地球連邦政府備忘録   作:神山甚六

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- チケットの払い戻し、および運行状況のお知らせ -

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 現在、フォン・ブラウン市港湾局からの要請により、弊社が運行するグラナダ市、及びエアーズ市行きの定期航宙輸送便は、11月11日(グリニッジ標準)AM1:00の段階で全面的に運行を休止しております。市当局および航宙保安局(シール訂正:港湾局)の許可を得た段階で、速やかに運行を再開する予定です。

 払い戻しを御希望のお客様に関しましては、弊社の支店、又は空港内の弊社受付カウンターで順次、対応を致しております。SNS上のデマや流言飛語に惑わされることなく、係員及び空港保安員の指示に従い、冷静な対応と御協力をお願いいたします。



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・現在進行中の事態に対処するため、フォン・ブラウン市は治安維持と市民の安全を確保する義務を果たすには、連邦憲章第54項の緊急事態条項、及び、自治都市基本法第42条に定められたる条項を適応するべきだと判断した。これに従い当局は以下の決定を下した。なお本通達は市長、あるいは市議会がその緊急性および必要がなくなったと判断した段階で、無効となるものとする。

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・港湾当局および航路警備隊は、連邦宇宙軍の艦艇及び作戦行動に従事するものを除き、当局管制官の許可無く出発する全ての船舶を、その船籍に関わらず実力をもって停船させる権限を行使する。なお没収した船舶や商品は、基本法第42条補足第3項に従い処分さ(ここより破り取られている)


宇宙世紀0083年11月11日 バスク分艦隊旗艦『ツーロン』作戦室~コロニー「アイランド・イーズ」周辺空域

 士官学校や軍大学校においては、知力や体力など個別の成績が優秀なだけでは総合評価の対象とはならない。

 

 軍の将来を担う幹部候補生を育成するのだから、当然ながら組織人としての人格、つまりはチームプレーが出来る秀才が最も評価される傾向がある。

 

 それでも何十年かに一度はロドニー・カニンガンやヨハン・イブラヒム・レビルのような、凡人の秀才や組織の論理の枠にはまらない、それでいて「組織に必要不可欠な人物である」と誰もが認めざるを得ない天才が彗星のごとくに現れるのだが、それは例外中の例外だ。

 

 ジャマイカン・ダニンガンは、万人が認める凡人の秀才であった。

 

 人事講評に曰く「分析能力に優れるものの、性狷介にして徒に和を乱す。故に同期で人望なし」。

 

 大体にして士官学校の校長の手による講評と適正評価は、個人的な好悪が入り込むので頓珍漢なものになりやすく「当たった試しがない」とはよく言われることだが、この「コック帽ヘッド」(士官学校時代からのジャマイカンのあだ名)に限ってはそうとも言い切れなかった。

 

「人を使えない。指揮官に不適合」

「上に追従、下に尊大な権威主義者」

「理屈をこねて問題を必要以上に複雑にしたがる」

「能力以上に課題を抱え込み、なんでも一人でやりたがる」

 

 よくもまぁ、ここまで悪し様に批判されたものだと思うが、彼を知る者は「当たらずしも遠からず」と苦笑いを浮かべるか、或いは「その通りだ」と苦々しく頷くかに反応が分かれるというのだから、相当なものである。

 

 そのジャマイカン・ダニンガンは「人生において最大にして最悪の出来事は何か」と問われると、決まって同じ回答を返すことが常であった。

 

 それは性格が災いして士官学校次席に甘んじたことでも、大学校でも似たような経緯をそっくりそのまま繰り返したことでも、まして人類史上最悪の「内戦」となった一年戦争の開戦でもない。

 

 バスク・オムという「天災」と出会ったことだと断言する。

 

 開戦直後、ジャマイカンはルナツー駐留艦隊の航海参謀(中尉)として、衛星軌道上における作戦可能な宙域の割り出しに従事していた。

 

 ジオンの地球降下作戦が噂される中、連邦宇宙軍の中世期から誇った衛星軌道上の精密なレーダー網は、全て使用不可能になっていた。多くの監視衛星が、一週間戦争により生じた大量のデブリと共に使い物とならなくなったからである。

 

 ジャマイカンを含めた各艦隊の航海参謀は、さながら第2次世界大戦の有視界戦闘に戻ったかのように、決死隊による威力偵察と測量によって得た情報を基に、作戦行動が可能な作戦宙域の割り出しを急いでいた。

