苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

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おはようございます。
今回はちょっと長いです。だらだらしてます。
寝起きの私と同じくらいだらだらしてます、ゆったりどうぞ


第2章 追憶の夜空
二人のWondering Wander


 

「…追試ねえ」

 

 

夏休みも目前に迫る七月。

前回の追試宣告から一月ほどの後、また無情にも追試宣告を受けた奴がいるらしい。

 

 

「結羽〜〜!!俺、俺、終わった…!!」

 

「最初から終わってんぞドアホ」

 

 

当然俺ではなく、放課後になった今、俺の席まで来て嘆いているドアホである。

いや、今回も多少手を貸してやった身としては意味がわからん。ムカつくのでそのまま回収しきれないでいてほしい。ちなみに前回のテストは上手いこと回収出来たらしい。

 

 

「凛、呼び出されたと思ったら追試だったの?」

 

「あはは、追試なんて受けるようじゃ今回の賭けもあたしの勝ちだね〜!」

 

 

死臭を嗅ぎつけてやってきた氷川が躊躇なく死体蹴りをするのを見て、今日も騒がしいなという感想がつい出てしまう。退屈なのは嫌だというのをよく耳にするが、退屈しなさすぎてだるささえ感じるんだよな。

 

 

「…まあ日頃の行いか。悪いが今回は手伝わないからな」

 

「うっ…そんなこと言うなよ…」

 

「自業自得だろうが」

 

 

俺が悪い訳じゃあるまい。

ちなみに俺のテストの出来は上々。大した問題もなく一学期が終わることになるだろう。今井もこう見えてイけるクチっぽいし、氷川は言わずもがな。というかクラスでも赤点の奴なんざそんなにいないだろ。下手したら凛だけだ。

 

 

「…氷川じゃぶっ飛びすぎて役に立たねえか。今井、お前が頼りだ。頼んだぞ」

 

「えっアタシ?」

 

「忙しいのは承知だがな…暇な時にでもこのドアホの手伝いをしてやってくれ。報酬は弾むってよ」

 

「あれ?俺の出費が勝手に増やされてるような気がするけど」

 

「気のせいだ」

 

 

ひとまず凛を今井に押し付けることに成功した…いや、一応様子見くらいは俺もしてやるつもりだが、あまり手を出す気はない。今井のお節介癖がこういうところで役に立ったな、主に俺の手間を回避する術として。

 

 

「…追試っていつだ?まさか今日の放課後とか言わねえだろうな」

 

「それは大丈夫!来週!つまりあと一週間!」

 

「そりゃよかったな。油断して落とすところまで見えたぞ」

 

 

絶対にこいつは時間に余裕があると勘違いしているな。

逆だろう、バカだからテストを落としたのに人並みにとれるまでの猶予が一週間しか与えられていないってことだ、普通に考えたらハードスケジュールって言葉さえも生温いくらいだ。

 

 

「ハァ…マジで知らねえぞ…」

 

「さすがに可哀想だしバイトも練習もない時はアタシも手伝うようにするよ」

 

「あたしも手伝ってあげるよ!」

 

「結羽〜!!リサ〜!!ヒナ〜!!恩に着る!!!」

 

 

号泣しながら感謝の言葉を述べているが、俺は消極的なのでその枠から外してほしい。

 

 

「…できなさそうなとこだけまとめとけ。明日までな。やってこなかったら知らねえ」

 

 

暫く会話をしていたが、適当なタイミングで俺はカバンを引っ掴んで帰ろうとする。

後ろではまだ三人がああだこうだ言っているが、大して気にはならなかった。今日はそっちで仲良くやっていてもらおう。いつものように世話係にさせられるのも嫌だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、時間は潰したが…早かったか?それとも遅かったか」

 

 

俺はあの後一度帰り、着替えてから羽沢珈琲店へとやって来ていた。位置関係上結構面倒だが、俺だけ制服というのも何だか変な感じがするからな。

とりあえずドアの前で立ち往生していても仕方がないので入店することにした。

 

 

「いらっしゃいませ!あ、結羽先輩!」

 

「…待たせたみたいだな」

 

「いえ、大丈夫ですよ!私も支度しちゃいますね」

 

「…堂々と店の入口から悪い。一杯だけ飲ませてくれるか」

 

 

終業後、ここに来てくれと頼んできたのはこの店の一人娘、羽沢つぐみである。とは言ってもそんなに大層なこともなく、ただ羽沢の食事に付き合うだけだ。その発端はこいつの送ってきたLlNE。

