苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

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こんにちは、こんばんは。
さっさと回想編を終わらせたいです、グダりやすい自分を許してください…


記憶の海:近づく距離

 

 

9月30日、金曜日。

月曜日に連絡先を交換してから二日間は、時間は短いとはいえ音楽準備室を借りて練習をした。俺が音楽担当に許可をもらいに行った時、近くで話を聞いていた担任は異様に驚いていたのを俺は忘れないだろう。

 

 

『木崎、人の手伝いをすすんでやるのか!?お前が!?』

 

 

みたいなことを言われたはずだ。人が人なら迷わず貴様の首を飛ばしていたところだぞ。

昨日…木曜日は雲村が美術部の活動のため練習は不可能。まあたかだか二日でどうにかなるわけでもないし、練習へのモチベーションが生まれただけでなく、オマケとして話し相手としての興味を抱かれてしまっては効率は低下してしまう。軽く質問攻めに遭いながらも相手をしてやったのは偉いなと思った。

 

 

「…今日も特訓だな」

 

「うん」

 

「やる気スイッチとして時間を割いてやってるんだからさっさと上達してくれ」

 

「そこまで言う…?」

 

 

お前が月曜日以降サボり気味だからだよ。おしゃべりに花を咲かせている暇があるなら特訓に身を投じた方が有意義なはずだが。

 

 

「今日はちゃんとやる。時間も少ないから」

 

 

そう言うと本当に真剣な表情に変わり、鍵盤に触れる。切り替えができるってのはいいことのはずなんだけどな…

 

 

「…おい。これは俺の感覚だからお前にも当てはまるか分からんが」

 

 

口を挟んだ俺を一瞥する雲村に、一呼吸置いて告げる。

 

 

「真剣にやるのはいいが、もう少し気楽にいけ。変に緊張感持つと動きが固くなってミスに繋がる」

 

 

今となっては俺も守れていないアドバイス。俺からの助言と言うよりは、昔俺が言われた言葉…つまりは他人の受け売りだったりする。

 

 

「それが必ずしも正しいやり方とは言わないが、個人的にはそう思ってる」

 

 

正しく弾くことだけを考えた演奏は、上手だなという感想で全てが完結する。そうではなくて、上手ではあってもそこから奏者の意図や感情が伝わってくるのが大切だと思っている。たくさんの技巧を凝らすよりも、その人がその音にどんな思いを込めているのかを伝えることの方が、その人の音楽の根本を支えている気がするのだ。

 

 

「あははは!」

 

 

そこまで言い切ってから、どこかこそばゆく思った俺を見て雲村は笑う。

 

 

「急に何だよ。失礼だな」

 

「木崎くんもロマンチストだなって思って。もっとストイックなのを想像してたから」

 

「そう思われるくらい険しい顔つきしてるのは分かってんだよ」

 

「確かに目つきは悪いと思われてるかもだけど」

 

 

とことん人の心を突き刺してくるな。お前の言葉は槍か何かか。

 

 

「何だかんだここ数日付き合ってくれてるし、そういうこと言ってくれるんだなって思って」

 

 

槍かと思いきやそんなに尖っていない言葉が飛んでくる。危なげもなくそれを受け止めれば、予想だにしないことを彼女は言う。

 

 

「木崎くんのこと、勘違いしてたみたい。私、木崎くんと友達になれそうだよ。まだ付き合いは浅いけど」

 

 

友達。友人。俺にはそう呼べる人間がどれほどいるだろう。脳裏にちらつくのは凛の顔。まあ一応あいつとは友人ではあるのだろう、悔しいが昔から一緒だし今もあいつ以上に親しい人間はいない。

 

 

「そうだな。友達の少ない俺としては悪くない」

 

「…ねえ、自分で言ってて悲しくないの?」

 

 

今となってはある程度慣れてしまったよ。

 

 

「はいはい。時間ないんだからさっさと練習しろ。ミスったところは後で指摘するから何回かやってみろ」

 

