地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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- 連邦軍再建計画に汚職疑惑?複数の軍高官が身柄拘束 -

 複数の連邦宇宙軍省関係者は、軍警察がジョン・コーウェン連邦宇宙軍中将を「重大な規律違反」の嫌疑により、身柄を拘束した事を明らかにした。

 コーウェン中将は第3衛星軌道艦隊司令長官として、現在は空席である地球衛星軌道艦隊司令長官の代理を兼任している。また所属する国防委員会においては、国防政策委員会の委員長として、与党会派「2月12日同盟」の国防政策に強い影響力を持つとされている。

 また北米州司法省と連邦軍法務局保安課の合同捜査本部が、国防政策委員会所属の複数の委員に対しても、職権濫用と収賄容疑の疑いで捜査を進めていることもわかった。このうち2人はすでに身柄を確保されており、正式な逮捕状発行を待っている段階だ。

 国防政策委員会は、連邦軍再建計画を推進するため、コーウェン中将が国防委員会内部に発足させた組織横断型のタスクフォースチームである。メンバーの多くがコーウェン中将に近い人物で固められており、既に身柄が確保されている1人は、国防委員会所属の背広組の中でも、コーウェン中将の最側近として知られていた人物だ。

 複数の捜査関係者は取材に対して「月面都市企業とジャブローを繋ぐフォン・ブラウンルートが本命」であると語った。81年の連邦議会における連邦軍再建計画の超党派合意については、当時から月面企業連合体のロビー活動の存在が指摘されていた。捜査当局は、この政界工作の実態解明に強い関心を示している。

 複数の軍高官が拘束されたことで、月末に迫った総選挙に対する影響は避けられない情勢だ。北米司法省幹部は「総選挙前までに決着をつける」として、捜査の短期決着を強調……

- ダブリン経済新聞電子版 11月10日速報 -


宇宙世紀0083年11月10日 バスク分艦隊旗艦『ツーロン』作戦室~コンペイトウ鎮守府領海『サラブレッド』~シーマ艦隊旗艦『リリー・マルレーン』

 アジア系の作戦参謀によるブリーフィングが終了したマゼラン改級戦艦『ツーロン』の作戦ブリーフィング・ルームに、豪快な笑い声が響いていた。

 

「あっはっはっは!あっはっは!」

 

 声の主の正体は、第403MS大隊長代理のライラ・ミラ・ライラ中尉である。一昔前の女優のような、くすみがかった金髪を豪快にかき上げた髪型が特徴的な、文字通りの女傑だ。

 

 先の大戦を経験したエースパイロットである彼女は、特注であるワインレッドのパイロットスーツに身を包み、作戦室の最前列中央ーサラミス改級巡洋艦『ボスニア』艦長と、同じくボスニアのMS部隊長に挟まれた一等席を、自らの指定席としている。

 

 そんな目立つ場所で、ただでさえ目立つ彼女が笑い転げていた。自身の膝の上においた撃墜数のマークが施されたヘルメットをバシバシと叩きながら、自身の感情を全身で表現している。ついには周囲のパイロットもライラに触発されたのか、顔を見合わせてケタケタと笑い始める始末だ。

 

 堪ったものではないのが、作戦室のモニターを背にして立つ『ツーロン』艦長代理のチャン・ヤー中佐である。

 

 ライラとは大戦中からの付き合いであり、普段から年齢や階級に関係なく「オレ」「貴様」と、率直に言いたい事を言い合う関係だ。とはいえ、こうも勝手に振る舞われては、上官としての威厳も規律もあったものではない。

 

「ライラ・ミラ・ライラ!口の利き方に気をつけろ」

 

 チャン・ヤーは、その剛直な見た目に反して、いたって繊細な常識家である。作戦参謀の手前もあり、あえてライラ中尉のフルネームを呼ぶことで、これを注意しようとした。

 

 ところが、直後に自分の真横からも笑い声が聞こえてきた。

 

「リャン少佐!貴官がそれでは、示しがつかないだろう!」

「す、すいませ、っふふっ……ふふふ」

 

