えんぜるびっつ。   作:ぽらり

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 結果的に言うと、仲村さん達が行った天使エリア侵入作戦は成功を納め、俺達のオペレーション・トルネードは失敗に終わった。

 

「ん、じゃあもう行くね」

 

 結果報告と情報交換。それから、教師陣に取り上げられていた岩沢さんのアコースティックギターの引き取りを兼ねて本部に来ていた俺は断りを入れてから本部を後にする。

 

「あ、ナツメくん、その……」

 

 去り際に仲村さんが何か言っていた様な気もしたけども、聞こえなかった。聞こえなかった、ことにした。

 

 

 想像以上に質量のあるギターケースを肩にかけて廊下を歩く。中に入ったアコースティックギターに気を配るのも忘れない。そして俺が目指すはガルデモの練習スペースだ。

 

「結構重いなー、コレ」

 

 あの人は、岩沢さんはいつもこんなものを持って歩いていたんだねーなんて考えていると、あっという間に目的の場所に着いていた。

 

「よ、ナツメ」

 

 ひさ子ちゃんだ。ノックしてから扉をあけると、彼女がこちらに視線を向けていた。一人でギターの弦を張り直していたのだろう。ちらほらとそれらしき形跡が見て取れる。

 

「お届けものですお」

 

 肩にかけていた岩沢さんのギターを渡した。今まであった重みが急に消えて少しだけ寂しさを感じた。

 

「岩沢のか、悪いな」

 

「関根ちゃんと入江ちゃんは?」

 

「あー、アイツらは、まだ」

 

「そっか」

 

「……関根が、な。入江はそのお守りってとこだよ」

 

「入江ちゃんって意外としっかりしてるもんね。ひさ子ちゃんは? 大丈夫なの?」

 

「あたしを誰だと思ってんだ」

 

「ひさ子ちゃん。ひらがな二つと漢字一つでひさ子。呼ぶときは、ひさ子ちゃん。でも本音は?」

 

「……あたしがしっかりしなきゃダメだろ」

 

「ですよね」

 

 わかりきったこと聞くな。ごめんね。……許す。

 

「まぁ、あたしは大丈夫だから、気が向いたら関根達のとこに顔出してやってくれ」

 

「了解ですお」

 

「しかし、アイツもバカだよな」

 

「アイツって?」

 

 多分、あの人。容易に想像はつく、聞き返したのは、なんとなく。

 

「岩沢だよ。あの音楽バカのこと」

 

「俺も大概だと思うけど、岩沢さんには負ける」

 

「自覚あったのか。でも残念ながら僅差でお前の勝ちだ」

 

「聞き捨てならない。撤回を要求する」

 

「――なんか似てるとこあるよ、お前ら」

 

「……撤回を要求する」

 

「間があったってことは、ちょっとは自覚あるんだろ」

 

「ひさ子ちゃんがいじめる」

 

 たまにはいいだろ、と笑ったひさ子ちゃんに今日はなんとなく勝てる気がしなかったので戦略的撤退を余儀なくされた。そんな日があってもいいと思う。

 

「あ、ちょっと待て」

 

「ん? どしたの?」

 

「これ、お前が持ってろよ」

 

 そう言って渡されたのはさっき届けたはずのアコースティックギター。

 

「せっかく届けたのに」

 

「いいから持っとけって」

 

 半ば押し付けられる様に渡された岩沢さんのギターケースを再び肩にかけた。

 

「意外と様になってんじゃん」

 

「岩沢さんに怒られそう」

 

「岩沢はそんなことで怒らねーって」

 

 ほら行け行け。また遊びに来る。いつでも来いよ。

 

 ひさ子ちゃんと別れ、関根ちゃん達の所に向かう。ひさ子ちゃんには気が向いたらって言われたけど、今気が向いたってことで。

 

「関根ちゃんと入江ちゃんが百合百合してる」

 

「なっつん……」

 

 ユリ? と頭を傾げる入江ちゃんの横にいた関根ちゃんが泣き入りそうな声で名前を呼んだ。普段の関根ちゃんだったら気軽に乗って来るはずなのに。調子が狂う。

 

「関根ちゃんが参ってると聞いて。でもこれは予想以上でした」

 

「……ごめん」

 

「謝ることはないかと」

 

「……うん、ありがと」

 

 力なく笑った関根ちゃんが痛々しいです。見てられなくって思わず隣の入江ちゃんに目を向けてしまった。

 

「それ、岩沢先輩の?」

 

 肩にかけられたギターケースを見ながら入江ちゃんが言う。

 

「ん、ひさ子ちゃんに押し付けられた」

 

「そうなんだ。うん、それがいいかもね」

 

 何か腑に落ちたような表情の入江ちゃん。こちらとしては何がいいのかさっぱりである。

 

「入江ちゃんは、大丈夫そうね」

 

「うん、だからしおりんのことは任せて」

 

 ぐっと両方の手で拳を作り、言い切る入江ちゃん。やっぱりしっかりしてます。

 

「……約束、したのになー」

 

 ポツリと零した関根ちゃんに入江ちゃんと二人して視線を向ける。

 

「なのに、岩沢先輩ってば一人でさっさと先にいっちゃうんだもん。ズルいよ……」

 

「しおりん……」

 

 約束。俺にはそれが何なのかさっぱりわからないけど、表情を見るに、入江ちゃんはわかっているらしかった。きっと、彼女達の間で何かやり取りがあったのだろう。

 

「約束? ナツメ、気になります」

 

「……あたしと代わってくれたら、教えたげる」

 

 それなんて無理ゲー。今の関根ちゃんの状況と代わることは俺にはできない。と言うか、誰にも代わることはできないだろう。だってこれは関根ちゃん自身が乗り越えるべきことだから。

 

「なんかいても役に立たなそうなので、関根ちゃんは入江ちゃんに任せて退散します」

 

「うん、来てくれてありがとう」

 

 苦笑いの入江ちゃんにお礼を言われた。

 

「……どこ行くの?」

 

 関根ちゃんに聞かれて、返答に困った。確かにそうだ。これからどこに行こう? そう思って考えたら、自然とあそこが浮かんだ。

 

「んー、屋上にでも」

 

 本当になんとなく、そこが浮かんだ。

 

「……岩沢先輩がいそうだね」

 

 そんなつもりはなかったのだけども。

 

「いたらいいね」

 

「……会ったら伝えといて。この裏切りものーって」

 

 冗談めかして言えたあたり、ちょっと元の関根ちゃんに近付いたみたいです。

 

「把握。じゃあまたね」

 

「……うん、来てくれてありがとね。ちょっと元気出たよ」

 

 それは何よりです。そう言い残して学習棟の屋上に向かう。岩沢さんと初めて会った場所だったっけなーとか考え事してたらあっという間に着いた。この世界ってこんなに狭かったっけ。

 

「……あの時も。そう、あの時もこうやって俺がインスピレーションを感じたくてギター持って屋上のドアを開けたんだよね。そしたら、なんか真っ白な人が転がってんの。最初はNPCかと」

 

「ん、それ逆。転がってたのがアンタで、来たのがあたし」

 

「ですよね」

 

 記憶の改ざんはもう一人の当事者様にあっけなく阻止される。ちなみに屋上で佇んでいた岩沢さんは転がっていませんでした。

 

 


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