多分思ってたより呆気ない2章の結末です。
ここは羽沢珈琲店、俺のバイト先であり後輩の羽沢つぐみの家でもある。
今日はバイトとしてではなく、客としてここに来ているのだが、一人というわけではない。と言っても今は一人でテーブル席に陣取っていることに変わりはない。店側からしたら迷惑なことだろう。
「…おまたせ」
間もなくしてやって来たのは黒髪のウェーブを歩調に合わせて揺らす少女。ワンピースみたいなよくわからん服を着ているその少女の名前は、雲村真奈。俺が呼び出した人間だ。
「…まあ座れ。オーダーは」
「アイスココアで」
羽沢を呼びつけて注文を済ませる。羽沢が驚きの表情を見せるが、今はそれに構っていられないからスルーさせてもらおう。
暫くの後、ココアとコーヒーが出揃ったところでマナは話を切り出した。
「急にブロック解除して、どうしたの」
「気が変わった。曖昧なまま終わらせるわけにはいかなくなったんだよ」
「そうなんだ。それじゃあ話って」
「ああ。まずはあの時の真相を聞きたい」
俺は単刀直入にそう言った。
「お前が引っ越していったのは女子の中での面倒事に我慢の限界が来たからなんじゃないのか」
美術室でのあの出来事からも水面下で陰湿なやり取りがあって、だから三月には元気がなくなって、人知れず消えたと俺は推測していた。
「…違うよ」
しかしマナの答えはノー。
「どういうことだ。少し整理させろ」
あの時起こったことを順に確認していく。美術室の話からこいつが姿を消すまでの回想を話してみると、マナの方とは幾つかの矛盾点が生じたらしい。
「ちょっと待って。結羽くん、勘違いしてるよ。と言ってもこれは私も悪いんだけどね…?」
俺の勘違い…もとい事の真相をマナはゆっくりと話し始める。
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最初は揶揄っていただけなんだと思う。
気がついたら、クラスの女子のそれがエスカレートしていたんだ。
結羽くんが悪いわけでも、私が悪いわけでもないのに。私達が悪いようになじってくる、それが本当に嫌だった。
ある日、部活の時にそれが爆発した。簡単なきっかけだった。ずっと我慢していて、結羽くんにも隠してきていたものが、限界を越えてしまった。そして、皮肉にも一番知られたくない彼がドアの外にいることを私は知らなかった。
帰り道は黙ってたけど、別れる寸前で結羽くんは私を励ましてくれた。彼が悪いことなんてなかったのに、気づけなかったことを悔やんで謝ってくれた。
本人曰く優しくない、とのことだけどやっぱり彼は優しいんだなと改めて感じた。だから、私はまた何かあったらちゃんと相談しようと、一人で抱え込まないようにしようと決めたんだ。それからは周りの人も気まずくなったのか、あの爆発を境に余計なちょっかいを出したりイジメまがいのことをしたりすることはなくなった。
むしろ知らない顔してた人と仲良くなれたりしたよ。
彼との時間は少なかったけど、思い出はたくさんあった。クリスマスも新年の挨拶もバレンタインも。数少ないデートは大体私が誘ってたなぁ。ホワイトデーの日に市販のお菓子くれた時は驚いた。彼はそういうの無頓着で、忘れてるものだと思ってたから。
バレンタインが終わった頃かな。お母さんから『引っ越しをする』との話があった。突然の事で私は頭が追いつかなかったのを覚えてる。
どうやら卒業式が終わったら引っ越しをして、三年次からは別の学校で過ごすみたい。それはつまり、その先は結羽くんと一緒にいられなくなるってことだった。
遠距離恋愛なんて言うけれど、せめて私達の卒業までは待ってほしかった。あと一年は同じ校舎にいられるんだと思ってた。
でもそれを結羽くんに言い出すのには勇気がいる。結羽くんは受け入れてくれると思うけど、私が耐えられそうにない。我儘を言う子どものように泣きじゃくって、結羽くんにも親にも迷惑をかけるとしか思えない。
だから私は黙ってた。どうしても言えなかった。もう決まってることで、私にはどうしようもないことだからと言い聞かせて、引っ越してしまってから結羽くんに伝えていっぱい泣こうと、決めていた。
その日が近づくにつれて私の心はブルーになっていく。
本当は両親に全部ぶつけたいけど、そんなのは私一人の都合だってこともわかってた。だからできなかった。そんなことを考える日が続いて、気づいたら卒業式になってた。
