地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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(画像データ)*アルビオンのクルー提供

 ・以下注記

 撮影は83年11月10日深夜、グレイザー・ワン作戦開始直前と思われる

 ガンダム試作3号機を背に自作のホールケーキを持って満面の笑みを浮かべるバスク・オム少将(画面中央)。作戦に協力を申し出たAE技術者やアルビオンの整備班に差し入れとして持ち込んだものである

 自作のキャロット・ケーキは生地やクリームにも人参パウダーを練りこんだ自信作であり、好評だったとのこと

 画面右側後方、ガンダム試作3号機のパイロットであるコウ・ウラキ中尉がモーラ・バシット整備班長とチャック・キース少尉に羽交い絞めにされているが、理由は不明


宇宙世紀0083年11月11日 コロニー「アイランド・イーズ」周辺空域~月面赤道付近 フォン・ブラウン市 AE支社長室~「アイランド・イーズ」ベイ

 それはMSと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。

 

 大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把な図体。

 

 それはまさにジオンのお家芸であり、連邦軍が保有していないはずの局地戦闘用モビルアーマーであった。

 

 真紅のカラーリングが施されたMSを駆るシーマ・ガラハウは、画面越しにそのMAを睨みつけながら、コクピットの中で踊っていた。

 

 バックミュージックは絶え間なく鳴り響くアラームと警報音、そして指示を求める部下の声という、素敵な環境ときている。

 

 ジオン系MSの特徴とも言える単眼の頭部カメラやレーダーを通じて画面正面に映し出される情報は、ロクでもないものばかりであった。

 

 この時の彼女は知る由もないが、こうして戦場で相まみえることになった連邦軍の巨大MAが、自らが駆る機体と同じMS開発計画の過程の中で開発されたものであり、自分の機体も本来ならば「ガンダム」の名を冠されていたはずのものだったとは、想像すらしていなかっただろう。

 

 幻のガンダム試作4号機は、アナハイム・エレクトロニクスの旧ジオン系技術者の手により、強襲用試作型MSガーベラ・テトラとして生まれ変わった。

 

 そして「神秘」の意味をもつ花の名前を冠された彼女は、似ても似つかない姉にあたる合体型MAの「わがままな美女」ことデンドロビウムと、いつ果てるとも知れないロンドを踊らされている。

 

「オサリバンの爺ぃ!生きて帰ったらこの手でぶっ殺してやる!!」

 

 何が新型だ!あんな化け物を連邦に渡しておいて!

 

 既にノーマルスーツの中は汗でぐっしょりと濡れていた。

 

 シーマは両肩と胸を締め付けるGによるシートベルトの痛みに耐えつつ、スロットレバーを引き、両足を絶え間なく動かした。一歩でもステップを踏み間違えれば、それは彼女の死を意味する。

 

 右を左へ、斜めから後ろへ、背部と両の肩部に取り付けられた大型のスラスターを小刻みに吹かしながら、「メガ粒子砲を圧縮しただけの火力がありますよ」とオサリバンが自信たっぷりに語っていたビームマシンガンを、ようやく背中を取ったMAに向けてスナイプした。

 

 そして相手の巨大MAの装甲に届く前、ビームは傘に弾かれる水のような動きをして消えた。

 

「Ⅰフィールドだって!ふざけたものを!!」

 

 図体だけでなく中身も真似てきたか!

 

 フォン・ブラウンで、あの赤いMAをかっぱらうことに成功していれば、ここまで苦労をしなかったものを!

 

 死んだ赤子の歳を数えるようなものだと知りつつ、シーマは憎悪と殺意のが混じった視線を相手へと向けた。

 

 敵MAはこちらの攻撃をやり過ごしたと見るや、何基あるのかわからない巨大なブースターを使い、コロニーに向けて直進を開始する。

 

「させるか!」

 

 シーマは早速110ミリ機関砲に獲物を持ち替えるが、すぐさま警告音がコクピットに鳴り響く。咄嗟にレバーを引いて機体をステップさせる動作に入った。

 

『敵に尻を向けるとは、ジオンの海兵さんはずいぶんと余裕があるじゃないか!』

 

 オープン回線で呼びかけるとは、よほどの馬鹿か、それとも自分の腕に自信があるのか。

 

