地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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- ルナリアン系自由主義政党が政権離脱。与党会派は単独過半数割れへ -

 選挙戦での劣勢が伝えられる与党勢力に激震です。与党会派『2月12日同盟』の下院代表院内総務を務めるブレックス・フォーラ代議士(グラナダ7区)は、遊説先である北米大陸のケープ・ケネディ宇宙空港で記者会見を行い、代表院内総務の辞任と、自身が率いるグラナダ自由改革同盟(GFRA)の政権離脱を表明しました。

 フォーラ代表との会見とあわせて、党所属の宇宙開発副委員長や連邦経済対策委員会委員長など23人が一斉に最高行政会議議長宛の辞表を提出。グラナダ自由改革同盟の離脱により、『2月12日同盟』は現有議席においても単独過半数を割り込むことになります。総選挙後の政界再編は避けられない情勢です。

 フォーラ代表の会見です。

『「2月12日同盟」は地球在住者と宇宙在住者の政治対立の根本的な解消を目指し、地球環境の再生、及び戦後復興を成し遂げる。この3つを成し遂げるための歴史的な大連立として結成されました。しかし現状はどうか。地球圏社会のあらゆる場面において分断と亀裂が激化しつつあり、人々は共通点よりも相違点を見出すことに血道を上げています。戦後復興の停滞により難民問題は深刻化しつつあり、地球環境の悪化には歯止めが掛かりません。連邦市民の期待に十分に堪えられなかったという厳然たる事実を、我々は受け入れなければなりません』

『グラナダ自由改革同盟、及び我が党と連携する連邦議員は「2月12日同盟」からの離脱を決定しました…(与党の苦戦が伝えられる選挙戦中の政権離脱の是非について)…批判は覚悟の上です。我が党は連邦市民としての義務を果たさねばなりませんが、同時にルナリアンの代表として、その責任を果たさねばなりません。現状の政治的枠組みでは、それが出来ないと判断しました』

 フォーラ代表はこのように述べ、連邦議会選挙は単独で戦うと明らかにしました。同党執行部は選挙戦の情勢を見極めながら、ルナリアン系自由主義政党の合同構想に取り組む考えです。

 旧与党会派を構成する政治勢力との個別の連携、あるいは選挙協力について問われたフォーラ代表は「現段階では白紙」として連携に含みを持たせました。一方で選挙後に躍進が予想される野党会派「欧州環境統一戦線」との連携には「保守主義者と自由主義者、社会民主主義者という主義主張の異なる政治勢力による大連立は失敗であったというのが、3年間の政治的教訓である」として、明確にこれを否定しました。(83/1/12-01:10)

⇒この記事の関連ニュース

・フォーラ代表の会見速記録(その1)(その2)(その3/ラスト)(記者会見の動画はこちらから)
・与党連合過半数割れへ。選挙後の政界再編必死
・フォーラ代表の記者会見を受けた与野党幹部の反応
・【特別寄稿】ルナリアンは政界のキャスティングボートを握れるか?(有料記事)

⇒【0083総選挙特集】のページへ

- RNN(リベリオン・ニュース・ネットワーク)HP 11月12日 -


宇宙世紀0083年11月12日 地球衛星軌道上 衛星軌道艦隊旗艦代理・サラミス改級巡洋艦『マダガスカル』~AE宇宙ドック艦『ラビアン・ローズ』周辺宙域 ペガサス級強襲揚陸鑑『アルビオン』治療室

 中世期の米ソ冷戦が華々しかった時代の話である。映画俳優出身のアメリカ大統領が戦略防衛構想を華々しくぶち上げた時、敵対政党やマスコミは「現実を見据えない絵空事」として嘲りの対象となった。

 

 当時の有名な映画に因んで「スターウォーズ計画」と揶揄されたそれは、大まかに言えば敵国からの大陸間弾道ミサイルを、衛星軌道上の各種軍事衛星と地上の迎撃システムを連携させて、着弾前に空中で打ち落とすというものであった。

 

 早期警戒システムの構築、衛星への迎撃ミサイル搭載、果ては核エネルギーを原動力とする兵器や、粒子線兵器の研究等々。とかくイメージ先行の内容や大統領の個人的なキャラクターもあって、同構想は「スペース・オペラのようだ」と必要以上に嘲笑された。

 

 ところが半世紀もしないうちに、それらは全て実現化した。

 

 冷戦終結後もアメリカは圧倒的な国力を背景とした豊富な開発予算を惜しみなく投入。他国に先駆けて宇宙軍を創設した。同軍はスペース・オペラと揶揄された宇宙戦艦や軍事攻撃衛星により、衛星軌道上から地球を完全に把握し、月面開発やコロニー建設でも先行した。

 

 人口問題解決を目指した宇宙移民政策遂行のために、合衆国政府が圧倒的な国力を背景に地球統一政府たる連邦政府の発足を政治決断した際、それに反対出来た国家や勢力は地球上に存在していなかった。こうした記憶も、今では歴史教科書の記述となって久しい。

 

 地球衛星軌道艦隊は、連邦宇宙軍の中で最も長い歴史を持つ部隊の一つである。

 

 文字通り地球の衛星軌道を守る艦隊として、連邦軍発足とともに旧合衆国戦略宇宙軍がそのまま移行した部隊を起源としているが、その名以上は極めてお粗末極まりない。「アメリカ閥だけに、そのまま地球衛星軌道を任せてよいものか」という批判から、地球衛星軌道艦隊は大気圏内の早期警戒システムを除けば、意図的に弱体化されられた。すなわち欧州上空を管轄する第1衛星軌道艦隊は欧州出身者に任せ、あるいは北米上空の第3衛星軌道艦隊は北米出身者にといった具合だ。

 

