今年ものんびり書くのでどうぞよろしくおねがいします。
ドリフェスは爆死しました。笑
俺より勉強ができないやつの気が知れないし、俺より勉強ができるやつの気もまた知れない。
具体的に言おうか。俺には天才ちゃんである氷川の頭の動きがわからない。なぜそんなことをすぐに覚えられるのか、なぜそんなことを頭から引き出せるのか…逆も然り。俺には凛の頭の動きがわからない。俺よりも下等な頭を提げているのは事実なのだが、俺がわかることをあいつがわからないとなったときのあいつの頭の動きは理解ができない。なぜ同じように頭を使えないのか。
人の頭の中身はわからない、それは俺がその人自身ではないからだろうか。同じように他人には俺の考えていること知っていること知らないことその理由がわからないはずである。
さて、わざわざ勉強を話題にあげるということはそれに関わるイベントが近々開催されることは火を見るより明らかだろう。学生の敵、テストである。
「さて、そろそろ中間テストだけどみんな勉強してるかな?高校生活楽しむのはいいけど赤点はとらないようにして遊ぼうね。それじゃ、今日はこれで終わりです」
担任からありがたい警告を受け取って本日は終業である。今日は水曜日、来週の木曜日からテストが始まるから猶予はあと七日間ということになる。
「テスト…無理だ…赤点かも…」
「凛くん勉強できないよねおもしろ〜い!あたしには気持ちがわからないや!」
「…たまには真面目に勉強しとくか」
事実上の処刑を宣告され頭を抱えるバカを横目に「反面教師」という言葉を思い浮かべる。
というか凛はよく羽丘に入って進級したよな。こんなのと同じ高校にいるのが恥ずかしくなってくる。
少しは勉強をする、のはいいが夜でもないのに家で勉強する気にはならない。大抵の学生はそうだろう。勉強をするために学校にいるのに学外、それも家で勉強しようというのは物好きだと言うまである。
「さてどうする」
教室、図書室、図書館、などなど…知的行為を目的に作られた施設で行うべきではあるが、変に気を張り詰める場所でもなかなか疲れるものである。教室は論外。他の生徒も自由に出入りする上に、授業中でない限りは常識の範囲内なら何をしても許される社会活動の場所だ。場合によってはストレスが溜まる。
「落ち着いてはいるが、堅苦しすぎないところ、か」
ここまでくると俺の中では答えがひとつしかない。
カフェってやつだな。
オマケにコーヒーやら紅茶が注文さえすれば出てくる。必死になって勉強をする理由もないしそのくらいがちょうどいい。
どうせコーヒーを嗜むのなら羽沢珈琲店にでも行くか。あそこまで言った手前行かないのはどうかと思うし、そこらのチェーンに行くよりは気が進む。
そう思い立ったところでカバンを掴んで教室を後にする。凛に捕まるのは嫌だからな。毎度俺に指導を乞うてくるのもウンザリだ、たまには自分の力と人望を理解する機会を与えてやらねば奴のためにならないしな。
俺は特別な人間ではないし、別段変人というわけでもない。感覚は同じとは言わないものの基本的に他人と似通ってはいる。
例えばの話をしようか。好きな食べ物。特にあるわけではないが強いて言うなら炒飯か。このくらいの好みの人間などこの日本においてさえごまんといるわけだ。好きな食べ物が土だの木の幹だの言わない限りは普通の範囲内の思考をある程度保っていると言えよう。
それが、今この状況にも当てはまるらしい。
「いらっしゃいませ〜。あ、結羽先輩!こんにちは!」
「ども…テスト一週間前まで家の手伝いか。精が出るな」
高校から家に帰らず真っ直ぐにここに来たわけだが、扉を開ければそこには店の娘、羽沢がいた。
「いえ、今日はこれから勉強するので!つい癖で言っちゃったんです」
あはは、と困ったような笑いを称える羽沢。この歳にして職業病を患った後輩、若干ではあるが心配である。
「そうか。奇遇だな、俺もそのためにここに来たようなところはある」
