完全に話の筋とか忘れましたが何とか持ち直していきます。がんばります。
それでは今回の話、どうぞ。
「どうぞ」
ドアを開ける前で踏みとどまり、ノックという選択肢を得た俺はギリギリでデリカシー皆無人間というレッテルを貼られずに済んだ。
「…無警戒もいいとこだな」
「結羽先輩ですし」
どうやら俺は羽沢に謎の信頼を寄せられているらしい。その片鱗は何度も覗いてきたが、嘘ではなさそうだ。
「何もない部屋ですけど」
「十分ファンシーだろ」
俺の部屋とは似ても似つかない、それはそれは世間で言う女子って感じの部屋だ。緊張はしていないが、何となく落ち着かない。
「それで…言うことがあってな」
勿体ぶっても仕方が無いので単刀直入に言う。
「今日は心配かけたみたいで悪かった。身体が悪いわけではないんだが、昨日は夜中に色々あってな…中学の時に転校したクラスメイトに呼び出されたって話だ」
それだけだと友人に会ってバカ騒ぎして寝不足、で済むんだろうが。
「これにも経緯があってな…この前買い物に行っただろ。たまたま会ったんだ、そいつに。俺としては関わりたくねえのも事実」
羽沢は黙って話を聞いていたが、ここで口を挟んできた。
「関わりたくない?どうしてですか?」
「…あまりよろしくない別れ方をしたからだな。結局そいつとは二度と会うつもりもなかった」
だが、と話を続ける。
「昨日会った時も…この前も、そいつはそれでもお構いなし、だ。物申すために応じたはいいがそれだけだ。他人からすればな」
「それでも俺にとってはそれだけでは済まなかったわけだな。ずっと頭から離れなくて寝れなかったし、それで多分今日の結果に至ってる。悪い」
俺にとっての精神的負荷は多大なものであるが、人にしてみればまったくそんなことはないはずだ。そんなことで?と言われてもはいそうですとしか言いようがない。
「うーん…その人って、結羽先輩にとって大切な人だったんですか?」
「…まあな。昔の…女、だな」
「へ〜そうなんですか」
室内に一瞬の沈黙が流れた。そして…
「え、え、えっ!?彼女さん、ですか!?」
「昔のだ。今はもう違う」
うまく清算されなかったとはいえ、過去のことだし隠しておく理由もない。説明の一環である。
「詳しくは言わないが、そういう理由もあってのことだ」
「そ、そうなんですね…恋人いたんですね…」
「そりゃ意外だよな」
自分でもそう思う。
似合わないというかキャラじゃない。
「向こうが今のスタンスを崩さないなら何とかして解決するしかねえんだろうよ。取り敢えず理由はそんなところだ、心配かけてすまなかったな」
自分でも想像以上にメンタル弱すぎて悲しくなるレベルだ。過去の人間のことを今も引きずっていなければこんなことにはなっていないはずだしな。
「…とまあ俺の弁解は以上だが。何かあるか」
「そうですね…あの、今日のことはもう大丈夫です。それよりも、その人とちゃんと話し合って欲しいなって」
思っていたよりも羽沢の考えは安直で、思った通り非現実的だった。
「…いや、そりゃ無理だ」
そして、そういう考えは俺には受け入れられない。
「…そこまでしたとしても何にもならない。たぶん、俺とあいつの確執は拭い去れない」
「どうしてですか?絶対、ちゃんと話し合った方がいいですよ。だってきっと結羽先輩だけじゃなくて、その人も苦しいから…」
苦しい?あいつだけじゃなくて俺までもがそう思っていると、羽沢は言っているのか?
