著者:フランシス・オービット→著者紹介ページへ
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【内容紹介』
UC0059年1月10日、連邦最高行政会議が提出した60年度予算案が連邦議会で審議入りする。後に「60年代軍備増強計画」と呼ばれる軍拡予算の最初のものだ。
同じ1月10日。ジオン共和国のジオン・ズム・ダイクン首相は、12人の人間を秘密裏に首相官邸に召集した。元連邦軍海兵隊中佐でありムンゾ駐留部隊の陸戦部隊大隊長だったアンリ・シュレッサー大佐、国防軍情報部第2課長(連邦担当)のマ・クベ大佐、月面都市とのパイプ役とされたジオニック社副社長のホト・フィーゼラーetc……そこには共和国政府の官僚や軍高官を中心に、経済界や学会、言論界まで幅広い人材が名を連ねていた。
国防調査会と名付けられた彼らの目的は、秘密裏に「連邦軍の軍事介入」を想定したシミュレーションを実施し、それに基づいた中長期の国防方針を策定することにあった。そのためメンバーには独立した調査権限が与えられ、政府から経済指標や各種統計、外交資料や軍事機密に属するものまで、あらゆる1次情報へのアクセスが許可される特権的な地位が保証された。
そして3か月後。プロジェクト・リーダーを務めたキリング・J・ダニガン大佐からシュミレーション結果の報告書を受け取ったダイクン首相は、その結論に絶句した。
・現状の戦力で開戦した場合、国防軍は3日以内に継戦能力を喪失する
・1週間以内に連邦軍がサイド3のすべてのコロニーの武力制圧を行う
・現状提出されている軍備拡張計画実施後の連邦軍に対抗することは不可能
旧ジオン公国の中枢と実態を誰よりも知る筆者による戦慄のノン・フィクション。ダイクン派とザビ派の暗闘を経て、共和国内部においてザビ家が、そしてギレン・ザビが台頭していくプロセスを圧倒的な筆力により描写する。国家における意思決定のあるべき姿を問う問題作。第54回同盟通信社ノン・フィクション大賞受賞。
(目次)
・プロローグ「0079年1月10日 09:00」
第1章 月の裏側から
第2章 革命政権と独立宣言
第3章 国防調査会
第4章 13人目の男
第5章 『革命家』ジオン・ズム・ダイクンの焦燥
第6章 そして役者はそろった
最終章「0080年1月1日 15:00」
書評
・名無しの宇宙市民(☆5)
『公王の肖像』でノン・フィクション作家としての名声を確立した作者による新作。いささか情緒的過ぎる文章が玉に瑕だが、革命家ではなく為政者としてのダイクン首相の置かれていた状況と焦燥感がヒシヒシと伝わってくる。60年代軍備増強計画により戦力が拡充されていく連邦艦隊。圧倒的な軍事力と経済力を背景に切り崩されていく各サイドの独立派政権。経済制裁による先の見えない不況と反革命勢力の台頭。歴史は国防調査会のシュミレーションをなぞるような展開を見せる。そして67年コロニー自治推進法案が連邦議会で廃案となり、ダイクン派とザビ派の対立は頂点に達した。ギレン・ザビの最も強烈な批判者であり、そして政策ブレーンになった筆者だからこそ書ける名作。これを読まずして一年戦争は語れない。
・名無しの宇宙市民(☆1)
恥知らずの売国奴!どの面下げて。60年代には連邦政府を後ろ盾にギレンを批判し、70年代にギレンが独裁体制を確立させたらそれに尻尾を振って新聞社を与えられただけの男。ジオン公国時代に自分の同僚や部下も含めた100名以上のジャーナリストが行方不明になったにも関わらず、新聞経営者として、そして国会議員として無関心を決め込んだ男に、ジャーナリストの資格があるわけがない。誰が何と言おうと、私はこいつを認めない。
・名無しの宇宙市民(☆4)
個人的に筆者の経歴はどうにも信用出来ない。だが作品自体は認めざるを得ない。60年代軍備増強計画が完全になる前に蜂起しようとしたダイクン首相、それに反対する国力増強派のザビ派、独立派としての自治政府を支持する月面経済界という3勢力の暗闘。アンリ・シュレッサー、マ・クベ、ホト・フィーゼラーの3人の経歴と人物像を丁寧に描写することで、その思惑や意図が明らかにされていく爽快感は、推理小説を読んでいるかのような感覚になる。ブリテイッシュ作戦の失敗を受けたキリング・J・ダニガン中将の自殺未遂に始まり、グラナダ条約締結で終わるという起承転結の鮮やかさ。あの戦争は何だったのかと改めて考えさせる作品。
・名無しの宇宙市民(☆3)
国防調査会のところまでは面白いのだが、その後が駆け足で勿体ない。ギレン・ザビやジオン・ズム・ダイクンという歴史的評価の定まっていない人物の実像に、自らの記者としての取材体験や周辺取材を基に迫ろうとした努力は認めるが、一年戦争という結果から途中経過を批評している癖が見られる。現在の我々は歴史的事実として、MSによる電撃戦があったことを知識や経験として理解しているが、当事者達は成功するか不明な状況で、究極の選択としてMS開発を推進したはず。ギレン・ザビに対する過大評価だと感じる内容も見られた。全体的に着眼点が興味深いだけに、実に勿体ない。
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一年戦争以前の地球連邦政府とジオン公国、両国の間には埋めがたい国力の差が存在した。
例えば連邦軍。
中世期以前から続く長い歴史を有する連邦海軍と、その後継者たる連邦宇宙軍。長く国家間戦争から遠ざかっていたとはいえ、両軍には過去の実戦経験に裏付けされた豊富な戦訓と戦略思想、戦術体系。そして教育研究システムが構築されていた。
そして、地球圏全域に張り巡らされた監視衛星やレーダー網。こうした軍事的インフラの整備と維持、何より建艦競争ともなれば、単純な国力が反映されやすい。