 謹厳実直な性格と正確無比なオペレーション、そして髪を結い上げた姿から石仏(ストーン・ブッダ)とあだ名されるマオ・リャン少佐が、口元に手を当てて必死に笑いを堪えている姿に、チャン・ヤーは顔を情けなく歪めるしかなかった。

 

 自己主張の激しさで知られる彼女の豊かな胸が上下に揺れ、鼻の下を伸ばした馬鹿共の頭をライラ中尉が笑いながらヘルメットで殴りつける。それを見ていた連中がますます大きな笑い声を上げるという悪循環である。

 

 作戦室に広がった笑いの波が収まるまでチャン・ヤーは渋い表情を崩さなかったが、この光景は彼にとっては既知のものであった。

 

 何故なら『アルビオン』で行われた合同作戦会議の席上において、ほとんど同じ光景が展開されていたからだ。

 

 あの時は諦観を滲ませたジャマイカン参謀長による作戦骨子の説明に、反論も質問も憚られる空気が立ちこめたが、誰かが笑い出したのを切欠に大笑と苦笑に包まれていた。

 

 そしてチャン・ヤーは、この場における自分が、あの「コック帽ヘッド」と同じ役回りであることに気がつくと、再び自分の顔をしかめた。

 

「とても正気とは思えねぇな!」

「バスク少将だからな」

 

 笑い涙を手でぬぐいながらなされた『ボスニア』艦長の発言に、笑いをおさめたリャン少佐が何時ものようにぶっきらぼうな口調ながらも、どこか誇らしげな調子で語る。

 

 すでに作戦内容を聞いていたはずのチャン・ヤーとしても、確かに正気とは思えない内容だ。

 

 そもそも作戦と呼べるかどうかすら疑わしい。第一、敵がその「価値」を認めなければ、あるいは無視された場合は全てが無意味となりかねないのだ。

 

 その場合は、まさに「無駄死に」である。

 

 そのような博打的な色合いの強い作戦にも拘らず『アルビオン』の艦長が真っ先に同意したのには驚いたが、分艦隊の司令部幕僚……特にバスクとの付き合いが長い人間ほど反対しなかったのにも、チャン・ヤーは驚かされた。

 

 本来、戦場において死ほど平等なものはない。

 

 にも関わらず-自分自身も含めて、この作戦が失敗するとは、誰も露ほども考えていなかったのだ。

 

 チャン・ヤーは、バスクとさほど長い付き合いがあるわけではない。ルナツー駐留艦隊時代に実戦演習で知り合い、いつの間にか戦隊ごと部下に組み込まれていた。

 

 ライラのおまけの様なものだと自嘲していたのだが、何をどう気に入られたのか、今では代理とはいえ、艦隊旗艦のマゼラン級艦長である。

 

「たしかに、あれはそう簡単に死ななさそうだからね。いい作戦だと思うよ」

 

 ライラめ。気持ちはわかるが、仮にも上官を「あれ」とはなんだ。「あれ」とは。

 

 立場上は顔を顰めるしかないが、バスクの風貌を頭に思い浮かべると確かに否定出来ない。

 

 人徳というにはおこがましいが、人望と表現するのは憚られる。

 

 しぶといとか、悪運が強いというか。まぁ、そんなものだ。

 

 確かにベットの上で死ぬことは想像出来ない人間ではあるが、戦場で無意味に死ぬこともありえないだろう。

 

 先の大戦に従軍した軍人の一人として、チャン・ヤーはそんな思い込みや印象に、何の意味がないことは理解している。どのような人間であれ、死ぬ時は驚くほどあっけないものだ。

 

 それでもこの人物だけは例外ではあるまいか。そのような説得力がある人物なのだ。

 

 チャン・ヤーは自分自身の気持ちを確かめるためにも、ライラに確認をした。

 

「ライラ中尉。いいのだな?」

「そりゃ、あのウラキとかいうお坊ちゃんがガンダムの、それもMAタイプを操縦するのは気に入らないけどね」

 

 ライラ・ミラ・ライラという女性は、敵にも味方にもはっきりとしたパイロットである。故に自分の気持ちを率直に言葉にした。

 

