えんぜるびっつ。   作:ぽらり

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「こう?」

 

「違う」

 

「こう?」

 

「違う。こう」

 

「こうか!」

 

「センスないな」

 

 うわん。岩沢さん容赦ない。

 

「向いてないのかもな」

 

「俺もそんな気がしてきた」

 

「ん、ドンマイ」

 まさか岩沢さんに慰められる日が来ようとは思わなんだ。

 

「がしかし、だがしかし」

 

「ん?」

 

「俺は約束したのだ! 諦めないって! 日本一になるって!」

 

「…………」

 

「無視ですか。シカトですか。修造はスルーですか」

 

「誰?」

 

「何……だと……?」

 

 知らない……だと……?

 

「あまりテレビは見てなかったんだ」

 

「そうなの? 面白いよ」

 

「生きてた頃はギターばっかりだったよ。あとバイト」

 

「そっか。でもなんか岩沢さんらしいかも」

 

「そう?」

 

「うん。音楽バカ」

 

 ごめんなさい。謝るからピックでグリグリしないで。

 

「アンタはどうだったんだ?」

 

 どうだろう。頭捻ってみるけど想い浮かぶのはいつも通りのことばかり。

 

「あにめ、まんが、げーむ、だいこうぶつれす。たぶん」

 

「ああ、記憶無いんだったっけ」

 

「です」

 

 そう、と短いお返事の後、岩沢さんはご自分の世界に入って行きましたとさ。

 

「手持ち無沙汰である」

 

 要さなくても暇である。岩沢さんが構ってくれないから。

 

「何か面白そうなものはないのだろうか」

 

 わざとらしく口に出してみたものの、岩沢さんはスルー。久しぶりに自分のギターに触れたからか、いつにも増して没頭している模様です。

 

「あ、ピアノ。ピアノ発見。よーしナツメ弾いちゃうぞー」

 

 チラッチラッと見てみるもスルー。わかってたけどな!

 

「どっこいせっと」

 

 なんとなくピアノを弾いてみようとしてとりあえず着席。楽譜とかないからどうしようかな、とか考えてたんだけど不思議なことに手が自然と鍵盤の上に。

 

「あれ、もしかして……」

 

 弾けるんじゃね? そう思いながらも確信に近いものがあったので弾いてみた。弾けた。

 

「こいつ、動くぞ……!」

 

 ええい、ナツメの十指は化け物か!? なんつって。言いつつも手は滑らかに鍵盤の上をなぞる。

 

「ナツメのテーマ」

 

「いや、それ猫踏んじゃった」

 

「ですよね」

 

 あれ、岩沢さん聞いてたのね。でも気を取り直して次の曲。

 

「ウイングス・トゥ・フライ」

 

「翼をください。なんで英語で言ったんだ?」

 

 気にすんな。

 

「そしてぇ!」

 

「何それ? 随分短いみたいだけど」

 

「FFのレベルアップしたときの曲」

 

「曲って言うのか、それ」

 

「ですよね」

 

 で、打ち止め。もうネタげふんげふん弾ける曲ないみたい。

 

「ピアノ弾いたことあったんだな」

 

「んー、わかんない」

 

「指の動き見てたけど、素人じゃないと思う」

 

「これで履歴書の特技の欄にピアノって書けるね!」

 

「どこに出すんだその履歴書」

 

「明るい未来に就職希望だわ」

 

「モー娘? 就職できると良いな」

 

「ありがと」

 

 おれがんばる。

 

「しかし、そうか。ピアノ弾けるのか……」

 

 いや、でも今弾いたヤツしかできないし、楽譜読めないしなので弾ける側としてカテゴライズされるのは正直心苦しかったりしますです、はい。

 

「ん、これ弾いてみて」

 

「楽譜読めないってば」

 

 こっち来て渡された。読めないって言ってるのに。あと、そもそもどっから出したのこの楽譜。

 

「あたしが教える」

 

「Aカップなんてお呼びじゃホントにごめん」

 

 そんな表情初めて見た!

