この戦闘により、旧サイド5宙域で警戒活動に当たっていた第3艦隊およびコンペイトウ駐留艦隊に甚大な被害が出た模様です。また未確認の情報ではありますが、同宙域における戦闘の中で核弾頭が使用されたとの報道があります。
デラーズ・フリートは10月31日に行った電波ジャックにおいて、「連邦軍が開発した核弾頭搭載機を奪取した」と主張しています。現段階では同機体と今回の核攻撃との関連性は不明のままです。
一連の報道に関して、連邦宇宙軍広報部は事実関係に関するコメントを現段階で拒否していますが、複数の関係者は取材に対して観閲式典の中止を明らかにしました。観閲官であるグリーン・ワイアット連邦宇宙軍大将のコメントは、まだ発表されていません。
観艦式典が中止されたことを受け、連邦議会の野党会派は共同で、閉会中審査と真相究明のための特別委員会設置を求めました。
野党側の要求に対して与党会派「2月12日同盟」の代表院内総務であるブレックス・フォーラ代議士(グラナダ7区選出)は「現在、連邦軍と残党軍との戦闘が継続中であり、解決の見通しがないままでは開催は難しい」として提案を拒否する一方、代案として秘密委員会の設置を野党側に提案しました。
秘密委員会の提案に対して野党会派の院内総務代表は「真相究明を妨げ、軍の責任を矮小化するもの」として、反発を強めています…
- 欧州連合通信社のニュース報道 11月10日 -
観艦式典を襲撃した試作ガンダム2号機を『アルビオン』のMS部隊が撃破したことにより、共同任務部隊は解散となる。バスク分艦隊は今後の方針を話し合うため、艦隊司令部要員と主だった将官を旗艦の『ツーロン』に召集した。
「コーウェン将軍が拘束された。ジャブローの連中は他人に責任を押し付ける時だけは行動が早くなると見える」
16:00から始まった会議の冒頭、秘書官から報告を聞いた艦隊司令のバスク・オム少将は、さながら呼吸するかのような自然さで放言と暴言を決める。すかさずバスクの右脇に控えるジャマイカン・ダニンガン准将が咳払いをして、無言のまま出席者を見渡して「他言無用である」と念を押した。
幕僚の反応は、大きく2つに分かれた。
お世辞にも上品とは言えない笑い声や冷笑でバスクの発言に好意的に応じているのは、旧エイノー艦隊出身者である。
全滅した部隊を除けば、連邦宇宙軍において最も損耗率の激しい艦隊と呼ばれた旧地球衛星軌道艦隊の彼らは、反骨精神と闘争を自らの生きがいとしており、特に上層部批判を大好物としている。
そんな彼らは、司令官の発言に対しても「もっと言え」と煽り立てんばかりだ。
対照的にバスクとは旧エイノー艦隊時代からの付き合いでありながら、堅物の良識派として知られる副司令のペデルセン大佐とその一派は、見苦しい振る舞いを続ける上層部に対する批判よりも、旧エイノー艦隊流の言動に対する不快感が上回ったらしい。
彼らは一様に、その表情と態度に旧エイノー艦隊出身者への不快感を滲ませていた。
この中では最も少数派であるルナツーからの出向組であるチャン・ヤー中佐(ツーロン艦長代理)などの、旧エイノー艦隊流の流儀に慣れていない外様組は、あまりにもギスギスとした会議室の空気に困惑した表情を浮かべている。
そしてそのどれにも当てはまらず、区別なく冷ややかな眼差しで幕僚らを見渡しているのが、艦隊参謀長のジャマイカンだ。
ジャマイカンは旧エイノー艦隊出身者に数えられるが、元々はルナツー鎮守府の幕僚出身であり、本人が全く望んでいないバスクとの個人的関係で所属している(させられている)だけであって、旧地球衛星軌道艦隊出身者とは不仲であった。
というよりも彼には私的な範囲に拡大したとしても、親しいと言える人間がいるかどうか甚だしく疑問であり、それを全く苦にしないという狷介な性格なのだが、それは置いておく。
