タイトルに1週間悩み、平凡に落ち着きました。
「…ここか」
土曜日。この時期では日が傾くかどうかといった午後4時頃、俺はCiRCLEなるライブハウスへとやってきた。午前中は当然のように寝通して、昼から活動を再開した俺にしてみればまだ昼間のような感覚だ。
辺りを見回してもまだそんなに人がいない。それもそのはず、開演はまだ暫く先なのだから。何故こんなにも早く来たかというと、単純に無気力すぎて、ただ何となく外をふらついている内にたまたま着いてしまった次第である。家に帰ってまた来るなんて手間もかけたくはないので、近辺で時間を潰したいところである。
外のカフェスペースにいてもいいのだろうが、沈んでいない日の光が体力を無限に奪っていくだけなので、建物内に入ろうと試みる。座って飲み物を飲んだり、寝たりできるといいが。
「おや?結羽、こんなところでどうしたんだい?」
「…どうしてお前がここにいる」
建物に歩み出したところで聞き覚えのある声がした。振り返ればそこには我が羽丘のスターであり演劇部の華、そして謎の言動をするクラスメイト…もとい、瀬田薫が立っていた。
薄手の服を小綺麗に着こなしていて、高い身長が幸いしてか非常にスマートな印象を受ける。中身は全然スマートじゃないけどな。
「子猫ちゃんにライブへ招待してもらってね。こんなにも儚い催しに参加しない理由がないだろう?時間まではゆっくりしようと思ってね」
「お前の言う子猫が何なのか相変わらず理解しかねるがな」
こいつも確か…よく覚えていないが、ハロー何とかみたいな名前のバンドに所属してたっけな。そういう繋がりの中における、一人の子猫なのか。
時間まで待機ということは準備等がないと考えれば今日はそのハロー何とかのライブではないと思われる。
「それで、結羽はどうしてここにいるんだい?」
「…奇しくもお前と同じ理由だな。お前の言う子猫と招待した奴が同じとは思えんが」
「なるほど、偶然の巡り合わせ…これも何かの縁だ、結羽、今日は私とライブを観ようじゃないか」
「遠慮しておく」
こういう時は氷川なんかよりはかなりまともそうに見える瀬田だが、こいつと一緒にいるとやってくる落ち着けない時間が俺には非常に鬱陶しく思える。
黙ってても黄色い声に駆け寄る女生徒、しかもサービス精神旺盛な瀬田は、時には受け答えをしたりもするわけだ。一緒にいる身としては肩身が狭いのと煩わしいのとでしんどいところがある。
「今日は校舎内じゃないから気にしなくてもいいだろう?」
「万が一ってことがあるだろ…仕方ない、その代わり囲い達を寄せ集めないように気をつけろよ」
「善処しよう」
近隣といえど校外だから、ということで瀬田と行動を共にすることになった。それはさておきそろそろ俺は涼みたい。外はまだだいぶ暑く感じる。
瀬田の格好を見て上着を脱ぐか、と思ったがやめた。半袖はあまり好きではない。半袖を着ている時はあまりにも暑いというわけでもなければ上から長袖のパーカーなどを羽織るのが俺のスタイルである。今井曰く『もっとオシャレしよう』。うるせえな?
