地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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 任期満了に伴い、先日解散された連邦議会総選挙について、北米自由弁護士協会と人権民主同盟、及び欧州評議会理事会などの21団体は、宇宙世紀憲章および連邦基本法に定められた一票の格差に反する違憲行為であるとして、選挙の差し止めを求め、連邦憲法裁判所に提訴しました。

 原告代表である自由弁護士協会の……副会長は

「地球圏全体で生じた、大規模な人口減少と難民の発生。気候変動の拡大に伴う、居住可能地域の減少。にも拘らず、今回の選挙は、大戦前の国勢調査に基づく有権者名簿により強行されようとしている」
「各地の混乱を理由に国勢調査が行われていないことは、一票の格差を肯定する理由にはならない。今回の選挙は、もはや選挙の名前に値しない」

 こう述べた上で、早期の国勢調査実施と、総選挙の延期を求めました。

 集団提訴を受け、最高行政会議の……法務委員長は声明を発表しました。法務委員長は「選挙の正統性に関しては、一転の曇りも存在しない」としており、全面的に争う姿勢です。

 現段階では、選挙戦に及ぼす影響は見通せませんが、オセアニアの旧シドニー選挙区など、明らかに居住実態が疑わしい幾つかの選挙区に関して、選挙の差し止め命令が下されるのではないかという懸念が出ています……

- リベリオン・ニュース (11月6日) -


宇宙世紀0083年11月6日-8日 旧ニューヤーク市街 再開発地区~旧サイド5宙域・ペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』

 地球連邦政府に「連邦首相」や「連邦大統領」という名前の役職は存在しない。

 

 連邦政府の最高意思決定機関は連邦最高行政会議である。ゆえに、この議長職にある人物を「連邦政府首相」と呼称する報道や文献は多い。また名誉職ではあるが、連邦加盟国の国家元首が輪番で就任する連邦加盟国評議会の議長職を指して「連邦大統領」と記述する事が一般化されて久しい。

 

 つまり、正式名称ではなく通称に過ぎない。

 

 過去にも同様の事例は見られる。中世期の国民国家全盛時代において、大英帝国の行政府の長は財務第一卿、第3共和制フランスやイタリアでは閣僚評議会議長であり、ジャパンやチャイナの最後の王朝である清末期においては内閣総理大臣であった。これらの役職はすべて「首相」と呼称しても間違いではないが、必ずしも正確ではない。

 

 ということで連邦首相の正式名称は「地球連邦最高行政会議議長」であり、連邦大統領は「地球連邦加盟国評議会議長」である。

 

 ラプラス事件後の建国動乱期には、あえて正式名称で呼ぶことが一種の政治的な意味合いを持っていた。初代の連邦最高行政会議議長であるリカルド・マーセナスは、連邦政府への権限集中を目指す連邦派(統一派)を政治基盤としていた。既存の国民国家の連邦政府への完全統合を目指していたマーセナスは、意図的に連邦首相や連邦大統領という短い通称を使用する事で、統合を既成事実化しようとした。これに反対する反連邦派-国民国家の伝統的な役割を重視していた議会右派勢力は、長ったらしい正式名称を好んだ。

 ラプラス事件も、近代の政治事件から歴史上の出来事になりつつある。連邦首相や連邦大統領の通称使用に誰も疑問をもたないことが、その証左だろう。

 

 北米州東部地区選出の連邦中央議会(上院)議員であるローナン・マーセナスも、その1人である。

 

 姓名からわかるように、この体躯豊かな白人男性は、初代連邦首相を高祖父にもつ連邦屈指の名門マーセナス家の出身である。連邦派の領袖であった高祖父の政治的見識を誇るかと思えば「所詮はその程度の話を、大げさに問題にしていただけ」とにべもない。

 

 数十億人の生命が永遠に失われた今、政治の為すべき事は何か。それは過去の先達の成功体験に縋ることや、将来の夢想を語ることではない。今を生きる国民にパンを与えること。それが政治家としてのローナンの結論であった。

 

 旧ニューヤーク市。かつて超大国を支えた経済の心臓部であり、連邦政府の重要官庁が軒を連ねていたことから「眠ることのない都市」と呼ばれた政治都市。ここは先の大戦においてジオンの最優先攻撃対象となり、街全体が廃墟と化した。現在では、おびただしい瓦礫の山は完全に撤去された。連邦政府関連の建物跡地では、昼夜を問わず工事が続いている。

 

 奇跡的に破壊を免れた高級ホテルの最上階。ローナンは蘇りつつある「眠ることのない都市」の光景を眼下に見ながら、傍らに立つ老人に語る。

 

「突拍子もない奇策を実行したわけではありません。職を与え、生計を立てさせ、経済的な自活を目指す。基本に忠実に、かつ着実に。私共が何かした事があるとすれば、当たり前のことを徹底して実行したことに尽きます」

「議員はそう仰るが、それが最も困難なことなのですよ」

 

 ローナンと並びながら旧ニューヤーク市街を眺めていた老人、安全保障担当の連邦首相補佐官であるゴップ予備役元帥は、あるのかないのかわからない太く短い首を、亀のように竦めた。