ともかく勇猛果敢さと損傷率の激しさ、そして上層部批判を辞さない気風から、司令官である「ハゲタカ・エイノー」ことブライアン・エイノーの名前をとってエイノー艦隊と呼ばれた艦隊には、一年戦争緒戦の激戦を生き延びた有能な軍艦乗りが集まっていた。
同時に艦隊司令であったエイノーを含めて、ジオンへの復讐に燃える過激な意見が主流を占めていた。
ジャマイカンを知る多くの同僚は首をかしげるだろうが、自分自身を常識人であると位置付ける彼が、この地獄のような職場環境で公私ともに苦労したのは客観的な事実だ。
そのため戦後に衛星軌道艦隊が再建され、エイノーが士官学校副校長に「栄転」する事が決まると、ジャマイカンは内心喜んだ。これでバスクとの縁が切れると考えたからである。
ところがここで、予期せぬ横やりが入る。
大戦における知名度と功績のあるエイノー艦隊の消失を惜しんだルナツー鎮守府司令長官のダグラス・ベーダー大将が、自ら身元引き受け人に名乗りをあげたのだ。
結果、エイノー艦隊は「バスク分艦隊」として、規模を縮小しながらも存続が認められた。
ジャマイカン・ダニンガン「准将」は、当然のように新艦隊でも参謀長に起用された。
ジャマイカン本人には将官への昇進の喜びなど何処にもなかった。自分の意思や意見が全く考慮されなかったからである。
このようにバスクとの腐れ縁に辟易としていたジャマイカンであったが、この人物は同時に自分自身が他人にどのように思われているかについても、全く無頓着であった。敵を作り続けても平気と言わんばかりの言動は、第三者からすれば似た者同士と言われた事だろう。
そして人事部からすれば、このようなジャマイカンの気質は、有能な危険思想の集団に対するお目付け役として「適任」という事になる。
知らぬは本人ばかりなりだ。
ジャマイカン参謀長は、いつものように必要以上に威圧的かつ、他人を不愉快にさせる口調で話し始めた。
「事態収集後に予想される責任追及への人身御供としてコーウェン将軍を拘束し、衛星軌道艦隊を中心とする旧アメリカ宇宙軍閥を粛清するということだろう」
「既に戦後処理の話ですか。気の早い話ですな」
「その言い方はなんだ!」
政治嫌いのペデルセン大佐が忌々しげに吐き捨てると、ぺデルセン派とは犬猿の仲である旧エイノー艦隊出身の作戦参謀や後方参謀が、上官にも関わらず公然と噛みついた。
旧エイノー艦隊出身者からすれば、上層部批判と受け取られかねない発言内容や、その是非は問題ではない。むしろ彼らに同じ質問をぶつければ、殆ど同様の見解が返されるであろう。
彼らにとっての問題とは、自分の気に入らない相手に噛みつける状況であるか否か。それだけが重要なのだ。
こんな状況についていけるはずもなく、ただ目を白黒させるばかりのチャン・ヤーらルナツー組を尻目に、ジャマイカンの額に青筋が走った。
「貴様ら黙らんか!!」
人事部が彼に期待する「能力のある過激思想の持ち主という、最も手に負えない連中のお目付け役」という役回りを本人がどう考えているかは知る由もないが、ジャマイカンはその小姑根性を存分に発揮して、引き続き何の効果も見られない綱紀粛正に人一倍熱心に取り組んでいた。
もっとも「コック帽ヘッド」(ジャマイカンのあだ名)の叱責程度で大人しくなるような連中ではない。
「政治的な意見が言いたければ、今着ている軍服を脱いでからにしたまえ」
「会議においては自由な言論こそ勝利への近道であると、エイノー提督は常々おっしゃっていましたが?」
「副参謀長、今は戦時だ。時と場合を弁えよ」
「なるほど。ジャブローの決定は時と場合をわきまえた対応というわけなのですな」
ジャマイカンとは対照的に顔の丸い旧エイノー派の副参謀長がそう茶化しながら反論すると、司令部要員の半分から、からかい混じりの笑い声が巻き起こった。
再び「コック帽ヘッド」が朱に染まるよりも前に、諸悪の根源であるバスクが再度口を開いた。