一方でジオン軍。
こちらは数年前に警備隊から昇格を果たしたばかりの、いわば素人集団である。
ジオン公国を形成したサイド3は他のコロニー自治政府や、あらゆる月面都市と比較しても「大国」と言えた。
それでも経済規模では連邦政府の30分の1、人口だけなら110億人対1億でしかない。
数年前に警備隊から昇格を果たしたばかりの、いわば素人集団には人材も、経験も、知識も、資金も、何もかもが不足していた。
これでは「独立戦争」など夢物語である。
ジオン・ズム・ダイクンは宇宙市民の独立という自らの理想と、現実政治の間で苦悩しながらUC0068年に急死した。
その翌年、ジオン軍は発見されたばかりのミノフスキー粒子を戦闘宙域に散布するという新たな戦術思想を確立する。
有視界戦闘下における機動兵器の有効性に自信を得たことは、公国制に移行した同国首脳に独立戦争を決意させる大きな要因となった。
独立強硬派のダイクン首相の急死が68年。かねてから存在の予言されていたミノフスキー粒子が発見され、国防軍が散布技術を確立するのが翌年のことだ。皮肉というほかはない。
ともあれ艦隊戦力による正面からの殴り合いに耐えうる国力が存在しなかったジオンは、当初から艦隊決戦思想を放棄した。
何も相手の得意分野で戦うことはない。あくまで艦艇は前線へMSを輸送・展開する手段、戦力投射プラットフォームと考え、艦艇の居住性や砲戦能力、時にはダメージコントロール能力を低下させてでも、MS搭載を拡充させることを選択した。
開戦後、ジオン艦隊は各コロニーに密かに配置していたミノフスキー粒子散布装置により発生させたレーダーの雲の中に隠れ、連邦艦隊を強襲。緒戦の大勝に繋げた。
宇宙におけるジオンの電撃戦ドクトリンの代表的な戦果が、ルウム会戦である。
この時、ジオン宇宙攻撃軍司令のドズル・ザビ中将はムサイ級巡洋艦『ファルメル』に乗艦し、自らも敵艦隊正面近くまでMS部隊を輸送することに尽力。
次いで圧倒的に劣る艦隊戦力により砲撃戦を挑み、機動部隊が強襲するまでの間、連邦艦隊の囮となった。
これで将兵の士気が上がらないはずがない。
かくして3倍以上の連邦連合艦隊に完勝したドズル中将は、中世期の日本海海戦を指揮したアドミラル・トーゴー、パール・ハーバー強襲作戦を成功させたイソロク・ヤマモトに並ぶ名将と称えられた。
では、苦杯を味わった連邦艦隊もジオン流を踏襲すればよいのかといえば、そう単純な話ではない。
元々、単艦での長距離航海及びパトロール任務に耐えうるように設計された連邦軍の宇宙艦艇は、コロンブス級等を除き航空兵力を直接積載することを前提に設計されていない。
ジオンの艦隊運用を真似るということは、同じ球技だからと野球選手がサッカーの試合に出るようなものである。
大気圏内では陸海空および海兵隊を含めた4軍の支援、およびレジスタンス等の協力により鉄道、道路、空路に海路を利用してMS部隊を前線に輸送することが出来たが、宇宙空間においては不可能であった。
ジオン本国につながる主要航路にはソロモンとア・バオア・クーの要塞が立ちふさがり、ラグランジュ・ポイントのコロニー群はすべからく破壊されるかジオンの制圧下にあったからだ。
艦艇運用の決着がつかないままビンソン計画により再建された連邦艦隊は、とりあえずは既存の艦艇を改修し、コロンブス級や強襲揚陸艦を母艦として間に合わせることを選択した。
「チェンバロ作戦」において第2連合艦隊を指揮するマクファテイ・ティアンム中将は、ソロモン要塞に立てこもるジオン軍との正面からの決戦を避けた。
ソーラ・システムによる奇襲攻撃により、敵艦隊主力と要塞の防衛機能を無効化。
単なる岩礁と化した要塞から数で劣る敵戦力を強制的に引きずり出し、決戦を強いた。
ルウム自治政府を救援するためにルナツーから引きずり出されたことへの意趣返しであり、名将ティアンムの面目躍如である。
艦艇という「足」を失ったジオンは、機動部隊を敵正面に殴り込ませることが出来ないまま、連邦の物量を前に各個撃破されていく。
司令官であるドズル・ザビはモビルアーマーで敵艦隊に特攻する間、残存兵力を本国へと逃がした。
連邦とジオンとの艦船設計思想の差が顕著に現れたのは、ア・バオア・クー攻防戦直前におけるソーラ・レイの被害状況である。
コロニーを改造して巨大レーザー砲としたジオン軍の攻撃により、レビル将軍の司令部と直掩部隊、そして艦隊戦力は過半数を失う被害を被った。
しかしア・バオア・クー防衛司令部が意図していたほど、連邦軍のMS部隊には打撃を与えることが出来ず、ジオンは敵兵力の要塞への揚陸を許した。
艦隊指揮を行うマゼラン級戦艦や周辺の対空監視を行うサラミス級巡洋艦は、後期生産型であるフジ級や甲板をカタパルトに改修したものを除いて、MS搭載を前提としていなかった。
これがジオン艦隊であれば、MS部隊の損害は比べ物にならなかっただろう。
付け加えるならレビル将軍がデギン公王との会談を優先した結果、足の遅いコロンブス級空母群を後方に残したまま、確保していた会談予定宙域に進出したのも大きい。
これが通常の進軍であればどれほどの被害を受けていたか……
とまぁ、合同作戦会議の冒頭、実に長々と話し続けたバスク分艦隊のジャマイカン・ダニンガン参謀長は、咳払いをしてから尚も続けた。
バスク分艦隊の幕僚らはいつもの事と半ば諦めており、シナプス大佐はどうしたものかと視線を巡らせていた。
『既存の艦艇を使用する限り、艦艇を主、MSを従とせざるを得ない。当然ながら艦隊とMSとの統合運用について、我らはジオンに及ばない。ましてMAとの連携など』
ジャマイカンは「例えばサラミスやマゼランで、ジオン残党軍のような海賊活動が出来るか」と参謀らに問うた。
