とある日の深夜。
虫の音もしなくなった静かな夜の闇を独り見つめた。
人工の光が照らす夜道にも漆黒は消えることはない。
自分の足音とゆるやかな風だけが聴覚を刺激する。
そのままゆっくり歩き続けて見えたのは公園だった。
そしてそれと同時に新たな情報を視覚と聴覚が受け取る。
「…久しぶり」
「そうかもな」
軽口など叩いている余裕はない。
「単刀直入に言う。二度と関わるんじゃねえ」
黒にも溶けない拒絶の色。
一切の隙も見せることはない。
「何様のつもりかは知らねえ。ただテメェに俺と関わる資格はねえし、逆も然りだ」
今更何かをする意味もなければ、そんな権利が与えられるわけもない。
それはあの時に決まったことで、過去は変えられない。
「待ってよ」
それは俺にとっては当然の結果であって、それ以上何を感じることもなかった。
ただ叶わぬ願いを言葉にするのなら。
こんな今に翻弄されるくらいなら、せめて過去の俺には真実を追求してほしかった、とだけ。
ふと空を見上げて初めて気づく。
「ああ──」
今夜は、星が見えないみたいだ。
今日はバイト。
何やかんやで羽沢珈琲店で労働に勤しむ自分を褒めてやりたい。
「ユウさん、すごく辛そうです。大丈夫ですか?」
そう声を掛けてくるのはバイト仲間…同僚とも言うべきか、そんな間柄の若宮イヴ。正直頭おかしいと俺は思うが、根は真っ直ぐでいい子だと言うのは羽沢の評価である。
…誰だって『押忍』『ブシドー』『助太刀』『切腹』なんて言葉を放ち続ける奴を見たら変人だと思うだろう。変わり者ではなく変人。『刀剣無双』シリーズのやり過ぎか?
さて話を戻すが、俺はこの「大丈夫か?」というワードを今日のバイトだけで数えられないくらい聞いている。数える気もないがな。
「大丈夫だって言ってんだろ…」
お前の頭の心配でもしろよ、という言葉は飲み込む。
本当のところは少しだけ自覚はあるくらいだ。ただ寝不足ってだけだと思うし、風邪菌を飛ばしたりすることはないから何とかやりきりたい。後々抜けた分の責任追及されても困るからな…
マスターにはまだ何とも言われていないが、さすがにマスターに命じられれば休まざるを得ないだろう。
現在時刻は15:40、もう残り半分を越えた。今日は10:00から19:00だからあと少し耐えれば直帰して即寝で何とかなる気がする。
「若宮、もう上がる時間だ。邪魔だから帰れ」
「は、はい…わかりました。ユウさん、無理はダメですよ!」
終始俺の事を気にしていた若宮を、勤務時間パワーで強制退勤させることによって余計な目は消えることになった。と思い込んでいた。
「ただいま〜。イヴちゃんありがとうね。私と交代しようか」
「お帰りなさいツグミさん!」
心配性スキル練度MAXの羽沢つぐみの降臨である。
心配性羽沢 VS 俺の嘘という謎の戦いが幕を開ける──
「あ、結羽先輩もありがとうございます!あの、体調は大丈夫ですか…?」
この戦いは一瞬にして閉幕した。
それ以上語ることはない。
「ああ…」
「いつもより覇気がないですね…私もいますから、ゆっくり作業しましょう」
若宮に続いて後輩に気を使われる始末。こりゃ重症かもな。自覚はないが。後で聞いたことだが、若宮の休憩中にそれらしい報告がされたとか何とか。
「あんた大丈夫?迷惑かける前に休みなよ」
「…何だお前いたのか」
「何その態度。つぐみ、こいつクビにした方がいいよ」
羽沢の帰宅ついでに店に侵入していたのは美竹。オバケみたいに取り憑くとかいう習性してんのか?それにしても気配をまったく察知できなかったんだが…
「いや…マジで気づかなかったわ、悪いな…」
「謝らないでよ気持ち悪い」
美竹、お前さすがにブチ〇すぞオイ。
言い方も酷いが、それよりも人の謝罪を
「…ろくでもねえ客だ」