「参謀長の指摘した理由の他に付け加える点があるとするなら、命令指揮系統の一本化だろう。エイノー提督の栄転後、衛星軌道艦隊は元のパトロールが主要任務となり、人事も派閥の縦割りに戻った。おそらくジャブローは、現行の体制では不測の事態に対応出来ないと考えたのだろう」
「不測の事態とは、艦隊司令はまだ何か起きるとお考えなのですか」
定年間近である白髪の法務部長は、面倒ごとにはこれ以上巻き込まれたくないという自らの想いを隠さずに発言する。
「退役後には先の大戦で行方不明となった家族を捜索したい」というのが、この老大佐の口癖だ。それを知る幕僚は、旧エイノー艦隊派も含めて誰も批判めいた視線を向けようとはしなかった。
「間違いない」
バスクは大きく頷きながら続けた。
「ワイアット大将が内通者から得た情報によると、デラーズ・フリートの真の狙いはコロニー落しだそうだ」
コロニー落し。
先の大戦における最大にして最悪、人類が有史以来初めて経験した大規模質量による大量破壊作戦の名前に、司令部の空気はにわかに張り詰めた。
先の法務部長が特異な例というわけではない。地球出身者であれば親戚や友人の中には、必ずコロニー落しの混乱による犠牲者がいる。
宇宙出身者としても、それは同様だ。使用されたコロニーが、ジオン軍にいかなる手段で「確保」されたか。今さら語るまでもない。
歴史としては無論、経験として語るにはあまりにも重大すぎる情報が伝えられたことで、誰もが沈黙を強いられた。
「で、標的は?」
そしてジャマイカン参謀長はそうした空気に一切配慮することなく、むしろそれが自分の仕事だといわんばかりに発言した。
「……参謀長、コロニー落しの対象といえば、地球以外にありえないでしょう」
若い作戦部長(といってもジャマイカンと対して年齢は変わらない)が、今更何を言うのかという反感と感情を滲ませて指摘する。
「賢者は歴史に学び、愚者は自らの経験からしか学ばない」
これに対してジャマイカンは、露骨に侮蔑の表情を浮かべて応じ、その理由を述べた。
「コロニー落しの対象が地球であると言うのは、過去の経験から来る貴官の経験則、すなわち思い込みでしかない……考えればわかることだ。廃棄コロニーや改装中のコロニーから距離的に近く、一定の重力があり、なおかつ人口が集住している場所があるのではないか?」
ジャマイカンの指摘にペデルセン大佐が表情を歪め、幕僚の何人かが「あっ」と声を上げた。
その反応に「今頃気がついたのか」といわんばかりの態度で頷いてから、ジャマイカンは生徒に対して問題の答え合わせをする教師のような口調で続けた。
「グラナダやフォン・ブラウンといった月面都市も、ジオン残党軍からすれば憎悪の破壊対象となりうる。同じスペースノイドでありながら、ジオン敗北後は連邦政府に尻尾を振った裏切り者と批判しているからな。それに奴等が傀儡政府と批判するジオン共和国との経済的な関係も深い」
「参謀長。お言葉を返すようですが」
言われもない誹謗であると感じたからか、艦隊司令部要員の紅一点かつルナリアンであるマニティ・マンデナ総務部長が気色ばみながら反論する。
「月面都市にはジオンの協力者や潜伏者も多数存在しております。いくら月面都市が、彼らが傀儡国家と批判する共和国と経済的関係が深いからといって、月がコロニー落しの対象になるとは、聊か論理が飛躍した議論ではないですか」
「テロリストに論理の整合性を求めることほど、無意味なことはないと思うがね。それにジオンは実際にやったではないか」
官僚気質と陰口をたたかれるだけに、ジャマイカンは組織における前例、それも「成功例」の持つ重みを重視していた。
「同じスペースノイドを虐殺し、その死体ごとコロニーを地上に落下させた。地球に落とせたものが月面に落とせない理由にはならないだろう」
再び重い空気に包まれた幕僚らの顔を見渡しながら、ジャマイカンが続ける。