 

「現在の地球圏において、最も貴重な資源であり資産は人間であるという現実を、マーセナス議員は理解しておいでのようだ」

 

 そう続けたゴップは、喉の奥から押しつぶしたような笑い声を漏らす。

 

 中世期スペインのキュビスムの創始者であるパブロ・ピカソ*1に匹敵するほどの長い本名を持つ老人は、マーセナス家を遥かにしのぐ長い歴史を有する南米の名家出身である。中世紀より続く彼の一族には、現役の南米の共和国大統領や連邦議員にも多数いるが、単に「ゴップ元帥」と言えば、この老人のことを指す。

 

 細い眉毛に眠たげな目元。下向きの鼻と下膨れの頬に、残り少なくなった白髪を、整髪剤によりオールバックに撫で付けている。短い手足に膨らんだ胴体は、バルーンに手足がついていると表現した方が正確かもしれない。まるで似合っていない紺色のダブルスーツも、軍人時代よりも突き出た腹を隠すという役割は果たせていないようだ。

 

 愛煙家の老人から漂う葉巻の香りに顔を顰めながら、ローナンはゴップの発言が自分に対する率直な評価であることを認識して続けた。

 

「破壊は一瞬ですが、創造はそれに倍する時間と資本、そして人が必要です。ジオンは……いや、ギレンは天才的な破壊者でしたが、統治者としての実績を上げる前に落命しました。より率直に申し上げれば、ジオンにはマ・クベはいても、閣下はいなかった」

 

 見え透いた世辞にも聞こえるが、ローナンからすれば事実を述べているに過ぎない。ゴップの前職は、制服組トップである統合参謀本部議長。崩壊寸前の連邦軍を短期間のうちに立て直し、勝利に導いた軍政家。かの謹厳なレビル将軍をして、親しみと揶揄を込めて「ジャブローのモグラ」と言わしめた妖怪である。

 

 笑っているのか不機嫌なのか、親しい人間にすら本心を明かさない狡猾な用心深さと、それを感じさせない俗人としての社交性。相反する要素を奇妙に調和させているゴップは、眠たげにも見える眼で視線だけをローナンによこすと、そのふてぶてしい態度とは裏腹の返答をした。

 

「かのマーセナス家の嫡男に、閣下と呼ばれるのは実に擽ったいですな」

 

 三日月型に吊り上がった大きな口を動かして話す様は、蛙が獲物を丸飲みするかのようだ。異相と表現するに他はなく、老人を知るものであれば同意することだろうが、むしろ自分の容姿ですらも相手の感情を一方的に引き出す手段のために演出している可能性もあると、ローナンは内心毒づいた。

 

「お戯れを。閣下は連邦軍を勝利に導いた最大の功労者ではありませんか」

 

 英雄ではなく功労者、連邦政府ではなく連邦軍という言葉を意図的に選択することで、ローナンは老元帥の功績を讃える。

 

「犬は走る、魚は泳いて、鳥は飛ぶ。同じくモグラには、モグラのやり方というものがあるだけのこと。レビルには、それが気に入らなかったようだがね」

 

 老元帥の回答には政治的な機微に触れるものが含まれており、ローナンは苦笑と共に首を僅かに傾げるだけで応じた。

 

 ミノフスキー粒子を使用した戦闘と軌道会戦による衛星網の破壊は、地球連邦軍が誇るデータ通信リンクにより高度に統一された命令指揮系統と、それを支えた後方兵站システムを破壊する。地球侵攻作戦が実施されても、連邦軍は全く対処出来ないまま戦線を後退させるだけであった。

 

 かくして更迭された前任者に代わり、統合参謀本部議長に就いたのがゴップである。主流派ではない技術開発部門出身という異色の経歴を不安視する声を、ゴップは瞬く間に一掃する。限られた人員を効率的に運用することで、戦時においても平時と全く代わりない管理能力を発揮。「大撤退」により戦線を立て直しながら、国家総動員体制に移行。なおかつ新たな兵站システムを構築するという離れ業を成し遂げた。

 

 日々刻々と変化する地球圏全体の戦局に対応しつつ、戦力再編を行い、連邦軍施政下の経済や内政の実情を踏まえた上で、必要な場所に必要なだけの人員と物資と金を確実に手当てをする。言葉で表現すると、簡単に聞こえる。それが、実際にはどれほど困難なことであったか。北米復興委員会の長として陣頭指揮を執り、連邦中央議会の首都問題委員会の委員長として、旧セネガルのダカール遷都計画を推進するローナンであるが、多忙を極める現在の自分でも、当時の元帥とは比べることすらおこがましいだろう。

 

 ゴップに対する批判としては、レビル将軍のV作戦に関して否定的であった事を理由に上げる軍事専門家が多い。とはいえロジスティクスを預かる責任者として、既存の兵器体系からかけ離れた新兵器の開発生産から人員教育に運用まで、数ヶ月単位で一挙に推し進しようという、無謀を通り越して無茶苦茶な要求に、ゴップの立場で簡単に承認を出せるわけもない。

 