 

 

 

 

 

こんな調子で今日もユルユルと特訓。課題が段々と明確になってきたところで下校時刻の放送が入り、お開きとなる。

 

 

「んーっ、疲れた〜。帰ろっか」

 

「ああ」

 

 

伸びをして鞄を肩にかける雲村。世話になったピアノに別れを告げ、音楽準備室を施錠する。この作業にも慣れてしまいそうで何となく嫌だな…

 

 

「鍵返してくるわ。それじゃ」

 

 

持っていると手に金属の臭いが付きそうな鍵を手に、俺は職員室へと向かう。

 

 

「私も行くよ」

 

 

何故なのか。

 

 

「いやいいよ」

 

「まあまあ気にしないで」

 

「何でついてくるんだよ。一人でいい」

 

「いや〜、私が木崎くんと一緒に帰りたいからさ」

 

「ええ…待て、方向同じだったか?」

 

「たぶんね。ほら、行こう」

 

 

その答えは至極単純でありながらも、俺にとっては難解だった。帰り道が同じかも分からんやつと帰ろうってのはどうなんだ…と思って鍵を返し校門まで行けば、途中まで道が同じだと判明。何でだよ。

 

 

「ほんと偶然だね」

 

「そうだな」

 

 

特に話すことがない。コミュニケーション能力最低値を誇る俺には発話が難しいのだ。

 

 

「はあ〜休みだね。木崎くんは土日何するの?」

 

「ゲーム」

 

「ゲームするんだ。意外」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 

無欲無関心の枯れた人間だと思われてるのだろうか?趣味も何も無い人間だとでも?

 

 

「で、雲村は予定でもあるのか」

 

「特にはないかな。でも練習は休みでもやるよ。下手っぴだし」

 

「へえ。家にピアノあるのか」

 

「うん」

 

 

それなら困ることもないか。いや、ウチにピアノがあるからと言って、雲村の家になかった時に呼んでやるなんてことは全く考えていなかったが。

 

 

「まあ頑張れよ」

 

「ありがとう」

 

 

その後も会話らしい会話をするのに苦心しながらやっとのことで分岐点に到達する。

 

 

「じゃあまた」

 

「うん、またね」

 

 

素朴な挨拶を交わして、俺達は別れる。ただこれだけのことだけれど、最初の内はほんの少しむず痒く感じられた。それが当たり前になるのに時間はそうかからないということに、俺はまだ気づけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月8日、土曜日。

普段ならば暇を持て余しているはずの俺も今日はそうはいかない。来週にはテストが控えているからである。

勉強はややできる程度、声を大にできるほど優秀ではないが、平凡にオマケがついたレベルだと思ってくれれば相違ないだろう。

 

 

そんな俺は当然生真面目にも午前から机に向かっている。現在時刻は十時。土休日の俺にしては満点を上げたくなる生活だ。

だが俺のその好ましい非日常をぶち壊す非日常は、前触れもなくやってくるものだ。

 

 

「誰だよこんな昼間から…」

 

 

机に置いてあるスマホが振動する。それは俺を集中から引き剥がすことに成功すると、ボタンひとつでその動きを止める。

そこに表示されていたのは、雲村…の、名前とアイコン。俺は小さく溜め息をついた。

 

 

「このアカウントは現在使われておりません」

 

『あ、おはよう木崎くん』

 

 

使われてねえって言ってんだろうが。

 

 

「ご丁寧にどうも。こっちはテスト勉強で忙しいんだが」

 

『あ、本当?ちょうどいいね』

 

「何を言ってるんだ」

 

 

ちょうどいい?何が?俺の勉強の邪魔をする正当な理由がこいつにあったか?一体何をする気なんだ…

 

 

『ねえ…今から、ウチ来ない?』

 

 

それは解体するのに相当な時間を要する、複雑な配管をした超ド級の時限爆弾だった。

 

 

Stop(待て). Wait(落ち着け).」

 

 