出来れば人通りの少なくて気が散らない席を所望する旨を伝えると、羽沢は空席の中で最もその条件に適するであろう奥の席に案内してくれた。
その後で(羽沢との会話の内容からおそらくは羽沢の母親と思われる)ウエイトレスにアイスコーヒーを注文する。温くなることを見越して今日はアイスを嗜むことにしたのである。
「あの〜結羽先輩…?」
「なんだ」
カバンからテキスト類を取り出していると羽沢が声をかけてくる。勉強の邪魔ならさすがに謹んでほしいものだが、常識ありそうだしその辺は大丈夫だと思う。確証はない。
「もしよかったら、同じテーブルで勉強しませんか?わからないところとか教えてほしくて…」
前言撤回。教えるとしたら厳密には俺の勉強にとっては邪魔になる。しかしまあ変に脱線することもないだろうし、俺自身勉強はそこそこできるので教えてやってもいいだろう。
羽沢は素直でマトモな(印象のある)奴だから、他の奴らに比べて扱いが贔屓目になるのは許してほしい。俺の周りの人間とくれば、凛、氷川という常識が通じない二人を筆頭に瀬田、青葉、ここ最近では美竹とどうかしてる奴だらけだ。今井は余計なことをするのがマイナスポイントだ。常識はある。前述した五人に比べたら、ではあるが。
「…ああ。好きにしろ」
そう返事をすれば羽沢は笑顔になり、荷物とってきますね、と言い残して奥へと駆けていった。
「やれやれ…」
彼女が戻って来るまでの間、何の科目をやるのかと悩んではいたものの、その時間さえ惜しい気がして結局英語のテキストと文法書を選びとり、残りのテキストはカバンの中に帰ってもらう。
英語は得意だ。単語と文法さえ知っていれば内容は理解出来るし、俺はそもそも読むのが遅くもない。長文とも文法とも相性はいい方ではある。話すのは得意ではない、聞くのはどっちつかずといったレベル。センターなら事故っても筆記英語9割は切らないだろう。リスニングは運任せだ。
「お待たせしましたっ」
「別に待ってない。コーヒーが来たら始めるとするか…分からないところは適当なタイミングで聞いてくれ」
羽沢が着席してまもなくアイスコーヒーが届く。やはり羽沢の母親だったらしく、がんばってねと俺たちに一言かけて席を離れていく。さて、勉強スタートである。
「………」
「………………」
黙々と勉強を進める二人。
グラスを水滴が伝い始めたのに気づいたのは随分と後だというくらいには集中していたのではなかろうか。
カチカチとシャーペンを鳴らす音、サラサラとペン先が紙面を這い回る音、パラパラとページをめくる音、そして羽沢の時々唸りを伴う息遣い。この店にいるのは俺たちだけではないのにも
意識の違いか、それとも俺が集中しているからすぐ近くの音に敏感なのか。その辺りには明るくないのだが、まあ何ともおもしろい事象である。
「……む」
テスト範囲らしい箇所は終わった。メタ発言になるが、ここまで短いがざっと1時間。羽沢もよく集中していて、俺も余裕のある英語とはいえテスト範囲が全て終わったことになる。
…我ながらよく頑張ったと思う。目の前にサボるわけにはいかない、と思わせる理由があったからなのだが。
ふと前を見ると羽沢は難しい顔をしていた。解ける、というわけではないのだろうが、必死に答えを出そうとして問題に向けられたその真剣な表情を俺はその視線の外からしばらく眺めていた。
…どうやら解けなさそうだ。助け舟を出すのも無粋だが、時間を潰させるよりはいい気がする。
「さて…俺は一旦休憩をとるが」
「えっ!?じ、じゃあ私も…」
俺がテキストを畳み立ち上がると、羽沢も追って問題から解放され立ち上がる。
「…トイレ、行ってくる」
「私も行きます。あの、休憩したらいくつか教えてほしいところがありまして…」
「わかった、戻ったらな」
トイレを借り、用を足した後で手を洗う。水が丁度いい温度で流れてくるのを肌で感じて、今が冬でなくてよかったと強く思われる。