 最終的にV作戦が了承されると、ゴップは既存兵器の運用重視を求める声を抑え、モビルスーツの運用を前提としたロジスティクス再編に取り組んでいる。当初のMSに対する懐疑姿勢が針小棒大に語られている訳だが、ローナンの見るところ、やはり思うところはあるらしい。

 

「レビルは常にトップを走り続けてきた男だった。士官学校でも大学校でも、軍の出世競争でも。他人に厳しく、自分自身には更に厳しい。軍人のままならば、それでよかったのだろうが」

「将軍の遭難がなければ、現在のような連邦軍の混乱は避けられたと?」

「議員にとっては、憂慮すべき事態になっていたかもしれませんな」

 

 ジャブローの連邦政府臨時政府の判断を待たずに、レビルが独断で決定したデギン・ゾド・ザビ公王の降伏受け入れ。今もなお、その真意をめぐる論争は絶えない。事実上、連邦政府の戦争指導を主導していたとはいえ、ジャブローの臨時政府を差し置いての決断である。現場の独断という範疇で語れるものではない。

 

「……閣下、私にも立場というものがあるので」

 

 ローナンは不愉快だという感情を、声と表情に滲ませる。連邦政府の軍事政権下、いや連邦軍の政治勢力化か。老元帥の発言は、連邦議員として許容出来る一線を越えていた。

 

「あくまで可能性の話です」

 

 ゴップは声だけで笑いながら、親しげにローナンの背中を叩く。

 

「閣下に議員としての立場がお在りのように、私にも大戦中の連邦軍高官であったという立場があるわけです……ソーラ・レイに焼かれるまでの連邦軍総司令官としてのレビルの評価ならともかく、それ以上の仮定の話には答えられませんな」

 

 老人の面の皮の厚さは、目の前のホテルの強化ガラス、あるいは本人の腹の贅肉よりも分厚いかもしれない。これ以上、無意味な労力を費やすことを止めると、ローナンは室内に響く工事作業の音を聞きながら、本題を切り出した。

 

「議会において、観艦式の実施を見送るべきだという意見が強まりつつあります。これまでは上院国防委員会の野党委員が中心でしたが、今では与党会派に所属する議員からも賛同する意見が」

「それはまた、随分と虫のいい話ですな」

 

 支持率低迷にあえぐ与党会派の国防族が、観艦式を政治利用しようとしていたのは周知の事実。この老人らしからぬ直接的な皮肉に対して、ローナンはたじろぐことなく「観艦式に関する臨時補正予算を審議していた昨年とは、まるでは状況が異なりますからな」と語り、そして続けた。

 

「電波ジャックは無視出来たとしても、ジオン残党軍が使用可能な核兵器を確保しているという事実を無視する事は不可能です。宇宙艦隊の集まる観艦式が格好の襲撃対象になる可能性は、子供にも思い付くでしょう」

「議会はともかく、御自身はどのようにお考えなのか?」

 

 腹の底で「質問に質問を返すなと」詰りながら、ローナンは「素人の見解としてお聞きください」と前置きする。

 

「不必要なリスクを冒す必要はないでしょう。補佐官は一週間戦争において、連邦艦隊に壊滅的被害を与えたのは核兵器であるという事実。よもやお忘れではありますまいな」

「そこまで呆けてはいないつもりですがね」

 

 ゴップはただでさえ細い目を更に細め、ローナンを見据えた。

 

「連邦議会の意向と、議員の御意見は理解しました。ですが安全保障担当の補佐官として、これだけは言わせていただく。観艦式の中止は連邦軍がテロリストに屈したという、謝ったメッセージを内外に発信しかねない。その危険性を、議会は過小評価しておられるのでは?」

「議員達の意図がどうであれ……」

 

 妙に呼吸を苦しく感じたローナンは、右手でネクタイを緩めた。

 

「戦術核弾頭を搭載したガンダム試作2号機が、観艦式を標的にしないと考える方が不自然でしょう。政治的にも軍事的にも、これ以上に効果的な攻撃対象はありません。サイド3やルナツーを襲撃する可能性もあるでしょうが、仮に成功したとしても、政治的な意味合いはともかく、軍事的なインパクトは小さい」

「ア・バオア・クーはどうですかな?」

「狂信者の考えなど理解出来ませんし、するつもりもありません。ですが、あの『観光地』を破壊したとしても、宇宙の笑いものになるだけ。その程度の事はザビ家の狂信者にも理解出来るかと」

 

 ゴップは深く大きく頷くと、ポケットに手を入れ何かを取り出そうとする仕草をした。そしてローナンが有名な嫌煙家であることを思い出したらしく、途中でそれを止めた。

 

「議員の御指摘は正しい。統合参謀本部も宇宙艦隊作戦本部も、観艦式観閲官のワイアット大将も同じ考えのようです。試作2号機が攻撃するとすれば、観艦式をおいて他にはない」

「……軍は、攻撃の危険性を回避するよりも、自分達の面子を優先するというのですか」

「政治家が、選挙を優先するのと同じことですよ」

 

 ぬめりとしたカエルのような表情で、ゴップは批判を青臭い正義感だと言わんばかりに切って捨てた。

 