 セクショナリズム(縦割り)ならまだしも、リージョナリズム(地域統合)に見せかけたローカリズム(愛郷主義)な軍隊に、それも意図的に作り替えられたのだ。

 

 ローカリズムな軍隊であるなら、さぞや郷土防衛戦であるジオン軍との戦いに活躍したように思われるかもしれないが、その実情は出身国や地域、あるいは人口比率や人種ごとに自動的に割り振られるという連邦宇宙軍の中での政治的な調整ポストに成り果てていた。

 

 当然ながらこれで挙国一致のジオン軍相手に勝てるはずもなく、戦力のほとんどが開戦初頭の戦いの中で壊滅した。

 

 その中で唯一、意地を見せたのが「偏屈なウェールズ人」ことブライアン・エイノー少将(当時)が率いた第2衛星軌道艦隊の残存兵力なのだが、一年戦争における活躍はあまりにも有名であるし、今は本筋から離れるので語らない。

 

 戦後に衛星軌道艦隊が再建された際にも、このローカリズムが焦点となった。

 

 大戦中の教訓から考えれば、衛星軌道上の守りは大規模質量兵器から地球を守る最後の砦になる。故に最精鋭の部隊なり艦隊が展開していなければならないのだが、皮肉にも連邦軍屈指の改革論者として知られる北米出身のジョン・コーウェンが第3衛星軌道艦隊司令長官兼衛星軌道艦隊司令長官代理に就任したのを皮切りに、ローカリズムの亡霊が跳梁跋扈する艦隊に成り果ててしまった。

 

 実力主義者のコーウェン中将からすれば、多少乱暴に人材を引き抜いても「衛星軌道防衛のため」という文句の出にくい部隊の人事慣習を利用したという認識であったようだ。あくまで能力主義の部隊を編成するための手段である。ところがこれが契機となり、ポストを確保したい宇宙軍将校の避難場所として、あるいは政治的思惑から旧式の艦艇を残したい勢力が衛星軌道艦隊を利用するようになった。戦後に予想される大規模な宇宙軍の軍縮も、この動きを後押しした。

 

 本来ならばコーウェン将軍は反対してしかるべきなのだが、自分が中心として推進する連邦軍再建計画への支持取り付け工作と、第3衛星軌道艦隊強化の為にはやむをえないと目を瞑ったので、たちまち衛星軌道艦隊の質は低下した。

 

 ……と、何故かジャブローの連邦軍本部や地上軍の中でまことしやかに語られ始めたのは何時の頃か。コリニーを始めとした宇宙軍の主流派は「衛星軌道艦隊の弱体化」をコーウェン批判に利用したのは言うまでもない。

 

 ともあれ度重なる政治的欠点をつかれる形で、ジョン・コーウェン中将は失脚した。これが11月10日。デラーズ・フリートがコンペイトウ鎮守府に核攻撃を行ったのと同日のことだ。

 

 地球衛星軌道艦隊司令長官のポストは、連邦軍再建計画実施による艦隊再編までの中継ぎとしてコーウェンが代理のまま指揮をしていたので、元々が空席である。コーウェンが更迭されたことに伴い、ジャブローにいた将官クラスの艦隊司令部要員も同じ運命をたどった。

 

 つまりデラーズ・フリートによるコロニージャックが行われたその時、衛星軌道艦隊は現場で指揮する人材を欠いていたことになる。

 

 これには流石のジャブローの宇宙軍省も見過ごせなかったものか(あるいは計算通りか)、衛星軌道上で実験段階にあった「カード」を配置する事を決定した。

 

 問題なのは、このカードが強すぎる点だ。いわゆる「ジョーカー」であるがゆえに、なまじっか優秀な人間を派遣して手柄を立てさせるわけにも行かない。しかしジャブローから直接指揮するのは遠すぎる……全くの無名では「格」というものに釣り合わない。

 

 ある程度は名前が通じていて、ジャブローの命令に反抗しない将官。手柄を立てても独自性の発揮出来ない人間が望ましい。これらの条件にあてはまるのであれば、佐官を代将としても構わないのだが……

 

 ……というすったもんだがあったとかなかったとか。

 

 もしもエギーユ・デラーズがこの内情を知れば、間違いなく剃り上げた頭に血管が浮かび上がりそうな話ではある。これで当のジャブローは大真面目だというのだから、度し難いというべきか、近代国家における民主的な軍隊の模範であると評価すべきなのか。

 

 とにかく連邦宇宙軍省の人事局担当者は「消去法で選んだ人材で成功した例はない」という人事の格言を都合よく忘却すると、コリニー派の幹部と共に連邦軍人事年鑑と名簿を首っ引きにして散々に頭をひねった。

 

 結果としてお鉢が回ってきたのは、この「忘れ去られた英雄」であった。

 

 -…リード大佐を、司令官たる大佐としての宇宙軍代将に昇任させる。また同日付をもって第1衛星軌道艦隊司令長官代理、及び地球衛星軌道艦隊の司令長官臨時代理に任じる。宇宙暦0083年11月11日-

 

 命令書に目を通した第1衛星軌道艦隊所属・第345パトロール巡洋艦群司令のリード大佐は、衝撃のあまりキャプテンシートから転げ落ちた。

 

 

 第3衛星軌道艦隊旗艦・サラミス改級巡洋艦『マダガスカル』艦長であるスチュアート中佐は「ガンダムは疫病神だ」というのが持論である。

 

 確かに先の大戦中から『ホワイトベース』は敵味方を問わず関わったものに死を招く船と、験を担ぐ連邦軍人の中で倦厭されていたが、この中佐の場合は自身の苦い経験と個人的な性格とが合わさって、いささか偏執狂じみたものに凝り固まっていた。

 

