苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

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回想を超特急で終わらせました。
大事なところだけ抜粋したので、記述の足りてないところは想像におまかせします。


記憶の海:出会いと別れの五線譜

 

 

 

 

 

 

10月23日、日曜日。

今日も今日とて俺は雲村の家へ来ている。あの俺が最近は休日に専ら外出をするということで、なんと親にさえお祓いを勧められた。取り憑かれてるわけでもなければただのインドア派であって重度の引きこもりでもない。たぶんな。

 

 

「…なあ最近思ったんだが」

 

「どうしたの?」

 

「もう結構まともに弾けるようになってるよな。練習全然してねえのに俺が来る意味あんのか」

 

「それは、ね?せっかくだから」

 

 

何がせっかくなんだよ。

 

 

「こっちはわざわざ出向いてやってるんだからな。来る意味がなきゃ来なくていいだろ」

 

「私は木崎くんに来てほしいよ?一人だと退屈だし」

 

「つまり暇潰し相手ってことだな」

 

 

現にこうやってゲームしてるわけだからな。家からコントローラ持ってきて二人プレイはいいが本来の目的が見失われているという…いや、悪くないなとは感じるけど。やはり建前を忘れてはいけないから。

忘れてはいけないから…と言いながら画面の中で俺のキャラが雲村の操作するキャラを画面外へ吹き飛ばす。残機はゼロ。俺の勝ちである。

 

 

「あーーーもう勝てないよ!木崎くん強すぎ、手加減してよ」

 

「賭けてるのに手加減するアホが何処にいるんだ」

 

 

皆が想像する賭博ではなく、まあ簡単な賭けで…俺がスマファミ(スマッシュファミリーズ)で負けたら言うことを聞く、というありがちなやつだ。こいつもそこそこやってるだろうに俺が強いからと言って一方的に賭けを押し付けてきやがった。雲村のペナルティや代償は無し。公取委さん、こっちです。

 

 

「いや待てよ?フレコでオンライン対戦すればいいだろ。ゲームするなら俺が外に出る理由はなくないか」

 

「対面しないと木崎くんチート使うでしょ?」

 

「使うかアホ」

 

 

とまあ当初の特訓はどこへやら、俺たちは完全に休日を謳歌する中学生に変貌を遂げたのである。

 

余談だが、つい先日、火曜に雲村家に訪れた時に初めて雲村の両親とご対面した。雲村はさも普通に振舞っていたがさすがに親からは不信の目で最初は見られた。まあ雲村の説得(?)もあったおかげかクラスメイト相応の扱いを受けるに至ったようだ。

 

 

「テストの賭けは俺の勝ち、ゲームの賭けも俺の勝ち…もう諦めろ」

 

「だめ。勝つまでやる」

 

「それいつまで経っても終わらないからな」

 

 

事実上のエンドレスファイトである。

まあ俺もノーダメージで勝てるとか、そんなことはない。あくまでやり合えば俺が勝ってしまうと言うだけだ。

 

 

「じゃあ、ハンデほしい。私も二回倒せるかどうかだったし、三対二で始めようよ」

 

「何でそこまでしてお前の要求を飲まなきゃいけないんだ…」

 

 

執拗にせがむ雲村。挙句の果てに「三対一で」なんて言うものだから、三対二のハンデマッチを受けることに。何されるか知らんが負けたくねえな…

 

 

「…チャンスは三戦だ。一度でも俺から二本取れたら言うことを聞いてやる。負けても駄々は()ねるなよ」

 

 

無限にやって一度でも負けたらアウトなんてそれデスマッチですらないんだよ。俺が死ぬまで終わらないなんてデスマッチよりもアンフェアだ。

 

 

「わかった」

 

「返り討ちにしてやる」

 

 

かくして、俺たちの負けられない戦いが始まった。いやどちらかは負けなきゃいけないんだが…

 

一戦目は上々。雲村の操るポチモンの看板キャラクターを大食い一頭身で完封する。やり込み度の差だろうか、キャラの強弱がそこまで苦にならない。

 

続く二戦目。

 

 

「ちっ…」

 

 