 

 

『今度一緒にご飯にでも行きませんか?』

 

 

そんな一言により今日の予定が決まったのである。

夕飯なら平日でも行けるだろ、って話をしたところこの日を提示されたわけだ。

何を突然、と思うかもしれないが連絡は無駄にと言っていいほどとっている。その話の流れならいくらでもその話題をぶち込む隙があったことだろう。…とはいえ、俺から送ることはまず有り得ず、羽沢が懲りずに毎日の報告をしてくるのである。意外とあいつが練り出す話題は尽きないということに気がついたのは昨日と記憶に新しい。

 

 

「アイスコーヒーをもらえますか。…キリマンジャロ、で…」

 

「それならすぐ出せるよ」

 

 

カウンターに座り、冷やし方にも色々あるらしいアイスコーヒーを注文し羽沢が来るのを待つことに。そんなに時間はかからないだろうがな。

 

 

「はい、アイスコーヒーだね…木崎くん」

 

「…はい?何ですか」

 

「もし興味があるなら、コーヒーについて学んでみないかね?」

 

「…どういうことです?」

 

 

雲行きが怪しいんだがこれはいつぞやのフラグを回収してしまうのか。羽沢母によるバイトの話はこのための伏線だったのか。それとも、単純に色々教えてくれるだけなのかも…

 

 

「よかったらウチでバイトしないかね?気の早い提案だとは思っているのだけど」

 

 

まあこれが現実だ。早くもフラグを回収してしまった。建築したのは俺じゃないはずなんだが、どうしてこうなった。

 

 

「そう…ですね」

 

「無理にとは言わないよ、そういう予定はないと言うなら断ってほしい」

 

「…それはそうなんですがね。自分としては興味はあります。あくまで素人並みの興味ですよ」

 

「ここでそう思ってくれたのなら嬉しいよ」

 

 

そう言って穏やかに微笑むマスター。人畜無害な微笑である。この人にはどう足掻いても勝てそうもないな。

 

 

「…バイトの件。暫く考えさせてもらえませんか」

 

「分かった。待っているから、ゆっくり考えてくれ」

 

 

しかし…まさかマスター直々に勧誘してくるとは恐れ入る。アリではあるんだがまだ少し考える時間が欲しいのが本音であった。そんな会話を終えたところで、羽沢がひょっこりと顔を出した。

 

 

「お待たせしました。…お話は済みましたか?」

 

「…一応な。これ飲むまで待ってくれ」

 

 

少し急ぎ気味に若干甘めのコーヒーを飲み切って、暑さの残る夕方の街へと俺と羽沢は繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ、つぐみと…!?あいつ…何してんの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わり某レストラン。日も暮れ始め、食事をとる若者に学生達、そこに混じり俺達も席に通されていく。

 

 

「二名様ご案内です。こちらへどうぞ」

 

 

窓際の禁煙席に座り、渡されたメニューを弄ぶ。

羽沢も早速メニューを眺めながら何かを発見した顔から難しい顔までコロコロと表情を変えている。羽沢百面相だな。…昔から赤い帽子のオッサンのゲームをやっていると通じるネタである。

 

 

「…何だ?」

 

「へっ?私ですか?」

 

「いや…何か視線を感じるんだよな」

 

 

私じゃないですよ、と言うがまあそれは俺がずっとこいつを見ていたのでわかることだ。…実際に誰かに見られていたら本当に気持ち悪いな。

 

 

「…決まったか?」

 

「ちょっと悩んでます…」

 

 

優柔不断なのか、羽沢はなかなか決まらない様子。先程からハンバーグのページとパスタのページを行き来している。まあ少食じゃあ二品は厳しいか…複数頼めば金額も張るしな。

 

 

「結羽先輩はもう決まりましたか?」

 

「ああ…」

 

 

すみません、と焦り出す羽沢を見ていると、何か悪いことを言った気分になる。こいつに限るが、いつものことである。正直凛や今井が同じ反応をしても罪悪感は微塵も感じられないものである。

 

 

「…よし!決まりました!注文しますね」

 

 

結局パスタにしたらしく、メニューはそのページが開きっぱなしになっている。

俺は今井と違って変なお節介精神は持ち合わせていないので、ここでハンバーグを頼んでやるなんて真似はしない。気が利かないと言われたらそれまでである。

そして俺はボロネーゼに合わせてサラダを注文し、羽沢はミートソースを注文。ついでと言わんばかりのドリンクバー、どうせ俺はそんなに飲まなさそうだが羽沢が頼んだから頼んでおいた。本当についでである。

