放課後の教室にはクラスメイト全員が輪になるように集まり、学園祭の去就について話し合っていた。
朝日奈葵と大神さくらはドーナツの出店を、〈超高校級の暴走族〉大和田紋土と石丸清多夏は、宣言通り〈ワタヤキソバ〉という名の汚物もとい新料理の出店を出すことが決定したが、現段階ではそれ以外に具体的なことは決まっていないのだ。
「やっぱり、重要なのはステージイベントだよね。ボクは無難にコンサートとかが良いと思うんだ」
と、苗木誠は切り出す。その意見に、その場にいた全員が頷き顔を見合わせる。彼の言うとおり、ステージイベントは学園祭最大のイベントといっても過言ではない。コンサート案は妥当だろう。
本来であれば学徒のコンサートなど期待に乏しいイベントなのだが、この希望ヶ峰学園に限ってはそうではない。誰もが考えている答の口火を切ったのは〈超高校級の御曹司〉、十神白夜だった。
「そんなもの、任せられるのは一人しかいないだろう」
もっともな十神の言葉に、全員の視線が〈超高校級のアイドル〉、舞園さやかへと集まる。全国を熱狂させる彼女ならば、華々しいステージイベントを飾れるだろう、と。そんな期待のこもった眼差しが彼女に集中する。プレッシャーには慣れているのだろう、舞園さやかは笑顔で答えるのだった。
「私で良いのなら喜んで協力しますよ!」
「決まりだな。安心しろ、機材なら十神財閥が最高のものを提供してやる」
そう、謳うように軽々しく放つこの一言こそが、十神白夜そのものを体現していた。事実、彼一人の存在によって、今年の学園祭の規模は段違いに拡大した。小国をも上回る影響力と資産を誇る十神財閥の、精選された一人の御曹司こそが彼なのだ。財政面という唯一の不安要素の排除に、その場の全員が安堵の息を零す。
少しの沈黙を挟んで、皆の浮かれた調子を引き締めるかの如く〈超高校級の探偵〉である霧切響子が話をまとめる。
「ステージイベントはそれで決定ね。他にやりたいことが決まっている人は?」
「もちろん俺は占いの館だべ! 学園祭当日に限り、一回八万円の特別価格で占ってやる!」
早速手を挙げた〈超高校級の占い師〉、葉隠康比呂の提案には誰も反対が無かった。正しく言うならば、自分から隔離されに行く不安要素を、誰にも引き止める理由が無かった。そもそも的中率三割の占いに八万円を払う人間が、一体どこにいようか。誰もが抱く疑念とは裏腹に、彼の双瞳は眩いばかりの自信に満ち溢れている。
「俺はバンドで演奏するぞ! この際舞園ちゃんの前座でも何でもいい!」
「はいはい、どうせメンバーすら集まってないんでしょ。却下だからね」
続いて名乗りを上げたのは〈超高校級の野球選手〉である桑田怜恩だったが、彼のバンド演奏という提案は余りにも容易に崩れ去った。朝日奈の指摘したように、彼の計画は未熟すぎた。演奏曲どころか、そもそもメンバーすら決定していなかったのだ。肩を落とす桑田の隣では、〈超高校級の同人作家〉山田一二三が鼻息を荒げている。
「もちろん拙者は同人誌即売会を開きますぞ! 今はカップルの組み合わせを検討中で……フ、フヒヒ」
突如として奇怪な薄笑いを浮かべる山田に、蔑みの視線が集中する。そんな光景を更に蔑む江ノ島盾子は、その細く白い手を高く挙げるのだった。
「あー、あたしは内緒ね。サプライズなんて素敵じゃない?」
結果から言えば、彼女の意見は辛うじて受け入れられた。少なからず反対する意見もあった。しかし、級友達は〈超高校級のギャル〉、江ノ島盾子の押しに負けた。彼女のサプライズイベントを認可したのだ。後に自身の首を締めることになるとは知らずに。
「私は教室にお店を開いて、本格的な紅茶を提供致しますわ」
「あら、奇遇ね。私も拘りのコーヒーで勝負しようと思ってたのよ」
続いて、〈超高校級のギャンブラー〉、セレスティア・ルーデンベルクは紅茶の、霧切響子はコーヒーの販売を提案した。瞬間、私は場の空気が自明に変わるのを察知した。先ほどまでとは明らかな懸隔……空間の密度が急激な上昇を私は感じたのだった。
瞬時に訪れる沈黙の只中に、二人による激しい睨み合いが展開される。こんな時に、決まって私は江ノ島盾子の顔を視界に入れてしまう。予想した通り、彼女の口角は不自然な程に吊り上がっていた。突然の緊迫感に一同が狼狽する中、江ノ島盾子は笑っていたのだ。
なぜだろう。彼女の笑顔は私にとっての悦びとなっていた。絶望や希望になど、私は何の感興も抱いていないのだ。それでも、彼女が笑うならば、私は絶望へと身を堕とすことを躊躇わない。彼女の笑顔の為ならば、私は喜んでその命を捧げるだろう。
緊張感の中、〈超高校級のプログラマー〉不二咲千尋は提案する。
「だったら二人で喫茶店とか、良いんじゃないかな」
「なるほど……それは良い案ですわね。できれば、不二咲さんにも協力して頂きたいのですが」
そう言って不二咲へ訊ね返す彼女は、すでに普段のセレスティア・ルーデンベルクだった。その表情はまさに無。先ほどの刺々しく尖った眼光の面影は跡形も無く消えている。
「えっ、と……ボクでよければ、お手伝いしたいなぁ。えへへ」
不二咲は嬉々として提案を受け入れる。無駄に争うよりは協力する方が遥かに効率的ね、と霧切響子もそれに同意したことで、売上がかなり期待されるカフェ計画が始動したのだった。
こうして学園祭の計画は着々と進行しつつあった。朝に抱いた不安はどこへやら、気付けば楽しげなイベントも出揃っていた。他方私はといえば、またもや会話に馴染めずにいた。何も提案しようとしない私に、江ノ島盾子からの蔑みの視線が容赦なく突き刺さる。しかし、本当に問題なのはそこではない。愉しげなクラスの雰囲気とは対照的に、私は焦燥感に駆られていた。私自身、学園祭に対して何も計画していなかったのだ。