「それでも『ソロモンの悪夢』とサシで何度も遣り合って、しかも生きて帰ってきたんだ。これはただ事じゃない。正直なところ、どこまでやれるか私は疑問さ。でもあの少将がお墨付きを与えたのなら、私はこれ以上何もいわないよ」

 

 ライラ中尉はそう言い切ると、今度は自分がリャン少佐に問うた。

 

「それでなんだったっけ。この作戦の名前?」

 

 必死に威厳を取り繕いながらも、目元に滲んだ涙で台無しになっているリャン少佐は、口調だけはいつもの冷徹さを取り戻して告げた。

 

「グレイザー・ワン作戦だ」

 

 暴走特急ならぬ暴走コロニーか。

 

 中世期のアクション映画マニアであるチャン・ヤーは、独りごちた。

 

 

 コンペイトウ鎮守府。かつてソロモンと呼ばれた領海内の通信回線は混線していた。

 

『駄目だ駄目だ!第32戦隊の出航が先だ!貴様、命令を聞いていなかったのか!』

『先発予定の第23、第24戦隊が物資積み込みを完了したと報告が入りました!ですが、第56補給艦隊がゲート正面前で第90ミサイル巡航戦隊の補給活動中で出航出来ないので、直ちに動かしてほしいとのことです!』

『観閲式典司令部はすでに機能を停止している!よって鎮守府司令部の命令が最優先だ!各艦隊司令部に再度周知を徹底させろ!!』

『破損した艦艇は第9ブロックだ!第12ブロックは出撃艦艇の再編に使っている』

 

 前後の命令が絶え間なく入れ替わり、右を左へ左を右へ、上を下へ下を上への大混乱である。仮に通信回線の可視化が出来るのなら、複雑に入り組んだ線が入り乱れ、縛ってもつれてこんがらがったまま混戦状態となっていることが確認出来ただろう。

 

 何とか収集をつけようという努力は続けられていたが、むしろそれが状況を悪化させていることも事実であった。

 

『L23ポイントの周囲の艦艇は直ちに移動を開始してください。繰り返します、直ちに移動を開始してください』

 

「だから、そのL23ポイントから、どこに移動すりゃいいのかって聞いてんのよ!このファ○キンイ●ポ野郎が!!」

 

 ペガサス級強襲揚陸艦『サラブレッド』艦長兼第18独立機動集団司令のキルスティン・ロンバート代将は、口汚く罵る女性オペレーター(バツ1)の声が響くブリッジで、渋い表情を浮かべながら自らの顎鬚を撫でていた。

 

 大戦以前からの船乗りであり、この『サラブレッド』の艦長として大戦末期の宇宙を戦い抜いた老人は、来月には予備役入りが決まっていた。それが観艦式を最後の御奉公という気持ちで2度目の艦長職を引き受けたのだが、まさか軍歴の最後を、このような混沌と混乱のど真ん中で迎えることになろうとは。

 

 ロンバートは気を緩むと零れそうになる溜息を幾度となく飲み込むんだ。

 

 その間も一向に命令指揮系統が改善される様子は伺えない。「戦う前からこれでは勝てるものも勝てない」とロンバートは士気低下を憂慮したが、それは正しかった。

 

『第7フィールドで第3艦隊旗艦の『フランクリン・ルーズヴェルト』が曳航作業中に爆沈しました!艦隊司令部を『ジョン・アダムズ』に移動する作業中の司令部要員が巻き込まれたとの未確認情報があります!』

『第7フィールド?!あそこはルナツー艦隊の再集結ポイントじゃなかったのかよ?!』

『さっき鎮守府司令部からポイントの変更命令が、連絡艇であったんだよ!』

『ちっくしょー!あのヘボ司令部は思いつきでやってんのかよ!』

 

 思い付きとは思わないが、必ずしも有効な対応が取れているとは言いがたい。ロンバート代将は老眼鏡に取り替えて久しい眼鏡の奥にある目をしきりに動かしながら、悲観的になりがちな思考の中で考える。

 

