陸上権力を基盤として国家や民族の生存圏を確保するのがランドパワー国家であるとするならば、海上交通や交易に関わる共通のルール締結と履行を国家が保証するのがシーパワー国家です。地球連邦政府は冷戦の勝者であったシーパワー国家のアメリカとその同盟国が、人口問題に対応出来なくなった旧東側のロシアや中国、西側ではありましたが本質は大陸国家であるフランスといったランドパワー国家を飲み込む形で発足しました。
宇宙世紀や地球連邦政府が発足する遥か以前。冷戦終結直後からアメリカ合衆国は陸海空とサイバーに続く新たな戦場、あるいは生存圏として宇宙空間を認識していました。そして宇宙の覇権を掌握した国家こそが次の時代の覇権国家になると考えたのです。これは旧東側の盟主であったロシア連邦、あるいは冷戦終結後も政権を維持しながら、民族紛争と民主化闘争の激化により一党支配を放棄したチャイナ・コミュニスト・パーティー(CCP)の指導部にも見られた考えです。そしてアメリカ合衆国が主導した地球連邦政府の発足により、宇宙開発政策は連邦政府に一元化されます。
初期の地球連邦政府において、実質的に宇宙移民政策のかじ取りを担ったのが移民問題評議会です。同評議会は最高行政会議議長(連邦首相)の諮問機関であり、旧合衆国において超党派の外交安全保障政策を立案した外交問題評議会をモデルとして発足しました。現在でも同評議会は連邦政府における「影の内閣」と呼ばれることがあります。
皆さん御承知のように、宇宙移民政策は人類の新たなフロンティアを開発するという崇高な理念とは裏腹に、増加し続ける人口問題の解消が大きな要因を占めていました。発展途上国の余剰人口は難民や移民として先進国に流れ込み、治安悪化に対するコストや社会保障費の劇的な増加が、予算の硬直化や個人負担の増加に繋がり、結果として経済成長率が低迷する悪循環に陥っていたからです。
ところが連邦発足まもないこの時期は、反米意識という負の遺産を連邦政府が引き継ぐ形で、世界各地で分離独立勢力や過激派による反連邦活動が相次いでいました。これに対応するべき内閣にあたる最高行政会議も、加盟国との間で権限に関する綱引きが続いていました。このような状況下で、例えば連邦議会総会や委員会での公開の議論は、地域対立や宗教対立、あるいは民族対立を一層激化させる恐れがありました。また連邦議会の議員や連邦加盟国政府も、宇宙移民政策の重要性は認めながら、自らの連邦政府内部の影響力、つまり自身の選挙の票に直結する移民問題に直接的に関わることは避けたいのが本音だったといいます。
こうしたいくつかの政治状況を背景に、最高行政会議や各省庁の代弁人として政権内での地位を高めたのが移民問題評議会です。同評議会の理事は与野党の有力者を網羅しており、またその性格上、議事録は50年間の非公開とされています。こうして評議会理事会は連邦議会における議論や決議を前に、水面下で与野党や地域ごとの利害を調整しながら、機械的に移民人口を割り振る役割を果たしたのです。
非公開での議論は民主主義の原則に反するという批判もありましたが、この制度によってもたらされた意思決定の迅速化は、移民として宇宙に送り出される当事者を除く関係者全員に好意的に受け入れられました。その後の政権交代においても同評議会の斡旋により大規模な政策転換がさけられたのは、歴史が記すところです。
現在はUC0035年までの議事録が公開されていますが、その中で度々大きな争点となっているのが、連邦憲章と基本法で定められた移動の自由(居住移転の自由)と、宇宙移民に関する各国への強制割り当てとの整合性です。
移動の自由は本来、シーパワー国家という地政学的な戦略思想を支える車の両輪、つまり民主主義や資本主義と切り離せないものです。しかし当時の政府や議会において、深刻な地球環境や過剰人口による各種の社会問題を改善するためには、宇宙開発という大規模公共事業による経済の底上げをしながら、セットで宇宙移民を断行する以外には解決方法がないという、非常に切迫した共通認識がありました。
今でこそスペースコロニーの建造は、話題になっているブッホ・コンツェルンの球体型コロニーや、ヤシマ・インダストリーのような民間企業による単独事業でも可能となりましたが、創成期にはいくつも越えなければいけない技術な壁、あるいは資金的なハードルがありました。旧先進国の経済力と軍事力が残されている内に実行しなければ、永遠に不可能になりかねない大規模プロジェクトです。ですが正当性を担保するために迂遠な民主主義の手続きを踏んでいては、手遅れになりかねません。
