とある科学の永久機関   作:弥宵

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序章 ありきたりな落伍者と超越者 Level5.

 学園都市。

 それは東京西部を中心として都の三分の一にあたる面積を円形に囲い開発した、その一部を神奈川などの周辺県にまで及ばせる巨大都市である。

 その在り方は一種の鎖国国家とも言えるものであり、独自の発展を遂げたこの街においては余所では決して見られない光景が多数目撃される。

 

 一つ、総人口の八割を学生が占めていること。

 学園都市はその名の通り、まさしく学生を中心とした都市である。二三〇万人にも及ぶ住民の八割、実に一八四万人もの学生と、それに対応した数の教育施設が集約されている。

 

 一つ、科学技術が著しく進歩していること。

 学園都市内における技術レベルは、外部のそれと比べて二、三〇年もの開きがあるとされている。内部で開発された製品のダウングレード版が輸出されているが、それでさえ外の技術では再現困難な代物であるという。

 

 そして何より、この都市最大の特色と呼べるものといえば。

 

 ―――超能力。

 ファンタジーに出てくるような異能を科学的に実現するという荒業を、学園都市という魔窟は成し遂げていた。

 この街の学生のほぼ全て、すなわち総人口の八割近くが能力開発を受けており、強度(レベル)ごとに六段階に分けられている。

 大半は無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)―――日常生活にも大して役立たない程度だが、高位の大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)ともなればその戦力は一軍にさえ匹敵するという。

 

 となれば当然、それは一つのわかりやすい指標となる。

 強い者は優等生、弱い者は落ちこぼれ。学業やスポーツにさえ能力が絡むこの街では、能力の強弱こそが学生の優劣を決定する最大の要因なのだ。

 

 

 とはいえ。

 優れた能力者が必ずしも報われるのかというと、やはりそうもいかないものなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁー……」

 

 眼前に立つ少年が、これ見よがしに大きな溜息を零した。

 その余裕綽々といった態度が癇に障り、自然と視線が鋭さを増すのを自覚する。

 

「ふん、余裕ぶっていられるのも今の内だ。新たな段階へ到った僕の『弾性投射(バンジーリフト)』を目にすれば、そんな態度も取れなくなるんだからな」

 

 古町(ふるまち)荒野(こうや)は己が天才であると自負している。

 小学校入学と同時に学園都市を訪れ、初回の身体検査(システムスキャン)強能力者(レベル3)に認定。その後も順調に能力を伸ばし、弱冠九歳にして大能力者(レベル4)へと到達した。

 順当にいけば超能力者(レベル5)もそう遠くない、将来を嘱望されたエリート中のエリート。周囲からの評価はそのようなものだったし、彼自身も当然そうなるものだと思っていた。

 だが、彼の快進撃はそこで止まってしまう。そこから現在までの三年間、能力開発の進歩は微々たるものだった。そればかりか、担当の研究者には『これ以上の成長は見込めない』などと言われる始末。

 どれだけ価値を訴えようと、どれだけ努力を重ねようと、もはや興味を失ったと言わんばかりに事務的な答えしか返ってはこない。つい数年前は媚びるようにすり寄ってきていた間抜けな大人どもの目は、今やそこらの実験動物に向けるそれと大差ない。

 許容できるはずがなかった。絶対に見返してやらなければ気が済まなかった。肥大したプライドとは裏腹に、成果が上がる気配は一向になかったのだが。

 

 しかし。

 そんなふざけた現状を打破する手段を、とうとう彼は手に入れたのだ。

 

「ざまあみろ無能ども! 僕はお前らの想像を超えてやった、お前らの決めた限界の先に行ってやったぞ!」

 

 熱に浮かされたように捲し立てる古町を、しかし男は興味なさげに見ているだけだ。

 まあ、それでも別によかった。こいつがどこの誰だろうと、進化した能力の()()()()ができればそれで十分なのだ。

 

「僕が、僕こそが! この街で九人目の超能力者(レベル5)だ! そしてゆくゆくは第一位にまで登りつめて―――」

 

「いや、だからさ」

 

 一人語りも佳境に到った頃。

 これまで口上を聞き流すだけだった男が、初めて口を挟んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何を……………いや、まさか。まさか、まさかお前⁉︎」

 

 古町の顔に怪訝な表情が浮かび、続いて驚愕へと塗り替わる。真の天才には一歩劣れど十分に優秀な彼の頭脳は、即座に一つの可能性を導き出してしまった。

 こいつが超能力者(レベル5)にも匹敵する相手を前に余裕の態度を崩さなかったのは、こちらをガキと侮っていたからではなく―――

 

 

日輪(ひのわ)示現(しげん)。それとも学園都市第三位って名乗った方が良いか?」

 

 

 正真正銘の超能力者(レベル5)

 自分でさえ()()を使わなければ辿り着けなかった領域に、その身一つで平然と居座る怪物であったからなのだと。

 

(よりにもよって、初っ端からラスボスに当たるなんて……!)

