地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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 ……「バスク・メモランダム」ですか?いやぁ、懐かしい名前を聞きましたね。

 あれから30年以上になりますか。すっかり私も皴が増えて……いや、これは年寄りの悪い癖ですな。あれは当時から真意や妥当性を巡って散々に議論されましたからね。よく覚えています。

 とはいえ、その質問にお応えする前提として、まずはデラーズ紛争当時にルナツー鎮守府が置かれていた状況について語らねばなりません。

 その頃、私は宇宙軍の中佐としてルナツー鎮守府の第1守備艦隊司令部の航海参謀を務めていました。今の人はデラーズ紛争という名前から、何やら局地戦のような想像をされるかもしれませんがね。あれは間違いなく明確な政治的テロリズムを遂行するという目的を持った勢力による武装蜂起であり、連邦軍にとっては一年戦争以来となる本格的な軍事衝突でした。何せ相手は一個艦隊にも満たない戦力でコロニー落としをやってのけようというのですからね。

 そして当時の-つまりUC0083年のルナツー鎮守府ですが、それ以前から連邦宇宙軍における戦略的な重要性は低下していました。

 一年戦争中はご存知の通り、ルナツーこそが宇宙における連邦艦隊残存勢力の最後の拠点でした。11月後半に再建を果たした連邦艦隊が打ち上げられるまでの間、孤立無援ながらも宇宙において連邦の旗を掲げ続けました。後方拠点たるルナツーの存在があったからこそ、チェンバロ作戦以降の反抗作戦は順調に推移したのです。

 ソロモンを攻略した段階で、ルナツーの役割は低下しました。レビル将軍率いる宇宙艦隊の主力は戦争の早期終結を図るためにジオン本土への侵攻作戦に着手していましたが、その場合の後方拠点としては前線に近いコンペイトウが相応しいことは言うまでもありません。同要塞内部にはジオンの軍事機密である航路の情報も残されていましたからね。

 戦後になるとルナツーの地位は完全にコンペイトウ鎮守府に取って代わられました。旧ジオン本土や暗礁宙域を監視するにはルナツー鎮守府よりも使い勝手がよかったのです。

 軍事なものとは別の理由もあります。連邦宇宙軍からすれば艦隊戦力保持のために意図的な消極策を選択したルナツーは、軍の内外からの評判が良くありませんでした。

 「ルナツーの艦隊を決死隊として押し出せば、地球降下作戦を遅らせることが出来たはずだ」「市民を見殺しにしながら、自分達の命が惜しいから要塞に立てこもっている卑怯者」という批判ですね。市民感情からすれば無理もないことではありましたが……故・ワッケイン提督は、こうした「不戦提督」批判に一言も反論されませんでした。

 それに引き換えソロモン-コンペイトウ鎮守府は、連邦宇宙軍が大戦中に初めてジオン艦隊との大規模な戦闘に勝利を収めた場所です。ティアンム提督とドズル中将との壮絶な相打ちは、連邦市民の受けもよかったですしね。

 当時の連邦艦隊が3年ぶりとなる観艦式を開催する場所として、それまでのルナツー領海ではなく、あえてデブリの多いコンペイトウ領海にしたのは、こうした政治的要因も背景にありました。

 いや、申し訳ない。話が脱線しましたね。

 ワッケイン提督が戦死され、ルナツー鎮守府長官の後任には第6艦隊司令長官としてバスク閣下と共にア・バオア・クーでキシリア・ザビを捕虜とする大金星を挙げたダグラス・ベーダ-中将が大将として就任されました。

 ですがその内実は……大将閣下の第6艦隊はルナツー鎮守府の艦隊に編入されましたが、半減していた戦力が補充されることはありませんでした。軍の内部で、無派閥のベーダ-閣下をこれ以上出世させたくないという共通認識が働いたのでしょう。

 そのためデラーズ紛争当時、ベーダ-大将は鎮守府の司令長官でありながら各派に牽制されて思うような指揮がとれませんでした。観艦式が中止になったのは11月10日、コロニージャックがあったのも同じ日でしたかね。警戒態勢を発令したはいいものの、ルナツーには戦力がありません。観閲艦である『バーミンガム』はルナツー鎮守府の所属でしたし、当然のように主力を引き抜いていきましたからね。

 ちょうどその頃、ワイアット大将の命令文を拡大解釈した要請文がバスク分艦隊から届きました。「バスク・メモランダム」と呼ばれているものですね。鎮守府司令部の間では怪文書扱いでした。優先順位が低い案件として扱われたといったほうが正確でしょうか。