考えるまでもなく、全員が即座にこれを否定する。
ア・バオア・クーから脱出するジオン軍の艦艇は全てMS搭載能力を備えており、母艦を失った機体や兵力を回収しつつ戦闘空域を離脱した。
戦後、デラーズ・フリートを始めとするジオン残党は暗礁宙域でのゲリラ戦を展開したが、単艦でもMS母艦としての能力があるジオン艦艇ならではの戦い方であるといえる。
連邦艦艇で同じような戦い方が出来るとすれば、ペガサス級強襲揚陸艦ぐらいのものである。
現に一年戦争における『ホワイトベース』は、ジオンのお株を奪うような活躍を見せ、宇宙反抗作戦の遊撃戦力として活動した独立機動部隊の多くは、同艦を旗艦としていた。
『であるからこそ、ペガサス級との共同作戦には多数の困難が伴う。速度に火力、そして装甲。安易に艦隊行動を共にすれば、どちらの長所も打ち消してしまう。先のグレイザー・ワン作戦においては『アルビオン』とは共同作戦を行いながらも、命令指揮系統は別としていた。急ごしらえの艦隊ではそれが限界だったからだ』
シナプスを始め連合艦隊の幹部が頷く。
『だが、次はそうはいかない』
ジャマイカンは改めて自明の事実を告げた。
最低でも20隻、下手をすれば40隻近い護衛艦隊相手に、こちらはマゼラン改級戦艦1隻とサラミス改造級巡洋艦が2隻、そしてペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』で戦わねばならない。
『各艦の緊密な連携、及び統一した艦隊行動が欠かせない。こちらに増援がないことに気がつけば、敵艦隊は各個撃破、あるいは全力で叩き潰そうとするだろう。会敵予想まで約8時間。その間、我々に出来る事は……』
『出来ること、ですか?』
航海参謀の疑問に、ジャマイカンは冷徹な口調で続けた。
『演習だ。日頃の成果を見せて見ろ……それで諸君が給与泥棒か否かは、すぐにわかる』
最後まで嫌味を忘れないジャマイカンに、シナプスは苦笑で返した。
*
『ツーロン』艦長代理のチャン・ヤー中佐は、緑の戦闘照明に染まるCIC(戦闘指揮所)の中央にある艦長席で、矢継ぎ早の報告に対処していた。
ミノフスキー粒子散布下での戦闘に対処するため、後期生産型のマゼランタイプからは、艦内各所に有線対応の回線を張り巡らせている。
有視界戦闘における砲撃パターンの計算を行う砲術参謀と並び、通信参謀は各艦との通信および、艦内の通信管制を行う非常に忙しい役職だ。その管制はぶっつけ本番で対処出来るようなものではない。
ジャマイカンが明言したように、日頃からの訓練があればこそである。
手前味噌になるが、ペガサス級のような特殊な艦艇との艦隊行動に対応出来たバスク艦隊の錬度は高いといえる。
『獲物が大きいのが唯一の救いである。どれほどの間抜けでも、あれだけのデカ物を見失うことはあるまい』
チャン・ヤーはモニターに映し出される光景に、作戦会議におけるジャマイカンの癇に障る物言いに改めて同意していた。
遠距離光学カメラからの映像をCGにより修正した画面には、巨大な3つのミラーを羽ばたかせるように宇宙空間を進むコロニーの姿が投影されている。
「ちらちらとスカートの中身を見せつけやがって、誘ってやがる」
「尻にでっかいのを突っ込んでやろうぜ!」
通信員達のやり取りに、チャン・ヤーの右隣のシートに座る艦隊司令代理のオットー・ペデルセン大佐が眉を顰めた。
この人もジャマイカンとは違うタイプではあるが、厄介な性格をしている。
チャン・ヤーはわざとらしく咳払いをして、ペデルセンの注意を自分にひきつける。
「『アルビオン』より入電。ガンダム試作3号機が敵MAと会敵しました。天頂方向3時、艦隊からの距離1万8千……いや、7千!同空域の対空監視を行う『ブリストル』の監視班からも同様の報告が入っています!」
「試作3号機の戦闘監視を続行、より正確な位置を伝えさせろ。こちらに近づけさせるな!」
「ミノフスキー粒子が戦闘濃度到達しました」
「正面5時の方向、デブリの背後にムサイ級3隻を確認!距離1万5千!」
チャン・ヤーに続いて、航海参謀と打ち合わせたペデルセンが命令を下す。
「艦隊進路そのまま。有効射程圏内突入後、『アルビオン』と『ツーロン』の主砲3斉射後、第3戦速を維持しつつ、正面の敵艦隊を突破する」
「了解、各艦に通達」
「『アルビオン』が前に出ます!」
幾度となく演習を繰り返した結果が現れた。シャッターが下りた窓からは何も目視で確認出来ないが、正面のモニターには『アルビオン』の航跡がリアルタイムで表示される。相手もこれが一夜漬けの成果だとは、まさか思うまい。
「『ブリストル』と『ボスニア』に陣形変更を指示、パターンβ!」
「航海長、転舵をして『アルビオン』の下につけるぞ」
「
「総員、艦の天頂と天底が入れ替わる!報告時には方位に注意しろ!」
チャン・ヤーと航海長の指示に従い、操舵士が舵を回す。
無重力下の艦内で上下が入れ替わり、地球出身者がその感覚に顔をしかめる。この感覚は重力に慣れ親しんだものには耐え難いものがあるらしい。尤も宇宙出身者であったとしても1Gの環境に慣れ親しむと、そのカンを取り戻すのは難しい。
『ツーロン』はそのまま第1戦速を維持したまま『アルビオン』の艦底部に腹を見せ合うように就けた。同時に進行方向の左右には巡洋艦が同じくつけ、菱形の陣形を形成する。各艦が互いの死角を補いながら、艦隊防空に集中することを目的とした陣形だ。
少しでも速度や舵を切るタイミングを間違えれば、互いに衝突しかねない危険性もはらむ陣形だが「一夜漬け」の成果もあってか、各艦は一切の乱れもなく陣形を再編して見せた。
当然、陣形の転換は敵にとってはチャンスである。そもそも敵の正面で陣形を変更するなど、普通で考えれば正気の沙汰ではない。当たれば儲け物といわんばかりに、正面の敵巡洋艦の主砲が火を噴いた。