 連邦軍の諜報部門は無能ではない。にも関わらず最新鋭の軍事機密である新型MSの開発計画が、何度となくジオン特殊部隊の攻撃対象となるのか。スチュアートが知るだけでも、サイド7(RX-78-2)に、北極基地とサイド6(RX-78-NT-1)、そしてジオンのスパイがよりにもよってテストパイロットとして開発に関与していた-思い出すだけでも苛立たしい試作7号機。そして今回のトリントンだ。

 

 こうなると防諜体制以前に呪われているとしか思えない。

 

 非文明的な考えであるとは承知していたが、自身の体験もあるスチュアートにそう確信させるには十分であったといえる。

 

 実際にそれを裏付けるかのようにガンダムに関わった人間は、その多くが悲惨な末路を辿っていると聞く。V作戦の最初の開発責任者は戦闘中に行方不明となり、なぜかサイド6で死亡が確認された。その息子は英雄となるも、今は北米で軟禁状態にあるそうだ。そしてホワイトベースのア・バオア・クーまでの航路は、敵と味方両方の夥しい血に塗れている。

 

 あるいは自分も、その呪われた一人かもしれないとスチュアートは考えている(あくまでもこの男の主観だが)。

 

 今でこそ畑違いの巡洋艦の艦長に甘んじているが、スチュアートは戦前から宇宙軍特殊部隊の教育責任者として、軍のエリートコースを歩いてきた。そして大戦末期に新型ガンダム開発計画のプロジェクトチーム「G-4」の指揮官に抜擢され、ペガサス級の最新鋭艦『グレイファントム』を任されたのだ。

 

 将来の出世を約束されたようなものと喜んだのも束の間、北極基地の襲撃事件が発生する。多大な犠牲を払いつつ機体を何とか宇宙へ逃し、安全地帯であるはずのサイド6に持ち込んだ途端に、ジオン特殊部隊の再度の襲撃だ。

 

 この時はテストパイロットの活躍により敵部隊を殲滅出来たが、1個中隊がなすすべなく壊滅。明らかにジオンとサイド6のランク政権は内通していた。激怒したスチュアートは陸戦部隊を投入しての襲撃部隊の残党狩りをサイド6に迫ったが、逆にサイド6との政治対立を恐れたジャブローから中立地帯での部隊投入の責任を問われて「G-4部隊」の司令官を更迭される結果となる。

 

 案の定、スチュアートの懸念通りに残党軍の再襲撃が行われ、新型ガンダムは大破。あげくその責任まで問われるというおまけつきだ。「ならば最初からジャブローかルナツーで開発しておけ」と法務官相手に怒鳴った所で。

 

 とはいえこの経験は無駄にならず、戦後すぐにスチュアートはペガサス級の艦長経験者であることから同型の『サラブレッド』艦長を拝命し、ジオン残党狩りに従事した。

 

 今度こそ汚名返上の好機と張り切ったものの、投入された作戦の計画立案や、ジオンのスパイであったテストパイロットが関与していたガンダム試作7号機のプログラム解禁を巡って、部下や上官と激しく衝突。今から考えてみてもプログラム解禁についての自分の判断は(個人的怨恨がなかったわけではないが)サイド6の前例から考えれば決して不当な判断ではなかったはずだ。

 

 ところが自分の判断は受け入れられず、挙句最後のマスドライバーを巡る攻防戦においてスチュアートは艦長職にはとどまったものの、事実上指揮権は取り上げられた。これでは作戦失敗時のハラキリ要員ではないかと彼は激怒したが、後の祭りである。結局、スチュアートの功績が評価されることはなかった。

 

 そのまま中佐にとどめ置かれ、現在に至るまで「指揮官としての適正に欠ける」としてドサ周りの日々だ。

 

 それもこれもガンダムなんぞに関わったからである。そうでなければ自分は今頃、宇宙軍のエリートコースを登り続けていたに違いない。これが疫病神でなくてなんなのか。

 

 ……むしろこれだけ仕出かした「ついていない」指揮官に、巡洋艦ではあるが艦隊の旗艦を任せているだけでも軍は一定の評価をしているといえなくもないのだが、少なくともスチュアート自身はそうは考えない。

 

 新たな艦隊司令代理として旗艦『マダガスカル』に迎えたリード大佐に対して、スチュアートが冷ややかな視線を向ける理由がこれである。同じペガサス級の艦長経験者という共通点と、その後の出世で追い抜かされたという妬みからスチュアートが一方的に意識していただけとはいえ、自分とこの男との差はいったい何なのか。

 

 スチュアートの戦歴と不遇の長さが作り出した狷介な性格が刻み込まれたような剥き出しの感情をぶつけられたにも関わらず、リード大佐はそれにすら気が付かない。心ここにあらずといった調子で頷いただけであり、彼のプライドをひどく傷つけた。

 

 リードが一角の人物、それこそスチュアートにも理解出来るほどの器量がある人物であればまだよかった。ところがスチュアートには、どう見ても目の前の人物は自分よりも優れた軍人には映らない。それが一層苛立ちを強める原因となった。

 

 頬骨の張った四角い顔に太目の眉と大きな目。柔道選手のような立派な体格をしているにも拘らず、どこか神経質そうな印象があるのは何故なのか。キョロキョロとしきりに視線を動かし、所在無さげに書類を捲るリード大佐の姿は、少なくともスチュアートの目には大戦中に『ホワイトベース』の艦長代理として大気圏突入作戦を指揮したのと同一人物とは到底思えなかった。

 

 こんな男よりも自分が劣っていると評価されていると考えるだけでも、虫唾が走る。スチュアートは奥歯を噛み締めた。

 

 大戦初頭に宇宙軍将官の大量欠員が発生したことで、野戦任官としてサラミス級の艦長代理となっただけの男であり、たまたま『ホワイトベース』と関係があったがゆえに出世しただけという噂は事実のようだ。スチュワートはそう判断したが、実際にリード本人に聞けば彼は「その通り」と答えただろう(素直に答えるような性格ではないが)。