学校を巣立つ先輩達を見ながら、私も今日でここを去る実感が何となく湧いてきて、誰にも知られずひっそりと涙を流していた。
家に帰ると、もう物が少なくなった家から私達の新居へと向かう準備が整っていた。この家で過ごす最後の一夜はこの街で重ねた思い出を振り返ることに費やしたんだ。
翌日。結局結羽くんに何も言えないまま私はいなくなる。泣かないようにしていたのに、今になって押さえきれない気持ちが
移動中、私は泣き疲れて車の中で眠っていた。眠ることで気持ちが整理出来て、後で結羽くんにちゃんと今までの気持ちを伝えられると思ってた。
でも、私がその日の夜に送ったメッセージに既読がつくことはなくて。それはまた隠し事をしたことがわかった私に対する拒絶や決別の一種なんだと思った。きっとすれ違ってしまっただけで、話せばやり直せるのかなと思った。でも、私は結羽くんと話すのが怖かった。これ以上どうにかなるくらいなら、美しい思い出のままでよかった。高校生になってから、思わぬ形で再会を果たすまでは、私は彼のことを記憶の中に閉じ込めておこうと思っていた。
高校生になってから少し離れたところにあるショッピングモールに向かうと、少し懐かしい雰囲気を感じた。それもそのはず、昔住んでいたところに近づいたから。私にとっては思い出の場所で、それはずっと思い出のままでしかない。その時間が動き出すことはないんだと思った。
でも、見つけてしまった。まさかこんなところで遭遇するなんて全く思っていなくて、混乱していた。でも分かったことは、私はこの再会に期待をしてしまったということ。
だから私は彼に声をかけたし、さよならではなく『またね』と告げた。会えるなら、会いたい。誤解なら正したい。何よりも、謝りたい。拒絶の色を見せた彼と、もう一度だけやり直したいと、心の奥底に置いてきた思い出がまた芽吹いた。
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なるほど?
「つまり…あれか。いじめられてたってのは俺の勘違いで、実際は親の都合と」
「そうだよ。でも伝えなかったのはごめんなさい」
「チッ…早とちったか。連絡を絶たなきゃ知っていたことだろうが」
話を聞く限り、家の前でさっさとブロックをしたのが裏目に出たと思われる。あの後眠れなくて夜の街を徘徊した俺は何だったんだ。
「だから家に電話かけたんだよ。家電も教えて貰ってたから」
「だからって夜に呼び出した馬鹿が偉そうにしてんな」
こんなに簡単に解けていく心が、とても恥ずかしく思える。ずっとただの勘違いで悩んで、苦しんで、拒絶して来たのか、俺は。夢にまで見るくらいに。
「…まあ何だ。精神的に未熟なのは俺だったなってことだ。悪かったな」
「ほんとにね。メンヘラかと思っちゃったよ」
「誰のせいだよ」
中々普通に話せている自分が凄い。昨日までの誤解した俺だったら間違いなく突き放しているであろうに、真実を知ってしまうとこんなにもちょろいもんなのか。
「はぁ…じゃああれか。三年近く俺が抱えてたものは全くの杞憂どころか間違いで、俺はそんなものに振り回されてたと。とんでもねぇ話だ、それで俺の十代の時間が三割消し飛んだんだぞ」
「まあでもほら、それだけ私達が本気だったってことでしょ。若かったね」
そう言われると認めたくなくなるが、当時こいつに入れ込んでいたのも事実だ。
「あぁクッソ、甘ったるい会話だな…コーヒーがもう一杯欲しくなるな」
手の空いた羽沢を呼んで追加の注文をする俺だったが、妙にたどたどしい羽沢が気になった。
「キリマンジャロアイスを…おい、どうした。何かあったのか」
「いいいいえ!何でもないですから!」
聞けばそれだけ言い残してマスターの所へと戻っていく…が、話の最中に横目で見るとチラチラとこちらを気にしている様子だ。何やってんだあいつは…さっきからずっとこんななのか?
「…ねえ。結羽くん」
「ああ?どうした」
「結羽くんって今彼女いるの?」
「いるわけねえだろアホか」
それもそうだよね、と飄々と呟くマナ。いやそれはちょっと失礼だろ。ツッコミを入れる気力が湧く前に羽沢から注文の品が届く。
「結羽先輩、お待たせしました」
「ああ、さんきゅ」
「…結羽くんさ。私、まだ結羽くんのこと好きだよ。変わってないの。…だからさ、私達またやり直せないかな?」
………は???
ちょっと待て。何で今このタイミング???