「…中入るぞ。そこのオープンカフェじゃ少し暑い」
「そうだね。中で座っていようか」
自販機で俺は缶のコーラを、瀬田は水を購入し、設置してあった小さなテーブルの備え付けの椅子に腰を下ろす。しかし外と中とじゃ随分体感温度が変わるもんだな…
各々の飲み物を
「それにしても驚いたな、結羽が凛ではない人の誘いを受けるなんて。去年初めてあった時の君からは想像もつかないよ」
「…お前の中じゃ俺のイメージは凛以外とつるまない奴ってことか」
「過去の話さ。君は凛を介してとはいえ日菜やリサとも付き合うようになっただろう?君は変わったと言っているんだよ」
「…変化は好きじゃないがな。羽沢…知ってるか?生徒会の一年。あいつ等に頼まれた」
変わったな、なんて言われても困る。
そんなつもりは俺としてはないつもりだから。最近はよく変化という言葉をぶつけられることが多いように感じるが、俺が俺を理解できない以上はそれが客観的に見た事実であることを受け入れるしかなさそうだ。昨日ピアノに触れた時には変化らしきものを少し感じ取ったというのも恐らくは真だということである。
「…何を笑ってやがる」
そんな俺を他所に、瀬田は笑みを浮かべていた。
いや普通にイケメンだなおい。女としての瀬田を殺すようで悪いが、こいつは美顔である。歌って踊る男性アイドルの中にいても違和感がないな。
「いいや。結羽の周りには女子が多いと思ってね」
「お前ほどじゃねえよ…」
「返事が簡素ながら君の気持ちはわかる、素晴らしいことじゃないか。簡潔こそが英知の真髄であると彼のシェイクスピアも言っている」
「…そのキャラうぜえ」
周りの面子が女子過多になるのは、そもそも元が女子校なんだから男子の比率が少なくなるわけで、どうしようもないだろ。
「からかってみただけさ。…さて、もう少ししたら受付を済ませて会場へと行こうか」
「…ああ」
思えばこいつとサシで話すのも珍しいな。普段は教室で少し言葉を交わすくらいだし、プライベートで関わることなんてまずなかったからか。
「…まあ、期待はそこそこにはしているな」
受付で名前を確認して、飲み干したコーラと入れ違いにドリンクを持って会場へと足を踏み入れる。…瀬田と共に。瀬田の進言でまさかの前列待機になったが、時間が早いこともあって人が俺たちの他にはあまり来ていないからというのもあるだろう。時間通りに来ていれば後方でも違和感なかったんだが…
「…はぁ」
まるで俺が張り切っているようではないか、と思うが文句をつけることでもあるまい。結局そのままの位置に立ち、ステージを見つめる。
この会場を埋め尽くす人の全てが、そこに立つ者を観る。そのステージから何が見えるのかは分からないが、そこに立つ者がこの会場を己の色に塗り替えていくことだけは予想がつく。ここに集う人を、自分たちの音で、染め上げる。果たして俺が染まるかどうかは、この後分かることだ。
「大層なことだな」
そういうモノが持っている力を信じるかどうかは別として、俺は知っている。少しは期待して来ているのだから、それなりのモノを見せてもらわないと割に合わないな、とコスパに思考が移ったところで瀬田との会話が再開する。俺達は適当に言葉を交えながら、また俺はステージを見遣りながら、来るべき時を迎えるのであった。
ただ、単純に、面白い。
楽しい、つまらない、感動した、などという感想は湧いてこないこともある。どのバンドも自分たちの理想、苦難、幸福、悲哀、熱情をひたすらに紡ぎ出す。時に激しく、時に優しく。何がそこに在るのか伝わらないことがあっても、何かがそこに在るのは伝わってくる。
…Roseliaの時もそうだったか。素の音楽が、たとえ未完成だとしても賞賛すべきものだったのは当然分かる。そこに閉じ込められた湊の想い、今井の想い、そしてRoseliaの想いが音楽を次のステージへ連れていった。魅せられた、というわけではない。興奮もしていない。ただ、凄い、と面白い、が頭の中を支配したのを思い出した。
ピアノと同じだった。音が、伝えたいことを伝える手段になって、音が、人の心を染めていく。だからライブなんて全然来ないのに色々流れ込んでくるのか。
「これでPoppin’Partyの演奏は終わりです!ありがとうございました!」
たとえばこのMCがすっとぼけてた何とかパーティは青春真っ只中の経験から拾ってきたピースを繋げてる感じがあった。人によっては楽しいと思ったりそこに在る想いに共感したりするのだろうか。
「…次だっけな」
「そうだね。結羽、楽しんでるかい?」
「…どうだろうな」