「勘違いをしてもらっては困りますが、連邦軍は戦前も戦中も、そして戦後も、一貫してジオン軍を上回っておりました。デラーズの艦隊が他の残存兵を統合したところで、連邦宇宙軍の正規艦隊を、質はともかく量において上回ることはないでしょう」

「それは私も承知しております。だからこそ観艦式を中止して、暗礁宙域にローラー作戦でも仕掛けたほうが確実ではないかと申し上げているのです」

 

 意図してゆったりと話すゴップを遮るようにして、ローナンは自説を続けた。

 

「議会としても私個人としても、連邦軍がジオン残党のテロ活動への対処に苦慮していることは承知しています。その上で、あえて危険性が高まった観艦式を強硬する軍事的合理性があるのかと、私は問うているのです」

 

 ゴップはローナンの指摘に耳を傾けている。先程までの雄弁さが嘘のようだが、相変わらず何を考えているのかはわからない。

 

「先程、補佐官は観艦式の中止が、誤ったメッセージを与える危険性を指摘された。確かに残党軍の勢力は、連邦軍の一個艦隊に及ばないのでしょう。ですが先の大戦でも同じだったとは、先に補佐官が述べられた通りです……教えて頂きたい。軍は、何を焦ってるのですか?」

 

 ゴップは相変わらず沈黙を保ったまま、市街地を見下ろしている。沈黙と世間話を織り交ぜるのが老人のスタイルである事を知るローナンは、老元帥の大きな口が再び開くのを辛抱強く待った。

 

「焦っている者がいるとすれば、それはワイアット君でしょうな」

「コーウェン中将ではなく、ワイアット大将ですか?」

「ガンダムが一度や二度、強奪されたぐらいで開発責任者の首が飛んでいては、私やレビルは大戦中に何度辞めなければならなかったことか」

 

 ユーモアというにはあまりにも毒が強い内容にローナンは眉を寄せるが、老人は構わずに続ける。

 

「コーウェン君のプランでは、宇宙艦隊の大幅縮小は必須。これは正規艦隊に強いワイアット君と彼の派閥には受け入れられない」

 

 連邦宇宙軍は、宇宙開発で先行した旧米露の宇宙軍を母体として誕生した。この両国に加えて旧EU諸国および英国と英国連邦加盟国が、相当程度無理をして独自の宇宙軍を創設し、其々が正規艦隊のナンバーを与えられた。

 

 大戦初頭、大損害を受けた正規艦隊の再建計画が【ビンソン・プラン】である。V作戦に伴い、戦艦や巡洋艦の設計はMSとの統合運用を前提としたものに変更。艦内通信は有線主体に、火器も電波誘導を前提としない装備に積み替えられた。

 

 この再建計画を宇宙軍において推進したのが、旧英国連邦系勢力を基盤とするグリーン・ワイアット大将である。

 

 そもそも第2次世界大戦中のアメリカ合衆国の海軍増強計画と同様の名前を採用したように、同計画は宇宙軍の2大派閥であった米露の指導によるものであった。計画責任者はメキシコ出身で旧露派に属するティアンム中将、委員会事務局は旧アメリカ派が中心を占めている。

 

 その結果、旧英国系軍需企業を中核としたヴィックウェリントン社が製造したマゼラン級戦艦や、サラミス級巡洋艦が中核に位置づけられる一方、それ以外の欧州系多国籍軍需企業が製造していたレパント級ミサイルフリゲート、ネルソン級系空母、ノースポール級空母などは除外された。

 

 マゼラン級やサラミス級が中心となった理由は、艦船設計思想が既存のものより優れていた点、民需から軍需への大規模な製造ラインの転換が可能な点(艦船ドックで一貫生産しなくとも、部品を集めて組み立てれば完成する)が挙げられたが、欧州系軍需産業からすれば受け入れられるものではない。一方のワイアットは「連邦軍の勝利という至上命題のために、正規艦隊の質的強化を優先した」と主張したが、額面通りに受け取る軍人はいなかった。ワイアット派は再建された宇宙艦隊の中核を占める一方、旧合衆国閥とロシア閥に対する政治的な借しを作った。

 

 ところが終戦直前のレビル派(ロシア派)消滅と、それに続く欧州閥の復権によりワイアット派は苦境に立たされる。政治的には同じ保守派ながらもワイアットに恨み骨髄の欧州派は参謀本部に拠り、宇宙艦隊のワイアット派と対峙。ワイアットは残った旧アメリカ閥、つまりコーウェン派と連携することで劣勢を挽回しようとした。

 

 ところがコーウェン中将が提出した連邦軍再建は、宇宙艦隊削減を前提にしたコーウェン・プランである。コーウェンに協力することで配慮されると考えていたワイアットは「政治的な借りも返さずに、後ろから撃つのか」と激怒。コーウェンとしては軍事的な最適解を出しただけなのだが、ワイアットからすれば「融通の効かない男」となる。両者は噛み合わない議論を続け、連邦軍再建計画の議会可決により、ついに決裂する。

 

 一連の経緯を踏まえた上で、ゴップは語る。

 