取り敢えず整理しようか。

 

今日は土曜日。テスト前の休日だ。

俺はテスト勉強中。

それに対してちょうどいい、家に来いとのお達し。

 

 

「いや待てよ。色々すっ飛ばし過ぎだろうが」

 

『え?何で?』

 

 

危機管理能力がないのか、俺に躊躇いの意志が無いものと誤解をしているのか、その辺りは定かではないが俺の倫理観とこいつの感覚は違うのだなと再認識する。

 

 

「女子の家においそれと上がれるもんじゃねえよ」

 

『私は気にしないよ。むしろ来てほしい』

 

「大した用事もないしな…つーか一応言っておくがガキとはいえ俺だって年頃の男だからな。その辺分かってんのか」

 

『え?もしかして木崎くんそういう人?』

 

「そうじゃないけどな…」

 

 

何でこういう時に限ってガードが緩すぎるんだよお前は。

 

 

『それに、理由はあるよ。勉強ちょっとやばいから手伝ってほしくて…木崎くん成績そこそこ取れてるみたいだから、助っ人として来てほしい』

 

「俺はお前の使い走りでも何でもないんだけどな…」

 

 

俺の事を本当に何だと思っているのやら。使える駒は最大限活用しようってことか?

 

 

「まあ…いいけど。いつもの分かれ道で一時に待ち合わせで」

 

 

どうせ勉強するのなら、一人も二人も大して変わらないだろうと無理やり納得して、時間と場所を指定する。こいつと関わってる中でどこか(ほだ)されてしまっていたのか。出て来ない答えに対して、俺はまた小さく溜め息をついて、昼食を済ませてから時間に間に合う程度に支度を始めた。

 

 

で、特筆することなく雲村と合流し、彼女の家に到着した。まあ普通の一軒家だった。親は仕事だったり出かけていたりするとのことで、何か妖しいものを感じながらも俺は雲村についていった。

三年後にも戸惑うことになる『どこでやる問題』に直面するが、リビングを想定していた俺を裏切るように雲村は自室と思しき部屋へと向かっていく。有り得ねえ。

 

「本当に抵抗ないのかよ」

 

と問えば、

 

「ないかな。木崎くんだし」

 

等と理由にならない理由をつけて俺を部屋へと(いざな)う。それを拒む術はどうしたことか消失し、俺は雲村の後を歩いていく。

比較的シックな落ち着いた部屋に入り、俺達は小さなテーブルを挟んで腰を下ろす。

 

 

「お前そんなに成績悪かったのか」

 

「中の中くらいかな。木崎くんは上の下くらいでしょ?」

 

「わからないけどたぶん雲村よりは上だな」

 

 

淡白な会話を交わしてやることに取りかかる。助っ人を頼まれた割には教えないといけない、なんてことがほとんどなくて助かった。生憎そういうのは苦手だと思っているから。

飲み物を飲んだり、ちょっとしたお菓子をつまんだりしながらひたすらにやることを進める。こいつ勉強やばいとか言ってたけど本当か?余裕あるんじゃないのか?少し疑心暗鬼になりつつも二人で適当な会話を挟み、五時の鐘が鳴る頃にはそこそこの疲労感が押し寄せる。

 

 

「…もうこんな時間か」

 

「ちょうどお菓子もなくなったね」

 

 

首を回しながらそろそろ帰るか、なんて考える。そりゃこんなところにいつまでもいたら俺の常識がぶち壊されてしまいそうだ。

 

 

「ねえ、ちょっとピアノ弾いて行かない?」

 

「他人の家のを?勝手に触っていいのか?」

 

「壊さなきゃ大丈夫だよ」

 

 

帰ろうとする俺を引き止めるように…いや、そう感じるのは自惚れだったのかもしれないが…雲村は、結果として俺を家に留まらせた。そしてピアノの部屋に入ると、雲村はさらなる要求を俺に寄越した。

 

 