心情の方向性はプラスかマイナスかでいえばプラスなのだから同じと言ってもいいだろう。楽しんでるのかもな。それは今までも同じか。
さて、次は俺がここへ来ることとなった理由であるAfterglowの出番だ。会場の熱気は凄まじく、文字通り気持ちがヒートアップしているのが背面から伝わってくる。彼、彼女らほどアツくなっているわけではないのにもかかわらず、汗が流れ落ちているのを感じる。…熱中症になったりしないだろうな。
暫くして、Afterglowの面々がステージ入りする。
青葉がチラッとこちらを向いた。アイコンタクトをしたのなら何も伝わっては来なかったが、少なくとも俺が来ていることは一瞬で把握されたようである。
MCは美竹らしいが、何とかパーティに比べると(彼女にとって)余計なことはあまり言わなさそうだな、と思っているとやはり最低限の言葉がマイクに向かって放たれる。
「今日は来てくれてありがとう。それじゃ、いくよ」
しかしそれだけで会場は湧き上がる。
眩むような視界の中、彼女等が会場を震わせるような演奏を始めた。That is…忘れた、けどそんな感じの曲。後で何か言われても困るし羽沢か宇田川あたりにヘルプしてもらうか。
…熱いな。こいつらのことは多少知っているだけあってその姿とのギャップとも言えるものが、一瞬違和感を投げかけてくる。
美竹は…割と冷めてそうだったのにこれだ。上原はベースの弾き方がわからないくらいアホだったのにちゃんとしてやがる。宇田川はイメージと違わずドラムを叩いているが、様になりすぎて逆に戸惑う。青葉はそんな顔できるのかってくらい真剣だし。羽沢はもっと淑やかに弾くと思えば随分とノッている。
自分でも変だなと感じるくらいには真面目に聴いていたら、一曲目の演奏が終わったらしい。声の波が後ろから押し寄せてくるのがわかった。
美竹の短いMCが一息ついてから聴こえてくる。
「ありがと。次はTrue color。モカ」
そう言って何故か青葉にパスをする美竹。
あいつMCとかまともにできるのか。
「あたし達はあたし達なりにがんばってるよ〜。もちろんモカちゃんもね〜。あたし達がこの音楽を通して想いをぶつけてきたみたいに、みんなが思ってることは色んなものを通して、伝えていってほしいで〜す」
「まだまだ大人じゃない私たちだけど、私たちなりの想いがあって、この曲を演奏します!」
「アタシ達の本気、聴いてくれよな!」
「それじゃあいくよー!えい、えい、おー!!」
最後のアホだけは滑っていたが、五人、正確には四人のチームワークのよろしいコメントが続いた。それが割とピンポイントで俺を刺しに来ているように思えたのは気のせいか。
「…ひまりのそれは置いといて、いくよ」
最初は小さな音から始まって、一つずつ音が重なっていきって、ボーカルが入ればその歌詞に描かれた弱さも強さもAfterglowで、それが彼女等の歩いた道だということが頭の中に活きた映像として流れ込んでくる気がした。地味にポエティックに聞こえる表現は承知の上だ。
「…思ってたよりすげえんだな」
そう呟いて、演奏が終わった彼女等に様々な意味を込めた拍手を送るのだった。
その後、Roseliaがトリを務めるのを見届けてから俺は瀬田と会場の外へと連れ立った。
前回も後で気付かされたが、やはりこういう場に来ると少なからず己の気分が高揚するのは間違いないようである。割と恥ずかしいとも思うが、それをそれで受け入れられないとそれこそ出来損ないのガキって感じだな。自戒だ。
「結羽、こっちだ」
瀬田がエントランスの外…とは違う方向へ俺を呼んでいる。いや、物凄く嫌な予感がするんだが…
「…何故?」
「子猫ちゃんに会いに行こう」
「断固拒否」
片付けやら何やらやっているだろうし、反省会なり打ち上げなりもするんだろう。どう考えても邪魔だろうが。つーかそもそも待てねえよ、早く帰らせろ。
「私はむしろ会いに来てほしいと頼まれている身だ、待たない理由はないさ」
「俺は頼まれてねえよ」
「せっかくだし感想を伝えてあげたらどうだい?」
「そんなもん俺に期待してねえだろ。したくてもできねえよ」
帰ってからLlNEでも送ってやればいいだろ。
文明の賜物をこういう時に活用しないでどうするんだよ現代人。シェイクスピアの時代じゃあるまいに。
「時間はあるんだろう?なら付き合ってくれないか」
「…お前、俺を暇人か何かと勘違いしてないか?」
「悪い話ではないからね、断らないと思っているよ」
「チッ…コーヒー1杯で手を打ってやる」
ライブの余熱に身体を支配されて正常な思考ができていないな、と理論自体は小学生でも思いつきそうなレベルの言い訳を取り付けて、俺は瀬田についていく。
