応なく変質を迫られた。

 

 重力戦線において戦場となったのは、北米大陸、南米大陸、欧州から小アジア、中東にアフリカ、ロシア、インド大陸、アジア全域……つまり、南極の一部を除く全世界である。旧先進国、旧中等国、旧発展途上国は関係ない。コロニー落下により大規模な被害を受けたオーストラリア大陸にすら、ジオン軍は侵攻したのだ。

 

 コロニー落下に伴う直接的な自然環境への影響については、本題から外れるので触れないが、地球経済を取り巻くあらゆる環境が、ブリティッシュ作戦による影響を受けた。

 

 各コロニーの「消滅」は、地球経済の最大消費者であり、かつ最大生産者の消滅を意味した。財界人や市場関係者が「ジオンによる経済テロリズム」と悲鳴を上げたのもつかの間、コロニーの地球落下により、アジア太平洋地域に面する諸国は壊滅的な被害を被った。

 

 落下後に発生した地震と巨大津波により、環太平洋に面する沿岸都市部の工業地帯や港湾施設は、軒並み破壊された。衛星軌道における会戦が相次いだことで衛星網が破壊され、後述する理由により、有線を除くあらゆる通信が途絶した。州政府や各国政府は、救援活動はおろか、被害状況の把握すら不可能という状況に陥る。道路網、航空や鉄道網、洋上交通に多大なる影響が出た結果、民間レベルでの人的往来や通商活動は不可能となった。

 

 太平洋沿岸以外の地域でも、コロニー落下の被害は深刻であった。地軸の傾きとの因果関係は不明だが、異常気象は半年以上も続いた。北半球は寒冷化により、耕作可能面積が大幅に減少。沿岸部のみならず、内陸部でも塩害による砂漠化が進み、多くの農業従事者が離農を強いられた。世界的な穀倉地帯として無人化が進んでいた北米大陸においてもそれは同様であり、農地にはコロニーと共に、ドローンの残骸が降り注いだ。

 

 戦場を一変させたミノフスキー粒子は、工業地帯の光景も一変させた。

 

 電磁波の途絶による発送電網の破綻は、民需と軍需の関係なく、あらゆる産業の工場ラインを停止に追い込んだ。混乱の中、手探りで復旧作業が開始される前に、施設ごとジオン軍に接収、あるいは戦闘に巻き込まれたことで破壊された工場も多い。無人化に対応していた先進国ほど被害は大きかったとされ、産業レベルは中世期の第2次世界大戦頃にまで後退したという見方もある。

 

 統計局を含めた政府機関の多くが機能を停止したため、記録的な低水準になったと思われる農業生産も工業生産も鉱業生産も、正確な記録は、今に至るまで不明のままだ。世界各地の株式市場は一週間戦争の途中にすべて閉鎖され、そのまま取引が再開されずに消え去った市場や企業も多い。

 

 大戦から3年が経過したが、状況はほとんど改善されていない。連邦政府は、いまだに地域ごとの国勢調査すら出来ていない。大戦を通じた「餓死者」の統計ですら、存在しないのだ。

 

 旧先進国-連邦政府と議会を主導していた、米露や欧州を始めとする諸国は、優先的にジオン軍の破壊対象となった。北米大陸の旧シアトル市のように、人口十数万の大都市がゴーストタウンになり、そのまま廃墟となった例は数えきれない。

 

 旧中等国は没落した。統一政府の発足以来、幾度となく中等国の罠に陥りつつも、積み上げてきた全ての資産を失ったからだ。ダブリンやダカールなど、大戦中に州政府の臨時首都が設置された都市を中心とした復興需要も、地域全体の繁栄には繋がってはいない。

 

 旧発展途上国、彼らは瞬く間に最貧地域に落ちぶれた。侵略者ジオンの支配を受け入れることで大戦を生き延びたが、戦後になると、それすらもなくなった。今や中東やアフリカ諸国は、旧ジオン軍残党の温床となりつつある。

 

 人的被害の影響は、戦後復興にも影を落としている。

 

 政治に参加する有権者あってこその政府、経済活動を営む納税者あってこその代表者、健全な民間活動があってこその軍隊である。人的被害を含め、社会基盤やインフラが大きな損害を受けた以上、それに支えられていた連邦政府や議会が、影響を受けないはずがなかった。

 

 ジオンの地球侵攻作戦により、旧先進国の政治家や官僚を輩出した欧州や北米は、優先的に占領対象とされた。連邦最高行政会議の閣僚は、あるものは殺害され、またあるものは捕虜となった。生き残った政治勢力の中でも、例えば合衆国のニューヤーク市長のように「市民保護」を名目に、ジオン軍と駐留協定を結ぶことで地位を保ったものもいたが、戦後になると「ジオニズムの協力者」と認定されて失脚した。

 

 瓦解した政府に代わり、南米の連邦軍本部ジャブローに逃げ込んだ閣僚数名と連邦議会議員が臨時政府を発足させたものの、母国と切り離された彼らは、政治面でも行政面でも経験不足を露呈。結果、連邦軍総司令のヨハン・イブラヒム・レビル元帥の戦争指導に追随するだけの存在と化した。