UC0015年。当時のオフショー最高行政会議議長は、移民問題評議会の答申に従い「連邦憲章および基本法に定められた居住移転の自由に関する条項は、最高行政会議が公共の利益と環境権に基づいて一時的に制限することが可能である」とする政府判断を、連邦議会と連邦加盟国に通達しました。
本人の意図に反する強制移住を可能とした、いわゆる「オフショーの妥協」です。
この政府判断の是非を巡り、政界だけではなく経済界や言論界、法曹関係者に宗教界も巻き込んだ論争が7年近く続きます。
連邦憲法裁判所が「オフショーの妥協」に関する合憲判断を下したのはUC0022年。同年は連邦政府が「地球上の紛争のすべての消滅」を宣言した年でもあります。
まさにこの時、連邦政府はシーパワー国家からランドパワー国家へと変質したのです。おそらく当時の政府や軍部自身も、その意識はなかったと思われます。
中世期の日露戦争に勝利したエンパイア・オブ・ジャパンは、第2次世界大戦においてシーパワー国家からランドパワー国家への転換を目指して失敗しましたし、その後に内戦に勝利して1世紀近く大陸を支配したCCP政権は、彼らとは逆にランドパワー国家でありながらシーパワー国家たるアメリカに挑戦して政権を失いました。連邦政府はこれらの教訓を踏まえながらランドパワー国家として地球圏を管理し、一定の成功をおさめます。
そして一年戦争(79-80)において、連邦政府はその真価を問われる事になります。連邦宇宙軍は宇宙空間においても、圧倒的な物量により相手を屈服させるというランドパワー国家の発想に基づく戦略を選択しました。対するジオン公国軍は、戦場となることが予想された宇宙空間の本質を、地上における海洋と同じものであると位置づけました。彼らは古典的な地政学に基づきながらも、ミノフスキー粒子散布下における有視界戦闘という、全く新しい戦術思想を大胆に導入したのです。
繰り返しになりますが、先の大戦は第2次世界大戦以来となるシーパワーとランドパワーの正面衝突でした。
結果はどうなったか。開戦初頭は独立戦争という戦略目的が明確だったジオンが、非人道的ながらも合理的な戦いを展開した事により連邦を圧倒します。しかし戦争が長期化するにつれて、両者の対立構造を一変させる構図が生まれました。ジオン軍による地球侵攻作戦です。この作戦に関して多くの軍事専門家はナチス・ドイツのバルバロッサ作戦(ソ連侵攻)との共通点を指摘しています。各地で敗退が続いていた地球連邦政府は「ジオニズムによる地球侵略から故郷を守れ」といった類のスローガンで国民の愛国心に訴えかけ、軍と兵士の士気を保とうとしました。
またジオン軍は宇宙と同じく地上における戦いでも電撃作戦を成功させますが、地上における勝利はジオン公国をランドパワー国家に変質させる危険を孕んでいました。実際、ジオン公国上層部はそれぞれの国家観と公国の将来像の相違に基づく路線対立を激化させます。そのためジオン公国は技術開発や戦闘教義を含めた多くの戦術分野で連邦を上回りながら、ちぐはぐな戦争指導を繰り返すことになりました。
最終的にランドパワー国家としての長い歴史を持つ連邦政府と、分離独立勢力に対する豊富な戦闘経験を持つ地球連邦軍を前にジオンは敗れ去りました。連邦軍において徹底抗戦を訴えた「ジオンに兵なし」演説を行い、連邦軍最高司令官として終戦まで最高幕僚会議を主導したヨハン・イブラヒム・レビル将軍が、ランドパワー思想を代表する旧ロシア派の領袖であったことは言うまでもありません。
一年戦争では総人口の半数が犠牲となりました。終戦から3年近くの時間が経過したのにも関わらず、スペースノイドとアースノイドの対立構造とされる政治危機の打開には至らず、その間隙を突くように各地でジオン残党の蜂起が相次いでいます。
人類は学ぶことで文明を発展させてきました。一年戦争という惨禍を経験した地球連邦政府と軍には、大戦に至るまでの経緯を真摯に学ぶことで、再びジオンのような勢力の台頭を許さない責務が課せられているのです。
ジオン公国は、少なくともギレン・ザビは宇宙におけるシーパワー国家であることを自ら放棄しました。一方勝者である連邦政府も、ランドパワー国家としての限界性や制度疲労を指摘されています。今こそ、両国の教訓を生かした新たな戦略思想が求められているのではないでしょうか?