「えっ、あっ…すみません、私失礼します!」
全く悪いことをしていない羽沢は謝罪とともに俺達のテーブルを後にする。これ後で弁解しないといけないやつじゃねえのか…
「お前、わざとだろ」
「…ばれた?でもほんとに思ってるよ。前より少し離れてはいるけど、また隣で一緒に過ごしたい」
こいつからの愛情が消え失せていないならば、俺には断る理由はなかった…はずだ。ただお互いが噛み合わなくてすれ違ってしまっただけで、愛し合えたはずだった。
それなのに──
「…悪い。それはできない」
考えて答えを出す前に、俺はそれを断っていた。その理由は後からついてくる。
「…俺は、お前に言い寄られたことが決定打になって、付き合うようになったんだ。お前に対する好意は日を重ねる度強くなっていたのは事実だが」
なのに、今は愛していると言われても以前ほどには響かない。どうしてか、それも何となく気づいているように思う。
「でも今は…こうやって勘違いでしたってなっても、たとえお前が俺の事をまだ好きだと言っても…俺にはあの時みたいな感情はついてこないんだ」
少しは…成長しているのか。祭りの時に、あいつの好意に溺れかけているのかと思ったが、実はそうでもないような気がしてきた。
「俺は…たぶん、好きな人がいるんだ。そいつが俺をどう思ってるかはわからないがな、たぶん俺はそいつを異性として見ていないこともない」
マナが驚いた顔をする。そこに悲しみの色はあまり映っていないように思う。
「お前がいなくなった日の夜、俺は失意の底だったな、凛にも迷惑かけた。あの日の夜空は不安になるくらいの暗闇だったが」
恥ずかしいことを言っているとは思うが、成長した自分を、前に進めた自分を認めてやってもいいのではないか。
「最近の夜空は澄んでいてな。星も綺麗なんだ。そう思えるきっかけになった奴が、何となく好きになっているのかもしれん」
らしくないが、それさえも紛れもない俺の本心だった。
…まだマナにしか言えないようなものだがな。
「…だから、悪い。お前の気持ちには応えられない。俺は俺の気持ちを追いかけたい」
言い切った。もし羽沢に出会っていなかったら、俺は断ってなどいなかったと思う。あいつと出会って、同じ時間を過ごして、あいつのちょっとした好意に触れて、今は俺の中で増幅する気持ちさえ生まれた。
マナの時もそうだったが、羽沢についても単なる気まぐれと偶然が重なっただけのことだった。その偶然から生まれた関係に、少しくらい期待してみたい自分もいるらしい。
「そっか。わかった、がんばってね」
「まあその辺は適当にやっていくわ…全身全霊とかアホ臭いし。のんびり適当にやっていければそれで幸せってもんだろ」
「そういうところは拍車がかかってるね…あーあ、フラれちゃったか。人生初失恋だよ」
「そりゃおめでたいな。お祝いにケーキでも食ったらどうだ?」
「結羽くんの奢り?さすが、男前だね」
「蹴るぞお前」
真面目腐った話が終われば結局いつも通り。三年前とは変わった関係性、人間性の中でもしこりのない会話が広がる。
「…羽沢。新作のケーキ一つ」
んで、結局俺が奢る羽目になるんだ。ふざけやがって…
「あっ、は、ははははい!少々お待ちくださいっ」
そしてさっきからテンパり過ぎている羽沢。本当に何なんだ。俺とマナのことを勘違いしてるんじゃあないだろうな…
「あ、蘭ちゃん!いらっしゃい」
そしてまさかの美竹さんのご登場。
「つぐみ、お疲れ様。アイスコーヒー頼める?」
「うん、待っててね」
そしてこっちにふと顔を向けた美竹と視線が交差して…
「あんたも来てたん…え、何あんた、そんな
「…誤解を招く言い方すんじゃねェ」
結局その場で美竹に信用してもらうことは叶わず、暫くの間は女誑し(マナと羽沢の二刀流)というレッテルを貼られることになった。
何食わぬ顔で柑橘ケーキを食していたマナに心底落胆しつつも、俺は心に残っていた黒い何かが浄化されていくのを感じたのだった。
納得いかないとは思いますが、実は前からこの流れは決まっていて、結末までシリアスにはしたくなかったのです。
だから、すれ違ってしまったまま置き去りだった結羽くんの心の中は荒んでしまったけれど、ちゃんと真実が明らかになれば簡単に解けていくものだということにしました。それだけ当時の結羽くんも想っていたということなのでしょう…
そして2章の最後までご読了ありがとうございます。
次回からはつぐみ視点が増えると思います。
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