 

 

「そういえばミートソースとボロネーゼって結構違うんですよね。似てるって印象が強いですけど」

 

「…違いがなかったらメニューに二つも載ってないがな」

 

「た、確かに…それもそうですね。結羽先輩は苦手な食べ物とかあるんですか?」

 

「…セロリ。…ガキだと思っただろお前」

 

「いえ!そんなことは!ただ意外で…ふふ」

 

 

いや、最後に笑ったの聞こえてるからな。馬鹿にしてんのか。

 

 

「…そういうお前も珈琲店の娘のクセにブラック飲めないからな」

 

「うう…でもそればかりは仕方が…あう」

 

 

珈琲店に生まれておきながらブラックコーヒーが苦手だなんて結構な好き嫌いだな。神は過酷を与えたか。

そんな話をしていた時、テーブルに置いてあった羽沢のスマホが振動した。

 

 

「あ、ちょっとすみません…えっ!?」

 

 

画面を見た羽沢は途端に焦りだした。と思えば店内を見回して、一体どうしたんだ。

 

 

「ううう…タイミング悪いよ…」

 

「…急に何なんだ」

 

 

ナンデモナイデスヨ、と明らかな嘘をついてくるのは少し舐められた気とするが、無理に問い質す意味も特にないだろう。

 

 

「そうか…そろそろ飲み物を取りに行く、忘れてた」

 

 

あっ、と思い出した顔をする、これぞ羽沢百面相。

あまり喉は渇いていないが、せっかくなので飲んでおこう。後のことは知らん。

戻ってきたらすぐに料理は運ばれてきて、談笑とはお世辞にも言えないような会話もそこそこに、俺と羽沢は食事を進める。

 

 

「もうすぐ夏休みですね」

 

「そうだな」

 

「待ち遠しいなぁ」

 

「…そうだな」

 

 

こいつでも夏休みが恋しくなるんだな…

 

 

「そういえば知ってますか?トビQのお化け屋敷が新しくなるそうですよ」

 

「…そんな話もあったな」

 

 

いつだが凛がそんな話をしていたようなしていなかったような…さして重要でもないと思って今の今まで忘れていた。

 

 

「お、お化け屋敷は得意じゃないんですけど。トビQには行きたいなって思ってるんです」

 

「…五人で行けばいいじゃねえか」

 

「蘭ちゃんがお化け屋敷とか苦手で…」

 

 

美竹、お前あんなクールなフリしてもオバケの前じゃ最弱かよ…絶叫も無理なんて言われた日にゃ美竹抜きで行くなんてことになりかねないのか。

 

 

「それはどうしようもないな。美竹抜きで行くのは嫌なんだろ」

 

 

悲しきかな、仲間外れが嫌ならトビQには五人で…いや、四人で行くわけにはいかないな。あいつが多少我慢できるとなれば話は別だが、何せトビQは国内でも指折りの有名どころ兼絶叫パーク。生半可な耐性じゃ即死コースまで有り得る。美竹でなくてもひまりあたりが泣き叫びそうなんだがそれは大丈夫なのか。

 

 

「…凛も改装前のお化け屋敷に託けて行きたがっていたな。紹介してやってもいいが、お前らの精神衛生上オススメはしない」

 

「あ、あはは…あの元気な方ですよね、わかります」

 

 

元気な方ってポジティブな言い方をするがな、元気すぎて死ぬほどウザいからな。殺られる前に殺るけど。

ちなみに俺はお化け屋敷とか心霊とかそういう恐怖が苦手である。ジェットコースターとかフリーフォールなら人並み以上に耐性はあるが、どうにもオバケはダメなのだ。これは隠したり強がったりするようなことではなく、公然とした事実である。

幼い頃に見せられたホラー映像でこれはダメだなと感じ恥ずかしいことに叫び震えたわけだが、それ以来克服の兆しはない。

 

 

「…ま、せっかくの休みだろ。息抜きでもしたらどうだ、とだけ言っておく」

 

 

コツコツと食べ進めていると俺が先に食べ終わり、間もなくして羽沢が料理を平らげる。このボロネーゼ、一般的なレストランにしては割といける。

 

 

「すみません、ちょっとトイレに」

 

「…ああ」

 

 

