苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

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あけましておめでとうございます。


止まらないカウントダウン

 

 

さて、やってきてしまったこの日。

今日という今日もやはり過去の自分を恨むべきか、外出が億劫になりつつも俺は隣町まで移動をしようと身体を起こす。

 

 

「…祭りねえ」

 

 

目を背けたくなるような現実がそこに迫っている。俺自身アクティブではないため、いざ行くとなると乗り気にはなれない。行ってしまえば楽しめるのも事実ではあるが…

 

 

「浴衣とか着ていく?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 

気付け薬感覚に顔を洗い、リビングへ行くと息子を着せ替え人形か何かだと思っていそうな母がいた。浴衣やら甚平やらは生まれてこの方祭りに着ていったことがない…と思う。覚えている限りでは。

 

 

「…まあアレだ。今日はそういうわけだから遅くまでいない。また帰りにでも連絡する」

 

「わかったわ。凛くんと行くの?」

 

 

最初に伝えた時は聞かなかったくせに…今更核心をついてくるんじゃねえよこの母親は。

 

 

「いや…そうだな、新しい友人ってとこか」

 

 

自分で言ってて恥ずかしいしそもそも友人なのかも疑問だが。

 

 

「あの結羽に友達ができるなんて、母親としては嬉しい限りね」

 

「…相変わらず育ての親としてどうかと思う発言だな」

 

 

前提として俺に友達がいないみたいなこと言うのをやめてもらえないものか、と思い至ってから気付くのは実際友人がそんなにいないこと。悲しくはないが世間的には可哀想な扱いを受けるらしい。

 

 

「支度したらもう行くから」

 

「は〜い。楽しんでらっしゃい」

 

 

その後は着替えて髪の撥ねを直し、パーカーを羽織って家を出る準備がほぼできる。所詮外出の支度なんてそんなものだろう。こういう時、シャワーは帰ってきてから浴びるものだしな。

唯一悩んだのは財布とスマホのやり場。小さいバッグでも掛けていくかどうか悩んだ末、邪魔になるかと思いながらも持っていくことにした。人が多いところにブチ込まれればポケットから抜かれても気付かない可能性があるだろうから。ついでに座るようならと小さいレジャーシートを突っ込んだ。

 

 

「あっちィ…」

 

 

こんなに暑い日が続くと子ども達の希望の象徴でもあるお日様を壊したくなる。毎年が冷夏くらいでいいんじゃねぇか…

 

さて、待ち合わせは羽沢珈琲店。少し出るのが早いような気もするが無駄に歩みを緩めると、傾いた太陽が放つ夜への置き土産を存分にもらってしまう。それは絶対に遠慮しておきたい。

 

 

「そういや待ち合わせて祭りに行くくらいしか決めてねぇな…」

 

 

当然幼馴染共もいるはずだ。

美竹とはいがみ合いが始まるわ、青葉はニヤニヤしながら横槍入れるわ、ひまりはアホだわ、まともなのが半数を切っているのが地獄でしかない。宇田川が俺の味方をしてくれるかと言われると保証はしかねるしな…

 

 

「はぁ…」

 

 

人が少なければとか、知り合いとか面倒なのに会わなければとか、今から要らん心配をして溜め息が出る。

マジで憂鬱だ。それを当人達の前であまり見せない方がいいのはわかっているから、今の内にブルーな気持ちを放出しておく。主に美竹がうるさい。ほぼ確実に。

 

 

歩き慣れた道を踏破してバイト先…もとい羽沢珈琲店に辿り着く。少しでも涼し気な空間にいたいと、俺は躊躇うことなく扉を開けた。

 

 

「あら結羽くん、いらっしゃい。早かったのね」

 

「どうも…アイスコーヒーをお願いします。キリマンジャロいけますか」

 

「もちろん。切らさないようにはしてるもの」

 

 

大した荷物もない上、おひとり様故にカウンターに席をとる。やはり冷房の効いた店内はいい。夏には欠かせないヒーリングスポットだ。

そんな中コーヒーを待ちながら、気になっていたことを聞こうと手隙の羽沢母に声をかける。

 

 

「あの」

 

「どうしたの?つぐみのことならもう少し待っててあげてほしいんだけど」

 

「や、そうじゃなくて…美竹とか、Afterglowは来てるんすか?」

 

 

そう、店内には少し早めとは言え奴らの姿が見えないのである。こういう場合は早くから合流して、どうせ羽沢の部屋で何かしらしてるんだろうと思って聞いてみたのだが。

 

 

「いいえ?というかつぐみから聞いてないのかしら」

 

「…何を、すか」

 

 

ああ、何かよくないことが起こりそうな。そんな予感が電気のように身体を駆け巡った。

 

 

「つぐみったら結羽くんと二人でお祭り行くって張り切ってたわよ」

 

 

??????????