 

 戦争終結後も政界の混乱は続いた。連邦議会の勢力図と政治力学の変化に加え、戦犯狩りによる各党各会派の主導権争いの激化は、短期間での政権交代をもたらした。

 

 政府を支える行政機構は、戦中から続く政府機構の大規模な「物理的」欠員により、戦後統治と復興計画立案を十分に果たせなかった。新たな高級官僚や政治家を輩出するべき中世期時代からの歴史と伝統を持つ各地の有名大学、あるいは高等教育機関は、大戦の混乱により機能不全となるか、あるいは都市ごと吹き飛んだ。これにより人事の長期固定化が引き起こされ、「動脈硬化」と揶揄された思考や政策の硬直化が生じ、さらに復興計画の実施が遅れるという悪循環である。

 

 では、戦後復興において、重要な役割を果たすべき経済界はどうであったか?

 

 地球圏の統一経済を主導していたのは、旧時代からの伝統を有する多国籍企業であった。「連邦政府の影の支配者」とも揶揄された彼らの多くは、宇宙規模でのサプライチェーンの喪失、記録喪失に端を発した、金融機関の破綻による金融危機の断続的な発生に対処出来ず、軍需企業や月面資本などの一部例外を除いて、ことごとく没落した。

 

 新たな多国籍企業の中核になると思われた月面都市資本は、疲弊した地球経済の復興になど見向きもせず、自分達の勢力固めと、各都市間の主導権争いに勤しんだ。間隙を突くように、地球の戦後復興のイニシアチブを握ったのは、それまでの経済界主流から排除されていた、民族資本や地域資本を背景とする経済人である。彼らは、各地の分離主義勢力や地域選出の連邦議員、州政府と結びつくことでマフィア化。国政の混乱を尻目に、足場を固めつつある。

 

 お恥ずかしい限りだが、マスメディアも例外ではない。報道網や取材人脈が破綻したため、地球圏全体の観点からの報道は著しく減少している。一方、地域問題に密着した記事が増加傾向にあるが、これは地球圏という視野や視点を欠いているという事に他ならない。

 

 心の救済と安寧をもたらす宗教界も、例外ではない。開戦直後の一週間により数十億人規模を殺傷したという、中世紀の共産主義者やナチズムですら成し遂げられなかった前代未聞の大量殺害は、既存の伝統宗教界の権威をことごとく打ち壊し、あるいは聖地ごと吹き飛ばした。困窮した人心は、カルト宗教や過激派へ流れる傾向にある。また中東やアフリカ諸国の旧来からの分離独立主義勢力は、大戦中に協力した旧ジオン残党と結びつきを強めている。旧ジオン軍の蛮行が、むしろ反体制派の間では求心力につながったのだ。

 

 こうした状況下で生き残った地球の住民、それも地球に住み続けるだけの生活基盤を残すことに成功した中産階級以上の間では、「宇宙から戻ってきた野蛮人が、文明を産み出した地球環境を破壊したのだ」という過激派の主張が受け入れられつつある。地球の住民からすれば、月の裏側のコロニーであろうと、月面都市であろうと、サイド6であろうと同じなのだ。かくして欧州大陸を中心に、戦争指導に失敗した旧来の自由主義政党や保守政党、あるいは温和な社会民主主義勢力は支持率低迷にあえぐ中、過激な環境政党や極右勢力が、有権者の支持を集めている。

 

 鶏が先か、卵が先か。単なる俗称でしかなかったスペースノイド(宇宙市民)アースノイド(地球市民)という単語は、こうして自分達の政治的スタンスを表現するための政治用語と成り果ててしまった。

 

 

 これまで見てきたように、連邦政府は明らかに当事者能力を欠いている。戦後復興や経済再建もままならず、ジオン残党や分離独立勢力により、治安は悪化の一途。スペースノイドは連邦政府の「多数派」による民主主義を恨み、アースノイドは連邦政府の無能を憎んでいる。

 

 連邦政府に改革が必要なのは明らかだ。

 

 かくして「彼ら」を迎える御膳立ては整いつつある。

 

 「彼ら」は先の大戦において、最も絶望的な状況下に置かれ、夥しい人的被害を被ったことで知られる。それでも連邦の人員と資金、物資を優先的に配分され続けた結果、政府機関の中で唯一、行政組織としての性格を失わなかった。

 

 「彼ら」は当たり前のように選挙による洗礼を受けることなく、新たな政治勢力としての地位を占めつつある。この民主主義の危機に際して、連邦政府や議会の反応は鈍い。疑問の声はおろか、「彼ら」の台頭を現状の停滞を打破するための存在として歓迎する声も聞かれる。

 

 「彼ら」とは、誰か。

 

 最高行政会議議長直属の連邦安全保障会議、その統制下にあり地球圏において最大かつ最強の官僚機構にして軍事組織。

 

 Earth Federation Force-通称E・F・F。

 

 地球連邦軍である。

 

- 『空文化する文民統制-政治勢力化する連邦軍』同盟通信社の配信記事より抜粋 -

*1
地球聖地論

*2
サイド6のランク・キプロードン首相の議会演説

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