苦味と甘味の匙加減   作:雪乃シロ

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ワンパターンな言葉しか出てこないボキャ貧の雪乃シロです。
それでは今回も飽きるまでどうぞお読みください。

寝る前か寝起きに書いたりチェックしたりしたので誤字脱字、ねじれた日本語等あればぜひ教えてください。


マンデリンと忘れ物

 

 

 

 

 

そんなこんなで放課後である。凛をやり過ごし、寝惚け眼を擦り、待ち合わせである1-Bの教室へ向かう。Afterglowとの勉強会のため、決して軽くはない足で廊下を歩いていた。

ちなみに寝惚け眼と言ったが、まあ要は午後の授業は夢の世界でやり過ごしたということになる。黙っておけば痛いところを奴らに突かれることもないだろうが。

 

 

「…ここだな」

 

 

1-Bのドアから中を覗く。あまり探るように見ていると不審者扱いされそうなのでそこは不自然でないようにする。

 

 

「お!木崎先輩、こっちですよ!」

 

「…ああ」

 

 

するとすぐに宇田川が俺の事を見つけて声をかけてくる。見たところ美竹と羽沢がいないようだ。美竹はまだ教室か?だとすると羽沢は一体…

 

 

「青葉はバイトか。他の二人は?」

 

「蘭はたぶんもうすぐです!つぐはお花を摘みに行きましたよ」

 

「…そうか」

 

 

少々デリケートな部分に触れてしまったらしい。

ちょっと羽沢に対して申し訳なく思う。

 

 

「しかしまあ…」

 

 

好奇の視線を感じる。正直不快だが、俺がここにいるのは俺が外から見たとしても違和感があるのが事実である。

 

 

「木崎先輩、学校の近くのラーメン屋知ってます?武士道って言うんですけど、あそこの豚骨醤油オススメですよ!今度感想聞かせてください!」

 

「なんでラーメン屋なのに武士道なんだよ…」

 

 

〇〇家、〇〇堂、〇〇楽なら王道だと思うが、武士道とか騎士道って言葉をラーメン屋の看板に書いてると思うと地雷臭が若干する。宇田川が太鼓判を押しているのなら味はいいのかもしれないが。そうだとしても俺の反応が普通だろ。

 

 

「せんぱ〜い!今度新しく出来たクレープ屋さん行きましょうよ〜!」

 

「…太るぞ」

 

「うっ!!さ、最近は少しがんばってるから平気かな〜…じゃなくて、そういうのセクハラです!デリカシーがないです!最低ですよ!」

 

「そりゃ悪かったな」

 

 

後付けがましく変態扱いされたが世間的な評価としてこういう場合俺がセクハラ野郎に認定されるらしい。まあ冗談が通じるなら多少はセーフなのか…いや本当にセーフか?言っておいてだが訴えられてしまえば下手したら停学〜退学モノかもしれない。

 

 

「人の財布事情を考えろ。今はバイトしていない身だぞ」

 

 

三月末で一年続けたバイトを辞めた結果、今は順調に貯金が崩れていっている。そろそろまた始めないと急な出費が怖いってのもある。あまり親にせびるわけにも行くまい。

 

 

「めんどくさ…」

 

 

ちなみに以前は書店でバイトをしていた。

融通は利くし待遇も割とよかった、客入りが悪い訳ではないが落ち着いていて大手ではないなど結構好ましい勤め先ではあった。でも働くことそのものは好きになれない、惰性半分といったところか。

 

 

「あんたもう来てたんだ」

 

「…生憎人を待たせるような赤メッシュと違って行動が早いんでな」

 

「はぁ?バカにしてんの?」

 

「愚問だな、誰が見てもそうだろ」

 

「あ、はは…二人とも落ち着いて。巴ちゃんとひまりちゃんもお待たせ」

 

 

若干の棘を含めて言葉を返したくなるような、そんな言い方されたら結果は見えるだろうにこの赤メッシュは。

とは言いつつも会話はアレだが(恐らく)喧嘩とかはしていないので、羽沢と美竹が来るや否や俺たちは教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、みんなお揃いで。木崎くんも一緒かい?」

 

「…そうですね」

 

 

道中は特に大した出来事もなく比較的平和にやり過ごし、今はちょうど羽沢珈琲店に到着したところで、迎えてくれたマスターに挨拶をする。

どの席を取ろうかと店内を見渡すが、しかし…

 

 

「…空いてねえな」

 

 