「現につい数時間前にも、ジオン残党軍は連邦艦隊にレーザー核融合弾を撃ち込んだばかりだ。それにコロニーほどの質量ならば、どこに落下しても月面都市の居住環境そのものに深刻な影響を与えることが可能だ」
確かにシドニー周辺を地図上から永遠に消し去ったほどの大型コロニーが月面に落下した場合、その被害は想像もつかない。「脅しとしても、あるいは本気だとしても効果的ではないか」と締めくくった参謀長に、マンデナ総務部長を含めて司令部の中で、反論出来る物は誰もいなかった。
「では目標はともかく、デラーズ艦隊はコロニー落しを目的としている。これを前提に今後の艦隊の行動計画を策定するべきかと」
ぺデルセン大佐が幕僚らに確認しつつ、議論の方向性を明示して見せる。
議論が停滞した場合に副司令が口火を切るのも、その場合は参謀長と視線を合わせないのも、バスク艦隊ではいつものことだ。ルナツー組にもその辺りの呼吸がようやく見えてきた。
「コロニー再生計画……有体に言えばジオンが虐殺して無人となったコロニーを解体、あるいは補修して再利用するリサイクル計画ですが」
手元のコンソールを操作しながら丸顔の副参謀長が発言する。
「現在、この計画によりコロニー公社の管轄化にある無人のコロニーは200基以上あります」
この数字は全ての無人コロニーを監視することが不可能であることを意味していた。監視衛星を含めたところで、到底数が足りるものではない。「そんなものどうすりゃいいんだ」と言う声が、会議室のあちらこちらから漏れた。
「仮に月と地球を標的とした場合に限ればどうか。ある程度絞り込めるのでは?」
法務部長がありきたりな質問をするが、航海参謀は心底辟易とした調子で応じる。
「法務部長、お言葉ではありますが。そんなものは推進剤と目的地次第によってどうにでもなります」
地球や月の公転軌道は軍事機密でもなんでもない。まして地球のジャブロー基地をピンポイントで狙うのならともかく、月は地球に比べれば確かに「小さい」が、作戦を計画するテロリストからすれば遥かに容易な攻撃対象だろう。
攻撃するタイミングも場所も相手が主導権を握っている上に、最悪の場合は、月面のどこかにぶつければ目的の達成が可能なのだ。
バスク分艦隊の幕僚は、自分達がワイアット大将とその参謀が抱えたジレンマと同じ状況に置かれていることを、改めて痛感させられた。
相手側の目的がある程度予測可能だからといって、必ずしもこちら側が完璧な対応が可能であるとは限らないのだ。
「しかし残党軍の物資は限られている。デラーズ艦隊の本拠地は暗礁宙域からそれほど離れていない地点だということだが?」
ぺデルセン大佐派の後方参謀の指摘に、副参謀長が首を横に振る。
「暗礁宙域は月と地球の中間点に近い。仮に複数個所でハイジャックならぬコロニージャックをすれば、状況次第によっては両方に作戦展開が可能と考えるべきだ」
「しかし2正面作戦を仕掛けるほど戦力が豊富だとは考えられないだろう」
「だがどちらが本命か、どうやって見分ける?」
丸顔の副参謀長は、ウンザリとした表情で続けた。
「コロニー公社に対して移送中のコロニーに対する警戒強化を呼びかけているが、反応は良くない」
「くそっ、小ざかしいやつらだ!」
「ワイアットの似非紳士め、何が有力な情報だ!此れでは何の役にも立たないではないか!」
副参謀長の発言が終わるや否や、旧エイノー派の後方参謀がコンソールを叩き、情報参謀が苛立たしげに観閲官を罵った。
バスク艦隊は事前にワイアット大将から直接の依頼を受けて、デラーズ艦隊との内応者と接触する『バーミンガム』から、周囲の連邦軍艦艇を遠ざける任務を間接的に請負っていた。
正規の命令指揮系統ではない要請という形や、軍内政治に利用されるという懸念から反対する意見も出されたが、バスクはジオン軍残党の機密情報を入手することを優先し、2号機捜索のパートナーたる『アルビオン』との関係を悪化させてまで、嫌な役回りを担った経緯がある。
