Chapter2【絶望的空想】
「……学園祭?」
妹の放った言葉に、私は些かの疑問を抱かない訳にはいかなかった。絶望を求め、絶望の為に生きる彼女が、それとは無縁の単語を口に出したのだ。それでも私の疑念が少しばかりに留まったのは、江ノ島盾子の才能――彼女は既に未来を見ているからだった。
計画は彼女の中に完結していて、後は事を運ぶだけ。どう転ぼうが彼女の計画通り、ハプニングまで想定内……状況の完全な掌握こそが、江ノ島盾子の最大の才能なのだ。
「そうそう、学園祭。なーんか、みんな張り切っちゃってたよね。アホみたいに眩しい希望を目の前で見せられてさあ……失明するかと思ったぜクソッ!」
彼女の手には軽機関銃が握られている。ところどころに微細な傷が見て取れるそれは、紛うことなき実銃。私の頬に伝う汗よりも、江ノ島盾子の目つきは冷めきっていた。
「クローゼット漁ってたら見つけちゃいました……。傭兵部隊を辞めてもなお銃器離れできないお姉ちゃん……さすがです」
「えっと……いや、それは、ね……? 盾子ちゃん……?」
いやー、これはアレだね。この計画が終ったらお姉ちゃんには色々やってもらわないとね、と江ノ島盾子はやっと私に届くほどの細い声で呟く。胸に渦を巻く戦慄から目を逸らし、私は嘯くのだった。
「でも、学園祭で一体何をするつもりなの……?」
――残姉。微かに耳に届いたその声は蔑みを含まず、諦観の底に見る憐れみだけが、か細い吐息に乗って宙を舞っていた。しかし、それが私には砥がれた刃のごとく見え、胸を深く刺すのだった。
抉るような胸の痛みから、もう一度江ノ島盾子へ私は気を移す。彼女は薄笑いを浮かべている。瞳には光が宿り、そしてそれは真直に私を捕捉していた。
私は遂に確信した。今まさに、混じりけの無い純粋な絶望に私は遭遇しているのだと。〈超高校級の絶望〉による、殺意よりも鋭い感情の矛先が私を捉えていた。私の慄きも意に介さず、江ノ島盾子は口を開く。
「お姉ちゃんのは後にして、今は学園祭ね。今回はずばり……学園祭のステージで絶望ファッションショーを開催するのです!」
「絶望……ふぁっしょんしょー……?」
私の意思とは関わり無く、間抜けな声が口から漏れる。江ノ島盾子が〈超高校級のギャル〉という名目でこの学園に入学した以上、ファッションショーを絶望の媒介とする選択は妥当だろう。しかし、彼女がつい数分前に口にした言葉を、私は確かに記憶していた。
「私の才能はどこで使えば……」
「気になる? やっぱり気になるよね? 仕方ない、私様が説明してやろうではないか!」
私の質問は彼女には届いていないようだった。絶望を空想する江ノ島盾子は、一切の言葉を受け付けない。その時の彼女は、快楽の淵に深く浸っているのだから。
「絶望ファッションショーのテーマは【オシャレにon-off無し!】。そう、我らが78期生の部屋着姿なんだよね。それを観覧者に採点してもらうんだよ」
「盾子ちゃん……そ、その、今のところ絶望する要素が見当たらないというか……」
まだ彼女の意識はどこか遠い場所にあるようで、やはり私の言葉は彼女には届かない。彼女の放つ絶望の前に余りにも脆弱な私の声は、瞬く間に虚空に溶けて消えた。
「でさでさ! 自然な部屋着姿を撮るには、やっぱり就寝中に忍び込むしかないよね! あられもない姿を全校生徒どころか、普段すれ違う機会すら無いようなお偉い方たちにじっくり見られちゃうなんて絶望的ぃいいいいいっあっはぁあああ!」
「盾子ちゃん……ヨダレが……」
確かに彼女は言った。忍び込む、と。傭兵部隊フェンリルに所属していた時には、暗殺は幾多とこなしてきた。
しかし、彼女は宣言した。私の能力を活かしてくれる、と。そう言った手前、ただ面倒ごとを押し付けるだけの筈は――いや、十分にあり得る。むしろそうとしか考えられない。
人の期待を軽々と踏みにじり、その上に唾を吐き掛ける。それこそが江ノ島盾子なのだ。彼女は〈超高校級の絶望〉なのだから。
「あ、そうそう。一番センスの無い子には〈おしおき〉を用意してあるからね」
「もうそこまで考えてるんだね、計画……」
彼女が空想に満足したのか、それとも飽きてしまったのか、私にはまったく見当がつかない。そんな私の思惟を遮り、別れの挨拶を口にして、江ノ島盾子は自身の部屋へと帰っていくのだった。