 踏み込んだレバーに従い、更に右へと機体を動かす。

 

 直後にそれまで自分の機体がいた空間を、敵のビームライフルが切り裂いた。

 

 シーマは発射地点に向けて発射準備を終えていた機関砲をばら撒くが、相手のMSも自分と同じようにその場を飛びのいていた。

 

 一瞬だけ画面の端に見切れた姿を、AE御自慢の管制システムが自動補正してモニターに映し出した。

 

 木馬もどきの甲板構造上部、キャノンタイプのジムを従えた、巨大な狙撃用ビームライフルを手にした青い塗装が特徴のジム・スナイパーⅡである。大戦後期に連邦が開発した量産型MSだが、装備次第では中距離や接近戦も可能な万能選手だ。

 

 しかしそれも大戦当時の話。今時あんな旧式の機体でよくやると感心しつつ、シーマは連邦の女性兵士に売られた喧嘩を買うため、自らもオープン回線で反論した。

 

「っは!あんたこそ余裕があるじゃないか。家に帰って皺の間に入り込んだファウンデーションでも洗い流したらどうだい!」

『そりゃ自分のことかい!』

 

 「三ツ目」とあだ名されるジオン製の3連式多目的カメラを頭部に装着し、曲芸師のような動きで位置を変えながら長距離ビームライフルを手にするMS。キャノンタイプの援護射撃にもさらされながら、シーマは再び、自らが望まぬ踊りを強要された。

 

『ほらほら、踊れ踊れ!』

 

 フラメンコを踊るバイラオーラのように小刻みに足を動かしながら、シーマはどこで間違えたのかと、必死に経緯を思い返していた。

 

 当初は一定の距離を保ちながら接近してきた連邦艦隊は、距離が10000を切った段階で戦隊ごとに2列の縦列陣を組み、中央に木馬もどきを配置した格好に戦列を組み替えた。

 

 乱戦になったとしても、艦艇同士が交互に対空監視と砲撃支援をすることで敵MSを用意に接近させない陣形は、奇襲を警戒してのことだろう。

 

 最先端技術の結晶である巡洋艦や戦艦であっても、建造時期や設計あるいは造船ドックによってもエンジンの癖は異なる。ミノフスキー粒子というとんだ邪魔者の御蔭で、その傾向はさらに強まった。大戦前の連邦軍ならともかく、速さの異なる艦艇同士の足並みを状況に応じて戦列を変えつつ揃えるのは、並大抵のことではない。これだけでも敵の練度の高さは相当なものだと伺える。

 

 そのままコロニーの進行方向と並行するように押し出してくる艦隊に、シーマ艦隊はMS部隊による奇襲の機会を見計らいながらコロニー越しに艦砲射撃を加えていた。

 

 ここに思いもがけぬ邪魔者が現れ、シーマの目論見は狂い始める。

 

 申し訳程度にガンダムが顔を見せているとはいえ、大きなコンテナが2つくっついたようなドダイもどきの装置にガンダムが合体したかのような連邦の巨大MAは、シーマ艦隊にとっては悪夢そのものであった。

 

 装備の中でも異様な存在感を誇る、機体から突き出した100メートルはあろうかという長い長い棒。それが一体何なのか、シーマ艦隊はムサイ改級巡洋艦1隻と引き換えに思い知らされた。

 

「あ、あの距離から狙い撃つのかい!」

 

 艦隊とは正反対の方向からコロニーに急接近してきたMAに、シーマ艦隊が隊列を変えて迎え撃とうとする中、距離3000を切った瞬間に発砲されたメガ・ビーム砲は、コロニーのミラーを貫いて、その背後に隠れていたはずのムサイの艦橋を撃ち抜いた。

 

 制御不能となったムサイは、コロニーに突っ込んで爆発した。

 

 シーマは相手が悪いと自ら迎撃の指揮を執ったが、このMAはとにかく質が悪い。化物のように大きなコンテナから次々と実弾系のミサイルや兵装を撃ち出し、それが空になったかと思えばまたコンテナから次の兵器を取り出す。まるで兵器工廠を背負っているかのようだ。

 