『Father』シリーズの少年を使っていたら赤帽子のヒゲに開始早々ホームランをかっ飛ばされて三対一。早くも勝利が見えてきた雲村ははしゃぐ…かと思えば、めちゃくちゃ集中していた。そりゃさっき3タテされてるんだから気は抜けないか。

 

全世界の全年代から支持されるヒゲを恨めしく思う、これまた人気ゲームの少年。軍配はヒゲに上がりかけているが、ここで負けてやるのも何か嫌だな。プライドというものか。

火炎だの氷晶だのを使って削りに削り、ヒゲを場外へ葬り去ること二回。遂に一対一に持ち込んだ。

 

 

「はぁ…」

 

 

情をかけてもよかったが、真っ当に戦っても負けそうなくらいにはこっちの少年は疲弊している。グロッキーにならないのが不思議なくらいに。

ただの一撃も致命傷になりかねないそんな状況だから、背水の陣というのか。精密な操作を続けるが、決定打を与えられることができないまま…

 

 

「…あ」

 

 

快音と共にヒゲのホームランが炸裂する。程なくして画面には『GAME SET』の文字が。

まあつまるところ俺の負けなわけだ。三戦目に突入することも無いまま負けてしまうとは思わず、正直ショックである。

一方の雲村は放心状態…と思われたがすぐに興奮状態に変化。

 

 

「わ、私勝ったよね?」

 

「そうだな」

 

 

開口一番敗者への嫌味かよ。

 

 

「長かった…」

 

 

しかし彼女が本当に喜んでいるのがわかる。ゲームにかける気持ちは俺も似たようなものなので、そういう勝利は言葉では形容しがたい気持ちで溢れているだろうなと思う。

 

 

「はぁ…で、何がお望みだ」

 

 

どうせこういう時に行われるのは金銭の授受を避けるために飯代を出せとかなると相場が決まっているのだ。相応の覚悟をして勘定をしていた俺に、奴は告げた。

 

 

「おほん…ではでは、結羽くん。私と付き合ってくれませんか」

 

 

日記にしてこいつとの日々は精々一ヶ月から二ヶ月。その短い時間をどれだけ凝縮したらその答えに辿り着くのだろう。

俺が思っていたよりも(したた)かな願いではあれど、敗者である俺でも逆らうことは可能ではあったのだ。

 

 

「そうくるか」

 

 

だが何よりも驚きが勝る。次いで濃厚な期待の香り。俺はあの日の放課後まで、こいつという存在を特別視したことはなかった。ただのクラスメイトで、ただの伴奏でしかなかった。

 

 

「…わかった」

 

 

でもそんな奴にでも前向きな好意を寄せられてしまったら、逃げられない。

そしてそいつを見て、そいつを知った気になって、そいつに好意を寄せ始めてしまったなら、それはきっと恋の始まりなのかもしれない。

自分でも、少しモヤモヤするところはあった。愛されることで初めて人に恋する心を認められるのは、臆病とかそういう一言で片付けてはいけない気がしたけれど、この時は目を瞑ってしまったんだ。

 

 

「じゃあ…何だろう、よろしく?」

 

「…知らん。こういうのは初めての経験なんだ」

 

「意外。私も初めて」

 

「へえ…」

 

 

最初はぎこちない二人で、いつしかそれが当たり前になっていく。

 

 

「結羽くん。もう恋人なんだし、私のことも名前で呼んでよ」

 

「言うことは一つだけしか聞かない約束だったんだけどな」

 

「それとこれとは別だよ」

 

「……マナ」

 

「おお…これは結構ドキッとするんですな…」

 

「勝手にときめいてるんじゃない」

 

 

今まで鍵盤を挟んでは(つい)ぞ触れることがなかった指先は、容易くその歴史を塗り替えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月26日、木曜日。俺はいつもの数学の紙束をダストシュート…ではなく数学準備室へ提出した後、美術室にやって来ている。目的は部活終わりのマナの迎えだ。一緒帰るのが普通になってからは木曜日だけは都合があわずに別々に帰っていたわけで、久しく木曜を共に過ごす気がするな。

つーか数学科教師さんは何故俺にこんなに厳しいのか…居眠りしてるの俺だけじゃないだろ絶対。

 

 

「…それがなければ今ここにはいないか」

 

 

