苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

3 / 27
興味津々メロンパン

今日も今日とて終業のチャイムが鳴る。いつだってこの音は俺にとっては至福の音…だと思ったら大間違いだ。この時間に鳴ることに意味があるのであって、始業のチャイムは大嫌いだ。鳴らなくてもよいかと言うとそうではなく、やはりその時間を告げるマーカーのような役割を果たしてもらえるなら、その瞬間は音にありがたみを感じられるという話だ。

 

話を戻そう。時は放課後。隣でバカの一つ覚えのように紙飛行機を折り続ける凛を横目に見やりながら頬杖をつく。すぐに帰るような気分でもない。意味もなくここに座り窓の外と教室の中に視線を通わせる、それに意味がある、と思う。俺は今こうしていることが楽で平和で幸せなのか、などと考えてはいるのだから、少なくとも無駄ではないな。

この世の真理を掴もうと足掻く子どもだ、どんなに無様なことかもわからないが、無様に足掻いて生きることが何も考えないよりは多少はマシなんだと言い聞かせて俺は今ここに座っている。

 

 

「結羽。お客さんだよ。君はいつあんなにかわいい子猫ちゃんと仲良くなったんだい?」

 

「…瀬田、誰が子猫と仲良くなったって?」

 

「まったく結羽、君は罪深いね。気づかないうちに子猫ちゃんを魅了して、それでいて彼女の気持ちに気づいてやれない不器用さ…あぁ儚いね」

 

「…つまり他クラスの女子から用事だと?面倒だから御免被(ごめんこうむ)りたいんだがな」

 

 

共学と化したこの羽丘の2-Aにおいて、アホな男子はもちろん女子を狙うケモノであるわけだが。彼らの狙う獲物は大体この瀬田薫にご執心である。端正な顔立ちと意味のわからない言動とスラッとした肢体、オマケに演劇部のエース。役に入ればその特長がさらに遺憾無く発揮される、となれば人気の秘密もわかる。俺にしてみれば彼女の普段の言葉遣いは肯定しえないが。

 

 

「まあとにかくわかった、どうもな瀬田」

 

 

黄色い声が俺の周囲に届き聞こえるとなれば精神的に苦痛である。しかも嫉妬されそうだ。そんなことになれば最悪刺されかねないな、人気者(アイドル)の追っかけ共に。

男子高校生が女生徒によって刺殺。原因は演劇部のエースを巡る嫉妬…そこまで考えてシャレにならんな、と思い思考を止め教室の外を見る。

 

 

「あー…メッシュ女」

 

 

見なければよかったと思うものの後悔先に立たず。朝と同じだ。またしても目が合った。名前は確か美竹蘭。

キレ気味の目は酷く鋭い。早く来いということだろうな。

 

 

「何の用だ?」

 

「朝の話…屋上に来て、待ってる」

 

 

近づけばそれだけ言うと美竹はそそくさと教室を出ていった。

さすがの美竹も知らないセンパイ達の前で俺を呼びつけて話をするのは耐え難かったらしい。

…いや、もしかしたらさすがの美竹というよりはそっちが美竹の本質なのかもしれないな。見た目よりはずっと臆病で…まあ俺の見たところ人付き合い苦手だし想像に難くない。

 

 

「あれ〜ユウくん、蘭ちゃんと仲いいの?」

 

「仲良く見えたならお前の目は飾り物だな、氷川」

 

「飾り物にしては似合ってるでしょ?伊達メガネよりオシャレだよ〜」

 

 

たまたま居合わせた氷川から冷やかしが入るが、遠回しに否定だけしておく。天才ちゃんには何をしても勝てない、何なら人を見る目もきっと勝てない。こいつを見てると自分の無能さが痛感できる。それでも無能なりに必死で他人とお互いを蹴落としあってているわけだが。氷川は争うことも叶わない、天上の何かを掴んでいる。差別はしていない、同じ人間だが見ている世界は違っているはずである。

 

 

「結羽、後輩の女の子落としたのか!やるじゃん!!」

 

「お前は死んどけ」

 