にも関らず観艦式に核攻撃を許した挙句、肝心のコロニー落しに関する情報も、目的地が明確ではないために実際には役に立っていないのだ。
普段は激しく対立するペデルセン大佐と副参謀長は、ワイアット大将とその幕僚のジレンマは理解出来たが、幕僚らが憤慨するのは当然であろうと考え、部下の批判に対して沈黙していた。
「ワイアット大将はジオン残党を釣り出すという、当初の作戦目的は達成している」
そして「非合理的な感情論には、何の意味もない」と公言してはばからないのが、ジャマイカン・ダニンガンという人物である。
「核攻撃前にはコンペイトウ宙域で50機近い敵MSの破壊に成功している。この事実を無視することは出来ないだろう」
「お言葉ですが参謀長」
聞き捨てならない発言であると、旧エイノー派の後方参謀が声を上げた。
「50隻以上の艦艇が沈められ、1万人以上の将兵の命が永久に失われたのですぞ!」
「むしろその程度で済んだというべきではないか。観閲式典の真ん中に撃ち込まれていた場合、連邦艦隊は二度と再建不可能となっていただろう」
「後方参謀でありながらその程度のことも理解出来ないのか」と言わんばかりの参謀長に、言われた当人の参謀を始めとして多くの幕僚が顔を顰める。
観閲式典に参加する何百もの艦艇は、事前の緻密な計算に基づいて策定された複雑かつ緻密な艦隊運動プランに従い、個別の艦艇レベルから戦隊、艦隊レベルまで、ありとあらゆる机上シミュレーションと実際の艦隊行動による訓練を幾度となく繰り返し、本番の一発勝負に臨む。その準備期間は優に2年にも及んでいるとされる。
そのため式典会場のコンペイトウ宙域は艦隊行動に必要な最低限の間隔を除いて、1隻分の隙間もなく艦艇がひしめき合っていた。
仮に試作2号機の強襲ルートが事前に発覚したところで、それに対応するために艦隊を急遽展開する事は不可能だったに違いない。
そのような状況下で、観艦式典の中心部において核弾頭が爆発していればどうなったか。
中央部の艦艇群が吹き飛ぶのは無論のこと、暴風と爆風が周囲に広がる凄惨な玉突き事故の発生だ。救援活動などほぼ不可能だろう。
ジャマイカン参謀長が指摘したように、むしろ護衛の第3艦隊とコンペイトウ駐留艦隊の50隻程度で被害が抑えられたのは奇跡といってもよい。
とはいえ参謀長の発言を是として評価する空気は、幕僚には存在しなかった。
確かに最悪の事態を考えるならば、ワイアット大将と観閲式典を取り仕切った連邦宇宙軍参謀は、時代遅れの大艦巨砲主義と揶揄されながらも、一年戦争以来となる大連合艦隊を指揮することで実務能力の高さを証明して見せた。むしろ被害を最小限に抑えたと評価されるべきなのかもしれない。
だからといってジャマイカンの言い分を、是として受け入れるかは別の問題だ。
実際に自分たちが駐留艦隊として、核の炎に巻き込まれていた可能性もあるのだ。確定しているだけで1万人という犠牲者数も「その程度」と評価出来るほど小さな数では決してない。
あまりにも配慮に欠ける参謀長の物言いに、何人かの参謀が顔色を変えた。
「我々には足となる船がある」
それまで沈黙を保っていた会議の責任者である巨漢が口を開くと、誰もが口を噤んで耳目を集中させた。この男の言葉には、それだけの力がある。
「しかし火力には欠けている。コロニーを破壊するにしても、コロニーを護衛する敵艦隊を殲滅、あるいは無力化して進路を変更するにしても、現状では力不足と言わざるをえん」
作戦部長や航海参謀が困惑気味に顔を見合せるが、チャン・ヤーには、その気持ちが痛いほど理解出来た。「力不足」ほど、この司令官に似つかわしくない言葉もない。
「コロニー落としを阻止するための即応可能な、そして強力な装備と兵器が必要だ」
「それは、そういうことになるのでしょうが……」
ペデルセン大佐が幕僚を代表する形で司令官に訊ねる。
落下するコロニーに対抗出来る通常兵器など、果たして存在するのか?