 こちらの虎の子であるMSや艦隊には目もくれず、コロニーのミラーや外壁に当たれば良いと一撃離脱の乱れ撃ちを続けるのだから、護衛するシーマ艦隊としては堪った物ではない。

 

 MA迎撃に専念しようとすれば、距離を保っていたはずの連邦艦隊が急接近。五月雨撃ちにコロニー外壁に主砲とミサイルを叩き込み、シーマ艦隊がこれに対抗しようとすれば遠ざかる。そしてまたMAが襲い掛かるという具合に、かれこれ2時間近く同じ攻撃パターンに振り回され続けている。

 

 ならば艦隊を先に攻撃しようとシーマ自らがMS隊を率いて距離を詰めれば、今度は艦隊の防空指揮や遠距離攻撃による援護に専念していた直掩機が迎撃に上がる。それも連邦らしからぬエース揃いときている。

 

 これでは奇襲を仕掛けたのか、誘い込まれたのかわかったものではない。

 

『ほらほら、考え事をしている暇があるのかい!』

 

 ガーベラ・テトラの直ぐ脇を、ロングレンジのビームが通り過ぎる。

 

 シーマはガーベラ・テトラ受領の時に交わしたオサリバンとの会話を思い起こしていた。

 

『例のサイサリスの後継機に、随分と厄介な機体があると聞いているが?』

『さすがは海兵隊。確かな情報網をお持ちのようで』

『ヴァル・ヴァロを受領出来ればそれでいいが、こちらとしては失敗したことも考えておかなきゃならないからね』

『随分と慎重ですな』

『そうしなければ生き残ってこれなかったってだけの話しさ。それで大丈夫なんだろうね。そんな化物と戦場で鉢合わせなんて、御免だからね』

『確かにガンダム試作3号機は少しばかり異質の機体です。ですが係留先は我社の浮きドックですから、どうとにでもなります。貴重な技術者を失うことは弊社の損失ではありますが、やむを得ません』

『不幸な事件や事故か。保険金の二重取りとは、少々火遊びがすぎるんじゃないかい?』

『はっはっは、保険会社の調査員はともかく、さすがの連邦も月までは監視が届きませんからな。連邦軍も一枚岩ではありません。これはあくまで最後の手段。そのような危ない橋を渡らずとも、いくらでも理由をつけて受領を阻止することは可能です。どうぞ大船に乗ったつもりで、ご安心ください』

 

 あの野郎……例えコロニーの下敷きになって死んだとしても、あたしが引きずり出して、もう一度ぶっ殺してやる!

 

 

「オサリバン常務、どうかなさいましたか?」

「……なんだか寒気がしてな」

 

 大型のレーザー通信装置による緊急の取締役会議終了直後、突如として肩を震わせたアナハイム・エレクトロニクス(AE)のオサリバン常務取締役は、突如として周囲を見渡した。

 

 この精力と生気が全身に漲ったかのような中年男性の肩書きはAEグループのフォン・ブラウン支社長である。そしてこれほどの巨大企業になると、その影響力は支社がある巨大都市のあるクレーター内部にとどまらない。月面都市連合の政財界や、地球の連邦政府にも顔が利くという、一種の政商である。

 

 オサリバンの権勢を象徴するかのように、部屋には一枚ものの巨大な手織り絨毯が敷かれている。大戦を経た今となっては、これだけでフォン・ブラウンの高級住宅地に豪邸が立つ代物だ。

 

 部屋の調度品も中世期の美術品や一点物の工芸品ばかり。そしてオサリバンが座る黒檀の机の背後の壁には、全社共通である右下弦の三日月にアルファベットの「A」と「E」が施された企業ロゴの入った旗が、燦然と飾られていた。

 

「妙な視線というか、殺気を感じたような気がしてな」

「……大丈夫ですか?」

 

 同じフォン・ブラウン市のAE支社の幹部が、上司の正気を疑うような発言をする。

 

 大戦中は、その存在に御執心であったキシリア配下の突撃機動軍の統治下に置かれていたルナリアンといえども、ニュータイプについては「ビデオ屋の創作物」の扱いをされることが多い。

 

 ましてや「ニュー」とは程遠いオールドタイプの権化のような脂ぎった中年男性がそんなことを言い出せば、二日酔いを疑われるのがオチである。

 