 

 一般の知名度でも『ホワイトベース』の艦長といえばブライト・ノアであり、パオロ・カシアスの名前を知っていれば戦史通とされる。『ホワイトベース』が地上に降りて間もなく退艦している為、同艦を取り上げた数あるドキュメンタリーにも彼は登場しないし、元クルーの同窓名簿にもリードの名前はない。

 

 だからこそ、リードの出世や成功をやっかむスチュアートのような同僚から「幻の艦長代理」だの「忘れ去られた英雄」だのという陰口を叩かれるし、そうした視線や評価がリードを必要以上に意固地な性格としていた。

 

 宇宙軍大学校出身者であることから大学校に進んだブライト・ノアを差し置いて先に佐官となると、仕事に特段の失点もないこと、何よりその実情を知らないものからすれば『ホワイトベース』の艦長代理というネームバリューもあってか、失われた穴を埋めるようにトントン拍子で出世を重ねる。いつのまにか大佐となり巡洋艦群司令にまで上り詰めた。

 

 挙句の果てには、艦隊首脳部が更迭されたからとはいえ、栄えある地球衛星軌道艦隊の司令長官代理ときたものだ。

 

 この男は1度だが、自分は2度もペガサス級を指揮したというのに。この男と自分との差はなんなのか。同じガンダムと関わったというのに、自分はサラミス級の艦長で燻っている。めぐり合わせさえ違えば、今この男の椅子に座っていたのは自分ではないのか。スチュアートは陰湿な情念を燃え上がらせていた。

 

 さすがにスチュアートのような性根の捻じ曲がった考え方で、司令官代理を捉えていた人間は珍しい。それでも艦隊司令部が政治的な人事により根こそぎ更迭され、突如として後釜に収まった「英雄もどき」に対する視線は、どちらかといえば冷たいものが多かったのも事実だろう。

 

 自身に向けられる悪意に敏感な艦隊司令代理は、フラストレーションを極限近くまで高められていたが、ジャブローから追加で送られてきた命令書を読み終えると、その内容に癇癪を爆発させた。

 

「現場を知らんのだ、戦場を!」

 

 思えば『ホワイトベース』と共に地上に降りたった時もそうであった。ろくな援護も支援も与えず、素人集団を率いて敵中を正面突破しろという命令だった。自分たちの全滅を望んでいたとしか思えないし、新型MSを搭載しているから突破可能だと判断したのならば、あまりにも楽観的にすぎる。

 

 その後の出世に控えるので意図的に忘却していた記憶が蘇ってきたのか、リードは命令書片手に「だからこのような現実を踏まえない命令が言えるのだ!」とぶつぶつ文句を言い続けている。

 

 この艦隊司令代理に期待しても仕方がない。スチュアート以外の幕僚がそう考えたかどうかは定かではないが、リードが元々率いていた第345パトロール巡洋艦群の司令部を中心に編成された新司令部は、ジャブローからの新たな命令書を確認して、大きなため息を漏らした。

 

 内容は大きく分けて2つ。艦隊司令部の再設置による命令指揮系統の一本化と、「装置」の展開に関する現場での実働部隊の提供と指揮である。

 

 元々、宇宙空間での最終起動実験のために打ち上げられていた装置に関しては、ジャブローの宇宙艦隊作戦部の直轄として第32任務部隊が専属で作業に取り組んでいる。

 

 展開作業以外の基幹部分に関わる必要がないのは、不幸中の幸いと言えた。そのため現状では、コンペイトウ鎮守府のような混乱は避けられている。

 

 とはいえそれは、現場で艦隊を指揮するリードにとっては何の救いにもならない。

 

 訓練もなくいきなりのぶっつけ本番として現場で装置の展開をするのは自分達なのだ。それも急ごしらえの司令部を設置しながらの作業である。

 

「右から左に物を動かすように、部隊の編成が出来ると思っているのか!それも阻止限界点のはるか後方と来ている。相手をおびき寄せるといえば聞こえはいいが、失敗すれば後がないのだぞ!」

 

 リードはキャプテンシートの肘をつかみながら、苛立たしげに叫んだ。こんな状況で両手を挙げて自分の出世を喜べるほど、リードという人間は神経が太くない。

 

 しかし彼の右脇に立つふくよかな体つきが特徴的な少佐は、どうも心臓に毛が生えているタイプらしい。

 

 第345パトロール巡洋艦群の参謀長であり、そのまま衛星軌道艦隊の臨時参謀長に抜擢されたカミラ少佐は、どこか楽しげにインカムを手でいじりながら一年戦争以来の付き合いとなる上官の悲鳴に応じた。

 

「地球を救う救世主となられるわけですな大佐。いや代将閣下。名ばかりの英雄が文字通りの英雄となるわけで、非常に結構なことではありませんか」

「笑い事ではないぞカミラ少佐!他人事だと思って!」

 

 その物言いにスチュアートを始め、第345パトロール巡洋艦群の司令部以外から臨時に召集された幕僚は、ギョッとして参謀長代理の顔を見返す。多かれ少なかれ誰もが思っていたことであるが、まさかそれを正面から指摘するとは思わなかったのだ。

 

 ところが彼らの予想に反してリードが参謀長代理を激情のまま叱責することもなかったし、カミラ少佐も平然としたまま、むしろ上官を煽るように続けた。

 

「えぇ、まったく笑い事ではありませんな。失敗すれば何億という連邦市民の生命が失われ、閣下はスケープゴートとして差し出される。宇宙世紀のハズバント・キンメルとして、閣下の名前はグリーン・ワイアット大将閣下と共に戦史の教科書に永遠に刻まれるわけですな」

 

 リードより頭ひとつ身長の高い彼は、その言葉の内容とは裏腹にあははと笑いながら、そのスモウ・レスラーのような大柄な体を揺らせた。

 