「閣下には何かお心当たりでも?」
この問いかけに、バスクは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「誰が通常兵器でやると言った?」
*
『ラビアン・ローズ』は、アナハイム・エレクトロニクス社が建造した宇宙ドック「艦」である。
いかに人類史上類を見ないとされる巨大コングロマリットとはいえ、一民間企業に過ぎない同社が宇宙空間を航行可能な移動ドックを建艦するに至った経緯については今は省略する。
同艦は特異な設計思想に基づいて設計されただけに、実に奇異な外見をしている。艦名の由来となったバラの花弁のような外観をした艦艇の全長は、なんと600m強にも及ぶ。それがどれほど巨大かと説明するなら、観閲艦を務めた新型大型宇宙戦艦のバーミンガムが400メートル弱であることを考えれば理解していただけるだろう。
現在係留している『アルビオン』は全長300m、全幅200m弱。ドックから伸びた幾つものレーンやケーブルが『アルビオン』の船体をガッチリと掴む様は、食虫植物に捕らえられた蝶か蜂を思わせた。
そして『ラビアン・ローズ』の艦内においても『アルビオン』のクルーは、囚われの身となっていた。
時間を遡る。
『アルビオン』艦長のエイパー・シナプス大佐は、核攻撃を阻止出来なかったという事実と、敬愛する上官であるコーウェン中将が拘束されたという報せによって、我が身を引き裂かれんばかりの悲憤に苛まれていた。
そうした極限下の環境にありながら、シナプス大佐は決別したはずのバスク分艦隊の司令部が下したものと同じ結論に至っていた。
すなわち「デラーズ艦隊の星の屑作戦は依然として継続中である」。
この時、エイパー・シナプスが見せた情報分析能力と状況判断は、まさに独立した戦隊指揮官としての彼の優秀さを証明していると言えるだろう。
将官、あるいは高級士官クラスの部隊指揮官ともなれば、命令を杓子定規に解釈して遂行するだけでは十分とは見なされない。とはいえ専任の参謀も抱えておらず、情報も制限されていたはずのシナプス大佐が個人でその結論に至ったのは、驚きの一言に尽きる。
ともあれシナプスの部隊指揮官としての判断の下、『アルビオン』は新たなるデラーズ艦隊の作戦行動を阻止する切り札となりうる新型MAを受領するため、同日中に『ラビアン・ローズ』へと寄港した。
この時にシナプスが下した命令の根拠は、コンペイトウ鎮守府長官のステファン・ヘボン少将が救援要請を拒否した際の「独立した索敵行動集団ならではの行動をとれ」を拡大解釈したものだ。
付け加えるなら、そもそも『アルビオン』はガンダム開発計画における母艦として開発された戦艦であり、シナプス以下部隊は機体の性能評価実験のための任務部隊として編成された。
つまり「試作2号機の奪還作戦が終了した以上、従来の新型ガンダムの性能評価実験に戻る」という理屈だ。
この段階まではかなり強引ながらも、まだ言い逃れの出来る範疇の独断専行であったかもしれない。何よりも、直接判断を仰ぐべき対象の直属の上官は拘束されて連絡が取れないのだ。
ところが「敵」-この場合はコーウェン中将を拘束したガンダム開発計画に反対する勢力の行動は、シナプスの予想をはるかに上回る苛烈、かつ迅速なものであった。
先行して『ラビアン・ローズ』に上陸していた連邦宇宙軍のナカッハ・ナカト憲兵少佐は、受け取りに現れた『アルビオン』のクルーに対して、完全武装の警備兵を背にしたまま、試作3号機の封印とガンダム開発計画の凍結命令を伝えた。
『アルビオン』のクルーはこの決定に大いに落胆し、そして憤慨した。
乗組員やMSパイロットらにとってコーウェン将軍とは雲の上の存在であり、シナプス自身が将軍に対して感じているほどの感情や忠誠心は持ち合わせていない。
だが彼らは艦長であるシナプスに対しては、この数ヶ月の航海において絶大な信頼を寄せるようになっていた。
部下に死ねと命じるのは難しく、生きろと命じるのはより一層難しい。ナカト少佐と警備兵の高圧的な姿勢もあり、クルーからは苦楽を共にしたシナプスのためなら何でもするという強硬意見も出始めた。
しかしシナプスが軍令に従う姿勢を見せたため、彼らも不承不承ながらナカト少佐の指示に従った。
状況が一変したのは21時頃だ。
移送中のコロニーが2基、旧ジオン海兵隊によりコロニージャックされたのを発見したという第一報に続き、コロニー同士が人為的に衝突する事で一基が月面落着コースに突入したという続報、そして21:30頃には月面落着まで15時間弱という凶報が立て続けに飛び込んで来たのだ。
それまでは実際のところ『アルビオン』のクルー達も、核攻撃に成功したジオン残党軍が、更にコロニー落としを行うとする艦長の予測に半信半疑であった。
彼らは艦長の状況判断の的確さと正確さに驚きながらも、落着まで15時間を切った焦燥感から、警備兵に次々と詰め寄った。
観艦式に参加した連邦艦隊や迎撃体制を整えつつある月面駐留艦隊に、デラーズ艦隊を排除しつつ、コロニーほどの質量を破壊するだけの戦力を保有しているのか?