マナが部活をサボるでもなく、俺が悠久(大嘘)の時の中でマナを待ち続けるわけでもない俺たちの木曜日はそんな理由でもなければ変わることがないはずだった。

 

余談ではあるが、合唱コンクールは成功とも失敗ともつかない平凡な結果に終わったが、あの凛でさえやらかさなかったのは幸いか。絶対に壇上に上がる前にコケると期待したのにな。

 

 

「そろそろ終わるかね」

 

 

部活動終了時刻も冬は下校時の安全を考慮して早めに設定されているため、まもなくマナもそろそろ支度を始める頃だろうか。外は既に暗色へ染まり切るほどだ。

 

 

『雲村って木崎と付き合ってるんだっけ』

 

 

不意にそんな声が部屋の中から聞こえる。氷が張ったように時の流れが遅くなるのを感じた。

 

 

『うん』

 

『男の趣味悪いね』

 

『脅されてるんじゃないの?』

 

 

アハハ、と笑う声が廊下まで聞こえた。その声音は、人を侮蔑する響きを伴ってドアを突き抜けてくる。

 

 

『そんなことないよ。いい人だから』

 

『騙されてるんだって』

 

『違うよ』

 

『違わないでしょ?それとも雲村が木崎の弱みでも握った?』

 

『それも違うよ』

 

 

話に聞く限りはトラブルになった様子もなかったし、俺の目の届く範囲でもマナと周囲の人間に大きなギャップができたわけでもなかった。そりゃ名前で呼び合い始めた時は陰口だの悪い意味での噂だの、そんなものの嵐だった。これもその延長線上のことで、俺が気にしなければいいものだと思っていた。

 

 

『じゃあなんであんな奴と付き合ってるの?』

 

『好きだから』

 

『好きになれるところある?あの無愛想で人間関係下手くそそうな木崎に』

 

『わかる〜』

 

 

悔しいがその通りだとは思う。ここで殴り込みに入ってもいい気分ではあるが、後々のことを考えると大人しくするのが吉だと冷静な俺が踏ん張った。しかし、俺が止められたのは自分だけでしかなかったのだ。

 

 

『──やめてよ!!』

 

 

パチン、と音がした。乾いていると思っていたその音は鈍く重く、まるで水を吸った布で叩いたかのようにも聞こえた。

察するに、マナが部員に手を上げた、ということだろう。それは少し状況が悪い。

 

 

『痛いっ!』

 

『結羽くんの何がわかるの!?何も知らないくせにそんなこと言わないでよ!』

 

 

叫び出すマナに反応した部員たちがざわめき出す。

 

 

『何するの!!』

 

『そういう風にしか結羽くんのことを見れないくせに、いつもそうやってバカにして!私の気持ちを、結羽くんの気持ちを考えたことあるの!?』

 

『雲村さん、落ち着いて!』

 

 

そうか──あいつは、隠していたんだ。あいつらは、隠していたんだ。人間って、どうしてこんな生き物なんだ。

 

 

『何が気に入らないの!?もう放っておいてよ…!!』

 

『うるっさいな…!』

 

 

逃げる、という選択肢もあったのだろう。火の粉のかからない場所で知らない顔をして過ごすことも出来たのかもしれない。

しかし、俺は今更その選択をしなくなるくらいには不完全で、中途半端な人間だった。

 

ガラッ──と、ドアが開く。誰も俺が入ってくるとは思わなかったのか、騒がしかった室内が水を打ったように静かになる。室内に顧問の姿は見当たらない。いたらこんな騒ぎにはならないのだろうが…

 

 

「ぁ…」

 

 

マナが声にならない音を出す。

その眼が何を語っているのかは、俺には分からない。

 

 

「…帰るぞ」

 

「………」

 

 

誰も動けない静寂の中、支度を終えたマナの手をとって俺は校舎を後にする。聞きたいことはたくさんあった。言いたいこともたくさんあった。それでも何も言えないまま、いつもの分かれ道へと差し掛かる。そこで漸く、口が開いた。

 

 

「…説明はないのか」

 

「…ごめん」

 

 

欲しいのは謝罪の言葉ではなかった。

 

 

「いや…気付かなくて悪かった。いつからなんだ」

 