そう言って羽沢が席を立つ。それと同時に、俺に少しの眠気がやってきた。今日は学校で寝ていないのを思い出した、どうやら足りない睡眠が補えていないらしい。

 

 

「…少し寝るか」

 

 

羽沢が帰ってきたら起こしてもらおう。すまんが頼んだ、ということで俺は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…あいつ寝たけど」

 

 

蘭がそう呟いたのを聞いて、私はつぐ達のいたテーブルを見た。…え、ほんとだ。寝てる。

 

 

「つぐは?トイレ?」

 

「だと思うぞ。コップ見えるし」

 

 

聞けば、巴が有力情報をくれる。ふむふむ。これは…事件の予感だね!

 

私、上原ひまりは幼馴染達と一緒に、結羽先輩とつぐを尾行しています。始まりは蘭がたまたま二人を見かけたのが理由。学校が終わって四人で商店街を歩いていたら、つぐと先輩がつぐの家から出てきたみたい。つぐが今日は用事があるって言ってたのを知ってたから四人でいたんだけど、見つけるなんて思わなかったよ。

ついでに私がさっき『デート楽しんでね!』って送ったら否定してた。キョロキョロしてたし店内にいると思われてるのかな。先輩には内緒ねって言っておいたしバラされて怒られる!なんてことはないと思うけどな〜。

 

 

「ねーねーひーちゃん、もし先輩にバレたらちょー怒られるよ〜?」

 

「もー、大丈夫だよ!何か面白いことあるかもしれないでしょ!マンガみたいに!」

 

「ひまり、すぐそっち方向に持っていくもんな…」

 

 

だって面白そうじゃん!

私達の中じゃ恋愛とかしてる人いないし、もしそうなるんだとしたらさ!

 

 

「モカって彼氏いるの?」

 

「いるよ〜」

 

「え、ウソ?あたし聞いてない」

 

「メロンパンと付き合ってま〜す」

 

「「……」」

 

 

蘭と二人で言葉を失っちゃったよ。まあモカのことだからそんなことだろうと思ったけど。

 

 

「巴は?」

 

「いないな」

 

「蘭は?」

 

「いるわけないじゃん」

 

「ほら、やっぱりつぐくらいじゃん!恋バナとかしてみたくない!?」

 

 

めっちゃテンション上がっちゃってるけど、そういうの憧れるから仕方ないよね。だって恋バナとかしたくない?青春だよ、JKなんだよ。

 

 

「それ、ひまりが付き合えば解決しない?」

 

「うっ!!わ、私だっていい人がいたらいいな〜って思うけどさ、これがなかなか…出会えないんだよ!きっかけさえあればな〜」

 

 

共学になったおかげで男子は同じ学年にもいるけど、女子に比べると少ないし、何よりもまだそういうきっかけがないから難しい。あ〜、青春したい!

 

 

「ひーちゃん、そう言うのはいいけどさ〜、そんなに食べてたらまた体重増えちゃうよ〜」

 

「デザート一品くらい大丈夫だもん!モカだっていつもパン食べてばっかりじゃん!」

 

「のんのん、あたしはひーちゃんにカロリーを送ってるから。ひーちゃんはその分カロリーを気にしないといけないんだよ〜」

 

「な、ななななな!!酷いよ〜〜巴〜〜〜!!」

 

「はいはい、モカもあんまりいじめてやるなって」

 

 

最近ほんとに気にしてるんだからね!高校生になったのに、三年間が全然青春できないものになったら嫌だもん!なのにいっぱい食べてるモカと巴がスタイルをキープしてて、私は…うう…

 

 

「あれ、つぐみ戻ってきたけど」

 

「…つぐ、何やってるの?」

 

 

蘭が飲み物を飲みながら観察の経過を教えてくれる。ふっふっふ、優秀な助手だね。

私もつぐの方を見たんだけど、つぐは机に伏せた結羽先輩を見て少し不思議そうな顔をして、ちょっと挙動不審になった後、

 

スマホを結羽先輩に向かって構えた。

 

 

「え、盗撮?つぐみ、盗撮?」

 

 

蘭が慌てるけど、イケメンの写真とか、好きな人の写真とか、欲しくなるのが性だよね!わかるよ!たぶん周り見てたのは私達がいると思ってるからだよね!いるけど!隠密行動は練習したもんね!そこからじゃなかなか見えないよ!