「一曲でいいからさ、木崎くんが弾きたいと思う曲を弾いて見てほしいの」

 

 

そう言われると少し難しいが…そうだな。

少考して出した結論の通りに俺は指を鍵盤に置く。今も弾けるのかは怪しいところではあるが…

 

 

「…『always be with you』。知らないと思うがな」

 

 

成人向けの類に曲を提供するアーティストのそれを演奏するのは如何なものかと思われそうだな。俺は純粋にアーティストと曲が好きだからこればかりは仕方ない。だからといってどうしてまたこのチョイスなのか。

 

 

(ああ…)

 

 

ボーカルのいない曲にそのリリックを刻むように指を動かす。

 

 

(こいつへのメッセージ、か)

 

 

それは歌詞を知るものにとってはさながらエールソングのような。

 

 

(always be with you…とは言わないか。君ならできるはずだと…ね)

 

 

似合わないメッセージだ。

白けた笑みとは裏腹に、俺の身体はそれを手を抜くことなく織り続ける。他人に掻き乱された心の手綱は、本当に握れないもので。

 

 

(俺、中二病なのかな)

 

 

俺らしくなくて、それ以上に俺らしさとは何か分からなくなって、場違いな不安さえ感じてしまう。そんな不安を無理やり振り払って、俺は演奏を完遂する。歌詞に合わせるだけでは面白くなくて、アレンジ的に音を足してみたりもしたけど失敗だったかもな。

 

 

「…とまあこういう曲だ。後で歌詞を調べてみるといい。俺からのちょっとしたエールだ」

 

「えっ、そうなの?ちょっと待ってね、今調べるから」

 

 

今調べんなよ。後でって言ったろ。

 

 

「へ〜…木崎くんってやっぱりロマンチスト?それとも中二病?」

 

「後者については俺も思っていたところだ」

 

「アレやってよ。爆ぜろリアル!弾けろシナプス!って」

 

「庭に墓穴掘って埋めてやろうか?」

 

 

誰がやるか。爆ぜろ何とかってやつは『中二病だって恋をするよ!』って作品の中で使われる全く意味を解せない決めゼリフ的なものだ。やりたくないだろそんなもん。

暫くスマホに見入ってニコニコしていた雲村だが、スクロールの手を止めた先に見た画面に突然目を見開き、フリーズする。

 

 

「…おいどうした」

 

「…や、えっとね。これ」

 

 

差し出されたスマホを見れば、そこには『明日へ走る姿が大好きなんだ』のフレーズ。つまりあれか。こいつはこの好きをそういう意味に捉えて困ったというわけか。

だから後にしろと言ったんだ。ここ以外のところだって随分ロマンチックな歌詞で目の前で読み込まれるとキツいものがある。

 

 

「まあ努力は悪いことじゃないしな。目標のために頑張る奴は嫌いではない」

 

 

意味の無い努力は嫌いだが、それは『努力』とは言わないから(あなが)ち嘘というわけでもない。

でも少し言い訳臭いな。気まぐれに始まり、頼られていい気になっていたことをひた隠しにするためのメソッド、と言われてもノーとは言えない。

 

 

「帰るわ」

 

「あ…うん。送らなくて平気?」

 

「いや大丈夫。邪魔したな」

 

 

どこか恥ずかしさを覚えて、俺は足早に雲村家を後にする。この時の俺が未来の俺に比べてどれだけ純粋なのか、想像する機会には残念ながら恵まれなかった。

 

 

「はぁ…慣れないな」

 

 

そう呟いて夕方の町を歩く。いつしかこの『悪くない』という感情が開花を果たしてしまうと思うと、少しだけ怖くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、10月23日、日曜日。

一つの大きな分岐であり、きっとそれは避けられなかったもの。それが次なる分岐を呼び起こすことになるのも分からなかったのだから、それは偶然に起因しながらも必然として俺の人生に立ちはだかるのだった。

 

 

 




話中のアーティストはfripSideです。
自分は大好きなので是非聴いてください。
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