 

 

「…全く。Afterglowの世話係を押し付けられたものだとばかり」

 

「あれ、そうなの?」

 

「まあ…」

 

「あらあら。恥ずかしがり屋なのかなあの子も」

 

 

どちらかというと俺と行くってのが親の心象が悪くなる原因になるからだと思うんだが…

 

 

「はぁ…」

 

 

早々に次の溜め息を消費する。

当然他の奴らも来るものだと思っていたわけで、蓋を開けてみれば驚愕の現実がそこにはあった。どうしたものか…

 

 

「そういうの気にするの?結羽くんってもしかして彼女とかいる?」

 

「…いないっすけど」

 

「じゃあ気にしなくていいのに。それともうちの娘じゃ不満かしら?」

 

「いや…むしろ俺を同行させるには勿体ないくらいなんじゃないすかね」

 

 

『うちの娘じゃ不満かしら?』ってそれ一種のハラスメントだろ。俺は本音を言ったつもりだが、もし不満だと思ってもそうは答えられない質問の仕方だ。

その内届けられたコーヒーを啜りながら俺達は会話を続ける。

 

 

「あら、つぐみが来たみたいね。それじゃ、私はこれで失礼するから、楽しんできてね」

 

「…ん、ども」

 

 

支度を終えた羽沢がやってきたらしくこんな会話も終わりを告げる。母親と入れ替わりにやってきた羽沢の方を向くと…

 

 

「お、お待たせしましたっ」

 

「…ああ」

 

 

浴衣に身を包み、頬を紅く染めた少女が立っていた。水色基調と思しき浴衣を纏い、普段着けていなかったような気がする髪飾りを着け、巾着袋を提げた姿は夏祭りの絵になりそうだ。

ブラウンとかベージュ?みたいな色をよく見かけるからか、浴衣自体が新鮮だからなのか、少し物珍しく見入ってしまう。これが世の男女であれば『見惚れる』が正解だろうか。

 

 

「ゆ、結羽先輩?私、どこか変なところありますか…?」

 

「ああ…いや、新鮮でいいなと思っただけだ」

 

 

見ている分にはな。着るのとか面倒だから絶対嫌だ。

 

 

「変なところはない。たぶんな」

 

「そ、そうですか?えへへ、ありがとうございますっ」

 

 

そうやって照れ臭そうにはにかむ表情が、俺には眩しくて勿体ない。表にはあまり出さないけどな。

さて、羽沢母にあれこれと突っ込まれるのは困るので、その前に会計を済ませて俺は羽沢を店から連れ出した。

 

 

「…幼馴染共はいないらしいな」

 

 

店を出てからそう問えば、ビクッと羽沢の肩が跳ねる。

 

 

「迷惑でしたか…?」

 

「…せめて先に教えてほしかったくらいか。俺を含めた他の奴らに変に勘違いやら詮索やらされる可能性もある…が、大した問題はない」

 

 

それで被害を受けるのはお互いなんだから救われねえ。

 

 

「そんな卑屈になるなよ…問題ないと言ったら問題ない。楽しみにしてたんじゃないのか、母親が言ってたぞ」

 

「え、お、お母さんが!?もう…!」

 

 

微かに頬を膨らませると懐かしの羽沢百面相。この表情は初めてのレコードかもしれない。いつもは困り顔と笑顔でバリエーションを稼いでいたからな。

 

 

「はぁ…さっさと行くぞ、腹減ってるんだ」

 

 

こじつけのように聞こえるが、どうせ祭りで食うだろうと腹をそこそこ空かせてきているため、俺はアイスコーヒーだけでは空腹を抑えることが出来ないのだ。

 