 確かに同メモランダムは11日午前の段階で、コロニーが地球へと向かう可能性を最初に指摘したものであったことは間違いありません。

 ですが計算上は可能であっても、実現の可能性は極めて乏しかった。後から批判されましたが、当時はまさかフォン・ブラウンが寝返るとは誰も想像していませんでした。実際にメモランダムでも多くの可能性の中の一つとして、例えばルナツーへの奇襲攻撃の可能性とか、そういうものと一緒に指摘していたに過ぎません。

 だからこそ驚きましたよ。11日の正午でした。ルナツー鎮守府の司令部にコロニーが地球へと進路を変えたという一報が入った時にはね。

 普段は饒舌なベーダ-大将は、まんじりともせずに画面を睨みつけておられました。ルナツーの留守艦隊を地球衛星軌道に押し出すかどうかを散々に悩まれた挙句、断念されました。私も幕僚として意見具申をしましたよ。無論反対と申し上げました。

 ルナツーの艦隊にはサイド7方面を始めとした周辺宙域の航路を守備する任務以外にも、要塞内部の核兵器を警備するという重要任務が課せられていました。中世期からの骨董品のようなものも含まれていましたが、実際にコンペイトウ鎮守府において核兵器が、それも奪取された連邦製のものが使用されたばかり。可能性は低くとも、艦隊を動かせる状況ではなかったのです。

 ……まぁ「あれ」もある意味では骨董品といってもよいかもしれませんが……確かに艦隊ではありませんし、組み込めるようなものでもね。私なんかは、よく動いたものだと感心しましたよ。

 結局のところ、バスク閣下とは似た者同士だったんでしょうね。ほら、家庭用洗剤にあるでしょう?「混ぜるな危険」という注意書きのあるやつが。あれと一緒ですよ。混ぜるとろくなことがないからと引き離されたというのにね。

 ま、退屈こそしませんでしたがね。

- フョードル・クルムキン予備役宇宙軍中将への聞き取り(FSS所蔵/取材時期は不明) -


宇宙世紀0083年11月12日 コロニー「アイランド・イーズ」周辺空域 デラーズ・フリート旗艦・グワジン級戦艦『グワデン』艦橋

 地球上において陸地が占める割合は3割未満である。残りの7割は全て海洋だ。

 

 生命が誕生した母なる海は、人が人のままで生きる事を許さない過酷な環境である。にも関わらず宇宙生まれのジオン軍人が、その環境に素早く対応出来たのは何故か。

 

 一年戦争の初頭における地球降下作戦において、北米に降下した第2次降下部隊のジオン軍は、連邦海軍の重要拠点であったカリフォルニア・ベースをほぼ無傷で占領することに成功した。

 

 内陸部からの電撃作戦に対して連邦海軍は撤退の決断が遅れ、その結果として水上艦艇を除くおびただしい軍事機密を-ドックに係留中だった最新鋭の潜水艦を始め、連邦海軍所属の個別艦船の音源記録やレーダー情報、あるいは軍事基地の場所や海域・海流の情報等を、ジオン軍に接収させてしまった。これが「ジオン海軍は連邦海軍の最も優秀な後継者」と皮肉られる原因でもある。

 

 同時に見過ごすことが出来ないのは、ジオン潜水艦隊(ジオン海軍)は宇宙艦隊の構成員から選抜されたという点だ。

 

 ジオンにおいて同部隊の創設を主導したのは突撃機動軍のキシリア・ザビ少将である。

 

 ジオンはあくまでスペースノイドの国家であるという認識の下、宇宙艦隊の弱体化を嫌った宇宙攻撃軍のドズル・ザビが人員派遣を渋ったのとは対照的に、キシリアは自前の艦隊から積極的にリソースを割いた。前線は宇宙から地上に移り、地球の7割を占める海洋の制圧こそが戦争の趨勢を決めるという長期的な展望、そして地球侵攻作戦(重力戦線)においてデギン公王の寵愛が深い北米軍を指揮するガルマ・ザビ大佐と連携することで、前線における主導権と発言権を確保する狙いがあったと思われる。

 

 海は宇宙と同じように、人が人のまま生きることを許さない。MSや宇宙戦艦と同様に、潜水艦は気密性がなければただの棺桶だ。キシリアは水上艦艇や大気圏内航空機の運用に関して連邦海軍と張り合うのではなく、潜水艦部隊による通商破壊作戦を実施することで連邦政府の継戦意欲を断つことを考えた。