「距離7500……敵艦発砲!」
「脅しだ!この距離で巡洋艦の主砲が当たるものか、速度落とすな!」
チャン・ヤーの叱責するような指示に続いて、艦隊指令代理が各艦へのチャンネルを開く。
「艦隊指令代理より全艦および全MSに通達。正面の巡洋艦隊を突破後、MS部隊は各自発艦。発艦後は戦闘管制指揮に従い、艦艇の護衛に回れ。防空圏内からの突出は厳に慎むように。置いていかれても回収は出来んからな」
「各砲座、味方に当てるなよ」
内容と異なり表情は真剣そのものだ。もとより正気であれば、このような作戦を行うわけもない。
覚悟も腹もとうの昔に括ったチャン・ヤーは、あえて軽口をたたいた。
「あれこれ額を寄せ合ったというのに、結局は殴り込みとは。先が思いやられますな」
「超過勤務手当の申請はまかせておけ。こちらには書類仕事になると生き生きとする参謀長閣下がいるのでね」
「ウラキ中尉のそれは人事部泣かせでしょうな」
「正当なる労働への対価だ。誰に文句を言わせるものか」
CIC内部に笑いが広がるが、それも僅かな間であった。
「まもなく有効射程圏内に入ります。カウント開始!」
砲術参謀の報告に、チャン・ヤーはノーマルスーツのバイザーを閉める。喉の奥がひりつく様な感覚に、知らず唾を飲み込んでいた。状況的には圧倒的に不利。味方の支援もなく、後退も不可能。だが不思議と気分が高揚していた。
「砲術長、強襲揚陸艦に砲戦で遅れを取るなよ。ルナツーの船乗りの意地を見せてやれ!」
「……4.3.2.1…今!」
「
ペデルセン大佐に続いて、チャン・ヤーが叫んだ。
「
*
ギアナ高地は南アメリカ大陸の北部、オリノコ川とアマゾン川、そしてアマゾン川の支流であるネグロ川に囲まれた地域を指す。南米6か国の国境および大西洋に面する高地のあちこちには、テーブルマウンテンと呼ばれる巨大な山が、文字通りレストランの机のように、あちらこちらに点在していた。
テーブルマウンテンは風雨により固い地盤を残して地表が洗い流された、なだらかな台形部分の頂上部分と、切り立った断崖が特徴的な山だ。そこは太古からの自然がそのまま残されているという、まさに現代の箱舟である。
この特殊な地形を作り出すのは約4000ミリとされる年間降水量と、世界最大の流域面積を誇るアマゾン川を始めとした大河、そして北西から容赦なく吹き付ける季節風である。内陸部は雨季と乾季が明確なサバンナ気候、海岸地方は年間を通して湿潤で雨量の多い熱帯雨林という対照的な極限環境が織りなす、まさに自然の奇跡だ。文明に慣れ親しんだ人が住むには、あまりにも過酷な環境といえよう。
だからこそ60年代初頭、連邦軍の背広組である国防委員会が「ジャブロー計画」を表明した時は、誰もがその正気と本気を疑った。
計画によれはギアナ高地でも最も高いロマイラ山の地下に、地球圏すべての軍を統括する総司令部機能を備えた一大要塞を建設するという一大プロジェクトである。環境保護団体のみならず連邦議会の各会派からも、環境破壊への懸念や原住民保護政策との矛盾を指摘する声、何より単純に技術的に不可能ではないかという声が噴出した。そのため「60年代軍備増強計画」の初年度予算に調査費用が計上された時も、当時の新聞は「それで軍が納得するならいいだろう」という国防関係者の声を伝えている。
ところが月面開発やコロニー建設で培われた土木技術の進展は、世間や議会の予想を大きく上回っていた。地下鍾乳洞の天然の空間を利用することで、工期短縮と予算圧縮が可能であり、最終的には10万以上もの人間が居住可能になるという調査報告に、それまで慎重派だった制服組も方針を転換した。
宇宙軍からすれば、軍備増強計画に伴う大型建艦が求められる中、周囲の環境を気にせずに年間を通じて建造が可能な新規の宇宙船ドックは魅力的な存在であった。また新要塞に司令部を設ければ、既存の陸海空と海兵に配慮する必要性がない。 天然の要害として外部からの侵入がほとんど不可能という点は、分離独立派のテロとの戦いに悩まされ続けてきた陸軍や海軍、空軍や海兵隊にも望ましかった。
ミノフスキー粒子を散布するジオンの電撃戦術により、地球圏全域に張り巡らした通信監視体制や連絡網が役に立たなくなったのは予想外であったが、その堅い守りは大戦を通じてジオンの巨人共の侵攻を寄せ付けず、連邦政府や各国首脳らの避難場所として有効に機能した。MS開発計画の拠点として、あるいはMSパイロット育成や、連邦艦隊の人員に関する教育機関として、度重なる空襲や大戦末期の降下作戦にも耐え抜いたジャブローは、まさに連邦軍の勝利に多大な貢献を果たしたといえる。
このジャブロー防衛の中枢任務を担うのは連邦空軍である。連邦空軍も、ミノフスキー粒子という新たな環境によってミサイル防衛システムやレーダー中心の管制システムの多くが機能不全に陥ったが、完全に能力を喪失したわけではなかった。
何よりジャブローという天然の要害が空軍の活躍を担保していた。この要塞を通常の手段で攻略しようとすれば、それこそ特殊部隊を送り込むか、空挺部隊を投下させるしか方法がない。大規模な侵攻作戦になれば察知される危険性は高まる。ジオン公国はコロニー落としによるジャブロー破壊に失敗した後、いくつかの巨大MAによる攻略を検討したが、いずれも開発段階で挫折するなどして成功しなかった。
その難攻不落の要塞が誇る「安全神話」が崩壊する音を、アントニオ・カラス連邦空軍准将は暗澹たる思いで感じていた。大戦中にジオンの猛攻に耐え抜いたこの基地が、今まさに危機に瀕している。それも危機の多くは、身内のつまらない事情によってもたらされたものだ。