「別に苦しい思いなんてしてねえよ。目の前に現れさえしなければ問題はない」
ならどうして過去を捨てられないのか、とは問わずともわかる。それが自分が存外感情に生きていることがその事実を裏付けている。日記なんていい趣味してるくらいだからな。
「…たとえば。お前がバンドのメンバーに陰口を言われているのを知ったとする。そして程なくしてバンドは解散、果ては陰口を叩いた本人は引っ越し、その人間とは物理的にも心理的にも離れたとしよう」
「その時お前はどう思うか、想像できるか?」
昔話をするには時間がもったいないし、そこまで話す義理もない。適当な状況に置き換えて羽沢に問えば、当然のように俺の出した答えとは違う答えが返ってくる。
「う〜ん…すごくつらい思いますけど、やっぱり早めにその真意を問うと思います。だってそれが本心なのかも実は悪口じゃないのかもわからないですから」
もちろん悲しいものは悲しいに変わりないですけど、と付け足して羽沢は口を閉じた。
「でも、結羽先輩がどういう状況にいるかはわかりました」
「…たとえばって言ったよな?」
俺の細かな発言はお構い無しか、そうか。
「チッ…」
俺よりも産まれてくるのが遅いくせに、俺より的確なことを考えやがる。実際羽沢に悩み相談などをしている時点で人間性と経験値の差が知れる。
「…まあ、その内ちゃんと決着をつけるようにはする。同じこと繰り返したくねえし」
心のどこかでは、釈然としないからこそ、ハッキリさせたいと思うところがあったのかもしれない。後輩にそう諭されてみれば簡単にその気になる自分に対して何とも言えない気持ちになる。
「悪いな。野暮な話だったか」
「全然そんなことは!…それよりも、安心しました」
「安心?」
「結羽先輩も、ちゃんと人のこと好きになるんだなって。確信が得られました」
「…よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるな」
適当にその真偽を誤魔化すが、別に俺は無感情の悪魔ではない。故に俺が好意を抱くのは以外でも何でもないはずだということは理解してもらいたい。
ともかく、人を好きになる、というのがつまり当時の俺の奴に対する気持ちだとすれば…
「今はそうじゃねえな」
そう完結するのに時間がかからないくらいには、明快な問題だった。嫌いだというわけじゃないだろうが、ただ清算できていないことに対する曇った感情がある。過去に抱いていた感情とはまた別のものが今はここにある。
「色々ありがとな。特に用もなければ長居も悪いし
「わかりました。今日もお疲れ様でしたっ」
いつものにこやかな顔でそう労ってくれる羽沢、やはりめちゃくちゃいい奴なんじゃないか。営業スマイルかどうかは定かではないが。
「…そうだな。詫びと言っちゃなんだが、また買い物でも何でも、頼み事があれば付き合ってやるよ」
羽沢一家に礼を述べて俺は家に帰る。今日こそしっかり寝るために…
なお、この軽率な発言がまた面倒を呼ぶことになるのは別の話である。
その日の夜の通話。
「それでね、今日は結羽先輩が部屋に来て…」
『えっ』
「体調が悪かったみたいなんだけどね、少しお話して」
『つぐみ…変なことされてない?』
「だ、大丈夫だよ?なんで?」
『先輩も男子だからね〜。こう、獣のようにつぐを食べちゃうかも〜?』
「え、えぇ!?でも、そんなことなかったよ?」
『気をつけなよ。ヘタレだとは思うけど。あいつ何するかわかんないよ』
『いや、先輩に限ってそれはないと思うけどな?』
『はぁ〜つぐも最近は先輩にべったりでさ、そろそろロマンスが始まっちゃうんじゃない?』
「ど、どうだろうね?あはは…」
『そんなことよりモカちゃんはお腹減ったよ〜』
『モカ、あんたこんな時間に食べたら太るよ』
『だいじょ〜ぶ〜。ひーちゃんがいつもみたいに』
『モ〜〜〜〜カ〜〜〜〜〜〜』
「わ、私ももう少し痩せた方がいいのかな?」
『つぐがそれ言ったら世の女性を敵に回しそうだよな…』
『わかる』
「そうかなぁ…?」
『むしろつぐはモカからもらってもいいレベルだよ!私もういらない!』
『どっちもそんな太ってないでしょ…』
「でもプールとか行ったら恥ずかしいなぁ」
『え。あいつと?』
「蘭ちゃ〜〜ん!!!」
『蘭がいじりに回った』
「うぅ…ひどいよぉ…」
『ほらつぐ泣かないで〜、明日パンひとつ分けてあげるから〜』
『いや、あたしは別にそういうつもりじゃ…』
「あんまりそういうこと言うと結羽先輩に失礼だからね?」
『だってさ、ひまり』
『え、私!?私のせいなの!?ごめん!』
「ふふ、大丈夫だよ。私そろそろ寝るね?」
『わかった。あたしも寝る、おやすみ』
『おやすみ〜』
『おやすみ!』
『おやすみ』
「うん、おやすみ、みんな」
ご読了ありがとうございます。