 オサリバンも「昨日の酒が残っているようだな」と苦笑を浮かるだけで、部下を叱責することはしなかった。

 

 オサリバンは汚れ仕事も辞さず次々と大型プロジェクトを纏める手腕により、着々と実績を積み重ね、戦後の混乱期にAEを急成長させることで現在の地位に上り詰めた。

 

 リバタリアニズムリバタリアニズム(自由至上主義)の傾向が強いルナリアンの中でも、旧合衆国との関係が深いフォン・ブラウン市は特に成果主義の風潮が強い。いついかなる時でも堂々と自らの理論を語ることの出来るオサリバンは、それ故に社内外の輿望を集める存在であった。

 

 精力の強さを表すような禿げ上がった頭皮に鋭い眼光。そして下顎全体を覆うような顎鬚。この強面でいざとなれば恐喝まがいの交渉も辞さないAE有数の豪腕で知られるオサリバンだが、笑うと不思議な愛嬌がある。

 

 そのため社員からすればオサリバンは頼もしく親しみやすい上司であり、オサリバンも親分肌の上司として振舞うことで社員とのコミュニケーションと組織のガバナビリティに利用していた。

 

『支社長、ご歓談中の所、大変申し訳ありません』

 

 秘書達と他愛のない世間話に興じていたオサリバンに、受付から連絡が入る。

 

 オサリバンは受話器をとり誰何した。

 

「どうした。ただでさえ有休を消化しろと人事と総務が五月蝿いのだ。今日はもう残業はしないぞ。君も早く帰り給え」

『申し訳ございません。ですが、その……カーバイン副社長が』

「あのボンクラがどうしたというのだ」

 

 今では「洗濯機から戦艦まで」と渾名されるAEグループだが、創業は北米五大湖周辺の家電メーカーであった。それが月面開発と共に月へと拠点を移し、宇宙開発とともにその企業規模を拡大。軍需や通信、建設土木に金融と幅広く手を伸ばした。

 

 大戦中には連邦軍とジオン軍双方に商品を売りつけ、戦後には旧ジオン系軍需企業を吸収合併したことで、地球圏有数の巨大企業連合に成長した。

 

 カーバイン家は北米の家電メーカー時代から続く創業家である。他の創業家が月面進出に従いAEとの関係が途切れていく中、カーバイン家だけがグループへの影響力を残し続け、幾度となくCEOを輩出している。

 

 現当主であるメラニー・ヒュー・カーバイン最高顧問も、大戦中には代表取締役社長として活躍。戦後はジオン軍との協力関係の責任を取るとして経営から退いたものの、それはあくまで表面上のこと。各種経済団体の役員は継続しており、連邦政府に旧ジオン系軍需企業の買収許可を認めさせるために活動するなど、依然としてグループ全体に強い影響力を保持している。

 

 軍需部門出身のオサリバンはメラニー個人の手腕は認めていたが、実績や経験、人脈も含めていずれは自分こそが「次」のAEの社長にふさわしいと考えている。

 

 故にカーバイン家出身であるという理由だけで副社長になったボンクラ(メラニーの長子)のことなど、彼は全く認めていなかったし、そんな男を副社長にしたメラニーを「耄碌したものだ」と内心軽蔑すらしていた。

 

 そんなボンクラが、今頃何の用で来たのか。来たとしても今日の緊急会議に顔も出さないし、そもそも呼ばれもしないような男に会うつもりはない。

 

 そのような自身の考えをオブラートに包んで伝えたのだが、電話の先では受付が囁くような口調で応じた。

 

『副社長ではありません。夫人のマーサ・ビスト・カーバイン女史がいらっしゃっています』

「あの厚化粧婆か」

 

 オサリバンは「通せ」とだけ短く答えて通話を切ると、その場にいた部下達に帰宅を命じた。

 

 彼らはオサリバンの豹変に怪訝な表情を浮かべていたが、部屋のドアがノックもせずに突如として押し開かれたことに驚き、一斉に視線を向けた。

 

 そしてそこに立つ女性の顔を見るや、石像のように固まってしまった。

 

「なんです?見てはいけないものを見たような顔をして」

 