基地司令(空軍少将)との打ち合わせを終え、カラス准将は副官のジドレ大尉を連れて足早に防空司令部に駆け込んだ。
「ご苦労」
オレンジ色の照明に照らされた作戦指揮所では情報分析活動に従事していた幕僚らが立ち上がって敬礼しようとする。カラス准将は「そのままでいい」と手を振った。
「現在の戦況は?」
「こちらです」
幕僚の一人がコンソールを使いながら、現在の状況を机のモニターに映し出す。緑のからオレンジ色に切り替わった画面を指しながら、大気圏外を管轄する作戦参謀が発言する。
「コロニーは現在、月と地球のほぼ中間、旧ルウム宙域のラグランジュ・ポイントに到達しました。落下を物理的に阻止出来る阻止限界点まで5時間、地球落着までは約10時間。2時間前よりバスク分艦隊が作戦行動を展開しておりますが、いまだコロニーの奪取には至っておりません」
「地球衛星軌道艦隊は?」
「モニター切り替えます」
幕僚が指をタップすると、再びモニターの画面が切り替わった。
「阻止限界点の手前、約3万に迎撃のため集結中とのことです」
地球衛星軌道艦隊はカラスが予想する、あるいは期待した場所とはかけ離れた後方に集結していた。
「……コリニー提督は何を考えている」
艦隊司令代理のリード代将ではなく、宇宙軍の制服組トップの名前を語るカラスの口調には、苦々しい響きが混じる。
前回のブリティッシュ作戦では、阻止限界点を突破したコロニーへの攻撃は、破片拡散による被害拡大の懸念を理由に中止された。宇宙軍がそれを知らないはずがあるまい。
では一体、これは何を念頭に置いた布陣なのか。カラスの疑問に答えられるものは、この場に存在しない。
あるいは連邦安全保障会議に出席している基地司令の空軍少将であれば、コリニーの思惑について語れたのかもしれないが、それはカラスの求めるものとは異なっていただろう。黙り込む上官に対して、ジドレ大尉は通信員からの情報に安堵の色を浮かべながら報告した。
「閣下、統合幕僚会議の事務局からです。アクシズ艦隊との交渉妥結。これにより艦隊は中立化して後方に下がります。コンペイトウ鎮守府領海での艦隊再編への懸念が、一つ消えたことになります」
「そうか、それは結構なことだ!」
ジドレの報告に、カラスは全くそうとは思っていない口調で吐き捨てた。
それ以上は口をつぐんだカラスであったが、口を開いていれば更なる宇宙軍への罵倒が飛び出したことだろう。この期に及んで宇宙軍内部の事情は知る由もないし知る気もないが、つまらぬ政治ゲームに奔走する前に、ルナツーでも衛星軌道艦隊でも動かせないのか。そもそもワイアット大将を更迭しなければ、艦隊再編にあれほど手間取らなかったはずだ。
先の大戦中のジャブロー降下作戦において、カラスはガウ級空母群との防空戦闘を指揮した経験がある。しかし今回はそれとはわけが違う。ここで地上からミサイルや対空砲座の機銃を叩き込んだところで、コロニーの破壊は物理的に不可能なのだ。
現時点でジャブローへの落下が確定したわけではないが、降下作戦当時の位置情報をデラーズ・フリートが保有していないと考えるほど、カラスは楽観論者にはなれない。
先ほどの打ち合わせで基地司令の同意は取り付けた。いざと言う時の腹切り要員にされた感は否定できないが、状況好転の兆しが見えない今、自分がするべきことは一つしかない。
「……基地司令代理として、ジャブロー全域に第2種戦闘配置を発令する」
カラスの発言に幕僚らは沈黙する。それは連邦軍本部であるジャブローが、ジオンによる降下作戦以来となる戦時動員に移行することを意味していた。
「じゅ、准将……」
ジドレ大尉を含めて驚きを露わにする幕僚らに対して、カラスはさらに続けた。
「現時点をもって地上部分の空港施設の擬装を解除、作戦使用中の第1、第2を除く滑走路を20分以内に稼働可能な状態に。あと輸送機と水上艦艇をありったけかき集めろ。この際、軍用でなくとも構わん」
「准将!よろしいのですか?!」
「大気圏を突破してからでは間に合わない!」
悲鳴のような声を上げて異論を唱えるジドレ大尉に、カラスは怒鳴りつけた。
大気圏内に突入したコロニーが気象にもたらす影響は、空軍関係者であれば今更語るまでもない。シドニーから脱出しようとした大気圏内航空機の多くが、離陸すら出来ずに故郷と命運を共にしたのだ。
真意のわからぬ行動を繰り返す宇宙軍に、ジャブローの15万にも及ぶ軍民の生命、そして地球連邦政府の命運を委ねるわけにはいかない。カラスはそう決意していた。何も起きなければその責任を追及されるだろうが、最悪の事態を想定しない行動がいかなる結果をもたらすか。それは先の大戦が証明しているではないか。
「総員の脱出は不可能でも、連邦軍の命令指揮系統や上層部が消失する危機は、何としても避けねばならん!」
カラスは悲愴な声で、最悪の事態となる可能性を指摘した。
「この状況下で、明日にでも政権が崩壊しかねない状況で連邦軍の命令指揮系統が崩壊すれば、地球圏は無政府状態に陥るぞ!」
*
木馬タイプを旗艦とする敵艦隊との戦闘開始から6時間近くが経過した午後16:00。阻止限界点まで3時間半を切ったという戦略的優位の状況にありながら、デラーズ・フリート幕僚の苛立ちは頂点に達しつつあった。
「敵艦隊の練度は、これまでの連邦追撃艦隊やパトロール部隊とは比べ物になりません」
「そんなことはわかっている!」
グワジンの艦橋CICにおいて、赤い戦闘照明に照らされながらも顔を青白くした若い作戦参謀の一人が苛立たしげに叫ぶと、他の幕僚らも異口同音にこれに同意した。
会敵当初、正面突破でムサイ級を2隻撃沈してコロニー周辺まで殴りこんだ敵艦隊は、一転方向を転換。再び距離をとると、一定の距離を保ちながら追撃戦を開始した。木馬タイプの戦艦、および巨大MAが確認されていることからも、シーマ艦隊と戦闘を行った艦隊の残存兵力であることは直ぐに確認された。