シナプスほどの戦略眼と戦術思想を持たないクルー達にも、決定打に欠けていることは明らかだった。
例えその主張がどれほど狂気に満ちている独りよがりのものだったとしても、デラーズ艦隊の首脳部の戦術思想と戦略眼には疑う余地はない。戦力が限られているとはいえ、相手は事前に念密な計画と準備をして臨んでいることは明らか。連邦艦隊の抵抗も予想の範疇だろう。
しかし連邦軍は全てが後手に回っている。そして戦力があったとしても、必要な戦場に迅速に展開出来るとは限らないのが、先の大戦の教訓だ。
このまま手をこまねいていてはどうなるか。
シナプスでなくとも、最悪の結果しか思い浮かなかった。
ならば試作3号機ならばどうか?
ガンダム試作3号機(デンドロビウム)は、ガンダムの名前を冠しながらも、その実は旧ジオン公国軍で開発されていた巨大MAに対抗するべく開発された連邦軍初の(事実上の)MAである。
全長はサラミス級巡洋艦の3分の2に匹敵する140m。
メガ・ビーム砲1門に、大型ビーム・サーベルを2本搭載。
通常装甲は戦艦の外壁並みの強度を誇り、ティアンム艦隊を蹂躙した足つきMAにも搭載されていた対ビームバリアであるIフィールド・ジェネレーターを装備。
極め付きは実弾系の武装コンテナを16個搭載可能な、動く武器弾薬庫だ。
3号機なら落下するコロニーを阻止出来るかもしれない。いや、阻止しなければならない。
血相を変えて艦長室に詰め掛けるクルー達を前に、シナプス艦長は軍人としての良心と責任感の狭間で葛藤を続けていた。
これまではかろうじて独断専行の範疇で許されたかもしれない。だが正式な軍令が下された以上、今の自分達は監察官の聴取を待たねばならない身だ。本来であれば、そこには疑う余地すら存在しない。
しかし、このまま月へのコロニー落着を座視すれば、多くの罪なき人命が失われることになりかねない……先の大戦のように。
シナプスの脳裏に苦い記憶と後悔が蘇る。
一週間戦争にサラミス級艦長として従軍した自分は、ジオンのMSに手も足も出ず、地球に落下するコロニーを傍観するしかなかった。
今はどうか?
コロニー落着を阻止出来る、阻止出来るかもしれない兵器が自分達の目の前にある。
仮に軍令を守ったとして、自分は連邦軍人としての職責を全うしたと胸を張って言えるのだろうか?
そして何より、あの苦い経験を目の前の若者達に、自分と同じ無力感を味合わせてもよいのだろうか?