 マーサ・ビスト・カーバインは、ねめつけるようにして部屋の中にいた社員の顔を見渡す。オサリバン以外の社員達は慌てて視線を外すが、カーバイン夫人は続けて叱責するように続けた。

 

「私は創業家であり大株主でもあるカーバインの妻です。私が見てはいけないものが、何かあるとでも言うのですか」

 

 本人の温和な性格と社交性以外は何のとりえもないとされる創業家の御曹司が、かろうじてAEという政治的な存在にならざるを得ない巨大企業グループの副社長を務めていられるのは、この賢夫人の御蔭である。

 

 これは衆目の一致する副社長評であるが、同時にこの女傑が副社長夫人という地位で満足するとは、オサリバンも含めて誰も考えてはいなかった。

 

「ま、立ち話もなんですからな」

 

 潜在的な敵対者であるカーバイン女史に、オサリバンは如才のない笑みを浮かべて部屋の左奥にある丸机と椅子に座るように促した。部下達はその言葉に救いを見出したように、慌てて部屋を退出する。

 

 カーバイン女史は、彼らの後ろ姿に軽蔑したような視線を向けながら口を開いた。

 

「随分と部下を甘やかしておられるのですね、オサリバン常務」

「この年になると人の使い方を変えられないのですよ、副社長夫人」

 

 オサリバンはカーバイン女史と同じ机の椅子に座ろうとしたが、女史が空いた席に手にした鞄を置いたのを見て、その考えを放棄した。

 

 しかしオサリバンとしては創業家一族の夫人とはいえ、直接の上下関係にない一個人に対して、部下のように接するつもりもない。そこでオサリバンは豪華な調度品に溢れた部屋の中を-この部屋の主が誰かをアピールするように、意図的にゆっくりとした足取りで歩いた。

 

 カーバイン女史の視線が自分に向けられているのを確認すると、彼は創業家一族に来訪の意図を訊ねた。

 

「この時間ですと、船も簡単には捕まらないでしょう。ましてこんな時にグラナダからよくいらしゃいました」

「無駄話は結構」

 

 無駄話を厭う人間の元に情報が集まるとは思いませんがね。オサリバンは内心反論した。

 

 連邦政財界の表と裏の両面から強い影響力を維持しているビスト財団を運営する一族から迎えられた賢夫人は、何事にも、そして誰に対するのにも必要以上に高圧的である。そのためAE社内からの評判はよくない。メラニー最高顧問は彼女を評価しているが、その真意はオサリバンにも理解出来ていない。

 

 個人としての能力と、組織人として求められる能力、あるいは企業統治の最高責任者として必要な素質は異なるものであるとオサリバンは考えている。

 

 仮に彼女に経営者の素質があったとしても、中世期の垂簾聴政のような真似は認めることは出来ない。まして副社長はいい年をした大人なのだ。

 

 オサリバンの柔らかい言葉遣いと強面の下にある野心を見極めるかのように、カーバイン女史は目を細めていたが、時間がないのは彼女も同じであったのか、本題を切り出した。

 

「今日はAE持株会社の株主であるカーバイン家の一員として、そしてビスト財団が保有するAEグループ関連の株主としてこちらに参りました」

「それはそれは、大仰な話ですな」

 

 なるほど。確かにメラニー顧問が評価するように、この副社長夫人は猛毒を含んだ針を忍ばせた女王蜂であるらしい。

 

 自分の持つカードを交渉相手に直接突きつける素直さは気になったが、度胸という点に関しては評価してもよいだろうとオサリバンは評価した。

 

「貴方の今回の行動。具体的にはジオン残党軍との接触と直接的な支援は、AE及び月面都市を脅威にさらしているのではないですか?その点に関する貴方の見解について答えて頂きましょう」

 

 支社内でも極秘の情報をどこから入手したか。まずそれを調査させるかともオサリバンは考えたが、それが徒労に終わるであろうということも、ほぼ同時に理解していた。

 

 それはそれとして、これ見よがしに毒針を見せびらかすのは褒められたやり方ではない。

 

 平素は懐に隠しておいてこそ、毒針の価値があるのだ。

 