 第345パトロール巡洋艦群の司令部以外から呼ばれた幕僚らにも(あるいはスチュアートにも)、ようやくカミラ少佐の意図が理解出来た。上官の緊張を解す為に自分が如何に振舞うべきか。神経質な上官の緊張感が司令部の空気を悪くしないためにはどうすればよいのか。長い付き合いでそれを心得ているらしい。

 

 気の回る補佐役あっての出世かと、何人かはそれで得心した。

 

 ところが部下のそうした配慮を、表情を真っ青にしながら頭を抱えて台無しにして見せるのがリードという人物である。視線はきょろきょろと落ち着かないし、ひざの貧乏ゆすりは止まらない。あるいは彼にそれ以上の醜態をさらすことをやめさせたという点だけでも、カミラの直言は評価に値するのかもしれない。

 

 幕僚達は一応に不安げな表情を浮かべるか、スチュアートと同様に不甲斐ない上官を苛立ちを隠さずに睨み付けるかに反応が分かれた。

 

「……そもそもだ」

 

 ようやく気を取り直したリードは手元のコンソールを操作すると『マダガスカル』艦橋中央の大型モニターを作動させた。

 

 数秒もしないうちに第32任務部隊旗艦であるコロンブス級宇宙輸送艦『コーラル・シー』の姿が映し出される。いくつものコロンブス級を列車のように連結させ、周辺では宇宙用作業ポッドのボールが蝿のようにぶんぶと飛び回っていた。

 

 「あれ」の立ち上げに関わらないで済むからこそ、自分達は艦隊再編に専念出来るわけだが、逆に言えば、まったくわけのわからないものをいきなり実戦で使えという話である。

 

「あんなものが本当に信用出来るのか?」

「ジャブローが使えというのなら、使わざるを得ないでしょう」

 

 それを艦隊司令代理である貴方が言うのか。スチュアート中佐が天井を仰ぐが、カミラ少佐はこれにあっけらかんと答えた。

 

 人があれこれ悩むのは、自分の立場や職務権限ではどうにもならない事まで必要以上に抱え込むからである。意図的な楽観主義者たらんとする部下の言に、リードはこの世の終わりだと言わんばかりに額を両手で覆った。

 

「訓練もなくぶっつけ本番で、得体の知れないものを使えといわれても信用出来るかという司令長官代理の御懸念は理解しますが……」

 

 誰も発言するものがいないので、スチュアートが不承不承といった様子で口を開く。

 

「ジャブローからの命令にある以上、こちらとしては従わざるを得ません。また装置の信頼性はともかく、こちらとしては地球の影から戦術的な奇襲を行えるというアドバンテージがあります。デラーズ・フリートがこの装置を迂回するためコロニーの軌道を再変更する可能性もないとは言えません。装置の可動実験を行わないというジャブローの判断には一定の軍事的合理性が認められると考えます」

「阻止限界点を突破すれば、コロニーの大幅な軌道変更は難しくなるか。理屈の上ではそうだろうが」

 

 リードがコンソールを操作して画面を切り替えると、楕円形の起動を経て地球へと向かうコロニーの予想軌道が映し出される。

 

 画面の右端にはデジタルの数字が縦に3つ。一番上がグリニッジ標準での現在の時刻、真ん中が阻止限界点-すなわちコロニーの地球落下を物理的に阻止する限界(とされる)までの予定時刻。そして一番下が地球落着までの予定時間だ。

 

 デラーズ・フリートは正規軍を名乗ってはいるが、その本質はテロリスト。それも典型的な分離独立主義者のそれに他ならない。軍事的な成果と政治的なメッセージの重要度であれば、間違いなく後者を選択する。コロニー落としだけでも十分な政治的勝利といえるかもしれないが、ギレン狂信者がそれだけで満足するとは思えない。

 

 そして今のジオン残党には、大戦中のジャブロー攻略作戦のデータが残されている。ブリテイッシュ作戦やルウム会戦の時のような、手探りのそれとは比べ物にならない正確さでコロニー落としをすることが可能な状況にある。

 

「統合参謀本部のエリート集団が集まるまでもありません。コロニーの予想落着地点は南米大陸のジャブローです」

 

 スチュアートが改めて指摘すると、幕僚らは凍り付いたように黙り込む。

 

 相手は終戦からこの日のためだけに、すべてを犠牲にして周到に準備を重ねてきた希代のテロリストだ。コンペイトウ鎮守府襲撃やコロニージャック、月面都市の裏切りによる重力ターンでの起動変更など、ことごとく先手を打たれている。果たして本当に阻止することが出来るのか。

 

「まぁ、信じるしかないでしょうな」

 

 カミラ参謀長代理が何も考えていないかのような調子で発言する。

 

 沈鬱な空気はいくらか和らいだが、スチュアートは「何を根拠にそのような楽観論を」と眦を吊り上げた。

 

 しかしカミラ参謀長代理は、この陰湿な悪意がこびりついたかのような艦長の質問には直接答えず、司令官代理たるリードの顔だけを見据える。

 

「衛星軌道艦隊はパトロールと警護が中心任務であり、対艦戦闘は想定しておりません。主要な艦隊はコンペイトウ鎮守府で身動きが取れず、月に向かった追撃艦隊が間に合わないのは御承知の通り。サラミス級やボールが中心の留守艦隊を再編したところで、阻止限界点前に押し出しても結果は知れています」

「つまりこれが最善だといいたいのかね、カミラ少佐」

「ほかに取りうる手段がないといったほうが正確でしょうな」

 

 カミラ少佐はあっけらかんと言い切ってから、「先ほどスチュアート中佐が指摘されたように」と発言すると、そこでようやくスチュアートと視線を合わせた。

 