 

 限られたリソースを集中的に投入して次を狙うという割り切った決断を下したのは、さすがザビ家の女というべきか。ミノフスキー粒子散布下における宇宙艦隊の運用経験、連邦海軍の最新技術、そして両者を統合した水中用MSやMAの運用開始。相手に手の内を晒した連邦海軍は、中世期の第2次世界大戦にまで逆行した海の新秩序に全く対応出来ず、一方的に蹂躙され続けた。キシリア・ザビの目論見は大戦中期までは成功したと言える。

 

 地球さえ見えない月の裏側のコロニーの住民が、地表の7割を占める海洋の覇者に短期間のうちに上り詰めた。その事実は宇宙人と呼ばれ、本物の自然を知らないと地球出身者から揶揄され続けたジオン公国の国民の自尊心を大いに満足させるものであり、キシリア・ザビは軍内部における地位を強固なものとした。

 

 とはいえその成功体験を維持し続けるため大戦末期に至るまで水中用MSやMAの開発に拘泥し続け、戦争全体からすれば戦略的価値の低下した潜水艦部隊にあたら貴重なリソースを投下し続けなければならない状況に自らを追い込んだのは、皮肉というほかはない。

 

 結果として大戦末期に本土防衛の重要性が増すと、艦隊戦力が脆弱化していた突撃機動軍は軍内部において単独でソロモンのドズル・ザビと対抗出来なくなった上に、政治的緊張関係にあったギレン総帥の戦争指導に協力せざるを得ない状況に追い込まれた。

 

 戦後、海賊として生きていくことを選んだジオン潜水艦隊の数は、連邦軍はおろか共和国でさえ正確には把握出来ていないという。おそらくジャブローの奥底で沈黙しているとされるキシリア・ザビですら、その実態は知らないだろう。

 

 海で可能なことが宇宙空間で不可能なはずがない。まして宇宙は海よりも広大であり、隠れるデブリには困らず、資源は唸るほどあふれていると来ている。

 

 宇宙におけるジオン公国の残党がそのように考えたとしても、不思議ではない。

 

 深海の如き漆黒の宇宙空間を、月の女王を袖にした無人のスペース・コロニーが、何かに導かれるように突き進んでいる。

 

 円筒形の人口の大地の上には、かつて人々の生活が存在したが、彼らの時間は3年前に永遠に停止したままだ。戦後、作業用MSにより整備されたため区画と廃墟跡だけが延々と広がっている。

 

 そして連邦政府と公社の再生計画という軛を外れたコロニーは、新たな主と目的地を得た。

 

 人工物であるコロニーに意思などあろうはずがない。しかし巨大なものは、たとえそれが人工物であろうとも視る側に何らかの感傷を与える。あるいはそれは何かの代償行為であり、それによって精神的な安らぎを得ているだけなのかもしれない。

 

 少なくともコロニーを護衛する艦隊にはこの光景は3年越しの悲願の実現であり、またある者-例えば先程壊滅した連邦パトロール艦隊-には3年前の悪夢を思い起こさせるものであったのだろう。圧倒的に不利なはずの連邦パトロール艦隊は最後の1機になるまで戦い、そして全滅した。

 

 かつて中世期の革命家は「歴史は繰り返す」と断言した。1度目は悲劇として。そして2度目は喜劇として。

 

 この光景は、2度目の喜劇なのだろうか?

 

 

 コロニー「アイランド・イーズ」の前方。円柱形の頂点であるベイの正面に、ジオン残党-通称デラーズ艦隊が展開している。コロニーと速度を合わせつつ、中央の紅の巨大戦艦を中心として、速度の異なる複数の艦艇が一糸乱れず艦隊運動を展開するその姿は、艦隊の練度の高さを証明している。

 

 アステロイド・ベルトの小惑星『アクシズ』への勢力圏後退を良しとせず、グラナダ条約による停戦を否定する彼らは、ジオンが公国制に移行した8月15日の国慶節(建国記念日)を選んで地球連邦政府に宣戦を布告した。

 

 連邦政府はこの動きを嘲笑した。政府や軍は無論、普段は政府の対応に厳しい批判を送るマスコミですら軽視した。

 

 ジオン公国はザビ家の独裁であったとされるが、専門家によればUC0070年代以降の、ギレン・ザビが総帥として全権を掌握していく過程ばかりに目をとらわれていると、その弊に陥りやすいという。