 

 各参謀が「脳みそから汗が出る」と呼ばれる過酷な任務を続けるルナツーの統合作戦室に、招かれざる客が入室してきたのは、たしか南極条約締結が大々的にニュースで放映された直後であったとジャマイカンは記憶している。

 

 大方、戦力もないくせに出撃させろと騒ぐハゲタカ・エイノーかその部下だろうと目当てをつけ、そちらの方向を見もせずに偵察部隊の情報を地図の上に落とし込む作業を続けていた。

 

『ふむ、これは使えそうではないか』

 

 突如として目の前の地図が取り上げられ、ジャマイカンは瞬時に頭に血が上った。「何をする!」と振り返って怒鳴りつけたが、そこには分厚い胸板しかなかった。

 

 ギョッとして上を見上げると、そこには赤い奇っ怪なゴーグルをつけたスキンヘッドの顔。

 

『気に入った。貴様、私のところに来い』

 

 思えばそれが腐れ縁の始まりであったと、ジャマイカン・ダニンガンは回顧する。

 

 

『脱出、出来ないですと?!』

 

 通信機越しに強襲揚陸艦『アルビオン』艦長の声が響く。

 

 当然ながらその内容は『ツーロン』の艦橋でバスク少将に代わり指揮を執るオットー・ペデルセン大佐や、各艦の艦橋、そして『ツーロン』艦内にある作戦室で待機するジャマイカン参謀長以下のバスク分艦隊の司令部要員にも聞こえていた。

 

『私は脱出出来ないのではなく、しないのだよシナプス艦長。先ほど同行させていた陸戦隊を内火艇に無理やり押し込んで脱出させた。あとで拾ってやってくれ』

『閣下、陸戦隊の回収は承りますが、私はそのようなことを聞くために連絡したわけではありません』

『コロニー内部の情報収集がまだ十分ではないのだ。仕方あるまい』

 

 『こうも早く発見されるとは思わなかったがな』とバスクは画面越しに高笑いをしてみせた。これにシナプス大佐ではなくペデルセン副司令が割り込んだ。

 

『閣下、閣下がそこにいらっしゃると、試作3号機及び艦隊による攻撃の邪魔になります。早く脱出していただけると、こちらとしてはありがたいのですが』

『闇雲に攻撃するだけで破壊できるほど、コロニーの構造は柔なものではないことは、先の大戦におけるブリテイッシュ作戦が証明しているではないか。起爆装置も予定していた数の半分もセット出来なかった。ならば少しでも正確なコロニー内部の情報を入手して、次の攻撃に活かすしかあるまい』

『閣下、それは!』

 

 リアルタイムで通信の内容が流される『ツーロン』の作戦室には、鉛のような重苦しい空気が立ち込め始める。

 

 その中でジャマイカン・ダニンガン参謀長だけが何時もの様に、どこか白けたような表情で両腕を組んでいた。

 

「撤退だ」

 

 ミノフスキー粒子による通信の途絶を待ち構えたかのように、ジャマイカンが口を開いた。

 

 誰もが発言を躊躇う空気の中で真っ先に断を下した参謀長に、普段は喧嘩や諍いが絶えないはずの作戦室に詰めかけた司令部の要員-そのほぼ全員が、剣呑な視線を彼に向ける。

 

 旧エイノー艦隊組である丸顔の副参謀長が「司令官閣下を見捨てられるおつもりですか」と語気を荒げた。

 

「貴様らは馬鹿か、いや馬鹿の集まりか」

「ば、馬鹿とは何だ!」

 

 血の気の多い旧エイノー派の要員が次々と立ち上がり「上官といえども、誹謗中傷は許さん!」と、この中では唯一の将官である参謀長に抗議の声を上げた。マニティ・マンデナ総務部長らの中間派も、先ほどより若干ながら表情をこわばらせてジャマイカンを見据えている。

 

 しかし当の本人は冷血漢と陰口を叩かれる長い頭を左右に振り、今にも自分に詰め寄らんとする参謀連中に、露骨な侮蔑の視線を向けた。

 

「貴様らは本作戦の当初の達成目標を忘れている。何のために艦隊司令が陸戦隊を率いてコロニーに上陸したと思っている」

 