 ワイアット大将とその司令部は、観艦式を餌としてデラーズ艦隊のMS部隊-つまり航空戦力を釣り出して撃破。その後に艦隊を再編して暗礁宙域の掃討作戦に移行する計画を立てていたようだ。

 

 そのため観艦式事務局に集められたワイアット派の参謀集団により、予め艦隊の編成や、抽出する戦隊について何百通りものパターンが計画されていた。

 

 実際、試作2号機によると思われる核攻撃直後から、観閲艦の『バーミンガム』からはコンペイトウ鎮守府領海に集結した各艦隊や戦隊に向けて、矢継ぎ早に命令書が、それも秩序と順序に従って送られていた。少なくとも各艦隊はそれに従っていればよかったのだ。

 

 『バーミンガム』が沈没したのならともかく、ワイアット大将以下の司令部機能が健在である以上、その命令に従って救援活動を行い、同時に艦隊を再編するのが最も適当であり、かつ迅速な対応だったことは間違いない。

 

 ところがジャブローの宇宙軍参謀本部や宇宙艦隊作戦部は何をとち狂ったか「核攻撃阻止に失敗した」という理由でワイアット大将と式典事務局を更迭。命令指揮系統をコンペイトウ鎮守府司令部に一本化した。

 

 当然ながら突如として命令が途絶えた現場は混乱したが、それ以上に鎮守府司令部は混乱しているに違いない。

 

 それは絶え間なく流れてくる通信の内容に注意するまでもなく、口の悪いオペレーターのやり取りを聞けばわかる。

 

「ファッ○ンシット!だから何度も同じことを言わせるな!おい、サ○バビッチの童貞野郎が、その耳と尻に詰まった糞をかっぽじって、よく聞きなさいよ!サラブレッドがどうすればいいのか教えろって、司令部に打診しろっていうのよ!このファ○キン野郎!」

 

『ファッ○ファッ○、うるせえよ!口の悪い女だな!だから何度も命令を出しているように、まずは貴艦の所属艦隊司令部に問い合わせて……』

 

「フ○ック!○ァック!!ファ○ーク!!!だ・か・ら!この船はワイアット大将の直営だったから、直属の上司も艦隊司令部もないんだって、何度言わせるのよ!」

 

 通信モニターに中指を立てながら「何度も言わせるんじゃないわよ、このファッ○ンシット!」とがなる女性オペレーター。

 

 もともと口はキツい(性格はもっときつい)とはいえ、ここまで激情したのを見たのは2度目の着任以来始めてである。ロンバートは今更ながら1度目のタキザワ軍曹(当時)のありがたさが、身にしみた。

 

 ロンバートは手元のコンソールを使い、大画面にコンペイトウ鎮守府の姿を映し出した。

 

 青筋を立てながら必死に任務を遂行しようとする通信士の努力には敬意を表するが、そもそもコンペイトウ鎮守府司令部は、これだけの大艦隊を指揮するだけの幕僚を抱えてはいない。

 

 先の大戦前まで定期的に行われてきた観艦式だが、連邦宇宙軍の総艦艇の3分の2が参加するほどの大規模な式典は、今回が初めてだ。しかも大戦で膨れ上がった連邦艦隊には「過去」の経験者はほとんど存在しない。

 

 だからこそ観艦式事務局は1年以上も前から準備を続けてきたのであり、正規艦隊の多くを占めるワイアット派でなければ、これほどの大規模かつ緻密な艦隊運動プランを策定することは不可能だっただろう。

 

 それをいきなり要塞鎮守府司令部に権限を一本化するということは、例えるなら新人警官に高速道路の入り口から出口までビッチリと詰まった地上車の渋滞の中、発生した玉突き事故の負傷者を救助する消防車と警察車両を追い越し車線を使って事故処理の指示をさせながら、同時に渋滞の中から特定の車を選んで、先に出口から脱出させるようなものである。

 

 こうなると司令官や幕僚の素質の問題ではない。ロンバートはコンペイトウ鎮守府司令部がまるっきりの無能だとは思わないが、それを準備もなしにいきなり指揮しろといわれても、能力的にも物理的にも不可能なのだ。

 