シーパワーとランドパワーに続く第3の地政学。私はそれをスペースパワーと呼称したいと考えています…
- 戦略戦術研究所主催「ダブリン安全保障会議」におけるバッフェ予備役海軍中将(元海軍作戦部長)の基調講演『宇宙世紀の地政学-スペース・パワー戦略-』議事録より抜粋 -
周辺警戒のために先発したガンダム試作3号機に続いて、戦力の再編成と補給を終えたバスク分艦隊の残存戦力が『ラビアン・ローズ』を出航したのは、11月12日の03:00の事である。
その布陣はペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』を中心に、マゼラン改級戦艦『ツーロン』とサラミス改級巡洋艦が2隻。MSは20機(これにアルビオン直掩の4機が加わる)と、1個戦隊にしてはMSの数が多い。そのため『ツーロン』を除く3隻は甲板を臨時に改装したカタパルトの上にそれらのMSを括り付け、さらに武器弾薬を積み込むという輸送船のような恰好で地球衛星軌道に向けた進路を進んでいた。
バスク分艦隊の航海参謀は会敵予想時刻を7時間半後の10:30と予想した。その間、対空監視要員を除く各艦の乗組員やMSのパイロットらは交代で休憩をとり、体を休めた。
しかし司令部の幕僚らには休んでいる時間などない。実際に戦闘が始まってしまえば、作戦参謀らの出番は限られる。だからこそ事前に圧倒的な不利が予想される戦場において何が出来るか。コロニーを護衛する敵艦隊を最小限の被害で突破するにはどうすればよいか。幕僚らは寸暇を惜しんで作戦の立案と修正を続けた。
AM09:00。艦隊行動を一時停止していたバスク分艦隊と『アルビオン』との合同艦隊は『ツーロン』の作戦室に集まり、作戦前の最終ブリーフィングに臨んでいた。
作戦会議室には大型モニターを背にして艦隊の幕僚らが座る席と長机が用意されており、最前列中央にはオットー・ペデルセン艦隊司令代理とジャマイカン参謀長が隣り合う席に、拘らず互いにそっぽを向いて座っている。司令部や幕僚と向かい合う形でMS部隊のパイロットや整備責任者、各艦の艦長や幹部の席が用意されていた。
変わったところで言えば民間のアナハイム・エレクトロニクスの女性技術者が2名『アルビオン』の整備班長と共に会議に同席している点であろうか。彼女達は生命の保証が出来ない状況にも拘らず「製造物責任があります」「私には戦いを見届ける義務があります」と『ラビアン・ローズ』の責任者宛てに辞表を叩きつけて『アルビオン』に乗り込んだ猛女である。ジャマイカン参謀長は「返り忠をした会社の人間など信用出来るか」とおかんむりだったが、当人達はガンダム以外に関心がないようであり、まったく気にしていなかった。
「時間だ。始めよう」
予定されていた作戦会議開始時刻を迎えると同時に、モニターを背にしてペデルセン艦隊司令代理が軍人然とした態度で宣言する。その横でいつもより血色の悪いジャマイカン・ダニンガン参謀長が舌打ちせんばかりの仏頂面を浮かべているが、分艦隊の幕僚らはいつもの事だと気にも留めない。MS部隊のパイロットらは各々の反応を示しながらも、ペデルセン大佐の訓示に耳を傾けていた。
「これが作戦開始の最終合同ブリーフィングになるだろう。すでにMS部隊長は、これまでの作戦会議、あるいは作戦部を通じて説明を受けていると思うが、改めて各隊員と共に確認してもらいたい」
緊張した面持ちで視線を資料に落としながら、ペデルセン大佐が続ける。
「本作戦はコロニーのアイランド・イーズを阻止限界点の手前で確保する事を目的としている。確保が難しければ、艦砲射撃と内部からの攻撃によりコロニーを破壊することを目指す。どちらにしても、その為には敵護衛艦隊の無力化が不可欠であるが、こちらは手段であって目的ではない。護衛艦隊の激しい抵抗が予想されるが、艦隊とガンダム試作3号機、MS各隊の緊密な連携が重要になることは言うまでもない。各員の積極的な発言と討議を期待するものである」
ペデルセン大佐の訓示は、何やら士官学校の教官による講評のような趣があった。その左隣、ジャマイカンと反対側の席に座っていたエイパー・シナプス大佐は、第3衛星軌道艦隊の独立索敵行動集団司令官の肩書で会議に参加している。このロマンスグレーの紳士もバスク分艦隊の幕僚同士のギスギスとした関係性に慣れて来たのか、端末に目を落として顔を上げようともしない。
「では詳細は作戦部長代理から説明させる。リャン作戦部長代理」
「予想される敵艦隊の戦力であるが-」