テスト前の学生らしき客もいれば、カフェでの有意義らしい一時を過ごす婆さん、早上がりか休憩か、社会人と思われる客。席は結構埋まってる様子。

 

 

「…お開きでよくねえか?」

 

「ダメ!私留年しちゃう!」

 

「知らねえよ」

 

 

この混雑もとい盛況具合を見ると解散でもいいだろうと思えてくる。そもそも俺は必要としない時間である。

 

 

「場所移す?」

 

「…お前にしては常識的な意見だな。毒でも盛られたか?」

 

「うっさい」

 

 

ドスッ、と俺の腹に美竹のパンチが入る。疑問を口にしただけでこの仕打ちだ。

いや女の力を舐めてたってのはある、思ってたより強烈な痛みを感じる。

 

 

「短気か」

 

「怒ってない」

 

「手ェ出てるからな」

 

 

まあそんな暴力メッシュ1号は放っておいて結局どうするのかを彼女等から聞きたいわけだが…

 

 

「場所狭いかもしれないけど、私の部屋でやろっか?」

 

「羽沢、お前ついに俺を殺しに来たか」

 

 

何だ?バカか?実はバカなのか羽沢。

ポンコツな時もありそうだから一番とは言わないがお前のことは信じていたんだがな。

 

 

「警戒もせずそんな簡単に女子の家に入ってたまるかよ」

 

「そうだぞつぐ、木崎先輩だって男性だぞ」

 

「巴の言う通りだよ、つぐ、さすがにね?」

 

「何されるかわからないよ。こいつケダモノだし」

 

「テメェそんなに死にてぇか」

 

 

どう考えてもおかしい意見が一つ。

他は俺と同意見らしい。そもそもケダモノって何だよ…お前は世の人口の約半分は淑女のお前らとは違って淑やかさの欠片もなく、理性のタガの外れた何かだとか思ってるんじゃあないだろうな…

 

 

「それもそうだよね…どうしよう」

 

 

入口付近で立ち往生していてもこの人数では何をしても邪魔にしかならない故、決めることはさっさと決めて行動せねばならない。

テーブルはキツそうとなるとカウンターになるか…

 

 

「…俺はカウンターにいる。用があったら来るなり呼ぶなりすればいいだろ。ずっと部屋にいる必要はない」

 

「まあまあ。つぐみの部屋に入りづらいならリビングにでも入ったらどうだい?それなら広さの問題も木崎くんの懸念もある程度解消できるだろうし」

 

 

マスターの助太刀によって救われる俺と納得するAfterglow。いや厳密には救われてはいないが、それくらないなら妥協できるとは思う。

 

 

「…それなら一応大丈夫です。気を遣わせたようですみません」

 

「気にしなくて結構だよ。気持ちはわからないでもない」

 

 

そう言って懐かしむような目をするマスター。この人、過去に何があったんだ…

 

 

「…注文だけいいすか?」

 

「どうぞ」

 

「マンデリン、ってやつを…」

 

「カフェオレにしなくても大丈夫かい?」

 

「この前飲んだのと違うならストレートでお願いします」

 

 

少し大人ぶって大して知りもしないコーヒーを嗜んでみようとする。マンデリンなんて自発的に注文したこともなければそもそも知らなかったのである。缶コーヒーの銘柄くらいしか分からない俺にとってはまさに背伸びであった。

 

 

「以前はコロンビアの豆をアメリカンコーヒーとして出させてもらったよ。マンデリンはそれよりも苦味が目立つね。ちなみにつぐみが傘を借りてきた日もコロンビアをアメリカンで出したよ」

 

「そうなんすか…無知ですみませんが、お願いしていいですか?」

 

「もちろん。後で持っていくよ」

 

「ありがとうございます。支払いは後でします」

 

 

どういたしまして、とにこやかに告げてマスターは仕事に戻る。俺も一応客という体をとるなら先のも業務だったのだろうが。

 

 

「まあ何だ…悪いが邪魔するぞ」

 

「ぜひぜひ!じゃあみんな行こっか」

 

 

思うところはあるが、家主の羽沢について中に入っていくことになった俺たち。

なかなかぶっ飛んだことに首を突っ込んでいるのは百も承知で、何事もないことを祈る訳だが果たして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…美味いな」

 

 

前に飲んだものもよかったが、今回のものもかなりいける。前よりも苦味が強いとは言っていたが、飲めないほど苦いわけでもなく、むしろ心地よい。これもマスターの腕というわけか。

 

 

「…終わったか?」

 

「…まだ」

 

「何でだよ…」

 

 