でも結羽先輩が腕から覗かせた寝顔もここからじゃあまり見えない、残念。

 

 

「つぐ…やるなぁ」

 

 

巴も感心してる。蘭は私がおかしいのかな、って顔をしながら私達を見ているけど、モラル的には蘭が正しいよ。安心して。

 

 

「何事もなかったように座ったぞ」

 

「ツグってますな〜」

 

「そんなとこツグってどうすんの」

 

 

写真を撮り終えたつぐは素知らぬ顔で席についたみたい。あとで色々聞いてみよう!

 

 

「モカちゃんはパン食べたくなってきたよ〜」

 

「モカ、あんたケーキ食べたでしょ」

 

「それはそれ〜、これはこれなのだよ。カロリーは当然ひーちゃんに」

 

「いいもん!私だってやればできるもん!体重減らすもん〜〜!!」

 

 

モカほんと酷い。私泣いちゃうよ。これが他の子だったら完全にセクハラなんだよ。モカだから許すけど。

 

 

「あんまり騒ぐとバレるぞ?まだ続けるならもう少し大人しく見守ろうぜ」

 

 

巴の一言で全員で我に返ると、またコソコソと二人の観察を続ける私たちなのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい気分だ。

 

 

「結羽くん、大丈夫?」

 

「気にしなくていいよ」

 

「大したことないから」

 

 

久しぶりだな。

 

 

「え?さっきから話してるじゃない」

 

「変なの」

 

「今日も練習しようよ」

 

 

付き合えばいいんだろ。

 

 

「じゃあ、放課後よろしくね」

 

「授業だし、また後で」

 

「あ、そうだ──」

 

 

…何だよ。

 

そう聞こうとしたところで、始業のチャイムが鳴った。しかしまだその唇は動いている。その表情もよくわからない、読み取るのも困難なくらい視界が悪い。

 

 

 

 

「…結羽…ん…い……て…」

 

 

聞こえない。何なんだよ。おい…

 

 

「結羽先輩」

 

「…マナ?」

 

 

ぐにゃり、と頭の中が歪んだような感覚。

今まで脳が認識していたモノは、脳が俺に見せたモノで、五感が正しく身体の外を知覚していたわけではないのだと気づくのに時間は要らなかった。

 

 

「いや…羽沢か」

 

「よかったです、表情が変わったから体調でも悪いのかと…」

 

「ん…大丈夫だ。もっと早く起こされるかと思ったが…」

 

「結羽先輩疲れてるのかなって。だから少しだけそっと眺めてました」

 

 

えへへ、と笑う羽沢。表情の変化が分かったということは寝顔はバッチリというわけだ。

 

 

「チッ…面目ねえな」

 

 

夢は結構見るタイプだが、前後不覚というか…あまり中身を覚えていない。断片的に何があったのかは思い出せるのだが、途切れ途切れというか、そこは夢らしく、ロジックとか連続性はあまりない。どちらかというと無秩序に近く、同じ夢のストーリーとは思えない。しかも現実味がないこともしばしばである。

 

 

夢は隠された欲望を映すとか、見えない危険を教えるとか、未来を暗示するとか、色々言われているが、単に過去の映像を見ただけだろう。懐かしさがまだ身体に残っていることから、そんな感じがする。

 

 

「…ま、そんなに寝てなくてよかったな。そろそろ出るか」

 

「あ、はい!」

 

 

後は会計を済ませて終わり…と言いたいところだがまあそうは問屋が卸さない。

 

 

「結羽先輩、この後ちょっと歩きませんか?」

 

 

そうくるか。

いやまあ散歩も悪くないとは思うんだけどな…見ちまったんだよな。

 

 

「…アレは気づかねえフリした方がいいのか?」

 

 

横目で見る先には羽沢を除くAfterglowの面々。

変に絡まれることもなければ、もしかしたら偶然居合わせただけかもしれないそいつらは、コソコソとこちらの様子を見てやがる。たった今気づいたわ。

 

 

「気づいてたんですね…ついてきちゃったみたいです」

 

 

そんな幽霊を拾ってきてしまったみたいな感覚で言われてもな…

 

 

「…ってことはずっとかよ、気持ち悪ぃな…」

 

 

悪趣味すぎんだろ。殺意すら超えて吐き気がするわ。

 

 

「…ま、今更だな。さて、行くとするか」

 

 

奢りとかいうリッチイケメンのような特技は習得していないのでキッチリ自分の分は自分で払うスタンスを崩さず会計を終え、俺達は遠回りをして帰る。

 