ペデルセンから指名を受けたマオ・リャン少佐がすくと立ち上がり説明を始める。シナプスとペデルセンの作戦骨子をバスク分艦隊の各幕僚が細部を詰め、最終的にペデルセン副指令が確認してからジャマイカン参謀長が了承したものが、今回の「沈黙のコロニー」作戦である。
バスク不在と幕僚の欠員による再編に苦心したことが垣間見えるが、この作戦名に関して『ツーロン』のチャン・ヤー艦長代理が何か言いたそうな表情をしたが、リャン少佐はそれを奇麗に無視すると、予想される敵戦力に関する説明を続けた。
「デラーズ・フリートはア・バオア・クーを脱出した親衛隊所属の艦隊戦力が中心である。当時、総帥直属艦隊旗艦のグワジン級と共に戦線離脱が確認されているのは、ムサイ級が15隻、補給艦その他艦艇が15隻前後。大戦末期のジオンの艦艇の一般的な搭載能力を考えると、最低でもMSは80機以上になるのだが……情報参謀から何か補足があるか」
「補足というほどでもありませんが」と先に断りつつ、情報参謀は付け加える。
「観艦式襲撃の陽動作戦に参加したと思われる敵MS部隊のうち、コンペイトウ鎮守府領海において正式に破壊が確認されているのは48機。差し引きすると32機ということになりますが、当然ながら離脱した当時の戦力のままとは考えられません」
「つまりMS部隊に関しては相当数の残存兵力が合流した事が予想される……また旧公国軍のMSに関する設計開発システム、MS開発用のPC支援プログラムのCADなどの実態には未解明の部分が多い。情報部の報告によればグワジン級のような大型戦艦の設備を併用して使うことで、小規模ながらもMS生産は可能であるとの結論が出ている」
淡々と厳しい現実を突きつけるリャン少佐に、パイロットらの表情は険しい。
「情報部から更に補足させて頂きます。今申し上げた戦力分析の中には、グレイザー・ワン作戦時に戦闘を行った海兵隊の戦力は換算されておりません。また例のMAに関してですが、まったく情報がありません。アクシズからの艦隊から受領したか、あるいは暗礁宙地域において彼らが独自に開発したものと思われます」
「それじゃあ何かい、敵の総数はおろか、その能力すら何もわからねぇってことかい?」
作戦室後方のMSパイロット席から下卑た野太い声が飛ぶ。『アルビオン』のベルナルド・モンシア大尉(野戦任官により昇進)だ。
バニング大尉の退艦以降、口ひげが特徴的な古参パイロットは生来のお調子者としての性格はすっかり鳴りを潜めていたが、その反抗気質に変化は見られない。ベイト大尉らが止めておけと視線で制するが、構わず情報参謀に絡むような口調で続けた。
「あんたらは何もわかっていないのに、俺らに敵の中に突っ込めというのかい。そりゃ楽な仕事だな。是非ともお溢れに預かりたいもんですな」
艦隊幕僚らを見渡して挑発するようにモンシアが下品な笑い声を立てると、何人かが失笑気味ながらも同意するように笑った。
ところがこれに真っ先に反論して噛みついたのは、同じパイロットである第403MS大隊長代理であった。
「ふん、不死身の第4小隊が聞いて呆れるね。相手の数がわからなきゃ、僕ちゃん怖くて戦えないってかい?」
「何だと!」
気色ばんで立ち上がるモンシアの腕を『アルビオン』のジム・キャノンⅡのパイロットであるアデル中尉が掴むが、彼はそれを振り払って傲然とライラ・ミラ・ライラの顔を睨み付けた。しかし一年戦争を戦い抜いた女傑は、モンシアの抗議をせせら笑った。
「あたしらがこれからやるのは演習でも実習でもない、戦争さ。お行儀よく相手がこちらの都合に合わせたり、手の内を教えてくれるもんか。保護者がいなくて怖いというのなら、すっこんどきな」
「なんだとこのアマ、もう一遍言ってみろや!」
「あぁ、何度でも言ってやるさ。あたしは馬鹿が嫌いなんでね」
ライラ中隊のメンバーは格好の見世物といわんばかりにモンシアを罵り、『アルビオン』のパイロットらは掴みかからんばかりの剣幕の彼を取り押さえていた。
突如として生じた罵り合いにペデルセン大佐やシナプス大佐らの艦隊司令部は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。パイロットの苛立ちや焦燥感は理解出来る。むしろこのように圧倒的不利な状況においても士気が高いのは、頼もしくすらある。だからといって、こうした形での発露は望んでいない。ただ血の気の多い旧エイノー艦隊出身者は目を輝かせていたが。
ジャマイカン参謀長に至っては発言内容よりも、彼らの言動に対する怒りの感情をあらわにしている始末だ。この人にとっては秩序の乱れこそが最も重要な点であり、それ以外に特別の関心も興味も存在しない。