さっさとテーブルに戻り、申し訳ないと思いながら羽沢のいた席の隣に座る。ノートとテキストを拝借し、わからなさそうなところを確認しておこうと思った。いや、本人の許諾なしという時点でグレーゾーンであり、他人からしたら十分訝しむに値する行為だ。これで俺が中年だったら確実に警察にお世話になるところだ。
「数学ねえ…まあ国語は得意そうな顔してるよな」
「お待たせしました〜…ってえぇっ!?」
「全然待ってない。羽沢がよければもう始めたいんだがな…二次関数だろ、見させてもらった」
「そ、そうなんですけど…!結羽先輩、なんでこちらに…?」
「逆さの字とか見づらいだろ、嫌かもしれんが我慢してくれ。俺は俺で恥ずかしいものを我慢しているんだ」
戻ってきた羽沢がたいそう慌てふためいていたが、無理もない。向かいに座っていた人間が隣に来るというのはさすがに驚くだろう。ましてや出会って間もない相手である。俺でも困る。
「そ、それでは失礼します!」
焦りながらも俺の右隣に羽沢が着席し、俺が教鞭を執る時間が始まった。
教えるのは、難しい。その人間が理解できる言葉でその事象について正しく理解させる。言い方は良くないが、頭の悪い人間…ここで言うと言葉のストックとその結合性に乏しい人間が理解出来るようにするのは本当に苦労をするはずだ。
羽沢はそこに関してはクリアと言えるレベルなので教えるのにさほど困難を感じることはなかったが。
「結羽先輩教えるの上手ですね…すごくわかりやすかったです!」
「そりゃどうも。主にお前の学力と努力の賜物って感じだけどな」
本当にスラスラと出来て分かってもらえることには多少の喜びとやりがいを感じてしまう。これを利用してやりがい搾取という言葉が浸透するに至った昨今の労働・ボランティア事情を思うと自分にも社会の奴隷になる素質がありそうでしんどい気もする。
「えへへ…そう褒めてもらえるの、嬉しいですっ」
そうかよ、と思いながらほとんどないコーヒーに手を伸ばす。
「結羽先輩が笑ってるの、初めて見ました」
「…気のせいだ」
自分でも気づかないくらいの表情の綻びを見られた。
笑った顔は好きじゃない。元々悪い目つきのせいで歪んで見える。何よりも笑うほどの感情の起伏に恵まれてこなかった。親が悪いわけじゃない。嬉しい、悲しい、そういう感情はあるけれども、自然と笑顔が出るようなことはそんなになかった。自嘲的に、または軽蔑的に口の端を吊り上げるのはうまい、というのも言われたことがある。
「優しそうな表情してましたよ。声には出ないですけど、結羽先輩が笑ってくれてよかったです。私、おもしろいことあまり言えないですから…」
お世辞でも嬉しいよ、と言いたいのを堪える。
こいつは真剣にそう語っている。
「そりゃ気を遣ってるからだろ」
だから俺も真剣に話そうと思う。
「気を遣えるのはいいことなんだろうけどな。それじゃいい子ちゃんになるだけだ。相手によっちゃ気を許すことも大切だ、それこそお前のバンド仲間…とかな。仲いいんだろ、美竹と話して理解した。俺が羽沢にとって気を許せる相手だと言うほど傲慢じゃあないが、気を遣って無難な事しか言えなくなるよりはマシだろ、信頼しているなら尚更だ」
羽沢の反応も見ずにただただ話した。
話し終えてから目を見て、そして目が合って、羽沢が口を開く。
「そう、ですね…やっぱり緊張してるのもあるのかもしれません。でも結羽先輩がそう言うんでしたら少し気を許してみてもいいかもしれません」
反論の余地なんてたくさんあるはずの俺の意見に賛意を示す羽沢。こいつちょろすぎて詐欺に引っかかりそうだな。
少しは自分に自信を持て、などと相手のことをよく知りもしない俺が言えることではないとは思うが、さすがに自己評価が低すぎるとは思う。
「そうか…まあ俺から言えるのはそれくらいだ。それ以上のことを言えるほど俺はお前のことを知らん」
「そうですね…じゃあこれからお互いのこと知っていけたらいいですねっ!」
「…気が向いたらな」
こういう時のこいつめちゃくちゃポジティブだな、と思いながら適当に返事をする。俺にとってそれがしあわせかは分からんがとりあえず言っておけという精神なのか。