 

 今の自分はトップクラスの能力者であると確信しているが、逆に言えば同じトップクラスである他の超能力者(レベル5)に圧勝できるとまでは思っていない。

 古町の顔から余裕と慢心が一気に剥がれ落ちた。対する日輪はというと、変わらず白けた目を向けるばかりだ。

 

「いや、逆にだ。逆に考えろ……むしろ良い機会じゃないか。僕の『弾性投射(バンジーリフト)』が超能力者(レベル5)にも通用するってことを、ここで証明してやる‼︎」

 

「えぇー……」

 

 内心の不安を押し殺し、端正ながら無気力そうな顔を一層気怠げに歪ませた日輪へと手を構える。今や超能力者(レベル5)相当の出力を誇る『弾性投射(バンジーリフト)』が、確かにその身体を捉え―――

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「……………は?」

 

 しばしの間、理解が追いつかず呆然と立ち尽くしていた古町だったが、再起動するなり再び能力を発動させる。

 しかし結果は変わらない。能力は確かに発動しているはずなのに、目の前の相手を彼方へ吹き飛ばすだけの条件が揃っているのに、その解だけがどうしても現実に反映されない。

 

「動かな、なんで、どうして⁉︎」

 

「っつーかさぁ」

 

「っ……⁉︎」

 

 能力の不発。学園都市に住まう学生にとって、それは自らの自信の根源を完全否定されることに等しい。

 先程までとは一転して怯えを見せる古町に、一瞬でこの場を掌握した少年は無慈悲に宣告する。

 

「仮に、本当にお前が超能力者(レベル5)だったとしてだ。()()()()()()()()ってのは、流石にナメすぎだぞクソガキ」

 

「あ……あ……っ」

 

 日輪から感じる威圧が増す。寄る辺を失った古町は、もはや完全に萎縮しきっていた。

 

「大方『弾性エネルギーを生み出す能力』ってとこか。残念ながら、それじゃあ超能力者(レベル5)でもまだ俺の下位互換だな」

 

「かい、ごかん……?」

 

 その言葉で、古町は悟ってしまった。

 仮にも大能力者(レベル4)の有望株を、あの研究者があっさりと切り捨てた理由。それは能力開発に行き詰まっていたからというだけではなく、既に完全上位互換たる超能力者(レベル5)が存在していたからなのだと。

 

「まああれだ、次は絶対能力者(レベル6)でも目指せば良いんじゃねえの? そこまで行けば俺にも勝てるようになるかもな」

 

「うぁ、」

 

「何事も継続さ。せいぜい地道に頑張れよ後輩くん」

 

「あ、あァァァああああああああああああああああああああああ‼︎」

 

 自分の心が折れる音が、古町には確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

「やーっと逃げやがったか」

 

 脱兎のように走り去る影から視線を切り、日輪示現は溜息を零した。

 小学生やそこらのガキにああも怯えられるとまるでこっちが悪いように思えてくるが、普通に考えて悪いのは向こうなので気にする必要はないだろう。手を上げていないだけ有情とさえ言える。

 何せ、今のように絡まれるのは実に本日五回目なのである。対応が多少雑になるのも致し方ないというものだ。

 

「いくらなんでも、こんな状況(モン)が自然に起こったとは考えにくいよなあ……」

 

 不幸の星の下に生まれついた訳でもあるまいし、偶発的なエンカウントにしては度が過ぎている。

 ここ第一八学区が不良の溜り場である第一〇学区と隣接していることを鑑みても、いくらなんでも馬鹿が多すぎる。流石に超能力者(レベル5)級なんてのは最後の一人だけだったが。

 

 何にせよ、雑魚が次々に絡んできたのには―――より正確に言えば、彼らの増長の原因である能力の強化には明確な理由があった。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』ねぇ」

 

 確か、二番目くらいに絡んできたやつがそんな名前を口にしていた。胡散臭いことこの上ないが、名称通りの効果ならばこれが元凶で間違いないだろう。

 ネットで適当に検索してみると、それらしき噂がいくつか見つかった。

 

「ふんふんふん。現物なしじゃ詳細はわからねえが……まあ暗部絡みだわな」

 

 ここ最近、書庫(バンク)上の表記に見合わない強度(レベル)の能力者による事件が多発している。これらも先程絡んできた連中と根は同じ、『幻想御手(レベルアッパー)』の使用者によるものなのだろう。

 これが意図的であるにしろそうでないにしろ、黒幕はこうした二次被害を些事と切り捨てるだけの目的があって動いていることは間違いない。そうまでしても達成すべき目標があるのか、単に気にしていないだけなのかまでは知らないが。

 

「あー……あれだ。うん、とりあえずだ」

 

 関わることのリスクとリターン、放置した場合の周辺被害、黒幕の意図や動機、それらをざっと思い浮かべて。

 

 

「面倒臭せえな。とっとと潰しとくか」

 

 

 学園都市第三位。この街に八人しかいない、最強の怪物の三番目。

永久機関(メビウスリング)』日輪示現は、あくまで軽い調子でそう呟いた。




弾性投射(バンジーリフト)
座標、方向を指定して弾性エネルギーを発生させる能力。指定座標に存在する物体は指定した方向へと跳ね飛ばされ、反復運動を強制される。
本来の大能力者(レベル4)では能力者を中心に半径十メートルが有効範囲だったが、『幻想御手(レベルアッパー)』により半径三十メートルにまで射程が延長。発生させられるエネルギーの大きさも五倍近くにまで膨れ上がった。
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