シーマ艦隊との戦闘を分析した結果、デラーズ艦隊幕僚は「敵MAにはノイエ・ジールしか対抗出来ない」という結論に達した。
デラーズ自らの迎撃命令に、ノイエ・ジールを駆るガトー少佐は「必ずや」という頼もしい返答と共に、自らの部隊を率いて後方の前線へと向かった。
アナベル・ガトー少佐は階級こそ佐官ではあるが、大戦中のパイロットとしての活躍だけではなく、古き国防軍の伝統を体現したような言動により、デラーズ・フリート内部で絶大な影響力を持つ。本人は専ら若手のパイロット育成に尽力するなど、意思決定に加わることを良しとせず、生涯パイロットであることを表明しているが、それがさらに名声を高めている。まさに艦隊の切り札かつ精神的主柱であった。
そのエースパイロットが駆るMAをもってしても、連邦のMAを撃退出来ないとは!幕僚らの焦燥と苛立ちは、つまるところその一点に尽きた。
アナハイム製MSはジオンのMS技術を前提としており、かつ事前にマニュアルを確保していたとはいえ、連邦のガンダム試作2号機を試運転もなしに一度で乗りこなして見せたガトー少佐の操縦技術とセンスは、その戦闘経験も含めて、おそらく同時代においても5本の指に入るだろう。
ガトー少佐がAMBACによる姿勢制御を前提としないMAを操縦するのは、これが初めてだ。並みのパイロットでは操縦すらおぼつかない。それを手足のように操る操縦技術はさすがの一言だが、これに対して連邦はよほどの機体を開発したと見える。ガトー少佐が引けば、相手も引く。こちらが出れば相手も出る。相手が出ればガトー少佐もこれに張り付かざるを得ない。
敵艦隊の中枢を強襲して殲滅した後、周囲の宙域を制圧する。これまでの戦闘行動を分析した結果、敵MAのコンセプトはおそらくノイエ・ジールと共通していると思われる。だからこそ切り札たるガトー少佐を貼り付けざるをえない。
一方で「たかが4隻」の連邦艦隊はコロニーの進路方向の反対側、その背後にぴたりと付け、こちらのムサイ級の有効射程範囲外からマゼラン級と木馬タイプの大口径の主砲で一方的に殴り続けている。
巡洋艦と戦艦、強襲揚陸艦という異なる艦種がまるで生き物のように陣形を変え、艦隊を向かわせれば距離をとり、退かせればMS部隊と連携してこれを追撃。ならばもう一度と増援部隊を出せば、にわかに速度を落とす。迂回したMS部隊による強襲を行わせれば、艦隊防空網と連携した1個戦隊とは思えないMS部隊により逆襲を食らう始末だ。
「いっそのこと、後方に戦力を押し出しますか?木馬タイプがあるとはいえ、相手は僅か4隻。ガトー少佐と連携しつつ、遊撃部隊も含めて押し出せば敵艦隊の殲滅、あるいは無力化は不可能ではないはず」
「そのたかが4隻に、鼻っ面をひっかき回されているのをどう説明する!そんな希望的観測で部隊を動かすことなど出来るか!」
思案投げ首という態度でなされた作戦参謀の意見具申に、痩せ型の参謀長が不快感を隠さずに頭から否定する。
彼は自分の言葉の強さに一瞬、自分自身で戸惑ったような表情を浮かべながら、その理由を告げた。
「……作戦参謀の指摘するように、部隊を押し出せば打撃を加えることが可能かもしれない。だが衛星軌道艦隊やルナツーの駐留艦隊が出てくる可能性が残されている。部隊を動かしてしまえば、現状では抑え切れているものが、抑えきれなくなる。そうなればコロニーを守るすべがない」
「押し出せば1時間もせずに殲滅できる兵力ですぞ!」
これに当の作戦参謀ではなく、当初から後詰の戦力との連携を疑問視していた情報参謀が異議を唱える。参謀長は負けじと強い口調で反論した。
「それは貴官の観測だろう、それも希望的な!殲滅出来たとしても被害が大きければ、正面の戦力に対抗出来なくなる危険性を、どう考えているのか!」
「ルナツーの主要艦艇はソロモンで身動きが取れず、衛星軌道艦隊はサラミスが中心。このグワデンの主砲を以てすれば、対抗可能です」
「……駄目だ、駄目だ!ここまできて、そのような博打が打てるか!あと3時間半とはいえ、予備兵力はもはや存在せんのだぞ!」
参謀長と情報参謀は互いに感情を顕に意見を戦わせたが、最後は後者が黙り込んだ。
あの敗戦から3年。屈辱と忍耐の時間に耐え続け、幾多の犠牲を払いながらもようやく実行にこぎ着けた作戦である。自分達の命と引き換えにしても成功させようという決意は共通していたが、一時の感情に任せて兵を押し出してはならないとする参謀長の気迫が上回ったといえる。
作戦参謀が「ハイエナのような連中だ!」と、この場の意見を代弁するかのように吐き捨てた。
ハイエナの狩りはとにかくしつこい。相手がこちらより数が多かろうと少なかろうと、一度目をつけた獲物を徹底的に群れで攻撃する。反撃されれば退き、また間を空けて付けねらう。出血と疲労を狙い、弱ったところをその強力な顎で食い破る。そのしつこさゆえに野生動物の中では驚異的な成功率を誇るのだという。
戦略的にも戦術的にもこちらが圧倒的に有利な状況でありながら、デラーズ艦隊の幕僚達が、道路に張り付いた濡れ落ち葉のように拭い難い不愉快に囚われている理由は、そこにあった。
頼みの綱であるガトー少佐が敗北し、あの化け物MAが艦隊を強襲するのではないか。あるいはあの艦隊が、出血して弱ったこちらの喉元を食い破り、このコロニーを奪取するのではないか。その恐怖が艦隊司令部に蔓延しつつあった。
ただ一人を除いては。
「諸君。心配は不要だ」
アレクサンドロス大王がゴルディアスの結び目を断った時も、このような雰囲気になったのであろうか。袋小路の議論に陥りかけていた幕僚らに、エギーユ・デラーズは堂々とした口調と態度で語り掛ける。
それはまさに王者にふさわしい堂々たる振る舞いであった。