そんな幕僚の中で、リャン作戦部長代理だけが業務用冷凍機のような強烈な冷気を垂れ流していた。
「そこまでだ、モンシア大尉。ライラ中尉」
彼女は感情というものを感じさせない冷徹な口調で、パイロットらの口論を強制的に遮った。
「モンシア大尉、貴官に発言の許可を許した覚えはない。ライラ中尉も無用な挑発は避けろ」
「了解しました」
「へいへい、少佐殿のおっしゃるようにいたしますよ」
「不規則発言は慎め」
ライラは素直に応じ、一方でモンシアは態とらしく肩をすくめながら口を閉じる。それを確認してから、リャン作戦部長代理は説明を続けた。
「例の足のないMAについてだが、全長は80m弱。全身にメガ粒子砲とミサイルランチャー兵装が確認されている。また試作3号機と同じくIフィールドジェネレーターを装備しているため、ビーム兵器は通用しない」
作戦部のまとめた戦闘分析報告書の要約に、ライラ隊のパイロットが「化け物じゃねえか」と呟く。先の戦闘において当該の緑のMAは戦場に現れるや否や、サラミス改級を2隻同時に轟沈せしめた。
「何、化け物MAならこっちにもあるじゃねえか。なぁウラキ」
「モンシア大尉」
「へいへい……」
ウラキ中尉が反応するよりも前に、リャン少佐が三度、注意をする。その態度からは、モンシアが本当に反省しているのかどうか判断するのは怪しい。リャンはペデルセン大佐の了承を得てから、AEの技術者に専門家としての知見を求めた。
「このMAに関して、アナハイムの技官より発言がある」
リャン作戦部長代理の指名を受けて、白のシャツに水色のスーツとスカートというAEの技術者であることを示す正装をした女性が立ち上がる。栗色の髪をざっくりとかき上げながら、後ろで丁寧に編み込んだそれを右肩にかかるように垂らしているのが特徴的だ。
「アナハイム・エレクトロニクスのルセット・オデビーです」
いかにもルナリアンらしい気の強さを感じさせる顔つきと、すらりとした立ち居振る舞いが印象的な彼女だが、モンシアを含めパイロットは誰も粉をかけようとしない。ガンダム試作3号機という、パイロットのことを考えているのかどうか疑わしいアナーキーな機体を設計したと聞けば、誰だって二の足を踏む。ましてその発想のイカれ具合はバスク少将のお墨付きときている。
そのような腫れ物に触る扱いをされていることなど歯牙にもかけない彼女は、ブリーフィング前に艦隊司令部の幕僚にしたのと同じ説明を始めた。
「当該機から脚部が排除されている理由ですが、機体の機動性を確保することに狙いがあると思われます」
「……質問がある」
さっそくベイト大尉が右手を挙げて、発言を求めた。
「専門家ではないが、脚部が存在しないと言う事はAMBACによる姿勢制御も働いていないと考えてもいいのか?足のないMSなど機動兵器としては欠陥品だ。しかしそうなると、あのサーカスの曲芸のような機動の説明がつかない。この点に関してはどう考える?」
ベイトやモンシアら不死身の第4小隊は、一年戦争におけるソロモン戦でドズル・ザビ中将が搭乗したビグ・ザムを目撃している。この円盤のような胴体を持つMAの下からは、おそらく姿勢制御のための2本の脚部が生えていた。
その足すら持たない緑のMAが、どのような理屈であの機動を実現しているのか。
その疑問に対するAEの女性技術者の回答は、極めて明快なものであった。
「機体後方の大型スラスターのほかにも、機体各所に姿勢制御用の小型スラスターを確認しています。おそらく流体パルスシステムを応用して組み合わせることで、あの機動を実現しているものと考えられます」
「……そんなもの、普通の人間が操縦できるもんかい?」
直接言葉にはしなかったが、ベイトを含めた勘のいいパイロットらは最悪の事態も覚悟し始めていた。常人では考えられない反応で機体を操作し、スラスターの制御による曲芸的な機動を実現する。反応速度もそうだが、それだけのGに通常の兵士が耐えられるのか。ニュータイプ、あるいはその存在の可能性が指摘されている強化人間でもなければ不可能ではないか。
しかしルセットはそうしたパイロット達の懸念を一蹴して見せた。
「ハードである機体はともかく、ソフトであるOSの技術開発に近道はありません。技術の蓄積には時間と資金を積み重ねるしかないのです。MS開発で先行していたジオンが、連邦軍よりも優れたOSを開発していたとしても、何の不思議もありません。おそらく大尉が想像されているような特殊な人物でなくとも操縦が出来るように調整してあるのでしょう」
「ルセットさんや、えらく自信があるみたいだけど、その根拠はあるのかい?」