 「それとこれとは話が違います!」とエイノー派の若手の作戦参謀がさらに食い下がろうとしたが、作戦部長に制された。『アルビオン』との共同作戦会議における共通認識を否定することは、無謬性が求められる自分達の無能を証明するようなものだったからだ。

 

 コロニージャックされた『アイランド・イーズ』の推進剤残量や、改修工事等の個別の情報に関しては、コロニー公社を通じてバスク艦隊のみならずコンペイトウからの追撃艦隊、そしてジャブローの宇宙軍総司令部にも共有されている。

 

 だが実際にジャックされた後に、どのような工作がされたかは遠距離の観測だけでは計りようがない。核弾頭を含めた通常攻撃の限界は、ブリテイッシュ作戦で証明されている。

 

 結果、共同作戦会議は次の結論に達した。

 

・通常攻撃によるコロニーの破壊は不可能である

・コンペイトウからの追撃艦隊とデラーズ艦隊本体の合流時刻は不明

・現状の戦力(2個戦隊とアルビオン+3号機)で、コロニーの奪取は不可能

 

 コロニーを大規模質量兵器として改造した例は、過去に2基しか前例がない。

 

 ルウム会戦による大規模な戦死者と引き換えに、連邦宇宙艦隊は2度目のコロニー落としを阻止出来たが、ジオン軍のコロニー落下作戦に関する具体的な作戦情報を入手することには失敗した。

 

 ブリテイッシュ作戦の大気圏内における崩壊という失敗を反映させた形で、コロニー(サイド5の11バンチ・ワトホート)に取り付けられた核パルスエンジンや補強工事は、ルウム会戦後に全てジオン軍の手で撤去されていた。

 

 そのため共和国との休戦協定終結後、連邦は最優先でこの作戦案を入手しようとしたが、旧ジオン公国のデータベースからは、記録が抹消されていた。

 

 そして現状において、過去のコロニー落としに関する作戦や基礎的なデータを最も蓄積していると思われるのが、旧親衛隊長として作戦に深く関わったエギーユ・デラーズ中将率いるデラーズ艦隊、そして旧公国軍の交戦派高官の多くが亡命したアクシズである。

 

 連邦軍からすれば、現状の不確実要素がさらに増していくばかりであるが、これはエギーユ・デラーズの戦術家としての優秀さの裏返しでもある。

 

 連邦軍としては地球圏(連邦政府の主権あるいは統治権の及ぶ範囲)の連邦市民を守る大義名分(建前)のためには、可能性が低くても、あらゆる場所に兵力を展開させなければならない。

 

 デラーズはそこを突くことで、嫌が応にでも自分が得意とする試合の土俵に連邦を引きずり込んだ形だ。

 

 目的達成のためには派閥の違うアクシズやジオン地上軍残党、あるいは各地のジオン・シンパとも大同団結を成し遂げる。つまり戦略家としての成果を従属させることが出来た。結果として、戦術的な勝利が得られなくても大々的な広報戦略に利用し、反連邦世論を親ジオン派に再生産し続けられればよい。

 

 テロリストの指導者としては、これ以上ない人材だろう。

 

 こうした認識を前提に「デラーズ艦隊の本隊が合流する前に、現状の護衛艦隊を電撃戦により殲滅。その後にコロニーに上陸する」という提案もなされたが、艦隊殲滅後に管制室にいると思われる敵兵士が、デラーズ艦隊本隊との合流やコロニーの細かな落下軌道を無視して、月に向けて推進剤を全力で使用されてしまう可能性があるため、却下された。

 

 仮にコロニーの推進剤すべてに点火された場合、ペガサス級やマゼラン級改であっても追撃は困難だ。

 

 現にコロニージャックされた当時の推進剤残量から逆算すると、月面へのコロニー落着の時間短縮が可能だという見解が出されたことも、この意見を後押しした。ガンダム試作3号機ならば追いつく可能性はあるが、パイロット1人で管制室に乗り込んだところで意味がない。

 

 何より護衛艦隊攻撃中に、デラーズ艦隊本体と挟撃される可能性がある。連邦の1個艦隊に及ばない勢力とはいえ、デラーズ艦隊はバスク分艦隊より遥かに規模が多いと情報参謀は分析している。

 

 レーダー網が機能しなくなって久しいのに、連邦艦隊は未だにそれに対応するだけの即応能力を兼ね備えているとは言い難い。まして主力はコンペイトウ鎮守府で混乱状態にある。

 