「戦闘開始からすでに6時間。しかし我等の恐れていた増援はいまだにない。このことから考えて敵艦隊は単独で動いている。他の部隊との連携はない」
「閣下、ですが…」
「我らを迷わせるのが、あの艦隊の狙いよ。むしろ私は確信した」
参謀長の反論を、デラーズは力強く遮った。
「増援があるかもしれぬ、だからこそ慎重に動かねばならない……だが諸君、忘れてはならない。攻撃の主導権を握っているのは我等であり、我等の目的はコロニーを目的地まで護衛することではない」
デラーズは右の拳で力強く机を殴りつけた。その自信ありげな態度に、幕僚らの目に自信と決意の光が戻り始める。それを確認してからデラーズは続けた。
「積極的な攻勢に出ているのは我々なのだ!ガトーは決して敗れぬ。そしてたかが4隻、背後の部隊は決して破ることは出来ない。あと3時間半、あの艦隊を殲滅せずとも抑え続ければ、我等の勝利よ」
「閣下、では押し出されますか!」
思わぬ援軍を得たと、攻勢論を唱えていた作戦参謀と情報参謀が意を強くして身を乗り出す。デラーズは「その意気やよし」と頷きながら「油断してはならぬ」と続けた。
「窮鼠猫をかむという諺もある。現状の兵力を転換しては、敵艦隊に付込まれかねない。あと3時間半、だが相手にとっては、それだけしか残された時間が存在しないということだ。必ずや戦力差を考慮しない無謀な攻勢に出てくるだろう。そこまで待つのだ……ガトーは信頼を裏切らぬ男だ」
デラーズは幕僚の名前と顔を確認するかのように時間をかけて見渡すと、この人にしては珍しくおどけたような口調で続けた。
「我等は3年待った。あと3時間ばかりが待てない道理が、どこにあろうか?」
謹厳実直が歩いているかのようなデラーズの冗談に、痩せ型の参謀長を除いた幕僚らは一応に安堵の笑みを浮かべた。
勝てる。必ず勝てる!
身を乗り出さんばかりの彼らの前で、デラーズは彼らが望む司令官として振舞った。
「連邦は我等を亡国の軍と、軍国主義の亡霊と呼ぶ。だが、なすべきことを見失った軍に、真の栄光は存在しない。崇高な志を持つものは、苦難の全てを跳ねのける。思い起こせ、なぜわれらが立ったのかを。あと3時間、是が非でも守り抜くのだ!」
「祖国の栄誉のために!」
幕僚らは腹に響くような重く決意のこもった返答で、指揮官の決意に答えた。それを見つめる招かれざる客に、彼らがハイエナと称した艦隊の司令官に見せ付けるかのように。
そしてデラーズは自らの足で「客人」の下へと歩み寄ると、彼を立たせたまま自分の席に座った。
高い椅子から虜囚を見下ろす光景は、それを見るものにさながら王が臣下に謁見するような、あるいは捕虜の首実検を行う君主のような趣を与えたかもしれない。もっとも当事者達はそう考えなかっただろうが。
ノーマルスーツの上から鎖で何重にも巻きつけたその姿は滑稽という他はないが、心配性の参謀長などは営倉に閉じ込めておくべきだと主張している。それを否定し、この場に留めさせたのは、あくまでデラーズ個人の判断からだ。
「……見た目の割りに、随分と大人しいのだな」
「この鎖を解いてくれたのなら、いろいろと話し出すかも知れんぞ」
「貴公も冗談を口にするとはな」
地球連邦宇宙軍少将のバスク・オムは「ぐふふふ」と、地の底から呻く亡者のような笑い声を上げた。不気味さゆえか、それとも生理的な恐怖からか。少し距離をおいて警護する陸戦隊の兵士らはライフルを装備しているが、その額からたらりと冷や汗を流した。
「開放されても、それはそれで困る。貴様と話す理由がなくなる」
「他人に縛られる趣味でもあるのかね」
「いやなに。市民を虐殺するテロリストと話す舌など、持ち合わせておらんだけの話だ」
バスクの予想に反して、この挑発にデラーズが乗ることはなかった。むしろ余裕ありげな態度で足を組むと「確かに我々はスペースノイドの独立のために、同じ同胞を殺害した」と、バスクの言を肯定して見せた。
その上でデラーズは、この最も有名な連邦軍人に同情するような視線を向けた。
「しかし貴官らはどうなのだ。地球に固執する腐敗した政府は、我等スペースノイドの訴えに、一度たりとも耳を傾けたのか。理想も思想もなく多数を求めて離合集散を繰り返す議会や、ジャブローの地底から宇宙を管理しようとする軍に、大義があるというのか。ましてそれを唯々諾々と追従する大衆に遠慮するいわれがあろうか」
「覚悟があれば何をしても許される法律など、有史以来存在した試しはない。それに貴官の発言は、軍人が考えることではなかろうよ」
「革命は銃口から生まれる。連邦政府は連邦軍に乗っ取られようとしているのに、まだそのような奇麗事が通じると思っているのか」
これにバスクは僅かに表情を強張らせるが、直ぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「民主国家としての自由な討論を放棄し、言論による戦いを放棄した時点でジオンの大義は泥にまみれた。少なくとも私はそう考えている」
「泥にまみれたか」
デラーズは再び足を組み替え、狂信者とは程遠い淡々とした口調で続けた。
「ならば問う。アメリカ独立戦争はどうなのか。イギリス王はアメリカ市民の本国での政治参加を認めようとしたのか。19世紀初頭の南米諸国や20世紀のアフリカの宗主国は認めようとしたのか。認めなかった、だからこそ彼らは独立したのだ。武力に訴えず、自ら血を流さずして自身の権利を獲得出来た民族や国家が存在するものか」
「その寄って立つ国家が、一体どこにあるというのかね」
「振られた女にしがみ付くような真似をするな」というバスクに陸戦隊の兵士らが顔色を変える。取り押さえようとする彼らを、しかしデラーズが止めさせた。