 

「そうですね!何食べよっかなぁ…ふふっ」

 

 

そう言う羽沢を横目に見ていると、先程の嫌な予感とは裏腹に、どこか柄にもなく楽しめそうな予感がした。だがそれを俺は反射的に拒絶、否定したくなる。それを受け入れてしまったら、俺は今までの俺でいられないような気がしたからなのかもしれないと。

俺の思考が羽沢に読み取られることがないまま、移動を続けた。氷川みたいな読心マスターが何人もいるわけがないので当然と言えば当然だが。

 

 

電車を降り、先程よりも建物が少なくなった川べりの町を歩く。駅に降り立った瞬間に分かる人の多さ、ロータリーに出れば提灯(ちょうちん)の明かりが遠目に見えた。地理には疎い上に祭りに来たのは三年前が最後なので、どう回れば良いかなど俺が知る(よし)もない。

 

 

「…さて、どうする」

 

 

現在時刻は午後6時前。花火は七時半から一時間程行われる予定で、天候も良好なコンディションだから中止になることもないだろう。

となると一時間程度祭りを回って、適当な場所で待機するのが良さそうか。

 

 

「まずは屋台回りませんか?お腹空いちゃって…」

 

「ああ」

 

 

これは僥倖。早く腹に何か収めたいと思っていたんだ。

 

 

「しかしまあ…」

 

 

やはり屋台の並ぶ通りに入れば人の波に攫われてしまいそうだ。こういうのは苦手どころの話ではないんだが、それよりも羽沢が心配だ。しかし足踏みしているのも時間が勿体ないのも事実。

 

 

「行くか。はぐれないしろよ」

 

「はい!チョコバナナ食べに行きましょう!」

 

 

それ覚えてんのかよ。俺もあの時笑われたこと忘れてねえからな…

 

 

「すごい人ですね」

 

「そういうもんだろ、祭りなんて」

 

 

前後左右から押し寄せる人に抵抗する気力を失った俺は何度も転びそうになる。例え転んだとしても人が障害物の役割を果たして地に伏すことはないだろうが、後ろからの止まらない人の波によって苦しい体制を強いられるのが目に見えている故、転ばない程度には踏ん張っておく。

 

これは楽しいなんて思えねえな、と軽く悪態をつきつつも五感…主に触覚と嗅覚で様々なものを半無意識的にキャッチしていく。

 

すれ違う人間の整髪料、香水、衣服の匂い。屋台から流れてくる食べ物の匂い。早くも漂ってくる酒の匂い…吐息が酒臭いのは勘弁してもらいたいが、それも含めて風流とでもいうのだろうか…?

 

また鍛えているのかと思うような腕にぶつかり、後ろからではなく何故かすれ違う人間に足を踏まれ、かと思いきや今度は華奢な腕にぶつかり、とまあ触覚に関しては大体接触事故によるところが大きい。

 

当然近くなれば羽沢のものらしき匂いが鼻をくすぐるし、今は離れないようにかもしれないが、彼女は俺の腕を掴んでいる。それに気づけば、嫌悪とも歓喜とも言えない感情が沸き起こる。だから俺はその感情に気付かないふりをして歩き続けた。

 

人に揉まれつつ色んな人間がいるものだと僅かな感慨を味わっていると、少し開けた場所に辿り着く。見たところ円形の広場で、外周に沿って屋台が配置されているようだ。

 

 

「広場か」

 

「そうみたいですね。ここにも屋台がたくさんありますよ」

 

「さっきの通りで買うよりはこっちで買って食べた方が密度的には楽だろうな。食べるのに人が多いとお互い邪魔だ」

 

「じゃあここで色々買いましょうか」

 

「ああ」

 

 

空腹を満たすべく、俺達は屋台回りを始めることにする。この広場にない屋台の方が少ないと言える程には広く、屋台の数も多い。俺は羽沢と離れないように同行しながら探索を始めた。

そう、まだまだ祭りは始まったばかり…いや、始まってすらいないと言うべきか。この後に何が待ち受けているのか、俺はまだ知り得ないでいた。




寝正月でした──
ご読了ありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さっさと物語を進めたい…
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