悪態をつきながらもそんなお客様にもしっかりと対応し、その後も問題なくバイトを終えようとしていた頃の話。
「あ…ヤバ」
急に意識が遠のいたような気がして、近くの椅子に手をかける。全ての感覚が鈍くなったような気がした。いつもの刺激の処理速度ではない。
「…だるいな畜生」
その場から動かなくなった俺を心配してか、羽沢が駆け寄ってきた。
「どうしたんですか!?具合でも悪いんですか、結羽先輩」
「あー…割とキツい」
ただの寝不足だけどな。強いて言うなら精神疲労の蓄積もありそうだ。已むに已まれぬ事情ならともかく、プライベートで店に迷惑をかけるという失態を晒すなど愚かなことこの上ない。もう上がる時間なのがせめてもの救いか。
「今日はもう上がって、ウチで休んでください」
その言葉に従うのは責務を全うできないことを意味するが、その言葉に逆らうのならばそれは自己管理の不出来を証明することになる。どちらにしろ俺が悪い。
「…わかった。悪い」
マスターにも一言断りを入れて、羽沢母に連れられて家に通される。自責の念に飲み込まれながらも椅子に座って睡眠をとる旨を伝え、精一杯の謝罪をする。
マスターも羽沢母も笑っていたが、本当にそれで良いのだろうか。俺は笑って流せるような歳でもないはずなのにな、等と考えているうちに身体は休息モードに突入してしまったようだ。思考もぼやけた辺りで俺は半ば投げやりに意識を手放した。
「ッ痛…」
腰の辺りに鈍痛を感じながら起き上がる。座って寝るとよくなるアレだ。現に今俺はテーブルに
「ここは…」
鮮明になってくる記憶によると俺は体調管理が行き届かず、羽沢宅で休ませてもらったようだ。クソ程迷惑で申し訳ない上情けない。
「結羽先輩!?大丈夫ですか、死んじゃったみたいに寝てたから心配で…お母さん、結羽先輩起きたよ!」
向かい側に座っていた羽沢が俺が起きるのを見るなり、焦燥と安堵が入り交じるような声で母親を呼んでくれた。まさかずっとそこにいたんじゃあるまいな…
「あら結羽くん。身体の方は平気?」
「…はい。寝起きってだけで、頭痛とかそういうだるさはないです。あの、すいません。店にもご家族にもご迷惑を…」
「礼儀正しいのね。気にしなくていいから、まずはゆっくり休んでね?後は…そう、つぐみがとても心配していたから、お礼くらい言ってあげて」
「余計なこと言わないで!でもほんと、よかったぁ…」
まあ…事情を知らなかったり、経験がなかったりする人からすれば単に病んでいるように見えるのだろう。
現に羽沢はホッとしたように見えて、実はまだ難しい顔をしている。
「…少し話せるか」
「へっ?私ですか?」
「タメ口で話せるのはこの場にはお前だけだろ」
はぁ、と一つ溜め息をつく。そこに込められた意味は俺にも分からない程、複雑に交差している。
「何があったか、何故こうなったのかくらいは話さないとお前一生気にするだろ」
一生は過言極まりないだろうか、しかしそれくらいこいつが心配性だというメタファーであると言える。
「じゃあ…後で私の部屋に来てください。そこで聞かせてもらいますから」
そうする、と伝えた後にマスターに今日の事を謝罪しておく。結果的に大事に至っていないから、とのお言葉を戴いて羽沢母に羽沢の部屋まで案内してもらう。
ドアに手をかけて動きを止めた、その数秒に昨日の記憶を呼び起こす。
さて…どこから話そうか。
もしかしなくてもイヴ様初降臨なのかもしれません…
ちょくちょく建てたフラグは回収して少しずつ進めていますが、並行して別作品も考えているので余計に更新が遅くなってます。すみません…
ここまで読んで下さりありがとうございます。
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そしてみゃーむら様、ご評価ありがとうございました。