「コーウェン君いわく、これからは非対称の戦争になるそうです」

「非対称、ですか」

「狼が巨大な牛を相手にするように、小数の反政府勢力やテロリストがあらゆる機会とタイミングを逃さず攻撃を仕掛け、こちらの失血死を狙う。結果的に治安が悪化し、人心が乱れれば、相手は戦略的勝利に繋げる……正確に言えば連邦の戦略的敗北ですが。つまり連邦建国初期に、分離独立主義者がよくやった手法ですな」

 

 確かに、それでは宇宙艦隊の活躍する場所はなさそうだ。ローナンは頷く。

 

 つい最近も連邦海軍のシンクタンクである戦略戦術研究所が、ソーラ・システムやソーラ・レイといった大量破壊兵器に対する正規艦隊の脆弱性を指摘した論文を発表したばかり。金食い虫の正規艦隊重視という従来のドクトリンに拘るワイアット派への風当たりは強まる一方だ。

 

 ローナンにもおぼろげながら、ワイアット大将とその派閥が観艦式開催に拘る理由が見えてきた。

 

「従来のドクトリンでも、テロリストへの対処や治安維持活動が可能であると証明したいわけですか」

「軍事的にいえば、コーウェン中将が正しいのだろう。そして派閥の長としてはワイアット君が正しい」

「あまりにも低俗過ぎるのはありませんか」

 

 思わず怒気混じりの本音が漏れたローナンであったが、ゴップは、その体格に似つかわしくない流線型の肩をすくめただけであった。

 

「一年戦争中は、こんな事が日常茶飯事でしたよ」

 

 ジャブローに逃げ込んだ臨時政府内部での主導権争い、国民が死に絶えた各サイドの亡命政府、地域経済の崩壊を防ぐためだけに株式取引が継続されたシドニー近辺の大企業……ゴップが何を指しているのかは明言しなかったが、ローナンにもいくつか思い当たるものはあった。

 

「連邦とジオン、アースノイドにスペースノイド、ニュータイプとオールドタイプ。次から次へと紛争の火種が出てくる……議員はご存知かな?ザビ家の息女を担ぐアステロイドのジオン残党軍の新指導者のことを」

「確か、16歳の少女だと聞きましたが?」

 

 ゴップは大きな口を皮肉げに歪めながら続けた。

 

「今は宇宙世紀のはずが、中世期の騎士の時代に戻ってしまったかのような感覚に陥りますな」

「それは、世襲議員である私への皮肉ですか」

「まさか。御覧なさい」

 

 ゴップは顎で窓の外をくいっと指す。戦車と見まごうばかりの大型トラックが絶え間なく道路を行きかい、人員を積んだバスが建設現場と宿舎を往復する。昼であろうと夜であろうと活気が絶えない光景は、今の地球では珍しい。

 

「この街の復興は貴方が作り出したもの。そして有権者が選んだのが貴方だ。民を経済的に自立させるという点で、貴方と民主主義はあらゆる独裁者より優れた実績を上げられている」

「……民主主義の勝利、ですか」

 

 老元帥の手放しの賞賛にも、風貌のみならずリベラルな政治信条においても高祖父と瓜二つとされる当代のマーセナス家の当主は固い表情を崩さない。「ジオンに勝利したのは、連邦政府ではなく連邦軍である」と揶揄されるように、政治的影響力を強める連邦軍に疑念の視線を向けるのは、ローナンばかりではない。

 

「補佐官が民主主義を信じておられるとは、正直なところ意外でしたな」

「官僚主義を是正する事が出来るのは、民主主義しかありませんからな。もっとも……」

 

 先の大戦における功労者は、肩をすくめたまま続けた。

 

「民主主義が、常に正解を導き出すとは限りませんがね」

 

 

 ローナン議員をホテルの玄関まで見送り自室に戻ったゴップは、壮年のアジア系の秘書官から、連邦議会総選挙に関する情勢報告を受けていた。

 

 ゴップは報告書の束を忙しく捲りながら、疑問点を秘書にぶつけていく。その間も、視線は絶えず左右して文字と数字を追い続ける。そして一通り目を通し終えると、ゴップはその眠たげな目頭を右手の親指で揉みながら呟いた。

 

「与党連合は厳しいな」

「既存政党は、現職や新人を問わず苦戦しています」

「であろうな。私とて、今の議長の名前を投票用紙に書くのが躊躇われる」

 

 ゴップは冗談とも本気ともつかない際どいジョークを口にした。

 

 地球連邦軍は反連邦世論や分離独立系の動向の調査をするため、独自の世論調査システムを構築している。その正確性には定評があり、例えば0053年のムンゾ自治政府の議会選挙において、移民してから1年たらずの元連邦下院議員のジオン・ズム・ダイクンが率いる独立派が「単独過半数による政権樹立」を宣言した時、既存のあらゆる調査会社が「ありえない」と否定したが、連邦軍の調査機関だけは「第1党は確実、単独過半数も濃厚」というレポートを提出していた。

 

 ゴップの手元にある報告書は、その世論調査機関によるもの。今月末の31日に予定される、地球連邦議会総選挙の情勢調査である。

 