 

近くに飛んできた紙飛行機を取りに来た凛が肩を叩きながらバカでかい声でそう言う、いや叫ぶ。素の声の大きさのようだが嫌味のために言いふらしたともとれる。まあそんなことはどっちでもよくて、このクソムカつく感情の矛先は当然凛に向けることにする。

 

 

「ぶべァっ!?!?!?!?」

 

 

肩に置かれた手を引っ張り、残りの手で頭を掴んでそのままゴミ箱へシュートする。紙ゴミの中に頭部を突っ込んだ凛は見るも無惨な虫の死体と化した。

 

 

「お似合いだな」

 

 

一言残すと、俺はカバンを持って屋上へ向かう。

面倒事に巻き込まれないようにとさして信じてもいない神に祈りながら鉛のような足に鞭を打つ。当然比喩なので鉛に鞭を打っても軽くはならないことはお分かりいただけるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来た」

 

「来て当然のような反応をされるのはいい気分じゃないな」

 

 

ノロノロと階段を上り屋上へと続く扉を開けると、やっとか、と言った顔でこちらを向く美竹(メッシュ)。早くも帰りたい。

 

 

「…で?何の用だ」

 

「朝のこと。変に突っかかってごめん」

 

 

相変わらず無愛想に言い出す美竹だが、なぜか不自然な感じがする。こいつももっと面倒臭くて、謝ることができない人間だと思っていたからか。

 

 

「そうだな」

 

「ただ、つぐみは悪い子じゃないから…それなのにあんな言い方してるの見たら、なんかつぐみが可哀想だった」

 

「…かもな」

 

 

そして相変わらずのタメ口。別に悪いとは思わないしそれ自体は気にもしていないが…まあ俺が相手だからってことだろうな。こいつからしたら初対面印象最悪とも言える俺のような人間に敬意を払う理由が見当たらなかったというだけだ。

発言の数に反比例するように頭の中ではやたら考え事をするのが癖なのはデフォルトの仕様なのだ、とまたこうやって思考が捗る。

 

 

「別に後先考えていないわけじゃない。羽沢には会った時からそんなに悪い印象は抱いていないからな。あいつが俺に害を為すような存在でない限りは意図して傷つけようとは思わないし、言葉は選んでいるつもりだ」

 

 

半分嘘で半分本当。といえばわかりやすいのだろうが実際は嘘だ。言葉を慎重に選んで使っているつもりはないし、そもそも口調だとか目つきだとかそんなものなかなか変わるものでもなければ変えるつもりもない。故に言葉遣いは常に変わることはなく、俺が発する言葉は常にその口調でととのえられて他人に届くことになる。

 

つまり、俺の言葉はたとえ真意に優しさがあったとしても決して優しくは聞こえないし、俺の言葉はいつだって少しの棘を含むことになる…というのは何処かの誰かの評価である。

 

 

「そう…あんたがつぐみを傷つける気はないって言うならそれでいい。でももし傷つけたら、あたしが許さないから」

 

 

随分と嫌われたもんだな。その仮定は実現しうる事象を仮定しているんだろ。

 

 

「好きにしろ。で?それだけか」

 

「でもモカからあんたの話は聞いたし、傘のことも知ってるから。信じてるよ、それだけ」

 

「…そうかよ。別にそんなに好んで関わるわけでもない、心配は身の毒だぞ。命を9個持つ猫すら殺す代物だ」

 

 

真実だ。

誰も彼もが好き好んで関係を持つとは限らない。一方的なことだってあるだろう。相手がどんなに善良でも、相手が自分にとってどんなに都合が良くても、進んで関わるかどうかはまた好みやら気分やら性分による気がするな。

"Care killed the cat"、俺は嫌いではない。気にしたら負けるってことでこんな俺でも好きになれるおもしろい言葉は存在する。だとすれば、いつかは言葉を自分だけの言葉として扱う人間に、俺が興味を持つことがないこともないのかもしれない。

 

 

「そういうのが、俺の好かれない所以…って言ってたな」

 

 

