「――僕は神になる男だぞ?」
「アイタタタ」
「貴様っ、バカにするのも大概にしろ!」
生徒指導室に大声が響きわたる。机を挟み、向かい合って座ってる直井副会長さんが立ち上がらんとばかりに声を張り上げたのだ。どうしてこんなことになったのだろうか。少々思い返してみる必要がありそうなので、頭を捻った。でも思い出せない。仕方ないのでもう一人の当事者、と言うか目の前の彼に聞いてみることにした。
「俺なんでここにいるんだっけ? 副会長さん」
「少しは話を聞こうとしろ! 愚民が僕の手を煩わせるな!」
「うん、萌え系のアニメはあんまり得意じゃないんだ。ごめんね」
「話を聞けッ!」
「そうだね、ボーカロイドもだね」
「貴様は人生の半分は損しているぞ!」
死んでいるのに人生とはこれいかに。
「いいか? 萌え。すなわちコレはこの娯楽に欠ける世界において重要なファクターだ。そして」
「ミニ四駆たのしいれす」
娯楽というか、遊ぶものはこの世界にも結構ある気がするのは俺だけなのだろうか。
「いいから聞け。ミニ四駆などと言う低俗なオモチャ如きの追随を許さない存在。それがボーカロイドだ」
「俺のビートマグナムがバカにされた。おこだよ。激おこプンプン丸だよ」
チャーさんにも謝れこんちくしょう。
「聞けと言っている。ツインテール、ミニスカート、ニーソックス。萌えの三種の神器を体現している彼女はもはや――神だ」
なんでちょっと恍惚とした表情してるのさこの人。ところで。
「あれ、副会長さんも神になるんだよね?」
「そうだ。僕は神になる。そして、神になった僕は彼女と添い遂げるっ!」
「シロー乙」
ノリスが好きです。彼はイケメンだな。でもそれ萌えないでしょ。別に萌えだけが守備範囲ではない。さいですか。
「しかし、貴様。一体どこでその情報を手に入れた?」
「その情報? どの情報?」
「それは、アレだ。その、僕が、つまり……」
「ああ、萌え豚だってことね」
「僕が寛大で良かったな……」
とかなんとか言いつつ、とても顔が引きつっておられます。寛大(笑)。
「この話は天使さんから聞きました」
「天使……? ああ、会長のことか。あのアニメオタクめ、何時の間に気がついたのやら」
「どの口が。結構わかりやすかったって言ってたけども」
「ふん、そんなことはあり得ないな。少なくとも年単位では気が付かれていないはずだ」
どっからくるのその自信。
「とにかくだ。今後一切、そのことを口にすることを禁じる。いいな?」
「そのこと? どのこと?」
「いや、だから、つまりだ。その、僕がだな……」
「ああ、夜な夜な一人でアニメ見てはブヒィィィってしてることね」
「後学のためにも言っておいてやろう。言葉には気を付けろ」
なんと言うMK5。要はマジでキレる5秒前。でもそんなの関係ねぇ!
「よう萌え豚」
「貴様……」
青筋って初めて見た。
「ところで、副会長さん。質問があるのですががが」
「却下だ」
「副会長さんってもしかしなくても俺達と同じ死んだ人間だよね?」
「……な、何を言ってるのかわからないな」
「うん、手遅れだね」
「……僕はNPCだ」
「そうだね、NPCは自分のことをNPCって言わないね」
誤魔化すの下手だね。誤魔化してなどいない。でも、神になるんでしょ? そうだ僕は神に。NPCはそんなこと言わないね。あ。とかなんとか。この人隠す気ないんじゃないんだろうか。と言うか本当にもれなくアホばかりな世界です。
「こうなったら……」
徐に立ち上がった副会長さんはぐるりと机を迂回し、そのまま俺に近付いてきた。肩に手を置かれ、顔がすぐ近くに。超至近距離である。
「喜べ。貴様が記念すべき実験台第一号だ。これを人間相手に使うのは」
「や、あの、ホント勘弁して下さい。俺、ノーマルなんで女の人が。男の人はちょっと……」
「や ら な い――おい、止せ。これから神になる僕になんてことを言わせるんだ」
「ウホッ! いいノリ……」
少し黙ってろ、頼むから。何するの? ちょっとした催眠術だ。使えるの? すごいね。神になる男だからな。アイタタタ。
「……まだ未完成な部分もあるが、どうとでもなるだろう」
「神(笑)だもんね!」
「……貴様はこれから成仏する。さぁ、幸せな夢を見るがいい」
「えっ……」
副会長さんの目がその色を変える。まるで血のような、赤だ。
「目を閉じろ。そうすれば幸せな夢が待っている。死ぬこともできないこんな世界でも、貴様は夢を見る事ができるんだ。さぁ、目を閉じるんだ」
「…………」
交差した視線を外すことができない。
「ゆっくりでいい。ゆっくりと、目を閉じるんだ」
「…………」
吸い込まれるようなその眼差し。
「目を閉じるんだ」
「…………」
怪しく光るその瞳はまるで。
「 目 を 閉 じ る ん だ 」
「それなんて写輪眼? ちゃんと開眼してないね」
できそこないの血継限界でした。
「なぜ言うことを聞かない!? 僕は神になる男だぞ!?」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
先程まで座っていた席に戻った副会長さんは俯いてしまい何やらブツブツ言っている。まだ改善の余地がどうとか、人間相手にはまだ出力不足だとかなんとか。ちょっと本当に何言ってるかわかんないです。
「もう帰ってもいい?」
お腹空きました。素うどん食べたいれす。
「……これ書いたらな」
そう言ってため息と一緒に差し出されたのは数枚の原稿用紙。まっさらなそれに何を書けと?
「反省文だ。貴様、よもや自分が何をしたのか忘れたのか?」
「忘れたけど何か質問ある?」
「もういいから。適当で良いから。早く書け」
すごくお疲れのようです。どうしてだろうか。疑問である。
「あと、約束は守れよ」
「約束? なんだっけ?」
「あのことだ。ほら。アレだ、アレ……」
「ああ、萌え豚ブヒィィィのことね」
「頼むから早く書いて帰ってくれ」
そんなこんなで適当に反省文書いて帰りました。内容とか超適当、ハイパー適当。だって何で書いてるかわかんないんだもの。しょうがないよね。で、帰り際に自分がNPCじゃないことと神になろうとしていることも秘密にしてくれとのことだったので、素うどんの食券を何枚かもらうことで了承しました。取引成立ぅ! ちなみに、結局なんで反省文書く様な事態になったのかはわからず仕舞いだった。まぁ、別にいいんだけども。