「地球の影が我らの存在を覆い隠してくれるわけです。むしろジオン残党の鼻を明かせると考えるぐらいで、ちょうどいいのではないですか」

 

 カミラ参謀長代理は司令部の幕僚らの顔を1人ひとり見渡し、視線で釘を刺すことも忘れなかった。

 

「泣き言をいうのは全てが終わった後です。まずは我らにやれることをやりましょう」

「……貴官の言う通りではあるな」

 

 リード代将は本意ではないといった態度を隠さず、参謀長代理の発言を了とした。直後にスチュアートとカミラの視線が再び交差した。前者は悪意に満ちた澱んだものであり、後者はどこか困惑気なものであったが、この2人は期せずして同じ考えに至っていた。

 

 結果がどうであれ、リードの名前はマクファティ・ティアンム提督と同じく戦史に記されることになるだろう。

 

 それが何を意味するのか。スチュアートはおろか、カミラですら口には出せなかったが。

 

 

 サウス・バニングが意識を取り戻した時、彼の眼前は白いもので覆われていた。

 

 ぼんやりとした思考の中で「あの世とやらは妙に騒がしく、錆びた鉄のような臭いのする場所であるな」という考えが脳裏をよぎる。相変わらず朦朧とした意識がしばらく続いていたが、目の前にあるそれが人間の腹であることを認識した瞬間、彼は思わず「どけ!」と叫んでいた。

 

 それが酸素吸引マスクによって荒い息にしか聞こえていないことを察すると、バニングはそれを取り外そうとした。

 

 しかし右腕には点滴の管がいくつも突き刺さっており動かせない。

 

 ならばと左を動かそうとしたが、こちらもピクリともしない。見ればギブスできつく固められていた。時折聞こえる心電図の機械音は、自分のものか。

 

 呼吸が荒くなったことで、目の前にいる医者は患者の意識が戻ったことに気がついたらしい。食品工場の作業員が着るような目元だけが空いた白の無塵衣をつけていたが、ふくよかな腹と声から、バニングにはそれが『アルビオン』の軍医であるアロイス・モーズリーであると認識した。

 

「おぉ、目が覚めましたか大尉」

 

 モズリー軍医は柔らかいゆっくりとした声で、バニングに語りかけた。

 

「お加減はいかがです?どこか気分や具合の悪いところはありませんか?……あぁ、すいません。無理に話さなくても大丈夫ですよ。いけませんよ外しては、いけません」

『ふぁ、ふぁんきゃーは……!』

「はいはい、興奮してもいけませんよ。いいですか。興奮しないでくださいね。酸素マスクを外しますからね…いいですか?いいですか、気を落ち着けてくださいね。興奮すると呼吸が苦しくなり、傷口に障りますからね?いいですね?」

 

 モズリー軍医は、バニングの睨みつけるような鋭い眼光や興奮した態度にもあわてず騒がず、自分の言葉を患者が理解したのを確認する。それからベッドに乗り出していた体を起こすと、バニングの口につけられていた酸素マスクをゆっくりと外した。

 

 瞬間、バニングの鼻腔を先ほどより強烈な血とアルコールの臭いが襲う。

 

「っつ……」

 

 両手がふさがっていることもあり、バニングは上半身を起こすことを諦めた。

 

 病院のような印象を与える小奇麗な天井は薄い膜で覆われている。消毒液臭いこのベッドは簡易設置式の無菌室に入れられているようだ。

 

 おそらく自分の横には同じような半透明の無菌室の膜に覆われたベッドがいくつも並んでいるのだろう。ところでなぜ自分はこんなところにいるのだろうか…血か……血っ!

 

 そうだ血だ!自分は戦闘中に…

 

 すでに目が覚めていたにもかかわらず、サウス・バニングの意識は再び覚醒した。

 

 そうだ、そうだ!自分は戦闘中にあのMAと……そうだ!こんなところで寝ている場合ではない!

 

 心電図が短い間隔で鋭い音を鳴らし、バニングは再び上半身を起こそうとした。

 

「モズリー先生!キースは、モンシアは!?」

「はいはい、興奮しない。興奮しない。今がいつかわかりますか?麻酔が効いているからわからないでしょうが、大尉の腹には鉄骨がつき刺さっていたんです」

 

 「それにしても自分の体よりも、部下の心配ですか」と、モズリー軍医は呆れたように肩を竦めたが「アルビオンのMS部隊パイロットは全員無事です。貴方を除いてはですが」と、この強面の男性が最も気になっているであろうことを伝えた。

 

 そしてバニングが長い長い安堵の息を吐いたのを確認すると、モズリーは自身の考えが間違いでなかったことに安堵した。傷口が塞がっていないのに、あれこれ動かれてはたまらない。

 

「ただバスク分艦隊にはかなりの被害が出たようですな。サラミス改級2隻が轟沈、マゼラン改級1隻とサラミス改級4隻が大破。MS部隊の損耗率は4割を超えたというという、ほぼ半壊に近い被害です」

 

 続けて発せられたモズリー軍医の報告の内容に、バニングは言葉を無くす。

 

 脳裏に浮かぶのは、あの巨大MAの姿。情報収集のために戦闘を長引かせるという作戦目的を達成するため、コロニーと距離をとりながら敵戦力を削り続け、あわよくば取り残された司令官の救出をもくろんでいたバスク分艦隊。

 

 そして戦闘開始から5時間近く経過した時、突如として密集陣形にあった艦隊を天頂方向から攻撃したあの巨大MA。サラミス改級を2隻轟沈せしめ、MS部隊も爆発に巻き込まれたのをバニングも確認している……いや思い出した。

 

 戦闘区域が近かった『アルビオン』はすぐさまMS部隊を派遣。敵の巨大MAに対処しようとしたが、相手とはスピードもパワーも桁違いであった。そしてそこに自分が目を背けていた事実が突き付けられたというのも、バニングは薄々感づいていた。