 それでもステファン・ヘボン少将以下の要塞鎮守府は必死に艦隊再編と救援活動に取り組んでいたが、ジャブローから「ジオン残党がジャックしたコロニーが月面落下コースに入った。直ちに追撃艦隊を組織せよ」との命令が入ったことで、秩序だった再編は完全に不可能となった。

 

 ヘボン少将は艦隊指揮の経験があるとはいえ、これだけ大規模な艦隊を1から命令系統を再編して指揮した経験などあるはずがない。

 

 地球連邦宇宙軍の歴史において、このような混乱した状況の中で艦隊の再編に成功した前例を探すとすれば、ルウム会戦前もミノフスキー粒子における通信網の混乱の中、寄せ集めの3個艦隊をわずか数時間で第1連合艦隊に再編した故・ヨハン・イブラヒム・レビル将軍ぐらいのものである。

 

 流石にロンバートも、ステファン・ヘボンがレビル将軍に匹敵する将器だとは考えていない。

 

 更に悪い事に、観艦式に参加した艦隊指揮官の多くはヘボン少将と同格か先任、あるいはそれ以上の階級ばかりである。更迭されたワイアット派の司令官も多く、これでは命令指揮系統の再編が上手くいくはずがない。

 

 このような状況でもなんとか鎮守府司令部は21:35から追撃艦隊を順次出発させてはいるが、その内実は用意が出来た戦隊や分艦隊を逐次投入しているに過ぎない。

 

 誰もが愚策と知りつつ、戦力の逐次投入をする以外に一度混乱した領海内の秩序を立て直す方法がないのだ。

 

 結果として同じ命令が何度も繰り返し発せられ、艦艇の多くは無意味に推進剤と物資を食い潰している。

 

 コンペイトウ鎮守府領海全域にワイアット大将の演説を届けることが出来た『バーミンガム』の強力なレーザー通信設備さえあれば、少しは状況は改善出来ていた可能性はある。

 

 ところが政治的な良識に溢れたヘボン少将はワイアット大将から艦を取り上げるのは躊躇われたらしく、その措置はなされなかった。

 

 ロンバートとて、もし許されるのならば直ちに艦を発進させ、周りの艦艇を振り払ってでも月へと向かいたいと考えている。

 

 しかしそれをすれば却って全体の足を引っ張ることになることがわかっているため、苦渋の決断として無為な時間を過ごしていた。

 

 自分と同じ焦燥感に駆られている軍人は、このコンペイトウの、いやソロモンの海に多数いることだろう。だからこそ焦る。何かしようとして行動した結果、更なる混乱が広がり、事態収拾が遅れる……

 

 ロンバート代将はモニター画面を切ると、右四十度前方で停止している『バーミンガム』を見上げた。

 

 あの堂々たる演説を途中で断念せざるを得なかったワイアット大将は、この混乱をどのような思いで見ているのだろうか。

 

「この糞フ○ックのファッ○×△●の☆□…!……!!!」

 

 少なくとも彼女のように錯乱してはいないだろうと思いたい。

 

 ロンバートは新たな命令が出るまで、軍帽を顔に載せ、キャプテンシートを倒して仮眠をとることにした。オペレータの罵声を子守唄にして。

 

 いかなる極限状態においても、休める時に休む。これも司令官の仕事である。

 

 

「……あの艦隊、気味が悪いねぇ」

 

 旧ジオン公国軍突撃機動軍所属、海兵上陸戦闘部隊(シーマ艦隊)司令官代理のシーマ・ガラハウ中佐は、旗艦であるザンジバルII級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』の艦橋で、ホワイトタイガーの毛皮を敷いたソファーに身を横たえながら、苛立たしげに手にした扇子を振り回していた。

 

 11月10日の23:45。月面への落着コースをたどるアイランド・イーズを護衛中のシーマ艦隊は、茨の園方面から追撃してきた連邦艦隊を発見した。

 

 その中の1隻が以前シーマ艦隊が交戦した木馬級の戦艦であることは、光学カメラの画像や観測班からの報告ですぐに確認出来た。

 

 マゼラン改級が2隻、サラミス改級が8隻なので、連邦軍の言い方に従えば2個戦隊ということになる。

 