 先の大戦中に行われるはずだった0079年総選挙は、特例法により1年延期された。そのため今回は1年前倒しで行われる。改選されるのは下院にあたる連邦議会議員の全議席と、上院である中央議会の改選議席である3分の1。

 

 大戦直後の前回は戦後復興が最大のテーマとなり、戦争指導の失敗を批判されながらも伝統的な政党-自由主義政党や保守政党、穏健な社会民主主義勢力などの会派が辛うじて多数派を占め、現在の与党連合である「2月12日連合」を形成する。

 

 ところがこの3年間、一部地域を除いて地球圏の治安は悪化し続け、戦後復興は後手に回った。全世界どころか地球圏全体が戦場となったのだから、ある程度は仕方のない側面もあったが、それで有権者が納得するわけがない。

 

 起死回生の一策として、現政権は宇宙艦隊による観艦式という一大軍事セレモニーに飛びついた。非対称の戦争における既存の宇宙艦隊の貢献を主張したいワイアット大将の提案に、保守派のアースノイドや退役軍人から支持を獲得したい政権の一部が結託した成果である。

 

 ゴップは一連の政治的な博打には飛びつかなかったが、首相補佐官として否定することもしなかった。案の定、対スペースノイド穏健派政党や財政規律を重視する議員が猛反発。7月に観艦式の実施が正式に発表された直後から、反対する政党や議員が次々と「2月12日同盟」からの離脱を表明し、たちまち議会はハング・パーラメント状態に陥った。

 

 情勢調査によれば、現在の与党連合に参加する政党には猛烈な逆風が吹き続けている。この期に及んで新党再編を目論んでいる議員もいると聞くが、すでに選挙戦が始まっている状況では、塹壕戦での蛸壺ではなく自らの墓穴を掘っているに等しい愚行だ。

 

 情勢調査で先行する政党や候補者名を見て、ゴップは深々と溜息をついた。

 

「やんちゃな連中に勢いがあるようだな」

 

 やんちゃというレベルではない。コロニー選挙区で「宇宙人を皆殺しにしろ」と訴える泡沫候補者がいるかと思えば、「アースノイドは知性が劣る劣等人種」と罵る北米選挙区の候補者が当選圏内に入っている始末である。あの南洋同盟が穏健派に見えるというのだから、相当なものだ。 

 

 右であれ左であれ過激思想を掲げる者ばかりが当選圏内にあっては、ゴップでなくとも溜息のひとつやふたつ漏らしたくもなる。

 

「南アジアやオセアニア、北米等では既存政党がその底堅さを見せております」

 

 秘書官が淡々とした口調でつづけた。

 

「旧ロシアやアフリカ全域では、新興勢力についで2番手か3番手、特に欧州では壊滅的です」

「過激な環境政党か」

 

 政党名やスローガンこそ多種多様だが、欧州の環境政党は先のコロニー落しで悪化した地球環境に危機感を持つ勢力から支持を集め、既存の左派系政党に飽き足らない有権者や保守派からも票を集めている。予想によれば議会第3勢力への躍進は確実とされているが、更なる上積みも見込まれると結論付けられている。

 

 ゴップは思考を巡らせながら、懐中から愛用のレザー製のシガーケースを取り出した。

 

「随分と無理をする」

 

 昨日や今日の新興政党に、欧州の全選挙区に候補者を立てる組織や資金があるわけがない。大陸復興公社総裁ともなれば、無理に資金を流用しなくとも復興事業という形で合法的に資金を流せるのだろうが、肝心の本人は叩いても埃一つ出ないときている。なるほど。あのコリニーが金庫番として重宝するだけのことはある。

 

 軍とは自己完結の組織である。必要な条件さえそろえば、なんでも自前でやれるだけの組織と人材がある。だからこそ、「軍政」なるものが歴史的に成り立った。財務委員会に限った話ではないが、多くの官庁は癒着や軍閥政治と批判されながらも、組織存続のために連邦軍との関係性を強めている。

 

 主計畑の鼻つまみものとして予備役に追いやられた将官が、一年戦争という未曾有の大戦の中でカミソリとしての辣腕を振るう機会が与えられた。統合作戦本部議長時代のゴップも、大いに助けられたものだ。

 

 財務委員会と連邦宇宙軍を繋ぐキーパーソンに上り詰めた63歳の准将。遅咲きかもしれないが、選挙結果次第では……

 

 ゴップは禿鷲のような、かの御仁の風貌を思い浮かべながら、手馴れた仕草でシガーカッターで吸い口を切り落とした。そのまま秘書官にライターで火をつけさせ、一度息を吐いてから、煙を軽くふかす。

 

「如何なされますか」

 

 秘書官の問いかけに、ゴップはしばらく煙を燻らせてから答えた。

 

「最低限、連邦軍本部のある南米を確保出来れば、問題はない。過激な意見が横行する政治状況だからこそ、私のようなものを必要とする人間は多いだろうからな」

 

 大まかな方針に基づき秘書官に具体的な対応を指示してからも、ゴップは思考を続ける。

 

 組織とは、つまるところ人である。働き盛りが死んで、生き残ったのは経験のない若手と、自分のような生き残りに長けた年寄りばかり。なるほど、これで連邦軍が歪まないわけがない。