 

「…-とのことです。キース少尉がジム・カスタムの胸部装甲を破壊して大尉を救出しましたが、どうやらコクピット内部が外からの衝撃によって破損していたようで、直ぐにICU(集中治療室)に運び込まれ、私が治療しました。緊急でしたので刺さった部品は摘出しましたが、直接の損傷を受けた大腸と小腸からの出血が特に酷く-…」

 

 モズリー軍医の説明を聞き流しながら、バニングは考え込む。記憶を手繰り寄せて呼び起こしているという表現が正しいのだろう。

 

 自分がチャック・キース少尉のジム・キャノンⅡを突き飛ばしたことまでは覚えている。

 

 コクピット内部にけたたましく鳴り響くアラームと、正面画面に映る白い光。衝撃と共に意識が途切れた。

 

 ではその後、あのMAと戦ったのは……

 

「……というわけです。出血性のショック症状が出なかったのは、まさに奇跡としか言いようがありませんな」

「普段から鍛えておりますからな。これも腕立て伏せの効果でしょうか?」

 

 バニングの軽口に、モズリー軍医が肩を竦めながら「それだけ口が回るのなら問題はなさそうですな」と言うが、直ぐに表情を曇らせると「医者としてはそう申し上げたいところなのですがね」と続けた。

 

「内臓の損傷、腹部外傷についてはFAST(迅速簡易超音波検査法)では限界があります。幸いにして傷が浅かったので、損傷している部分は応急処置程度ではありますが私が治療を行いました。ですが万全とは言えません。何よりあれだけの出血があったのですから、きちんとした医療施設で再度検診を受けてもらわないと、後遺症や合併症を発症する可能性があります。この艦内の設備では……」

「ちょっと待ってください、先生」

 

 医師の言葉に不穏なものを感じ取ったバニングは、点滴の管がぶら下がった右手でモズリー軍医の腕をつかんでいた。

 

「まさか貴方は、この私に艦を下りろというつもりですか」

「説明を聞いておられたのなら話は早い。大尉の御想像通りですよ」

「冗談じゃない!」

 

 モズリー軍医の腕を握るバニングの手に力が入る。

 

「私はね、仕事を理由にして嫁を見捨てた男です。あいつが寂しがっていることを知りながら第4小隊の馬鹿共と命を懸けて戦うことが、どうしようもなく好きだったんです。だからあいつを見捨てたろくでなしなんです。どうせ碌な死に方をしないと覚悟もしています。だけどね!」

 

 つい数時間前まで生死の境をさ迷っていたのに、あれだけの出血をした体のどこに、これだけの力が残っていたのか。モズリーは腕の痛みを訴えるよりも、その力の強さに驚いていた。

 

「私は部下だけを戦場において、自分だけが逃げるなんて真似だけはしたくないんですよ!私はろくでなしにはなっても、卑怯者にはなりたくないんです!」

「気持ちはわかりますよ大尉」

 

 モズリー軍医はその心情を肯定しつつ、あえて厳しい言葉でバニングの考えを拒否した。

 

「医者としては失格かもしれませんが、私は貴方がどのように生きて、どのように野垂れ死にしようが知ったことではありません。ですが軍医として申し上げるなら、これから再び最前線に向かおうという軍艦の中でベッドの上から起き上がれない重傷者は、ハッキリ申し上げて足手まといなんですよ」

 

 険しい口調で突き放すように語るモズリーには少しの容赦もなく、バニングも黙りこんだ。

 

 モズリーとしては厳しい現実を彼に突きつけて治療に専念させる狙いがあったが、現実的にバニングを連れて行くわけにも行かない理由があった。

 

 ベッドの上にバニングをくくりつけて戦場に連れて行くことは可能かもしれない。しかしバスク分艦隊のような錬度の高い部隊ですら、半壊に近いダメージを受けたのだ。そしてモズリー軍医は意図的に説明しなかったが、『アルビオン』の直掩MS部隊も、パイロットにこそバニングほどの重傷者は出なかったが、アルファ・A・ベイト大尉とチャック・キース少尉の機体は大破。残る2機も中破と小破判定を受けた。艦内にも死傷者が多数出ている。

 

 次の戦場では更なる被害が想定される。そこにあらかじめベッドを艦内の設備で治療できる見込みのない患者で埋めておくという選択は、少なくともモズリーは軍医として受け入れられなかった。

 

 何より先程は突き放すような態度をとったものの、医者として助けた命を粗末にされては、彼の矜持が許さない。

 

 声を張り上げようとするバニングを刺激しないように、モズリーは根気強く説得を続けた。

 

「しか…っ」

「ほら、傷口が塞がっていないのですから。麻酔が切れてきたのでしょう」

 

 それまで熱心に話し続けていたバニングであったが、突如として顔の中心に皺を集めるような苦悶の表情を浮かべて、モズリーの腕を離した。

 

 額には尋常ではない脂汗が滲み始める。モズリーはそれをタオルで拭いてやりながら続けた。

 

「アナハイムが重傷者の受け入れを申し出てくれました。私のような小太りの中年に看病してもらうよりも、月の美女に看病してもらうほうが、よほど腹の傷にはいいと思いますよ」

「……アナハイム?ではここは月なのですか?」

 

 バニングの困惑気味の声に、モズリーは自分がバニング負傷後の戦闘の展開について何も説明していないことに気がついた。

 

 モズリーは右腕を折り曲げて腕時計を見た。手術から6時間程度しか経過していないというのに、MSパイロットというのはやはり尋常ではない体力と気力の持ち主なのだろう。

 

 そのような埒もない事を考えながら、モズリーは説明を開始した。

 

「今は12日の02:00です。あぁ、いや。大尉のご心配しているような事態は、とりあえず避けられました。月にコロニーは落ちなかったですよ。月にはね」

 