 

「Bだから」

 

 そう言えばそうでした。

 

「あたしじゃなかったらセクハラだぞ」

 

 いいえ、岩沢さん相手でもセクハラです。

 

「岩沢さん、自分を大切にしてね」

 

「何? 急に」

 

 いいからと言い聞かせてとりあえず頷いてもらうことに成功。わかってるかも、いや、確実にわかってると思うけどもあとでひさ子ちゃんにも言っておこう。なんか岩沢さんって色々無頓着すぐる。

 

「ん? 前にひさ子にも同じこと言われたような……? まぁ、いいか」

 

 あ、やっぱり。さすがひさ子ちゃん。でもまぁ、いいかで切り捨てる岩沢さんもさすがです。

 

「ほらまずはここ」

 

「あ、ダメだ。このピアノ、ドとレとミの音が出ない」

 

「それクラリネット。これピアノ」

 

「ファとソとラとシの音も出ない」

 

「いいから」

 

 ああん。音楽絡むと途端にボケが減るのよねこのお人。せっかくパパからもらったのに。なんつって。

 

「ほら、ここ」

 

「ここ?」

 

「そう、そこ」

 

「ん、次は?」

 

「こっち」

 

「よし来た」

 

「ん、次は」

 

「そう言えばベートーベンて音楽嫌いな時期が」

 

「ちゃんと見ろ。あと口じゃなくて手を動かせ」

 

「すいませんでした」

 

 そんなこんなでナツメにもわかる(わからなかったけど)岩沢さんのギター講座からピアノ講座へシフトチェンジ。ギターに比べてスパルタです。解せぬ。

 

 

 

 で、少し経ってから急に扉が開いた。ユイにゃんでした。

 

「Bear the cross and suffer……」

 

「あ、ゴメン。今忙しいから」

 

 主に岩沢さんの講座のせいで。

 

「やーだー! 真面目な先輩はやーだー!」

 

 駆け寄ってきた勢いのまま腕を掴むんじゃないよ。岩沢さんに怒られるじゃないか。でも仕方ないので。

 

「なるほどYUINYANじゃねーの」

 

「そうだ! それでこそせんぱ痛い痛い!? 岩沢先輩非常に痛いです! 主に頭部がー!」

 

 ほら岩沢さんが怒ったー。滅びよ……、とか言ってるし。ひさ子ちゃん直伝のアイアンクローですね、わかります。なんで俺まで。

 

「岩沢さんも結構力あるね。痛いです」

 

「でもひさ子先輩程じゃないですね! 痛いです!」

 

「あの握力何なんだろうね? 痛いです」

 

「きっと前世がゴリラだったんじゃないかと予想します! 痛いです!」

 

「ひさ子ちゃん聞いたら、うん、痛いね」

 

「はい! 痛いです!」

 

「岩沢さん、まだ怒ってる?」

 

「そろそろ本当に許して下さーい!」

 

 限界じゃー! とユイにゃんが叫ぶ。岩沢さんが中々頭から手を外してくれなかったので会話して誤魔化そうと試みたものの、むしろ痛みは増す一方。なのでユイにゃんも言ったけどそろそろ本当に許しを乞います。傍から見たらきっとシュールな光景なんだろうなーとか思ってない。断じて。

 

「ここにいたのね」

 

 突然耳に侵入してきた透き通るような声に俺達三人の動きが止まる。岩沢さんの指の隙間から覗き見てみたら、ユイにゃんが開けっ放しにした扉からあの人がこちらを窺っていた。

 

「立華さんってより……天使じゃねーか」

 

「天使じゃないわ」

 

「ですよね」

 

 どう見ても生徒会長さん(鬼)です。本当にありがとうございました。

 

 

 

犠牲者:?

 

戦線チーム残り?人

 

 


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