 

 元々、ムンゾ自治政府の議会選挙で勝利したジオン・ズム・ダイクン率いる独立派は、あらゆる反連邦系勢力の寄り合い所帯であり、ジオンがその圧倒的なカリスマでまとめ上げていたのだ。

 

 その死後(暗殺説あり)は、党組織を掌握していたデギン・ゾド・ザビが政権を握り、ザビ家がジンバ・ラルらの独立強行派を粛清して公王制を施行した後も、旧ダイクン派や反ザビ・非ザビ勢力は、政権中枢や体制内部に残り続けた。最終的に彼らの一掃(無力化)に成功したのは、開戦直前の総帥暗殺計画の摘発と、対連邦開戦に向けた国家総動員体制の確立を待たねばならなかった。

 

 ザビ家が革命政府の実権を掌握していく過程において、国防軍が果たした役割は大きい。警備隊時代から幹部を努め、士官学校校長として軍の中堅若手から絶大な人気を誇ったドズル、国防軍の情報機関を統括して連邦政府や国内の反ザビ家勢力と対峙したキシリア。

 

 この2枚看板を中心に国防軍は中央の統帥部の下、宇宙攻撃軍と突撃機動軍にそれぞれ再編された。結果として警備隊時代からの古参幹部は中枢から外され、国防軍はザビ家色を強めた。

 

 問題はここにあり、ザビ派であることはギレン派であることを意味しない。

 

 ギレンは父と共にダイクン革命に早くから参加し、政治活動に従事することで党組織と行政府を手中に収めたものの、国防軍と直接的な関係に乏しかった。彼の影響力の強い秘密警察や治安警察は、その性格から警備隊とは政治的な緊張関係にあった。

 

 本来であれば国家元首である公王を継承する公太子とでも言うべき立場ではあったが、デギンがその地位をギレンに譲る気配はない。キシリアはともかくドズルはギレンと対立する意向はなかったとされるが、マツナガ家など彼を担いでギレンと対峙しようとする勢力は存在し続けた。

 

 ギレンが親衛隊を創設した目的は、国防軍内部のギレン派の組織化にあった。つまり「総帥」という地位そのものが、ギレンの苦肉の策だという見方は、こうした前提の上に出てくる。次期元首でありヘゲモニー政党の代表として軍を統帥する……つまりこれだけの肩書きをつけなければ、実働部隊を把握するドズルや国軍情報部門を統括するキシリアに対抗出来なかったのだというものだ。

 

 大戦後期、地上各地においてジオンが敗色を強めていく中、本来ならば総帥の戦争指導に対する批判は強まりそうなものだが、むしろ軍全体ではギレン派の影響力は強まった。開戦初頭から積極的に地球に進出して主導権を確保しようとしたキシリア派は海軍を掌握したが、それゆえに派閥としては勢力が弱体化。宇宙艦隊の再編に奔走していたドズルも同様である。そのため本国の統帥部や後方セクションを抑えていたギレン派が勢力を増したのだ。

 

 あくまでこれらは連邦側の「ジオン専門家」の見解である。

 

 前述のように元ジオン公国親衛隊は国防軍内部のザビ派(ザビ家への忠誠心が確実な勢力)の中から、さらに総帥個人への忠誠心が確実な勢力を選抜して組織化したものだ。

 

 エギーユ・デラーズもその一人である。

 

 彼は国防軍における熱烈なギレン派として著名な存在であり、ア・バオア・クー攻防戦では総帥直属艦隊を指揮していた。またジオン軍において特殊な位置づけを与えられているグワジン級戦艦『グワデン』を下付されるほどの信頼を受けていたことで知られる。ザビ家以外の人間でグワジン級を与えられたのは、彼を含めて数人しかない。

 

 そのデラーズは一時期、ソロモンの宇宙攻撃軍の艦隊司令部に所属していた。ドズルに対するギレンからの目付役なのだが、個人的には両者の関係はそれほど悪くはなかったという(これが戦後において重要な地位を持つことになる)。そしてソロモン戦を前にア・バオア・クーに帰還。『グワデン』は総帥直属艦隊の旗艦として最終戦を戦い抜き、ギレン暗殺の一報を受けるや艦隊を率いて離脱した。

 

 共和国政府への帰順と忠誠を拒否した旧公国軍勢力は、主に2つに別れた。火星と木星のほぼ中間に位置する小惑星帯のアステロイド・ベルトにある要塞『アクシズ』に赴く勢力と、地球圏に潜伏して抗戦を主張した勢力である。