「技術者としての私の勘です」
まもなく死線に赴こうとする殺気立った軍人を前に、そう言い切る度胸は大したものである。ただ彼女の隣でニナ・パープルトンは頭を抱えていたが。そしてルセット女史は「勘とは、経験から導かれる統計学です」と、占い師のようなことを言い始める。
「そもそもモビルアーマーは、旧ジオン公国が特定の戦術目的達成のために開発した大型機動兵器です。拠点防衛、艦隊強襲用、要塞攻略用など多様な目的に応じて、人型機動兵器の最大の利点である汎用性を犠牲にすることすら厭いませんでした。現在公開されている資料によれば、ビグ・ザムは大気圏内での拠点制圧、それもジャブローのような地下要塞の攻略を目的として開発されたと言われています。本来MAに足など必要ありません。ですがあの巨大な2本の脚も、大気圏内における姿勢制御のためのものと考えると説明が出来ます」
ジャブローの地上をあの足の生えた巨大MAが闊歩する光景を想像したのか、ジャマイカン参謀長が顔をしかめた。ハーバード・ウェルズの宇宙戦争じゃあるまいし……そう独り言ちる彼の視線の先で、チャン・ヤー中佐が何故か云々と首を縦に振っていた。
「ですがこの緑のMAは明らかに宇宙空間に特化した仕様です。拠点防衛用か拠点攻撃用か、それは現段階で得ている情報では判断出来ませんが、おそらく試作3号機と同じようなコンセプトにより運用されていると思われます。戦艦を超えるスピードとIフィールドによる盾で敵の前線を突破。目的に到達すると兵装をフリーにして敵戦力を撃滅、味方部隊到着まで戦域を確保する。先遣した連邦艦隊が壊滅したというのも、サラミス級が撃沈された状況と照らし合わせてみれば説明が可能です。またこれは仮説ですが、おそらく将来的にはサイコミュの搭載を……」
そのまま自身の考察を続けようとするオデビーに、リャン少佐が「ありがとうございました」と応じ、半ば無理やり話を打ち切らせた。「私ならもっとスラスターの、いや、いっそのことリミッターを外せば……」等と言い出し始め、ウラキ中尉が顔を引きつらせ始めたからである。
「……以上のように、敵MAは艦隊への深刻な脅威となると判断した。ウラキ中尉」
「はっ」
パイロットが座る最前列中央近くの席からコウ・ウラキ中尉が立ち上がり、作戦室にいた全員の視線が彼に集中する。そして短いながらも濃密な戦歴により成長を遂げた青年は、その全てを受け止めて見せた。
「敵MAの機動に対抗することが出来るのは、現段階では試作3号機のみだ。貴官の働きに、本作戦の成否がかかっている。必ず敵MAを撃破してもらいたい」
「了解しました」
その堂々たる敬礼に、誰もが頼もしさを感じた。リャン作戦部長代理はそれとなく視線をモンシアとライラに向けたが、表情に不満の色は見えなかった。年齢が若かろうが、あるいは先の大戦を経験していなかろうが、パイロットにとっては戦場における結果が全てである。やかまし屋の2人がこうなのだから、他のパイロットも彼に不満を抱かないだろう。
「では作戦についてだが」
リャン少佐は手元の通信端末を操作して大型モニターの画面を切り替えた。コロニーの港湾施設と管制室が拡大して映し出される。
「アイランド・イーズはコロニーの管制-重力制御装置や気象管理システム、信号管制や港湾船舶の誘導など、ほぼすべてを港湾施設にある中央制御室から制御している。バックアップのための予備管制室もふくめて3か所。ジャブローへの最終調整のため、敵部隊も厳重な警戒を敷いていると思われる」
リャン少佐はそこで言葉を区切り、パック飲料で喉を潤した。ひりつくような緊張感に、知らず息が詰まる。
「……最初に述べた通り、護衛艦隊を突破しなければコロニーに到達することは不可能である。だがMAを除いたとしても、敵艦隊は艦艇でもMSでもこちらを上回っている。そのため先の作戦同様、敵艦隊と一定の距離を取りつつ攻撃を行うことになるだろう。できれば短期決戦が望ましい。長期戦になればこちらが不利だ」
「コロニーの奪取、つまり敵艦隊の撃滅が不可能と判断した場合は」
「撤退はない」
それまで腕を組み、目を閉じて議論の推移を見守っていたペデルセン艦隊司令代理が、パイロットの質問に直接答えた。犬猿の仲であるジャマイカン参謀長が口をつぐむ中、ペデルセン大佐は淡々と続けた。
「撤退という選択肢は本作戦に存在しない。攻撃を仕掛けた段階で艦隊が全滅するか、あるいはこちらが敵艦隊を全滅させるか。2つに1つである。グレイザー・ワン作戦時のような後退はありえない。我々の背後には宇宙しかなく、物理的に逃げ込む場所がないからだ」