資金源に乏しい俺としてはこれで奢りが出るのなら悪くない話かとも思えてしまう。貧富は感覚を狂わせる。
暫しの待機の後、出演者達が少しずつ現れる。
楽器や楽屋の整理は終わったのだろうか。
「やあひまり。今日の演奏も儚かったよ」
「薫先輩!結羽先輩も!来てくれてありがとうございます〜!!」
ひまりがAfterglowの先陣を切って現れた…が、あまりの熱狂ぶりにドン引きである。
「…今日はありがと」
「木崎先輩!来てくれてよかったですよ〜!ありがとうございました!」
「…そりゃどうも」
あの熱は何処へやら、パッと見では俺の知る姿に戻った美竹と、興奮冷めやらぬ様子の宇田川もいる。フリーで叩いていいドラムでも置いておけば勝手に叩き始めそうだ。
「先輩最前でしたね〜。あたしの勇姿がそんなに見たかったんですか〜?」
「言ってろ」
何を言ってもこいつには無駄なので弁解する気もないが、一応責任追及をするのならば瀬田のせいである。
「…よう。見たぞ」
「あっ…ありがとうございます!」
「…まあ悪くなかった。気が向いたらまた来る」
そして羽沢。彼女の中では俺はもう帰ったという設定だったのか、俺を見るなり一瞬驚きの表情を見せた。その設定、覆されなければ正解だったな。
「あ〜先輩がデレてますね〜」
「えっキモ…あんたほんとにつぐみに甘すぎてキモい」
さすがにキレそうである。
「こら蘭」
「蘭ちゃん!きっとそんなことないから!」
比較的良識ある宇田川と羽沢によってキレたところが再接着されるが、やはり美竹とはうまくやれそうにないなと強く思われる。
「…ま、いいんじゃね。お前らは俺の想像以上だった、ってことだ」
上からも上から、雲の上からの発言をかましてしまったのは意図したわけではない。実際に想像以上だったからこの発言が飛び出したわけだ。
「…んで、瀬田。いつまでそのバカに構ってるんだ。置いていくぞ」
「おや、待ってくれているのかな?嬉しい限りだよ」
「…はっ!私バカって言われた!?バカって言う方がバカなんですよ!」
「気づくの遅すぎだろ」
何だかな。調子が狂わされるな、こいつらといると。
「…帰るわ」
「アタシ達も帰るか〜」
「せんぱ〜い、モカちゃんと一緒に帰りませんか〜?」
「…パンを
欲望を
「じゃあみんなで帰ろっか!瀬田先輩も!ついでに結羽先輩も!」
知ってた。
「ついでと言いつつ面倒事を押し付けてんじゃねえぞコラ」
「まあいいじゃん。つぐみと話すいい機会だし」
「いやそんなこと熱望してねえよ」
さっきから青葉のせいで美竹が俺と羽沢についてあらぬ誤解をしているようである。いや普通に分かれよ、青葉だぞ。腹の知れない
「だってさ、つぐみ」
「そ、そっかぁ…でも仕方ないよ」
「お前はお前でそんな落ち込むことじゃないだろ…」
なんでそんなに真に受けてんだ。しかも事実だとしてもそこまでダメージが大きいわけじゃないだろうが。
「…仕方ねえな」
結局俺が折れ──洒落ではない──Afterglow+瀬田の後ろをついていく形で、帰宅をすることになった。なんて大所帯だよ。打ち上げはないらしい。ひまりなんかはうるさく推しそうなんだがな。
その後は家に帰り、夕飯を食べ、シャワーを浴び、今日を振り返りながらスマホを弄っていた。ちなみに今日の夕飯は稲荷寿司。実は母の好物の一つである。
「…うまくやってるんだな」
俺自身、案外Afterglowとは仲良しこよしできているように感じる。瀬田に変わったと言われたのも多少は納得だ。普段の俺が彼女等と帰路を共にするなど有り得ないと思われて然るべきなのだから。
「…俺の方が疲れてんのはどうなんだ」
画面に表示されているのは例によって羽沢。多少面倒なことに変わりはないが、対面するよりはこっちの方が気が楽だという理由でそこまで抵抗はない。口では嫌そうに言ったが。
こいつ、風呂を上がってからマメに返信してくる上、誤字が全く散見されない。オマケに今来たメッセージは『まだ寝れないんですよ』だ、気分がハイになる薬でも使ったんじゃなかろうか。『相手をしろと?』と送れば困ったような返信がくるのも予想通り。
結局ライブの感想をお互いに話したり(主に羽沢の一方通行)している内に俺が限界を迎え、まさかの寝落ちをした。まさかまさかの寝落ちである。
翌朝、羽沢に何を心配されたのか夜中までメッセージが連投されていたというオチとも言えないオチで、日曜日が始まったのであった。
内容がペラペラのガバガバって言われそうですががんばります()
これからも私めをよろしくお願いします。