 

 前者の中心人物が、デギン公王派とされるグラナダのマハラジャ・カーン中将である。彼は個人的にドズル中将と繋がりがあり(彼の娘がドズルの第2夫人であった)、旧ドズル派の政治的後継者であるミネバ・ラオ・ザビを旗頭に、グラナダのキシリア派も糾合して一大勢力を形成した。

 

 一方で地球圏に残ることを選択したのが、エギーユ・デラーズ率いる旧ギレン派が中核の親衛隊勢力である。

 

 外(連邦政府)から見れば国防軍ザビ派の内、非ギレン派がアクシズに、ギレン派が地球圏に残ったとも言える。

 

 前者にもギレン派は存在していたし、後者にキシリア派やドズル派も参加していたので、そう単純な話でもない。しかしながら戦後に連邦軍が旧ジオン公国の調査をすればするほど、出てくるのはザビ家内部の凄まじい権力闘争の実態を裏付ける証拠ばかり。曲がりなりにも戦時下で挙国一致の民主主義国家を維持していた連邦政府のそれとは、まるで異なっていた。

 

『デラーズ・フリートは旧ギレン派の過激な一派であり、穏健派が主導するアクシズを始めとしたジオン残党軍全体への影響力はない。むしろ孤立している』

 

 連邦政府の中央情報局、宇宙艦隊の情報部、連邦警察の各種調査機関は揃って同じ結論を出した。

 

 ただでさえ独立派の中でも少数派の旧公国軍残党、その中のさらに少数派である過激派だ。これでは警戒心が薄れるのも当然であり、グリーン・ワイアット大将がデラーズ艦隊の掃討作戦を政治的に利用出来ると考えたのも、あながち楽観論とは言い切れない。

 

 エギーユ・デラーズからすれば、そう思わせる事こそが狙いであった。

 

 自らをギレン・ザビの狂信者、かつ時代遅れの軍国主義者と必要以上に印象付けることは、彼にとっては連邦政府を欺くための手段であった。質が悪いことにザビ家内部の確執も、デラーズが熱烈なギレン派として行動していたというのも事実である。旧公国軍時代を調べれば調べるほど、デラーズの政治的な孤立が証明されていくのだ。これでは連邦が軽視するのも当然である。

 

 エギーユ・デラーズという軍人は、確かにギレン・ザビの忠実な部下であることを無常の喜びかつ、自己の誇りとしている。同時に彼は自分のアイデンティティーの中でジオン公国の軍人であることを最も重視していた。

 

 連邦政府とその傀儡たるジオン共和国政府を打倒するという最終目的のためには『アクシズ』や地球に残留したジオン残党勢力と手を結ぶことも、必要とあらば頭を下げることにも躊躇いはなかった。

 

 実際に彼はミネバ・ラオ・ザビに対して忠誠を誓って見せた。小さな公女陛下によって大佐から中将へと階級を上げたことは、旧ザビ派としての独立派全体への融和アピールにも繋がり、同時に残党軍全体の中での大義名分を得た。

 

 こうしてデラーズは自らの幕僚と第2次ブリティッシュ作戦である星の屑」作戦を立案。『アクシズ』の承認を得ると、その実現に向けた根回しに奔走した。月面都市やサイド6、時にはサイド3にも自ら出向き、連邦軍には「暗礁宙域で孤立している」という情報を意図的に流し、彼からすれば不倶戴天の間柄であるはずの旧キシリア派とも関係を結んで月面都市内部のキシリア人脈の取り込みを図った。あるいは旧ダイクン派が復権した共和国政府の国防軍にすら接触をした。反発する身内のギレン派をひざ詰めで説得し、あるいは粛清をすることで結束を維持した。

 

 連邦軍再建計画を中心とした連邦軍内部の主導権争いを「茨の園」から冷徹な眼差しで観察していたデラーズは、ついに彼岸を実現するために決起を決断した。

 

 同時期のマハラジャ・カーンの病死と『アクシズ』内部で発生した後継争いも、彼には有利に働いた。マハラジャの次女であるハマーン・カーンの地位継承と摂政就任の支持を、旧ドズル派のユーリー・ハスラー少将を通じていち早く表明したことで、アクシズから地球圏全域の勢力に対する指揮権を獲得することに成功したのだ。

 

「……長かった」

 

 『グワデン』の艦橋中央において、これまでの歩みを振り返るようにエギーユ・デラーズが感慨深そうに呟くと、傍らの樽型の体型をした参謀長が無言で頷いた。

 