「…という返事をもらって笑顔になるつぐなのであった〜!」
「…は?誰だオマエは」
突然テーブルにやってきた女が羽沢に茶々を入れ始めた。常識なさすぎんだろ誰だこの女。
「…ああ植物頭か」
「すみません、勉強中でしたよね。おいひまり、迷惑だからやめろって!」
通路側に目をやればそこにいたのは植物頭と情熱女子。
当然くだらんことをするのは植物頭。面倒臭い。俺は美竹とも相性が悪いが、こいつは絡まれたら違う方向に面倒なタイプの人間だ。
「すまん羽沢、会計して帰る。面倒なのが来た」
「えっ?結羽先輩?」
俺は余計なことを回避するために、席を立って荷物をまとめ始める。羽沢が混乱しているがここは自分の身のためだ。
「ええええ先輩帰っちゃうんですか!?もう少しいませんか!?」
「断る」
事の元凶は俺がなぜ帰るのかも理解できていないようである。小学生かお前は。
「結羽先輩、『気が向いたら』でいいのでまた教えてくれませんか?すごく勉強しやすかったから…」
「…そうだな。気が向いたら、な」
今日は変なのが来たからお開きになるが、また頼むと言われて嫌な気はしない。気が向いたら、と曖昧な返事をして植物頭達に対峙する。
「…そういうのうざいからやめてもらいたいな。常識を身につけたらその時は帰らないでいてやる…アンタにはすまないな、バンドの仲間なんだろ」
「いえ。突然押しかけたのはアタシらですから…ひまり、次は気をつけような」
「うう〜…ごめんなさい…」
バカも反省すれば上物になるかもしれんな、と期待は込めずに謝罪する植物頭を見やる。涙目になって羽沢と情熱女子に謝っているのがどこか滑稽である。
「そういうことだ、また後日…機会があればな」
まあどうせこういう時の定石として機会というものは訪れるんだ。そんな予感しかしない。そして大体この予感は当たる。特定の方面に妙に鋭い勘が働くのはいいのか悪いのか…俺にとって都合のいいように動いてくれることをひたすら願ってはいるのだが。
いつになるんだろうな、なんて思いながら俺は会計を済ませ、すっかり暗くなった商店街へ踏み出す。イヤホンを引っ張り出して耳にかけようとした時、
「結羽先輩!」
羽沢が店のドアを開けて飛び出してきた。
忘れ物か?それともまたこの前のようなご挨拶か?
その答えは次の羽沢の発言で分かる。そして、どちらも間違いであった。
「あの…予定合わせるために、ですけど。連絡先を交換しませんか?」
「嘘だろお前…」
しかし確かにその申し出は合理的ではある。会ってから決めるよりは家にいる時にでも先んじて予定を決められるのは強みではある。
効率を見た連絡先の譲渡と気持ち的な部分を推し量り比べ、答えに悩む。
「先輩…?」
「…いいだろう。面倒事は持ち込むなよ」
結局どうせなら、と効率を見た俺はそう言ってメッセージアプリのコードを表示したスマホを差し出す。
羽沢が少し手間取りながらも俺の連絡先をそのスマホに読み込ませる。俺の個人情報というか連絡先、安すぎる気もするな。
「じゃあまた後ほどご連絡しますね!ありがとうございましたっ」
「はいはい、じゃあな」
こうして俺のスマホに出会ってそんなに経たない程度の後輩の連絡先が追加されることになった。
別に悪い事じゃないが、所持する連絡先が少ない身としては変な感じがするものである。
手が震える。正確には手に持っているスマホが震えた。後ほど、とか言ったくせに「こんばんは、羽沢つぐみです」だなんて送ってくる後輩にこの嘘つきめ、と悪態をつきながらも返信を打ち、イヤホンを今度こそ両耳に引っ掛けて俺は家に帰った。
羽沢つぐみ:今日はありがとうございました! 19:37
木崎結羽:どうも。また今度な 19:38
蘭ちゃんに続きひまりちゃんまでひどい扱いしてごめんなさい。
つぐを優遇しているの本当にごめんなさい。
段々とあたりの強さが緩和されていくことを願って書き進めていきます…