そして今はひまりを宇田川と羽沢に任せ(実際は三人一緒にやっているだけだが学力的にそうなってしまうらしい)、俺は美竹の勉強の面倒を見ている。実際にはローテーションしてそのうち他を任されることになるだろう。

 

 

「分かってねえところを分かったって言ったな…」

 

「…ごめん」

 

「謝る前に気をつけろ。俺も面倒臭えしお前も二度手間だろ」

 

「わかった」

 

 

適当なことを言う割にはあまり噛み付いてこない美竹は相手にしていて楽だな…決して噛み付いてほしいわけじゃない、むしろ二度と噛み付かないでほしい。

英語がわかりませんと言われても習ったことをどうやって使うのかだとか、実際にどうやって使われるのかだとか、自身に刻み込んでもらうしかない。説明が下手なら申し訳ないが、事実俺はプロじゃないんでな。

 

 

「あとで英作してもらうからな。その文章でも手本にして使い方を学べ」

 

 

あまり口出しをするのもだな、と美竹がフリーズするまでは放置することにし、向かいに座る三人に目を移す。

ちなみに美竹は俺の隣に陣取っている。普通に考えたら最悪の席順である。

 

 

「もうダメ〜…ケーキ食べたい」

 

「やっぱりお前か…」

 

 

始まってしばらく経つと、一番に限界を迎えたのはひまり。まあこいつのことだし当然だろうな…

 

 

「やる気ねえなら帰れよお前…」

 

「やる気はあります!けどエネルギーが…」

 

「帰れ」

 

 

どう考えてもひまりと美竹が主役のはずの集まりなのになんでお前が一番甘ったれてんだ。

長い付き合いでもさすがに呆れたのか苦笑いを浮かべる宇田川と羽沢には悪いが、こいつの世話を引き受けたいとは到底思えないから二人に我慢してもらうしかない。

 

 

「…で?そのバカはともかくお前らは平気なのか」

 

「アタシは大丈夫ですよ。もし何かあれば相談します」

 

 

常識人の尊厳に免じて言わないでおくが、できればやめてほしい。これ以上負担を増やさないでくれというのが本音だ。

 

 

「私は…やっぱりちょっと数学が心配かな…」

 

「…そうか」

 

 

羽沢、家主とはいえ空気を読もうな…

とはいえやはり口に出すことはなく、

 

 

「はぁ…こいつ終わったら場所変わるか」

 

 

チラッと美竹を見ると何やかんやで真剣に取り組んでいるようだ。そうでなかったら末代まで呪ってやる所存だった。

 

 

 

しばらくして美竹が伸びをして、一段落となる。

美竹には羽沢と席を変えてもらい、次のフォーメーションが決まった。

 

 

「…お前やればそこそこ何とかなってただろ。最初からちゃんとやれよ」

 

「あんたがもう少し分かりやすく教えてくれたらできたかもね。でもありがと、多少はマシになると思う」

 

「お前にそう言われるとムカつくからお世辞でも言えるようにしとけクソが」

 

 

スカしたような笑みを浮かべた美竹を一瞥し、隣に座る羽沢に相対する。

…ちなみに宇田川には悪いが、ひまりという名のキラーパスを出させてもらった。ラーメンでも食って気を取り直せと心から他人事並のエールを送っておこう。

 

 

「それで?何が心配なんだ」

 

「前と同じ二次関数です。基礎的なところはできるようになったんですけど、こういうのができなくて…」

 

 

そう言ってプリントの束を俺に寄越す羽沢。チェックが着いた問題がどうやらターゲットらしい。…こうやって分からないところが既にハッキリしていて一つ提示されるとやることが明快でいい。

 

 

「…ちょっと時間をくれ」

 

 

俺も天才じゃないからな、時間が無いとアプローチが見つからない時もあるし先が見えないこともある。故に落ち着いて考えて解く時間があると助かるという話だ。

その辺りは羽沢も分かってくれているのか、頷いて大人しく待っている。

 

 

「…この関数における最小値はa^2+4a+9ってのは分かるな?」

 

「はい。でも最小値yの範囲が出せなくて、途中から困ってて…」

 

「まあこの手の問題はなぁ…今出した最小値の式がaについての二次関数なのは分かるか?」

 

「そう…ですね」

 

「…それならあとはこの関数のグラフを考えろ。aが実数をとるなら普通の二次関数として考えればいい」

 

「あ…じゃあこれを平方完成すれば最小値が出るから、範囲がわかるってことですか?」

 

「そういうことだろうな…ただしaの値の範囲が定められてるなら軸を使って考えろってことだ」

 

