「ところでなんで入江ちゃんは泣いていたのでしょうか? ナツメ気になります」
未だ涙目の入江ちゃんを胸に抱きながらガルルルと唸っている関根ちゃん。そんな彼女たちを見てそう言えば、と思い出した。ベンチに座っているのは先程の関根ちゃんと入江ちゃんの他に遊佐ちゃんに岩沢さんと、ひさ子ちゃんに竹山くん、大山くん。その中の誰に、という訳でもなく質問を投げてみた。
「見てなかったのかよ。お前、ライトで何してたんだ?」
呆れたような表情のひさ子ちゃんが答えてくれた。質問に対しての回答は得られなかったようだけども。
「お話してた。遊佐ちゃんとかと」
ねー、と遊佐ちゃんに話を振ってみれば、ふいっと顔を逸らされた。解せぬ。
「……入江は、アレだ。ボールが飛んで来てだな」
「ん、頭にでも直撃しましたか」
「いや、飛んで来ただけ」
「怖かったのかな。でも入江ちゃんだから許す」
そだな、とひさ子ちゃんから同意をもらって入江ちゃんを見る。さすがにそろそろ落ち着いてきたのか、恥ずかしそうに関根ちゃんの腕の中でもぞもぞしてた。関根ちゃんもそろそろ離してあげてもいいと思うんだけども、過保護モードになっているらしく、入江ちゃんの頭をがっしりとホールドしていて離す気配がない。親の敵を見るような視線は、生徒会チームのベンチに向いているようだった。報復とか物騒なことを考えてなければいいなと切に願う。
「あ、ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」
「連呼すんな。なんだよ」
「ひさ子ちゃんにも協力してほしいことがあったりなかったり」
「どっちだよ」
「あったりします」
訝しげな視線なんてなんのその。日向くんについてのオペレーションの内容を簡潔に伝えると、ひさ子ちゃんは少しだけ考えるような仕草をした後、わかったと小さく頷いた。協力はしてもらえるようだけども、ひさ子ちゃんは何か思うところがあるのかもしれない。だとしたら、ひさ子ちゃんにはあまり積極的に……。
「でもそこはあえてバリバリ動いてもらおうと思います」
遊佐ちゃんがインカムをひさ子ちゃんに差し出す。ナイスタイミングですお。
「何すりゃいいんだ?」
「とりあえず常にボール持っといて。事ある毎に日向くんに向けて投げてもらう」
「コントロールはあんま自信ないけどなー」
でも投げる気満々なひさ子ちゃんに脱帽。予想以上に乗り気なのかも知れぬ。
「とりあえず、攻撃要員一人確保、と」
「投げるタイミングは?」
「俺か遊佐ちゃんがGOサインを出します」
ねー、と再び遊佐ちゃんに話を振ってみたら遊佐ちゃんが呟いた。
「GO」
「ちょっ」
ひさ子ちゃんの手からボールがビー。日向くんのグローブにズバーン。レーザービームだった。どんな肩してんだこの人。
「――チッ」
「ほら、そこの女の子。舌打ちとかしないの」
捕球されてしまったひさ子ちゃんはすでに次のボールに手をかけている。なんだろう。次こそは、みたいな顔つきだ。何かフラストレーションでも溜まっているのだろうか。後で岩沢さんと一緒にお話を聞いてあげようかな、と思ったけども、岩沢さんは人選ミスだね。わかってました。そして、突然ボールを投げられて何やらギャーギャー騒いでいる日向くんを視界の端に収めて――る人がいないや、このベンチ。これもわかってました。
で、その後。ピッチャーである音無くんが投げたボールを生徒会チームの人がセンター方面へ打ち返して、それを松下五段が難なく捕球して攻守交代。いつの間にアウトカウント稼いでいたのだろうか、そんなシーンはなかった気がするのだが。
「そしてそろそろ岩沢さんの禁断症状が出ると見た」
「何の話?」
「ギターの話」
「――始めるのか?」
「しまった」
眠そうにしていた岩沢さんの目の色が変わった。球技大会に出ているみんながベンチに戻って来ているのに、そんなことは関係ないとばかりに詰め寄られる。岩沢さん、近いです。
「アコギ? エレキ? まずはそこからだ」
「わりとどうでもいい」
「個人的にはアコギを薦める。フォークデュオとかどう? 面白そうじゃない?」
「ゲームのがいい」
「…………」
「いふぁいれふ」
ちゃんと話聞かなかったからって頬を引っ張るのはやめてほしいです。結構痛かったりなんかして。
「そもそもこの世界でギターはなかなか手に入ら――あー、うん。ゴメン。俺が悪かったんでそんなシュンとしないで。チャ―さんに頼んで作ってもらう? ギルドに行けば誰かしら作れるやもだし。最悪、音楽室から借りようか」
現実を突き付けたら思いのほか岩沢さんにダメージがいってしまったらしく、とても悲しそうな顔をしていらっしゃる。
「元々、ガルデモはひさ子と二人で始めたものなんだ」
「急に語らい始めた。どうしよう」
「一人で好き勝手にギター弾いてたアタシを――」
「長くなりそうなんでカット」
かっと。
「おとなしくんおとなしくんおとなしくん」
「どうした?」
「今スコアはどんな感じ? 勝ってる? 負けてる?」
「お前、参加して――」
「うん、腹は決まった?」
「……そうくるか」
日向くんは身を乗り出してって言うか、もうベンチから出てバッターであるTKを応援してた。都合が良いのです。
「とりあえす、まぁ、アレだよ。ほら、軽い気持ちでさ」
ボールを音無くんへ手渡す。不思議そうな顔をした音無くん。そうだね。見本が必要だね。
「ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」
「んだよ」
「GO」
「この距離なら外さねー」
ひさ子ちゃんの手からボールがビー。日向くんの頭部にゴーン。勢いよく振り向いて何か言ってる日向くんだったけども、みんな素知らぬ顔。恐ろしいね。
「ほらね。これですよ。見ましたか? 音無くん」
「ああ、イジメだな」
「オペレーションの一部ですお」
序の口、序の口ィ!
音無くんはボールを握り締めて何かを考えている。どうするべきか悩んでいるのだろう。日向くんを成仏させるべきか、否か。
「俺は……」
「音無くん。失敗したっていいじゃない。やりたいようにやるのがうまく生きるコツだって誰かが言ってた」
もう死んでるけども。あと、自分で言っておいてなんだけども、誰かって誰だろうね。
「やりたいように、か。そいつは、最高に気持ちが――待て。コレはダメな気がする」
「この世界って変な電波飛んでるよね」
その後、日向くんの背中に向けてボールを放る音無くんがいたとかなんとか。これで役者は揃った。あ、違う。松下五段とかに話してないや。まぁ、いいか。とりあえずオペレーションを本格的に始動したいと思います。
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