「艦隊司令代理、ちょっといいですかい」
俄かにざわつき始めるパイロット達。それを代表するようにベイト大尉が立ち上がった。
「俺らは軍人だ。命令は絶対です。それはわかっている。最初から不利なことも、作戦参謀代理に説明してもらわなくても大体は理解している」
「だから聞きますがね」とベイト大尉の目が鋭く光る。逃げや誤魔化しは許さないと、その視線が物語っていた。
「それは俺らに死ねと言ってるんですかい。死んだつもりで戦えとか、死ぬ気で戦えば勝つとかいう精神論はいりませんぜ。死ぬ気で戦わずに生き残れるわけがねえんですからね。だからこそ、艦隊司令部の本心を聞かせてもらいたい」
「本心、本心かね」
2度同じ言葉を繰り返したペデルセン大佐は、軍帽を脱ぐと手櫛で銀髪をかき上げた。
「玉砕のための玉砕を命じるつもりはない。地球へのコロニー落としを阻止する。そのためには貴官らにも連邦軍人としての職責を全うしてもらいたい。すなわち連邦市民の生命を守るという責務を深く自覚し、連邦憲章と基本法を遵守して……」
「つまりだな」
説教臭いペデルセン大佐の長話を遮り、ジャマイカンが口を挟んだ。犬猿の仲ではあるが、互いに言わんとすることは一致していることは両者の表情を見れば理解出来た。
「後ろに進めないのなら前に進むしかない」
そう。進むしかないのだ。ここにバスク少将がいれば同じように言ったことだろう。そう考える自分は大分あの男に毒されているのかもしれない。ジャマイカンは自嘲するように口角をゆがめながら、強い口調で断じた。
「我らは愛国者として死に行くのではない。テロリスト共を叩きのめしに行くのだ」
*
宇宙軍省幹部との面会を終えたばかりのジーン・コリニー大将の卓上通信端末が、けたたましい音を立てた。画面に映し出された名前を確認したコリニーは、先ほどまでワイアット派からの寝返り組との会談で高揚していた気分が一挙に吹き飛んだように感じた。
一瞬、居留守でも使おうかとも考えたが、あの老人に下手な隠し事は通用しない。つまらぬ小細工を考えていても意味がないと、コリニーは不承不承ながらも受話器を取った。
『やぁ、コリニー君。御活躍だね』
相手の恰幅の良さを伺わせる押しつぶされた蛙のような声に、馴れ馴れしい物言い。次期統合参謀本部議長が確実視される自分に君付けをする人間は、軍出身者でもこの老人ぐらいのものだろう。
「お耳が早いですな閣下」
『引退した老人に閣下はやめてくれないかね』
「いかなる状況でも人に恩を売りつつ肥え太る」と揶揄されたゴップ予備役元帥は、何がおかしいのか受話器越しに低い笑い声を立てた。
技術官僚から長く軍政畑を歩み、一年戦争勃発による混乱の中で制服組トップである統合参謀本部議長に上り詰めたが、終戦と同時に退任。政府から安全保障担当の首相補佐官に任命されているが、同時に現役にも隠然たる影響力を誇示している老人だ。
敵対関係にあるわけではないが、同盟関係にあるわけでもない。まして隙を見せられる相手ではない。コリニーは相手の腹の内を探るように続けた。
「それに事態が収拾されたわけではありません。あと1日、まだこれからが勝負だと考えています」
『その割にずいぶんと活動的に動いているそうじゃないか』
「理想を実現するためには事を共に成す同志が必要です。野原の一本杉では何も出来ません」
『いかにもその通りだ……コーウェン君は立派な男だったが、人間として付き合いの幅が狭いという難点があった。彼の派閥には優秀な前線指揮官が多かったが、戦争屋だけでは組織は回らない』
付き合いを軍内政治に変換すれば、この老人の言いたいことはコリニーにも理解出来た。確かにコーウェン中将は理想を優先するあまり政治的意見、あるいは軍事的見解の一致する人間ばかりを傍に置きたがる癖があった。「誰とでも会い、誰とでも付き合い、誰とでも交渉する」というゴップとは対照的だ。
政治家よりも政治家らしいとされる政治軍人にコリニーは形式論で応じるが、この老人は一向に気にした様子もなく続ける。
『その点、ワイアット君はコーウェン君に比べれば努力をしていた。だが士官学校優等の似たような気質と性格の職業軍人ばかりというのも、これはこれで困る。連邦軍は軍事組織であって、純粋な文民官僚組織ではないのだから……おぉ、いやすまないね。年寄りは話がすぐに長くなるから困ったものだ』
ゴップは自分の言葉に『うんうん』としきりに相槌を繰り返していたが、忘れていたことを突如思い出したかのように本題を切り出した。
『君も忙しいだろうから簡単に済ませよう……実のところ1枚目のカードは予想していたが、2枚目があったとはね。鮮やかなお手並みだ』