 『グワデン』の艦橋は戦闘指揮所というよりも、むしろ豪華客船の展望デッキか、高級ホテルのロビーを思わせる。少なく見積もってもテニスコート2面以上の広さがあり、艦隊の幕僚が全員入室しても問題ないだけの空間が確保されていた。これはグワジン級がザビ家の乗艦として設計されたため、艦橋には公王家の一族を迎え入れる格式と、艦隊司令部としての実質を兼ね備えることを求められたからだ。

 

 部屋全体を横切るように何枚も連なる窓は、さながら美術館の壁にかけられた額縁のようだ。そこから見えるのは漆黒の宇宙のみ。その中で青い輝きを放つ地球の姿が、次第にその輪郭を拡大させている。

 

 「茨の園」からはついぞ見ることが叶わなかった光景に、参謀長は声を上ずらせながらデラーズに語り掛ける。

 

「地球が見えてきました。いよいよですな閣下」

「あぁ。その通りだ」

 

 悲願達成が目前に迫ったデラーズは、感に堪えないと言葉を一瞬詰まらせたが、直ぐにいつもの謹厳実直な巌の如き態度に戻って告げた。

 

「だが阻止限界点を突破するまで、安心は出来ぬ。連邦艦隊の追撃は弱まったが、阻止限界点まであと半日弱。コロニーが地球に迫れば相手は死に物狂いで攻勢をかけてくるだろう。 アイランド・イフィッシュの崩壊を忘れてはならない」

 

 ブリテイッシュ作戦の二の舞を演じてはならないと固く決意している司令官の言葉に、参謀長と幕僚らは沈黙と敬礼で応じた。

 

 ギレン総帥の遺志を継がんとするデラーズにとって、この3年間は指導者として慢心どころか一時の安眠すらことすら許されない環境であった。太陽はおろか地球や月の光すら届かない暗礁宙域の奥地に「茨の園」を建設して潜伏することには成功したものの、連邦政府を打倒するのは夢物語。正面戦力では圧倒的に不利な状況に置かれ続けた。

 

 地球においても宇宙においても残党軍の勢力が削られていく。しかし自分たちは指を咥えて見ている事しか出来ない。理想と懸け離れた厳しい現実を日々突きつけられ、日常の食事どころか空気にすら事欠く先の見えない状況にありながら、デラーズは自らを信じて付いてきた部下を前に、泰然自若として何物にも揺るがぬ信念の武人としての自分を振舞い続けた。

 

 それと引き換えに彼の神経は容赦なく痛めつけられた。国慶節での宣戦布告以降、彼は連日のように点滴による栄養補給を受けながら、顔にドーランを塗って平静の健康さを装った。軍服の下に何枚も肩パットを詰め込みタオルを巻くことで、痩せた上半身を隠した。この最高機密は腹心のガトー少佐にすら知らされていない。

 

 自身の双肩に艦隊すべての人員の生命と命運、ジオン公国の再興、そしてスペースノイドの独立が掛かっている。散っていった、あるいは作戦が成功してもその大部分は死を覚悟せざるをえない作戦に参加を表明した兵士達のためにも自分は強い指導者であらねばならない。デラーズはそう決意していた。

 

 独りよがりなヒロイズムと正義感であるかもしれない。だが、その信念と手腕は間違いなく本物であった。

 

「閣下、シーマ・ガラハウ中佐が到着されました」

「そうか」

 

 到着の報告を受けたデラーズは、その仁王の如き険相を僅かに緩めた。

 

 この決起直前、デラーズはシーマ海兵隊の作戦への受け入れを表明した。この決定は幕僚のみならず、実働部隊の指揮官から一般兵に至るまで猛反発を受けた。

 

 同部隊は大戦初頭のBC兵器のコロニーへの使用により、共和国と連邦の双方から戦争犯罪者として指名手配を受けており、アクシズへの合流も拒否されたという曰くつきの部隊である。あげく敵味方関係なく海賊まがいの行為を繰り返していたことは知らないものがない。強烈な反発はあったが、デラーズは自らそれを抑え込んだ。

 

 コロニー落としに関する情報は、ジオン残党軍においても最高機密に指定されている。シーマ海兵隊は実働部隊としてコロニー落としに関わった数少ない現存部隊であり、毒ガス注入だけでなく外壁の補強工事にも関与していた。その経験を作戦に反映させることは、作戦の成功率を引き上げるために必要不可欠だったのだ。