 

確証はない、と付け足しそうだったがやめておく。

解いてみた感じそれくらいしかやりようのないくらいの誘導だったしな…わざわざ直前で頂点の座標出させるなら使えるかもしれないだろ。関数だし。

 

いとも簡単にコツを掴んだ羽沢は同じような問題をスラスラと解いていく。身につける術を理解しているな、と感じる。それが全てではないが、やはり教わっただけで理解したつもりにならないのは大事か。

 

その後も分からないところに口出しをさせてもらいながら羽沢の監督をする。絶対にひまりより楽だ。絶対にひまりを押し付けられたくない。死んでも嫌だわ。

 

内心でひまりを拒絶しながら、空になったコーヒーのカップを持って椅子から立ち上がる。ずっと座っていたせいか腰が痛い。…ジジイか俺は。

 

 

「休憩入るわ…」

 

 

誰も聞いていないかもしれないが念の為一言添えて店の方に向かう。先程よりも空いた店内を見ながら、少し待っていればここでできたのかもな、と思わなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、これ…どうも。前のよりもケーキが合いそうですね」

 

「わざわざありがとう。そうだね、苦味がある分ケーキ類との相性はより良いと思うよ」

 

「頼めばよかったか…あ、会計をお願いしてもいいすか」

 

「少し待っててくれるかい」

 

 

マスターにカップを渡し、会計を頼むとマスターの呼ぶ声に反応したのは羽沢母。俺の感覚がおかしいのかもしれないが、母という立場の人間は皆若いという決まりでもあるのだろうか。身近にいる母親たちは常に若さを保っているように思う。例えば我が母、羽沢母、凛母。全員高校生の子を持っているとは思えない。

 

 

「あら結羽くん、いらっしゃい。こちら会計二億円になります」

 

「いやおかしいだろ…」

 

 

しまったつい敬語が外れてしまった。

二億ってなんだよ、詐欺にしても引っかかる奴なんてさすがにいねえだろ…

 

 

「ふふ、面白いわね〜結羽くん。お代は冗談よ」

 

「冗談じゃなかったら困るんすけど…」

 

 

俺はマスター相手だと少しばかりかしこまってしまうのだが、羽沢さん相手だと若干フランクになるらしい。

 

 

「つぐみもねえ、結羽くんのこと絶賛してたわよ」

 

「…恐縮です」

 

 

他の家庭に情報が流出していく…母親には何を言ったんだ羽沢よ。

 

 

「家庭教師になってくれたらがんばれそう!とか…結構かっこいいなぁ、とか…ウチでバイトしないかなぁ、とか…ね」

 

「…最後は自分の願望ですよね?」

 

 

家庭教師とか無理だしそんなものもっといい奴がいるだろ。外見についてはコンプレックスだが、バイトは考えどころかもなぁ…とは思う。いやそんな突然決めないがな。

 

 

「…高く買ってくれてるんすね」

 

「あの子結構かわいいのに男っ気ないのよね〜。最近じゃ結羽くんくらいしか男の子の話をしないし」

 

「女子ってそんなもんでは?」

 

 

俺の価値観に過ぎないが幼馴染でもない限り話題には上がらないだろう。俺だって女子の話を出すことはない、むしろ母なり凛なりに出されるだけである。

 

 

「そういうものかしらね?まあまあ、これからもウチのつぐみをよろしくね、結羽くん」

 

「善処します」

 

 

しっかりと買い被ってくれている辺り俺はもしかしなくても人の目を騙す特技でも持っているのか。当然ながら普段から猫を被っているつもりは毛頭ない。

善処しますとかいう返答をするクソガキを許してくれる心の広い羽沢さんに感謝感激である。こんな会話を聞いたら誰もが俺を非難するに違いない。

 

その後も羽沢さんやマスターとの会話が(個人的な感想として)弾み、向こうに戻るのが遅くなってしまった。

俺が戻った頃にはひまりが完全に死んでおり、羽沢が黙々とペンを走らせており、美竹と宇田川はひまりを見てため息をついていた。

 

 

「…人の違いってのがよく分かるわ」

 

「おっ、木崎先輩おかえりなさい。ひまりがこの通り限界ですね」

 

「…らしいな」

 

 

漫画じゃ口から魂が抜け出す描写があるが、こいつは既に抜け出してて死んでいる。息してないだろ。

 

 

「まあでも結構やってただろ。何時間だ」

 

「もう暗くなってきてますしね。つぐん家にも悪いな」

 