「もったいないお言葉です」
『君は人がいいね。ひょっとすると私は褒めていないかもしれんのだよ?』
途中からコリニーの受話器を持つ手に力が入り、背中に冷たいものが流れる。相変わらず油断の出来ない老人だ。一体どこから、いや誰から情報を得たというのか。
『音声電話は声だけのやり取りであるからな。基本的にコミュニケーションが取りにくい。未だに特殊詐欺が無くならない理由も推して知るべしだな』
「といいますと?」
『エルラン君だよ』
突如としてジオンとの内通発覚により失脚した将軍の名前を取り上げるゴップ。エルラン将軍は一年戦争初頭にレビル将軍救出作戦を指揮して最高幕僚会議の幹部に上り詰めながらも、最終的には失脚した。老人が何を言わんとしているか理解出来ないほど自分は鈍感ではないつもりだが、さてどう答えたものか。
『君も知っての通りエルラン君は情報部や専門家を通じた工作ではなく、直接的なやり取りや交渉を好んだ。人を見る目に自信があったのだろうな。だから電話や電子メールでのやりとりはしなかったと聞く。ハイリスク・ハイリターンといえば聞こえはよいが、結果としてマ・クベの術中に陥った。情報部出身という驕りが、彼を破滅させたのだな』
「承知しております。ワイアット閣下も同じ轍を踏んだようです」
『うむ。だが彼は実際に目的地が不明とはいえ、コロニー落としの情報を得ている。むしろ手続き論や工作資金の用途を追及するほうが効果的だろうな』
さらりと蹴落とすなら今だとアドバイスをする老人。他人の登る梯子を蹴り飛ばすタイミングの見極めは、余人には真似が出来ない。味方に出来るとも思えないが、敵には回したくはない老人だと、コリニーは改めて認識した。
『その点でいえば「オオカミは悪い獣の考えを理解している」という言葉を体現した君のやり方は実にスマートだ。1枚目のカードが失敗した時の2枚目を用意する慎重さも私からすれば好ましい。あくまで相手ではなく自分が主導権を握るという意思が感じられるからな』
実に回りくどい言い方をすると、コリニーは鼻頭に皺を寄せた。
一年戦争当時、軍政や技術畑と関係の乏しいレビル将軍が推進したV作戦に、ゴップは正面から異を唱えた。だが固執することもなく、最終的には計画を後押しする立場へと鞍替えしていた。
人の世話をして恩を売りながら自身の権益を確保するのがゴップ流である。とはいえ予備役に世話をされるほど自分は困ってもいない。そう信じて疑わないコリニーは時計を見ながら会話を打ち切ろうとした。
「閣下、大変申し訳ないのですが、次の予定が迫っておりまして」
『連邦安全保障会議かね。本来ならば私も参加するべきなのだろうが、今の事務局長から私は嫌われているからな』
外ならぬ貴方がそれを言うのかと、コリニーは再度鼻白んだ。
現在の政権は総選挙を待たずして少数与党内閣に陥った。それ以前から、この老人は自然な形で政権と距離を置き始めている。このままいけば任期満了での退職となるだろう。あの忌々しいルナリアン政党は、政治的に窮地に追い詰められてからの裏切りを選択した。それに引き換え、自ら身を引くための環境を自分で整備するとは。
電話越しにコリニーの考えが伝わったわけではないのだろうが、ゴップが親身に心配するような口調で続けた。
『君に一つ教えておこう。腐れ縁という言葉があるように、悪縁に係るものは自分の手で清算したがる人間が多い。特にそれが自分にとってよろしくない影響を与えると判断した時には特にね。しかし自ら断ち切ろうとすれば、これは因果がもつれて関係が長引いてしまう』
「悪縁に、因果ですか」
『そうだ』
南米出身のゴップは母国の日系移民を通じて、ヤシマ・グループなどの日系財界との関係が深い。東洋趣味もその一つであるが、フランス流の理性と緻密にして明快な論理を信奉しているコリニーは、そうした振る舞いを、内心軽蔑すらしていた。
文化的な差別意識というよりも、それを得意げにひけらかす俗人気質への侮蔑であったかもしれない。
『悪縁を切るには、相手から切らせるに限るからね』
「切る側ではなく、切られる側のほうが良いと?」
『人生万物何事も移り変わるものだ。事を共に成そうというものには優しくしてやる。人との良縁こそ成功の秘訣だよ』
自らの言葉を体現するかのように、人と人との縁をつなぎ、関係を取り持つことで一大派閥を形成した老人は、少しの間を置いてからコリニーに伝えた。
『フランス流の権謀術数の神髄、見せてもらうよ』
・オフショー家はセンチネルのパイロットの実家から。バッフェは戦略戦術大図鑑と連邦愚連隊から