仲村さんに朝一で本部に来るように昨日中に言われたのでまだ夢の中にいたルームメイトの枕元にそっとファービーを設置してから寮を出る。時刻は午前6時。結構眠い。こんな朝早くから一体何の用だろうか? そんなことを考えながら歩いていると前方に見慣れた後姿を発見。声をかけました。
「岩沢さん見っけ」
「ん? ああ、アンタか。おはよう」
「おはよう、早いね」
「アンタだって」
「女の子に呼び出されてるんで。気になる? ねぇ気になる?」
「関根達と会ったんだってね、聞いたよ」
「話聞いてよ」
聞いたよ、本人から。その話じゃないです。他に何の話が? 女の子に呼び出しされた。えっと、大山……? もういいです。
「むぅ、岩沢節が相変わらずのキレ。こうれはもう俺も対抗せざるを得ない」
「実はエレキギターはこっちに来てから触ったんだ。今でこそ大抵のことはできるけど、最初はひさ子に色々教えてもらったよ」
すでに聞いてねぇ。
「アンタもひさ子に教われば? あたしでも良いけど」
「そうなんだ、すごいね!」
「すごいかどうかはやってみないと、かな」
「そうなんだ、すごいね!」
「……昨日ひさ子が肉うどん食べてた」
「そうなんだ、すごいね!」
「……その前は」
「そんなことより野球しようぜ!」
拳で肩をドンってされた。ドンって。
「あまりあたしを怒らせない方がいい」
「正直、すまんかった」
とても痛かったです。
その後も適当に話しながら歩き、途中で別れた。なんでも岩沢さんは学習棟の屋上に用があるとかなんとか。インスピレーションがどうとか言ってたけどよくわかんないから適当に相槌打ってたらちゃんと聞けと怒られた。話を聞かない人に言われると説得力が違うね。もちろん、逆の意味で。
そして、本部に到着。
「おはよう、ナツメくん。心なしか表情に疲労が窺えるのだけど?」
「ネクストナツメズヒント。話を聞かない」
「もしかして:岩沢」
「正解」
「把握。御苦労さま。甘いもの食べる?」
仲村さんが優しくて涙が出そう。
「ところで今日はどんなご用事で?」
「ああ、そうだったわね」
思い出したように手を止める仲村さん。すでにブレイクタイムの準備はバッチリです。さすがは元裕福な家庭のお嬢様。実は先日チラッとお話聞きました。
「ギルドに行くわよ」
「急だね。この間一人で行ってなかったっけ?」
「その時にアナタのことを話したら面白そうだから連れて来いって」
「誰が?」
「チャーが」
「チャーか」
「チャーよ」
「チャーね」
「チャーってもういいわよ。チャーって言いたいだけでしょ」
「そんなチャーなんて、別にチャーなんて言いたくないし。そもそもチャーって、チャーって」
「はいはい、出発は二時間後よ」
随分ゆっくりなんですね。
「せっかく用意したのに勿体ないじゃない。それとも何? 私のお茶が飲めないとでも言うのかしら?」
「めっそうもない」
てな訳で時間ギリギリまで二人でゆっくりとお茶してました。
「着いたわよ!」
「なんというショートカット」
驚きを禁じ得ない。と言うのも仲村さんが言っている通り、あっという間に目的地であるギルドに着いてしまったからである。まぁ、ネタバレをすれば本来は無数の罠が設置され、単独ではたどり着くのが不可能とまで言われているらしいのだが、仲村さんにより来訪の旨を伝えてあるので罠は全解除済み。さらに、道のりを完璧に把握している仲村さんがいるおかげで目的地までの時間を大幅に短縮できたという裏があったりするのだが。
「さすがリーダー。俺たちにできないことを平然とやってのける。そこにシビれる。憧れる」
「あーっはっはっはっ。もっと褒めなさい! 称えなさい! 崇めなさい!」
「それはちょっと……」
「そうね。私もやりすぎたと反省しているわ」
着いて早々そんなやり取りをしていると背後から楽しそうだなとのお声がかかりました。どちらさまでしょうか?
「チャー。約束通り連れて来たわよ」
「おう。わざわざ悪いなゆりっぺ」
噂のチャー、くん? いや、チャーさん? とても高校生とは思えない風貌ですな。
「私は奥を見てくるから」
そういって颯爽としたステップで去る仲村さん。置いて行かれたようです。言わずもがな、ステップに意味はない。
「お前がナツメか。ゆりから話しは聞いている。俺の名前はチャー。俺はここで武器の生産を――何か言いたそうな顔だな? 言ってみろ」
「老けてるね。歳いくつ? 本当に高校生?」
思わず本音が口から漏れた。むしろダダ漏れだった。
「………っ」
「ん? 何か言った? 聞こえないお」
「がーっはっはっは! 話通りの神経してやがる! ちっとも物怖じしやがらねぇとは!」
大口開けて笑われてしまった。
「バカにされているのだろうか。ぐぬぬ」
「ああ、悪い。そうじゃない。あまりにも反応が期待通りでな」
「どゆこと?」
「こっちの話だ。それより、お前に見てもらいたい物がある。着いて来てくれ」
挨拶もそこそこにそう言って案内されたのは少し離れた場所にある小屋。割と大きいけど特にこれと言った特徴のない小屋。大きいのに小屋とはこれいかに。
「入ってくれ」
「こ、これは……!」
入った瞬間に目についた物に驚愕した。まさか、この世界でこんな物が拝めるとは。
「ここまで作るのに苦労したぜ……」
男、いや、漢の顔をしていらっしゃる。
「に、二段式のバンクに加え、次に構えるのはループコース……。バンク対策で速度を落とせばループが回れず、ループ対策で速度を上げればバンクで飛ぶ。連続で襲い来る難関にセッティングがシビアになることは必至だ。なんて、恐ろしいものを……!」
「やはりわかるか。チャー特製サーキットの恐ろしさを走らせもせずに初見で看破したのはお前が初めてだ。やはり俺の勘は正しかったようだな」
そう言って何かを手渡される。
「これは、マグナム……!?」
「ああ、来たる同士のために用意しておいたとっておき、ビートマグナムだ」
「え、でも……」
ふっ、とシニカルに笑ったチャーさんは腰のポーチからスッとそれを、アバンテと呼ばれるミニ四駆を取り出した。
「一緒に、かっ飛ぼうぜ」
「……うんっ!」
そして、この日は日が暮れるまでチャーさんと一緒になって遊んで、一緒になって仲村さんにこっぴどく怒られた。今度は一人で来ようと思います。