 

 とはいえデラーズとしても海兵隊部隊が4時間近くも単独で連邦の追撃艦隊を抑え込み、かつ予想外の戦果を挙げるとは想像もしていなかった。部下の反発を必死になだめて抑え込んだ甲斐があったというものである。

 

 何せ海兵隊は、あのバスク・オムを捕虜にしたというのだ。

 

「では客人を迎え入れようか」

 

 デラーズは少しばかり上ずった声で入室を許可した。

 

 ところで背後が何やら騒がしいが、何か問題でも生じたのであろうか?デラーズは椅子を半回転させ、入り口を振り返った。

 

 

 グワジン級戦艦はMSと艦隊との統合運用を前提に編成されたジオン公国において、宇宙艦隊の旗艦となるべく開発された、いわば宇宙世紀の超ド級戦艦である。

 

 朱色の鳳凰が大きく翼を広げたような姿は、漆黒の宇宙においても非常に目立つ。デラーズ艦隊の旗艦『グワデン』の全長は440m。連邦政府のバーミンガム級ネームシップのそれを50m近く上回るというだけでも、その大きさがわかるというもの。全長160mのムサイ級が横に並ぶと、まるで親子のようだ。

 

 ミノフスキー粒子散布下でも通信可能な強力なレーザー通信設備を持ち、司令官はその艦橋から艦隊全体を指揮する事が出来る。実際にデラーズ艦隊の拠点である「茨の園」は港湾施設と生産区画、物資倉庫の拠点としての性格が強く、艦隊の中枢機能は『グワデン』のものをそのまま利用していた。

 

 MS格納庫は船底部分にあり、その積載能力はドロス級を除けば最多の20機以上。船の正面には大型連想メガ粒子砲を3基備え、副砲やミサイルなど豊富な火力を保有しているが、実際に艦隊戦を想定しているというよりも、護衛のためという趣が強い。

 

 これだけの巨大戦艦をジオンは秘密裏に建造出来た……わけがない。

 

 月の裏側であろうとサイド3の工業区画であろうと、これだけの大型建艦を新規に建造するためのドックは否が応でも目立つ。

 

 そのためジオンは新型戦艦の開発について「木星船団のシュピトリスに代わる新たな惑星間輸送船の開発」を名目にしていた。鳳凰で例えるなら脇腹にある球体型の連なった物体はその名残であり、大型の燃料タンクである(普段はほとんど使用されていないが)。ジオン公国は連邦政府に対して「新型輸送艦は無補給でアステロイドベルトまで往復出来る航行能力がある」と伝えていたし、それは事実でもあった。

 

 連邦軍情報部は新型戦艦の存在に気が付いていたが、連邦艦隊に対抗出来るものではないと判断していた。連邦政府も対ジオンの交渉カードの手札として利用するために黙認していた節もある。外交交渉の過程で新型戦艦の廃棄を要求するなり、融和策の一環として火星開発公社を発足させてサイド3に請け負わせ、その旗艦にしてしまう構想すらあった。

 

 もっとも開戦によりすべては御破算となったわけなのだが。

 

 戦後、連邦軍はグワジン級の接収に失敗した。建造中も含めて多くは自沈処分、あるいは轟沈し、数少ない現存艦は降伏を拒否して潜伏してしまった(ザビ家に近い、あるいは忠誠心の高い軍人に与えられたのだから当然といえばその通りだ)。

 

 そのためグワジン級は謎の艦艇として、軍事マニアの間では人気が高い船でもある。

 

 実物がなく元ジオン軍人でもかかわった人間が少ないことから、翼を広げたような形をしているのは、実は大気圏突入を前提にしていたのだとか、大型燃料タンクとされる球体は実はザビ家専用の装置だとか、あるいは球体ではなくIフィールド発生装置だとかetc……どこまで真面目なのかわからない新説が、日々飛び出す有様だ。

 

「連邦軍の将校としては、初めてグワジン級に乗り込んだことになるのだろうな」

 

 捕虜とは思えない傲然たる口調で宣言したのは、シーマ艦隊陸戦部隊との3時間近くの戦闘で捕虜となったバスク・オムである。

 

 2メートル近い身長に、ノーマルスーツがはじけ飛びそうなほどの見事な逆三角形の上半身。それに負けない太い手足。ふてぶてしい態度や言動といい、デラーズが噂に聞く通りであった。

 