昔、クラスメイトにそう言われたことがある。

いつも自分は違う、ガキではないと信じて考え続け、人を見続けた俺はあまり人に好かれるタイプではなかった。今もそうだろう。

そうやって自分の中で完結させようと結論づけようとした結果がこれだ。あらゆる人間がそうだったわけではないが、俺に興味を持つ人間は少なかったように思う。最初は興味があるけれど、次第にその色を失っていくのである。

自己肯定感が低いかと言われると否定はできないが、同じように俺が少数の人間に興味を持つことがあるかもしれない。

 

 

「クソネガティブだな。俺は俺なりに生きてるっつうの」

 

「モカちゃんは木崎先輩に興味津々メロンパンですよ〜?」

 

「…その話題について独り言をした覚えはないな」

 

 

思考に耽りながら屋上を去り階段を降りていると、下から暢気なパンオタクの声が聞こえる。そこまで口にした覚えがない。氷川と言い青葉と言い心を読む人外が多すぎるな。

 

 

「木崎先輩は顔に出ますよね〜。そーいえば、朝もそうでしたね〜?」

 

「気のせいだな」

 

「蘭はどーでした?悪い子じゃなかったですか〜?」

 

 

なるほど美竹が飛び出してきた時のクッション役でそこにいたのか、発言からするに間違っても盗聴目当てではなさそうだ。性格上感情的になりやすいからか、宥めたり慰めたり助言したり話を聞いたり。よくできた友人関係というやつらしい。

 

 

「…不器用なんだな」

 

 

ブーメランが返ってくるというよりはむしろ自傷行為のように思える発言だな。不器用なりにマシな人付き合いをしているつもりの俺自身、素直にそう感じてしまって気がダウンしてしまう。

 

 

「木崎先輩がそれ言いますか〜?」

 

「…そうだな」

 

 

けらけらと笑いながらわかっていることを指摘してくる青葉。死ぬほどムカつく。途端に「そうだな」以外の語彙が消え去る自分の頭に落胆を隠せない。

 

 

「興味津々メロンパンなお前は相当変わってるよ、初対面でもかなり変人だったけどな」

 

「え〜そうですかね〜?モカちゃんは普通ですよ〜」

 

「…どこからそんな自信が湧いてくるんだお前は」

 

 

出会った人間の中でも上位に食い込む変人度を誇る青葉が何を言っている。「サンシャイン」とかいう挨拶をバイト中に使ったと今井から聞いた時は何を言っているのか理解に苦しんだものである。

 

 

「先輩は苦労人ですよね〜。たぶん蘭が心少し開いたからひーちゃんとともちんももれなくついてきますよ〜」

 

「勘弁願いたい、の一言に尽きる」

 

 

たぶんアツそうな女子とお花畑女子のことだろう。バンドの奴ら全員と知り合いそうになるとは青葉と知り合った頃は全く思っていなかったからな。人生とは何があるかわからないな、本当に。

 

 

「面倒事を持ち込むなよ」

 

「気をつけま〜す。あ、先輩も蘭とあんまり喧嘩しちゃダメですよ〜?」

 

「…善処はしよう」

 

 

美竹が突っかかってきてすっ転ぶ展開なら多分に有りうる。俺が無駄に喧嘩ふっかけるなんてことはないだろうしな。

じゃ〜また今度パンを恵んでください、と一生叶うことのない願いを踊り場に残して青葉は屋上へと消えていく。その扉が閉まった瞬間に世界が分かたれてしまったような感覚に陥って逡巡するも、俺はいつも通り帰路につくことにした。そしていつも通り、何の変哲もなくプライベートな時間を消費して翌朝の目覚めを迎え討つ準備をするのであった。

 

 




タイトルから登場人物の1人がバレる回その2でした。
相変わらずキャラ描くのが難しい…モカちゃんは蘭ちゃんよりは描けてる気がしますが。

お気に入りとか評価とか感想とか。とても嬉しかったです。これからのモチベーションになりました。
バイトが終われば年末年始は暇なのでまたそこで更新出来たらなと思います。
今後ともよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。