 モズリーはフォン・ブラウンから発射されたイグニッション・レーザーによりコロニーのエンジンが再稼動した事。重力ターンによりコロニーは地球に向かっている事。そしてバニングの負傷の後、バスク分艦隊が撤退を決断した事実を簡単に告げた。

 

 バニングはそれらをまんじりともせずに聞き入っていた。

 

「負傷した艦艇を引き連れていますからね。どうしたものかと艦隊司令部も頭を悩ませていたようですが、アナハイムの『ラビアン・ローズ』が受け入れを申し出てくれました。あちらの所長はルセット・オデビー女史の一件で、相当感謝しているようですからね」

「撤退、したのですか」

「そうです。ここは『ラビアン・ローズ』の宙域です。損傷鑑の被害が深刻でしてね。大尉が戦闘された例のMA。殿のウラキ中尉が獅子奮迅の活躍をしてくれたと聞きましたが-」

 

 バニングが同じ質問を繰り返したことを、モズリーは意識が混濁しているからだと考えた。故に意図的に新しい情報と、既に伝えた既存の情報を織り交ぜて話したのだが、バニングが敏感に反応したのは前者であった。

 

「あのMAはどうなりましたか」

「MA?あぁ、ウラキ中尉とやりあったという、ジオンの国章を模したような例の巨大MAですか。なんでもあれには、あのソロモンの悪夢が乗っていたそうですよ。しかしこの船は、つくづくあのポニーテール男と縁がありますなぁ」

 

 モズリー軍医は話を続けながら、バニングの問診による反応とデータを紙のカルテに素早く筆記していく。

 

 ミノフスキー粒子散布下ではいかなる端末であろうと電子カルテの運用は不可能。故に筆記の早さは軍医に欠かせない能力のひとつだ。二度手間ではあるが、カルテは作戦中の負傷に関する各種手当てや控除、保険給付の申請に必要不可欠なもの。「消えてしまいました」では話にならない。

 

「しかし若者の成長には驚かされますね。わずか3ヶ月ほど前にはテスト・パイロットだったというのに、今では戦史の教科書に載るような名パイロットと互角の戦いを繰り広げるまでになった。これも大尉の御教授の賜物ですかな?」

「いえ、それは……」

 

 バニングは途中で自分の言葉を飲み込んだ。

 

 それを言ってしまえば、自分が本当に役立たずになってしまうように思われたからだ。

 

 あのMAと対峙した瞬間、自分の脳裏によぎったのは「勝てない」という考えであった。戦場においてこれまで今まで一度たりともそのような考え方をしたことがなかったというのに、その時に限って自分はそう判断してしまったのだ。

 

 そして実際にその通りになりかけた。

 

 機体の性能差だけではない。操縦手腕についても相手のほうが明らかに上回っていた。スラスターとバーニアを新兵のように無駄に噴かせながら、敵の攻撃を回避するのが精一杯。5時間以上も断続的に続いた戦闘の疲れがあったとはいえ、Iフィールドと関係のない実弾兵器を所持していながら、自分は1発の弾ですら当てることが出来なかったのだ。

 

 そのMAの追撃を殿となり食い止めたのが、あのウラキだという。

 

 バニングからすれば驚きというよりも「やはり」という感情のほうが強かった。

 

 モンシア・ベイト・アデルの3人は今更自分がなにか言うまでもない(調子に乗るだろうから絶対に直接言ってやらないが)。キースの成長も著しいものがあるが、その中でもウラキの機体慣熟化のスピードは化物じみている。わずか3ヶ月前にはどうしようもないひよっ子だったというのに、コンペイトウ襲撃直前の実戦演習では自分を撃墜してみせるまでに成長してみせたのだ。

 

 おまけに連邦初の巨大MSという、ベテランパイロットのバニングにも想像も出来ない代物を、パイロットの操縦マニュアルすらなく手探りで扱うしかないという化け物を、わずか数時間の講習を受けただけで手足のように扱って見せたのだ。

 

 バニングにはかつての部下や教え子の成長が嬉しくもあり寂しくもあり、そして彼らの溢れんばかりの若さと可能性が、少しばかり妬ましくもあった。

 

 一年戦争当時でも自分は35歳というベテランだった。多目的戦闘機パイロットからMSパイロットへの転身は遅すぎると止められたものだが、自分は能力でその異論をねじ伏せてきた。

 

 しかしそれも出来なくなりつつあるというのは、ほかならぬ彼自身が体力の衰えと共に突き付けられてきた。40代にもならないのに、このような泣き言は艦長に怒られるかもしれないが、それが厳然たる事実である。

 

「貴方のような患者は医者の言うことを素直に聞くような男ではないでしょうな。しかし今回ばかりは聞いて頂きますよ」

 

 しかめっ面のモズリー軍医はカルテを書きながら、バニングに説得を続けている。相変わらず突き出た腹が、カルテを挟んだバインダーと共に邪魔となって、その顔はベッドの上のバニングからはよく伺うことが出来ない。

 

「……先生」

「何です大尉っ…!」

 

 モズリーはカルテから顔を上げ、バニングと再び視線を合わせた。

 

 そして彼の眼光の鋭さにたじろぎ、再び自分の右手を掴んだバニングの握力の強さに驚きを隠せなかった。一体この重体の軍人のどこにそんな力があるというのか。

 

 そしてその原動力を、モズリーは次の彼の言葉で理解出来たような気がした。

 

「どうか頼みます。あの馬鹿共を助けてやってください」

 

 どこまでも部下の身を案じる老兵の願いに、モズリー軍医は真剣な眼差しで応じた。

 

「まかせておきなさい。それが私の仕事だからね」




・次回、あの男が戻ってくる!(予定は変更になる可能性があります)
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