「共和主義者の売国奴の結んだ条約など、我らは認めぬ。国家が最も苦しい時、その決断を行った主君と政権に帰り忠をした連中など認められるものか。ましてスペースノイドの自治権確立を信じ、戦いの業火に焼かれていった者達のことを思えば」
「背後からの一撃論か。ドイツかぶれのジオンらしいな」
これにはデラーズの表情に皮肉な色が、青筋と共に浮かぶ。
「……刺し殺した張本人が、それを言うのかね」
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな。停戦を呼びかけただけではないか」
3年前、ア・バオア・クー要塞司令部からの命令が一時的に停止した時の事を、デラーズは今でも克明に思い出すことが出来る。地の底から噴出するマグマのような熱気と狂気に満ちた笑い声と共に『地球連邦軍のバスク・オムである!』との声明に、要塞の前線は一瞬にして崩壊した。デラーズ自身、整然と撤退したとされるが、実際には艦隊を率いて脱出するのが精一杯であった。
「むしろ正面から刺し殺しておいて、よくそんな事が言えたものだ」
「そんなに褒めるな。照れるではないか」
「褒めておらん!!」
ようやく感情をあらわにしたデラーズに、バスクは口調だけは愉快気に続ける。
「守ろうとした国はすでにない。このようなことをして、何になるというのだ」
「それは違う。我らは現にここにいる。ジオン・ズム・ダイクンとギレン総帥の遺志を受け継ぐ我等が生きて戦い続ける限り、宇宙市民の独立という理想は決して滅びぬ」
「御高説の割には、随分と顔色がよくないようだが」
今度はデラーズが黙り込む。見た目や図体には似合わず察しの良い男である。動物的な勘というべきか。これ以上余計なことを話し続けていては、余計な情報を漏らしかねない。
デラーズは組んでいた足を解くと、意図的に感情を排した、淡々とした声で続けた。
「……このような話をするために、貴公をここに留めおいたわけではない。他でもない。総帥の-…」
デラーズがその続きを切り出すよりも前に、参謀長が彼に駆け寄った。
「閣下、シーマ・ガラハウ中佐が面会を申し出ておりますか」
「そうか、ここに通せ」
「言われなくても、通してもらってますよ」
デラーズが振り返ると、そこには海兵隊用のノーマルスーツを着用したシーマ・ガラハウが気安げな態度で左手を掲げていた。参謀長や警備員は不愉快げな視線を向けるが、デラーズがそれを態度で抑えた。
好悪の感情は別として、よく戦った者にはそれ相応の対応をしなければならない。
「怪我の具合はどうか。この男を捕虜とするために、随分と痛めつけられたようだが」
「ぼちぼちってとこですよ」
シーマはそっけない態度で応じると、デラーズの背後にあるモニターに視線を向けた。
「それにしても五月蝿い蚊トンボがいるようで。こちらの艦隊を動かしましょうか?」
「いや、それには及ばない。そのままコロニーの前面の護衛を続けてくれ」
「了解しました。それでは命令文の起草を願いたいのですが」
「……?口頭ではいかんのかね」
「ちゃんとした命令書でないと、どうにも信用出来ない性分でしてね。閣下なら、私の気持ちがわかってもらえるでしょう?」
「貴様っ!」と食い掛ろうとする参謀長を、デラーズは再び制止した。あえてその理由を説明しないのは、こちらへの配慮であり、かつ恫喝である。
ミノフスキー粒子散布下での戦闘では、命令指揮系統が途絶しやすい。そのため作戦にもよるが、ジオン公国は連邦艦隊のようなピラミッド型の命令指揮系統ではなく、作戦目的、あるいは本国の策定した戦略の範囲内において、ある程度は行動出来る裁量を事前に与えていた。古い言い方をすれば訓令戦術である。
そのため大戦中のジオン軍では極度の成果主義が横行したこともあり、勝手な作戦行動や軍紀を逸脱する弊害も生じさせる結果にも繋がった。シーマ艦隊の戦犯容疑も、表面上は独断専行が理由である。露骨にそれをあてこすっているのだ。
とはいえまだ此方を利用する気があるということは、まだ信用出来ると考えてもよかろう。デラーズは正面を向くと、依然として不満げな表情を浮かべる参謀長に命令を下した。
「参謀長、命令書の起草を」
「了解しました」
「悪いですねぇ」
悪びれもしない声がデラーズの背後から掛けられる。表向きの評価とは裏腹に、デラーズは彼女に背後を預けるほど信用も信頼もしていない。だが功績は正当に評価しなければならない。
艦橋に来るまでには複数の警備所があり、厳しい検査を通過したものだけが、ここへの入室を許可されるのだ。結局の所、デラーズはこの女狐は信用していなかったが、自分の直属の部下を疑うことはなかった。
「構わぬ。貴官の経歴からすれば、それも当然のことだろう」
情報と喧騒が飛び交う艦橋でありながら、背後から響く床を歩く音が、妙にデラーズの耳に残った。
「誤解しないでもらいたいのだが、私は貴官の艦隊の実力を疑っているわけではない。だが現状で戦力の入れ替えは混乱すると判断しただけだ。何より貴官を苦しめた連中である」
「しかし、ここまで食い下がるとは予想外でしたなぁ」
「予想外のことは常に起こるものだ。ガトーは良くやっている」
「なるほど、確かに予想外の事は起こるもの……」
その深く沈んだ声のそこに横たわる感情に、デラーズは心当たりがあった。それまでとは比べ物にならない焦燥感に、デラーズは千切れんばかりの勢いで首を捻り、背後に視線を向けた。
拳銃を片手に構えたシーマの視線は、少なくとも取引相手に向けるものではなかった。
「私もボンベの蓋を開けるまでは、あれが催眠ガスだと疑いもしませんでしたよ」
警備兵がライフルを構え、参謀長が拳銃を抜く。
ほんのわずかの差で、海兵隊が艦橋に流れ込んだ。
ウラキ「ガトーおおおお!!」
ガトー「ウラキいいい!!!」
オデビー「ちょっと!私の3号機の出番は!?」