 あの木馬もどきと以前戦った時はサラミスを2隻沈めてやったのでよく覚えている。それにしてもガトーが核攻撃をした直後だというのに、よくもあれだけの艦隊と人員が湧き出るものだ。こちらは海賊行為をしてまで、ア・バオア・クー以来の艦隊をやりくりしているというのに。

 

 万年金欠の貧乏所帯を率いるシーマからすれば、連邦の金満ぶりは妬ましく、そして羨ましくもあった。

 

「シーマ様。やっぱりあの艦隊、じりじりと距離を詰めて来てますぜ」

「そんなもの、見ればわかるさ!」

 

 母艦を任せている副官のデトローフ・コッセル大尉の言葉に、シーマは珍しく苛立だつ感情のまま応じた。

 

 こちらはザンジバル級が1隻に、哨戒に出しているのも含めてムサイ改級が8隻。艦載MSは直掩機も含めて40機程度である。フォン・ブラウン(アナハイム・エレクトロニクス)古狸(オサリバン)から新型をかっぱらったとはいえ、2個戦隊と正面から殴りあうのは戦力的に厳しい。

 

 シーマ艦隊の任務はデラーズ艦隊の本体が合流するまで、コロニーを死守することだ。

 

 考えてみればこれほど自分達に似合わない、そして似つかわしい任務もないとシーマは暗い笑みを浮かべたが、直ぐに暗澹たる思いにとらわれた。

 

 シーマは自分達が、追尾してくる連邦艦隊に敗北するとは考えてもいない。現状の戦力で殴り合えば最終的に勝つのは自分達だという自負がある。それは自惚れでも慢心でもなく、純然たる事実だ。

 

 アクシズに受け入れを拒否されて以来3年近く、自分達は地球圏を生き延びるために死に物狂いで戦い続けてきたのだ。安楽な残党狩りで撃墜スコアを稼いで来た連中に負けるわけがない。自慢ではないが配下も一騎当千の(つわもの)揃いだ。

 

 少なくとも乱戦に持ち込めば、必ず自分達が勝つだろう。

 

 ただしそれは前提条件なしの、こちらが守るものがない場合での戦場に限る。

 

 奇襲を仕掛けるのなら間違いなく自分達が勝つだろう。正面から戦っても勝つ自信はあるにはあるが、その場合には、こちらが受ける被害が大きすぎる。特に木馬とマゼランに艦隊戦で対抗出来るだけの火力は、こちらにはないのだ。

 

 仮に勝てたとしても、被害が大きければデラーズ本隊との合流後、自分達は体よくお払い箱になりかねない。

 

 元々外様の海兵上がりということで快く思われていない上に、海兵隊が所属していた突撃機動軍のトップであるキシリア・ザビには、ギレン・ザビ総帥暗殺の疑いが掛けられているのだ。連邦軍の公式発表という理由で信頼していない残党軍勢力が多いとはいえ、デラーズ艦隊内部でも受け入れは賛否が分かれたのだ。

 

「それじゃ困るんだよ……」

 

 シーマは腹心たるコッセルにも聞こえない程度の声で、小さく呟いた。

 

 地球連邦政府とジオン共和国との停戦協定締結後、一説によると5割以上の部隊が共和国政府の命令に従わず脱走したとされる。

 

 シーマ艦隊も脱走を選んだが、その理由は大戦初頭の生物化学兵器使用の実行犯として、降伏すれば間違いなく死刑判決が予想されたからだ。

 

 そんな自分達に真っ先に声を掛けたのは、同じジオン残党軍ではなく、仇敵の連邦軍統合参謀本部直轄の諜報組織である中央情報局であった。

 

 戦後、連邦軍は残党軍に対する切り崩し、および内通者確保のために血道をあげていた。その彼らからすれば、シーマ艦隊は格好の調略対象であった。彼女の艦隊がアクシズへの合流を拒否される鼻つまみものでありながら、旧ジオン公国軍の人的関係や繋がりが維持されていた事も都合がよかった。

 

 そして他に選択肢のないシーマは「目立たない程度」の海賊行為の黙認と引き換えに、中央情報局に過激派残党軍の情報をせっせと流し続けてきた。

 