 そうした前提を再度繰り返す様に指摘してから、ジャマイカンは続けた。

 

「だからこその陽動作戦であり、コロニーに潜入しての作戦行動だったのだ」

 

「貴様らの作戦骨子の変更は、艦隊司令の蛮勇を無駄にするものに他ならない」とするジャマイカンを、旧エイノー派出身者が殺気すら感じさせる視線で睨み返す。

 

 たしかにグレイザー・ワン作戦の骨子は、合同艦隊と試作3号機による大規模な陽動作戦により、バスク少将が率いる陸戦隊を黒塗りの内火艇で突撃させて、コロニー内部を調査することを最重視している。

 

 破壊可能ならそれで良し。間に合わない場合は情報を入手して、コロニー破壊作戦を再度立案し、コンペイトウからの追撃艦隊と再度攻撃を仕掛けることを目的としている。

 

 そしてコロニー内部の調査隊はいざとなれば切り捨てることも、作戦の草案に含まれていた。

 

 だからこそ反対意見にはバスク自らが「その判断は私が現場で下す」として説いて回ったのだ。

 

 そのグレイザー・ワン作戦の実施に「リスクが高い」という理由で最後まで反対していたのが、この「コック帽ヘッド」ではないか。いざとなれば上官を切り捨てろというとはどういう事なのかという幕僚達の視線を一顧だにせず、ジャマイカンは作戦の期限を明示した。

 

「陸戦隊に命じて管制室のメインコンピューターに端末ごと差し込ませた電子ウィルスによる管制系統の調査は、まだ5割程度しか結果が戻されていない。少なくとも8割前後の情報がこちらに伝達されるまでは、現行の追尾行動を続ける必要があるだろう。コンペイトウからの追撃艦隊が到着する見込みが立たない以上、その段階で追尾を中止する」

「しかし参謀長、その場合は閣下の救出作戦は……」

「どうせ強引にやったのだろうが、閣下が同行する陸戦隊を内火艇に詰めて追い出したというのは、少将がそうするべきだと判断されたからだ。閣下は単独で情報収集の時間を稼ぐことが可能だと判断されたが故に、足手まといの陸戦隊を追い出したのだ」

「参謀長はバスク少将の救出計画を無用だとおっしゃりたいのか!」

 

 聞き捨てならないとペデルセン派の後方参謀が立ち上がり、参謀長に詰め寄る。ジャマイカンは「何度でも繰り返すが、当初の原案通りだ」と応じた。

 

「既に戦闘開始から3時間近くが経過している。人間は機械ではないのだ。疲れれば判断ミスが増える。それは作戦の失敗につながる。推進剤に余裕はあるが、武器弾薬は心もとない。仮にデラーズ艦隊本体が合流すれば、戦線の維持は難しくなるだろう。それに潜入部隊の救出、あるいは脱出が不可能と判断した場合のプランは、既に策定済ではないか」

「しかしそれは最後の!それに相手は、再度コロニーを落下させようとするジオンの狂信者!相手の理性を信用することは……」

 

 後方参謀の指摘に重ねるようにして情報参謀がさらに食い下がるが、ジャマイカンは冷静に手で制して続けた。

 

「何もコロニーの目標は、月だと決まったわけでもあるまい」

 

 参謀長の思わぬ指摘に、作戦室の空気が一瞬、弛緩する。

 

 ジャマイカンは誰よりも早く月へのコロニー落としの可能性を指摘した人物であり、そして現にコロニーが月への落下軌道をたどっているというのに、今更、何を言っているのか。

 

「今更、何をおっしゃっているのですか」

 

 ジャマイカンの士官学校の後輩であるマオ・リャン作戦参謀が、作戦部を代表する形で詰問するような口調で訊ねる。

 

「参謀長は御自身の見解を否定されるおつもりですか」

「否定するつもりはない。しかし可能性が少しでもあるのなら、指摘するのが我々参謀の仕事ではないのか?」

 

 「どうやら君たちは見解が違うようだがね」と士官学校時代から変わらぬ嫌味な物言いをする参謀長にリャン作戦参謀が鼻白むが、ジャマイカンはそれに構わず続けた。

 

「コロニーの推進剤残量次第では、月面周回軌道における重力ターンにより地球への進路変更も可能だろう。あくまで私が言うのはそれだけの話だ」

 

 ただそれだけの話、しかしそれだけでは済まない最悪の事態を指摘する参謀長の発言に、今度こそ作戦室の空気は凍りついた。

 