 

「アクシズの先遣艦隊は、今どこか?」

「まもなく地球圏に到着する予定です。参謀本部の諜報部によれば、観艦式と同じ10日前後と見ているようですが……16歳の娘としては、随分と大胆な決断をしますね」

 

 打てば響く様に疑問に応じていた秘書官が、初めて自分の感想を口にした。

 

「戦争と売春では、素人のほうが恐ろしいという言葉もある」

 

 葉巻を吸うゴップは、表面上はいつもの表情を崩さなかったが、秘書官の面前であるため舌打ちを堪えた。

 

 彼の言動に苛立ちを覚えたからではない。政府や連邦議会のみならず、連邦軍ですらアクシズの軍事行動に対する危機感がまるでない。それに呆れ果てているのだ。

 

 連邦艦隊の偉容を見せ付けるだけでスペースノイドがひれ伏すのなら、ザビ家は独立戦争など仕掛けることはなかった。当の昔にジオン残党軍は連邦軍に降伏し、地球圏は平和になっていただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 グリーン・ワイアットは、明日からでも軍大学校で授業が出来るほどに、古今東西の歴史や戦史に精通した正統派の戦略家であり、豊富な研究と実証に基づいた戦術思想を解する能力がある。そして派閥の長として必要な政治力と決断力も持ち合わせている。

 

 そして、彼に欠けている点があるとすれば、まさにそこなのだ。「非対称戦争の本質をワイアット閣下は理解しておられない」と批判したコーウェン中将は、その意味においては正しい。

 

 アクシズの先遣艦隊といっても、その数は連邦宇宙軍の正規艦隊の分艦隊と同じか、それ以下の規模であると報告を受けている。だからこそ、ワイアットを始め現在の連邦宇宙軍首脳部は、アクシズの行動を直接的な脅威とは見なしていない。それどころかデラーズ艦隊の殲滅を見せ付ければ、アクシズが降伏すると考える向きすらある。

 

 だが、観艦式を威力偵察するだけなら、艦隊は必要ない。

 

 正面からの艦隊同士の殴り合いならば、ワイアットは万が一にも負けることはないだろう。「正規戦しか出来ない」という批判は、ワイアット自身が誰よりも自覚しており、むしろ策士たらんと振舞っているとも聞く。

 

 しかし、ワイアットの本質は、彼自身が自覚しているように連邦宇宙軍でも数少なくなった正統派の艦隊司令官であって、謀略家ではない。

 

 マクファティ・ティアンム、ヴォルフガング・ワッケイン、そしてヨハン・イブラヒム・レビル。彼等は死んだ。

 

 そしてジョン・コーウェンは、この事態がどう決着するにしても、人身御供として詰め腹を切ってもらうことになるだろう。

 

 さて、あの鼻持ちならないイギリス人は生き残れるであろうか?

 

 精々、お手並み拝見といこうか。

 

「それと閣下。コンペイトウ鎮守府から報告が。暗礁宙域の捜索活動に従事している『アルビオン』なのですが……」

 

 ゴップが再び葉巻をふかすために息を吸おうとした時を見計らったかのように、秘書官が新たな報告を始めた。

 

「増援部隊として、バスク分艦隊が加わったようです」

 

 ゴップは盛大にむせた。

 

 

「バーミンガム?観閲艦のバーミンガムだと?」

『識別信号と大将旗を確認しました。間違いありません』

 

 暗礁宙域の捜索を開始してから3日目の11月8日。バニング大尉が直接指揮する捜索部隊のウラキ小尉からの報告に、シナプス艦長は間違いではないのかと再度の確認と報告を求める。そしてウラキ少尉による再度の確認、およびバニングからも同じ報告が届いたことで、シナプスは再び首をかしげた。

 

 ルナツー方面軍第2艦隊旗艦の『バーミンガム』は、今回の観閲式において連邦政府、及びジャブローの連邦軍本部に任命された観閲官のグリーン・ワイアット大将が乗艦する新型大型戦艦である。連邦軍広報局の発表によれば、連邦宇宙軍は観艦式終了後に『バーミンガム』旗艦として艦隊を再編し、暗礁宙域におけるデラーズ艦隊掃討作戦を開始するということだ。

 

 その『バーミンガム』が護衛艦艇も連れず、単艦で暗礁宙域付近を航行している。大将旗を掲げているということは、ワイアット大将が乗艦しているということ。この忙しい時に余計な仕事を増やすとは……あまりにも不用意な観閲官の行動に、シナプスは舌打ちをしたくなった。かといって、このまま看過するわけにもいかない。

 

「シナプス司令。よいかね」

 

 シナプスが対応を命じようとしたまさにその時。艦長席の右斜め真下に仁王立ちしていた巨漢が発言を求めた。

 

「バスク少将……何か?」

「うむ」

 

 肌がひりつくような緊張感に満たされた『アルビオン』の艦橋において、唯一の例外であるバスク・オム少将は鷹揚に頷いた。

 