 そのありかを声高に主張していては、相手を無闇やたらと警戒させるばかり。あるいは御嬢様としての素直さと解釈するべきなのかもしれないが……オサリバンは表面上では愛想の良さを維持しつつ、カーバイン女史-ビスト財団のお姫様の申し入れをバッサリと切り捨てた。

 

「まだ御存知ではないようなので、私から御伝えいたしましょう。先ほど開催された緊急の取締役会議で、今回の一件は私に対応が一任されました。メラニー最高顧問も承知済みです」

 

 社内取締役会における統一した意思決定による全件の委任、カーバイン家の当主の支持、そして次のCEOを巡る後継レースにおける自らの優位性。この3点を突きつけられたカーバイン女史はその大きな瞳をぐりっと剥いたが、声を荒げることはしなかった。

 

 感情的にすぎるという社内からの評判とは裏腹に、こうした場面において自分の感情をコントロールできる点は評価しても良いだろう。

 

 勝者としての余裕からか、オサリバンは相手を(彼の考えるところの客観的に)評価するだけの気持ちのゆとりがあった。

 

 だからこそ彼女の瞳の奥に燃え盛る憎悪の感情について、オサリバンは大したことはなかろうと軽視した。

 

「現在、コロニーは月面落着コース……具体的に申し上げると、このフォン・ブラウンへの落下コースをたどっております。ですがご存知のように、私はジオン残党軍とのパイプを維持しております。ご懸念のような事態にはならないとお約束いたしましょう」

「ジオン残党との密約を信じる根拠があるとでも?」

 

 将来の約束が可能な交渉相手とは、将来のことを考えている相手だけだ。その場さえしのげればよいという後先考えないテロリストと交渉も契約も成り立つはずがない。

 

 カーバイン女史でなくとも、疑問を抱くのは当然であり、実際に彼女はオサリバンを詰問するというよりも、自分の疑問を率直なまでにぶつけた。

 

「ジオニストの、あるいはザビ家の狂信者にとっては、この月も裏切り者でしょう。土壇場で裏切られない保証が、どこにあるというのです?」

「この場でそれを証明することは難しいですな。しかし私が今、こうしてこの支社長室にいることが、その証明とはなりませんかな?」

 

 その言葉に、カーバイン女史はオサリバンに対する視線と語気を強める。

 

「フォン・ブラウン市の5千万人の人口、そしてこの都市にAEが長年築き上げてきた社会的な信用や企業財産を掛金にするだけの価値が、貴方の首にあるとでも?」

「少なくとも、取締役会にはその価値があると判断して頂きました」

 

 AEほどの巨大会社の次期CEOともなれば、政治に無関係ではいられない。戦後のドサクサの処理だけでの仕上がってきたような自分が地位につこうとすれば、カーバイン家やビスト財団の承認、なにより「次」の連邦軍上層部と強いパイプを維持して見せる必要がある。

 

 その為にはフォン・ブラウンのみならず、自らの生命を掛金にすることなど、安いものだ。オサリバンはそこまで腹を括った割り切った考えをしていた。

 

 他人の生命だけではなく自分の命もチップとするのが、このイタリア系ルナリアンなりの良心であり自負心だったのかもしれない。

 

 そもそもAEの今の繁栄があるのは、自分が汚れ仕事を率先してこなしてきたからだ。

 

 ならばそれをどう使おうと自分の勝手ではないか。

 

 どうせ1度の人生、ましてこの混迷の時代に男子として生まれた以上、天下を取りたいと思うのは当然ではないか?

 

 もっともそれは目の前の御夫人には理解して頂けないだろうが。

 

 オサリバンは能面のような表情をしたカーバイン女史に、自らの主張を続けて並べ立てた。

 

「今回の騒動に関する見解を申し上げます。デラーズ艦隊は何れは連邦艦隊に鎮圧されるでしょう。今の地球圏にいるジオン残党軍や、アクシズとて連邦正規軍と正面から戦う戦力はありません」

 

 オサリバンはあっさりと自らの出資した相手が連邦軍に敗北するであろうと断言した。そしてそれでもAEには出資するべき理由があると続けた。

 