 そうして競争相手となりうる残党軍の弱小勢力を、時には自ら手を汚して淘汰していった結果、シーマ艦隊は旧ジオン公国軍残党の中である程度の発言権と資金力を確保することに成功した。

 

 旧ジオン公国親衛隊隊長にして地球圏で最大の勢力を誇るエギーユ・デラーズ中将は、彼女の艦隊戦力と独自の情報網を無視することをせず、今回の「星の屑」作戦に勧誘した。たとえかつて政治的に敵対していたとしても、シーマ艦隊の戦力は貴重だったからだ。

 

 そしてシーマ艦隊と連邦との関係は、デラーズ艦隊の「宣戦布告」がなされた後も……つまり今も続いている。

 

 連邦軍側で何があったかは不明だが、交渉相手が中央情報局から宇宙艦隊情報部に「格下げ」されたシーマは、自分と部下たちの「値段」を吊り上げるために観艦式の観閲官であるグリーン・ワイアット大将とも独自に接触した。

 

 ところがワイアットは情報を提供したにもかかわらずガトーの核攻撃阻止に失敗し、観閲官の役職を解かれたと聞く。

 

「……あのイギリス人は失脚したそうだし、ここはカタツムリ野郎に媚を売っておくのが正解かねぇ」

「だらしねぇですね、ワイアットの野郎」

「そういってやるんじゃないよ。こっちは情報と引き換えに、貰うものはもらったんだ。相手がそれをどう使おうと、こっちの知ったことじゃないよ」

 

 からかうコッセルに、シーマは受け取った金塊の重さを思い浮かべながら、酷薄な笑みを浮かべる。

 

 海賊相手に紳士に振舞おうとする連邦軍の大将は滑稽ですらあったが、海賊を貴族にした女王陛下の子孫らしいといえばそうだ。シーマの目からすればいいカモだったが、それでも好感が持てるというものだ-何より金払いがいいというのが評価出来る。

 

 もう片方の宇宙軍情報部は、どうにも虫が好かない。いちいち理由をつけて言質を与えようとしないし、交渉相手はいつも箸にも棒にもかからない下っ端が相手ときている。如何にも責任逃れの官僚気質だ。

 

 何よりいざとなれば切り捨てようという相手の魂胆が透けて見えるのが気に入らない。

 

 もっとも自分達のような札付きの海兵相手では、それくらい慎重な対応が望ましいのかもしれないが。

 

「シーマ様!敵艦隊との距離、25000を切りました!」

 

 上擦った観測員の声に、シーマは意識を戻した。

 

 このままの速度を連邦艦隊が維持すれば、30分もせずにマゼラン級主砲の有効射程圏内に入る。デラーズ艦隊との合流は早くても04:30頃の予定。

 

 こちらとしてはコロニーを放棄するわけにも行かない。あと4時間半、コロニーを自分の艦隊だけで守り通せるか……

 

「弱気になってんじゃないよ、てめぇら!」

 

 シーマは自分自身にも言い聞かせるように、慌てふためく艦橋のクルーを一喝した。

 

 まったく。最近は身内殺しの海賊稼業からご無沙汰だったから腑抜けたか?

 

 内心の苛立ちを抑えつつ、シーマは「全艦、総員そのまま聞け!」と通信を開かせた。

 

「いいかい、まともにやり合おうとするんじゃないよ!こっちは海賊、あちらさんは正義の連邦軍様さ!多少の艦砲射撃を受けたところで、コロニーのシャフトはびくともしないからね!コロニーを盾にして、親衛隊様の到着を待てばいいのさ!」

 

 地鳴りのような返答が各鑑の通信から帰ってくるのを確認すると、シーマは満足そうに頷く。そして副官のコッセルに命じた。

 

「オサリバンからかっぱらったMSの出番だよ!あたしも出る!」




・原作だと核攻撃で艦隊そのものが消えてて駄目だが、防げてたとしても多すぎて簡単には動かせない
・ステファン・ヘボン少将。作品の中でも地味に一番無茶振りされているかもしれない人

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