 コンペイトウ鎮守府領海での混乱が続く中、唯でさえコンペイトウからの追撃艦隊が間に合うのかわからない。

 

 このタイミングでコロニーの軌道が月から地球へ向かうようなことがあれば、どうなるか。

 

 それに対抗出来る戦力は、観艦式で戦力を抜かれたルナツーの駐留艦隊か、サラミス改級巡洋艦が中心の衛星軌道艦隊ということになりかねない。

 

 無人の野を突き進むがごとく、コロニーは地球へと進路を突き進むだろう。

 

 参謀長の発言は、その最悪の可能性を指摘していた。

 

 かと言って、いまさらコンペイトウからの追撃艦隊が地球衛星軌道上に防衛態勢をシフトするわけにはいかない。

 

 現状ではあくまで地球への進路変更は可能性でしかなく、コロニーは月面への落着コースをたどっているのだ。

 

 連邦市民の生命と財産を守る責務を課せられた連邦軍にとって、可能性を重視して月への追撃を手薄にするようなことをすれば、その存在意義を自ら否定するに等しい。

 

 何より仮に力技で地球衛星軌道の守りを固めたとしても、当初の予想通り月へのコロニー落としをされては、地球連邦政府の枠組みそのものが揺らぎかねない。

 

 淡々と最悪の事態を指摘するジャマイカンに、旧エイノー派を代表する形で丸顔の副参謀長が発言する。

 

「……いや、ですが参謀長。それは確かに可能ではあるでしょうが」

「そうだ。現段階では可能性に過ぎない。だからこそ艦隊司令閣下からの情報が、重要になるのだろう」

 

 ジャマイカンはそう言うと、腕組みをしたまま作戦室の天井を仰いだ。

 

 どちらにしても、このままあと数時間戦い続けることだけは不可能だ。どこかで補給はしておく必要はある。尤もペデルセン大佐やシナプス大佐を説得するのが骨であろうが。

 

 さて、それを目の前のわからず屋共に納得させるまで、自分はどれだけの貴重な時間と労力を費やせばよいのか?

 

 思えばルナツーの作戦室で「あれ」に見つかったのが運の尽きであったのかもしれない。結果、あちこちの戦場を連れ回され、幾度となく死線をくぐり抜けた。その間に何度となく死にそうな目にあい、実際に死にかけた。

 

 しかし一度として自分も、そしてあの男も死ぬことはなかった。

 

 愚者は自らの経験でしか物事を語れない。艦隊司令部の中で誰よりもバスクとの付き合いが長いジャマイカンは、あえて自らが愚者となることで、自分自身の経験を語った。

 

「貴様らはあれを狂人だと思っているかもしれないが、あれはこのご時勢には珍しい、まともなリアリストだ。多少頭のネジは抜けているがね。何より……」

 

 これほど根拠に乏しく、同時に問答無用な説得力を有する話もあるまい。

 

 ジャマイカンは自嘲とも嘲笑ともつかぬ笑いを浮かべて、なんの根拠もない自らの経験則を口にした。

 

「閣下は、その言と約束を違えたことは、一度たりともないのだよ」

 

 

「バスク・オムだってぇ!!」

 

 ガーベラ・テトラのコクピットで自らMSを駆りつつ、艦隊の指揮を執っていたシーマ・ガラハウは、旗艦『リリー・マルレーン』を介して伝えられたその名前に、文字通り狂喜した。

 

 虎の子のコロニーに侵入したと思われる不審者を排除するために、副官のデトローフ・コッセルを指揮官とした陸戦隊を送り込んだところ、その「犯人」として名前が返ってきたのが件の連邦軍人の名前だ。

 

 何故捕まえる前から名前がわかったのかと重ねて詰問すれば、自ら名乗りを上げて、あの不愉快な甲高い笑いを上げたというのだから、これはもう間違いあるまい。

 

 石橋を叩いて、叩いて、叩きまわり、自分が渡り終わった後には爆破するのがモットーのシーマとしては、実に珍しい即断であった。

 

『ど、どうしましょうシーマ様、もう2個小隊が壊滅させられたそうなんですが……』

「相手は管制室に立て籠っているのに、どうして攻めてるこっちが壊滅させられるんだよ!?」

 