「サイド3と近い月に本拠地を置くAEとしては、彼らの動向にも留意する必要があります。月面都市内部にはジオンのシンパが少なくありませんからな。マフィア相手のみかじめ料のようなものです」

「繰り返しになりますが、それを信用出来る保証がどこにあるのです?」

 

 交渉相手として信用出来る相手ではない。カーバイン女史は熱っぽく語るオサリバンとは対照的に冷たく反論した。

 

「相手は地球人口の半数を死に追いやった狂信者と、その支持者です。対話と交渉による話し合いが可能な理性的な存在と判断出来るとお考えなら、あまりにも楽観的に過ぎるのではありませんか?月の直径は地球の0.27倍でしかありません。大気という衣服も身にまとっていない痘痕だらけの、この女王にコロニーが衝突すればどうなるか」

「月面にクレーターがひとつ増えるだけではすまないでしょうな」

 

 連邦中枢に寄生する寄生虫一族の分際で、宿主の心配をしてみせるとはな。

 

 オサリバンは自ら感じたこの滑稽さを話し合う相手が、この場にいないことだけが、残念でならなかった。

 

「副社長夫人の御懸念は私としても理解します。しかし取締役会議は私の考えを支持してくださいました。決定がなされた以上、私としては全力を尽くすのみですな」

「ナノテクノロジー部門は私の管轄と知って、貴方はそのようなことを仰るのか?」

「……は?ナノテクノロジー?」

 

 能面から2本の角をはやして気色ばむカーバイン女史に、オサリバンは咄嗟に素の反応をしてしまった。

 

 確かにこの副社長夫人は潜在的な自分の政敵ではあるが、必要もなく敵対するような下手をした覚えはない。

 

 ジオン残党軍とパイプを作るために戦略物資やMSなどの援助物資の提供をフォン・ブラウン支社長としての権限で行ったが、この猛女の管轄に関わる分野には手を出した覚えはなかった。

 

 そういえば副社長が関わる会社にはナノ素材に関するものがあったかと、顔に似合わぬデーターベースとも呼ばれる自らの記憶を呼び起こしていたオサリバンであったが、続くカーバイン女史の次の言葉には、ただあっけにとられるしかなかった。

 

「作戦中の連邦艦隊が、我がAEナノ開発の輸送船から特定の商品を大量に徴発していきました。おかげでこちらは予定していた展示会も商談も全て御破算。この混乱でさしたる問題にはされていないとは言え、貴方どう責任を取ってくれるのです?」

 

 

「な、なんじゃこりゃああぁ!!!」

 

 陸船体を率いるデトローフ・コッセル大尉は、時折砲撃で揺れる「アイランド・イーズ」のベイで、我が目を疑った。

 

 そこにあるのは真っ黒な物体であった。

 

 いや、黒というにはあまりにも黒すぎており、黒光りしており、驚くほどに黒くて、そして黒かった。

 

 連邦宇宙軍が使用するスペースランチのような格好をしてはいるが、わずかな視界を確認するためと思われる窓を除いて、そのすべてがあまりにも黒く塗装されていた。コッセルは目の前にあるものがなんなのか、理解出来なかった。

 

 そしてランチに近寄り調査をしていた部下のひとりが、ノーマルスーツ越しにその物体の表面をこすり、驚きの声を上げた。

 

『こりゃあれですぜ!AEの貨物船で見たことがある!』

「知っているのか!」

 

 コッセルがノーマルスーツ越しに部下に詰め寄る。部下はコッセルの剣幕にたじろぎながら、その正体を告げた。

 

『ヴェンタ・ブラック、そうヴェンタ・ブラックのバージョン8塗料です!』

「なんじゃそりゃ!?」

『たしか10億分の1というナノ単位の筒状炭素分子で構成された物質で、可視光の99・99%を吸収してしまうという、宇宙で最も黒い物質ですぜ!』

「よし、なんで貴様がそんなことを知っているのかは知らないが、よくやった……で、何なんだそれは!!」

『望遠鏡や、狙撃用MSの光学カメラ内部に使われている奴で、余計な光を吸収して対象を観察しやすく……』

「御託はいい!だからこりゃ、何なんだと聞いているんだ!」

 

 コッセルの理不尽な叱責に、部下はヤケクソ気味に答えた。

 