「た、大変です!」
操舵士であるパサロフ大尉が、ノックもせずに部屋に飛び込んで来た。
思考に耽っていたシナプスが叱責するよりも前に、パサロフが続きを一気に言い切った。
「ウラキ中尉が!ウラキ中尉が、AEのシステムエンジニアと共に、試作3号機の封印を解くと!」
「艦長!」
松葉杖で警備兵を殴り倒してきたというバニング大尉以下のMSパイロットを始め、叩き上げの砲術長であるアリスタイド・ヒューズに率いられた機関科や砲術科の荒くれ者が、目を血走らせてシナプスに詰め寄った。
ここに至って、シナプスも腹をくくった。
直接戦場で殺傷したことがないインテリほど、その引き金は軽いものだ。あのナカト少佐の必要以上なまでの威圧的な態度は、自らの臆病さを隠すための振る舞いだろう。
自分に自信のないエリートが、ウラキ中尉やAEのエンジニアのような血気盛んな若者に詰め寄られた場合、何をするか分かったものではない。
部下や民間人を見殺しにするくらいなら、軍令違反で軍法会議にかけられた方がましというものだ。
そして何より……ひょっとするとこれが一番重要だったかもしれないが、シナプスはコウ・ウラキという青年少尉に対して、これまでの部下に対して感じたことのない愛着のようなものを感じていた。
おそらくそれはバニング大尉を含めた目の前の馬鹿共も同じだろう。
あのどうしようもない甘ったれた新人士官は、ソロモンの悪夢を始めとしたジオン残党軍との連戦という短くも濃密な戦場体験によりMSパイロットとして、また何より一人の男として目覚ましく成長して来た。
その成長を一番近くで見てきたのがシナプスであり、『アルビオン』のクルー達だ。
それはかつて、あの「白い悪魔」と呼ばれた少年が一年戦争で見せた伝説を追体験しているかのような感覚をシナプス達に覚えさせた。
シナプスは自分の首を撫でた。
この皺首を欲しいというのならば、くれてやろうではないか。
だがあの青年を、ナカトのようなつまらない男に殺させてなるものか。
シナプスは目の前の士官を一括して整列させ、そして命じた。
「バニング大尉!臨時陸戦隊を編成し、ウラキ中尉を援護せよ!」
*
「なんだこりゃ……」
臨時陸戦A分隊を率いてハンガーに飛び込んだベルナルド・モンシア中尉は、自分の理解と予想を超えたあまりにも意味の分からない光景に、ぽかんとその口が垂れ下がるままに開いた。
ナカト少佐率いる完全武装の警備兵は、モンシアらと戦う前から全員が地面でのびていた。
あちらこちらに発砲の痕跡はあるのだが、血痕や血溜りはどこにも見当たらない。
しかし全員がうなり声を上げて、あちらこちらで寝そべっている。
いや、正確に言えば一人だけ立っている人間……いや、浮かんでいる人間はいるのだが。
「女に銃を突きつけるとは、貴様、それでも連邦軍人かあぁあああああ!!!!」
背中越しでも伝わる鬼気迫る気迫を振りまきながら、怒号をぶちまけるバスク少将の視線の先では、胸倉を掴まれたナカト少佐が浮かんでいた。
モンシアの脳が五感で得た情報を処理する事を、目の前の光景を理解する事を本能的に拒絶する。何故バスク少将がここにいるのだろう?そんな根本的な疑問すら、今の彼には思い浮かばなかった。
それでもパイロットの習性からか、モンシアの視覚と聴覚は情報収集活動を止めようとしない。
「この儂が貴様の腐った性根を叩きなおしてくれる……ぬん?貴様、説教中に気絶するとは何事だ!白目を剥く前に、起きぬか貴様あああ!!!!」
ナカト少佐御自慢のサングラスは踏み潰されたようであり、三白眼がむき出しになっていた。白目をむいているらしく、口からは蟹のように泡をふいている。
「少将、少将、駄目です!もう気絶してますから!」
「大丈夫です将軍、私、ほら、大丈夫でしたから!ね、ね?!」
よく見ればバスク少将の腰の辺りに、ウラキのガキと試作3号機の主任エンジニアであるルセット・オデビーが必死にしがみついていた。
もっともしがみつかれている本人はまったく気がついていないようで、腰に彼らをぶら下げたままナカト少佐を振り回しているが。
「うわぁ……これ、……うわぁ…………」
「あそこのやつ、関節が曲がっちゃいけない方に曲がってないか?」
「おい!誰かモズリー先生を呼んで来い!」
呆けたままの指揮官を置いてきぼりにしたまま、アルビオンの臨時陸戦隊は手際よく警備兵を拘束していく。
「モンシア中尉」
機関科の先任軍曹が、心底うんざりとした表情のままモンシアに声を掛ける。この事態の元凶であると思われる将官(その他3名)への対処について、判断を仰いでいるのだ。
「……あれ、どうしましょうか」
モンシアは試作3号機の前で繰り広げられる狂乱から顔を背けたまま、左手をしっしと振った。
「ほっとけ」