 バスクは事前に宣言した通り、捜索活動に関する指揮権をシナプスに一任している。それはいいのだが、この存在自体が暑苦しい客人の存在は、シナプスには別の意味で悩みの種だ。

 

 一般的には長身に分類されるシナプス大佐より頭一つ背が大きいバスクは、体躯は無論のこと、声は大きく、態度はさらに大きい。数ブロック離れていても、どこにいるのか一目瞭然。

 

 困ったことに、この高貴なる客人は休憩時間になる毎にお手製の洋菓子を作っては『アルビオン』のクルーを見つけ次第片っ端から振舞うという、何とも困った奇行を繰り返していた。聞けば『ツーロン』でも同じことをして、艦長のチャン・ヤー直々に「部下が怯えるからやめてください」と言われたそうである。

 

 その細かく口うるさい性格で『アルビオン』のクルーのみならず派遣艦隊の中でも平等に嫌われていたジャマイカン准将は上官の奇行を止めるどころか、その几帳面な性格で大雑把な感覚派のバスクを見事に補佐していた。

 

 菓子作りの話である。

 

(こいつら、自分達の趣味に没頭したいだけではないのか?)

 

 当初に抱いていた疑念を確信へと強めつつあるシナプスだが、軍隊組織において階級は絶対。それも戦時英雄であり、生身で人間の腕を握りつぶす事が出来る将官の私的な趣味を頭から否定する事は、普通の軍人であれば難しい。

 

 だからこそ引きつった笑みで洋菓子を食べる同僚を尻目に「毒でも入ってるんじゃねえですかい?」と正面から毒づいたMSパイロットのベルナルド・モンシア中尉は、軍人としても男としても株を大いに上げた。

 

 もっとも、その回答がお気に召したのかどうかは定かではないが、凶悪な笑みを浮かべたバスクが「この手で絞めた方がはやいだろう」と言いながら丸太のような太い腕を首に回した瞬間、情けない悲鳴を上げて逃げ去ったそうだが。

 

 パワハラの申し立てをするべきか否か、真剣に考慮し始めているシナプスの内心を知る由もないバスクは、続けて発言した。

 

「あの戦艦に関しては、私が報告を受けているので問題ない。あの艦は存在しないものと考えてもらいたい」

「は?」

 

 シナプスは目の前の巨漢の言わんとすることが理解出来ず、重ねて説明を求めた。

 

「ですが少将。ウラキ中尉の報告では『バーミンガム』には観閲官の大将旗が掲げられているとのことですが」

「シナプス大佐。私は今、問題がないと発言した。それ以上のことは貴官が知る必要はないし、知るべきではない。これはきわめて高度な政治問題なのだ」

 

 ここまで明確に断言されては、いかにシナプスであるとも察しはつく。

 

「……この期に及んで、軍内部の政治案件ですか」

「貴様!言葉を慎め!」

 

 上官の言葉に対してあからさまに露骨に眉間にしわを寄せたシナプス大佐に「お菓子な参謀長」と陰口を叩かれているダニンガン准将が激高するが、バスクが肩に手を置いて引き下がらせた。

 

「え、ちょ、うわっひゃあ!」

 

 ……というより引き倒されたといったほうが正確か。奇声を上げてジャマイカンがひっくり返るが、バスクはそれに構わず、憤るシナプスと正面からゴーグル越しに視線を合わせた。

 

「貴官が不快に感じる理由もわかる。しかしジオン残党は明らかに核兵器を奪取し、使用した後の作戦計画に基づいて動いているというのがコンペイトウ鎮守府の見解である」

「それはつまり、核攻撃を前提とした……」

「シナプス大佐。これ以上はここで話すことではないと思うが」

 

 クルーたちの表情を確認したシナプスは、バスク少将と連れ立って艦橋を出る。視線でそれを追おうとするブリッジクルーを、ダニンガン准将がわざとらしく咳払いをして注意を促す。

 

 

 2人が艦橋に戻ったのはおよそ10分後のことであった。

 

 いつものようにゴーグルで表情のわからない少将の横を通り抜けたシナプス大佐は、険しい表情のまま自席に戻る。

 

「艦長、バニング大尉より重ねて対応を問う入電がありますが」

「シモン軍曹、全艦に通達」

 

 シナプスははっきりとした固い口調で、命令を続けた。

 

「艦隊は現状で停止、捜索活動を一時中断し艦載MSを引き上げさせろ。あと対空監視を厳にするように。パサロフ大尉、本艦も同様だ……バニング大尉に命令、直ちに部隊をアルビオンに撤収。復唱は不要」

「か、艦長?」

「命令が聞こえんのか!」

 

 操舵手のパサロフ大尉が訝しげに艦長席を伺うが、シナプス大佐の一喝に慌ててブリッジクルーは命令を実行に移し始める。

 

 キャプテン・シートに向かって小さく頭を下げるバスク少将の姿を見たのは、ジャマイカン准将だけであった。

*1
パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ




・ローナン・マーセナス。原作開始が96年で52歳、83年時点で39歳です。
・ジャミトフの年齢は士官学校同期というAEのメラニー会長とあわせましたが、63歳で准将って、お世辞にも出世早くないよなぁ

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