「…名前で呼んでるのが揶揄(からか)われ始めてから、女子の間ではエスカレートしたんだ」

 

 

何となく予想はついたのに、それを聞いてやりきれない思いが募る。

 

 

「どうして言ってくれなかったんだ」

 

「結羽くん優しいから。言ったら私が苦しまないようにって、少し距離置くんじゃないかなって思った」

 

 

心配かけるからとか、迷惑だからとかそういう理由じゃないことはせめてもの救いか。もしそうだったら俺はマナに信用されていなかったことになってしまうからな。

 

 

「そうか…まあそれならいいだろ。気にするな、俺達は俺達だ。あいつらが何と言おうが関係ない」

 

 

ただし、何かあればお互い相談すること、と付け加える。だが泣きそうな顔をするマナを繋ぎ止めるだけの勇気はなくて。俺とマナの関係は変わらないまま、特に何の問題もないまま時は過ぎていったものだと…思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月20日、火曜日。今日から春休みが始まるところだった。

つい昨日卒業式を終え、最上級生になる自覚がどうたらと説教臭いことを言われた気もするが…もう既に忘れかけている。そんなものは押し付けるものじゃなくて自然と成長過程で獲得していくものだろうに。

 

ただ卒業式が終わったからか、気まぐれとも言うか、少しの変化が生まれたのだろう。俺は珍しく昼間から外出をしていた。

一人で出歩くのもたまにはいいのかもしれないと思いながら、この一年に思いを馳せる。無難な半年と、色々なものが混ざりあった半年。どちらも俺が過ごした時間だった。

 

あれからもマナとの関係は続いた。俺達のペースで今日という今日まで何となくやってきたわけだ。ここ最近は少し笑うことが少なくなったマナだが、また変に我慢をしているなんてことはないと思っている。約束みたいなことはしていたから。

 

 

「…そういやこっちはあいつの家があったな」

 

 

寄ってみて暇そうなら連れ出してみるのもいいかもしれない。連絡しても面白くないから、アポ無しで行ってみようか。そんなことを考えながら、やはり足は無駄に軽快に雲村家へと向かっていく。俺はあいつとの日常を気に入っていたらしい。

 

 

「さて…」

 

 

家の前に着くと少し違和感を覚えたが、気にかけても仕方ないと思いインターホンを押すが…反応はない。

何度か試してはみたものの、応答はないまま時間だけが過ぎていく。嫌な汗が背中を伝っている。

 

 

「まさか…な」

 

 

しかし俺は段々違和感の正体に近づいていた。人気(ひとけ)がないのだ。生活音や外から見える位置にある家財、車、その他が片付けられているのか、『何も無い、誰もいない』という言葉を当て嵌めても良いだろう。

そして嫌な予感は確信へと変わる。

 

 

「君、雲村さんの知り合い?」

 

「まあ…雲村さんの娘さんの同級生です」

 

「あら、なのに聞いてないの?雲村さん家、今日の朝には引っ越して行ったよ」

 

「…!!そうなんですか」

 

 

そう、彼女はもうこの街にはいない。

何を聞かされることもなく、突然目の前から消えてしまった。昨日までの記憶が虚構のように思えて仕方がない。

 

どうして言ってくれなかったのか。原因はやはりまだ周りとの確執が続いていたからなのか。また一人で決め込んでいたのか。そして…この怒りとも悲しみともわからない気持ちは、どこに向かえばいいのか。

 

やり場のない感情はとどまることを知らない。今は誰もいないマナの家を暫く見つめた後、俺はそっとスマホを触る。そこに現れたマナの連絡先を、データの海の奥深くへと沈めていく。もう二度と、この気持ちを思い出さないように。日記も封印しよう。もう二度と、この想いが溢れ出さないように。

 

 

「…さよならだ」

 

 

長いようで短かった月日を一緒に過ごした事実だけを刻んで、俺は独りになった。凛にだけは全てを打ち明けようと決めて、俺は旧雲村家を立ち去った。




読了ありがとうございます。
次回で2章が終わると思いますので、生暖かい目で見守ってください。

そしてWhiteさん様、評価ありがとうございます。久しぶりにいただきましたね…笑
皆様も評価感想コメント等々是非よろしくお願いします。
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