 スロットレバーを引き絞りながら、シーマは目が眩みそうになったが、相手が相手だけにさもありなんと理解することを放棄した。

 

 そして自らを強引に得心させると『リリー・マルレーン』の通信士に、コッセル大尉への命令を伝えた。

 

「まぁいい!袋の鼠なら、むしろ好都合というものさ!コロニーの情報が欲しけりゃくれてやりゃあいい。デラーズはともかく、むしろ私達には好都合さね!催涙ガスをブチ込むなり、MS用のトリモチを突っ込むなりして、絶対に捕まえるんだ!両手両足をへし折ってでも、死んでたら生き返らせて捕まえるんだよ!」

『む、無茶言わないでください!シーマ様!こっちの手足がなくなりまっさ!』

「無茶っていうのは、途中で無理だと諦めるから無茶なのさ!どれだけ犠牲が出ても構いやしないよ!あんたらだって、あのスキンヘッドのゴーグル男の首に、どれだけの懸賞金が掛かっているのか、知ってるだろうが!」

『そ、そりゃそうですが……』

「これ以上言い訳は聞かないよ!とにかく、何が何でも捕まえるんだ!!」

 

 シーマは反論を聞かずに通信を切った。

 

 それにしても……このガンダムの化物はよく動く!

 

 シーマは両足のペダルの踏み込みの力を調整しつつ、背面のブースターを動かして、乱れ飛ぶミサイルをなんとか避け切った。

 

 通常、MS同士の戦闘は平均5分程度、長くても10分程度で決着がつく。断続的に戦闘が続くことがあったとしても、少なくとも1時間以上、同じ機体と戦闘が続くことなどありえない。背後のコロニーを守るという特殊な戦場であるとは言え、連邦艦隊の不可解な動きに首をかしげていたシーマは、これで得心がいった。

 

 海賊の上前をはねようとは、正義の味方の風上にもおけない悪党っぷりだが、ようやく自分にもツキが回ってきたか!シーマの口角は知らずにつり上がっていた。

 

 テネス・A・ユングやアムロ・レイなど、著名な連邦のエースパイロットは、旧ジオン軍残党や反連邦テロリストから高額の懸賞金が掛けられている。それゆえ戦後の彼らは憲兵隊の護衛とともに行動しながら、あるいは記念式典等に参加することなく軍務に専念していた。

 

 それには生きている英雄は望ましくないという連邦政府の考えがあったのかもしれないが、それは市井の噂程度の憶測にしか過ぎず、ジオンの残存艦隊の一角を率いるシーマには伺い知れるはずもない。それでもレビル将軍が生きていれば、コロニー1基程の年間予算クラスの高額な懸賞金がついたはずだ。

 

 そんなエースパイロットと並び、将官の中で目が飛び出すほどの高額な懸賞金がかけられているのがバスク・オムである。

 

 一週間戦争においてジオン公国軍の捕虜となり、拷問まがいの尋問を受けながらも、捕虜を糾合してシャトルを強奪して脱出。一躍時の人として連邦系メディアに取り上げられた。

 

 その後はハゲタカ・エイノー艦隊の中心人物として、第2次降下作戦における衛星軌道突破作戦を始め、オデッサからジオン本国に向けての定期資源便強襲作戦、デブリに紛れてのパトロール艦隊強襲作戦等々。MSの戦術的優位性をことごとくあざ笑うかのような作戦を繰り返した。

 

 文字通りジオンに止めを刺したのがア・バオア・クー攻防戦における、ダグラス・ベーダー中将(当時)との司令部制圧作戦である。司令部からの緊急放送による「ギレン・ザビ総帥戦死」を告げていたキシリア・ザビ少将の通信が突如として途絶えたかと思いきや、突如として男性の甲高い笑い声が、ジオン全軍の通信機から響いた。

 

- 私が!地球連邦軍のバスク・オム大佐である! -

 

 混乱と悲鳴、そして怒号に包まれる各フィールドの防空部隊や艦隊の中で、唯一真っ先に正気を取り戻して脱出したのが、総帥親衛隊のエギーユ・デラーズ大佐(当時)であった。

 

 外縁に展開していた部隊を除けば、要塞中央近くに展開していたそれ以外の部隊は訳も分からず撃破されるか、降伏するしかなく、ごく一部の部隊がデラーズ艦隊に続いた。

 