「そろそろお店閉まるよね。ウチらも解散にする?あたし結構やったよ」

 

「そうだね…今日は終わりにしよっか。私も捗ったよっ」

 

 

う〜ん、と伸びをしながら羽沢がそう言うが、羽沢も美竹もそれで捗っていなかったら俺が申し訳なくなるレベルだ。

宇田川は自分のこともやってはいたものの、だいたい世話係を全うするべく動いていた。ご愁傷様、だな。

 

 

「……………………」

 

 

上原ひまり、享年十二(精神成熟度指数による)。

線香くらいはくれてやろうか。

 

 

「…このバカは放っといて帰るか。羽沢、押しかけて悪かったな」

 

「いえ、むしろ助かりました!ありがとうございますっ」

 

「…あたしも。さっきも言ったけど、今日は来てくれてありがと」

 

「先輩いてくれて助かりましたよ。ありがとうございました」

 

「…ムズ痒いな。社交辞令として受け取っておく」

 

 

無料の礼よりもバイト代を寄越せって言えば何か奢ってくれるのだろうか。そんな厚かましいことさすがにここで言うような肝は持ち合わせていない。ひまりとは違うからな。

 

 

「精々がんばれよ」

 

 

全然頑張れだなんて思っていないがな。これも社交辞令だ。

片付けをして、ひまりはAfterglowに任せて一足先に帰る。しっかりとマスターへの挨拶は欠かさない。これからもちょくちょく世話になる予定の店だ。これくらいの印象はよくしておかないとな。

 

今日は疲れた。色々あったからか。

朝は家で凛と顔を合わせ、昼はバカの教室凸を食らい、昼食は屋上で変人類と会食、放課後は思ったよりハードな勉強会。俺の身体に宿るエネルギーで足りるはずがないのである。

過剰消費したエネルギーの補給として夕飯は多めに食べたいな、と思ったところに母が大盛りの牛丼を用意してくれた、存外息子のことをよく分かっている母親であった。

 

 

風呂に入り、布団に潜り込むと時間は夜の十一時を回っていた。まあいつもより布団に入るの早いんだけどな。さすがに限界だ、だがひまりよりも長持ちしたし敗北者には成り下がらなかったと言える。

 

枕に腕をついて人類の先鋭的発明であるスマホを弄る。

ずっと開いてなかったが故に気づかなかったが、俺が帰ってきてからか、どうやら羽沢からまたメッセージが届いているらしい。あいつらしい律儀なお礼だろうか。

 

 

 

羽沢つぐみ『今日はありがとうございました。あと、お母さんのことは気にしないでください。』

 

 

 

「ああ…まあ…仕方ねえよな」

 

 

 

木崎結羽『別に気にしてない』

 

 

 

適当に送信すると、即既読がつく。

いくら何でも早すぎんだろうが。まさかまさかのスマホ依存か?

 

 

 

羽沢つぐみ『あ、でも全部私がお母さんに言いました』

 

 

 

バイトのことも言ったのお前なのかよ。そりゃ気にするわアホ。

 

 

 

木崎結羽『お世辞とか色々どうも』

 

羽沢つぐみ『全部本心ですから』

 

木崎結羽『ありがたいことだな。もう寝る』

 

羽沢つぐみ『わかりました。おやすみなさい』

 

 

 

画面を消し、スマホをベッドの脇に置く。

羽沢の言葉を素直に受け取るならばの話だが、好意的な言葉をかけたことになるんだがな…まあお世辞だろ。俺みたいな奴を俺が見たら普通に引く。

寝る前にこれからのことを考えてみたが、テストにライブと地味にイベントがあるな。まあその後はただの暇人に成り下がるわけだがそれはご愛嬌。暇人は暇人なりの人生を謳歌しているし、俺からしたら十二分に忙しないし。

 

今日の俺は語彙力が足りていない気がする。頭がうまく機能していないのか。その辺のことはよく分からんが、寝て英気を養うのは大切だと信じて寝ることにしよう。

そう決めたものの、結局のところ暫くの間は眠りにつくことができなかったのである。普段の習慣を珍しく恨んだのは翌朝の話である。

 

 

 

 




マッシュマン様、ご感想ありがとうございました。

また長瀬楓様、ありがとうございました。

例によって今後の励みとさせていただきます。



タイトルの忘れ物は「ケーキ」です。
注文しておけばよかったなぁという後悔より。

ちなみにサブタイトル、深い意味とか全く考えないでかっこつけた言葉やリズムで決めてるので突っ込まないであげてください。
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