 その恰好も異様という他はない。手錠をした上でノーマルスーツの上から腕と胴体を鎖で何重にも巻き付け、ヘルメット部分のバイザーだけがパッカリと開いている。ゴーグル越しの視線の強さは、さすがに連邦軍有数の猛将とされるだけはあると、デラーズは敵将ながらも感服していた。

 

 噂に聞く例の赤い遮光ゴーグルを確認したデラーズ艦隊の幕僚らは「本物だよ」と声を漏らしていたし、本物を一目見たいと見物を希望する船員が『グワデン』の艦橋に押しかけ、ちょっとした騒ぎになっていた。それは有名スポーツ選手にサインを欲しがるファンというよりも、世にも奇妙な珍獣発見に押しかけてくる野次馬を思わせた。

 

 そんな常日頃の軍紀を打ち捨てたかのような『グワデン』の船員達を、どこか冷めた目で見渡しながら、シーマ・ガラハウ中佐はバスク・オムを捕虜にした経緯を報告し始めた。

 

 シーマ艦隊はコロニーに潜入した部隊の通話を傍受した結果、指揮官をバスク・オムと判断。連邦政府に対するカードとして利用できると考え、捕虜とすることをもくろんだ。

 

 ところが誤算が生じる。陸戦部隊の行動の変化から自身の生け捕りに狙いを変更したと判断したバスクは、徹底的な遅滞戦術を展開。海千山千の陸戦隊を散々に翻弄した。

 

 すったもんだのどったんばったん大騒ぎの末に、最後はシーマが直々に陣頭指揮をしてバスクのいると思わしき部屋に、コロニーの外壁の穴を修理するMSトリモチを突っ込むことで、ようやく取り押さえた-

 

 ……とまあ、その経緯をシーマは淡々と語った。

 

 そして彼女の顔を見るデラーズの顔には、この人らしからぬ不安げな色が滲んでいる。

 

「なるほど。ご苦労であったシーマ中佐。捕虜とするまでの経緯は理解した。したのだが、その……シーマ中佐?」

「何が不審な点がありましたでしょうか?」

「いや、その……あるといえばあるのだが……」

 

 デラーズは自分から5メートル以上離れた場所に立つ連邦軍の捕虜と海兵隊指揮官の顔を2度、3度と見比べてから、シーマに問うた。

 

「シーマ中佐……その、顔、というよりも、そのだな……色々と大丈夫かね?」

「お陰様をもちまして、すこぶる健康であります」

 

 自らの健康状態を問題ないとするシーマだが、どう見ても大丈夫ではない。コロニージャック前に通信した時は、冷たい美人とでも評するべき海兵隊の女将校として振舞っていた。

 

 それが今のシーマは捕虜と同じくノーマルスーツを着用しているが、ヘルメットだけを外して顔を露わにしている。自分の言葉や表情が他人にどう映るかを計算しつくした女狐が、恰好にかまってられないといわんばかりに濡羽色の長髪を乱暴にまとめて、後頭部から前頭部にかけて血の滲んだ包帯をぐるぐると粗雑に巻いていた。それは異様を通り越して、不気味ですらある。

 

 彼女の左頬には大きな青痣が滲んでおり、右の頬と首筋には魔物を封印するお札のようにべたべたと大きな湿布がはられている。デラーズの場所にまで湿布と消毒薬の匂いが漂ってくるのだから、相当きついのだろう。接近して確認すれば、おそらく顔中に擦り傷と切り傷を見つけることが出来るはずだ。

 

 シーマに付き従う海兵隊の隊員もバスクとの壮絶な格闘戦を裏付けるかのように、それぞれ腕をつっていたり、足を引きずっていたり、あるいは顔を腫れ上がらせていた。

 

 とにかく誰一人として無傷な者はいない。彼らの働きに対してデラーズが賛辞を贈るよりも前に、目の前の巨漢の捕虜が言い訳がましく口を開いた。

 

「いきなり機関銃を乱射しながら天井裏のダクトから飛び込んできたものでな。ノーマルスーツを着ていたので女性と気が付かず。バイザー越しにグーで殴り飛ばしたのが彼女だったのだよ。女に手を上げないというのが私のモットーだったのだが。残念ながら破ってしまったな」

「……そのまんま殺しておきゃよかったよ」

 

 地の底から湧き上がるようなシーマの恨みのこもった湿布臭い本音を、デラーズは武士の情けとして聞き流した。




・ちとデラーズ閣下に同情的過ぎるかな
・アウターガンダムシリーズはキャラだけ一部引用です

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