 あの時の一種痛快なまでのやられっぷりは、シーマとしても忘れられるはずがない。直属の上司であったアサクラのクソ野郎の御蔭で宇宙のお尋ね者となった身には喜べる話ではないのだが、同じ大佐でもこうも違うかと思ったものだ。

 

 そのバスクが、自分の手の届く所にいるのだ。

 

 あの化物さえ掌中に納めることが出来れば、あとはどうとにでもなる。なにせ死体ですら目の飛び出るほどの価値があるのだ。生きていれば人質としての価値は無論、未だにギレン・ザビを信奉するデラーズへの「手土産」としても文句のつけようがない。

 

 捕らぬ狸の皮算用、欲の皮の突っ張った計算をしていたのがいけなかったか。それとも長引く戦闘による疲れからか、シーマは瞬間、意識を操縦から手放してしまっていた。

 

「しまった!!」

 

 けたたましく鳴り響くアラームに、シーマは意識を戻す。曲芸的な機動の末に、連邦のMAがこちらを捉えていた。

 

 あっ!とシーマが声を上げ、遅ればせながらもスロットルレバーを回す。

 

 しかしそれよりも早く相手の機体前方に突き出た数十メートルはあろうかという長さを誇る砲身が、ガーベラ・テトラの腹部を狙っていた。

 

 しくじった!やられる!

 

 シーマ・ガラハウが臍を噛んだ、まさにその瞬間。

 

 

 

『ウラキィいいい!!!!!』

 

 

 

 この世の全てを正か邪でしか区別出来ないと信じて疑わない青二才の怒号が、戦場に微響き渡った。

 

 死と隣り合わせの状況に追い詰められていたはずのシーマは、思わずその顔を盛大に引きつらせた。

 

 続いて連邦のMA直上、2本、いや3本のビームがそれに降り注ぎ、そして全てIフィールドで弾かれた。

 

 しかしその僅かな隙だけでも、この歴戦の海兵隊司令官代理には十分であった。

 

 辛うじてMAの砲身が正面から外れたことで、シーマはガーベラ・テトラの身をよじることで、右腕を肩部ごと弾き飛ばされるに留めた。いや、右腕を犠牲にしてコクピットを守った。

 

 先ほどよりも激しく機体異常を知らせるアラームに「やかましい!」と怒鳴りつつ、シーマは目の前を通り過ぎる緑の化物を見送った。

 

 旧ジオン公国の国章をそのままMAにしたかのような、薄い緑色の機体。足がないとされる東洋の幽霊のようなその姿は、シーマにとっては見るだけで殴りつけたくなるような忌々しい形をしていた。

 

 その機体からガーベラ・テトラに通信が入る。シーマは不承不承ながらもそれに応じた。

 

『シーマ中佐!あとは私が引き受けた!』

 

 ジオンの精神だの宇宙市民の独立だのという綺麗事を信じて疑わない、あの鬱陶しい熱血漢からの声に、シーマは心底辟易とした。

 

 何よりも不愉快だったのは、あの青二才がいなければ、自分はとうに撃墜されていたかもしれないという事実である。

 

 そしてそんな事を知る由もない『ソロモンの悪夢』ことアナベル・ガトー少佐は、喜色満面といった声で通信を続けた。

 

『私は貴方を勘違いしていたようだ!貴官の艦隊だけで、このコロニーを4時間近く守り通すとは!このガトー、感服いたしましたぞ!』

「理屈や高説はいいから、さっさとあの化物を何とかしとくれ!!」

『はっはっは!このガトーに任されよ!あのパイロットとは、いささかの因縁があるものでね!』

 

 そう言うが早いか、ガトーは機体を反転させ、あのガンダムモドキと刃を交え始める。シーマはその姿を冷笑で見送った。

 

「……化け物同士、いつまでも踊っていればいいさ」

 

 シーマは機体を『リリー・マルレーン』へと向けた。旗艦からはデラーズ艦隊本隊からのレーザー通信の受信と、光学カメラによる旗艦『グワデン』確認の報告が入る。

 

 シーマはそれを確認すると、ぺろりと自らの唇を舐める。

 

「さて、こっちは虎狩りといこうじゃないか!」

 

 蜉蝣の口角が、怪しげに釣り上がった。




・今更ですがアルビオンのラビアン・ローズへの接舷と、ガトーのアクシズ先遣艦隊への合流は半日から1日ほど前倒しになってます。スケジュール計算を間違えていたわけではないですよ(震え声)
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