道中で、後ろから足音が定期的にするのが本当に気になって振り向こうかとも思ったが、やめた。

気づかないフリをしている内は余計な会話をしなくて済むのだと自分に言い聞かせて羽沢と日の沈んだ街を歩き続ける。

隣を歩く羽沢を見て思うのは、まあ私服ってのを意識してなかったからか、こんな服着るんだなってこと。たぶんこいつはよくこういう服装をするんだろうがな。何だこれは、薄手の服に上から丈の短い腰くらいまでのを着ている。下は膝下くらいのヒラヒラしたスカートで、チェック…?っぽい柄もうっすら見える。ファッションなんて知るか。

…今井、今こそお前の知識が役に立つときだぞ。

 

 

「結羽先輩」

 

「…ん」

 

「今日はわざわざありがとうございます。一緒にご飯食べて、こうやって散歩できて嬉しいです」

 

 

そんなことか。本当に大したことないんだけどな…

 

 

「…気が向いたってだけだ。そうである以上断る理由はねえよ」

 

「それじゃ、また気が向くのを待ってますねっ」

 

 

そう言ってにこやかに微笑む羽沢。

その笑顔には裏がなさそうで、その純粋さを体現していると思われる。俺には到底できない芸当だ。

 

だが逆に言えばそれは隠し事が下手だとも言える。嘘をつくことに慣れていないとか、嘘をつくことに背徳感があるとか、そういう理由があるはずだ。

俺はその辺りはこいつとは対称的で、嘘は微妙に上手い。そんなに自信はないが、下手すぎはしない。

仮初と建前で生きる大人と腹の探り合いをするためには必要なスキルなのかもしれない。ここ数年ずっとそんなこと考えている。

 

そう、羽沢は隠すのが下手だから分かってしまう。何か氷解させたいことがあるってことが。

 

 

「…何かあったのか。顔が冴えねえぞ」

 

「へっ?いえ、大丈夫ですよ!」

 

 

何かあるのは確実なのだが、まあ本人がそう言うんだ、聞くのは野暮だろう。某ネコ型ロボットではないが、困った時の宇田川もいるし少しくらい深刻でも何とかなるだろ。

 

 

「…そうか。ま、大丈夫だろうが…必要ならあいつらにでも頼るんだな」

 

 

後ろについてきているであろう四人をな、と内心で呟いておく。

 

 

「はい!…さて、そろそろ帰りましょうか。これ以上遠くに行くと時間もだいぶ遅くなっちゃいます」

 

「だな…商店街の近く通るしな、ついでに送るわ」

 

「えへへ、ありがとうございます。それなら安心ですっ」

 

 

後ろにいる四人がいればいいんじゃねえかとは思うが、案外そういうわけでもないらしい。女性のみもしくは一人の時に狙われやすいんだとか。大脳の使い道が倫理的におかしいんだよな…まあそういうわけで一人よりは遥かにマシだが念には念を、だな。

 

まあ特に何事もなく羽沢を送り届け、夜道を歩いて俺は帰宅した。リビングでは何故か母親がドラマか何かを見て号泣していたという…意味わからんが帰ってきて早々困惑してしまった。後で聞いたら主人公とペットの絆がどうとか言ってた。マジでどうでもよすぎた。

 

 

 

 

 

自室に入り、鍵のついた引き出しから一冊の手帳を取り出す。色褪せたりはしていないが、少し古くなったような印象を受ける。

 

 

「そういや捨ててなかったな」

 

 

中学一年生の時に使っていた手帳──それこそ背伸びをして買ったものだが──それの中の適当なページを開く。学校で配られる予定帳があったが故に、手帳と言っても予定管理などにはほぼ使っておらず、専ら日記帳として機能することになっていた。

そして奇跡と言うべきか、まさにそこにあるべきページが開かれた。俺がそのクラスメイトのことを『マナ』と呼んだ、その日の記録がそこには綴ってあった。




二人ということで、結羽くんとつぐを描こうとしたのですが、やっぱりみんな出そう!ってなってしまった雪乃シロです。お許しください。

さて、『マナ』と呼ばれる人物については実は既に構想がありました。
サブタイトルにも『真名』という形で織り込んでみたりしたんですが、伏線レベルにしたつもりはありませんので何とも…

ドロドロな展開にはなりませんが、私が趣味で結羽くんに背負わせた過去と現在をこれからも生温かく見守ってくださると幸いです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
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