「よう裏切り者」
「何のこと?」
関根ちゃんから岩沢さんに伝えてほしいと言われたことを伝えたら伝わらなかった。
「わかんない。関根ちゃんがそう伝えてって」
「……ああ、なるほど。ということは関根はまだ生徒指導室か」
「うん、涙目になりながら反省文さんと戦ってますた」
「入江は?」
「もう書き終わってるみたい。でも関根ちゃんが逃げない様に監視してる」
そりゃもうしっかりと。
「ん、じゃあ問題ない」
いや、一人で納得してないで説明プリーズなのですが。
「なんか約束したって言ってたけど」
「ん? ああ、確か……『ここを出るときは一緒です。一蓮托生です。一人で先に出たひさ子先輩なんてただの巨乳です。えろい人にはそれがわからんのですよ』……だったかな」
「把握。ひさ子ちゃんと岩沢さんはすぐ書き終わったんだ」
「反省文なんて書いたの初めてだったけど、作文感覚だった」
「敵作ったー。はい今敵作ったー」
これだから頭の良い人は。全国の反省文経験者、候補者に謝んなさい。
「それ、あたしのギター?」
「話聞いてよ」
「なんでアンタが?」
「ひさ子ちゃんに押し付けられた。重いからあげる」
「ん、サンキュ。よく取ってこれたな」
「昨日、日向くん達が職員室への潜入オペレーションを。エレキの方は取ってこれなかったって。まぁ、ベースとドラムセットもなんだけど」
奪還作戦はちょっと失敗。ガルデモの楽器は先生たちに没収されたままです。
「無事なのはひさ子のエレキだけ、か」
「仲村さんがちょっと申し訳なさそうにしてた気がする」
「別に気にしなくていいのに」
「というか、岩沢さんもひさ子ちゃんみたいにさっさとギター奪って誰かに渡して逃げてもらえばよかったのに」
ひさ子ちゃん呆れてたお。
「……アイツはあたしのギターを蹴った」
「だからと言って先生相手に大立ち回りするのはどうなんだろう。女子としても」
「――暫く、ライブはできそうにないな……」
「それっぽく言って話し逸らすんじゃありません」
そのせいでギター二本没収されたうえに、連帯責任で反省文書くはめになったクセに。
「反省はしてる。でも後悔はしてない」
「本音は?」
「またギター蹴られたら蹴る」
反省すらしてなかった。岩沢さんは大物です。
「――っと、そう言えば」
「総入れ歯? ポリデントだね」
「もう一つ、約束があったな」
「そうなの? 関根ちゃんと?」
「違うよ」
そう言って岩沢さんは壁際で腰を下ろし、ギターケースを開く。
「どっかの誰かさんとの約束。ライブが終わったら屋上で新曲を聞かせるって」
「あー、あったねそんな話」
「座りなよ」
「新曲か。俺、消えるのかな……?」
「アンタは大丈夫だろ。アイツらじゃないんだから」
「あの最前列にいた人達のことね。仲村さんも把握してなかったみたい」
「あたし達もNPCだと思ってたよ。毎回最前列にいたから顔は覚えてたんだけどね、あの女子二人」
「まぁ、ここに来た全員が全員戦線に入る訳じゃないしねー」
きっとまだNPCに紛れて生活している死んだ人間がいるはず。仲村さんは炙り出すと息巻いてました。紛れてる人達逃げてー。超逃げてー。
「岩沢さんの新曲聞いて消えたってことは、その新曲にはお経と同じ効果があると見ました」
「アイツらも歌が好きだったのかな」
「曲名はJOH!仏で決まりだね」
「でもあたしなんかの歌で満足してくれるとはね」
「話聞いてよ」
くそう。この人に勝てる気がしない。と言うか、ん?
「満足? どゆこと?」
「ん? ああ、消える条件だよ。心残りを無くして満足すること。それがこの世界から消える、つまり、来世へ行くことのできるただ一つの方法」
「学園生活云々は?」
「それも大きく捉えれば同じ意味。ここに来る連中は大抵ロクな学園生活を送ってないって話だからね。だからちゃんとそれを、青春を謳歌できれば大半は満足できるって理屈だったかな」
「なるほど。詳しいね」
なんか異様に詳しくない? 説明し忘れてた頃が嘘みたい。
「心配しなくてもゆりは知ってる。確証が無いから無暗に話したりはしないみたいだけど」
「岩沢さんは誰かに聞いたの?」
「今の話? そうだよ。聞いたのは少し前かな」
「誰から?」
「それは言えない。口止めされてる」
「なんで?」
「さぁ? 本人に聞いてよ」
その本人がわからないから聞いてるんじゃないすかー! やだー!
「じゃあ、ヒントやるよ。それで勘弁」
「助かります」
「今のあたしと同じ状態。つまり、もういつでも消えられる状態のヤツは結構前から戦線の中に何人かいるんだ。あたしはその中の一人に聞いた」
「色々驚きなんですが」
え、いつでも消えられるって何さ。岩沢さん消えるの? 何人かって? え、誰さ? てかあんまりヒントになってない。
「あたしもそいつらも、もう満足してる。心に折り合いがついてるってことさ」
「……岩沢さん消えちゃうの?」
「ん、それよりさ、座れば?」
急かされました。お隣失礼します。
「で、消えちゃうの?」
「思い残してることはないな」
「逝ってしまうのね、円環の理に導かれて」
「何それ?」
「お気になさらず」
じゃあ言うなと久々に肩にグーが突き刺さる。わけがわからないよ。
「あたしは単純にタイミング逃しただけだしな。先に目の前で人が消えたらさすがに驚く」
「びっくりするとしゃっくりが止まるみたいな感じ?」
「ん、なんか近いかも。そんな感じ」
「でも。そっか。なんか寂しくなるね」
「なんで?」
「岩沢さん消えちゃうんでしょ? 友達がいなくなるのは寂しいもんです。でも泣かない! だってナツ」
「消えないけど」
「メだもん……消えないの?」
「消えるなんて言ってないじゃないか」
「そう……だね。あれ、言ってないね」
思い残しがないと言っただけのなんというトラップ。やりおる。
「まだひさ子達と歌っていたいし、あの子の件もある」
「あの子って、この間の?」
「ん、ひさ子がかなり前向きに検討してるよ。反対意見もない」
「あらま、本当に? きっと喜ぶよ」
「じゃあやっぱり消えるのは暫く後回しだ。ここでいなくなったら勿体ない」
「うん、て言うか岩沢さんバリバリ思い残しあるよね」
「ワクワクするな。これからあたし達はどこまで行けるんだろ」
「そうだね。もう好きなとこ行けばいいんじゃね?」
真面目に聞けと再び肩にドーン。そんな話を日が暮れるまでずっとしてました。岩沢さんはまだまだこの世界で歌い続けるそうです。結局新曲聞いてないけど、まぁ、いいか。
「そいえば、ライブ前に頼んだって言ってたけど、アレ何だったの?」
「あたし達の分の食券確保」
「ですよね」
そんなオチでした。