『と、とにかく真っ黒なんですよ!人間の目に映る可視光のほとんどを吸収しちまうから、例えばクシャクシャのアルミホイルにこれを塗装しても、周りの人間の目には、そこに真っ黒なものがあるとしか認識出来ないって事になるんだそうで……特に最新のやつは有視界戦闘で使われるMS用光学カメラでも認識出来ないとか』

 

 これに別の部下が反応する。

 

『そういや俺も聞いたことありますぜ。特殊部隊で使用が検討された塗料があるって』

『そう、それだよ。でも実際には危険すぎて使い物にならないという理由で外塗装での使用は禁止されたはずなんだが』

「……じゃあ、何か?!こいつは、その敵味方の識別も出来なくなるような、ブラックなんちゃらの塗装を施して、この艦隊戦のド真ん中を突っ切って、このコロニーにやってきたというのか?!」

『そ、そういうことになりやす!』

 

 現物が目の前にあり、その性能を説明されたにも関らず、コッセルには現実として受け入れる事が出来なかった。

 

 いくら表面にこの塗装を施したところで、スラスターの光は隠せない。接近中に発見出来なかった自分達の不手際を擁護するわけではないが、見つかればただの的でしかない。このようなことなら監視カメラを設置しておくべきであったかとコッセルは考えたが、どうせミノフスキー粒子で無線通信は役に立たないのだと自らの考えを即座に否定した。

 

 それにしても、自分達の推察が正しいとするならば、このランチは敵味方信号も発信せず、味方の砲撃にさらされる危険性もあるというのに、あらゆる無線を封鎖して、ここまでやってきたということになる。

 

『頭おかしいってレベルじゃねえぞ!』

 

 そう叫ぶモヒカン頭(ノーマルスーツのメット下に隠れているが)の部下の叫びに、コッセルは深く同意した。

 

 連邦艦隊との交戦中、コロニーから謎の信号を受信したシーマ艦隊は、コロニー公社や移送会社の関係者が生き残っている可能性を考え、コッセル大尉を臨時指揮官とする陸戦隊をコロニーに上陸させた。

 

 そしてベイの片隅に係留されていた、この謎のスペース・ランチを発見したというわけである。

 

 そうなると奇っ怪な敵艦隊の行動やMAの一撃離脱戦法も、全てはコロニーのベイから自分達の視線をそらすことにあったと考えるべきか。

 

 ではそれは何のためか?

 

 それはこのランチの上陸から目をそらすために……

 

 ……っ、しまった!

 

「おい、第3中隊、応答しろ!」

 

 突如として通信機に叫んだコッセル大尉に、ランチを調査していた部下達はあっけにとられる。

 

『た、大尉!大尉!』

 

 だが港湾の通信施設の調査に向かった部隊から返された緊急通信に、俄かに緊張が走った。

 

『助けてください!助けてください!!』

「おい、どうした!第3中隊、何があった!!」

『ば、化物です!化物があ!!!』

「化物ではわからん!明確に答えろといつも言ってるだろうが!敵は何人だ?!」

『ひ、ひと「がっはっはっはっはっは!!!ここにいたかあ!!」……きゃあああ!!』

 

 その地の底から湧き上がるような甲高い笑い声に、コッセルは聞き覚えがあった。

 

 無神経かつ無尽蔵な精神力。オールドタイプの化身とあだ名された連邦軍将校の声は、あのア・バオア・クー攻防戦に従軍した旧ジオン公国軍の将兵全員にとって、忘れようにも忘れられない。

 

 それはシーマ艦隊の一員として祖国から切り捨てられた自分達でさえ、幾度となく悩まされた悪夢そのものだ。

 

『ふはははは!観念して降伏せい!!……うん?気絶したか。みっともない』

「だ、誰だ貴様は!?」

 

 コッセル大尉はそう誰何したが、その声の主には凡その見当がついていた。

 

 あのどうしようもない戦場において、突如として要塞司令部から発せられたその声によって、ジオン公国の敗北は決定したのだから。

 

『私か?私は地球連邦軍のバスク・オムである!!』




・いわゆる世界で最も黒い物質、そのバージョンアップした設定。実際にこんな風に使えるかどうかはわかりません
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